○
参考人(
川崎哲君) この度は、
意見を申し述べる機会をくださいまして誠にありがとうございます。
核軍縮・不拡散、とりわけ昨年成立しました核兵器禁止条約に関連して、
日本が果たすべき役割についてお話をさせていただきたいと思います。
今日、
北朝鮮による核兵器とミサイルの実験、
開発が、
日本はもちろん、
国際社会に対して深刻な脅威をもたらしております。と同時に、これに対して米トランプ政権が
軍事力行使も辞さないとの態度を取り、
両国間で挑発の連鎖が続いているのは憂慮すべき
事態であります。何らかの誤算で軍事的衝突が起これば、核兵器の使用にまで発展し得る現実の危険性があります。
一九六二年のキューバ危機で核戦争の脅威を危機一髪で回避したラテンアメリカ及びカリブ諸国は、その直後に
地域の非核化を宣言し、その五年後には世界で初の非核兵器地帯条約を成立させました。今日、
北朝鮮の核の脅威を圧力のみによって除去することはできませんし、軍事的な抑止力だけで永続的な安全を得ることもできません。危機を回避した先の出口
戦略を描かなければなりません。核兵器禁止条約はその出口を示しております。
本日、配付資料一ページの下のスライドにありますように、今日の世界には約一万五千発の核兵器が存在します。かつて最大六万発を超えた冷戦期の一九八〇年代から見れば、確かに数は減りました。それでも、人類を何回も殺し尽くす数であることに変わりはありません。原子力科学者会報は、先月、人類の滅亡を午前零時に見立てた終末時計の針を二分前にまで進めました。一九八〇年代には針は三分前でありましたので、当時よりも私たちは終末に近づいたということになります。
次のページを御覧ください。
こうした核の脅威に対処するために、これまで要であるとされてきました核不拡散条約、NPTにも根本的な限界があります。五つの核兵器国の核保有を正当化しているために、周りの国もそれに続こうとするのです。実際、核拡散防止という名目とは裏腹に、NPTの下で核兵器は拡散してまいりました。一九九〇年代にはインドとパキスタンが、二〇〇〇年代に入りますと
北朝鮮が核保有国となりました。とりわけ
アジアにおいて、核兵器の拡散は深刻化しております。
このページの下にございますように、昨年七月に国連で百二十二か国の賛成により採択されました核兵器禁止条約は、こうしたNPTの不備を補強し、核兵器がいかなる国の手にあれ許されないものであるという
国際法規範を形成したものであります。これは、二〇一〇年の赤十字
国際委員会による声明以来、オーストリアやメキシコなどの諸国が推進してきた、いわゆる人道イニシアチブの成果として作られたものです。生物兵器や化学兵器が大量破壊兵器として禁止され、対人地雷やクラスター爆弾が非人道兵器として禁止されているのと同様に、核兵器も普遍的条約によって禁止し、そこから廃絶へつなげようという大きな運動の成果であります。
これまでの経過を次のページの上半分にまとめてございます。
核兵器廃絶国際キャンペーン、
ICANは、市民社会としてのこの運動への貢献を評価されまして、昨年、ノーベル平和賞の受賞という光栄にあずかったところです。
そのページの下半分にございますように、核兵器禁止条約は、その前文で、被爆者と核実験被害者に言及をし、いかなる核兵器の使用も
国際人道法に違反するとしております。そして、核兵器に関わるあらゆる
活動を例外なく禁止すると同時に、核兵器の完全廃絶への道筋を定めております。
次のページの上にこの条約の制度的な取決めを並べてございますけれども、この条約は、五十か国が批准して九十日で発効をいたします。現在のところ、五十六か国が署名をし、五か国が批准をしております。
条約が発効いたしますと、締約国会議が二年に一度開かれることになります。言わば、核兵器禁止条約プロセスが始まることになります。このことによって、近い将来、
国際的な核軍縮の議論は、NPTプロセスと核兵器禁止条約プロセスという二本線で進むことになると言えます。この中で、
日本が果たすべき役割を考えていきたいと思います。
このページの下半分にございますように、これまでのところ
