○百
地参考人 日本大学の百地でございます。
本日は、
憲法審査会にお招きいただき、大変光栄に存じます。
私は、
憲法改正手続法の
改正案のうち、
国民投票運動と公務員の組織的運動の規制の問題につきまして
意見を述べさせていただきます。お手元にかなり詳しいレジュメを用意いたしましたので、ごらんいただきましたら幸いです。
初めに、
憲法改正手続法の改正と公正なルールづくりの必要性について
お話し申し上げます。
平成十九年に
憲法改正手続法が制定されましてことしで七年になりますが、いわゆる
三つの宿題のうち、
投票年齢及び公務員の
投票運動につきましてようやく
改正案がまとまろうとしています。このことは大いに歓迎したいと思います。そして、これによって、今後、
憲法改正に向けた審議が加速することを期待している次第です。
とはいうものの、
三つの宿題は、
附則に明記されていましたとおり、同法が
施行されるまでの間に、つまり平成二十二年までに解決すべきものでした。その宿題にいつまでもこだわり、
憲法改正に着手する
機会が先延ばしされることになったのは大変遺憾に思います。
この点、今回の
改正案では、公務員の組織的運動の規制のあり方については、
改正法の
施行後速やかに検討を加え、必要な
法制上の
措置を講ずることになっています。したがいまして、今度こそ、速やかに公務員の組織的運動を規制するための法整備に着手していただきたいと念願しております。
言うまでもなく、
憲法改正は我が国の将来を左右する重大な
国家的事業であり、その
改正手続につきましては、公正な上にも公正なルールづくりが必要です。
憲法改正の
手続は、スポーツなどのルールづくりとは本質的に異なると思われます。なぜなら、スポーツのルールであれば、もし問題があったとしても、つくり直せばそれで済みます。しかし、
憲法改正手続となりますと、失敗は許されず、もし失敗したら重大な
国家的損失を招き、取り返しがつかなくなるからであります。
この点、公務員の組織的運動の規制のあり方は、公正なルールづくりを考える上で極めて重要な意味を持つと思われます。それゆえ、予想されるさまざまな事態を十分に想定した上で、法整備を行っていただきたいと思います。
次に、
国民投票運動と公務員の組織的運動の規制について
お話し申し上げます。
第一に、
国民投票運動のあり方ですが、これにつきましては、
国民投票運動は、
選挙運動と異なり、原則として自由とすべきであって、制約は最小限度に抑えるべしという見解があります。その根拠は以下のとおりです。
すなわち、一、
憲法改正の
国民投票は、主権者国民による主権の行使であって、
選挙権の行使とは異なる。二、
憲法改正は国の将来にかかわる重大な問題であり、可能な限り多くの国民が運動に
参加し、自由に
意見を表明すべきである。三、規制は自由な
意見の表明を萎縮させる。
しかしながら、このような見解は疑問です。
というのは、確かに、
憲法改正は、国民が直接、主権を行使する唯一の
機会ですが、主権の行使といいましても、
憲法制定権力の行使とは異なるからです。すなわち、新たに
国家を建設する際や革命後の混乱の中で
憲法制定権力という裸の権力を自由に行使し、新
憲法を制定する場合と、
憲法典の定めるところに従って
憲法改正権を行使する場合とでは、当然、行使のあり方も異なります。
それゆえ、
憲法改正のための
国民投票運動におきましては、
意見表明の自由を保障するとともに、
政治的混乱を回避し、
国民投票運動の公正性を維持することが
憲法上要請されますから、
国民投票運動は原則として自由であるべきだなどといった主張は疑問です。
また、一、二週間という短期間の
選挙運動と異なり、
国民投票運動は二カ月から最長半年もの長期間にわたりますから、運動を原則として自由とした場合、どのような
政治的、
社会的混乱が生ずるか予想がつきません。それゆえ、そのような混乱を未然に防止し、
国民投票運動の公正性を維持するためには、原則として
公職選挙法に準じた規制を考えるのが自然ではないでしょうか。
さらに、一般論として言えば、規制は自由な
意見の表明を萎縮させることも考えられます。しかし、地方公務員や教員らによる違法な
政治活動、
選挙活動が公然と行われている状態の中で、わざわざ公務員に萎縮効果を与えることとならないように配慮をなどと言えば、誤解を招くだけでなく、現在の違法な
政治活動まで正当化されかねないでしょう。したがって、
国民投票運動は原則として自由にすべきだなどといった
