○
参考人(
有村俊秀君)
上智大学の
有村です。
本日は、このような機会をいただきまして、ありがとうございます。
私は
経済学部におりまして、
経済学をバックグラウンドとしております。それで、特に
環境経済学を
専門としておりまして、最近は
排出量取引に関する
研究をしておりまして、この四月に学内に
環境と
貿易研究センターというところをつくりまして、
代表を務めております。
本日は、
排出量取引の
炭素リーケージ、
国際競争力問題に関する論点として
お話をさせていただきます。(
資料映写)
私の報告の内容ですけれ
ども、メーンテーマでありますそのリーケージ問題、
国際競争力問題ということについて
お話をさせていただきます。その中で、特定業種への緩和措置という、
国際的にこれは議論になっているんですけれ
ども、その緩和措置の方法、それから業種の選定、それからこのリーケージ問題に
対応する国境措置という考え方もヨーロッパ、
アメリカで議論されておりますので、その考えを御紹介したいと思います。我々の
研究センターの成果も交えながら
お話をさせていただきたいと思います。最後に、
排出量取引に関して、二重の配当という
経済学でよく議論されているお考えも紹介させていただきたいと思います。
排出量取引制度というのは、ここで私が
お話しさせていただきますのは国内
排出量取引制度というものです。国がある削減目標を決めて、それを排出削減の義務を負う事業者等に割り振って対策をしてもらうと。そうすると、排出枠に炭素の
値段が付いて、その炭素の
値段が
市場メカニズムを利用しながら
効率的に二酸化炭素の削減、温室効果ガスの削減につながるというふうに言われておりまして、基本的には
効率的なシステムであるというふうに
経済学の中では考えられております。
しかしながら、実際にそれを
現実に利用するとした場合に、いろいろな問題が起こる可能性が確かにあります。どのような
社会の制度も完璧なものはありませんので、いろいろな問題が起こる可能性はあると。
その中で、
国際的に
一つ論点になっているのがこの
国際競争力問題というものです。これは、例えば
日本だけが削減義務を負って
温暖化対策に取り組むということになりますと、
日本の企業は、あるいはヨーロッパの企業は規制を実施しない地域、国の
産業との競争の間で不利益を被る可能性があると。具体的にイメージとしては、例えば
日本、ヨーロッパの企業あるいは
アメリカの企業が中国やインドの企業と競争上不利益を被る可能性があると、これを
国際競争力問題というふうに呼んでおります。これが経済の上での問題です。
もう
一つは、リーケージ問題というものがございます。このリーケージというのは、よく情報のリークなどと申しますが、炭素がリークする、炭素が漏れるという意味です。これは、先ほどと同じように
先進国だけに削減義務を課した場合に、結果的にその
産業あるいは
生産の一部分が規制を実施しない新興国に移転してしまう可能性があると。そうすると、
日本で例えば十トン減らしたとしても、実は規制を実施していない国で
排出量が若干増えてしまって
日本などの
先進国の努力が一部相殺されてしまう可能性があるといった問題です。これは、
排出量取引が
先進国のみで実施されるときに起こる
環境面での問題です。
これらの問題に関して私
どものセンターでは
上智大学を中心としまして
研究をしておりまして、国内では関東学園
大学の武田先生に御協力いただいて、それから米国のワシントンにあるシンクタンクの
研究者にも協力をいただいて
研究を進めております。私が二年間、二〇〇六年から八年にかけて二年間、こちらのリソーシズ・フォー・ザ・フューチャーというワシントンのシンクタンクにおりましたので、そのときのネットワークを使って進めています。それから、
アメリカの
政府の中で
国際貿易
委員会というところがありまして、そこの
経済学者のアラン・フォックス氏も協力いただきながら
プロジェクトを進めております。
これが
国際的に非常に重要な問題であるということ、そして、それに対して何らかの
対応をしようということが
国際的に重要になっているということの
一つの傍証としまして御紹介させていただきたいのは、実は来週、この問題に関して、私
どもの
研究所、それから協力先であるシンクタンクのリソーシズ・フォー・ザ・フューチャーと
アメリカの
環境保護庁、EPAとの共催でワークショップを行います。ヨーロッパ、
アメリカ、
日本でこの問題にどのように
対応していくべきなのかといったことを
研究者が
研究して議論するということで、ワークショップには
アメリカのホワイトハウスのスタッフな
ども参加することが予定されておりまして、かなり
国際的に重要な問題になっているということで御理解いただきたいと思います。
それで、この
国際競争力問題あるいはリーケージ問題に対処する方法としまして、