日本政府は、核兵器禁止条約に対しては極めて後ろ向きな姿勢を取ってきました。核兵器禁止条約の交渉開始決議には
反対し、条約交渉には参加せず、条約が採択されるとすぐに
日本は署名、批准しない方針であると表明をいたしました。
その理由としまして、政府は、核兵器廃絶の目標は共有するけれども、
日本政府のアプローチは核兵器禁止条約のアプローチとは異なるものだからというふうに説明をしています。そして、国民の生命と財産を守るためには核抑止力が必要不可欠であり、核兵器禁止条約は核抑止力の正当性を損なうものであるとも述べております。さらに、核軍縮のためには核兵器国と非核兵器国の
協力が重要であり、
日本としては橋渡しの役割を果たしていくとしています。
先月、ベアトリス・フィン
ICAN事務局長が来日した際、国会議員会館におきまして、外務副大臣及び与野党十党会派の代表によります討論集会が開催をされました。フィン事務局長は、米国との同盟
関係を維持したままでも核兵器禁止条約に加入することは可能であると強調をいたしました。核兵器に関わることはしない、同盟による
安全保障協力は核兵器以外で行うということを決めれば、加入はできるということであります。
フィン事務局長は、
日本が禁止条約に加入できるようになるための条件について国会で
調査をしてほしいと述べました。それに対して、副大臣や各党代表が様々な見解を述べられましたけれども、
日本が核兵器廃絶の目標を支持しているということ、そして核兵器禁止条約はその目標に向けた一定の価値を有するということを否定する
意見は
一つも出ませんでした。その上で、二つの論点が浮き彫りになりました。
一つ目は、核抑止力についてであります。核抑止力は、安定と平和をもたらすものなのか、それとも危険と混乱を生み出すものなのか、
意見は分かれました。二つ目は、
日本が核兵器禁止条約に加入することの可能性、条件、
影響を国会が
調査することについてであります。与野党双方から、そのような
調査をすることに前向きな関心が出されました。
実際、
日本政府も、将来、世界の核兵器の数が減って、いわゆる最小限ポイントに達成すれば、その後に核兵器禁止条約を構想し得るとしています。だとすれば、
日本が禁止条約に参加し得る条件を
調査するということは、政府のこの立場を補強し、一歩前進させるということにつながります。
これらを踏まえまして、
日本がこれから具体的に検討し行動すべき点について幾つかの提案を行いたいと思います。
次のページを御覧ください。
第一に、核抑止力を批判的に再検討することであります。
日本は、国家
安全保障戦略により、核兵器の脅威に対しては核抑止力を中心とする米国の拡大抑止が不可欠としています。しかし、一方で、核兵器の使用は
国際法の基盤となる人道主義の精神に反するという政府見解を維持しており、近年の核兵器の非人道性に関する共同声明や
国際会議にも参加をしています。すなわち、
日本は核兵器という非人道的な手段によって国家の安全を保障するという政策を取っていると言えます。
日本のこのような政策が
現状のままでよいのか、変更や制限を加える必要がないのかということが議論されるべきです。
論点といたしまして、核抑止力に依存することの道徳性、有効性、必要性、そして核抑止が破れた場合の対応が挙げられます。
まず、道徳性についてです。核抑止政策は、核兵器の使用を前提とした政策です。核兵器の非人道性に対する
国際的な認識がここまで高まった今日、唯一の戦争被爆国である
日本が核兵器の使用は正当な防衛手段であるとのメッセージを発し続けることがいかなる意味を持つのか。
日本の道義的立場との
関係でその是非が問われなければなりません。
次に、有効性についてです。核兵器は大国間の戦争を抑止してきたと言われますけれども、実際には核戦争の引き金が引かれる寸前にまで行った事例は数多くあります。抑止のバランスというのは極めて脆弱なもので、人類は幸運に支えられてきたにすぎません。さらに、歴史上、核保有国や同盟国に対して戦争が仕掛けられたという例も数多くあります。また、米国の強大な核兵器は、
北朝鮮が核兵器を
