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西田委員 ありがとうございます。
いま一度申し上げます。
水俣病特措法の原則というのは三つでございます。認定患者に対する確実な補償、救済を受けるべき人々のあたう限りの救済、関係
事業者の費用負担についての責任と地域
経済への貢献。この
水俣病特措法の原則、そして、それによって定められた枠組みをしっかりと維持しながら、解決に向けて、引き続き
政府も、そしてまた立法も
努力をしていく必要があるというふうに申し上げて、環境省への質問は終わりにさせていただきたいと思います。
ぜひ、
委員の皆様におかれましては、御
審議のほどよろしくお願い申し上げる次第でございます。
さて、
会社法の質問に入らせていただきたいと思います。
前回の質問では、中間取りまとめに寄せられました
意見を中心に取り上げさせていただきました。経産省からも答弁をいただいたわけでございますけれ
ども、前回も御紹介したとおり、
改正案の
中身とはまるっきり真逆の
意見が述べられたりしていたわけでございますけれ
ども、その後のいろいろな議論の中で、今や何のしこりもなく今回の
改正を受け入れていらっしゃるということでございました。経産省だけでなく、そのほかにもさまざまな業界団体や個人の方からも本当に多様な
意見が寄せられておりました。
今回の
会社法改正は、その
趣旨にあるとおり、グローバルな環境の中で、いかに外からの評価を高めていくべきなのか、あるいは、
コーポレートガバナンスをいかにして強化していくのか、そういった
観点もありながら、一方で、我が国独自の
企業文化と申しますか風土、そういったものも尊重しながらきちんと評価していこうと。いろいろな考え方がある中で、足したり引いたり、たまにはバランスをとったり、
意見の対立を何とかまとめて
一つの
改正案につくり上げてこられたんだろうなというふうに思います。
実際、その後の
参考人の先生方のいろいろな御
意見もお聞きしながら、大変勉強もさせていただきました。エステーの
委員会設置
会社、その
仕組みの使い方、なるほどなと思いました。創業家をいかにして守っていくかという
意味では、
委員会設置
会社のあの
仕組みというのは非常に有効なんだなということも思いましたし、そういったさまざまな
企業経営、そして、
企業の形態に対する選択肢が
準備されているということの大事さが非常によく
理解できたわけでございます。
大臣が
企業経営はないとおっしゃいましたけれ
ども、私もあるわけでもございませんし、
大臣のように私は
法律家ではございませんから、どうしても突っ込んだ質問ができているのかといったところでは自信がないわけでございますけれ
ども、それでも、私が尊敬するハイエク先生が言うように、選択の多様性こそが未知の可能性を切り開くことができる、これはもう何にでも当てはまることでございまして、やはりさまざまな
企業形態そして業態がある中で選択の多様性を狭めるものであってはいけない、しかし一方で、
会社法というインフラを一定の目標に向かってきちんと整えていく、そういったバランスに立った
会社法改正ではなかろうかといったことで、評価できるものだというふうな印象を受けたところでございます。
さて、
コーポレートガバナンスの強化ということですけれ
ども、きょうも議論になっているのが、いわゆる
会社法というインフラを整備するけれ
ども、
実効性が果たして担保できるのかといったところに対する質問が集中しているやに感じます。
これはもう
会社法とか分野に限らずでございますけれ
ども、
仕組みだけ変えても、確かに
実効性が担保できるかといったときには疑問が生じるものでございます。よく言われるのは、
仕組みを変えるのであれば、あわせてやり方を変えなければならない。
仕組みだけ変えても物事は変わらない。
仕組みを変えたときには、あわせてやり方を変えるべきだ。まさしくこれこそが
実効性といったことを考えるときに大事なのではなかろうかというふうに思います。
そこで、きょうは一点、
取締役会における
監督というのは一体どういうことなんだろうかということについてお伺いをしていきたいというふうに思うわけでございます。三百六十二条の第二項でございます。
取締役会は
取締役の職務執行の
監督をするというふうに定められているわけでございます。
ただ、この
監督ということになったときに、よく使う
日本語でございますから、さっと流してしまいがちなのでございますけれ
ども、この
法律でも
監督とは一体何なのかという定義が実は明確になされているわけでもなくて、あるいは、何か例示の
規定があれば印象も固めやすいのでございますが、ただ
監督とだけ書かれているわけです。
コーポレートガバナンスの強化の議論とかになってきますと、この
監督というのは、
取締役会が
取締役を牽制していく、何か対立的な概念のように捉えられて議論が進められているような気がするわけでございます。例えば、執行と
監督の分離をもっとすべきだとかの議論もそうですし、
社外取締役の議論のときもそうですけれ
ども、どうもこの
監督という
意味、果たして本当に
取締役会と
取締役の間柄というのは対立関係にあるものなのだろうかといったことについて、余りすっと落ちてこない部分があるわけでございます。
例えば、三百六十二条第二項第一号では、
取締役会は業務の執行を決定するとあるわけでございます。そして第二項第二号で、
監督をするというふうにあるわけでございますけれ
ども、実態で見ると、本当に何か問題が生じたときに、
取締役会として
監督をしていなければいけないんでしょうけれ
ども、では、その生じた問題の原因がどこにあるのかといったときに、執行に問題があるということも当然あろうかと思いますけれ
ども、一方で、
取締役会の決定に問題があったんじゃないかということだってあろうかというふうに思うわけでございます。ですから、そういったことを考えれば、
取締役会と
取締役というのは、それぞれやはりフラットな関係というふうに受けとめる方がすっと落ちてくるわけでございます。
例えば、業務を執行する
取締役が、いや、これはやるべきじゃないと思って主張したけれ
ども、
取締役会としてはやるということで決定した、結果失敗しちゃった、こういったときに、では、
取締役会の
監督というのは一体何なんだろうか、そういったこともあるわけでございます。
一方で、そもそも
取締役会というのは何ぞやといったときに、
取締役で構成されるわけですから、ちょっと抽象的な表現になるかもしれませんけれ
ども、構成員全員で構成される集合体が構成員それぞれを牽制していくという状態が果たして自然なのかというと、そうでもないと思うんです。特に、業務執行をする
取締役同士が会ったときに、日ごろから牽制し合うというのが実態的に自然かといえば、そうではないと思うんですね。
他の
取締役の領域にいつも目を光らせて、ひっかき回さなきゃいけないような
状況は決していいとも思えませんし、逆に、それをしなかったら今度は任務懈怠だとか言われるのでは、これはまた違うと思います。ですから、やはり
監督というのは、単に牽制とかいう
意味合いには考えにくいというふうに思うわけでございます。
それで、いろいろ勉強しておると、先日
参考人でお越しいただいた神田先生の資料にありましたけれ
ども、
監督は何ぞやといったことは誰も答えがまだ出せていないもので、一方でまた、言葉で定義すれば済むという話でもないんだ、実は
監督をどう捉えるのかというのは物すごく大きな問題であるんだなということもわかったわけでございます。
ですから、今後の
実効性といったことを考えてみたときに、もう一度やり方を考えなきゃいけない、では
監督のあり方というのは何なんだろうかといったことをやはりもう一度考えてみる機会ではなかろうかというふうにも感じたわけでございます。
そこで、
大臣にお伺いしたいと思います。この
監督というのは一体何ぞやといったことに対して、
大臣のお答えをお聞かせいただきたいと思います。