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中嶋参考人 東京大学の
中嶋でございます。
本日は、このような
発言の
機会をいただきまして、ありがとうございます。
私は、昨年三月に発表されました
食料・
農業・
農村基本計画の取りまとめにかかわってまいりました。そのときの経験、そのとき考えたことをあわせながら、本日の
意見陳述をさせていただきたいと思っております。
まず初めに申し上げたいのは、
TPP協定がもたらす
懸念と
可能性とをそれぞれ適切に把握した上で、前者の
懸念をできるだけ小さくし、後者の
可能性の領域をいかに広げていくかということが今後の取り組みのポイントであるということでございます。
ただし、
農業分野だけに限りましても
TPP協定は数多くの
分野に
影響を及ぼすものであり、その全体像が容易に
理解できないことからさまざまな
懸念をもたらすということは言うまでもございません。その複雑な姿を
理解した上で、プラスの面と
マイナスの面とを総合的に評価しようという姿勢が重要だと思っております。
そのような
視点に立った上のことでありますが、
TPP協定の
影響と成果については、
協定の
内容と
国内対策の
両方を
政策パッケージとして
一体で評価すべきだと思います。ある種の
分離不可能性があるということでございます。
今回の
TPP協定の
内容は、総合的に見て、各国のセンシティビティーに配慮したものになっていると考えております。
我が国は、
国会決議の
後ろ盾もあって、他国に比べて
農産品における
関税撤廃の
例外を数多く
確保しております。ただ、それでも避けられないネガティブな
影響については、
対策が設定されていて、
影響を中和するための備えが用意されているということでございます。
これまでの
貿易交渉を見てまいりますと、どの国でも
国内対策なしの
交渉の妥結はなかったと言えます。今回用意された
国内対策は、
我が国の農と食の実態に配慮した
内容で構成されていると私は評価しております。
その前提となるのが、
農林水産業・
地域の
活力創造プラン、それから
食料・
農業・
農村基本計画等において進められている一連の
成長戦略、
構造改革、そして
自給率向上に関する諸
施策でございます。
TPP対策はそれらの
施策と整合的であるべきです。
TPP協定によって起こり得る
懸念を払拭し、より一層
改革を促進することを期待しております。そのような
立場を貫くことで、
TPPの
国内対策は単なる
保護手段に陥ることにはならないというふうに信じております。その
内容について、以下で
お話をしたいと思っております。
まずは、
対策で考慮すべき論点です。
国会決議では、
農林水産物の
重要品目については引き続き再
生産可能となるように
交渉すべきであるとされました。
将来も
国民に安定的に
食料を
供給できるように、
農業は再
生産可能でなければなりません。現在の
食料自給率水準に
懸念を示す
国民は多く、
自給率を大きく左右する
重要品目は、これからも再
生産されるべきです。
ただ、再
生産可能のための
対策がもし
現状維持を志向するだけならば、ある種、
静態的視点にとどまっていると言わざるを得ません。この後すぐに
課題を指摘したいと思いますが、
現状維持志向というのは、これからの
日本農業にとって不安定な
施策につながるのではないかと思っております。
ただ、まず悪い
影響が遮断され、将来にわたって現在の
環境が維持されると
関係者に
理解していただくということは、初めの
対策としては非常に重要だと思っております。それは
期待形成にかかわるからでございます。
TPPの
影響が実際に大きくあらわれるのは、およそ十年ほど先になるのではないでしょうか。しかし、その将来の
事態を予想したとき、人々は、今現在の行動をどうするのか、長期的な
視点から考えることもあると思います。
特に、ちょうど
機械や
施設の
更新投資を行おうと思っている
生産者の
方々は、もしかすると、この
懸念のために
投資をやめてしまうかもしれません。新規に就農することを考えていた若者が思いとどまってしまうかもしれません。
このようなことから、将来の
生産の
減少という
事態が前倒しで起こってしまうのかもしれないのです。そのようなことが起きないように、不安を払拭し、将来の展望に結びつく
期待形成の
構築が大事だと思っています。
米については、
政府備蓄米制度を利用し、
国別枠の
