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佐野参考人 鹿児島大学
水産学部の
佐野でございます。
私は、養殖業の現場に近いところでふだん
活動しておりまして、一昨日も、垂水というところの養殖業者と一緒に餌やりをやり、また、水曜日には香川県の養殖業者のところでまた船に乗ってまいりました。そういう
立場からきょうはお話をさせていただきたいと思います。
私も、
漁業法の
改革は時代
状況に合わせて行われるべきでありまして、
改革自体に反対するものではございません。現実にも
漁業の
担い手不足というのは深刻でありまして、何らかの
改革が必要であるというふうには認識しております。ただし、
改革しさえすればうまくいくというものでもなくて、どのような姿を目指し、どのようなスケジュールでそれを進めていくのか、その結果、誰かに不利益が生じることがないようにどうすべきかなどと、総合的にしっかりと
議論していくべきであるというふうに
考えております。
私は、
沿岸漁村の
社会的
共通資本としての性格、また
沿岸漁業における
地域政策、そういったものを重要視する
立場から、今回の法
改正を客観的に
評価をしていきたいと思っております。
先ほど
八木先生の方からも少し言及ありましたけれ
ども、この法
改正の一年半にわたるプロセスを見てくる中で、全体的には、
水産政策が
地域政策というものから
産業政策に大きく転換したように見えてまいりました。そこに大きな不安を感じてきたのは事実でございます。
ただ、今回示されました条文を読みますと、当初のいろいろな方針等々で示された
内容から、かなり現実的な
内容には落とし込まれておりまして、その点ではかなり不安は解消されてきたかなというふうには
考えております。そこは
評価をしております。ただし、まだ曖昧な
部分も多い。実際にどのように
運用されるのかイメージが湧かない
部分もございます。
時間もありませんので、きょうは
資源管理と区画
漁業権の
運用を
中心に述べさせていただきたいと思います。
資源管理なんですけれ
ども、まず、
漁業、養殖業において量的成長は既に困難であるということを御
理解いただきたいと思います。持続的に自然
環境や天然
資源を利用するためには、今現在そうしておりますように、
漁獲量は抑制し、また養殖も
環境容量を超えないようにするなど、十分に抑制的な態度が必要です。したがって、生産力の拡大というものは、これまで歴史的にも、新規
漁場、新規
資源の獲得においてしか行い得ない。論理的にもそうです。
世界全体でも、特殊な事例を除き、既に成長の段階は終えんをしております。特に
日本においては、過去に急激な成長を遂げました。今、成熟しております。こういう
状況において
日本水産業が目指すべきものは、成長というよりも、むしろ持続的生産の確保、持続的な養殖生産の実現であろうと思います。
この場合、
経済成長は
価格向上でしか実現し得ず、成長戦略はすなわち
市場戦略でしかあり得ないと思います。この
法律は
市場戦略は範疇に置いておりませんけれ
ども、
市場戦略があって初めての成長であることを忘れてはならないというふうに
考えます。
また、生産性の向上もうたわれておりますけれ
ども、それを目指すのであれば、それは、省力化を進め、就業人口を減らすということでしか恐らく実現はできない。きれい
ごとではないものが出てきます。そこらあたりを目指すということであれば、相当な覚悟も必要だろうというふうに
考えております。
さて、今回の
改正における最大の変更点が、
漁業法にTAC法を包含したことです。そして、TAC
管理の拡張が規定をされました。
ここで、
法案で示されております
IQあるいはIVQというようなものは、
沖合漁業においては可能であろうかと思います。例えばサンマ
漁業、サンマだけしか
漁獲しない棒受け網
漁業がそのほとんどを
漁獲しておりますし、
水揚げ港も五港
程度に集約されております。こういうものだと、コストが低く、効率的にこのシステムが使える。
しかし、多様な
魚種を
漁獲して、数百の漁港で水揚げをしている一般の
沿岸漁業での
導入は、現実には大変難しいと思います。
IQの
先進国であるオーストラリアでも、複数
魚種を対象とした
漁業種類はこういった
管理から外されているというふうにも聞いております。
TACというものはMSYベースで
考えられていくものと思いますけれ
ども、これの推定も簡単ではありませんし、正確でもありません。MSYという
考え方は、前年の
資源量、親の量、これに翌年の
