○小西洋之君 ちょっといろいろ今言われましたけれども、隣の自民党の筆頭理事である佐藤先生も本を出版されておりまして、「高校生にも読んでほしい
安全保障の授業」ということでございます。こちらは合憲でございます。私の本は、もうかざしませんけれども、違憲の本でございます。今
審議されている法案について、
憲法遵守擁護義務を負う国会議員が別々の見解を出しているということでございます。
国民の
皆さんも、この議会の
議論と併せて、是非この真実というものを知っていただきたいと思います。
では、質疑、追及へ移らせていただきます。
集団的自衛権の解釈変更を
安倍内閣は行っておりますけれども、実は、その解釈変更というのは
日本の
憲法の歴史で二回しかございません。
一つは、昭和四十年の六十六条の文民条項でございます。もう
一つは、昨年の七月一日、
憲法九条の解釈変更でございます。つまり、
憲法九条について解釈変更は一度しかない、これが
安倍内閣の見解でございます。
しかし、
安倍内閣の解釈改憲の主張を丁寧に読み解いてみると、実はもう
一つの解釈の変更、
一つしかないはずの九条の解釈の変更が二度行われていることが明らかになっております。つまり、解釈の変更ですから法的安定性で一番重要な問題ですけれども、その法的安定性がこっぱみじんにじゅうりんされている真っ黒な違憲状態が生じていることでございます。
フリップをお願いいたします。(
資料提示)
まず、
国民の皆様に、
安倍内閣が国会で主張している昨年の解釈変更というのはどういうことなのかということを簡単に御
説明を申します。
安倍内閣はこういうふうに言っています。
安倍内閣は、昨年の七月一日の閣議決定で初めて
憲法九条の上に
集団的自衛権の論理を作ったのではない、実は、昭和四十七年に作られた昭和四十七年
政府見解、今私の手元にあるものでございますけれども、この昭和四十七年
政府見解を四十二年ぶりに丁寧に読んでみたら、実はこの中に何と
集団的自衛権の論理が書いてあることを発見したというふうに言っております。
これを、今まで歴代内閣、そして国会の
議論は全て、
個別的自衛権のみが合憲だとされて、
集団的自衛権は違憲とされている文書だと理解していました。しかし、
安倍内閣は、
個別的自衛権の合憲を書くと同時に、限定的な
集団的自衛権も合憲と書いてある文書であるというふうに主張をしているわけでございます。
そして、その
集団的自衛権と
個別的自衛権を併せた九条の解釈を、正しい
憲法九条解釈の
基本的な論理、四十二年間誰も気付かずにひっそりとこの中にたたずんでいた、存在していたその
基本的な論理を見付けたと言っているわけでございます。その
基本的な論理を見付けて
集団的自衛権を合憲としたので、
基本的な論理に基づいているから解釈改憲ではないし、専守
防衛は変わらないし、平和主義も変わらないし、当然
憲法違反ではないという主張をしているわけでございます。
じゃ、このフリップで確認をさせていただきましょう。
まず、一行目ですけれども、昭和四十七年見解以前の話です。
我が国に対する武力
攻撃が発生する局面、それから、
国民を守るその
個別的自衛権ですね、旧三要件、それ以外は武力行使は一切できないとされていました。当然、
憲法誕生以来、四十七年見解以前に解釈の変更は一切ありません。
二行目です。四十七年見解を作成したときです。
安倍内閣はこういう理解です、先ほど申し上げました。限定的な
集団的自衛権行使をも許容する
基本的な論理がこの四十七年見解の中に書き込まれたというふうに主張しているわけでございます。ただ、その下の矢印は非常に重要です。ほかに限定的な
集団的自衛権を認めた
政府見解や国会答弁はこの前後に
一つもない。つまり、
安倍内閣はこれに寄りかかるしかない。この中に限定的
集団的自衛権がなければ、実はないんですけれども、全くないんですけれども、なければ、安保法制は根こそぎ倒れて、
安倍内閣は退陣するということでございます。
じゃ、七月一日の閣議決定はどういうことをしたかというと、今申し上げた四十七年見解の中に発見した
基本的な論理を新三要件という言葉で整理をして、それにホルムズ海峡の事例などを当てはめた。当てはめというのはどういうことかといいますと、限定的な
集団的自衛権の論理を初めて使用したということでございます。これについては解釈変更であるというふうに言っています。初めての解釈変更。これについては
安倍総理も
憲法解釈の一部変更であるというふうにおっしゃっております。
ただ、
国民の
皆さんと一緒にこのフリップをじっと眺めると、ある不思議なこと、
国民の
皆さんにとってはぞっとするような論理的な矛盾に気が付くわけであります。
安倍総理は、元々昭和四十七年
政府見解の中に存在した限定的な
集団的自衛権の論理を整理して使ったことをもって解釈の変更と言っております。しかし、元々ある論理をその内容を整理して使うことよりも、それ以前には存在しなかった、
憲法誕生以来、それ以前には存在しなかった、そして誰も認めていなかった限定的な
集団的自衛権の論理を初めて
政府が認めた、
安倍内閣はこう言っているんですね、昭和四十七年
政府見解。これを認めたこと、決定したことの方が
憲法的にははるかに重要なもののはずであります。しかも、これは国会に提出されたものです。
安倍総理に伺います。端的にお答えください。
七月一日の閣議決定は、昭和四十七年
政府見解にあった
基本的な論理を整理して使用しただけです。それでも解釈の変更だというふうにおっしゃっている。しかし、同時に
安倍内閣は、この昭和四十七年
政府見解の中には、今まで誰も認めていなかった、内閣も国会も認めていなかった限定的な
集団的自衛権が、作った人たちの頭の中にあってこれに書き込まれたというふうに国会で答弁をされています。作って使用したものは解釈の変更なのに、その論理を作ったこの昭和四十七年
政府見解が
憲法解釈の変更でない理由について端的に答弁ください。