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参考人(
桜田照雄君) 阪南大学の
桜田でございます。本日は、
参考人として
意見を述べる機会を与えていただきまして感謝します。ありがとうございます。
お手元に配付させていただいた原稿を御参照いただきながら、衆議院でのこの間の議論も踏まえて、以下六つの
論点にわたって私の
意見を述べさせていただきます。
まず最初に、第一の
論点ですが、第一の
論点は、立法府には
法律の立法責任というものがあるということです。
消費者被害を防止するために、平成六年に製造物責任法が成立しました。この
法律は、製造業者等が自ら製造、加工、輸入又は一定の表示をし引き渡した製造物の欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、過失の有無にかかわらず、これによって生じた損害を賠償する責任があるということを定めています。
今回の
特定複合観光施設区域整備法案、以下では
カジノ実施法案と呼ばせていただきますが、この
法案の審議過程をこの製造物責任法の見地に照らしてみれば、衆議院での審議時間は僅か十八時間
程度で、実質的な討議を回避したに等しく、ここ参議院では、十分な審議を得ることなしに成立した
法案が
国民の損害を生み出すようなことがあってはならないわけですから、慎重に審議されることを望みます。すなわち、立法府の責任を是非全うしていただきたいということです。
次に、第二の
論点は、この
カジノ実施法は、経済政策なのか、それとも刑法の特別法、三十五条に該当するような特別法なのかということです。
カジノ実施法の議論を混乱させている要因の
一つは、この
法案が刑法の
違法性阻却事由を満たしているとは考えられない、そのことにあるのではないでしょうか。
例えば、目的の
公益性について見れば、
カジノ収益が
IR施設あ
るいは
MICE施設における
収益エンジン、つまり
カジノ収益で
IR施設、
MICE施設の
建設、
運営を行うとの考えの下、
法案の百九十二条、百九十三条において、
カジノ行為粗
収益、すなわち、
カジノ事業者から見たときの
チップの受取額と交付額との差額並びに
顧客同士の賭博から得られたいわゆるテラ銭の合計額の三〇%が、この三〇%には
消費税だけでなく法人税や法人事業税、法人住民税も含まれますが、この三〇%
部分が国と地方自治体に納付金として納められ、そのことをもって目的の
公益性は満たされると考えているようです。
ところが、
カジノ収益の粗利の七〇%は
カジノ事業者の
収益となります。どういうことになるのか、このことを考えてみたいと思います。
具体的な事業計画あ
るいは事業
規模は、
カジノが立地される地域が特定されていないので、それらの計画や事業内容は明らかではありません。そこで、
ラスベガス・サンズ社の公表財務諸表、これはアメリカ証券取引
委員会に提出され
るいわゆるフォーム10Kと呼ばれるものですが、それによれば、二〇一六年度の場合、八十七億七千百万ドルの
カジノ収益があったので、三〇%といえば二十六億三千百万ドル、邦貨に換算すると約二千八百九十四億円になります。サンズ社の営業
費用は四十八億三千八百万ドル、これには償却費や貸倒引当金は含みません。それであったので、七〇%相当額は六十一億四千万ドル、差引き十三億二百万ドル、約千四百三十二億円が事業者の取り分になります。
このように数千億円もの
カジノ税が得られるのだから、
公益性はあると考えるべきなのでしょうか。ここに経済政策と
違法性阻却との接点があるように思います。
第三の
論点は、
カジノ実施法は
違法性を阻却できない。このことを経済
行為の
観点から見てみたいと思います。
カジノ事業者にとって、さきの
事例に見たように、
カジノ税は大きな負担と意識されます。
費用を控除した後の感覚でいえば、三千億円の
カジノ税と一千五百億円の自分の取り分という感覚に陥るわけですから、当然のことながら、その負担分をできるだけ軽くしようとするはずです。
カジノビジネスは慈善事業ではなく、他の
カジノ事業者との
競争関係にある
民間事業なのですから、当然のことだと私は思います。その結果、より大きな
カジノ行為粗
収益の獲得に駆り立てられる構図を実はそこに見ることができます。この構図の下では、射幸心をあおることなくして
カジノ業務が成り立たないということになってしまいます。これは明らかに公序良俗に反する
ビジネスと言わなければならないでしょう。つまりは、目的の
公益性は果たされていないのです。
もちろん、一連の業務から得られる
利益が
カジノ事業者の株主に配当として配分されるわけですから、この意味でも、私的な経済的
利益の追求と目的の
公益性は両立してはいないのではないでしょうか。
第四の
論点は、全体として
違法性は阻却されているという主張についてです。
