1949-03-26 第5回国会 参議院 労働委員会 第1号
この経済九原則が実施されるにつれて、一般の失業者並びに今度学校を出て就業し得ない者が非常な数に上るということを各縣で聞いたわけでありますが、これに対する今の水橋君が言われた職業補導、それから殊にそういう人に対する就業斡旋ということに対しての具体策があるかどうか、これも一つ併せてお伺いしたいと思います。それでは政府委員から一つ……。
この経済九原則が実施されるにつれて、一般の失業者並びに今度学校を出て就業し得ない者が非常な数に上るということを各縣で聞いたわけでありますが、これに対する今の水橋君が言われた職業補導、それから殊にそういう人に対する就業斡旋ということに対しての具体策があるかどうか、これも一つ併せてお伺いしたいと思います。それでは政府委員から一つ……。
先ず、岡山を振出しにいたしまして、岡山の労働基準局、公共職業安定所、同じく地方労働学校、同じく岡山では労働基準監督署、それから岡山縣議会議事堂で労資懇談会を開いて一日の日程を終つたのであります。 それから廣島へ参りまして、三原車輪工場を視察したのであります。それから東洋レーヨンに帝国人絹、尚又その人絹の宿舎等を視察して第二日目を終つたのであります。
これに対しましては、安定局といたしまして、学校当局と緊密な連絡を取りまして、先ず第一に、これに対する求人の開拓に全國の安定所を動員いたしまして努力中でございます。それからこの新規学卒に対する就職の一つのネツクは、府縣によつてその求人の数が非常に異なつておるという点でございます。或る縣におきましては、新規学卒に対する求職者よりも求人の数が多い。
○政府委員(秋山龍君) 運輸省の商船学校に対しまする立場を御説明申上げます。 只今文部省の方から御説明がありました通り、我々といたしましては、高等商船学校が新らしい学校制度の下におきまして、是非ともこれは新制大学にして頂きたい。
そこで大学にする資格があるかということは、これは当然資格があるということですが、そこで運輸省の希望としましては、今秋山君に述べさしたような理由で長年やつて來ておるし、特殊の專門的な教育を必要とする関係があるわけであるから、商船学校の実体の経営は運輸省に一つやらして貰うようにしたい。
○橋本萬右衞門君 大体今ので盡きておりますが、今文部省の方のお話では、この國立大学設置法に縛られておるそうですが、高等水産学校と商船学校とに限つては、例外規定を設けても差支ないんじやないかと思います。一つその点について……。
その第一種は高等女学校を卒業いたしまして、二年乃至三年の教育を受けた者、これがいわゆる第一種の保健婦養成所としまして、無試驗で保健婦の免許を与えておつたのであります。この制度は今日も新法の施行までそのまま継続されておるのであります。
そういう所におりました從來の学校職員と申しますものは、これは新たに発足しますところの新機構の中で、できるだけその人の希望に應じ、かつ能力に應じた方面に吸收する考えでおります。学校をそういう事情で閉鎖しましたために、その学校をやめるから、その人が行政整理の全体的の対象になるということには、考えておらぬわけであります。
尚水産学校の問題でありますが、これは昨年來いろいろ文部省に移管すべきものである。或いは農林省の所管に行くべきものであるという御議論も相当私も承つておるのであります。
そうすると本日はこの程度で散会することといたしまして、明日は商船学校の問題について文部並びに運輸関係当局を呼ぶことになつておりますから、明日は午後一時に御参集あらんことを希望いたします。
○岩間正男君 主として見たのは現地の学校の施設、それから教育委員会の運営状況、それから教員組合、その他仙台では大学、師範、それから國宝としましては岩手縣で中尊寺、それから引揚者の学校、秋田縣では盲唖学校なんかの実情を視察して参つてわけであります。
こういう所では学校の備品というものは非常に乏しいもので、ちよつと正視できないような有樣です。熊本でも割りに貧しい地域にある学校が完全に焼けて、これは直ぐ樣非常な努力で建てられたのですけれども、それも今となつてはぼろぼろになりかけておる。そうしてその学校なんかでは、教室から教室へ先生が廻るためには、雨の降る日には傘をさして行かなければならない。
校舎がそれである上に、又例えば文化的なラジオの設備のない学校が岐阜縣で申せば百八十七校ある、オルガンのない学校が縣下に七十一校もあるといつたような調子で、映画のごときは山村におきましては年一回見るか見ないかというような状態で、ミシンのない学校が小学校九十一、中学百四十一というような岐阜縣の状態を見ましても、誠に文化教育にさびしい感じをいたした次第であります。
