1948-06-18 第2回国会 衆議院 通信委員会 第16号
なるほど民主時代で、G・H・Qに参りますといわゆるピープル・マスタト・プリンシプルとありますけれども、大勢の人がこれでいいと思えばこれでいいとするというのが民主主義であれば、この民主主義というものは実に睨うべきものであります。私はもつと若き人には若い人の特徴を現わすいわゆるスポーツマン・シップがあつていい。
なるほど民主時代で、G・H・Qに参りますといわゆるピープル・マスタト・プリンシプルとありますけれども、大勢の人がこれでいいと思えばこれでいいとするというのが民主主義であれば、この民主主義というものは実に睨うべきものであります。私はもつと若き人には若い人の特徴を現わすいわゆるスポーツマン・シップがあつていい。
こういう機会においてそういう非民主主義的な無責任な放言をするということについて、だんだん改めていくということのためにも、この際問題を不問に附さないで取上げることがよろしい。
そこに初めて民主主義が徹底していく。こういう建前からいたしまして、どうかこの地方出先機関のようなものの整理にあたりましても、單にその場限りのことを考えずに、もう少し真劍に國民大衆の上を思うて、民主主義の眞髄を考えて整理をしていただきたい、こういうことを希望いたします。
それは憲法に保証されましたように、民主主義政治は政党政治である。従つて國家の政治ないし行政については、政党の政策というものが浸透していかなくてはならぬ。これが原則てありますのに、政府が御立案になりました原案によると、われわれから見るとかなり退歩の点が認められる、たとえば政務次官というものはなくなつておつたり、あるいは局長、係長、班長というような複雑なる官僚機椿というものが、さらに殖やされている。
○芦田國務大臣 中原君の指摘されましたごとく、とかく今日のごとき激動期においては、あるいは民主主義精神の行き過ぎが起つたり、あるいはきわめて善意ではあるが、物事を了解しないがために、時としてはまた過去の反動的な政策を十分に清算し得なかつたりする現象の起ることが、見受けられるということにおいては、私も同感であります。
これは正しく私どもの感覚には、田中義一反動内閣が、日本の全勤労階級を奴隷化せんとするために禁圧を加えました当時の、そういう雰囲氣が民主主義日本を誇ろうとするこの瞬間において、再び動きつつあるかの観を見せるのであります。もとより芦田総理におかれては、そのようなことを肯定されておいでになるとは思いませんけれども、この場合、一應御所見を承つておきたいと思うのであります。
ましてや現在は民主主義の時代であります。政治のやり方が非常な不合理な場合において、人民がこれに対して反抗するのはこれは当然であります。從つてこれについてはあくまでも民衆に納得せしめるような方法を講じてこそ、この民衆の反抗というものは押えつけられるのでありまして、これをただ單に法規の上だけで彈圧しようということは、問題をますますこじらかすもとではないかと考えるのであります。
なおこの状態は社会の各方面に現われておる傾向でありまして、ただ單に國鉄のみがそうなつておるということは言われないと存じますが、われわれといたしましては速やかにかかるよくない状態、あるいは民主主義の行過ぎ、あるいは危險思想等を早く是正いたしまして、國民から愛される國鉄並びに國鉄從業員という状態が早くまいりますように、十分に指導をいたし、またそれらの違反等に対しましては今後信賞必罰を明らかにいたしまして
○山田佐一君 そういたしますと、統制團体で、今日の民主主義に反するものの解体に対して、財産の譲渡に、なぜそんな特典を施さなければならないのか、それを引受るものは普通民間会社で行けば、これは制限会社となり、或いは指定会社として、すべてのものの制限を受ける。譲渡のものに免税どころではなく、又それに重税を課せられるのです。
なぜかならば、通信というような公益性をもつたものは、よりこれが低廉であり、でき得れば一般物價よりはるかに水準の低い線で抑えられるということが理想でありまして、一般物價とこれが同一歩調をとつて値上げされるというようなことは、むしろ今日のように特に宣傳活動を必要とし、いわゆる民主主義的な改革の途上にある日本におきましては、こういう通信料金のごときは最も低いのが理想であると私は考えるのであります。
ここに独立採算制という文字を使われるそのことが、すでに民主主義から再び軍國主義、帝國主義的な経済政策、思想政策に轉化する原因ではないかという観点から、政府の通信料金値上げ問題に対しては、農村にとつても多少の利害関係はあると思いますが、現実輿論的にあるいは実質の経済面において一般通信料金の値上げはともあれ、電信電話の料金の値上げは政府原案の四倍は承認せざるを得ない実情ではないかと考えますが、一般通信は
つまり獨斷でやつてはならない、必らず衆と共にやれという、まあ千何百年も前のことでありますから、勿論民主主義というようなことはありませんけれども、一種の民主主義思想がこの十七條の最後に出ておるのです。第一條は平和的なものであり、第十七條が一種の民主主義的に通うものがありますので、そういうものを千何百年前に出されたというところに非常に大きな意味があるのだと思います。
(発言する者多し)これは何かといえば、結局共産党、社会党、労農團体、あるいはまじめな民主主義者、これによる、ほんとうに人民のためになるような政府、これを日本國民は要求している。(発言する者多し)これについて芦田総理はどうお考えになつているか。
○野坂參三君(続) さらに、内閣が絶対的な信頼を外國から受けてないという理由についてもう一言申し上げたいことは、これは民主主義が徹底されていないこともこれについて私は詳しくは申しませんが、ただここに、つい今はいつた号外があります。これによりますと、大阪で産別の大会が開かれて、これに二百名の武装警官が侵入して、この大会をぶつつぶした、こういうニユースが今はいつております。
