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2008-04-16 第169回国会 参議院 国民生活・経済に関する調査会 第5号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成二十年四月十六日(水曜日)    午後一時開会     ─────────────    委員異動  四月九日     辞任         補欠選任         大島九州男君     犬塚 直史君      亀井 郁夫君     亀井亜紀子君      吉川 沙織君     舟山 康江君  四月十五日     辞任         補欠選任         犬塚 直史君     白  眞勲君      小林 正夫君     川合 孝典君      藤原 良信君     平山 幸司君      増子 輝彦君     鈴木 陽悦君     ─────────────   出席者は左のとおり。     会 長         矢野 哲朗君     理 事                 佐藤 公治君                 広田  一君                 藤本 祐司君                 愛知 治郎君                 加納 時男君                 松 あきら君     委 員                 川合 孝典君                 鈴木 陽悦君                 友近 聡朗君                 中谷 智司君                 白  眞勲君                 姫井由美子君                 平山 幸司君                 舟山 康江君                 松井 孝治君                 石井 準一君                 佐藤 信秋君                 橋本 聖子君                 山田 俊男君                 澤  雄二君                 大門実紀史君    事務局側        第二特別調査室        長        今井 富郎君    参考人        日本女子大学人        間社会学部教授  岩田 正美君        国立社会保障・        人口問題研究所        所長       京極 高宣君     ─────────────   本日の会議に付した案件 ○国民生活経済に関する調査  (「幸福度の高い社会構築」のうち、福祉と  くらしについて)     ─────────────
  2. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) ただいまから国民生活経済に関する調査会を開会いたします。  委員異動について御報告をいたします。  昨日までに、大島九州男君、吉川沙織君、亀井郁夫君、小林正夫君、増子輝彦君及び藤原良信君が委員辞任され、その補欠として白眞勲君、舟山康江君、亀井亜紀子君、川合孝典君、鈴木陽悦君及び平山幸司君が選任をされました。     ─────────────
  3. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) 国民生活経済に関する調査を議題とし、「幸福度の高い社会構築」のうち、福祉くらしについて参考人からの御意見を聴取したいと存じます。  本日は、お手元配付参考人名簿のとおり、日本女子大学人間社会学部教授岩田正美君及び国立社会保障人口問題研究所所長京極高宣君に御出席をいただいております。よろしくお願い申し上げます。  この際、参考人方々に一言ごあいさつを申し上げます。  御多用のところ本調査会に御出席をいただきまして、心から感謝を申し上げます。  本日は、本調査会が現在調査を進めております「幸福度の高い社会構築」のうち、福祉くらしについて忌憚のない御意見をちょうだいしたいと存じます。我が調査会調査参考にさせていただきたいと存じます。よろしくお願いを申し上げます。  議事の進め方でありますけれども、まず、岩田参考人京極参考人の順に御意見をちょうだいいたします。お一人三十分程度で御意見をお述べいただき、その後、一時間程度、各委員からの質疑にお答えをいただきたいと思います。その後、一時間程度委員間の意見交換を行いたいと思います。その際、随時、参考人方々の御意見を伺うこともございます。御協力をよろしくお願い申し上げます。  なお、御発言でありますけれども、着席のままで結構であります。  それでは、まず岩田参考人からお願いを申し上げます。
  4. 岩田正美

    参考人岩田正美君) 岩田正美と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします。  私が申し上げる事柄が先生方のこの調査会の御参考になれば大変幸いでございますが、私は社会福祉学科というところで主に社会福祉政策を担当している者でございます。そして、フィールドとしては貧困問題という領域をずっとやってまいりまして、調査統計データの処理というようなことを介して、そうした問題と社会福祉政策とのかかわり合いについてこれまで勉強してまいりました。貧困問題というのは日本ではしばらくほとんどやる人もおりませんで、私などやっていますと、何か非常に流行遅れのことをやっているようにずっと笑われてきたんですけれども、近年にわかにまたこれが注目されるということが喜ばしいのか、やはり問題だろうと思っておりますけれども、多少なりとも私の調査が御参考になればというふうに思っております。  早速入らせていただきます。(資料映写)  この調査会の幸福ということですけれども、私は、言わばその反幸福状態である貧困という問題について主にやってきたわけですが、じゃ幸福とは何かということを考えるのは大変難しい問題なんですけれども、それについて少し近似的な数字をまず持ってまいりました。  これは後からも詳しく御紹介しますが、パネル調査という社会調査やり方がございます。これは同じ集団、同じ人々を長い間継続して反復調査をしていくという、こういう調査やり方ですが、家計経済研究所という財団法人研究所がございますが、私はこの研究所の実施しておりますパネル調査最初のころからのメンバーでございまして、この中で三つ項目が、恐らく幸福度ということにやや近い項目がございますので、それをちょっと抜いてまいりました。  