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参考人(
只野雅人君)
只野でございます。
本日はお招きいただきまして、また発言の機会をいただきましたこと、感謝申し上げます。
この間、中央省庁
改革を始め様々な
改革が行われてまいりました。それは
統治機構全体、あるいは場合によりますと
憲法の機能にも随分大きな
影響を及ぼしてきたように思います。私、
憲法学を専門にしておりまして、特に
統治機構を専門にしておりますので、いろいろな関心を持ってきたところでございますけれども、中央省庁
改革というのが
統治機構全体に
影響を及ぼしてきたということからしますと、恐らく
内閣や
行政機関ということだけではなくて国会の役割を含めて
議論する必要があるのではないかということもかねがね感じてきたところでございます。今日の大きなテーマからはやや外れるところはございますけれども、その中で国会が担うべき役割といった視点からの今日は主に
お話をさせていただければというふうに思います。
この中央省庁
改革の
基本線を提示いたしましたのが、御承知のように九〇年代末にできました行革会議の最終報告でございます。
報告書を改めて読んでみますと、レジュメにも挙げましたように、様々な視点が提示されておりまして、それに基づきまして官邸や
内閣機能を
強化する、あるいは中央省庁の大くくりの再編成を行う等々、様々な
改革が提案されておりまして、これに基づいて
制度が変わってきたと、こういうところがあろうかと思います。
中でも特に
憲法学の視点から重要かなというふうに思いますのが、
内閣それから首相の役割、そしてその補佐機構の
強化と、こういった点であろうかというふうに思います。
特に注目したいというふうに思いますのがレジュメにも挙げました一節でございまして、これはよく知られたものでございますが、「
内閣が、
日本国憲法上「国務を総理する」という高度の
統治・
政治作用、すなわち、
行政各部からの情報を考慮した上での
国家の総合的・戦略的
方向付けを行うべき地位にあることを重く受け止め、
内閣機能の
強化を図る必要がある。」と、こういう一節でございます。
一言でくくりますと、強い中心をどうつくっていくのかと。必要があれば
スリム化なども組み合わせながら、それをどういうふうに
組織していくのかということが強く意識されている。更に言いますと、
憲法との
関係も意識されているということであったかと思いますが、実は
報告書を読みますと、もう
一つ別の視点も提示されております。抑制と均衡といいましょうか、強い中心をつくる一方で、それに対するバランスをどう取っていくのか、こういう話であったように思います。
具体的にその
報告書の中に出ておりますのが
地方分権、それから国会のチェック機能の一層の充実、それから
司法制度改革と、こういうことでございますが、本日は特にその二番目ですね、国会のチェック機能について、通常、
憲法学なんかで用いられる用語ですと
統制ということになろうかと思いますが、その辺りについて少し
お話をさせていただければなというふうに思っております。
内閣機能なり首相の指導性を強めるということになりますと、当然、その基盤をどうつくり込んでいくのか、とりわけ正統性をどう調達するのかということが大きな
課題になってまいります。この点では、御承知かと思いますが、何といいましょうか、
議院内閣制の直接民主政的運用あるいは
政権選択の論理といったものが重視されてきたように思います。つまり、国民が
内閣や首相あるいは
政策を選択するという機能が非常に強調される。それを踏まえた上で、言わば
政治の中心に
内閣を位置付けて、
内閣が
官僚を
統制していくのだ、使いこなしていくのだと、こういう図式がこの間非常に強調されてまいりました。これは
一つ踏まえておくべき点であろうというふうに思います。
これは、どちらかといいますと、
統治の正統性、ガバメントの問題でございますけれども、しかし当然、それだけで十分かという問題はあるわけでございます。特に最近、
日本でも、あるいは諸外国を見ましても、ガバメントの正統性ということだけではなくてガバメントの質といいましょうか、ガバメントから生み出されてくるアウトプットの質というものが非常に強く問われているような気がいたします。実は、この点でも国会が果たすべき役割というのがあるのではないかというのを少し後ほどまた
お話をしてみたいというふうに思います。
以上のような
改革を
憲法学がどう受け止めてきたかということでございますが、様々な受け止め方がございますけれども、ある有力な学説が主張いたしましたのが、従来
憲法学が描いてきた
統治イメージを転換する必要があるのではないかと、こういうことでありました。従来の説明ですと、国会が
立法を担って