輸入量に相当する
国産米を買い入れることで、新たな
輸入分を実質隔離するわけでございますが、それは
国産米市場への
影響を遮断する有効な
対策だと思っております。
アメリカ、オーストラリア合わせて最終的に約八万トンの
輸入枠となりますけれども、これは現在の一年間の
国産米需要の
減少分に相当いたします。このまま放置しておけば、
マーケットの
縮小を一年早めるという
印象を
生産者や
流通業者に植えつけてしまうことになります。
ただ、
影響を遮断するだけの単なる
中和策では、頑強な
対策とはなりません。再
生産からさらに一歩進めて、
農業が持続可能となるための
対策とするべきです。そのためには、
動態的視点を導入しなければいけません。
動態的視点というものを取り入れて、
農業を取り巻く
状況を
理解し、今後の
農業の
ベースラインを意識すべきです。
言うまでもないことですが、
日本農業の
ベースラインを考える上で最も重視すべきことは
人口の
減少であり、これは
農業に非常に大きな
マイナスの
影響をもたらします。
国内の
食料消費が
減少し続けること、
生産年齢人口がますます減り、
人手不足が深刻になることが指摘できます。
外的環境は常に変化します。したがって、
現状維持をかたくなに守るような
施策は、このような
社会の変化に対応できず、有効に機能しなくなるかもしれません。逆に、
対策面で後手に回る問題を起こすことも考えられます。
施策が懐の深いものになっているかどうか、
動態的視点から評価しておくべきでしょう。そのためには、
構造改革への目配りが求められます。
そこで、次の、
構造改革との
整合性について
お話をいたします。
第一に指摘したいのは、合意された
関税撤廃等の
状況からすると、
構造改革を進める上での準備のための時間は
確保されたと思っております。
農林水産品については、
ライン数で見て、
即時撤廃率は、
日本以外の十一カ国
平均が八五・一%のところ、
我が国は五二・九%です。二年から十一年目までの
撤廃率は、十一カ国
平均一一・八%、
我が国は二五・七%。十二年目以降での
撤廃率は、十一カ国の
平均が一・六%のところ、
我が国は三・七%ということになっております。
構造改革を進めるには
一定の時間が必要でございます。安定した
条件のもとで時間的猶予を与えることは、
改革のための
必要条件だと言えるのではないでしょうか。
既に指摘したことの繰り返しですが、
懸念を払拭することが、安心して
投資をするための
経済的基礎を提供いたします。よく言われるように、これからの
日本にとって、どのような
イノベーションを起こすのか、深く考えていくべきです。このことは、
農業分野も
例外ではございません。
イノベーションを起こすためには、
投資を伴わなければいけないわけです。
しかし、この二十年の間、
我が国農業は
投資を減らし続けました。
UR合意後の
平成七年の
農業機械、
施設、動物、植物などへの
投資額を一〇〇といたしますと、その
水準は年々
減少し、
平成二十年ごろには六〇を下回るまでになりました。
御案内のように、
UR対策では
土地改良投資が実施され、
農業の基盤は大いに
整備され、その後の
農業の下支えをしていきました。しかし、そのような
インフラ投資に続く
機械や
施設の
投資が盛り上がらなかったわけであります。加えて、
後継者は少なくなり、
耕作放棄地もふえていきました。
そういったことの背景には、将来への不安があったことは間違いありません。
貿易自由化の
影響に加えて、
円高がどんどん進み、割安な
農産物の
輸入がふえる結果となりました。
円高が高じたということで、もう
一つ重要な問題を引き起こしたことを指摘しなければいけません。それは、
国内農産物の
輸出をできなくしたということであります。
貿易自由化は本来、
相互利益をもたらすべきですが、
輸出の
可能性を断ってしまったということは、
農業分野に
自由化による
利益の実感を得られなくなったということだと思います。
実は、この裏側で、もう
一つ大きな問題が発生しておりました。それは、
平成七年あたりを境に、国全体の
食料消費が減り始めたことであります。
平成七年の
国内食料消費額は八十三・一兆円でありましたが、
平成十七年は七十八・四兆円になってしまいました。十年間に五兆円近くが蒸発してしまったわけです。
そのために
農産物の販売が伸びなくなりますが、
マーケットが縮んだことで
価格も
低下基調となります。
円高による安い
