1950-11-11 第8回国会 衆議院 文部委員会 第9号
要約して申し上げますれば、それは單に教授というものは、市民として合法的な政党に属しておるからというゆえんによつて、その身分が左右されるものではないという、こういう原則でございます。しかし大学教授は、学問の自由があると同時に、重大なる責任がある。従つてその地位におられた場合は、だれによらず十分なる責任を持たねばならぬ、これが本学の方針であります。
要約して申し上げますれば、それは單に教授というものは、市民として合法的な政党に属しておるからというゆえんによつて、その身分が左右されるものではないという、こういう原則でございます。しかし大学教授は、学問の自由があると同時に、重大なる責任がある。従つてその地位におられた場合は、だれによらず十分なる責任を持たねばならぬ、これが本学の方針であります。
大体の線を申しますと、私どもの考えておりますのは、教育というものは、一方においては教育としての権利と義務はございますけれども、他方には、市民としてもまた自由と義務があるわけでございます。従つて、そういう市民として持つておるところの権利義務につきましては、それはわれわれが説くわけではございません。たとえば、学外におきまして、市民として選挙運動に参加するといろいろなことはありましよう。
お互いにこの国立の担当者といたしましては、決して看過しておるのでもなんでもなくて経営が国費で出ておるだけであつて、飽くまでその地方の県民市民を人れておるという建前は取つておつたのでございますが、とかくこの指示等に喰い違いが起つたのでありますから府県乃至は保健所長と協議会を作るように、これは三年前程から指導して又皆も努力しておりまして、相当府県はた体できてうまく行つておるのであります。
現在で大体市民税を見るというと、第一期分のごときはまだ五〇%にも達していない、こういうことになつておる。で今後まあ二期、三期ということになりますと、そうしてそこへ事業税、固定資産税、更に住民税、こういうものが全く連続的に毎月これは納入しなければならないという段階になりますというと、これは大変なことになる。
かまわない持つて帰つてくれというようなくらいに、ほんの一面識の市民同士の間でも、それくらいの日本人に対して好感を持つております。それから政府の現在の行き方はどうかといいますと、表にソ連の政治を標榜しております。しかし実際に行われておることは、あらゆる面において日本の時代の形態をとつて行われております。
満洲におきましては、いわめる一般の市民が約二方八千ぐらいと考えておりますが、これはほぼ確実と考えております。これは昨年の九月に引揚げられた方々の報告によりまして、個人の氏名までほぼ判明しておる分であります。 それからその次は軍政府の留用せられておる人たちであります。
そういう国家補償の線というものがはつきりしていないという場合、こういう金銭賠償というものが原則として取上げられますことは、鉱業によつて一銭の利益も得られない農民諸君とか、あるいは一般の市民諸君というものが、非常に被害の苦痛をなめ続けるのでありまして、むしろ私は日本の現状その他からいたしまして、また日本の鉱業の発展いう面から見ましても、どうしても原状回復を主として、金銭賠償というものを従にして、その間
これは従来一労働者なり、あるいは農民が被害の対象である場合が、特に九州においては多かつたわけでありますが、こういう場合に経営者を相手に一市民、一農民、一労働者としての抗争では本案に盛られておるところの仲介員、あるいは調停委員を通じての労働者に有利な結果が常にもたらされるということについては、一点の疑念を持つものであります。
それらの問題ともう一つは、今言つたように地方の財政の上に市民がいわゆる射倖心によつて喜んで税を納めるというようなことは他にないと私は思います。別に競輪が教育上いいと決して思つておりません、賭博行為ですから。繰返して申上げますが競馬も同じです。小型自動車競技も同じであります。
それから戦災学校の復興、或いは中小工業者の援助、或いは農村地帯の助成、こういう方面に振向けておりますので、大変競輪は財政方面と同時に成る一方では市民の負担を軽減しているのであります。成る程その収入といたしまして税金の軽減は図つておりませんが、税金を以て施設すべき事業をこの費用でやつているわけであります。 財政面から申しましても以上の通りでありまするが、田舎の競輪は殆んど事故がないのであります。
こういうことになりますと、この市民が市民だけでその自治体の施設、事業を賄う負担をしていないのだからということで、理事者もその地方議会も市の公金を使うことに非常にゆるやかになつて行く、延いではそれが綱紀粛正上見逃すことのできないような問題さえも起つておるところがあると私承知するのであります。
個々の審議を盡すのが一つの方法でございますし、法律によつて包括的にその種のことの一貫審議をして、法律の規定で効力を與えてしまうという方法も国会の議決を経たことになるのである、そういう徹底した行き方を以つてしてもできるのではなかろうか、この例はもう多々あるのでございまして、例えば極く卑近な例を挙げますと、不法行為という制度が民法に規定してある、国鉄その他の予算官庁がときどき列車事故を起していろいろ一般市民
ただこれを拝見しまして一般市民と申しますか、素人の感じたところを簡單に申上げるにとめようと思つております。実は第十六條をこういうふうに改正される。
市長の権限がなぜ弱いかと申しますと、市の各局長を初め、おもなる重要な役人は全部市民が直接選挙できめる。ですから市長は任命権がありませんから弱いわけです。それから予算の編成権などもありません。シカゴあたりでも予算の編成権は市の委員会を中心に行われて、市長にはありません。
