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中嶋参考人 東京大学の
中嶋でございます。
本日は、このような
発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。
初めに申し上げておきますと、私は必ずしも
農協や
農業委員会制度の専門家ではございません。三月に
食料・
農業・農村基本計画が閣議決定されましたが、その基本計画の見直し作業にかかわった者として、このときの議論で前提としていた
日本の農と食の基本構造の変化と農政
改革が目指している方向性を踏まえて、
農協や
農業委員会など
農業団体にかかわる制度の再設計はどうあるべきかについて
意見を述べさせていただきたいと思います。
特に
政策の一体性、それから補完性を考えたとき、今回の一連の農政
改革など
農業団体の制度
改革は必要だと私は考えております。
なお、
農業団体における制度
改革においては、とりわけ実態、実務性に配慮した設計が求められることは言うまでもございません。この実態に即した詳しい制度設計に関する議論は、本日御参加のほかの専門家の皆様にお願いしようと考えております。
ただ、私自身は、フードシステムや
土地改良関係の研究を行ってまいりましたので、その観点から実態に即したお話ができるかもしれないと考えております。
まず、基本的論点でございます。
農業団体の制度を見直すに当たってのポイントは二つあると考えております。これはとりたてて目新しいことではございませんが、まず整理させていただきたいと思います。
第一に、
農業団体や
組織を立ち上げる上で前提としていた社会経済の
状況が大きく変化したということです。
戦後すぐに
組織化されたとき、第一に、戦後復興へ取り組むこと、第二に、人口増加、経済の高成長、急速な都市化など、膨張する社会におけるさまざまな課題の解決へ取り組むことが求められておりました。しかし、今や我が国は、人口減少、経済の成熟、都市化の停止など、かつての事態とは反対の
状況となっております。
第二に、
農業団体の基礎となる
農家の構造が分化し多重化していることです。
均質的な
農家群ではなく、意識や利害が多様化しているために、必ずしも全ての
農家が
農協に参加したいとは思わなくなっております。今般の農政
改革によって、
農業構造はさらに大きな変化が進むことは必至であり、このことは、
農業団体のあり方についてより一層の見直しを迫ることになると考えております。
以上に加えて、もう
一つ、経済活動を行う
農業団体、すなわち
農協のあり方を考える上で指摘しておきたいポイントは、いわゆるフードシステムの
現状と関係性です。
先ほど触れました人口減少、経済の成熟、都市化の停止は、我が国の農や食に大きな影響を与えております。さらに高齢化の進展もあり、一九九〇年代半ばを境にフードシステムは大きく変容してまいりました。金額ベースで見た国内の食
マーケットは縮小し、質的変化が起きております。食
マーケットは極度に成熟化する
時代になったと言えると思います。加えて、グローバル化がますます進んでいることも見逃せません。
このフードシステムの例を初めといたしまして、
食料、
農業、農村には新たに解決すべき課題が次々に発生しております。その課題解決をするためには、個々の
農家で対応することには限界があります。やはり、経済面の課題に取り組むには、
農業団体、
農協へ期待するところが大きいのです。
農業構造が大きく変わってきたといっても、数多くの
農家が
日本農業を構成するということには変更はございません。ただ、その
農家は、先ほど指摘しましたように、均質的なものではなく、多数の
土地所有者と限られた伸びゆく担い手とが共存する、いわゆるヘテロな構造へと変わっていることが取り組みを難しくしていると思っております。
そういった
状況の中で懸念されることは何か。それは、逆選択状態に陥るおそれがあるということです。これは、経済学における通常の
保険の議論で言う逆選択とは違うのですが、とにかくこのままでは、
農協に参加してもらいたい
農業者であればあるほど
農協に入ろうとしなくなるのではないかということが懸念されます。
これから本格化する人口減少社会において、
農業界が最も力を尽くさなければならないのは
人材確保だと思います。
農業経営はもちろんのこと、
農協組織に有力な
農業者を引きつけることが求められています。それらの
農業者が
農協に加入したからこそ
事業が伸長するようにする、そのような可能性を高める環境づくりを目指すべきだと思います。そのような
状況になることで、加入した
農業者も利益を得ますし、招き入れた
農協、つまり
組合員全体が利益を得るようなウイン・ウインの関係をつくり上げるべきではないでしょうか。
新たに招き入れた
農業者には、
地域農業の所得をふやす
事業の展開に力を尽くしてもらわなければいけません。その際に、
事業のポートフォリオの見直しが行われるはずでして、六次
