1951-02-21 第10回国会 参議院 水産委員会 第13号
このうちの問題とすべき要点は、結局中共政府というのは、マツカーサーラインを認めていないわけで、我々のほうだけマツカーサーラインの内側でやつているように思つても、向うの政府のほうでは、そのラインというものが意識の中にないから、マツカーサーラインのうちにおつてもどこにおつても拿捕されるということなんです。
このうちの問題とすべき要点は、結局中共政府というのは、マツカーサーラインを認めていないわけで、我々のほうだけマツカーサーラインの内側でやつているように思つても、向うの政府のほうでは、そのラインというものが意識の中にないから、マツカーサーラインのうちにおつてもどこにおつても拿捕されるということなんです。
当時後藤新平は赤くなつたなどというような民間のしがない風評も立ちましたが、後藤が赤くなつたのではなくて、あれは後藤新平みずからの経済意識に基いて赤い石油を入れて、日本の産業経済にどれだけの効果を上げたかわからないのであります。反共はけつこうでありますけれども、経済は経済です。この点は私は横田君の御主張に非常に同意を表するのであります。
それにしても二に述べて明らかな信用事業面についてのうち、富農層の組合非協力ぶりが端的にこれを物語る通り、協力の能力は十分なのに意識的に協力を怠つている村民の存在は目障りで何としてもこれを組合宗に改宗させる要があろう。貧乏人と一緒では損ばかりしてつまらぬという底の気持がプリヴェイルしていては、共存同栄、互助機関としての農協は永久に育成されまい。
無意識的に自分は自治体警察の上に立つておる、立たねばならんという考え方を持つておる人たちがおる。現行法を研究すると、至るところに壁がある。この壁をぶち破つて、中央集権的なものにしなければならないというのがこのたびの案ができ上つた根拠ではないか。従つてこれは私は悪意を持つてやつたと誤解したくはないのでありますけれども、こういう本能を持つておる。
世間で言われておりますどぶ浚えのような仕事をやつたのでは結局労働者の意識というものは向上しませんので、飽くまでも経済効果のあるような事業をやる、これが先ず第一だと考え、そういう事業種目の選定に努力をいたしておる次第でございます。
従つて現在といえども、或いは将来といえども、特に故意、意識を以て減免の患者を少くするというふうな、そういう作為のある方針は私どもは絶対にとらないつもりであります。必要な者には、減もいたしますれば免もいたすつもりでおります。
こういう点を明確に意識してくださいまして、ただいまの政策をぜひとも修正していただきたい。 最後に特に私の遺憾に思うことは、日本銀行総裁あるいは日本銀行政策委員会、こういつた権威ある機関の勧告や意見というものを、まつたく抹殺、無視してしまつて、大蔵大臣が自分の権限だと称してかつてにやつたということであります。銀行業務というというものは、銀行局長以下皆さん御存じのように、連帶的な要素が非常にある。
そして常に国家の中に生活しておりますが、最も端的に国家権力というものを意識するのはこの租税の面であり、特に直接税の面であろうかと思うのであります。先ほどから税務署長さんの発言に対しまして、きわめて熱心に御議論がありましたが、それもまた一つの現われではないかと思うのでありまして、国民はさらにそういう点については深い関心を持つているわけであります。
今度のそういう通牒もやはりその清算し得ざるところの封建的な旧内務省官僚の地方行政に対するところの謬見に基いて、少くともその謬見が一つの潜在的意識になつて私は行われていることが明白であると実は考えておるのであります。
私は願わくば官僚出身でないところのリベラリストであるだろうと考えられる岡野さんが、従来のそういう日本の地方行政に対する見解というものが以上私が先に申しましたような考え方に基いて、如何に誤つた、憲法に反するような反民主主義的な精神に基く官僚主義的な見解に基いて今日なお行われているかということを十分よく理解されて、事々にそうした誤れる官僚主義をば打破するということに対する積極的な意識を強く持つてもろうのでなければ
この幻覚や妄想を起す数が一番多いのでありますが、その外に譫妄型といいまして意識が鈍くなり、いろいろな幻覚が出没し、興奮してめちやくちやなことをやつてのける状態に陥ることがあるのです。これは直ぐに治りますが、反復して来る場合が多いのであります。その外に、まだ中毒性精神病として考えられるのは、記憶が非常に悪くなりぼんやりして来る。
今竹山君の言われたのは、そうした幻覚、妄想の状態であつて、そういつたものが一番多いのでございますが、稀れにやめて暫らくしてから、最近も見たのですが、意識の障害に伴つて譫妄状態を急に起す、それからそれに伴つてその後コルサコフの状態になつてしまうのもあるが、これは稀れでございまして、私どもは数例にとどめるだけでございます。