内閣や
行政がそれを
執行すると、こういう形で説明がされてきましたけれども、むしろ
内閣自体が
政治を担っている、
内閣自体が言わばアクションを起こすと、こういった位置付けであって、むしろ国会の役割というのは、それを
コントロールするということに重点を置くべきではないかと、こういう図式が一部では提示されてまいりました。
政治の中心に国民の支持を受けた
内閣を位置付ける、あるいは首相を位置付ける。そして、その
政治、
内閣を中心とした、あるいは首相を中心とした
政治が強いリーダーシップを発揮して官を
統制する、あるいは官を使いこなしていく、一方では国会がそれを
統制すると、こういうイメージが有力な学説によって提示されてきたところでございます。
また、いま
一つ、従来、漠然と
行政というような言葉が使われてまいりましたけれども、さきの
報告書にもありますように、その中には専門合理性に支えられたような
行政のほかに、ある種の
政治的、
統治的な機能があるのではないかということも指摘されてまいりました。これが先ほどの
報告書と重なるような話になってくるかと思います。ただ、実際に
政治と
行政を仕分する、特に機能的な面から分けるというのは非常に難しいところがございます。そこで、
政治は
選挙の基盤を持った勢力が担う、それ以外の部分を
官僚機構が担うと、こういう発想で実際の運用がなされてきたのかなというふうな受け止め方をしているところでございます。
ところが、
憲法との
関係で申しますと、やはりこうした説明には少し問題もあったのではないかというのも感じております。
これは、特にこの間のねじれを通じて御承知のとおり明らかになったところでございまして、従来は
内閣は国会の信任を受けるということが強調されておりましたが、先ほどの構図では、国民が特に
衆議院議員の多数の選出を通じて
内閣を選ぶと、こういう視点が強調されてまいりました。
モデルになったのは御承知のように
イギリスでございますが、
イギリスの場合には第二院は貴族院でございますので、それでも支障はないのですが、
日本の場合、
選挙された非常に強い
権限を持った第二院が
憲法上配置されているということが当初十分認識されていなかったような印象を受けます。そこで、その後、ねじれといったふうな現象が出てまいりますと、なかなか当初想定されたような形で
内閣なり首相主導の体制が機能しないと、こういう問題が出てまいりました。
私自身は、
衆議院だけではなくて参議院も視野に入れた上での
政権形成というものを考えるのがよいであろうというふうに考えておりますが、これはちょっと今回のテーマを外れますので、ここでは深入りしないことにいたします。
いま
一つ、ここまでの
お話で少し気になったところを付け加えますと、
政治主導、
政治の優位ということがこの間非常に強調されてまいりました。その中心は
内閣であり、首相であったわけですが、それを支えるのが先ほど
お話をした
政権交代、こういう論理であったわけです。
ただ、やはりそこですごく気になりますのが、
政治というものが非常に過度に単純化されて捉えられてきたのではないかと、こういうことでございます。これは、国民に選択をしてもらうという契機を強調しますとどうしても仕方がない部分もあるのですけれども、
政治という営みが持っている複雑な部分というものが十分に認識されずに、単純化されたところだけが強調され過ぎた嫌いがあるのではないかと、こんな感じがいたします。
さっきもちょっと申しましたように、
政治と
行政を区分するというのは実際非常に難しいところがございます。それから、
政治と
行政にはそれぞれ違った役割が期待されているところもございます。その
政治と専門性や
中立性をどう突き合わせるのかと、あるいは、国会が例えば
統制というような役割を担うとすると、そこにどう向き合うのかということがやはり改めて
課題として問われているような感じがいたします。
考えるべき
課題はいろいろあるのですけれども、先ほどちょっと御紹介しました行革会議の
報告書にもありますとおり、
内閣機能を
強化する、あるいは首相の指導性を
強化するということと本来セットで論じられるべき点であった国会の
統制機能をどう考えるのかという問題について、最後に一言だけ
お話をさせていただきたいというふうに思います。
この国会の
統制機能というものは、実は
憲法上はっきりと書かれているわけではございません。ただ、これはいろいろな
条文の中に分けて規定されていると、言わば無名の
権限と言うのが適切かどうか分かりませんが、そういったものであろうというふうに思います。
さきに
行政の中に
政治的な部分とそうでない部分があるというふうな
お話をいたしましたけれども、恐らく国会による
統制というのを考えます場合、
内閣が担っている
政治的な部分だけではなくて、
