○
中村参考人 弁護士の
中村でございます。
本日は、このような場で発表の
機会をいただき、こういう貴重な
機会をいただきましたことに感謝申し上げます。
本日は、私の方でお手元に資料を冊子で用意いたしまして、そちらを適宜使いながら
説明いたしたいと思いますので、御参照のほどよろしくお願いいたします。
まず初めに、私は、
民法の
成年年齢の
引下げの議論については、より慎重に進めるべきだと考えております。
以下、
成年年齢引下げの立法事実が存在するのか、引き下げた場合の問題点と対策の二つに分けて
理由を述べたいと思います。
まず第一に、
成年年齢引下げの立法事実について、五つの観点から
意見を述べます。
一つ目は、選挙
年齢との関係についてです。
二〇〇九年の
法制審議会の最終報告書は、
民法の
成年年齢の
引下げが十八歳、十九歳の若年者の政治への参加意欲を高める、両者をそろえることが法
制度としてシンプルであるなどを
理由に、両者は特段の弊害がない限り一致していることが望ましいとしています。
しかし、そもそも、
法律における
年齢区分は、それぞれの
法律の立法目的や
保護法益ごとに個別具体的に検討されるべきものです。
民法の
成年年齢については、私法上の行為
能力を付与することで、親の
同意なく一人で高額の買物をしたり
職業を
決定したりするのにふさわしい
判断能力が認められるのは何歳かという点が正面から論じられるべきであり、選挙
年齢との関係から論ずる性質のものではないと感じます。
また、
選挙権の場合は、
選挙権を行使できるようになるというメリットがある一方、
選挙権が付与されることによるデメリット、例えば
投票しないと罰則があるなどは想定されません。
これに対して、
民法の
成年年齢の場合は、みずからの
判断で買物ができたり
職業を
決定できたりするというメリットだけでなく、
未成年者取消権や親権による
保護を喪失するというデメリットがあり、このデメリットの解消にも十分な注意を払う必要があるという点で、選挙
年齢に比べて、より慎重に議論する必要があるものです。
二つ目は、将来の国づくりの中心となる
若者に対する期待という
考え方についてです。
最終報告書は、少子高齢化を背景として、
民法の
成年年齢を引き下げ、十八歳をもって
大人として扱うことは、若年者が将来の国づくりの中心であるという国としての強い決意を示すことになると述べています。また、十八歳、十九歳の者を
大人として
扱い、
社会への参加時期を早めることは、若年者の
大人としての自覚を高めることにつながるとも述べています。
しかし、実際に最終報告書が期待するように、
大人としての自覚が高まるという結果が得られるかは疑問が残るところです。むしろ、若年者の
自立のおくれや
消費者被害拡大のおそれが指摘されている今日において、十八歳、十九歳の者を
大人として扱った場合、
大人としての自覚を持つ以前に、
若者が窮地に立たされることが危惧されます。
実際、内閣府が平成二十五年に実施した
民法の
成年年齢に関する
世論調査、これは政府の参考資料の五番目に入っておりますが、これにおいても、
契約年齢引下げに
反対した者のうち三五・五%が、
権利を与え、
義務を課しても、
大人としての自覚を持つとは思えないと回答し、親権の対象
年齢の
引下げに
反対した者のうち三八・七%が、親権を及ばなくしても
大人としての自覚を持つとは言えないと回答しており、最終報告書の期待どおりの効果を得ることについて疑問を持っている国民が多数存在することは看過できないと考えます。
また、そもそも、
成年年齢を引き下げることで十八歳、十九歳の者を
大人として
扱い、
社会への参加時期を早めることによって若年者の
大人としての自覚を高めるというのは、本来あるべき順序とは逆であるように思います。本来は、さまざまな施策の効果として若年者の
大人としての自覚が高まったことを確認してから
大人として扱うという順序になるべきではないでしょうか。
三番目は、国民は
成年年齢の
引下げを求めているかという点です。
先ほども述べたとおり、最終報告書は、国としての強い決意を示すと
説明しています。我が国は国民主権を採用している以上、この決意は国民の決意と同義若しくはそれと相当近いものである必要があると考えられます。
しかしながら、内閣府の
