2011-03-08 第177回国会 衆議院 総務委員会 第3号
通例どおり、お許しをいただいて、万葉集で始めさせていただきたいと思います。 きょうは、予算委員会の分科会で詠むはずだった歌を、総務委員会ということで、こちらへ回させていただきたいと思います。 巻十七、四千十七番。大伴家持が富山県で歌った歌であります。春の歌。 あゆの風いたく吹くらし奈呉の海人の釣する小舟(をぶね)漕ぎ隠る見ゆ ありがとうございます。
通例どおり、お許しをいただいて、万葉集で始めさせていただきたいと思います。 きょうは、予算委員会の分科会で詠むはずだった歌を、総務委員会ということで、こちらへ回させていただきたいと思います。 巻十七、四千十七番。大伴家持が富山県で歌った歌であります。春の歌。 あゆの風いたく吹くらし奈呉の海人の釣する小舟(をぶね)漕ぎ隠る見ゆ ありがとうございます。
○橘(慶)分科員 三十分、限られた時間でありますので、簡潔に参りたいと思いますが、四月上旬並みの陽気のきょうと言われておりますので、万葉集で始めさせていただきます。巻八、一千四百二十四番、山部赤人であります。
今ほどは、伝統産業、そしてまた京都のお話がいろいろ出ておりまして、万葉集の歌をいつも準備してくるものですから、きょうは巨勢山の歌を持ってきてよかったかなと思いました。巻の一、五十四番。 巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を ということで、ありがとうございます。
冒頭は万葉集で始めたいと思いますが、片山大臣とお話をするならこの歌しかないという、やはり鳥取県因幡の歌しかないでしょう。季節はちょっとずれましたけれども、ことしは大雪でしたのでこの歌でよろしいか、このように思います。 巻二十、四千五百十六番、万葉集最後の歌でありまして、天平宝字三年、七五九年の正月一日に、因幡の国庁で国司大伴家持が、昔の鳥取県知事であった大伴家持が詠まれた歌であります。
委員長御存じのとおり、私は万葉集を歌って始めるということになっておりまして、東京の残雪を踏み締めながらしっかり四十五分やらせていただくという気持ちを込めて、万葉集巻十九、四千二百二十六番、大伴家持卿の歌であります。 この雪の消残(けのこ)る時にいざ行かな山橘の実の照るも見む ぜひタチバナの実がなるように、よろしくお願いします。(拍手)ありがとうございます。
したがいまして、万葉集も三つ目になるわけですが、富山県ばかりやっていては失礼だ、大臣は茨城県でございますから、茨城に何かないかと。ただちょっと、済みませんでした、北部の日立の方まで行くとなかなかすぐ見つけられなかったので、それもとっておきながら、きょうは筑波山で許していただきたいと思います。
それが対外経済という意味でも、まあ、きょうはずっとものづくりが大事と申し上げながらも、万葉集も昔のクール・ジャパンだと私は思うんですが、現代のクール・ジャパンはやはり伝統工芸、日本のいろいろな繊細な技術。そこからまた立派なものづくりにも展開しているわけですが、この伝統産業というものも大変大事だと思うんです。
そういった思いも込めながら、究極は、やはり私どもの海、日本海が平和で安全で美しい海であってほしい、そんな思いを込めながら質問させていただくんですが、それにふさわしい万葉集の歌を詠んでから始めたいと思います。 大伴家持卿が、私どもの富山県へやってきて、何と美しい日本海だということで詠んだ歌を一首御披露して入らせていただきたいと思います。巻十七、三千九百五十四番であります。
○橘(慶)委員 夏が過ぎまして秋になりましたので、万葉集で始めさせていただきたいと思います。 実は、佐藤先生からリクエストがありまして、それをやろうと思ったら、ちょっと今、御都合がつかないので。 そこで、もう一つ用意してきました。柿本人麻呂の方がきょうはいいかな、そう思いまして、巻三、二百六十六番、大津の京をしのんで柿本人麻呂が歌った歌を御披露して始めさせていただきたいと思います。
委員長はよく御存じでありますが、質問に入る前に、私のふるさとが万葉集の故地でありますので、万葉集の歌を歌いながら始める、こういうことで、委員長さんの御了解も今までいただいてきたと思っておりますので、きょうもそうさせていただきたいと思います。 巻十七、三千九百四十三番、これは大伴家持卿が、私のふるさと富山県へ着任されて、最初のうたげで歌った歌でございます。
日本の国の伝統というのは、万葉集の山上憶良の歌ではありませんけれども、子どもは宝だというのが私は日本の社会の伝統的な価値観であり、あるいは地域観だと思うんですね。子どもは家庭のものでもあるんですけれども、同時に、地域が大事に育てていく、そういうものをあわせ持っていたというふうに思います。
銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも 万葉集にある山上憶良の歌であります。まさしくこの思いで育て上げたのではないでしょうか。 大臣は、ここまで被害を拡大させたという責任をどのようにお考えでしょうか。