意見には反対です。
第二に、公務員の
国民投票運動ですが、これにつきましても、
選挙運動と
憲法改正のための
国民投票運動とは異なりますから、公務員にも自由な
国民投票運動を認めるべきであるとする見解があります。しかしながら、これも疑問です。というのは、公務員につきましても個人としての
意見表明の自由は保障されるべきですが、組織的な勧誘運動等の組織的
活動については規制すべきだからです。
まず、国民の自由な言論を保障することと、公務員や教員まで巻き込んだ
国民投票運動を認めることは別問題です。というのは、
憲法改正は、文字どおり、直接国の命運を左右するものであり、
国民投票運動は、
選挙運動と比較して、はるかに高度な
政治性を有するからです。この極めて
政治性の高い
国民投票運動に、
国家公務員法や地方公務員法で
政治的行為が厳格に制限され、全体の奉仕者として行政の
政治的中立性を確保すべき公務員や教員を自由に
参加させるというのは、明らかに矛盾していると思います。
また、公務員の
政治的
活動の制限につきましては、最高裁大法廷が昭和四十九年の猿払事件判決の中で、行政の中立的運営を確保し、国民の信頼を維持するためのもので、合憲であると判示しています。判決は、
政治的行為の禁止は、
意見表明そのものの制約が目的ではなく、あくまで行動のもたらす弊害を防止することにあり、その意味で、間接的、付随的制約にとどまると
説明しています。
したがって、公務員や教員にも当然、
意見表明の自由は認められなければなりませんが、全体の奉仕者としての立場や公務員、教員としての地位の特殊性などに鑑み、
国民投票運動のもたらす弊害を防止するため、その組織的、党派的運動に制約が加えられることは、最高裁判決に照らしても当然であると思われます。
さらに、もし、
選挙運動以上に高度な
政治性を有する
憲法改正のための
国民投票運動に、
政治的、教育的に中立であるべき公務員や教員が自由にかつ組織的に
参加することになれば、行政や教育の中立性は侵害され、行政や教育に対する国民の信頼は著しく失墜することになるでしょう。
実際、公務員や教員の組織的な
国民投票運動が自由とされれば、労働組合や教職員組合等の指令のもと、全国の都道府県庁や市役所、町役場、さらには校舎に
憲法改正反対の垂れ幕やポスターが氾濫したり、あるいは、県庁や市庁舎前、さらに学校の前等で公務員や教員が連日にわたって改憲阻止のビラ配りをしたりといった事態も予想されます。この場合、行政や教育に対する国民の不信感は甚だしく増大するでしょうが、それでも構わないというのでしょうか。
第三に、
憲法改正手続法
改正案をめぐる諸問題について
お話し申し上げます。
改正案では、国公法、地公法などによって禁止されている
政治的行為を伴わない限り、
国民投票運動、
憲法改正案に賛成または反対の
投票をしまたはしないよう勧誘する行為及び
憲法改正に関する
意見の表明をすることができるとされています。
そこで、以下、
国民投票運動及び
憲法改正に関する
意見の表明と
政治的行為の
関係、及び両者間のグレーゾーンについてどう考えるべきか、二、
政治的行為の制限が
国家公務員と地方公務員とでは異なることから派生してくる
問題点、三、
公職選挙法との比較といった諸点について考察します。
一の
国民投票運動及び
憲法改正に関する
意見の表明と
政治的行為の
関係、及び両者間のグレーゾーンについてですが、これについてはどのように考えるべきでしょうか。
まず、公務員にも許されるのはあくまで個人的な
国民投票運動及び個人的な
意見の表明だけであって、組織的な
投票運動は許されません。それゆえ、組織を利用した
投票運動や組織の支援なしには困難と思われるような
投票運動は、たとえ個人的な運動であっても禁止されるべきでしょう。
次に、公務員による
国民投票運動及び
意見の表明は、国公法、地公法などによって禁止されている
政治的行為を伴わない限り許されますが、この場合、許されるのは賛否の呼びかけだけなのか、それとも、
憲法改正に関する
意見の表明という以上、
理由を述べることは許されるのでしょうか。
この点、
国民投票を呼びかけたり、
憲法改正について
意見を表明する以上、なぜ
憲法改正に賛成か反対かについて触れてはならないというのは不自然です。その場合、
国民投票運動や
意見表明に関連して、結果的に
特定内閣の支持や不支持にまで言及したときはどうなるのでしょうか。また、
憲法改正への賛成や反対が、
