1948-12-09 第4回国会 参議院 大蔵・人事・労働連合委員会 第3号
○政府委員(今井一男君) 御指摘の通りこの表だけを眺めますと、誠に御尤もな御意見のように拜聽するのでありますが、十四級に当ります職員と申します者は、局長クラスが十三級でございまして、十四級に当りますクラスは殆んど全國に何十人という人間に過ぎないのです。
○政府委員(今井一男君) 御指摘の通りこの表だけを眺めますと、誠に御尤もな御意見のように拜聽するのでありますが、十四級に当ります職員と申します者は、局長クラスが十三級でございまして、十四級に当りますクラスは殆んど全國に何十人という人間に過ぎないのです。
組織以外の人間の意思を尊重するということは、それは自由の原則というような点から考えますれば、労働組合に入らない自由がこの條文にもあるのであります。
さもないと人間はかりに生活に困つても、自分の体面とか位置とか、いろいろな関係で、ときにはでな生活をして、その人の事業なり人格を保たなければならぬような行き方もあると思います。もしも日本にそういう一つの紳士的なものがないとすれば、結局外國品に頼つて、紳士的な顏をすることになる。
このうちの三号に少しむずかしいことが書いてございますが、この三号の文句は、職階制をとりまして以來、その俸給の幅の外に出ている人間が暫定的に出て参つたわけでございます。
ただいま國務大臣から、十日か十五日の間にとにかくあらゆる努力を拂つて調査したものである、それ以上とやかく言うことは議論にわたるとおつしやつたのですが、一般会計三割、特別会計二割、公團二割、地方公共團体二割、昨日の発表では六十万人以上だと思いますが、家族を入れて四人としますと二百四十万人の人間である。この人たちを街頭にほうり出すか、ほうり出さないかというこの重大な問題を、あなたは神様ではない。
しからばお尋ねいたしますが、國務大臣に対してこういう失礼な質問はいささかどうかと思いますが、私非常にうかつな人間でありまして、よく忘れるのですが、岩本國務大臣が行政整理を担当される職におつきになつたのはいつでございましようか。
人間相互の信頼と愛とを基調として初めてりつぱに行われるものであります。吉田総理の念願されるところの民主政治への道を総理みずからの言行が妨げておることを反省されまして、第二次吉田内閣の総理として、労働運動に対して現在いかなる心境をお持ちであるか、これもあわせてお伺いいたしたいのであります。
さて給與ベース改訂のために十二億五千六百万円の今度の追加経費でありますが、これも実を申しますと現在いろいろ問題がありまして、現在問題になつているのは、特別会計においては給與ベースを一人当り一千五百円引上げるとしますと、大体通信関係では、人間の頭数に一千五百円を十一月から実施するとしますと、十一、十二、一、二、三の五箇月分、その金額は約三十三億という勘定になる。
反対された理由の数々を一應我々は承知いたしておるのは非常に官僚的になる、或いは持込配給はしない、経費が増大する、人間は殖やさねばなるまいといつたことを当時野党であつた民自党が指摘されたと承知いたしておるのであります。
何を申しましても産業を再建し、改善して行くということは人間が扱うのでありまして、この人間はいわゆる数百万の勤労者の諸君と経営に從事する諸君の人的方面、それからもう一つはつまり経営技術の面における二点であると考えておるのであります。
しかしながら時間がたつならば、行く行くの理想としては、できるなら障害のない、制約のない自由経済が経済の実体である、本則である、人間の本能的心理であるという点につきましては、松原君はどうお考えになるかしりませんが、私はさようにかたく信じております。
これは人間自然な正直な観方をしておるものと考えなければならん。樺太の実情についてはこれは各人いろいろ判定は違うでしよう。我々はどうしても現実に即した実体を見ての考えに立つ、それを基として引揚運動をやらなければ見当違いになるだろうと思う。その点は我々もこの際反省すべきことだと思うのであります。
恐らく心配するのは、早く帰つて呉れということを心配するのではなくて……樺太にいる人間は苦しくてどうにもならない、そうではなくて、生活も非常に樂にしている。非常にというと語弊がありますけれども、どうやら食つて、着る物も着て、寒さも凌げる生活になつたから急がなくてもいいから、少しぐらい帰るのが遅くなつても必ず帰るから待つていて呉れということを言われました。それで私はそれを新聞に発表しました。
誰が一体早く帰る順序を決めるのか、その決定は、その勤めておる所の一番上の人、新聞社であれば新聞社の社長、漁業会社であれば漁業会社の社長、そういう人が一番先に決定して、この人間は要らなくなつたという人間から順々に帰すということを新聞に発表して、邦人に分るようにしました。私の職業はそれだけですね。小説を書くことと、邦人からの訴えを聞くこと、それだけです。それから私が引揚げて來ました。
御趣旨は保護するという意味から入れたというのは分るのだが、人間の雇い入れは自由のことじやないか、その基本的の人権をそこに束縛する、こういう問題が一つであります。
○田村文吉君 前國会の時にお尋ね申上げたのでありますが、どうもいろいろその後私は考えて見たのでありますが、第五條の「職員として雇い入れず、」という、この雇い入れるとか、雇い入れないとかいうことを、何が故に人間の自由をここで拘束しなければならないのか。