排出量取引で排出枠をどういうふうに配分するかと、そのことで
対応しようという考え方があります。
実際に、ではどんなふうに排出枠は配分されているかというのをヨーロッパの事例について
お話しさせていただきたいんですけれ
ども、皆さん既に御承知かと思いますが、二〇〇五年からヨーロッパでは
CO2温室効果ガスの
排出量取引制度が始まっております。二〇〇五年に始まったフェーズ1では、無償配分といって、基本的にはある一定量を無償で削減義務者の方に配付する、付与するという形です。フェーズ2、二〇〇八年から始まった制度では、
電力部門に関して一部有償配分を導入すると。これは
電力産業に買っていただくと。これは
経済学の用語ではオークションというふうに我々呼んでおりますけれ
ども、そういった制度を導入していると。そして、二〇一三年ですね、ポスト京都の
期間に関しては、原則有償配分にしようというような方向で話が、議論が進んでおります。しかし、有償配分にしてすべてをその削減義務者に購入していただくということになりますと、先ほど申し上げた
国際競争力問題とか
炭素リーケージの問題が起こる可能性があるということで、そういった業種に関しては緩和措置を実施しようではないかというようなことがヨーロッパでは具体的に話し合われております。
その際に、このリーケージ問題を対策するときに基本的な考え方としては、
国際競争上不利益を被る
エネルギー集約的な
産業に対して緩和措置を実施しようというのが
アメリカでもヨーロッパでも考え方にありまして、そのときの
ポイントとしては二つあります。
一つは、どんな緩和措置を実施するかということ。それからもう
一つは、どういう業種がそういった業種に当てはまるのかというのを考えるということが
ポイントとなります。
緩和措置の方法としましては、排出枠を利用して緩和措置を実施する方法としては、単純に言って、欧州の提案しているベンチマーク方式と、それから二つ目に、米国で提案されているような産出量に応じた排出枠、英語で言うとアウトプット・ベースド・アロケーションという言い方もありますし、リベートプログラムと言われることもありますが、いうものがあります。
この二種類に関して、絵を使ってイメージで御紹介したいと思います。
欧州で提案されている方式はベンチマーク方式というふうに呼んでおります。これは、この絵は、こちらのこの横幅が
生産量当たりの
排出量、排出係数ですね、
CO2の排出係数というようなものをイメージしておりまして、
縦軸が
生産量をイメージしておりますので、全体で
CO2の
排出量をイメージしていただければと思います。この
生産一単位当たりに対してある基準をもって無償配分をしていく、排出枠を付与するという形で、この今の部分が無償配分になります。そして、残りの部分に関しては自己負担をしていただくというような考え方です。もちろん、
効率のいい業者の場合にはこの自己負担分がすごく少なくなると、
効率の悪い業者の場合には自己負担分が大きくなるというような考え方です。
ヨーロッパの場合には、このときに、もし景気の拡大などによって
生産量が増加した場合に
排出量が増えたとしても、無償配分分は余り変わらないというのがヨーロッパの考え方です。これで残りの自己負担分が単純に増えるというのがこのベンチマーク方式で、事前に決めたルール、無償配分からその後変更はないといったような考え方です。
アメリカで提案されているタイプのものは、これが事後型ということで、事前には無償配分と自己負担分の考え方というのは変わらないんですけれ
ども、仮に景気拡大によって
生産量が増えてしまった場合といったときの
対応が違うということが提案されております。このように
生産量が伸びて
排出量が増えてしまった場合には、事後的に、
生産量が増えたのでそれに応じるような形で無償配分の量が増えていくというような形が提案されております。このことによって、自己負担分が事前型よりも少なくて済むというようなことになります。
これが緩和措置の方法の事例なんですけれ
ども、じゃ、今度はどんな業種が軽減措置の対象になるのかというのも非常に重要な
課題になってきます。これも、ヨーロッパの基準と
アメリカの基準とそれぞれ似ておりますが、若干違っているような提案がそれぞれなされております。ここでは時間の都合上、
アメリカでの
お話をさせていただきたいと思います。
これは
アメリカの下院を夏ごろに通過したワクスマン・マーキー法案というものの中に書かれているものです。いろいろな業種が、
アメリカの場合は経済データを使って五百数業種なんですけれ
ども、それぞれの業種に関して、
エネルギー費用基準という指標、それから
CO2基準という指標、それから貿易基準という指標を計算します。
エネルギー費用基準というのは、その業種がどのくらい
エネルギー費用の負担が大きいかというのを表す指標です。これが大きければその業種は