資源量が規定されるという、親子関係が存在することを前提にした
考え方でありますけれ
ども、こういう関係が明確に存在する
魚種は実は少ないということが
資源学の常識でありまして、科学的な結論です。
その結果、
ノルウェーなどでも、このTAC
制度は必ずしも効率的に動いているとは思えない面もありまして、画一的な
管理手法が硬直化するといったケースもあるように聞いております。
TACというもの、MSY利用に基づくTACというものを全ての
漁業種類に敷衍をするという上では、まだ科学的な
検討が終わっていないのではないかというふうに
考えます。
一方、
資源量がどのように
変化しても、そのうちの一定割合を間引くという、
漁獲率を一定化する
努力量規制、これは
日本でこれまでずっと行われてきたわけですが、こういったものも大変に有効な
資源管理手法でありまして、
状況に応じては、もっとよいやり方がある
可能性もあります。
日本では、多様な
資源、多様な
漁業の性状に合わせた多様な
漁業管理というものが必要ではないかというふうに
考えます。海外の
管理方式に盲従せず、
日本型の、
日本の
資源に応じた
管理方式をこれからも更に追求し続けるという態度が必要だと思います。
法案では、TAC
管理を
中心にするものの、他の
管理手法も必要に応じて取り入れていくということになっておりまして、こういう
考え方は大変
評価をできると思います。ただ、順番は逆で、
資源量変動に親子関係が確実に影響すると確認された
魚種のみをTAC
管理に移行させるべきでありまして、
基本が
漁獲努力量
管理で、可能なものから順次TACに移行という
考え方が妥当なように思います。
ぜひとも、現場で柔軟な
運用ができるように、
資源学の専門家等の
意見も取り入れながら、より現実的な
資源管理制度を実情に合わせて取り入れていくという
運用が必要だと
考えます。
また、法で示された
管理方式では、
管理コストが非常に膨大になる
可能性がございます。
日本は
漁船が二十二万隻、
ノルウェーは八千隻、ニュージーランドは千八百隻
程度しかございません。同じ
管理を
導入しても、効率性で大きく異なってまいります。また、対象となる
魚種の数に対して
資源研究者の数も全く足りておりません。他方、
魚種によっては圧倒的に低コストである
漁業者の
自主管理、この機能、効果、これをより高める
方向での
取組もやはり忘れてはならないと
考えます。そこに、共同体に支えられて持続的にこれまで存続してきた
日本の
沿岸漁業の強みがあるように思います。
TACへの移行を進めるがために、このような、
日本の漁民集団と各
地域の
水産試験場が協力してこれまでつくり上げてきた
資源管理型
漁業という自主的な
管理組織、コマネジメントの枠組み、こういったものを捨て去るのは愚策である、
沿岸資源の持続的利用において後退になりはしないかという危惧を感じております。
さて、次に、区画
漁業権、養殖の話に移りたいと思います。
現行法における区画
漁業権とは養殖を営む権利でございまして、
現状では、多くの場合、
漁協に免許されて、
漁協の
管理下で組合員が権利を行使しております。
水は流動的でありまして、複数経営体間を移動します。誰かが私的利益のために
漁場を汚染すれば、全体が被害をこうむります。また、同じ場所を他の
漁業種類も同所的に、複層的に共同で利用しております。養殖海面は農地のように私有化できるものではございません。このため、養殖では必ず集団的な
漁場利用、
管理が必要となりまして、現行法では関係漁民全てを網羅している
漁協を
漁業権者として個別経営より優先するということになっております。ただ、この際、
企業等も個人と同じく
漁協の組合員となることで権利を行使できるため、参入を排除するものでは全くございません。
また、区画
漁業権は、多くの場合、共同
漁業権漁場の上に設置されることが多くて、歴史的に
漁村総有の形で利用されてきた
地域環境を
地域定住者が利用するという地先の
環境資源利用形態でもあります。
地域環境は、まず、
地域定住者により、そのなりわいのために利用され、その果実は
地域内に落とされるべきだというふうに私は
考えております。それが
地方創生の精神ではないかと思います。
地域外の資本が
地域環境利用上同列に立つということは正当性を持たないし、特に私のように地方にいる者から見れば、それはまことにそうであろうというふうに思われます。
FAOの持続的
漁業の行動規範やSDGsでも、小規模、伝統的
漁業者への特別な配慮の必要性が明記されておりまして、これが国際的な常識ではないかと思います。