納税はいたさなければならぬのだが、かようなことでこういうことになるのだ、もしたな上げする場合にはこんな状態になるのだというような、何かはつきりした納税者に納税をせねばならない意識を存続させるような方法をとらなければ、これが大きな問題になるとわれわれは考えておりまするが、この点について何かお考えがありましたら承りたい。
施政方針演説に対する質疑は、従来国会の恒例になつているのですが、特別に首相が発言を求めて演説したということについては、この内容が国民に対して非常に重要だということを意識されたからだと思う。それだけに国会は全体として、これを問題にしなければならぬ性質のものだと思います。
單独講和は、意識するといないとにかかわらず、戰争へ通ぜんとする危險なる道であります。国民の警戒し、聞かんとする点であります、 第二点は、再軍備並びに憲法改正に関することであります。吉田総理は、去る一月の施政方針演説において、こういうことを言われておるのであります。
一部の議論として基準税収の七割として算定せられておるため、残余の三割を意識して、かかる措置の正当性を云々するものがあるが、この残余の比率をさらに引上げることによりまして、税収のほとんど総額を平衡交付金の計算中に算入するならば、税は実質上個々の自治体の財政に対して何ら加うるところなく、逆に徴税の義務と滞納の危險負担のみが残存していることになり、自治体の本性は完全に没却せられることとなるのであります。
、ここの中に、「教員に関する人件費調」というのがございますが、これをごらんになるとおわかりでありまして、国の方では千円と言つておりますけれども、現実に調べると千八百円、それ以上にもなつておるということをここに述べておるのでありまして、もし国が金は出さない、しかしながら一方法律ではこうあるのだということになれば、どうしてもただいまおつしやつたような事実が起きて来るのでありまして、現に私どもの方でも、意識的
それは憲法が昔のプロシャの憲法の飜訳の燒直しであつたのでありますから、それと不可分であつたという関係があるのでありますから、これは新憲法と根本的に変えられなければならんのであるけれども、その考え方の変更が少しも行なわれていないと言つても過言でないほど、十分に地方行政の当事者に意識されておらん。
○政府委員(淺井清君) その問題それ自体は非常に重要でございまするけれども、さればと言つてそのために人事院の勧告が遅れている、そういうことは意識いたしておりませんし又事実そういうふうにはならないと考えております。
これを単なる市井のうわさだというようなことで、日本人民の、あるいは日本国民のその人心に動揺を来すようなことをおつしやるということは、私は国会の院内における言論の自由を奇貨とする、あなたの十分なる意識的な何かがあつて、そうしてそういう発言をされたのではないかと思います。それはなぜかと申しますと、一月三十一日の一身上の弁明の資料の中の五枚目の六行目に、はつきりあなたは自認されておる。
だからこれは意識的、計画的にいわゆる供米代金の支払いのために、こういうような操作が行われているのじやなかろうか、こういうようなことをしつこく聞くのです。
しかも日本人が学校の先生であるということが私どもの調査には上つておりますが、あなたは朝鮮人の先生が、大和小学校分校の先生であつたというふうに言われておるのですが、その取調べの真実はいずれにいたしましても、報告として名古屋においては少くとも大和小学校の分校の運営なり実際なり、その経過というものが明かにされなければ、私ははなはだこの報告は、名古屋における問題が問題なだけに、非常に部分的である、あるいは意識的
こういうふうな問題なんで、あの辺に行かれまして、朝鮮人の騒擾問題、いわゆる括弧づきの問題をお調べになるときには、やはりこの点を意識的に、徹底的につつ込んでお調べになるのが当然だと思う、常識だと思うのですが、そういうやり方で、御態度で調査に御終始遊ばされたかどうか、その点をひとつ念のためにお聞きしたい。
これは先ほど私が大橋総裁に聞いたと同じように、明らかに日本の国が知らない間に、あるいは皆さんは意識的に、教育の面を通じて、日本の国の軍備化と再軍備化が、戰争協力の態勢をもつて行くのではないか、かように考えられます。かつて文部大臣は全面講和を主張された平和の愛好者であります。それでいつからあなたはこういうように全面講和を捨てられて、軍国主義的な文部大臣になられたのか。
○長村政府委員 御承知の通り今日のところ別に配給統制もございませんし、従いまして政策的にあるいは意識的に、特別にある用途に重点的にまわすというような措置は、とつておりませんのでございます。ことさらに医療用の方をしぼつて他へまわしておるという措置は、とつておらない実情でございます。