そのほか定時制の高等学校の教員及び新制大学の実施に伴う経費及び私立学校の経営費及び戰災復旧費び貸付金、育英会資金貸付金、それから直轄学校の経費、國宝の保存関係、科学研究費の補助に関するもの、博物館等、おもな項目はそういう項目にわたつてでごいましたが、ただいまこの三百八十一億につきまして、最後的な折衡の段階におきまして、相当の消滅をする必要に迫られておるのでございます。
○圓谷委員 この際大学校設置の説明を当局はなさるという先ほどの本委員長のお話でありましたが、これはこの次の委員会に渡つて、本日はこれにて散会するようおとりはからい願いたいと思います。 〔「賛成」と呼ぶ者あり〕
なお本國会に提出を予定されておりまする大学校につきまして、当局より説明を聽取いたしたいと思いまするが、大学校の問題はあとまわしにしまして六・三制の問題につきましてほかに御意見ございませんか。
学校教員の行政整理につきましては、実はさいぜん説明申し上げました二割、三割という原則は適用しないことにいたしておるのであります。しかし、御承知のように歳出をできるだけ節減しなければならぬという面と、さらにもう一つ、一般官廳におきましても人員の整理を極力進めて行く、その振合いもありまして、できる限りの整理はやはり行つて行きたいと考えております。
○委員長(塚本重藏君) ついでにちよつとサントニンの問題ですけれども、奈良縣での座談会のときに、学校の先生が、学童が蛔虫に困つておるので、蛔虫藥を飲ましたいのですけれども入手が困難だといういろいろお話がありましたが、これは地方廳での資料も分らないかと思いますが、これは奈良縣の問題だけでなく、全國的な問題だと思うのでありますが、政府の方では、そういう学童の駆虫問題について何か対策を持つておられますか。
○姫井伊介君 ちよつと蛇足を加えますけれども、これは御想像される通りに、姓が違いますとこの子は捨子だつたとか、この子は道ならん間に生まれた子供だとかで自然にそれが分つて來るんですね、そのときの子供の氣持学校の友達関係なども妙に崩れて來るのですね。
○山下義信君 今の問題に関連してでありますが、御意見御尤もなんですが、これは御当局でも御研究を願いたいと思いますが、これは主として障碍になる点は、学校へ通学する場合であろうと思うのです。それが一人の里親の家から通学しながら姓が違いますし、又二人同一の家庭にある場合に二人とも姓が違うという場合なんです。
もとよりこの人身賣買事件というものが新聞紙上に宣傳されまして、各方面で非常な関心を持たれまして、これは関係する官廳も厚生省、或いは労働基準局、婦人少年局、職業安定所、或いは法務廳の人権擁護局、或いは学校教育局というような各方面の官廳と極めて関連のある問題であり、而もこの問題が只今山下議員からお述べになりましたように、我國の非常な傳統的な封建的な因習の未だに今日まで残滓が残つておるということの明かな大
学校兒童の給食が行われるように保育所にも給食の方法を講じて欲しい。里親は四ケ村に四十八人ありますが、里子の入籍関係でありまして、本当の自分の子供として自分の籍に入れるということになれば、養子取扱になつて扶助金がなくなつてしまう。性を異にして置けば実際の子として何だか感じがぴつたり行かないものがある。
從つてこれが出動いたしまして、工場とか、学校とか、その他の実情からいたしまして、多くの人を一遍にお相手するというようなコースをとつております。從いまして外に出る仕事と、うちにおる仕事ということを限られた員数でやりますというと、或る人は外來、或る人は外へ出るというような格好になりますので、御指摘のような、非常に御満足のいかんようなことになつております。
又只今御指摘の無縁故引揚者の兒童を対象といたしまする小学校におきましては、二十四年度の予算といたしまして、文部省から予算並びに資材等の御要求を頂いております。この問題につきましては、私共はできるだけ厚意を以つて予算を計上したいと考えまして、今その案を作つております。御承知のように公共事業の予算におきましては、まだ最終的結論に達しておりません。
教育施設の整備につきましては、六・三初め戰災学校の復旧……非常に多量な工事を控えているのではありますが、特に我々も戰災、引揚者の兒童の收容に対するこの義務教育の施設ということにつきましては、その必要性を十分痛感いたしておる次第でございます。
それから先般休会中に名古屋方面まで、例えば電化問題、港湾の問題、或いは商船学校の問題について議員を派遣したわけでありまするが、私は差支があつて行きませんので、その際小野君が團長としておいでになりましたので、小野君から一つ大体の報告をお願いいたします。