世論調査を見ると、
契約年齢の
引下げについて、
反対、どちらかといえば
反対とした者の合計は七九・四%、親権については、六九%が
反対若しくはどちらかといえば
反対と回答しています。
しかも、この
世論調査においては、
契約年齢の
引下げに
反対、どちらかといえば
反対と回答した者に対して、どのような
条件整備が必要かという質問をしたところ、どのような
条件が整備されたとしても
反対と回答した者が四三・八%と、
反対意見が根強いことがうかがえます。
また、
引下げの
条件として、法的な物の
考え方を身につける教育を挙げる者が四〇・五%、
消費者教育、金融教育を挙げる者が二九%となっていますが、教育
制度を充実させ、かつその成果を上げることは容易でないことからすると、相当厳しい
条件整備を求めていることがわかります。
なお、この
世論調査は、平成二十年、二十五年と実施されていますが、平成三十年であることしはなぜか実施されていません。
引下げを審議する前に、これまでと同じ項目で
世論調査を実施するべきではないでしょうか。
また、法務省が平成二十九年九月に実施した
民法の
成年年齢引下げの施行方法に関する
意見募集において、
成年年齢引下げの
改正法の施行に伴う支障の有無を問うたところ、支障なしはわずか五名、支障ありと回答したのが百七十一名でありました。
そして、支障ありと回答した
理由の上位をまとめた表が、私がお配りした資料八の七十八ページに表でまとめてあるんですが、これを見ると、
消費者被害について百六十六名、多重債務を心配する声が二十八名、養育費についてが十六名、
自立支援について心配する声が十五名となっております。
さらに、全国の
弁護士会も、
民法の
成年年齢引下げについては慎重な態度をとっています。
日本弁護士連合会は、平成二十八年と二十九年に
意見書を発出しております。私がお配りした資料八の七十九ページに一覧表で
紹介しましたが、全国の
弁護士会、
弁護士連合会も、
引下げに
反対若しくは慎重の
意見を表明しており、その合計は三十五に上ります。
以上のような状態からすれば、国民は
成年年齢の
引下げを望んでいないと評価するのが素直ではないでしょうか。
四つ目は、諸外国と足並みをそろえる必要があるかという点です。
一九六〇年から七〇年代以降、それまで二十一歳から二十五歳としていた
成年年齢を十八歳に引き下げる国が相次ぎました。その数は、平成二十年度の時点で約七六・九%と言われています。
しかし、単に諸外国の多くが
成年年齢を十八歳としているからそれに数字をそろえようという形式的な
理由ではなく、かつて諸外国が
成年年齢を十八歳としたときの
理由が現代の
日本にも当てはまるかという実質的な観点からの検討が必要と考えます。
私がお配りした資料の五十四ページの表五は、かつての
法制審議会で配られた
成年年齢部会第七回の参考資料、諸外国における
成年年齢の調査結果をまとめたものです。
成年年齢引下げの
理由を一概に分析することはなかなか難しいとは言われていますが、あえてこのように分析すると、若年者の成熟を考慮したということを
理由とする国が実に多いことがわかります。
それでは、この点について我が国の世論はどう考えているのでしょうか。
内閣府が平成二十五年に実施した
世論調査によれば、
子供が
大人になる
条件を問うたところ、
自分がしたことを
自分で責任がとれる、
自分自身で
判断する
能力がある、
精神的に成熟する、
社会人として最低限の学力、知識を身につけるという四項目が上位に上げられています。しかし、今の十八歳、十九歳に当てはまることを問うたところ、この上位四項目については、いずれも当てはまるが約二五%以下という低い割合にとどまりました。
このような結果からすると、国民の大半は十八歳、十九歳の若年者を
大人として扱う
条件を満たしていないと考えていると見ることができます。
立法事実の五つ目は、若年者の
自己決定権についてです。
法制審議会の最終報告書は、
契約年齢を十八歳に引き下げることは、十八歳に達した者がみずから就労して得た金銭などを
法律上もみずからの
判断で費消することができることになるという点で、メリットと述べています。これは、
未成年者取消権が若年者の
自己決定権の制約という要素を持つことを指摘するものと考えられます。