開発することを抑止しませんでしたし、九・一一テロも抑止しませんでした。自爆を恐れない勢力は、核兵器に全く抑止されません。
さらに、必要性についてです。
日本が核抑止力を必要とする根拠として、よく
北朝鮮の核の脅威が挙げられます。しかし、
北朝鮮が核以外の通常戦力で抑止できないという合理的な根拠が十分に示されているとは言えません。政府は核による抑止力が必要不可欠であると述べていますけれども、その根拠は何でしょうか。
そして、万が一、核抑止が破綻し、核兵器が使われた場合、何が起こるのかについても現実的に検討しなければなりません。甚大な破壊と放射能汚染により人道上の救援も不可能であるということは、広島、長崎の惨害の記憶からも、また今日の科学的研究成果からも明らかです。核戦争が地球規模の気候変動と飢饉、通信網の破壊と世界経済の破綻をもたらすとの報告もあります。偶発的な核使用や核兵器に関わる事故、テロやハッキングなどによって意図せずに核爆発が起きるというリスクも現実のものであります。こうした
事態に対する責任の所在も明らかにされておりません。
これら批判的な観点を踏まえ、今日の
安全保障にとって核兵器が果たす役割を再検討する必要があります。検討の結果、核兵器の必要性を今すぐに完全否定できないという結論が仮に出たとしても、核兵器の先制不使用など一定の制限を掛ける措置は可能なはずであります。
ところが、米国は、さきの核態勢見直し、NPRで核兵器の役割をむしろ拡大する路線を打ち出しています。通常兵器やサイバー攻撃にも核で反撃するといった内容が含まれておりまして、これは核のリスクをいたずらに高めるものであります。
日本は本来、こうした動きに警告を発しなければなりません。
政府は、核兵器禁止条約は核抑止力の正当性を否定するものだから参加できないと言います。確かに、この条約は核兵器を非正当化するために作られたものと言えます。しかし、
日本がこれに対する反動として核兵器の正当性を発信するというような態度を取ることは、唯一の戦争被爆国の
外交姿勢として大いに疑問であります。
第二に、国会のイニシアチブにより、核兵器禁止条約への加入の可能性について
調査する
委員会を立ち上げることを提案したいと思います。
ページの下半分にまとめましたように、既にノルウェー、イタリア、スウェーデンなどでこのような動きが出ております。とりわけ、米国との同盟国やそれに準ずる国々にとって、同盟上の政策と核兵器禁止との
関係が問題となります。核兵器禁止条約は、第十八条で、この条約と矛盾しない限りにおいて他の条約上の権利義務を害さないと規定しております。
次のページを御覧ください。
禁止条約は、第一条で、核兵器の
開発、保有、使用、威嚇、配備などを包括的に禁止しています。このうち、非核三原則を国是とする
日本は、核兵器の
開発、保有、配備はしないと国内外に約束をしています。禁止条約に加入すれば、これらが
国際法上の義務になります。
日本にとって恐らく問題となるのは、核兵器の使用とその威嚇、またそれらの援助、奨励、勧誘です。米国との同盟
関係にある
日本の政策は、米国による核兵器の使用またその威嚇を援助、奨励、勧誘するものに当たるのかということであります。
ページの下半分にまとめましたように、国連憲章第二条四項は、加盟国による武力の威嚇や行使を一般的に禁止しています。さらに、
日本は、憲法九条一項で、武力の威嚇や行使を永久に放棄しています。それゆえ、
自衛隊による自衛権の発動には厳しい要件が課されており、米国による武力行使との一体化やその後方
支援の解釈をめぐっては国会での議論が積み重ねられてきたところであります。これらとの
関係で、
日本のいかなる行為が米国の核兵器の使用また威嚇の援助、奨励、勧誘、あるいは一体化や後方
支援に当たるのか、法的な議論が必要となります。
政治的には、
日本が米国との同盟
関係を維持しながらも核兵器の使用については援助や奨励を一切しないという立場を取った場合に、それがもたらす
影響を論じる必要があります。米国の選択肢を狭めることになるので日米
関係に悪
影響だというふうな見方もある一方で、非人道的な戦闘行為にはくみしないと表明することで
