○藤野
委員 ですから、現在の
状況というものをつかもうとすれば本当にこういう問題が起きざるを得ないわけですよ、こういう性質上。それで、どんな
調査になるか限定する保証はないということも
先ほど答弁で明らかになりました。
調査というのであれば、私は、この九三年の総務庁
調査が果たした役割はやはり大きいと思うんですね。
先ほど来
答弁されているように、一定の効果と言いますが、大きな前進があったわけです、三十三年間にわたって十六兆円の費用が投入されて。そのことが特別対策が不要になるまでつくり出してきた、切り開いてきた、これからは特別対策じゃなくて一般対策でこの問題は対処していこうというその
認識の土台になった
調査がこれであります。
ですから、
調査というのであれば、これを本当に最後の
調査にすべきであって、この
調査の上に立って私
たちは次のステージに進んでいく、進んでいっているという
状況であります。本
法案は、そういう道筋とは全く逆行する、全く別に向かっていくというものでありますから、これは本当に許すわけにいかないというふうに言わざるを得ないわけです。
そして、さらにこの問題でいいますと、そうした、今まで見てきましたような今までの政府の積み上げ、運動団体の
皆さんの血の出るような運動の成果、到達、これとの関係で、この
国会での審議というのが果たしてこれでいいのか、このことをお聞きしたいんです。
よく与党の
議員の方は、前
国会で実質終局している、こうおっしゃいます。しかし、前
国会は、我が党のみ、
先ほど言いました清水忠史
議員でありますが、四十分であります。これのどこが審議なのか。今回は、自民党の
皆さん、維新の方もこの後される、それで我が党。そして、九十分ということでありますから、一歩前進だとは思います。しかし、参考人
質疑もやられていない、現地
調査も行っていない、公聴会もやっていない。
ヘイトスピーチの
法案が全会一致で実現をいたしました。こういう本にもなっております。本当に超党派でいろいろな方が思いを述べられていて、読むたびに私も敬意を表するわけですが、このときは参議院でやはり三年にわたって審議が行われ、そして参考人
質疑も行い、川崎への現地
調査も行いました。翻って今回は、そうした
議論が、本当に
国民や運動団体の
方々を巻き込んだ形で、これだけの重大な問題をどう
考えるべきか、そういう
質疑が全くやられていないと思うんですね。
今までやりとりさせていただいて、発議者、
提案者の
方々からいろいろな
お話をお聞きしました。しかし、この
法案がなぜ必要なのか、今までの歴史を踏まえているのか、この点については、率直に言わせていただきますと、全く私には
理解ができないし、今までの歴史を踏まえた
法案とも思えないわけであります。
逆に言えば、きのう星陵会館で、この
法案をつくってほしいという方の集会があったと聞いております。例えばそういう方から直接私も
お話を聞いてみたい、きょうの
質疑を通じて改めて思いました。そして同時に、やはり、反対、これはもうだめなんだ、今までの到達を崩すものなんだという方の
意見もぜひ聞きたいし、聞いていただきたいんです。
配付資料の四を見ていただければと思うんです。
これは、いわゆる
人権連に寄せられた生の声でありますが、全部読むとあれですので一枚目を紹介しますと、鳥取県の三十四歳の男性の方であります。「私は被
差別部落出身者です。小学生のころから地区進出学習会にも休むことなく通いました。」「私は
同和教育を受けていた高校生のころまで自分
たち同和地区出身者以外は
差別者だと思い込み、心を開ける友達をつくることをしませんでした。それは私の意識の中に、自分とそのほかの人とを分け、自らを孤立化させていくことだけに作用しました。」、心を開ける友達をつくることをしませんでした、こういう思いであります。
そして、次の
ページには、鳥取県、四十代の男性の声が紹介されております。「解放
教育で「おまえらは絶対に
結婚できない」「
部落外の連中は顔はニコニコしていても心の底では
差別している」と教え込まれました。こう教えられた子がどう育つかは想像に難くないと思います。それは、今でも心の傷として残っています。」「この
法案は、未来永劫、私
たちとその子孫に「
部落」の烙印をおすことになります。これは、到底容認できることではありません。いつまで私
たちを「
部落」に縛り付けるのですか。もう、解放してください。お願いします。」こういう声であります。
これはお三方、全ての
提案者にお聞きしたいんですが、この声をどう受けとめられますか。