然るにここへ來て初めて……雇い入れるということは人間の自由で、どういう人を選ぼうが、前に組合活動をしていたからとかいうことであろうが、あるまいが雇い入れる、ところがこの人間は昔活動していたから就職させないと言つて文句を言つて來た場合に、いやそういう意味じやないと言つても、これは見解の相違だということになつて、非常に紛議を起し易い。
それでこの問題はわずかの人間のそろばんの上の計算では、廣汎な自然が大体を支配する上からとうてい計算しきれないその不合理性でありますか、このバランスをとりますために、古來日本の國には、徳川時代以來今のちようど供出に似ましたところの一つの年貢の取立てがありましたので、その当時の緩和手段として持たれましたものが、われわれ信濃川の沿岸のごとき水害が始終多い所には、刈地制度というものを使つて、そうして十年ごとに
むろん人間の素質は一年や二年で急に向上するものでもございませんし、手不足のところに人員を補充いたしましても、それがすぐに役立つというものでもございませんが、それにいたしましても、私どものできる限りの努力をいたしまして、人員の充足、また税務官吏の素質の向上のための再教育という面は、本年は相当積極的に年度の初めから計画的にこれを実行いたしたのでございます。
実際の面といたしましては、神ならぬ人間のやることでありますから、捕捉されない所得もむろんあると思うのでありますが、さような憂いはないか。むしろ現在の税法の上からとるべき所得自体が、すでにこれを純理論的に考えれば、課税すべからざる部面さえ持つておるわけであります。
むしろ逆にもう一度再審査をなさるならひつかかる人間でありながら、まだ脱けておる者がたくさんある。これをもつと取締らなければいかぬと思う。
人間の自由によつて、わき上がる創意くふうと増産意欲が、いかにすばらしい経済復興の原動力となるかを知るわれわれは、勇敢に思い切つた統制整理の発表される日を待ち望んでやまぬものであるが、これに対する政府の決意と当面の具体策を、いま少し明確に示していただきたいと存じます。
結局味方した人間が弟、その彰の金を殆んど利用してしまつたのですからそれをきつかけにして……。
ことに米はいわゆる人間生活の根源である。世の根をなすものである。この重大な米の問題に対しまして、かくのごとき弊害のあることもお認めになつておるこの自由販賣を、しかも農民に向つて、眼前の利害に動かされるおそれの多いあの農民に向つて、ことに米の統制下に苦しんでおる農民に向つて、この一種のえさを示したがごとき——そういうお考えはないでしよう。
これは冬は別として夏の炎天下において、すでにこれは人間としての扱いでありません。人間、動物以下に扱われるときに、その性格は動物以下に陷らぬとは限りません。ことにその性格とその境遇において考えるときにおいて、私は近ごろだんだんと起りまする刑務所問題などに思いをいたすときにおいて、これは偶然でないと考える。ある人は私にこう申しました。
扶養手当におきましては、官吏一人当りが一・五人、かように大藏省の方からも言われておりまするので、千二百五十円が一人でございますから、それに一・五をかけまして千八百七十五円、勤務地手当におきましては、特別地域に何割の人間がいるか、そうして何パーセントであるか、甲地におきましては何人で何パーセントであるか、かように数字をそれぞれ求めまして、合計いたしましたものを総人員で割りました結果、ここに五百四十一円
木村君も指摘しておりましたが、人間でありまするから多少それは計画は違うということは止むを得ない。これが二割か三割違つたというのなら話は分るのであります。「ピース」においては倍以上であるし、「ひかり」においては今度は逆に三億を五十一億に殖やすという話である。こうした一体べらぼうな違いはどこから出て來たか。
これは人間ですから正確な見通しができないのは当り前ですけれども、大体常識として当時大衆の購買力は相当減つておるのじやないか、困難であろうということを從來各議員も力説したわけなんであります。これまで委員会での煙草の問題に関する論議を通じて見まして、結局煙草の專賣統制が完全に失敗であつたと思うのです。そういう價格の問題については……。酒の問題についてもそうです。
天皇も人間でありますから、個人ということもあるだろうが、しかし新聞にもああいうふうに出ると、日本の外交権が停止されておるにもかかわらず、天皇のみがあたかも特権を持つておる。しかもあの新聞を頒布することによつて、國民には依然として天皇が相当政治上の権限を持つておるという印象を與える点が、私は非常に重大だと思うのです。それが大臣を特にお呼びして、緊急に質問する必要があると思つてお聞きした理由なのです。
尚これはこんなに煙草の値が上らない先もそういうことがあつたのでありまして、これはたまたま私業平橋の專賣局の直ぐ傍におつたとき、路地を通つて毎晩不審な人間が行くのでどうも不思議に感じておつたところが、さつぱり近所でも別に物を盗られる樣子がない、段々不思議で調べて見ましたところが、塀越に煙草を中から抛るのであります。
併し政府は根本方針を変えまして、そうしてピースの標準を高めてピースという名前じや倦きたのだから、今言つた通り先程申上げた趣味が人間にありますから趣味にぴつたり合うために、つまり中華民國の好な人は親中華煙草とか親中國とかいう名前で、私はアメリカが好だから(笑声)親米というような煙草を出して貰えば宣傳にもなるし命がけで買います。