2021-10-11 第205回国会 衆議院 本会議 第3号
国対委員長当時には、サイバーセキュリティ基本法や秘密保護法などの重要法案の制定に携わり、議運委員長当時には、天皇の退位等に関する皇室典範特例法の制定に携われたことが特に大きな記憶に残っています。 国対のイロハはもとより、政治家としてのイロハを教えて頂いた大島理森衆議院議長より永年在職表彰を受領出来ることは最上の喜びであり、巡り合わせの妙も感じております。
国対委員長当時には、サイバーセキュリティ基本法や秘密保護法などの重要法案の制定に携わり、議運委員長当時には、天皇の退位等に関する皇室典範特例法の制定に携われたことが特に大きな記憶に残っています。 国対のイロハはもとより、政治家としてのイロハを教えて頂いた大島理森衆議院議長より永年在職表彰を受領出来ることは最上の喜びであり、巡り合わせの妙も感じております。
公務員庁設置法案(後藤祐一君外七名提出、第百九十六回国会衆法第三二号) 六、性暴力被害者の支援に関する法律案(阿部知子君外九名提出、第百九十六回国会衆法第三五号) 七、公文書等の管理の適正化の推進に関する法律案(逢坂誠二君外十一名提出、第百九十七回国会衆法第一一号) 八、性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等の推進に関する法律案(西村智奈美君外十名提出、第百九十七回国会衆法第一二号) 九、天皇
国家公務員の労働関係に関する法律案 第百九十六回国会、後藤祐一君外七名提出、公務員庁設置法案 第百九十六回国会、阿部知子君外九名提出、性暴力被害者の支援に関する法律案 第百九十七回国会、逢坂誠二君外十一名提出、公文書等の管理の適正化の推進に関する法律案 第百九十七回国会、西村智奈美君外十名提出、性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等の推進に関する法律案 第百九十八回国会、大島敦君外六名提出、天皇
公務員庁設置法案(後藤祐一君外七名提出、第百九十六回国会衆法第三二号) 六、性暴力被害者の支援に関する法律案(阿部知子君外九名提出、第百九十六回国会衆法第三五号) 七、公文書等の管理の適正化の推進に関する法律案(逢坂誠二君外十一名提出、第百九十七回国会衆法第一一号) 八、性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等の推進に関する法律案(西村智奈美君外十名提出、第百九十七回国会衆法第一二号) 九、天皇
古代におきましては、天皇の女子は天皇、皇族としか婚姻ができませんでした。一般の方と結婚するということは事実上禁じられていたんだと思います。そのため、母方のみで皇統に連なる、いわゆる狭い意味での女系皇族というものは、そもそも誕生する可能性がなかった、そういう存在は世の中に存在しなかったわけであります。
最初の例は、平安前期になります、藤原良房に嵯峨天皇の皇女の方が降嫁されているという例がございます。 また、最後といいますか、一番最新の例でございますけれども、これは時代で申せば幕末になりますけれども、親子内親王が関東に下向されたという例がありまして、これはすなわち、仁孝天皇の皇女であられます和宮様のことでございます。
旧皇室典範以前に歴代天皇の皇女が天皇、皇族以外の者と婚姻したことについて、私どもで調査をいたしましたところ、資料上確認できたのは平安期以降の二十数例ございます。また、子の出生については、同じく平安期以降、十数例の例がございます。 以上でございます。
大臣が、副大臣というのは、大臣の命を受けて仕事をするのが副大臣だというふうに思っているわけでありますし、副大臣も、天皇から承認されてのそういうふうな責務をやっぱり果たしておられるということでありますし、大臣と副大臣とのマネジメントが一体どうなっているのかというところで、非常になかなか大臣と副大臣、政務官、忙しい中でどういうふうにマネジメントができているのかなと、役割分担どうなっているのかなとか、それからまた
権力者は、だけどそこは変えたくないということで、天皇主権であったり、そういうものを残そうとしたんですけれども、多分あの明治憲法を残したとしたら、余りここで言うのは不謹慎かもしれませんけど、天皇制がどうなったか分からないとか、そういうことに国際情勢上はなったと思います。その中で、権力者としてはあれを受け入れざるを得なかったということで受け入れた。
また、同条の「皇位は、世襲のものであつて、」とは、天皇の血統につながる者のみが皇位を継承することと解され、男系、女系の両方が、この憲法において含まれるものであります。
○加藤国務大臣 天皇及び皇族の養子については、歴史的には、皇位の男系継承を維持しつつ養子が行われた例があったとされておりますが、旧皇室典範では、養子は中世以来のもので、古来の典例ではないなどの理由から、第四十二条において、「皇族ハ養子ヲ為スコトヲ得ス」と定められたものであり、現行の皇室典範第九条はこれを踏襲したものと承知をしております。
○加藤国務大臣 まず、現行の皇室典範を定めるに当たっては、我が国における社会一般の道義的判断などに照らし、天皇又は皇族の資格を嫡出子に限ることが適当であるとして、当時判断されたものと承知をしております。
天皇の国・大日本帝国は即ち汝等の父の国にして、同時に汝等の保護者たる事疑いなし。」、こう書かれています。もう私、これ見たときに本当にぐっときました、胸に。この遺書を書いた橋本茂さんのお子さんの和枝さん、いまだに無国籍だそうです。 これ、外務大臣、是非、こういった多くの日本人のお子さんのために、私は何とか救ってさしあげるように御尽力を願いたい。
やはり、オリンピックの開会というのは天皇陛下がなさるわけですよ、天皇陛下がなさる。世界中の何十億人という方々に天皇陛下が開会宣言をする、その平和の祭典で、日本の大臣若しくは皆様が誤った判断をして、何千年続いた、言いにくいですけれども、陛下の顔に泥を塗るような、東京コロナの発信をしてはいけないと僕は思っているんです。
