○徳田
委員 自由
民主党の徳田毅です。
まず冒頭に、先般の東北関東
大震災でとうとい命を失われた多くの
方々に衷心より御冥福をお祈りするとともに、そしてまた、今なお厳しい寒さの中で避難所での生活を余儀なくされている方を初め、
震災の
被災に遭った多くの
方々に心からのお見舞いを申し上げたいと存じます。
震災直後の
委員会ということでございますので、きょうは
震災に関連して御
質問をさせていただきたいと
思います。
私
たち自由
民主党では、
震災が起こった三月十一日から早速
災害対策本部を設置しまして、そして、その事務局にて各
被災地、深刻な
状況にある医療現場、
福島原発の
情報収集、また、党として、救援物資や募金といった活動を行ってまいりました。
実は私も、昨年末に奄美大島が集中豪雨
災害に遭いまして、この
被災した
地域からも大変御支援をいただいたということもあって、今回、これだけ大きな、甚大な
被害を出した
震災の中で何とか恩返しをしてまいりたい、そういう
思いで、この
災害対策本部の活動に参加をしております。その活動の一環として、先日、救援物資を車に積んで、
福島などの
災害現場、そして各
被災地などを視察してまいりました。
少し簡単に御報告をさせていただきたいと
思いますが、まず
福島の相馬市磯部という
地域、こちらは小さな港町でありまして、約三千人の方が生活をされていたということでありました。行きましたら、まさに町そのものがなくなって、壊滅状態です。鉄筋コンクリートの建物が骨組みだけを残して辛うじて建っておりまして、あとの建屋はすべて瓦れきの山と化しています。今なお、
自衛隊が収容することができず、多くの遺体がその瓦れきの下でそのままになっているという
状況でありました。
逃げることができなかったのかと周りを見渡してみますと、三キロ先ほどに高台というか小さな山がありまして、これは到底逃げることができなかったんだろう、特に高齢者の方は困難であったんだろうということが、容易に想像はできました。
やはり、テレビの映像ではなく、
自分自身の目で見るからこそ強烈に感じるその残酷さ、その光景やその現実を見て、改めて、私
たち政治はこの
復興に全力をもって取り組んでいかなければならない、この危機を何としても乗り越えていかなければならないということを感じております。
その磯部の
方々がたくさん避難をされている相馬市のはまなすセンターというところを、私も視察をさせていただきました。ここも大変ひどい
状況です。四百五十人ぐらいが入られている、中
規模と言えると
思います。建物に入りますと、空気がこもっておりまして、においもする。衛生的に、これから感染症の懸念もされました。中には、冷たい床に保冷のシートを敷いて寝ておられる方もいて、決して十分な環境ではないということを感じました。
何人かの方にお話を聞いてみますと、やはり家族を亡くされたという方も多く、中には、息子さんが消防団員で、最後の最後まで避難の呼びかけをされて、そのまま行方不明になったと泣かれている御婦人もおられました。
港町ですから漁師の方が多くて、そしてまた農家の方もいらっしゃいます。その
方々は家族を失われ、住んでいる家を失われ、そして仕事をする見通しも立たないということで、大変絶望感というものを感じておられるように
思いました。
きょうは報告はここまでとして、
財務金融にかかわることですから、まず一つ、これからそうした人
たちの生活再建の意味で、やはり大きな助けになるのが保険なんだということを
思います。まず一点目に、この保険についてお伺いさせていただきたいと
思います。
今回、津波で家が流されたということもあって、やはり保険を受けるための保険証書をなくされたり、そしてまた家族の中で、残された家族が、その家がどういう保険に入っていたかということもわからない人がいるということもあろうかと
思います。そうした中で、生保も損保も、業界の方でもいろいろな
対策を打ち出されておられるということでありますが、まず、そうした
対策について御答弁をいただければありがたいと
思います。