憲法改正を支持ないし反対する内閣や政党への支持ないし不支持と重なる
可能性も十分あり得るでしょう。
このようなグレーゾーンについては、以下のように考えるべきだと思います。
改正案では、「
政治的行為禁止規定により禁止されている他の
政治的行為を伴う場合は、この限りではない。」とあります。それゆえ、たとえグレーゾーンに属するものであっても、外形的に見て
政治的行為を伴うものであれば全て規制の対象とするというのが、少なくとも
改正案の文言及び趣旨に合致するのではないでしょうか。
さらに、官公庁や学校の施設を利用した宣伝
活動や周辺での宣伝
活動も規制の対象とすべきです。
すなわち、規制の対象となる公務員の組織的な
国民投票運動として、
改正案の
附則には、「組織により行われる勧誘運動、署名運動及び示威運動の公務員による企画、主宰及び指導並びにこれらに類する行為」とありますが、これ以外に、例えば官公庁や学校の施設を利用した宣伝
活動、例としてのぼり、垂れ幕、ポスターの掲示や、官公庁や学校の周辺で行う宣伝
活動、例としてビラ配りの企画、主宰及び指導等な
ども規制する必要があるのではないでしょうか。また、このようなケースについては、たとえ個人的な
投票運動であっても疑問です。
二の
国家公務員と地方公務員の
政治的行為の制限をめぐってですが、第一に、
国家公務員法の
政治の方向に影響を与える意図と
憲法改正への賛否表明です。
国家公務員は国公法及び人事院規則において
政治的行為が禁止されており、同規則では、
政治の方向に影響を与える意図で
特定の政策を主張しまたはこれに反対することは
政治目的とされています。
国民投票運動を通して
憲法改正に賛成したり反対することは、この
政治目的に当たると考えられます。それゆえ、一見
改正案との整合性が問題となるのではないでしょうか。
また、同規則では、このような目的で行われる署名運動の企画、指導、示威運動の企画、集会における
意見の表明、国の庁舎、施設への文書の掲示、文書図画の掲示、配布、さらに旗、腕章等の製作、配布などが禁止されています。それゆえ、賛否の勧誘や
意見の表明にしても、このような形態の
投票運動はできないことになるでしょう。例えば、
国家公務員の組合が国の庁舎や施設に
憲法改正反対の文書を掲示したり、庁舎や施設の前などで反対のビラ配りをする行為、あるいは庁舎や施設にのぼりを掲げたり垂れ幕を下げる行為などは、当然、許されないと解されます。
第二に、地方公務員法と公の
投票との
関係です。
地方公務員については、公の
投票において
特定の事件を支持または反対する目的で行われる
投票勧誘運動や署名運動の企画、主宰や庁舎、施設への文書の掲示等が禁止されていますが、
憲法改正国民投票は、ここに言う公の
投票に当たると考えられます。それゆえ、
憲法改正を支持したり反対する目的で地方公務員が署名運動を行ったり、庁舎、施設等に文書図画を掲示したりすることは許されないでしょう。
第三に、地方公務員についても、
国家公務員と同様、禁止事項を具体的に定め、ともに罰則を設けるべきだと思います。
つまり、公務員の組織的な
国民投票運動については、現在の
国家公務員法と同様、地方公務員についても禁止される行為を具体的にわかりやすく示しておく必要があるのではないかと思われます。さらに、組織的な
国民投票運動については、
国家公務員、地方公務員ともに罰則を設け、実効性を担保する必要があるでしょう。
三ですが、公務員や教育者による
国民投票運動での地位利用についても、
公職選挙法と同様に罰則を設けるべきだと思います。
この点、罰則不要論ないし罰則困難論もありまして、地位利用の構成要件をどうするのか、範囲等が必ずしも明確ではないし、
公職選挙法には地位利用に対する罰則があるが、判例の積み重ねがないと言われます。
しかしながら、罰則不要論、困難論は疑問でして、公務員や教育者の地位利用がもたらす大きな弊害を考えれば、たとえ判例の蓄積がなく、構成要件をどうすべきか困難な課題があるとしても、罰則を設ける必要があると思われます。
また、
公職選挙法が、公務員や教育者による地位利用、候補者を推薦、支持もしくは反対する目的で、推薦に関与、
投票を周旋勧誘、刊行物を刊行、利益供与等を禁止しているのに倣って、
国民投票への
投票を誘導するような行為を禁止することはできないでしょうか。
以上、時間の
関係で大変駆け足になりましたが、私の
意見陳述を終わります。御清聴ありがとうございました。(拍手)