万葉集はちょっと御容赦いただきながら、雰囲気によっては途中入るかもしれません。それで最後にまた盛り上げていきたい、そういう意味でございますので、よろしくお願いします。 順番に参ります。 地方局の経営の現状及び今後の見通しということです。
そんな歌が万葉集にあるのかといえば、三十一(みそひと)文字で、三十一文字で一日を詠んでしまった歌があるので、それをきょう冒頭紹介しようと思ったんですが、何となくムードがムードだったので失礼をしたなと思います。きょうは、朗誦は避けて、こういう歌を詠もうと思っておりました。「珠洲の海に」、珠洲市というのは今地デジの試験をしているところで、石川県です。
三十分いただいておりまして、放送法のいろいろな提案をいただいた趣旨、どういうところに考え方があるのかということを順次お伺いするわけですが、私ですから、万葉集でやはり始めさせていただきたいというふうに思うわけです。 きのう決算行政監視委員会の文部科学分科会の方で質問しておりましたら、原口大臣から、橘は歌を詠んだのか、そういう御下問もあったようであります。
そういう観点で、観点がちょっと変わるんですけれども、私どもの地域はまた一面、万葉集の故地とも言われております。編集をしたと言われる大伴家持卿が越中の国司として五年間滞在をしたということもありまして、非常に多くの歌が残されているわけであります。万葉集というものは国民的にも非常に親しまれている、それこそ一千二百年から三百年前のそういった日本の歌がしっかり残る、世界的にも古い歌集であると思います。
万葉集から宇宙まで駆け抜けましたけれども、どうか、いろいろな分野、大事な分野を伸ばしていただいて、また、宇宙は事業仕分けに負けずに頑張ってください。よろしくお願いします。
○金森政府参考人 万葉集につきましては、現在使用されております中学校や高等学校のほとんどの国語の教科書で取り上げられているところでございます。
冒頭、万葉集をやった方がいいという声を幾つかいただきましたので、あえて、ちょっと審議時間をいただきまして、させていただきたいと思います。 私の出身の富山県というところに、大伴家持卿、万葉集の編者と言われております、この方がいらっしゃって、歌もたくさん詠まれたということで、私どもの町では、一年間に一回、万葉集を全部、三昼夜かけて詠み通すというイベントもあるということであります。
今から三十分もおつき合いをいただくわけでございますが、大切なお時間だとは思いながらも、私は、質問に立つと万葉集の歌を詠んでからやるということにしておりますので、一首詠んでから質問に入ってまいりたいと思うわけであります。春の歌。 玉くしげ二上山に鳴く鳥の声の恋しき時は来にけり では、よろしくお願いいたします。(拍手)ありがとうございます。
きょう詠ませていただくのは、実はきょうの朝放送された「日めくり万葉集」で、巻十九、四千二百九十番、私の大好きな大伴家持卿の歌がたまたま取り上げられておりましたので、これを朗誦させていただきたいと思います。ちょうど夕方にぴったりの歌で、春の野に、かすみたなびきうら悲し、この夕影にウグイス鳴くも。 春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影にうぐひす鳴くも どうもありがとうございました。
「日めくり万葉集」は、ことしは平城遷都千三百年ということで、来年度は新たに二百四十本を制作する予定でおります。その中には、当然、平城京の様子やそういうものを重点的に特集するようなものも考えております。 以上でございます。
実は、二〇〇八年から、NHKさんでは早朝に「日めくり万葉集」という番組を放映されておるわけであります。これは万葉集愛好家の支持が非常に高く、テキストでは私の出身の高岡のイベントも含めていろいろ万葉ゆかりの地を紹介をいただいているところであります。
無事、何とかホームランに遭わずに終わったような気がしておりますけれども、実は、万葉集男と言われておりまして、自分で名づけておりますが、万葉集の故地でありますので、せっかく春でございますので、一首詠んで終わらせていただきたいと思います。 石ばしる垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも きょうはどうもありがとうございました。
さて、せっかくですから私の地域のPRもしたいわけでありまして、万葉集ゆかりの地域でございます。非常に古いお話になりますが、私どもの県は越中の国といいまして、ここに大伴家持卿が五年間国司で赴任をされ、万葉集に多くの歌を残しておられます。いろいろな歌があるわけですが、巻十九、四千百四十三番という歌で、「もののふの八十娘子らが汲みまがふ寺井の上の堅香子の花」という歌を御紹介しておきたいと思います。
○塩谷国務大臣 京都府木津川市の馬場南遺跡は、平成十九年及び二十年度の市教育委員会などによる発掘調査によって、奈良時代の寺院跡が見つかり、万葉集の歌を記した木簡や寺院の名称を書いた土器などが出土したものと承知をしております。