産業化はそのための手段を用意してくれると大いに期待しております。
農協の
理事会には、
事業のポートフォリオをプランニングする機能を強化する必要がございます。この意思決定を確実なものにする上で、第七条の
改正には私は異論はございません。
これまでも、
認定農業者には
地域農業の将来を託していろいろなお仕事をお願いしてきました。ただ、負担だけを感じる
農業者も多かったのではないかと想像いたします。しかし、もし
農協理事として責任ある
立場で
地域農業の行方に関与できるならば、仕事の達成感も高く、みずからのビジネスの環境整備にもなるので、意欲を持って参画する強いインセンティブを持たせることができるのではないかと予想しております。
新たな基本計画で
政策を進めていくならば、これまで以上に担い手に
地域農業を任せていくことになります。
地域農業の運営の責任者としての意識を高めていただき、
地域農業の活動にコミットしてもらうこと、そして、それが当事者の利益にもつながるようにすることが重要だと思います。そのための話し合いの場が必要ですし、若い
農業者であれば、改めて研さんを積む場に招き入れる工夫が求められております。
農業委員会改革において、
農業委員の過半を
認定農業者にすることも、
地域農業の活動にコミットしてもらうために重要な仕掛けになると考えております。
なお、ビジネスの効率性を上げるためには、実質的に利用高に基づいた
発言権の付与も考慮すべきこともあるかと思いますが、ただ、民主制に基づいた意思決定のあり方も維持しておく必要があると思います。
ビジネスが栄えて農村が荒廃するのは困ります。持続的
事業、持続的社会を維持発展させていくためにも、多様な
意見を内部に保持し、それを意思決定に反映させる仕組みが求められていると思います。
事業面で健全な活動が続くこと、社会生活が安定すること、自然環境を保全することは、持続的
地域社会を構築する上でそれぞれが必要条件であり、それらが全て満たされることで必要十分な条件が整うのではないかと思っております。
実は、私は昨年、
農業の担い手に対する
経営安定のための交付金の交付に関する法律の一部を
改正する
法律案などの審議において、担い手支援と資源、環境保全のあり方について
意見を
参考人として陳述いたしました。その際に、今般の農政
改革において、
日本型
農業モデルは維持すべきだと考えていますと申し上げました。
この
日本型モデルとは、過去の高い人口圧力のもとにおいて歴史的に展開したものであり、限られた
農地を前提に
食料の安定
供給を実現するため、
農業、農村ストックの共同の維持管理システムが構築されたというものでございます。そして、人口稠密な農村において生活と
生産が密接に関連しているために、環境破壊を起こさない
生産スタイルを心がけてくるという特徴がございました。私は、これが美しい農村を生み出す社会機構になっていると考えております。
この
日本型モデルを維持する上で、これまでの農村における意思決定のあり方が大きく貢献したことは間違いありませんが、しかし、経済的に持続しなければ元も子もございません。
議論が行きつ戻りつしてしまって恐縮でございますが、このようなバランスを考えた運営が重要であり、ビジネス志向的な協同組合に脱皮することは、そのことを実現するために適当な
組織になるのではないかと期待しております。
あと、フードシステムの視点からの
意見を申し上げます。
人口増加、経済成長、都市化が進み、食の
マーケットが拡大した
時代、これは先ほど申し上げましたが、そのときに
農協モデルは有効に機能したと考えております。しかし、その成功体験は通用しなくなっていることは
農協自身が強く意識していると思います。
現代のフードシステムでは、川下部門の小売や
外食などの取引相手がチェーン化していることもあって、取引するには一定
程度の
組織としての
規模が必要です。それは、県レベルの
規模であったり、市町村の広域連携レベルの
規模であったりして、品目によってさまざまです。そこには、
規模の経済を発揮することが求められています。
農協の広域合併は、かつて信用
事業での理由から進められましたが、今や経済
事業においても求められていると思っております。
現代のフードシステムにおいて、食ビジネスは熾烈をきわめております。その中にあって、
地域が
事業を進める上でのブランド力を維持することは、競争を勝ち抜く上で極めて重要です。ブランドを磨き上げるためには、個々の
事業者による
地域内の健全な競争が必要なことは言うまでもありません。しかし、
地域内で関係者が一致協力して一定
程度の
規模にまとまることも、現代のフードシステムで交渉力を持つためには必要となっております。
地域内の
事業者が相反する動きをして、ブランド形成の面で混乱するような事態になるならば、
マーケットに対して間違ったシグナルを発信することになります。そのときに、本来は、ブランド形成の調整役として、