エネルギー負担が大きい業種だと。貿易基準というのは、これが高ければその業種は
国際競争に非常にさらされている業種だということで、
アメリカだけで
温暖化対策を実施すれば
国際競争上不利益を被る可能性が高いというようなことを表す指標になります。
ワクスマン・マーキーの法案の中では、例えば、たくさん基準があるんですけれ
ども、この上のここのところを見ていただきたいんですけれ
ども、
エネルギー基準が五%で、かつ貿易基準が一五%を超えるような業種は、炭素規制を実施された場合に
国際競争上不利益を被る業種であるということで認定されて緩和措置を受けると。ワクスマン・マーキーの場合には、実はその対象業種は排出権の無償配分を大体八五%ぐらい受けられるというような形で法案の中に具体的に書いてあります。
それは、ではどのような業種が本当に対象になるのかというのを
アメリカのシンクタンクのピーターソン
国際経済
研究所というところが試算しております。これは
横軸に
エネルギー基準、先ほど申し上げた
エネルギー基準を掲げまして、
縦軸に貿易基準を表しています。そして、先ほど申し上げた五百数種類の業種に関してそれぞれどこの位置にあるかというのをプロットしたものです。例えばここのアルミニウムという業界は、
エネルギー基準でいくと二〇%、貿易基準でも六〇%を超えておりますので、これは
国際競争上不利益を被る可能性のある業種だということで緩和措置の対象にしようというような形で、化学肥料などというような形で具体的に計算がされております。
同様な基準を
CO2基準というものに関しても計算いたしまして、それぞれ両方基準を見て試算した結果というのがありまして、
アメリカの方でのその
研究所の試算によりますと、五百六十五業種中三十五業種がこういった措置の対象になるのではないかというようなふうになっております。製造業に関しても、この中で製造業だけに関して見ると二十六業種がこの対象になるだろうというような試算が行われております。
私
どもの
環境と
貿易研究センターの方でも、じゃ仮に
日本でこのような基準を使った場合にはどういうことになるだろうというような試算を行ってみました。
日本の場合には、
産業連関表という経済分析でずっと使われている信頼できるデータがありますので、それによりますと
日本の
産業というのは四百一業種に分類されております。その四百一業種に関して計算をしてみると、大体三十九業種が対象となる、製造業で見ると二百四十業種中二十三業種ぐらい対象になるんだというような試算が我々のところで出ました。これはあくまでも
一つの選定方法なので、いろんな考え方があって、いろいろな、
日本は
日本流の算定基準というのも考えることも可能かと思いますが、
一つの基準としてこんな結果も出るといった具合です。
それで、そういったような
国際競争上不利益を被るかもしれない業種というのが選定された上で、じゃ、そういったような業種に対して
アメリカ型の緩和措置を実施したらどういうことになるんだろうかというのも、応用一般均衡分析という手法を使って関東学園
大学の武田先生の御協力を得ながら試算した結果がこちらの表です。こちらではいろいろな試算結果の一部だけをお見せしております。ここでは、
排出量取引をオークションで行う有償割当てのケース、それと無償配分で行うケース、それから米国型のリベートプログラム、緩和措置を実施する場合の三つを比較しております。
ここで、
エネルギー集約的な
産業(高貿易依存型)というのが
国際競争上不利益を被るかもしれない業種だということで、そこでの
生産額にどういう影響があるかというのをシミュレーションした結果、オークションとか無償配分をすると
生産額が四%から四・七%下落する可能性がありますが、米国型のリベートプログラムを実施すれば、その
生産額の落ち方を、
CO2削減しても例えば一・五%まで緩和できるといったような試算結果が出ております。ここで
エネルギー集約的
産業と言っているところは、鉄鋼ですとか化学ですとか紙パルプとか、全部含めての集計した値です。個別な業種にもう少し細分化してみますと、また更に明確な違いは出ております。
といったことで、このような米国型のリベートプログラムを使えば、
エネルギー集約的
産業への影響を
排出量取引を実施しながらも緩和することができるんだというようなことが
アメリカやヨーロッパでも
研究されておりまして、
日本に関しても我々のセンターの試算ではそういう可能性があるということが出てきました。
一方で、この緩和措置を実施することによると、国内で
排出量取引制度を導入した場合には排出枠価格が上昇するということになりますので、その結果、ほかの
産業とか家計での負担は増えるということなので、削減の費用を特定の業種に偏らないでほかの
産業あるいは家計部門でも負担を負うといったような視点からは、そういった考え方もあるというふうに言えるかと思います。これが我々の
