1949-04-18 第5回国会 衆議院 災害地対策特別委員会 第4号
私どもの考えるところでは個人の災害者は補助金を目当に非常な努力をいたしまして改修し、しかもそれは本年度の供出の割当面積にも入つておる。こういう事情でありまして、むしろこの際自分の田畑を個人で改修するということの方が非常な犠牲を負うておるのでありますが、その点はどういう理由でそういうことになつたか、お伺いいたします。
私どもの考えるところでは個人の災害者は補助金を目当に非常な努力をいたしまして改修し、しかもそれは本年度の供出の割当面積にも入つておる。こういう事情でありまして、むしろこの際自分の田畑を個人で改修するということの方が非常な犠牲を負うておるのでありますが、その点はどういう理由でそういうことになつたか、お伺いいたします。
ところが同じ面積をかりに持つておるといたしましても、わが國の場合は非常に細長い、北は北海道の果て、南は九州の果てから東京に参る。しかるにわが國の國民経済というものは統制経済であつて、一應東京に行かなければ用が足りないようにできておる。これは政治といわず、経済といわず、また文化といわず、あらゆる面において、わが國民はそれぞれの辺境の地から東京に行かないと用が足りないようにできておる。
請願の理由といたしまして、この勝田町は、戰時中株式会社日立製作所水戸工場並びに日立工機株式会社の操業に伴い、急激なる発展を來して参りましたが、さらに將來の拡張を予想せられ、政府においては、その面積四百余万坪に対し、人口三十万包容の都市計画を樹立し、昭和十七年別図の区域百六十余万坪を事業化するに至つたのでありますが、終戰後、事業は一時停頓のやむなき状態となり、次第に人口増加し、都市化しつつある実情にもかかわらず
面積は三十七万方里に及ぶば厖大な面積を持つところの村であります。ところが交通が非常に不便でありまするために、開発が遅々として進まないというのが実情であります。しかしながら最近においては開拓移民等の入地その他によりまして、急激に人口の増加を見ておる情勢であります。
そのためには、土地改良こそその根本でありまして、わが國の水田の約半分の百数十万町歩は一毛作田でありますが、土地改良によつて濕田を乾田といたしまするならば、二毛作が可能となつて面積は倍に使えるのである。
門 員 黒田 久太君 專 門 員 椎木 文也君 ————————————— 本日の会議に付した事件 米國対日援助見返資金特別会計法案(内閣提出 第三四号) 國立病院特別会計法案(内閣提出第三八号) 貿易特別会計法案(内閣提出第四一号) 米國対日援助見返資金運営に関する決議案に関 する件 ————————————— 請願 一 宮崎縣の煙草耕作面積増加
○宮幡委員 請願に対しまして、日程第二、臼田税務署復活の請願、及び日程第五、銀めつき洋食器に対する物品税軽減の請願の二件を採択いたしまして、日程第一、宮崎縣の煙草耕作面積増加の請願、第三、松山港を開港場に指定の請願、第四、煙管に対する物品税の免税点に関する請願、第七、高崎地方專賣局高田出張所復活の請願、第八、絹、人絹織物消費税軽減の請願、第九、煙火類に対する物品税軽減の請願、第一〇、化粧品に対する物品税軽減
ところが敗戰後において、非常に人口が過剩になり、また生産力は日本の面積に比較して上らない。そして日本の生産力と人口の増殖というもののつり合いがつかぬから、こういうめんどうな問題が起き、そこに戰爭が起つて來る。経済調査廳というものは各般にわたるのであるから、そこで根本的な問題を取上げてもらわなければ私どもは不満なのであります。
○木村(武)政府委員 その点につきましては、若干先日も申し上げたつもりであつたのでありますが、要するに問題は、全國にわたります耕地の一筆ごとの面積と反收というものにつきまして、反收は毎年の天候その他に影響されまするけれども、地力と申しますか、そういう点について確実な、客観的なものについて、何人の思惟の介入も許さないような客観的なものがまだできていない。そういう点に問題が胚胎しておるのであります。
今日治山、治水として非常な関心を呼んでおる、あの中心をなします保安林の問題でありますが、その保安林については昨年から五箇年計画で、少し長いのでありますが、実際の必要性、また新たに置くべきところの地域、面積というものを調べておりまして、それと相関連して國有林の整理、いわゆるそこに林野整備をすることが適当であろう、こういうふうに考えております。
足立区は、面積が五万三千五百二十平方メートル、人口、現在におきまして二十五六万を算する東京都内でも屈指の大きな区でありまして、しかも戰災ををほとんど受けておらない区であり、その中におきまして工場は二千有余あり、また田畑は二千二百余町歩にわたつておるのでございます。
即ち四月十一日の毎日新聞は、耕作放棄面積は全國で四千二百五十九町歩、そのうち全く荒廃した耕地は三千五百二十五町歩と報じておるのであります。このような状態がその下において、農家の自力のみを以て復興に図ることは極めて困難であり、災害復旧や土地改良等の負担に堪え得ないのはむしろ当然と申さねばならないのであります。
それから宮城縣須木村に順木登記所設置の請願第六十六号は、同村は面積が廣く人口も多いが、山間の僻地にあるので、北方約五里余の小林登記所まで往復に多くの時間を要し、非常に不便を感じているが、近來農地法の関係等によつて登記事務の増加で予想され、登記所新設は村民全部の熱望するところとなつているので、村発展のためにも同村に登記所を設置されたいという趣旨でございます。