それから、農林水産祭についてですけれども、これは、天皇杯や内閣総理大臣賞などの受賞者の一段の励み、そして更に一層の波及効果があると考えます。農林水産祭を高校野球に例えると甲子園大会のようなもので、そのための予選が各分野での大臣表彰。
こうした枠組みの下で、農林水産業や農山漁村の活性化等における女性活躍推進に積極的に活躍している者については農山漁村女性活躍表彰について表彰している、また、農福連携に取り組む者につきましては日本農業賞における農林水産大臣賞ですとかあるいは農林水産祭多角化経営部門における天皇杯を受賞しているところであります。
しかし、この民間賭博解禁というのは、本当に、持統天皇がすごろく禁止令というものを制定して以来、日本の歴史や伝統にはなかった、この民間賭博。しかも、この民間賭博を経営するノウハウは、もう外国の企業しか持っていないんですね。
だって、律令国家以来、もうとにかく賭博は御法度、持統天皇以来。その歴史、まあ、安倍さんだって、昔、何か、美しい国がどうした、どうしたと。歴史、伝統を守るんだ、これは美風じゃないんですか、日本の、賭博は御法度。 しかも、それを解禁して日本人のためになればいいけれども、結局、横浜でいえば、横浜市から、市民から金を巻き上げて、アメリカや中国に送金をするシステムだと。
昭和天皇が日本国憲法を裁可して公布するときにあった文章です。ここに御注目いただきたい言葉がございます。「日本国民の総意に基いて、」という言葉があるということですね。ここをちょっと覚えておいていただければありがたいと思います。先生方にはもう釈迦に説法なので、あれですけれども。 次のページをまた御覧いただきますと、そこは日本国憲法の前文がございます。 ここにも非常に注目したい文章がございます。
○国務大臣(河野太郎君) 我が神奈川県、現在では生乳の生産量、全国で一%未満ということでございますが、戦後間もなく、昭和二十六年だったと思いますけれども、全日本ホルスタイン共進会という乳牛の全国品評会の第一回大会が私の地元の平塚市で開催をされまして、天皇陛下がお出かけになった、多分その共進会での写真だと思いますけれども、それを河野謙三大叔父の家で見せていただいたということもございまして、酪農の、山田先生
天皇陛下でさえ覆されるわけですから。 だから、そういう中で、言うなら主権回復ということが日本の悲願であった、統治権をいかに戻すか。それが、昭和二十七年、御承知のとおり四月二十八日に、沖縄については、非常に、沖縄の気持ちからすれば、そのときに切り離されたという思いがあります。
例えば、憲法第一章第一条において、天皇を元首として規定すべきであるという考え方があります。これに対して、そもそも古来より、天皇陛下の主たるお役目は祭祀であり、祭祀の長としてお祭りすること、内外の平和を祈ることであります。
岸大臣のお言葉に加えてというか、私の理解を少しだけ開陳させていただければと思いますが、「名将」という表現がある中で、明治天皇のときの「山県 大山 山本」という表現がございましたけれども、ここにおいて、やはり明治のときというのは、大臣に当たる方とか、あるいは軍というか、大尉なのか、トップに当たる方々がいわゆるリーダーシップを発揮されたときであったのかなというふうに思います。
○岸国務大臣 終戦から一か月もたたない時期での昭和天皇からのお手紙ということでございます。私も感慨深く今読ませていただいたところでございます。 政府の一員である防衛大臣としては、なかなか独自の見解を述べる立場にはございませんが、一つは、大戦についての認識という意味では、平成二十七年の政府の、内閣総理大臣の談話で述べられているとおりであるというふうに思っております。
今日は、昭和天皇陛下のお手紙をちょっと読ませていただいて、ここから我々は何を学べばいいかというようなところから入らせていただいて、前回の質疑の積み残しとか、あるいは今日の法案審議に、サイバー問題とか、柿沢さん随分突っ込んでくださっていましたけれども、質疑できればというふうに思っています。
○藤野委員 今のが旧少年法の提案理由説明で、つまり、感化教養によって優良な、戦前は絶対主義的天皇制ですから、いわば皇国臣民、優良な国民の育成を目指すという法案でありました。その後、日本が戦争に突入していく中で、この旧少年法というのが、いわゆる保護少年、犯罪少年らを戦争遂行に動員するものになっていきます。
それで、今回の議論というのは、天皇の退位に関連する皇室典範特例法、その附帯決議に求められたものであって、その特例法というのは与野党の合意によって成立したもので、その特例法に付いた附帯決議というのはとても重いものだと思います。 それで、その初会合で、総理は、様々な考え方を分かりやすい形で整理していただきたいというふうに述べられました。
昨年天皇陛下に拝謁して子供の貧困を話されたキッズドアの渡辺理事長、また、昨日もこちらに参考人でいらっしゃった日本大学の教授の末冨教授、あしなが育英会の方が、我々の党に御要請に来ました。 それは何かというと、最近、キッズドアに支援を求める高校生までの子供を持つお母さん、お父さん、保護者に対して行ったアンケートです。
皇室典範特例法の施行後、政府としては、天皇陛下の御即位に伴う一連の行事がつつがなく行われるよう全力を尽くしたところでありますが、昨年十一月に一連の行事の最後となる立皇嗣の礼が行われたところであります。
○国務大臣(加藤勝信君) さきの天皇陛下の退位については、政府において、平成二十八年九月に天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議を設置をし、公務の負担軽減等について、退位の問題も含め、予断を持つことなく静かに御議論いただいたところであります。