輸入農産物は、そのことに拍車をかけました。
当時、誰も
マーケットが縮み始めたということには気がつかなかったのではないでしょうか。頑張ってみてもなぜか手応えがない、昔に比べると売りにくくなってきたという
印象を感じ始めたのではないかと思っております。
そのような
環境の悪化が
投資の
減少を引き起こし、そして最終的には
農業生産の
減少へと結びついていったのだと思います。その結果、
消費が低下したにもかかわらず、
生産がそれにつられるように
減少して、残念ながら、
自給率が
向上することはございませんでした。
同じ轍を踏んではいけません。
UR合意のときと異なり、今回は
マーケットが縮んでいることを全ての
関係者が自覚しているはずです。何とか
マーケットの
縮小をとどめるべく、
農業界、
食品産業界が
一体となって
対策に取り組むべきだと思います。
攻めの
農林水産業施策では、
生産現場の
強化に続いて、
バリューチェーンの
構築、
需要フロンティアの拡大を進めるという
枠組みを提示しております。
マーケットが縮むに任せていては、単に
生産をふやしただけでは
価格が下がるだけに終わってしまいます。積極的に
消費に関与し、盛り上げていくことで初めて
生産振興に成果がもたらされます。そうしなければ、
自給率の
向上も期待できません。
外的環境が変化しても安定した収入が期待できるようにする措置は、今後の
生産振興を誘導することになると思います。特に
生産の
縮小が
懸念されている畜産部門において、牛マルキンや豚マルキンなどに期待するところは大きいと言えます。
このように、
消費と
生産を結びつける取り組みが重要です。そのためには、
農業界と食品を中心とした産業界とが連携して、積極的な取り組みを進めるべきだと思います。
その
観点から、農林水産
分野における
TPP対策である「
農政新時代」で示された十二の検討の継続項目に注目しております。いずれも重要でありますが、やはり戦略的
輸出体制の
整備には大いに期待しているところであります。
本年五月には
農林水産業の
輸出力
強化戦略が取りまとめられ、
平成三十二年には
輸出額一兆円を前倒しで達成することがうたわれております。内向きだった
農業界、産業界を新しい発想へ導き、制度の改正を積極的に進めていると評価しております。
為替相場は不安定であります。今後も、あるときには
円高へ振れることがあるかもしれませんが、それを乗り越えるだけの制度的バックアップを期待したいと思っております。今回の法案の
一つである特定
農林水産物等の名称の保護制度は、そのための手段の
一つとして大いに期待しております。
介護食
分野などで、
国内マーケットを盛り上げる努力も進められております。それに加えて、海外の莫大な市場へのアクセスを切り開くことを怠ってはいけません。
もちろん、この取り組みによって、短い期間で劇的に変化するかどうかはわかりません。しかし、
一つ一つの品目での地道な取り組みを積み重ねていかなければ、
国内生産と海外市場を結びつけるという大きな潮流をつくることにはならないと思います。そのような制度的準備があって初めて
TPPを有効に活用できるのだと言えるでしょう。
最後です。繰り返しになりますが、
農業界と産業界の協働が今後の取り組みにとって大事であります。
ただ、食品産業の多くの企業は中小企業です。例えば、その
方々がどのように
輸出に取り組むのか。幸いにして、総合的な
TPP関連
政策大綱において新
輸出大国コンソーシアムという
政策が用意されていますが、この
枠組みを利用して中小企業の食品メーカーの皆さんが活躍できればと期待しております。
しかし、
輸出する食品の原材料が
輸入農産品では意味がありません。原料全てとは言いませんが、コアになる原料に国産
農産物を利用していただきたいと思っております。そのためには、食品メーカーにとって、
国内の
農業生産者が信頼できるパートナーに育つことが必須です。
輸出戦略のためにも、
国内農業の
強化があわせて行われなければなりません。
このような取り組みを進める中で、
食料自給率を
向上させること、世界に誇る和食文化を守り育て、そしてあわせて世界へ発信していくことが、
国民から評価されることではないかと考えております。
このように、
国民からの信頼、産業界からの信頼をかち得るような
対策を総合的に進めていただきたいということを最後に申し上げて、私の陳述を終わりにしたいと思います。
どうもありがとうございました。(拍手)