行政機構に対する
統制というのもやはり併せて考えていく必要があるであろうと、こういう感じがするわけです。
ただ、その
統制を考えます場合、
一つ非常に難しい問題として出てまいりますのが、
議院内閣制の下では多数党が
内閣を
組織するということでございまして、そうなりますと、どうしても多数派対少数派といいましょうか、
日本風に言いますと
与党対野党という構図が前面に出てまいります。諸外国では少数派の
権限を
強化するというような
議論もされてはいますけれども、やはり主としては、恐らく野党を担い手とするであろう
統制機能が十分に機能しないと、こういう構造的な問題があるわけです。その辺りも含めました上で、国会の役割というのを改めて考えてみたいというふうに思います。
一つちょっと手掛かりにしてみたいなと思いますのが、フランス
憲法に置かれています
条文でございまして、実はこれは二〇〇八年に
改正があって新しく付けられたもので、言わば国会のミッションを定義すると、こういう規定でございます。
一つは
法律の議決、二番目が
政府の行為の
統制、それから三番目に公共
政策についての評価というちょっと新しい機能が付け加わっております。この三番目というのは、広い
意味では
統制の中に含まれるものですけれども、やはりちょっと伝統的な
統制には収まり切れない部分を持っているということでこのような規定になっているのではないかなというふうに思います。
この三つに即して最後にちょっとまとめとして
お話をさせていただきますと、
統制という話をずっとしてまいりましたけれど、併せてやはりもう
一つ確認すべきは、国会が
立法機能を持っている、
法律を議決する
権限を持っているということであろうと思います。
重要な
政策を実施しようとしますと、やはり
法律という経路を取らざるを得ないということでございます。もちろん、議決の部分ではどうしても多数が有利になると、多数派優位になるということになりますけれども、特に注目したいというふうに思いますのが、その議決に至るまでのプロセス、とりわけその審議のプロセスでございます。
先ほど参議院のプレゼンスというような
お話をいたしましたけれども、本来、二院制の
立法過程を考えます上で非常に重要になりますのが、両院の間で法案が往復していく過程でその修正が図られたり、
立法の質が高められたりするということでございまして、よくシャトルシステムとかナベットと、こういうふうに呼ばれるものでございます。従来の国会審議拝見していますと、やはりその部分が十分意識されていなかったのではないかという感じがいたします。
それからもう
一つは、審議の中で様々な質問等が行われることになります。例えば、答弁の中で、
法律の運用や解釈について重要な答弁が行われたり、あるいは法文の
意味を限定するような答弁が行われたりというようなこともございます。これは
統制というふうに見ることもできますが、やはり
立法の中にも
行政の
在り方を縛るような重要な視点を盛り込むことができる、そういう契機になるのではないかと、こんな感じがしております。
それから最後に、先ほどちょっとフランスの話をさせていただいたのですが、なぜわざわざ評価ということが付け加わっているのかという、その背景について少し考えてみたいと思いますが、大きくは
二つの理由があるのだろうというふうに私自身は思っております。
一つは、どうしても
議院内閣制の場合、多数派対少数派と、で、多数派の優位という構図が前面に出てしまいますが、そうなりますとなかなか
統制がうまく機能しないと。しかし、評価というようなことについて言えば、やはり
与野党が協力して行える部分が随分あるのではないか、従来の
統制とは違った形で国会が果たすべき役割というのがそこから生まれてくるのではないかと。多分こういう意識があるのではないかというふうに考えております。
いま
一つが、さきにも少し申しましたが、ガバメントというよりはそのガバメントの質の問題、やっぱりガバナンスの問題ですね。これをどう担保していくのかということが今日いろんな
意味で問われております。こういう話をしますと、どうしても専門合理性を持った
機関が重要だという話になるのですけれども、しかし、その専門合理性というのも、実はよく考えてみますと、いろいろな特殊利益と結び付いているところがございます。ですから、それを評価するということになりますと、やはり
政治の役割というものが求められてくるところがあるのではないか、とりわけ議会、国会の役割というのが必要になってくるところがあるのではないかと、そういう中から評価というふうなものが出てきたのかなというふうに考えているところでございます。
時間も参りましたので、話はこのぐらいにさせていただきまして、足りない部分は後の質疑の中で補わせていただければと思います。
どうもありがとうございました。