ただ、養殖産地の
実態を見れば、現時点の
制度でも
企業参入は円滑に行われておりまして、特に問題はない。もちろん、成功している事例の傍ら、失敗している事例もありますけれ
ども、それは
制度の問題ではなくて、
技術の問題、放漫な経営の問題、単なる経営能力の問題ではないかというふうに
考えております。
また、
改正案では、
漁場計画作成段階におきまして
関係者から
意見を聞くことにしておりまして、計画段階で
漁業権者を決めていく手順となります。ここで活用
漁業権の規定がされておりまして、これは大変重要だと思っております。争乱が起きないように現在の利用体系に配慮されておるということは
評価をしたいと思います。
ただし、この場合でも知事が認めるということが必要でありまして、そこでやはり
漁業権の歴史性と
地域のなりわい
漁業者への配慮というものが必要ではないかというふうに
考えております。
地域社会の構造に急激な
変化がないように、十分な配慮をいただきたいと思います。
また、新規区画
漁業権漁場の設定も積極的に進めるというふうになっておりますけれ
ども、海面の総合的な最大活用という目的のもとで、例えば、生産性の低い一本釣り
漁業者のような零細な高齢な
漁業者が一方的に
漁場を奪われるというようなことがないようにも
考えるべきである。こうした判断も知事に委ねられている面が多うございまして、そこでいたずらに混乱を招くことがないように、十分に指導はしていただきたいと思います。
かくして、国、県、
漁協、全てにおいて事務作業量がかなり増大すると思われます。特に知事には大きな権限が与えられまして、膨大な
準備作業と繊細な判断が求められます。そこに、やや、実際、大きな混乱が起こるんじゃないかというふうなおそれを抱いております。
養殖を営む漁民は今、
二つの大きな不安を抱えているように思います。
一つは、この法
改正が生産力の拡大を目指していることですね。今、ブリやマダイ、もう既にクロマグロもそうですが、主要な養殖種目では、既に過剰生産、過剰
供給状態にありまして、低
価格、
価格暴落が定常化をしております。また、
環境容量も限界に来ておりまして、毎年巨額の赤潮被害が出ております。
こうしたことから、国が主導して
ガイドラインをつくって、今、
生産量を抑え込んでいる
状況です。
漁業者には辛抱してもらって、つくるのを少し抑えてくれと頼んでいる
状況です。こういう
状況の中で、それとやや矛盾するような、生産力を拡大する、成長させるというような
方向が打ち出されているということに対しては、やはりどうしても不安を感じざるを得ないというところだと思います。
もう
一つの不安は、やはり、これまで経験してきたトラブルが各地で多発するのではないかということです。
かつて、幾つかの事例がありまして、外部からの参入
企業が知事に直訴をするような形で新規
漁業権を手に入れて養殖をし、経営に失敗してわずかの期間で脱退する、その間に零細な
漁業者に多大な迷惑をかけるというようなことがこれまでありました。そう多くはないですが、あります。そういったことがもしかして起こりやすくなるのではないかというふうな危惧があります。これは危惧、杞憂であればよいのですけれ
ども、それが杞憂で終わるような
運用、それを期待したいと思っております。
やはり、同じ
地域で同じ水域を活用していく、利用していくのであれば、そこでは
地域と調和して持続的でなければならないと思います。同じ
漁業権のもとで、同じ
漁業権行使規則を遵守する形で、互いに助け合いながら養殖を営んでいってほしいというふうに
考えております。今の成功事例は全てそういう形でやられていると思います。
最後に、全体的に省令や知事の判断に委ねられることが多くて、具体的な
運用には大きな幅が出てくるように思います。
沿岸域では、先ほど申しましたように、
漁業、養殖業の
成長産業化というものはそもそも大変困難であると思います。むしろ、定住漁民の生活を守ること、持続性を確保すること、これをまず最大の目的とすべきではないかと
考えます。それを可能とした上で、新規参入者による新しい
取組が
地域の
漁業の活性化に貢献していくということが望ましいです。
漁業を通じて、長らく
地域の
環境を利用して自然調和型のなりわいを営んできた定住漁民に不利益がないよう、彼らの今の生活が脅かされることがないように、この法
改正あるいは法の
運用、十分に注意をしていただきたいということを希望して、私の
意見を終わらせていただきます。
どうもありがとうございました。(拍手)