研究センターの試算結果です。
それと、この
国際競争力、リーケージ問題に関しては、排出枠の配分方法を使うだけではなくて国境調整という考え方もございます。これは、削減義務を持つ国、日米欧、多分米も入るとしまして日米欧とそうでない新興国との差を国境で調整しようというものです。
例えば、
日本に中国から
エネルギー集約的な財が何か輸入されてくるという場合に、中国が
CO2削減に熱心に取り組まなかったというのであれば、国境でそういった製品に対して炭素税を課してしまおうと。炭素税を課せば国内で
日本の企業と中国企業の間での
国際競争上の不利益、不公平はなくなる。それから、中国企業の方も炭素税を課されるのであれば
CO2削減に努力するだろうといったような考え方で提案されております。
それから、
アメリカではこの国境調整の税金で行うのではなくて、排出枠の購入を義務付けようという考え方があります。
それと、輸出財に対する調整という考え方ももちろんありまして、例えば
日本の企業が海外
市場で新興国と競争する際に、
日本国内だけで炭素の
値段を
産業が負担するということになると不公平だということで、その国内での炭素価格負担分を輸出する際に割り戻してあげるといったような考え方もあると思います。
具体的な法案の中に、既に
アメリカの下院を通過したワクスマン・マーキー法案というところではこれが具体的に書かれております。実施時期は二〇二〇年以降、大統領が
委員会を設置して実際に導入するかどうかというのは決めるわけですけれ
ども、もしやることになった場合には
国際リザーブ排出枠というのを
政府が用意して、そこから
アメリカの輸入業者が該当する財に対して排出枠の購入義務を負うと。基本的には炭素税と似たような形なんですけれ
ども、国境で調整しようという考えが出されております。
ただ、これは下の一、二、三にありますように、例えば相手国が
アメリカ以上の削減努力をしているとか、あるいはその商品に関して
アメリカよりも
効率がいいですとか、あるいはその国と
アメリカの間でそのセクターに関して何か協定があるというのであれば対象にしないと。つまり、
アメリカ並みに
CO2削減に努力しているのであればこういった措置は行いませんよというような意味で、ある種新興国に対して
温暖化対策に熱心になってくださいというメッセージを送るというような意味合いもある条項だと思います。実際に実施するといっても二〇二〇年以降ですので、本当に実施するかどうかというのは全く別の問題ではあると思います。
それから、
排出量取引に関してですと、もう
一つ重要な論点として二重の配当ということを
お話しして
お話を終わらせていただきたいと思うんですけれ
ども、排出枠を有償配分してオークションにするということが二つのメリットがあるんだというのが二重の配当の考え方です。
一つ目は
環境の配当というもので、これは排出枠に
CO2の
値段が付くことによって家計や
産業が
CO2削減に努力をするため
CO2が減ると、これは
環境の配当というものです。もう
一つは、排出枠を売却して
政府が収入を得ることができれば、その収入をほかの税の減税に利用することも可能だと。このことによって経済を活性すること、
既存税制によるゆがみを是正するということが可能であって、これが経済にメリットをもたらすということで経済の配当をもたらすんだということで、
環境と経済の両方に配当をもたらすので二重の配当という言い方を
経済学ではしております。
実際に
経済学では、
既存税制というのは、例えば所得税、
社会保険料でいうと、これが高くなっていくと労働者の労働力供給のインセンティブが低下するんじゃないかとか、あるいは法人税に関していえば、法人税が高過ぎると企業の投資活動の低下になっているんではないかというようなことが指摘されております。したがいまして、オークション収入を法人税の減税に使って企業の経済活動を活発にしながら
CO2削減に取り組むというようなことも考えられるということで、先ほど申し上げました
アメリカ型のリベートプログラムでも一部オークションというのを実施することは可能ですので、そういったものが両立できると。
さらに、これに付け加えさせていただきますと、所得税、法人税だけではなくて消費税なんかでも、消費税を上げる代わりに、例えばここでのオークションによって得られる排出枠売却収入を利用する、で、消費税を上げる代わりに排出枠を使うといったような考え方もあり得ると。
アメリカでは、実際にオバマ大統領の予算教書の中でもそのようなことは議論されておりますし、実際に今議論されている法案の中でもこういったような考え方は反映されております。
ということで、私の方からは
排出量取引に関しまして、いろいろな問題はありながらもその問題に対して幾つかのいろんな提案がなされているということを御報告させていただきました。
どうも御清聴ありがとうございました。