農協組織が最も適切な役割を果たすポジションにあることは認識すべきであります。有力な
生産者との戦略的な連携が必要なときもあると思っております。
ただし、常に
組織が大きくなることで発生する非
効率化へ注意を払うべきであります。PDCAサイクルに基づく
組織内部の改善活動を伴わないのであれば、大
組織になったときの弊害も生まれてしまうことに留意すべきであり、緊張関係を維持しながらの切磋琢磨は絶対に必要だと思っております。
組織としてのまとまりは、今後の輸出を考える上でも重要なポイントです。現在、個別の
農業者が試行的に輸出に挑戦しております。その取り組みを妨げるべきではないと思っておりますが、国が目指す輸出目標を達成するためにも
地域としてまとまっていくべきです。協同組合を利用してこの活動を拡大する上でも、今回の
改革は有効だと思っております。安全、安心な
農産物を
生産、
販売するためにも、高度な技術を導入し、
組織的に保証していくことが求められております。そういった点に関して、
農協は積極的に取り組むべきであると思います。こういった圏域を超えた活動の展開については、
中央会や連合会が
政策面、ビジネス面からサポートしていくことが望まれます。
先ほど指摘しましたとおり、我が国の食は極めて成熟したものとなっております。それがゆえに、大産地による大量
生産とは違う、少量多品目の
生産、そういったビジネスにも注目が集まっております。先ほど
規模の経済の有用性を指摘したことと矛盾するように思われるかもしれません。しかし、これは事実です。
量販店を
中心にした大量
生産、
販売がある一方で、直売所や宅配便販路もございます。このようなフードシステムの二重構造が形成されていることも現代の特徴となっています。こういったことは、中山間
地域の
農業者にとっても
経営を持続していける可能性を高めるということになります。
しかし、これを実際の
消費者に届けるためには相当な工夫が必要であり、少量多品目であるために、かなりの手間と
コストがかかることは御案内のとおりです。
そのサポートを
農協がもっとできないか。そのためには、数段上の経済
事業の底力をつけなければならないと思っております。このような
事業を伸ばしていくための知恵を出す
経営者が求められています。
食の
マーケットが変化するスピードはますます速くなっていて、機敏に差別化を進めるためには、小回りのきかない
組織ではかえって障害になることも懸念されます。
日進月歩で進化すると言っても過言ではないフードシステムに、
農業者がどのようにつき合っていくべきか。これは大きな課題でございますが、こういった課題の解決のために
農協が果たすべき役割は大きいと思っております。
しかし、そのためには、
農業、農村、そして
農協においても継続的なイノベーションが求められます。意思決定と行動の面において、柔軟でしなやかな
組織が求められていますが、それを実現する上での運用面での配慮が特に重要になってくると思います。
終わりとして、
地域サービスと
農協の問題に簡単に触れます。
農協に期待される
地域サービスは
現実に存在します。
農業者の
生産経済行為をサポートすることが、おのずと
地域サービスの充実につながるかどうかは、
地域の実情によって異なっていると言ってよいと思います。かつてのように、
地域住民全員が実質的な
組合員であった
時代には、当然そのような相乗効果が見られました。しかし、
農家階層は多重構造となり、非
農家の割合がふえた農村では事態は変化しております。
このような
状況において、活動の原則を明確にしないと
組織としての持続性を
確保できないおそれがございます。
地域組合的運営を重視するならば、例えば生協型の
地域ぐるみの活動に衣がえした方が効果的な場合もあるかもしれません。また、
地域の生協との連携を強化することも考えられます。
一方で、
組合員を超えた経済活動を進めるならば、
株式会社への転換もできるというのが今回の
改正案だと思っています。
どっちつかずとならないようにしながら、
地域の経済活動は
株式会社と生協との中間に位置づけられる
組織として、多様な
生産者を協同組合の理念のもとに結びつける新たな機能主義的な
農協組織に再編しなければ、現在の
農業、農村を強力にサポートする
組織とはなり得ないのではないかと思っております。
最後に、繰り返しになりますが、
農協が担い手
農家に選ばれずに利用率が下がるかもしれないことが重大な問題であります。もう
一つ気をつけなければならないのは、
組織構成が高齢世代に偏っていて、その世代がリタイアしたときに次世代が
農協を選ばなくなることが懸念されます。まだ実現していないことなので、このことへの懸念はもちろん想像の域を出ませんが、かなり注意が必要だと思っております。
現世代にも、次世代にも、そして新規参入者にも選ばれる
農協となることが今日の
改正のポイントではないかということを最後に指摘いたしまして、私の陳述を終えたいと思います。
どうもありがとうございました。(拍手)