しかし、若年者の
自己決定権、言いかえれば、みずから就労して得た金銭等をみずから費消できるという点については、結局のところ、
自己決定権の尊重と
保護の必要性という二つの
考え方のバランスをどのように捉えるかという点に帰着します。そうすると、十八歳、十九歳の若年者が、親の
同意なくして
単独で
契約できるという
自己決定権尊重の側面と、
未成年者取消権を喪失するという
保護喪失の側面の両方を丁寧に比較衡量することが必要となります。
ところが、実は、
現行民法は五条と六条に詳細な
例外規定を置いており、小遣いや仕送り等については金額の
制限なく
未成年者が
単独で
法律行為ができるということにしていることもあり、これまで十八歳、十九歳の
若者から不都合があると感じる、不都合があるという声を聞かれたことはないように思います。
このようにして、
若者から
引下げを求める声が聞かれない
状況で
自己決定権を強調しても、
引下げのための立法事実として十分とは言えないと感じられます。
二つ目に、
成年年齢引下げの問題点と施策について、
三つの観点から
意見を述べます。
一つ目は、
消費者被害拡大のおそれです。
民法の
成年年齢を引き下げた場合の最大の問題点は、
未成年者取消権の喪失にあると考えられます。
現行民法において、十八歳、十九歳の
若者を含む
未成年者が
単独で行った
法律行為は、
未成年者であることのみを
理由として取り消すことができ、これを
未成年者取消権といいます。
この
未成年者取消権には二つの意味があると考えられています。すなわち、
一つ目は、
未成年者自身が
未成年者取消権を行使することで一旦締結した違法、不当な
契約の拘束力から免れるという後戻りのための黄金の橋としての意味です。
二つ目は、事業者が、
未成年者取消権があるために、当初から
未成年者をこのような
契約の勧誘対象から外すという鉄壁の防波堤としての意味です。
一つ目は
民法の文言どおりの
法律効果であるのに対し、
二つ目は事実上の効果とでもいうべきものです。これを薬に例えて言えば、前者は治療薬、後者は予防薬で、
年齢を立証すれば足りることから、いずれの場面においても抜群の効き目を持っていると言うことができます。
このような効き目を持つ薬が使用できなくなってしまったらどうなるでしょうか。国民
生活センター等のデータによれば、二十歳を境界線として
消費者被害が増加すると言われています。特に注目されるのは、マルチ商法の相談件数が約十二・三倍、フリーローン、サラ金の相談が約十一・三倍となるというデータです。
このデータによれば、
民法の
成年年齢を十八歳に引き下げると、
高校三年生の学級内でマルチ商法等の
消費者被害が蔓延する可能性があると考えられます。しかも、自己資金を持たない
高校三年生は、その購入資金を借入金で賄うことが予想され、さらに、これらの問題がいじめ問題とつながる可能性も否定できないのではないでしょうか。これをまとめて、私は、借りて、マルチ、いじめの問題と呼んでいます。
それでは、このような問題点に対する施策はこれまで十分になされてきたのでしょうか。
まず、
消費者保護の施策として、今国会で
消費者契約法の
改正が検討されています。しかしながら、
改正法案では、いわゆるつけ込み型の取消権が認められる類型が不安をあおる商法、人間関係を濫用する商法に限定されるなど、
保護として十分なものとは言いがたい
状況にあります。
そもそも、
消費者契約法による
保護は、立証の容易性などの点で、後戻りのための黄金の橋としての機能や鉄壁の防波堤としての機能を有していた
未成年者取消権に比べて大きく見劣りすることは否めません。
次に、
消費者教育の充実が考えられますが、
消費者教育の効果はこれまで十分に上がっていると言えるのでしょうか。
私がお配りした資料の八十四ページ以降は、
消費者教育支援センター等が平成二十八年に全国の
高校生三千百五十三人に実施した消費
生活と
生活設計に関するアンケート調査報告書です。
この資料の九十六ページには、お金や
生活設計、ライフプランの学習体験について質問していますが、学んだことがあるは五三・四%、学んだことがないが四六%となっており、これらの教育が十分に実施されているとは言いがたい
