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野田(国)
分科員 どうもありがとうございました。
私も、今回衆議院の方に出馬を決断したのも、今まさしく
前原大臣がおっしゃったことなんです。
御承知のとおり、私も、十六年間、四期、市長を地方の方でやらせていただきました。そういう中で、本当に地方は乾いたぞうきんを絞るかのように努力をしてまいりました。そして、私は、リーダーの条件としては、いわゆる憎まれ役をいかにできるかということ、これは非常に大切なことじゃないかなということで、本当にみんなで痛みを伴いましょう、そういう改革をやってきたつもりであります。しかしながら、国の方においては
公共工事一辺倒の
事業が行われるということに、私も深い疑問を持ったということでございます。
それで、私は、その十六年間の経験でしか物は言えないのかもわかりませんけれども、地方という
観点から少し述べさせていただきますと、
公共工事、約一五%ですか、マイナスということでございます。しかし、私が市長になった後、小渕内閣あたりだったと思いますけれども、バブルがはじけて、経済対策だ、経済対策だということで非常に
公共工事が行われました。現に私のところにも、省庁やあるいは県から、
事業をしてくれないか、そういう依頼もあったということでありました。しかしながら、私は、やはり財政再建をしていかなくては、未来の子供たちにツケを残すことはできない、ですから我慢してくださいと、
説明責任を果たしながらやってきたつもりであります。
ケインズ理論というんでしょうか、
公共工事をふやせば経済がよくなる、経済対策になるという理論、私はちょっと外れたと思うんですね。決してよくならなかった。地方も疲弊の一途をたどっていったということでありますので、私は、今こそ、今
大臣がおっしゃったようなパラダイムシフトをしっかりした中で、これからの国のあり方、あるいは地方のあり方をどうしていくかということを
考えるべきではなかろうかと思っておるところでございます。
そして、今も論議をやっておりましたけれども、マニフェストのことでありますが、私もローカルマニフェストということで北川
先生なんかと一緒にいろいろやらせてもらいましたけれども、マニフェストというのは、
国民の声あるいは市民の声を聞きながら、変えることはできるんですよね。これが当たり前であります。
ですから、
高速道路の
無料化については、私も福岡七区の選挙区を回っていますと、やはり一番おっしゃるのは、全部やるのはちょっと無理よというような話をよくお聞きいたしますので、このあたりのところはしっかり
考えていただいて、今回は一千億の
予算ということでございますが、しっかり実験をしながら、そして
国民の声をしっかりと聞きながら進めていただければ大変ありがたいなと思っておるところでございます。
そして、地方にとっては、いわゆる生活道路、側溝行政とでもいいますけれども、そういう
ものが非常に大切なんですね。一番喜んでいただけるんです。大きな
公共工事をしてもなかなか賛同をいただけない部分はあるんですけれども、しかし、やはり選挙区を回ってみますと、恐らく
日本どこもだと思いますが、生活道路とか側溝が非常に悪い。この
予算は、地方におきましては一般財源から充当しなくちゃいけないということでございまして、地方の声としては、そういうところを何とかならないだろうかと。一括交付金などでできるような仕組みができてくるのかなと思いますけれども、そのようなことを思っております。
四十平方キロメートルぐらいしか八女市というのはございませんでしたが、何と市道が四百五十キロ。こんな小さな面積の市であっても四百五十キロを
管理していかなくちゃいけない、そういうことであったということでございますし、今回大きく方向転換された道路とか橋の補修、このことも、私、地方にとっては非常にありがたいことだなと思っております。
やらなくちゃいけないというのはよくわかるんです。そうでしょう、四十年も五十年もたてば、それはいつ事故が起こるかわからない。しかし、やはり財源が厳しい厳しいということでなかなかできなかった。そういうところに目を向ける行政というのは、私は非常にいいことではなかろうかなと賛同をする一人であります。
それで、本題の方に入らせていただきたいと思いますが、先ほど申し上げましたように、私、「プレス民主」をつくっているんですが、
地元の
公共工事、たくさん、御承知のとおり、恐らく
日本で一番
公共工事的には恵まれたところなのかもわかりません、住民の要望が通ったところなのかもわかりませんけれども、そういう中で、幾つか、既に終わったのと、今進行中、それから、これから
計画されておることについて、話をさせていただきたいと思います。
まず、上陽町というところに朧大橋というのがございます。それで、これは菅さんも見えましたね、財務
大臣も、代表のときだったでしょうか。それから、岡田幹事長も、当時幹事長としておいでいただいた。ある
意味では、そういう
公共工事の象徴と言われているところでございますけれども、橋だけで約四十三億、それから、今まで使ったお金が大体百億なんです。
あれは夏でございましたでしょうか、昨年、
前原大臣も黒木町の方においでいただきましたが、あそこよりももっともっと山の奥というところに突如としてかかっておるんですけれども、これは、なぜこういう橋が必要であったかということをちょっと
国土交通省の方にお聞きしたいと思います。