日本の道義的地位を高めるとの見方もあります。また、核兵器が使用しにくくなれば戦争が起こりやすくなるのだという見方もあれば、逆に、通常兵器による戦闘が核戦争に至ることを予防する効果を持つのだという見方もあります。
このような諸問題を
調査する
委員会は、
日本が核兵器禁止条約に加入する場合の
影響に加えて、加入しないままでいた場合の
影響についても議論をすべきであります。すなわち、唯一の戦争被爆国が核兵器禁止条約を拒み続けることのもたらす
国際的
影響についてであります。
次のページを御覧ください。
仮に、
日本がすぐに核兵器禁止条約に加入しないという場合であっても、禁止条約に定められた事項の中で
日本が既に具体的な行動に移せる事項を二つ指摘したいと思います。それは、核廃棄の検証措置と核被害者の援助であります。これらを言わば核兵器禁止条約の部分的な履行として実施することができます。
ページの下半分を御覧いただきますと、核廃棄の検証措置についてまとめてございます。核兵器禁止条約の第四条では、時間枠を伴った検証可能で不可逆的な核廃棄が定められております。
かつて南アフリカは、核兵器を
開発し保有に至りましたが、アパルトヘイトを廃止し
国際社会の仲間入りをするに当たり、これらの核兵器を廃棄し
国際的な検証を受け入れました。この経験を踏まえ、核兵器禁止条約は、現に核兵器を保有することでも、核兵器をなくすということを決めれば禁止条約に加入することができるというふうに定めています。
国際機関が廃棄の検証を行い、再核武装を許さないよう保障することとされております。
北朝鮮に対する圧力と対話を通じた
外交が将来実を結び、同国が核の放棄を受け入れるような
合意が生まれたとしましょう。そのとき、
国際的な監視下で同国の核武装を解除していくプロセスが開始されなければなりません。そのような手続はNPTには規定されていません。NPTは、今核を保有していない国が今後も保有しないことを定めているだけであります。これに対して、核兵器禁止条約は、核保有国による核の廃棄を具体的に規定した初の多国間条約と言うことができます。
北朝鮮が核を放棄するということを想定した場合、それが一定の時間枠の中で、
国際的な監視の下で不可逆的に行われるということは、
日本にはもちろんのこと、世界的な
安全保障上の利益になります。そのような検証制度や保障措置の詳細は、今後、核兵器禁止条約の締約国会議で議論され、議定書として条約に附属されていくことが想定されています。
既に
日本は、核軍縮検証のための
国際パートナーシップ、IPNDVを通じて、この分野での研究を進めております。これを発展させて、核兵器禁止条約の検証規定の強化に活用することができます。この分野で
国際センターを
日本に設置するというようなこともできるでしょう。禁止条約の締約国会議には非締約国でもオブザーバー参加できますので、そうした
取組の成果を締約国会議に還元すれば、
国際的にも歓迎されるでしょう。
次のページを御覧ください。
核兵器禁止条約は、第六条で、核兵器の使用、実験の被害者に援助を行うとともに、汚染された環境を回復する義務を締約国に課しています。これはまさに、広島、長崎の被爆者援護、福島の除染を経験してきた
日本こそが行うべき
課題だと言えます。
日本政府は、二〇一四年に専門家
委員会による核兵器使用の多方面における
影響に関する
調査研究を発表しています。同様の形で、広島、長崎の被爆者や世界の核実験被害者が受けている被害の実態や、援助や環境回復の
在り方に関する研究を行い、指針を示すことができるでしょう。
結論を申し上げます。
ページの下半分にありますように、核兵器禁止条約について与野党での議論を深め、以下のことへの
合意を目指していただきたいと思います。
第一に、核兵器禁止条約への加入を、仮に長期的にであったとしても、目標として定め、その条件や
影響を
調査する
委員会を設置すること。第二に、核兵器の非人道性を踏まえ、核抑止力の批判的な再検討とその役割縮小を進めること。第三に、核廃棄の検証措置や核被害者援助など、具体的に貢献できる分野では直ちに行動を開始することであります。
御清聴ありがとうございました。