例えばそこにはいわゆる職業的教育家と申しますか、テイーチヤー教師のような者が多いだろうと思うが、そういう人ばかりなのか、或いは一般のシテイズンー市民が入つておるのか、或いは教育行政の役人なんかが入つておるのか。大体どういう人でその使節団を構成されておるかということを一つ先ず第一にお尋ねしたいのです。
殊に府県はいろいろな市民税がなくなりなんかしましたので彈力性ある財源を失われたということはありましようが、市町村は一般的に見ていろいろ私もお話を聽き調査もさしておりますが、前年度よりは相当財政が改善されて来ておる。そういうふうな点も考え合せまして平衡交付金の配分については、本年度については特にそういつた面を考えて処理して行かなければならん。
例えば学校を作るときに公募公債で以て市町村民に呼びかけまして、学校のために、教育のためにして呉れと言つて一般の市民から地方債を起すといつたものであります。そういうものとか、交付公債で銀行なり何なりに交付して渡す交付公債、そう言つたものは前に申した分とは別にいたしまして、これは地方団体が任意にできるようにする。
呉は終戰によりまして、盛況を失いました最も代表的な都市でありますが、現在主として市民の大部分は播磨造船に職工に行き、或いは進駐軍労務者たることによつて市民の多くのものが衣食しているのであります。ところがこの呉におきまして、今年の夏頃から播磨造船における大足の解雇、及びこれは一時中止になりましたけれども、連合軍の引揚による進駐軍労務者の大量解雇ということが行われることになつたのであります。
六日より県内視察を始めましたが、広島市の東西を結ぶ天満川の木橋は、六橋とも全部流失、目下仮橋ができて居りますが、災害当時はこの橋に水道管がつけてあつたため、これまた全部破壊されまして、市民十万に給水ができず、海をまわつて応急の給水をしたとのことでありますが、これは市の下水設備の問題とともに、将来広島の国際平和都市の問題ともあわせ考え、恒久的な施設とすべく、財政面の難関打開に努力中との由でありますが、
又とりわけ停電による暗黒の不安も奉仕団による治安維持協力によりましてこれが完全に行われて市民に大なる安心感を與えたのであります。赤十字のマークの入つた提灯を各場所に設置いたしまして、そうして町々の夜警をしたのであります。この点も非常に大きな存在であつたのであります。
それで政府のほうの資金ではございません、政府に属する資金という言葉を使つておるのでありますが、例えば見返資金のようなもの、或いは市民から吸い上げた金であるから、郵便貯金に余つておる金にいたしましても、或いは復金の金にいたしましても、閉鎖機関の金にいたしましても、そういう金は政府のポケツト・マネーだと言つて悪口を言つたのでありますが、そういうことで別に置かれてしまいますと非常に民間の方に大きく響く。
そうすると両方買う場合は、二軒に行かなければならないので、非常に便利が悪いようでありますけれども、しかしながら二軒になつておのおの魚屋專門、八百屋專門でやるために、それぞれ材料は新しく豊富になり、値段も安くなるというようなことになりますれば、私はどつちが市民にとつて便宜がよいと解釈すべきであろうかといつも考えるわけであります。
戰後出ましたのは、一般小売商店が建築にとりかかれませんために、その一時的な補填作業といたしまして露店が両側の店舗同様の雑貨その他一切を商いまして、市民の日常の要求にこたえたのでありまして、この功績はきわめて大きいものがございますが、一方これがいわゆる戰後的な現象で、戰後的な効果を持つているものだということは、この露店措置に対しまする一つの大きな意味として御理解いただかないと、申し上げることが通らないと
○大石(ヨ)委員 奧野さんにお尋ねいたしますが、市民税のことですけれども、未亡人は十八歳未満の子女を連れておる人は、住民税は削除されますが、六十五歳以上の老齢の人で十八歳未満の子供を連れている人は、住民税をとられております。これは私は一つの悲劇であると思います。もし九十歳の人が十八歳未満の孫を連れておつたら、その人はやはり住民税をとられる。これは私は非常に不合理と思います。
映画館をちよつと見に参りましたが、婦人がやつておるということで一般市民の同情がありまして、よその映画館に行くよりも、あそこの映画館に行こうじやないかということで、常に満員状態ということで、若干の利益があるという話を聞いたのであります。又その白鳩会の人々が今回の台風の被害に当りましても非常に活動しておる。水が出ておりまする道路のうち、殊に横道の方には余り人が行かない。
九月三日の台風で京都市内の交通は跡絶えてしまいましたが、当日は直ぐバスを使用いたしまして、市民の足を補いました。市電は九月四日に運転をいたしましたし、水道は当日は断水いたしましたが、直ぐ給水タンクを使用いたして給水いたしました。電気も当日は断線のため停電いたしましたが、主要施設には直ぐ当夜電気がつくということで、民心安定のために非常に結構でございました。
それから概して六・三建築につきましては、地元の協力というものは非常に強いものがございまして、私ども文部委員といたしましても、日本の教育復興のために非常に心強く感じたのでございますが、その半面又父兄とか一般市民の寄附というものが非常に多額に上つておる。
それからもう一つ市民税につきましては、市民税の課税標準は、前年度所得を取り、源泉徴收及び申告納税制度を採用せられるように改正せられたい。この税金は市町村税の主な税源で而も従来の市町村民税に比べて大幅の増徴でありますが、実績課税のため現在の経済情勢下においては、納税の担税力にズレを生じ、税收確保は全く困難である。