状況にあります。また、同じ資料の九十七ページで、実際に学んだことがある項目について質問をしたところ、悪質商法の
被害と対処法の
高校三年生の回答のみが六一・三%となったのを除けば、その他全ての項目で五〇%に達していません。さらに、同じ資料の九十一ページでは、
契約の知識についてクイズ形式で質問したところ、コンビニで菓子を買うことは
契約か、
契約は口約束でも成立するか、
契約に
契約書は必要であるかという基本的な質問についての正答率はいずれも五〇%に達していません。
また、このアンケート結果では、資料の九十三ページですが、教諭に対して、
成年年齢引下げについてヒアリングを行っています。
これによれば、しかし、法的
保護が弱まることによって経済的な損失をこうむることが懸念されるとか、
家庭科の授業で、
大学生で
ひとり暮らしを始めることを想定して、それに備えた内容を教えるように心がけているが、実際にはかなり難しいように思う、心配だなどの声が上がっており、現状の
消費者教育が
成年年齢引下げに十分対応しているとの感想は聞こえてきません。
さらに、平成二十九年一月に出された内閣府の消費者
委員会ワーキンググループの報告書、これは本日衆議院の方からお配りされた参考資料六に入っておりますが、これまでの
消費者教育について、この報告書では以下のように指摘しています。
例えば、
消費者教育は、
消費者教育推進に関する
法律や平成二十年、二十一年の学習指導要領改訂においても内容の充実が図られているものの、実際に
消費者教育に割かれている授業時間は少ない、効果がどの
程度あったか明確でない、教育を担当する
学校教員にとっても指導への負担が大きく、適切な教材がない、
大学によっても、全体的に言えばその取組は十分とは言えない、
大学教員養成課程においてもその取
扱いは十分とは言えないなどの
課題があるということが厳しく指摘されております。
二つ目に、
自立に困難を抱える若年者の困窮の増大について
説明します。
平成二十八年二月、
子供・
若者育成
支援推進大綱が制定されました。この大綱は、全ての
若者が持てる
能力を生かし、
自立、活躍できる
社会の実現を目指すものとされています。
しかし、この大綱が
子供、
若者を育成
支援する
政策をとっているということは、裏を返せば、現時点では
子供、
若者を育成しなければならない
状況にあると言うことができます。
一方で
若者の育成
支援をうたいながら、他方で
若者から
未成年者取消権や親権による
保護を喪失させることは、例えて言えば、アクセルとブレーキを同時に踏むようなもので、大きな
政策の枠組みとして矛盾しているようにも思えるところです。
三番目には、養育費の支払い終期の問題があります。
まず、過去に
成年に達するまでと合意した場合については、仮に十八歳に引き下げられた後に支払う親が養育費の支払いをとめてしまった場合に、受け取る側の親が調停や裁判、強制執行を起こす負担を負うことになります。そうすると、あと二年だからといって泣き寝入りするケースが出てくるのではないでしょうか。
次に、これから
成年年齢が引き下げられてしまった後に養育費を合意する場合についても、支払いたくない方の親は十八歳までだと主張してくる可能性があり、本来は二十歳や二十二歳でもいいはずのものが、調停等の負担から解放されようとして片方の親が妥協してしまうという可能性が懸念されます。
最後に、
法制審議会の最終報告書について指摘したいと思います。
最終報告書は、
成年年齢を十八歳に引き下げるのが適当であるとしつつも、若年者の
自立を促すような施策や
消費者被害拡大のおそれの問題点の解決に資する施策が実現されること、これらの施策の効果が十分に発揮されること、それが国民の意識としてあらわれたことという
三つのハードルを課していると考えられます。しかも、この
三つのハードルは、
成年年齢引下げの施行ではなく、決議に対して先に履行するべきものと読むのが素直な
解釈と考えられます。
しかし、現時点においては、
成年年齢を引き下げるだけの確かな立法事実が見出せないばかりか、問題点に対する施策について、この
三つのハードルがクリアされたとは言えない
状況にあるのではないでしょうか。
以上より、この議論については、より慎重にあるべきだと考えております。
以上です。ありがとうございました。(拍手)