1948-04-27 第2回国会 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第16号
三十日の午後一時に中曽根幾太郎、塩月学、藤川文六、三木武吉、九鬼千丸、山本英吉この六名を証人として出頭を求めて喚問いたします。
三十日の午後一時に中曽根幾太郎、塩月学、藤川文六、三木武吉、九鬼千丸、山本英吉この六名を証人として出頭を求めて喚問いたします。
○武藤委員長 ただいま中野君の提議されました三木武吉氏を当委員会に喚問することについて御意見はいかがですか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○中野(四)委員 この中曽根軍服事件に関して証人を数々喚んでおられますが、檢察当局での陳述の中で、一番明瞭を欠いており、不審を重ねるものは三木武吉君のいわゆる証言であります、從つて本委員会に三木武吉君のおいでを願つて陳述を求める必要があると思いますので、私はこの際証人の中に三木武吉君を求めたいと存じます。お諮りの上御協賛を得たいと思つております。
○三木治朗君 塚本委員が本日おりませんので私代つて御説明を申上げますが、この請願は社会事業施設関係の協議会で会員の熱烈な要望によりまして懸案中のこの國民の祝祭日の一つとして「こどもの日」並びに「母の日」を設定して、我が國兒童が心身共に健やかに育成されるよう関係者一同の熱望するところであつて、万場一致で決議されて提出した次第なんであります。
委員長 山本 勇造君 理事 金子 洋文君 久松 定武君 三木 治朗君 團 伊能君 徳川 頼貞君 松野 喜内君 淺井 一郎君 大隈 信幸君 岩本 月洲君 來馬 琢道君
○委員長(山本勇造君) それでは同樣に「こどもの日」並びにこれは「母の日」も入つておりますが、「母の日」制定に関する請願が社会事業協会会長中川望君から出ておりまして、紹介議員が塚本重藏氏でありますが、塚本氏が今日は差支えがあられるようでありますから、代りに三木君からどうぞ御説明を願います。
「原は三木武吉の後継者として古くからの知合いです。同人は戰時中いわゆる翼賛議員をやつておつたので、追放に該当するものと思つたが、昨年も本年も資格審査も出さずそのまま立候補もいたしております。
私はそれを受取つて、天野君の選挙に必要ならば、これは本人に渡したいという希望をもつて、まず三木先生が四國にいまして、その事情はよくわかつておるのだから、三木先生の方に届けたら適当な処置がとられるものと考えまして、神田仙太郎方へ参いつて三木先生の所へときどき使いがありますから、何かつてがないかと聽きましたところが、別に使いに今行く人もないからという、それではこれを送つてやつてくれと頼んで、三木先生の方
選擧は投票を省略し、選擧監理者において、正委員長は從前通りに、副委員長に三木治朗君を指名されんことの動議を提出いたします。
栗山君の質問の第一は、政府が國民の総力を結集すると言つておるに拘わらず、社会党の党首片山君、國民協同党の委員長三木君を入閣させることができなかつたのは、一層内閣を弱体にするものであつて、國民の総力結集の極意に副わないではないかという御質疑であつたように伺います。両君が内閣に入られることは、私の見解によれば極めて望ましいことであつたと考えまして、極力入閣方を懇請したのであります。
然るに三党首揃つて入閣せられたところの前内閣ですら内紛に終始し、弱体の譏りを免れなかつたのでありますが、片山、三木の二党首を迎え得られなかつたところの芦田内閣は、そのスタートにおいてその弱体を天下に暴したのであります。如何なる理由によつて二党首の入閣が実現しなかつたか、又総力の結集に失敗いたしました芦田首相は、何故に組閣を白紙に還さなかつたか、その点明らかにせられたいのであります。
委員長 山本 勇造君 理事 金子 洋文君 久松 定武君 委員 梅津 錦一君 三木 治朗君 團 伊能君 松野 喜内君 淺井 一郎君 大隈 信幸君 岩本 月洲君 高田
厚生委員會住宅問題に關する小委員といたしまして、内村清次君、三木治朗君、安達良助君、小林勝馬君、小杉イ子君、米倉龍也君、千田正君、穗積眞六郎君、池田宇右衞門君、以上九名を指名いたします。 次に小委員長の互選をいたさなければなりませんが、それは各小委員會において、各小委員がお集まりの時になされては如何かと思います。
茂雄君 寺島隆太郎君 長野重ヱ右門君 山崎 岩男君 角田 幸吉君 鈴木 正文君 世耕 弘一君 上林山榮吉君 西村 久之君 本多 市郎君 野坂 參三君 小澤佐重喜君 出席國務大臣 大 藏 大 臣 栗栖 赳夫君 運 輸 大 臣 北村徳太郎君 逓 信 大 臣 三木
厚生委員長より、厚生諸法規の地方における実施状況並びに各種厚生施設の実情実地調査のため、愛知縣、三重縣、靜岡縣に姫井伊介君、千田正君、服部教一君、草葉隆圓君、井上なつゑ君及び小杉イ子君を三月十三日から十九日まで七日間、岡山縣、山口縣、島根縣に山下義信君、安達良助君、木内キヤウ君、河崎ナツ君、塚本重藏君及び穗積眞六郎君を三月五日から十三日まで九日間、福岡縣、佐賀縣、長崎縣、熊本縣、鹿児島縣に三木治朗君