民主主義国家における司法の職責の重要なことにつきましては、今更申上げるところではありませんが、新憲法下におきましては、裁判所は旧憲法下の裁判所と異なりね広く一切の法律上の訴訟に関する裁判権を有するのみならず、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定し、又訴訟手続等に関する規則を制定する等の広汎且つ重要な権限を與えられておりますことは御承知の通りでありまして、而も終戰後の社会的、経済的
私は日本國が民主主義によつて、一日たりとも速やかに、日本民族に幸福たることを願う一人であります。旧憲法下におきます國家権力による罰則をもつて望むがごとき思想、並びにかかる消極的な方策を拂拭いたしまして、自由と幸福に燃ゆる、明るい方策をとられんことを願うものであります。
これは日本國が敗戰の結果與えられた自由と幸福を基底とする民主主義、さらに新しい憲法に反すると思うのであります。憲法第十三條には、「すべて國民は、個人として尊重される。生命、自由、及び幸福追求に対する國民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の國政の上で、最大の尊重を必要とする。」
現在の運賃問題ばかりでなく、あらゆる問題に対して、選挙のときに公約を結んでおる代議士が、與党になり、あるいは野党になつたときの理論体系、あるいは行動ぎ全然違つておるというようなこと、また國民がそういう代議士に対して、いわゆる議会政治とか、あるいは組合主義とか、民主主義とかいう根本理念を、選挙に際して立てておらぬということ、それと、眼前にかくのごとき問題にタツチした場合に、あるいは違う、これには反対だという
從來檢事のクラゲモノポール、公訴專斷權というものが如何に論議せられ、如何に指摘せられたか、小さな犯罪ばかり檢擧して、大きな犯罪は一向に起訴しない、或いは昔政黨華やかなる時分には、反對黨の者を多く起訴するとか、そうでない者はやらないとかいうようないろいろな關係があつたので、今後における民主主義的な裁判を運用する上においては、檢事の公訴提起に關して國民のコントロールする場面をもつと多くして、もつと適當な
個人主義を本質とするところの民主主義において、この何か對立的に、公共の福祉と人權というものとを考えるとするならば、それは民主主義そのものの自殺というか、否認ということになると思うのであります。
ほんとうの漁業者に即したところの制度を設けるということが今日の民主主義のやり方であり、また保險局等が一種なわ張り的な考えをもつことは絶対にやめてもらいたいと思うのであります。この点を強く要望をいたしておきます。
しかるに、この國会の予算審議権を軽々に取扱うことは、これすなわち國会無視の能度であり、それこそ民主主義破壞の考え方であります。(拍手)民主主義の破壞は一日にして成就するものではなく、そのわずかな間に実は根ざすのでありまして、この点に対する総理大臣及び安本長官、大藏大臣の、それこそほんとうに納得するに足る御説明を願いたい。
今日の民主主義は、口を開けば常に民主主義を口にするが、多勢の人が集まつて、長い時間をかけて、だれも好まない結論を出しておるのが今日の民主主義である。この最も惡い例を軍事公債利拂停止の中に私は発見するのであります。 私はこの点について、この問題に附随して芦田総理大臣に承りたい。
を抑えればいいといつたような極めて世間にありふれた議論が多くてどういう點で通信會計を活かして行くかということに對する積極的な意見がないようでございまして、ただ私をして言わしむれば反對せんがための反對、何でも經營者がすることには反對をする、個人々々に會いますというとそれはもう誠に止むを得ないといいますけれども、何か決議とか何とかになりますとえらい景氣よく反對というようなことになりまして、その點私は民主主義
それで私は、民主主義が、いわゆる權利と義務とのはつきりした限界の上に立たなければならないという主張を持つ一人でありまするが故に、組合員の權利はこれを尊重するが、行き過ぎたるところの内容はこれを大いに是正するという建前から、法規が嚴格に守られなければならないということは、これは全くお説の通りである。
併しながら、それを批判しつつも尚且つ、それはいけない、それは實に本部の指令は間違つておるから、我々はかくのごときことは取消されたいというふうな、健全なる、旺盛なるいわゆる民主主義の線に副つた勞働組合運動の形は、未だ現われていないということは、甚だ遺憾なことでありまして、こうした面からいたしまして、私は油井さんの御意見に從つて、又私自身が考えておつたように、周知徹底方を努力はいたしますが、そういうことによつて
そういう習性のもとに育てられた官僚が、民主主義の憲法ができたからといつて、ただちに木に竹を接いだように民主化する、そうして制度まで一切がきのうとは全然面目を異にするようなぐあいには、なかなかいきかねると実は考えておる一人であります。
都会において多少立直つたというお賞めのお言葉はまことにありがとうございますが、都会から次第に民主主義が地方に流れていく。これはひとり民主主義ばかりではございません。いずれの事柄も都会から次第に地方に流れてまいりますので、今その過程にあるのであると私どもは考えている。
これが官僚独善にわたりはしないかという御疑惑でありますが、この点につきましては、私から絶対そういうことはないと自信をもつて申は上げることができれば、たいへんいいのでございますけれども、ただ最近の事情からいたしまして、特にわが國の民主主義の興隆から見まして、われわれ役人がいつもガラス箱の中にはいつて仕事をしておりまする点等から考えまして、旧來の弊か漸次改められていつている。
復興金融委員会、あるいは同監事会でありますとか、融資懇談会でありますとかいうような、外から見ますと、きわめて巧妙な民主主義的運営の機構も、過去一箇年間の実績に徴し、その点に重大なる欠陥があることが痛感せられておるのであります。責任の所在の明らかでないところには十分な監督は行われないのであります。