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細野委員 次に、原発の問題に移りたいと思います。
先ほど海江田代表から、原発の
政策について、十年先延ばしというのは余りに無
責任ではないかという
発言がございました。私もそう思います。
確かに、二〇三〇年代ゼロに向けてあらゆる
政策資源を投入する、この判断は難しかったです。私もエネルギー
政策をやっていましたし、まさに原発の問題をずっと、特にこの二年間やってきましたから、いかにそれが困難を伴うものであるかということはわかっていました。しかし、やはり大きな
方向性としてゼロを目指して、国としてその目標に向かって、民間の皆さんにも呼びかけてやっていかなければならないというふうに思ったんです。考えた。
なぜそう考えたかなんですが、それは、我々は一昨年の三月十一日の
原発事故に大きな
責任を負っているから、その
責任を全うする上でも、やはりその
方向性を示して
努力をしていかなければならないだろう、そこが出発点としてあったんですね。
私、
自民党の
政策の
議論を見ていまして、一般論としては
責任があるという話をされますよ、
自民党も。しかし、本当にこの原子力の
事故についてどれぐらいの
責任を皆さんが負っておられるのかということについての自覚は足りないと思います。きょう
閣僚席に座っている中にも、そういう
責任を負っていらっしゃる方が何人かいらっしゃいます。
甘利
大臣は、私は個人的には大変すばらしい人格の方だと思うし、お慕いも申し上げております。
政策的にもすばらしいものを持っていらっしゃると思う。しかし、甘利
大臣が経産
大臣に就任をしておられた二〇〇六年の九月二十六日、これは
安倍政権が成立をした日でもあります。このときから二年間の間にさまざまな転換点はあったんですよ。転換点があったのを曲がらずにここまで来たということをまず
指摘して、御
認識を
伺いたいと思います。
三点、
指摘をします。
三月十二日のあの一号機の水素爆発は忘れられません。夕方でした。そして、あの水素爆発の後、十キロ避難をしていただいた。十キロが上限だったんです。しかし、十キロではおさまらなかった。何度も専門家に聞きましたよ、十キロ以上はあり得るのか、いや、そんなことはないはずなんです。しかし、現実には、目の前で爆発が起こっていて、十キロではおさまらないかもしれない、そういう
認識が共有をされた。二十キロにしたんです。
では、これは世界で非常識なことだったんでしょうか。そうじゃないんです。
二〇〇五年に、IAEAでは原子力防災の検討がなされていて、いわゆるこのEPZ、緊急時計画区域を八キロ—十キロから三十キロに拡大する
議論が始まっている。そしてその後、二〇〇六年の三月には、原子力安全
委員会が防災指針の見直しの作業チームを立ち上げています。これは公表もされています。一部のメディアにも出ています。小泉
政権のときです。
しかし、その検討をとめたのは
経済産業省だった。このときの
経済産業大臣は甘利さんではありません。前任者の二階さんです。ただ、甘利
大臣、これをしっかり、四カ月後になった
大臣がまともに受けとめて、範囲を拡大していれば、スムーズに避難ができて、亡くならなくて済んだ人がいたかもしれませんよ。
私どもは、
自分たちが免責できるとは思っていない。しかし、皆さんにもその
責任があるということをしっかり自覚してもらいたい。
それだけではありません。二〇〇六年の九月、これは甘利
大臣のときです。新耐震指針ができています。地震についての新しい取り組みが出た。しかし、その後の原子力安全・保安院の動きは極めて緩慢だった。バックフィットと称して、ずうっと先延ばしをして、やってこなかった。
我々も一年数カ月の
責任はありますよ。しかし、この指針ができたときに、甘利
大臣がこれをすぐにやれと言っていれば、指針が出たのはそのときですからね、対応した可能性はあるんじゃないですか。
最後にもう一つだけ申し上げます。
IAEAが二〇〇七年の六月に総合規制評価サービスというのを出しています。二〇〇七年の六月に
日本に出しています。そして、
日本は受け入れをした。これも甘利
大臣のときです。その評価報告書が私の目の前にあります。ここに何が書かれているか。
原子力安全・保安院が、資源エネルギー庁からの独立について、より明確に法令に反映させ得るものである。国際機関ですからやや控え目に書いていますが、はっきり独立させなさいということを提言してきているんですよ。そして、原子力安全・保安院と原子力安全
委員会の役割が不明確であるという、より厳しい勧告も出ているんですよ。
これは甘利
大臣のときですよ。このときに本当に皆さんがそれを真面目に受けとめて、アクセルとブレーキを分けて、資源エネルギー庁はエネルギー
政策を推進する、ブレーキ役である原子力の規制機関を独立させていたら、さっきのEPZの拡大であるとか、さらには新耐震指針であるとか、さまざまな取り組みが変わった可能性はあるんじゃないですか。その
責任をどれぐらい甘利
大臣は自覚されていますか。