飯田 義茂君 今井 耕君 大島 多藏君 岡田 勢一君 唐木田藤五郎君 川越 博君 出野 芳潤君 木下 榮君 小枝 一雄君 河野 金昇君 酒井 俊雄君 笹森 順造君 多賀 安郎君 竹山祐太郎君 坪井 亀藏君 豊澤 豊雄君 内藤 友明君 原 壽雄君 船田 享二君 松原 一彦君 松本 瀧藏君 的場金右衞門君 三木
西郷吉之助君 松井 道夫君 小杉 イ子君 川上 嘉市君 米倉 龍也君 岩男 仁藏君 岡村文四郎君 駒井 藤平君 中村 正雄君 カニエ邦彦君 千葉 信君 大野 幸一君 木村禧八郎君 下條 恭兵君 山田 節男君 梅津 錦一君 堀 眞琴君 松下松治郎君 丹羽 五郎君 赤松 常子君 金子 洋文君 藤井 新一君 三木
西郷吉之助君 松井 道夫君 小杉 イ子君 川上 嘉市君 米倉 龍也君 岩男 仁藏君 岡村文四郎君 駒井 藤平君 中村 正雄君 カニエ邦彦君 千葉 信君 大野 幸一君 木村禧八郎君 下條 恭兵君 山田 節男君 梅津 錦一君 堀 眞琴君 松下松治郎君 丹羽 五郎君 赤松 常子君 金子 洋文君 藤井 新一君 三木
西郷吉之助君 小杉 イ子君 川上 嘉市君 米倉 龍也君 岩男 仁藏君 岡村文四郎君 駒井 藤平君 中村 正雄君 カニエ邦彦君 千葉 信君 大野 幸一君 木村禧八郎君 下條 恭兵君 山田 節男君 梅津 錦一君 堀 眞琴君 松下松治郎君 丹羽 五郎君 赤松 常子君 平野 成子君 金子 洋文君 藤井 新一君 三木
午後三時五十三分散會 出席者は左の通り 委員長 山本 勇造君 理事 金子 洋文君 久松 定武君 委員 三木 治朗君 團 伊能君 徳川 頼貞君 松野 喜内君 大隈 信幸君 藤森 眞治君
十日の晩に各党の総裁に電話いたしまして、十一日になるべく能率的に訪問したいと思つて打合わせたところ、自由党の方では三時後でなければいけない、片山総理は十一時半には総理廳に出てくる、三木さんは一時半頃でなくてはぐあいが惡い、芦田さんは二時過ぎでなくてはいかぬということでした。
委員長 深水 六郎君 委員 鈴木 清一君 重宗 雄三君 油井賢太郎君 井上なつゑ君 尾崎 行輝君 新谷寅三郎君 藤田 芳雄君 大野 幸一君 國務大臣 遞 信 大 臣 三木 武夫君 政府委員 遞信政務次官
○國務大臣(三木武夫君) 官業の値上げが全然物價に影響がないとは考えられないのであります。心理的な影響もあると思います。併しながらこれは今日の物價體系を改訂する、せなければならんということに必要は要素にはならない。そんなに決定的な打撃を新物價體系に與えない。これくらいの値上げというものは今日の物價體系はそれだけの彈力性を持つておる。これで今までの物價體系を改訂する必要はない。
○國務大臣(三木武夫君) これはできるだけ政府も豫算案を早く國會に提出をいたしたい所存でありますが、編成替えをいたして多少の時間が掛かりますので、議會の御審議の模樣によつては、二月の十五日實施の豫定が遲れる場合もある、こういう豫想を持つております。
幸吉君 鈴木 正文君 上林山榮吉君 西村 久之君 樋貝 詮三君 本多 市郎君 今井 耕君 船田 享二君 野坂 參三君 小澤佐重喜君 出席國務大臣 大 藏 大 臣 栖栗 赳夫君 商 工 大 臣 水谷長三郎君 運 輸 大 臣 北村徳太郎君 逓 信 大 臣 三木
一、派遣議員 今泉政喜、谷口弥三郎、内村清次、河崎ナツ、中平常太郎、三木治朗、草葉隆圓、中山壽彦、安達良助、木内キヤウ、小林勝馬、井上なつゑ、小杉イ子、服部教一姫井伊介、山下義信、千田正、穗積眞六郎 一、派遣期間 二月十日より二月二十九日までの内 一、派遣地 第一班七日間、第二班九日間、第三班十三日間 第一班 愛知縣、三重縣、静岡縣 第二班 岡山縣、山口縣、島根縣 第三班 福岡縣
岩男君 青木 孝義君 淺利 三朗君 磯崎 貞序君 上林山榮吉君 西村 久之君 今井 耕君 船田 享二君 中村 寅太君 野坂 參三君 出席國務大臣 内閣総理大臣 片山 哲君 大 藏 大 臣 栗栖 赳夫君 運 輸 大 臣 北村徳太郎君 逓 信 大 臣 三木
それからこれは昨日の三木逓信大臣の説明だつたのですが、独立採算制というのは片山内閣に至つてからの一つの政治的な原則になつておるのだが、一体どうして片山内閣では独立採算制を維持しなければならないかという問題。この三つの点をお聽きしたいと思います。
午後三時二分開議 出席委員 委員長 岡田 勢一君 理事 天野 久君 海野 三朗君 大石ヨシエ君 梶川 靜雄君 片島 港君 成田 知巳君 小島 徹三君 千賀 康治君 田島 房邦君 長谷川政友君 中野 寅吉君 森 直次君 林 百郎君 出席國務大臣 逓 信 大 臣 三木
委員長 山本 勇造君 理事 金子 洋文君 委員 三木 治朗君 若木 勝藏君 團 伊能君 徳川 頼貞君 大隈 信幸君 岩本 月洲君 來馬 琢道君 高田 寛君 服部 教一君
○三木治朗君 先程委員長からお話があつた趣旨に非常に同感なんでありますが、私もこの國で法律で決める祝祭日というものは、一般の納得のできるものでなければならないと思います。從つて数は余り多くないのが適当だと考えるのであります。それで又これをただ季節のいい時にうまく按分してそれを休の日として享樂の日とするような考え方はいけないと思うのです。