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小西洋之君
民主党・
新緑風会の
小西洋之です。
私は、
会派を代表して、ただいま
議題となりました
防衛省設置法等の一部を
改正する
法律案に対し、反対の立場から
討論をいたします。
本
法案については、これが
防衛省改革の一環として、
統合運用機能の
強化や
防衛装備品の調達の効率化など、その一部
改革の必要性などについては、
民主党としても政権与党時代に真摯な検討を行ってきたところであり、一定の理解をいたします。
しかし、本
法案には、
我が国の平和主義や、これまでの外交防衛の在り方を根底から覆す深刻かつ重大な問題が存在します。
その一つは、
防衛省設置法第十二条の
改正について、これが、
我が国のシビリアンコントロールの一翼を成すと理解されてきた
防衛省内部の事務官と自衛官の
関係、すなわち、いわゆる文官優位制、文官統制の法的な意味とその運用の実態を大きく変えるものになるのではないかという問題であります。
すなわち、近代以降の
我が国における国政上の最大の過ちであり、それを永久に阻止するための
規定である憲法第六十六条第二項の文民条項についての昭和四十年の政府
答弁にあるように、国政が武断政治に陥ることのないようにその危険を排除するというシビリアンコントロールの根本
趣旨が、
防衛省内部においてこの
改正法によって法的かつ運用面において損なわれ、それによって武断政治の萌芽とその増殖を許す危険を解き放つものではないかという問題でございます。
私は、自衛官が事務官に対し劣後する存在であるなどと主張しているのでは決してありません。しかし、唯一かつ最大最強の実力組織を担う自衛官が、
我が国の歴史的教訓を踏まえ、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることがないようにすることを決意しとある憲法前文の平和主義の法理にも照らして、どこの国よりも適切かつ強固なシビリアンコントロールに服していただくのは至極当然のことであります。そして、
自衛隊における徹底したシビリアンコントロールを
確保していかなければならないことは、昨今の政治情勢などに鑑みても明らかであります。
すなわち、二〇〇八年の田母神
航空幕僚長の専守防衛を否定する
発言などの事案、一部元幕僚幹部における歴代政府の憲法解釈と相矛盾するような憲法見解の表明など、自衛官自らの在り方が厳しく問われなければならない
状況があることは否定できないのであります。
また、さきの衆院憲法
審査会における自民党の推薦の
参考人であった長谷部教授の見解表明にあるように、違憲の解釈
変更や違憲の安保法制について、安倍内閣の閣僚は誰一人として安倍総理に苦言を呈せないのであります。こうした
状況では、
防衛省内部のシビリアンコントロールは防衛大臣だけで問題ないとする中谷大臣の
答弁は、主権者
国民も我々立法府も到底是認することはできないものであります。
さらには、安保法制が強行された暁には、どこでも、誰とでも、何でもできる、まさに、切れ目もないが、歯止めもなく、止めどもない
自衛隊の軍事力の行使が解禁されることになります。制服組の自衛官の役割は、これまでの正しい意味での専守防衛における任務から、次元を超えて拡大し深化することになります。
そうした中で、シビリアンコントロールの法理とその運用の実務を壊す危険を解き放つことは、武断政治の危険を徹底的に排除するという憲法の条項と平和主義の法理に照らし、誠にゆゆしき事態であります。
本法における第二の深刻、重大な問題は、昨年四月の、ずる抜けの武器
輸出を解禁する
防衛装備移転三原則が、
防衛装備庁の設置により、まさに国策として強力に
推進される
体制が整うことであります。
当然のことながら、武器
輸出三原則は憲法の平和主義の精神にのっとったものであるとの昭和五十六年の政府
答弁にもあるように、武器
輸出の問題は、憲法前文に定める、全世界の
国民の平和的生存権の保有の
確認等をうたった、
我が国の平和主義との厳然たる憲法問題であるとされてきました。
しかし、絶対に許されざることに、