法務省は、
違法性阻却の八要件を示してきましたが、昨年、二〇一七年七月の
特定複合観光施設区域整備推進会議の取りまとめには、刑法との整合性は、これらの要素の
一つの有無や
程度により判断されるべきものではなく、制度全体を総合的に見て判断されるべきものであることが説明されています。
私事で恐縮ですけれども、私は会計監査論で大学に職を得て、会計学の
論文で博士の学位を京都大学から得ましたが、公表財務諸表の適正性を検証し、監査
意見を表明する会計監査論の考え方からすれば、この
違法性の阻却は、なるほど確かに制度全体を総合的に見て判断されるべきものなのですが、判断の前提には、監査論でいえば、要証命題の立証を通じた監査人の心証形成過程が厳然として存在しています。
法案の審議過程で行われたように、
一つ一つの要証命題を検証することなく全体を総合的に判断するのは、最初に答えありき、あ
るいは決め付けに等しいものです。つまり、
違法性を阻却する論理が成立していないということです。
第五の
論点、
カジノ実施法では経済政策の巧拙を論じるべきではないと私は思います。
経団連やみずほ総合研究所、大和総研といったシンクタンクが様々に
カジノ開設の
経済効果を測定しています。いずれの調査も、
IRに係る
経済効果は
建設による
経済効果と
運営による
経済効果としています。
マカオにはベネチアン・
マカオという
カジノがあります。五万平米のフロアに三万七千平米の
カジノ面積を持ち、三十五ある
マカオの
カジノでも
最大の
カジノです。二〇一七年度の
カジノ収益は二十五億七千七百万ドル、約二千八百三十五億円でした。シンクタンクが測定する
経済効果は、この
カジノ収益を
経済効果額として認識するはずです。ところが、こうした
経済効果、ひいては経済政策から
カジノを観察することは、賭博という
カジノの
本質を覆い隠してしまいます。
公表財務諸表によれば、ベネチアン・
マカオで
一般客が投じた
賭け金、ノンローリング
チップと表現されています、それは七十三億九千九百万ドル、約八千百三十九億円であり、そのハウスエッジが二五・二%であること、
VIP客が投じた
賭け金、ローリング
チップが二百六十二億三千九百万ドル、約二兆八千八百六十三億円であり、そのハウスエッジが三・三四%、さらに、
スロットマシンでは二十九億二千九百万ドル、約三千二百二十二億円が投じられ、五・三%のハウスエッジであったことが
報告されています。
法案の審議を通じて立法府が考えなければならないことは、
カジノ事業者が二千八百三十五億円もの
収益を生み出していることではなくて、八千億円もの大金、
スロットマシンを合わせれば一兆円を超える金額を一般の人々が賭博に投じている、しかも、三十五ある
カジノのたった
一つの
カジノですらこういう
状況なのだ、そういう事実ではありませんか。つまり、
カジノ実施法は
経済効果や経済政策のレベルで議論されるべきではなくて、
日本社会がどう賭博に向き合うのか、そして、仮に
違法性を阻却できないままに賭博を合法化すれば、深刻な
社会問題を引き起こしはしないかという
論点ではないでしょうか。
第六の
論点、
カジノ実施法が特定貸付資金業務を採用したことについてです。
富裕層が対象だといいますが、貸付業務の前提となる預託金額は明示されていません。しかも、
貸金業法では年収の三分の一に
規制する総量
規制が設けられていますが、この
貸金業法は適用されません。
このほか、
MICE施設には夜のエンターテインメントである
カジノが必要との議論は成立しないことが審議過程の中で明らかになりました。そもそも、国際
会議の開催はエンターテインメントの有無ではなく、会場への航空路線のアクセスや通訳の確保が条件なのであって、また、見本市などのイベントは企業間の取引関係や経済的諸条件が開催の前提となります。いい
施設があるからといって利用が進むわけではありません。ましてや、
カジノがあるからといって利用が進むわけでもないでしょう。また、
MICE施設整備がクローズアップされた前提にある国家や地方自治体財政の単年度決算主義という制約をクリアする努力も必要でしょう。
最後になりますが、ロシアの文豪、トルストイは、誠実に生きるとき、人生において恐れるものはないと記しました。
カジノ実施法の前提には、少子高齢化
社会の様々な困難を克服するに当たって、
観光の力、
訪日外国人観光客の力を借りようというもくろみがあります。
観光振興では、例えばおもてなしの精神が
訪日外国人観光客の誘客を促進する切り札とされています。おもてなし、つまり他人への思いやりの心は、その人の誠実さの中にこそ生まれると私は考えているので、他人の不幸の上に我が身の幸福を築く
カジノの開設は、
日本の
観光文化を、そして
日本の経済
社会の土台を毀損してしまう、このことを訴えて私の
発言とします。
どうも御清聴ありがとうございました。