そのために現在は実に百七十万町歩余の要造林面積がある状態であります。然るに二十四年度公共事業費予算に対する圧縮は、農業その他の社会的施設の荒廃を一層激成する結果となつております。約五百億円の公共事業費案における農林関係の安本案も他の部門に比較して四分の一に過ぎないのでありますが、提出予算案はこれをさえも無視する態度を示しておるのであります。
ところ員昭和二十年の耕作面積は昭和五年当時よりも却つて幾分減つているという状態でありますから、農業人口はむしろそれを減らすことが望ましいのでありまして、これ以上の人口の收容力を農業に求めることは殆んど不可能であると思われるのであります。從つて経済復興の根本は、工業とこれに伴う商業、その他サービス産業の人口收容力を極力高めることを根幹とするの他はないと考えるわけであります。
○川島委員 両三日前に農林省から発表になりましたものによりますと、全國の農村において耕作権の放棄面積がおおよそ一千三百町歩にまたがつて來た。これは今年一月あたりの計算であるらしいのでありますが、さらにその後最近においてそういう事態が各所に私も聞いておるのであります。その中で、しかも税金のために耕作権を放棄したと農林省が認めておりまするものも相当の部分になつております。
こういうことが全國各地に行われておるのでありまして、その実例として、先般來農林省から発表されました、全國におけるいわゆる土地放棄の実態、この土地放棄は、農村に対する重税と供出の重みと、あるいは災害復旧のできないことが原因して、戸数は二万四千七百余戸にわたり、面積は三千五百二十五町に及んでおる、こういうふうに発表されておる。
前尾委員より、製造能力と耕作面積との関係、原價、賣價、收益率等に関する質疑があり、また三宅委員より、自由販賣と配給との関係、やみタバコの問題に関する質疑と、河田委員よりは、葉タバコ買入價格と他の農作物價格との関係及び行政整理に関する質疑に対しまして、政府委員よりそれぞれ説明があり、次いで討論に入りました。
耕地面積は、七千五百余町歩を有しております。それとともに、林業につきましても、國有林が一万五千町歩、公私有林が三千五百町歩、合計一万八千五百町歩の大森林を擁しておるのでありまして、年産十万石内外の生産をなしており、日本再建にきわめて寄與するところは大なるものと信ずるのであります。
そこでかようになりました原因につきまして深くつつ込んだのでありますが、結局農林省は御承知のように作物報告事務所というものを持ちまして、いろいろ面積、反收などの調査をいたしております。
そのうちに御承知でもありましようが、非常に厖大な面積なり、内容を持つておりますものは旧軍工厰でございます。たとえば横須賀の工厰であるとか、佐世保の工厰であるとか、そのほか陸海軍の航空関係の工厰とか、こういつた厖大な財産がいまもつて残つております。
今日のような時代においてただ面積さえ廣げればよろしいという考えで、奥地の方をどんどん莫大な費用を投じてやつて、それらのものが永続し得るかという問題については、われわれは非常なる疑問を持つておるのであります。とうもろこしやいもばかり食つてやつて行かれるかという問題であります。
それが具体的にはいかなる経営面積を持つべきであるか、経済の型はどうあるべきかということに対しましては、ただいま農林大臣がお話になつた通り、地域により、あるいはその農村の占める外部の環境との関連おいて、いろいろ違つて來るだろうと思うのでありますけれども、もし農地改革後における現在の農業政策を、従来のごとく自由主義的な考え方にまかしておきましたならば、零細農がますますふえるであろうことは予測せられるのでございます
これを國道、府縣道に別けましていろいろ合計いたしますと、木橋の数がさつき申しました表の中にあります数をここに掲げまして、合計いたしたのでありますが、それが先程申しました二十三万橋、それから延長、平均の幅員、それにかけました全体の面積、橋梁の総面積が八百三十八万平方米、次に少し仮定の入つた数字が掲げてございますが、十五年程度の壽命が木橋にあるといたしまして、毎年五十六万平米ぐらいは段々と復旧する計画にしなければ
その土塀は八角形を成しておりまして、その囲いの中の面積は概ね一ヘクタール、それからその塀の八角形の各辺に八つの昔の望楼のような建物がくつついております。で内部には三つの塀にくつつかないで独立した建物が三つありまして、中央に二階建の煉瓦で積上げられた建物がありまして、その兵舎を第一兵舎と呼んでおります。その中に收容し得る人員は約六百名、階下と階上に分けまして、それぞれ三百名宛收容して一杯であります。
○証人(原田春雄君) その医務室にはベツド、いわゆる寝台は一箇ありましたけれども、寝かせて置くような面積がありませんので、そこで療養することは困難であります。併しながら外の兵舎の一部をそれに充てるということは不可能ではなかつたのでありますが、これは隊長が氣がつかなかつたためか、或いは蒙古側からそういうことを別に注意も受けませんでしたので、遂にそういう施設は設けられなかつたものであります。
○天田勝正君 ではその收容所の面積、兵舎の構造、その建築面積、それからその兵舎の中に第一、第二と兵舎がある筈でありますが、それらの兵舎についでの設備並びに收容兵の一人当りの坪数、それから一室が何坪で、何人ぐらい收容されておつたか、こういう点を先ず聽きたいと思います。
うしろはあまり面積がよけいとれません。從つて右と左、この二つが候補になりまして、目下研究しておるのは、國会の左側、つまりドイツ大使館のある付近およそ一万五千坪くらいを予想できないことはありません。但しこれはいろいろ問題のかかつておる土地でありますから、研究いたしまして現に各方面に交渉しておりまするが、その腹案が成立いたしますれば、何らか國会の御盡力によつて結果を奏したいと思います。