防衛装備移転三原則を起草した国家安全保障局は、内閣法制局に対しこうした憲法の平和主義の
関係について何ら
審査を受けず、内閣法制局も何ら内閣法制局設置法に基づく
意見事務を行使していないことが
委員会の
質疑で明らかになったところです。
まさに、昨年の六月三十日に、七・一
閣議決定の最終案文のみを国家安全保障局が内閣法制局に提出し、翌日七月一日の午前中に電話で内閣法制局より、憲法問題を含め
意見なしとした解釈改憲と同様の、
我が国の法の支配をじゅうりんする暴挙が繰り広げられていたことが明らかになったわけであります。
こうした憲法違反の
防衛装備移転の
閣議決定やそれに基づく本
法案が直ちに撤回されなければならないことは、
我が国が法治国家であり、我が参議院が立法府であるならば至極当然のことであります。
最後に、この度の
防衛省設置法等の
改正は、現在、安倍政権が推し進める違憲立法である安保法制の動きと広くその精神を共通するものであります。すなわち、七・一
閣議決定にも昨年四月の
防衛装備移転三原則にも、積極的平和主義という文言はちりばめられていても、憲法前文の平和主義という文言は一つも入っておりません。七・一
閣議決定や安保法制
策定に至る与党協議の政府提出資料の中にも、平和主義についての法理としての文言はただの一言も存在しないことを政府は認めております。
民主党は、本年四月二十八日の党見解において、
日本国憲法の基本的理念である平和主義を貫くとするとともに、集団的自衛権行使の新三要件は便宜的、意図的であり、立憲主義に反した解釈
変更であるとして、七・一
閣議決定が違憲無効であると明確に断じています。
そして、その根拠として、解釈改憲の安倍総理の手口というべき、いわゆる昭和四十七年政府見解の恣意的な読替えが、同政府見解にある外国の武力攻撃という文言について、これが当然に
我が国に対する外国の武力攻撃としか読めないはずのものを、同盟国などに対する外国の武力攻撃と勝手に読み替えるなどにより、七・一
閣議決定に言う基本的な論理を導き出したものであると断じています。
すなわち、昭和四十七年政府見解には、その
作成当時から、限定的な集団的自衛権の行使が法理として含まれていたという安倍内閣の驚愕すべき主張は、その政府見解を
作成した当時の吉國内閣法制局長官が、その
作成の契機となった僅か三週間前の国会審議において、他国の防衛までをやるということは、憲法九条をいかに読んでも読み切れないと
答弁し、かつ、昭和四十七年政府見解及び新三要件にある、
国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという文言を戦後議会の歴史で初めてそのときに使用し、それを、他国への侵略が生じているだけでは、
日本国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されることはあり得ず、したがって、いかなる自衛の
措置も行うことはできないと、まさに集団的自衛権の行使を全否定する根拠として用いていることなどからも、完膚なきまでに否定されるのであります。
すなわち、昭和四十七年政府見解において限定的な集団的自衛権なるものは影も形も存在しないのであり、七・一
閣議決定の基本的な論理は違憲無効の捏造された論理であることは明らかなのであります。
加えて、我が参議院が昭和二十九年に可決した、
自衛隊の海外出動たる集団的自衛権の行使は許さない旨の本
会議決議の
趣旨説明において、憲法九条の、自衛とは
我が国が不当に侵略された場合に行う正当防衛行為であるとされ、かつ、将来において憲法の明文が拡張解釈される危険を一掃するとされていることからも、昭和四十七年当時の政府見解に限定的な集団的自衛権行使が含まれているという安倍内閣の主張は、我々立法府を否定する違憲無効の暴論であることは明々白々であります。
結びに、我が
民主党は、安倍内閣の解釈改憲及び安保法制の暴挙を断固阻止することを
国民の皆様にお誓い申し上げ、こうした一連の暴挙に依拠する本
法案に対する反対
討論とさせていただきます。
御清聴ありがとうございました。(
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