1951-05-16 第10回国会 衆議院 決算委員会 第19号
それはしいて意識的にそう整理したわけではないのでありますが、現在の結果では、どうもそうなつているよようであります。国有財産に出資として整理しないでおる。と申しますのは、現在まだ国鉄の評価がえという非常に大きな問題が残つているのであります。国鉄の財産は、従来国の特別会計でありますから、一般の民間の企業会計のような正確な評価がえなどしておりません。
それはしいて意識的にそう整理したわけではないのでありますが、現在の結果では、どうもそうなつているよようであります。国有財産に出資として整理しないでおる。と申しますのは、現在まだ国鉄の評価がえという非常に大きな問題が残つているのであります。国鉄の財産は、従来国の特別会計でありますから、一般の民間の企業会計のような正確な評価がえなどしておりません。
こういうようなことを言つて、又更に無意識的にこれらの優秀な国家警察にいられる元の内務省の官吏諸君は「自分は自治体警察の上に立つておる、立たねばならんという考え方を持つておる人たちがおる。現行法を研究すると到るところに壁がある、この壁をぶち破つて中央集権的なものにしなければならないというのが、このたびの案ができ上つた根拠ではないかこういうようなことをまあ言つておるのであります。
ところがNRPというのは、都市に收容できないところの農村地帶のポリスをば、全国的にこれを收容しようというのが、私はこれがマツカーサー元帥の警察制度、書簡の精神であり、又それに基いたところの警察制度の精神でなければならんのに、これをドイツ哲学の国家至上主義に基く日本人の国家観念を利用して、利用するというと非常に語弊があるかも知れません、或いは無意識的に用いられたのかどうか知りませんが、ともかくもこれを
従つて従来はこの辺がむしろ意識的にとられておつた状態があつたと思います。従つて今度これを入れた場合に、そのプラスの面とマイナスの面とが両方錯綜して出て来るんじやなかろうかと思います。それと同時に考えますことは、大体におきましてこの法案は国費を如何にして利根川に持つて行くかということにあるだろうと思うのです。
教育の目的はその人の自己の発展ということ、社会人としての立派な意識、経済生活の単位としてのその人の能力を見付け出し、それを伸すということにあると思うのであります。私はさように考えております。それのやり方はどうか、先ず中学校における職業指導より始める、かように存ずるのであります。
する体制になるわけですが、残された物品無盡が、そういう形で実質的にはやはり一種の金融機関的な機能を持つたものが、最近またふえる傾向にありますので、この点直接大蔵省の所管ではないかもしれませんが、金融貸金業等についても、大蔵省の取締りというか法規があるわけでありますから、そういう点に照して、善意の預金者なりあるいは無盡加入者が不測の損害を受けないような面も、これはある意味から言えば、金融関係の一般的な意識水準
又一面患者側も医師の診察とか、指導とかこういう無形の行為に対してもその代償を支払う義務観念を有するだけの文化的意識が低いということも分業になつた場合うまく行かないんじやないかと思います。ともかくも分業によつて利害、便、不便を直接受くるものは患者側であります。
こういう意味で、特に書き分けるために、特に意識して分けたというよりも、そういうように書き抜いた。要するに砂防というだけではどうも一つの公共物と言えない。砂防のために設けられたものがこれが一つの公共物、こう考えて行きたい。それの意味でこう書き分けたのであります。なお河川につきましても、その他につきましても一応堤防とか、或いは水制とかいうものを拾い上げて書いて行きたい。こう思つてはおります。
第五、以上一般及び特別会計を通じ、不当と認められるもの六百余件に上り、逐年件数増加の傾向にあるが、これは一面会計検査院の検査能力の充実等によるものであるとはいえ、事項の内容を審査するに、概して意識的に行われたものが多い点にかんがみ、政府当局における改善の努力の十分でないことに帰着するものといわねばならない。
こういうものも、民主主義の今日、徹底的に発表して、社会の輿論に訴えなければならぬ性質のものであるにかかおらず、なおそれを怠り、むしろ意識的にそれを怠つているということが、ここに結論として引出されるのであります。
恐らく今度の場合は全く混乱の中にありまして、ニュースカメラマンが負傷したかどうかということは当初においては警察官自体も意識していなかつたようでありまして、やがてニュースカメラマンの頭部から血がこんこんとして流れ出た、その外的現象を見て初めて負傷したということがわかつたような状態でありますので、我々としましては今後も十分に一つ報道員並びにニュースカメラマンの現場における行動につきましては、身辺の警戒警護
主として男でありまするが、当日は中等、高等学校の生徒が全部、殊に抗争意識の熾烈な連中でございましてスクラムを組みまして校門に全部頑張つておりまして絶対に通さないと、革命歌を高唱しながらスクラムを固く組みまして警察官の侵入を防止したのであります。それからいつもこの朝鮮人の戰術といたしましては、女子供を前線に出してそうしてあとの抵抗をするのはあとに残つておる者がやる。