高等商船学校は校内を一巡いたしました後に、学校側との懇談会を開きまして、当面の問題である高等商船学校の商船大学昇格を中心に話が進みまして、学校当局より極力援助方を懇願がございました。商船大学昇格問題につきまして、この際その経過を申上げて置きたいと存じまするが、今運輸省と文部省との間に存在する難点は、形式上の所管の点と実際教育の点でございまして、相互に譲らず今日に至つておるような状態でございます。
あそこには、町なら町に、民衆学校であるとか、又はいろいろな学校が設けられております。そこで月曜日とか、火曜日とかいうものは、民衆学校に行つて、政治学とか、又はいろいろの学習を習う。それで残されているだけでなくして、もう現在のところでは、一般の方でも、学習をどんどんしております。
いものであるかということを御了解願いたいと思うのでございまして、御承知のように公共事業費予算は昭和二十一年から始まりまして、從來のいわゆる建設事業の外に民生安定の一般予算を含めまして公共事業費予算というものができたわけでございますが、爾來この公共事業費予算に盛り込まれておりますものは、主なものといたしまして河川、道路、農業、港湾というものが主なものでありまして、その他住宅とか、或いは治安行刑とか、或いは学校
それに対しまして開墾の経費と、それから住宅の経費、その外住宅の外に入植施設といたしまして、学校とか、それから共同作業場、そういうものが少しついております。それを公共事業費として要求しておるわけであります。
それから今までの経歴から言つて見ても、二十年前に前科があつたということは承知しておりますが、非常に世の中の公共事業に一生懸命になつておる状況はよく私たちも分つておりましたから、或いは警察の後援会なんかに十何万円とか寄附したとか、それで留置場を改築するとか、警察官の宿舎を建ててやるとか、女学校が焼けましたにつきましては、一生懸命で復旧工事に全力を尽くして、いろいろ芝居なんかをやつた。
学校をお出になつたのはいつですか。
○大島證人 矢萩という人は福島市の、その当時としてはなくてはならん人のように話を承つたと思いますが、商工会議所の会頭もしておるし、経済專門学校ですか、或いは中学校、女学校、商業学校、そういうもののP・T・Aか何かしていて、あの人でなければ学校の復興も何もできない。又実際その後の話ではそういうふうになつておつたようです。
お医者樣となりますと、シベリヤの山奥で、映画の一つも全然見られないというような所へも派遣されて、そこで義務的に三年なり何年なり勤めなければならない、こういうことは非常に苦痛であるというので、学校を出て、そういう所へ割当てられた若いお医者さんたちが結束して、ストライキに近いようなことをやつたということが数年前の文献で私見たことがございます。御参考になれば‥‥。
これは子供が十六歳若しくは学校に入つておりますうちは十八歳まででありますけれども、その子供の外から受ける收入を考慮して支給されます。か家族の給付というものは、兒童を有する母、又は社会保障委員会が特に認めた父親或いはその保護者というような者が、道徳的な資格を持つている者或いはその申請前に十二ケ月間國内におつたというようなことを條件として支給されます。
この完全被保險者となつた被保險者及びその妻、子供、両親に対して各一定の條件の下に保險金が給付せられ、その家族の保險金を取り得ることのできる條件としましては、先ず一番先に家族の條件は十六歳未満の子女であること、但しその十六歳未満にならない者で学校へ行つておる者は十八歳まで受けられる。
○証人(太田耐造君) それは私の高等学校の後輩で、私とも懇意であり、日野原君とも附合いをしておる男があるのです。それが昨年の四月の二十日頃だつたと思うのですが、日野原君に会つたところが私に顧問弁護士に來て呉れないかという話があり、どうだというので日野原君に会つたのです。
つてひやひやしておるのですが、私共の檢事として受けました教育は、むしろ非常に嚴格でありまして、民間の人と酒席を共にすること自体、理由の如何を問わずよくないというふうな教育を受けておりまして、それと同時に今後日本が再建して行く上におきましてはやはり役人を腐敗さしたら國の基本的秩序が危くなるというふうに私判断しておりまして、そういうことをよく人に漏らすことがあるものですから、日野原君と私の間に介在した高等学校
○証人(太田耐造君) 日野原君は同じ高等学校の同窓でありますので、高等学校当時から知つております。ただその当時は非常に親しい友人というのでもなく、顔見知りで挨拶するという普通の友人でありましたが、大学を出ましてからは殆んど交際が絶えておりました。昨年四月の末に昭和電工株式会社の顧問弁護士ということになりましたので、再び交際が復活したという状況であります。