○羽仁五郎君 去る三月七日の王子の朝鮮人学校におきまして、警察官がニュースカメラマンに負傷させたのではないか、それから無抵抗の少年少女たちに負傷させたのではないかということの問題なのでありますが、この問題だけでなく、最近各地で警察官がいわゆる国民の公僕であるという意識が徹底しないで、国民の支配者であるような態度をとつておるというようなことが頻々として起つておるので、この際警察を担当しておられる法務総裁
○政府委員(慶徳庄意君) 大変お叱りのお言葉を頂いて恐縮でございますが、意識的に殊更に人事官が出席を怠つておるというようなつもりは実は毫末もございませんで、御承知のごとく災害補償の関係とか思給法との関係、或いは共済組合との関係、社会保険との関係、更に又社会保障制度との関係、広くいえば国家公務員の生活保障制度全般に極めて重大な関係を持つ法案でございまして、率直に申上げますと、この種の制度及び内容というようなものは
そういう地方資金の流通が暫らくと絶えておりましたために、借入人側で多少最近意識が変つて来ておるかと思いますが、いずれにせよ、償還の確実を期するという意味で、私は何か担保の設定ということは必要だろうというふうに考えておるわけでございます。
ことに入場税のごとき、世界に類例なき高率は、まさに戰時意識の残滓とも申すべきであり、観客層に與える苦痛はもとより、映画製作事業のごとき国民文化と深いつながりを持つ事業も、税の重圧のため存立の基礎を失わんとしている現況にあつて、その向上のほども危ぶまれるのであります。文化政策の上からも寒心にたえないものがあると存ずるものであります。
こういうことがわかりますと、農民あたりの納税に対する意識、納税思想というものは非常に悪くなると思うのです。従いましてこういう事実がありますので、余り具体的に申上げますと却つて個人に対して、まだこれが調査して見てはつきりしないのに、余りにそういう不当な涜職的なことを申上げるのはいけないと思いますからあとでそれは国税長官に申上げますがこの点も一つお調べになつて頂きたいと思うのです。
戦歿者の遺族及び未帰還者というだけではもう相当国民の耳に聞き馴れておりまするし、その人たちが言わんとするところは、国家義務に従つたのだということについての国民の意識が薄いのではないか、或いは戦災者だつて同じじやないか、皆業を失い、田地を失つたものは一律平等になつて扱われているという点に不満があるのだと思うのです。
従つて壊れるのを待つているというような、これは意識的ではありませんけれども、そういう状態に放置されておるということなんであります。
そういう意味から見ると、この三十一条は万やむを得なかつた場合、しかも意識的な犯罪じやなしに、こういうふうな行政的な問題についての事柄に制裁を科しておると思うのです。三十一条では五百円の過料ですが、三十二条になると、三十条との関連ももちろん出て来て、ややこしい問題があるのにかかわらず、一方的なことで五万円以下の罰金ということになつておるのです。
その点がむずかしいのじやないかと思うのですが、これは意識的にやるのもいるだろうし、無意識的に届出をしないのも全国的には相当あるんじやないかということを懸念するのですが、その程度のものではやはり思つたように向うから届出て来ない結果が起きやせんかということを心配するのでありまして、努めてそういう方面に啓蒙宣伝なり、或いはそれを調査するための費用も相当かかることと思うし、又出張費も出さなければならんということで
○水橋藤作君 意識的に宣伝が十分に行き届いて、そうして、現に事業を運営している方面では或いは届出するところもあるかも知れず、又宣伝が不十分であると、無意識に届出でない場合もあり得ると思うのですが、若し届出なかつた場合の処置は、どういうふうに考えておられますか。
○専門員(武井群嗣君) 請願四十五号は、川崎市長の提出したものでありまして、元来国民一般の現実の政治生活或いは政治意識とはかかわりなく、むしろ中央集権確立の枢軸的機構として、中央政府によつて天下り的に創設されたところの現在の都道府県制度は、新地方自治り確立発展を妨げておるから、速かに麻薬制度を廃止されたいというのがこの請願の要旨であります。
まつたく先日のお話ではもつとそれ以上に収容をしなければならない人がふえて来るために、軽症者の人に床を明けてもらうのだというようなことを言つておられたようですが、もうここら辺になつて来ますと、意識的に、患者がまだ全治してない、全治どころではない、まだ当然収容し療養してやらなければならない性質のものも、大量的に追放せられておる、こう思うのです。
政府の提案の理由とするところは、義務教育費無償という理想の、より広範囲な実現への試みといたして、地方公共団体に対し昭和二十六年度に公立学校に入学する兒童の教科書の給與を奨励し、以て兒童が国及び地方公共団体の一員としてその援助の下に教育を受けているという意識を明確にするため、教科書給與に要する経費の二分の一を国が補助することとしたいということであります。