一つ生活満足度という、これはよく国の調査なんかでも入っているわけですけれども、それからもう一つは行き先不安という項目ですね。それから、ちょっと見にくいんですけれども、黄色はこれ白いのが見にくいんですが、うつ気分という、うつ状態なんという、うつ気分というこれは精神医学の方の言葉なんだそうですが、うつ気質ではなくて、つまり気質的な何か遺伝的なものではなくて、外界からの影響によってうつ的な状況になるというのをうつ気分というふうに言っているんだそうです。このメンバーの中に野田正彰先生が入っているものですから、こういう項目を入れて調査をしております。  最初生活満足度ですが、これは主に経済的な要因にかなり左右されるというふうに見ているわけですけれども、どういう人が満足度が高いかというと、大学、高学歴就業継続している、あるいは年収が高い、しかも継続している。それから、これは女性対象とした調査で、夫がいる場合はその家族中の状態を聞いておりますが、結婚とか就業継続結婚もずっと安定しているという人たちが当然のことながら安定しています。  年収が下の者、そして下でずっと継続しているという方ですね、これはパネル調査の特徴なんですが、継続という意味は、変化が下になるとかずっと上に上がるというんじゃなくて、割合安定しているということを意味しますが、こういうところが、下の方が継続しているという場合、年収下位状況継続している、あるいは離婚した場合、これは非常に満足度が下がるという、当たり前ですけれどもそういう状況があります。  それから、行き先不安についての項目を聞いているんですけれども、この調査は一九九二年からずっと行っている調査なんですが、二〇〇〇年と二〇〇四年というのを比較しますと、行き先不安を感じている人の割合が非常に増大しております。元々高いんですが、二〇〇〇年で六七・三%だったものが二〇〇四年では七五・一%という形で拡大しています。これは、この調査高齢者は含んでおりません。現在五十代に差しかかろうかという、二十代後半から四十代後半の女性中心になりますけれども、非常に不安感が高い。  そして、さっき申しましたうつ気分なんですけれども、これはいろんな精神科領域項目がございまして、朝なかなか起きられないとかいろんな項目があるんですけれども、こういうものを総合してスコアを付けまして、うつ気分が高い低いというのを分けていますが、これで見ますと、比較的学歴が低い方たち自己評価が非常に低いとか、それから非正規就業者とか無職の方たち気分の悪さというか、それから、より若い世代で非常に緊張感被害感が高まっている。  この調査は実は世代的には同一集団なんですけれども、二回追加をしていまして、より若い世代になりますと、学歴が高くなっても正規就業でもうつ気分が高まるというような、非常に問題な状況が示されております。  ちょっとさっき申しましたように、私がやっております貧困とか、これから社会的排除という言葉についても御説明をさせていただくつもりですが、そういうのは反幸福の状況であるというふうにとらえるとすると、この反幸福の状況というのは恐らく二通りありまして、一つ個人にとっての幸福でない状況、それからもう一つ社会が幸福でないという状況、この二つの側面があると思います。  個人の幸福でない状況というのは、今の不満足とかうつ気分ということがありますし、もちろんその根底に生活が苦しいとか先行きが余り見通せないというようなことがあると思います。ところが、そういうのは社会状況との反作用というようなこともございまして、先ほどうつ気分というのは言わば外界状況が規定していくというようなことで考えると、社会が非常に不安定になっているとかあるいは統合されないような状況が少し出てきますと個人幸福状況にも反映してくるというように、両者相互作用を持っていると思いますが、この二つ状況があるだろうと思います。ですから、もちろん幸福とは何かというアプローチもあるんですけれども、この反幸福の方からアプローチをしながら幸福度を高めるというやり方が現実的にはあるんだろうと思います。  貧困中心にしながら、社会に統合されない感じ、嫌な感じ先行きが見通せない、うつ気分というようなことを絡めて社会的排除という言葉を差し当たり今使っておきますが、その構造というのをこういうふうに考えられるんじゃないかというふうに思います。  まず、お金がないというようなことが中心にありますが、単純に、貧困というのはお金がないという状態だけではなくて、四つぐらいその周りに書きましたように、例えば、一つパワーがないといいますか、パワーがないとか、ボイスレスというのは、日本でいうと無告というふうに昔呼んだと思いますが、声出せない。それから、その右側の方に行きますと、恥ずかしいとか、それからさっき申しました、例えば学歴の低い方たちが非常に自分自身評価を低めてしまうといいますか、自信が持てない、自己評価が非常に低い。その下に参りますと、そういう人たちに対しての社会からの非難というのは大変強いことになります、大変強い。同情もありますけれども、非難も大変強い。そういうことが相まって社会からの孤立というものを招く、不統合ということになりますけれども、これは、排除されるということもあれば自分からこもってしまうというようないろんな形がありますけれども、社会からの孤立というものを生み出していくというような構造としてとらえられるのではないかと。  つまり、反幸福状態に対するアプローチというのは、ですからお金がないという状態だけではなくて、この周り四つも絡めたアプローチが必要だろうと思います。  そこで、じゃ現在の日本貧困とか社会的排除状況はどうなっているのかということで、今日お持ちしました資料説明最初にさせていただきます。これは、さっき申しました家計経済研究所がやっておりますパネル調査の結果を利用します。これは後でちょっと詳しく申します。  もう一つ、特に貧困ともちろんかかわるわけですが、比較的さっき言った孤立とか非難とか自己評価が低いとかパワーレスとか、こういう問題との関係ホームレス調査と、それから昨年厚生労働省が行いました、ネットカフェだけじゃないんですけれども、ネットカフェ等にいる方たち、そこに長期に泊まっている方たち調査をされていますので、その結果を参照してみたいと思います。  まず、先ほどから何回も申し上げているパネル調査なんですけれども、このパネル調査というのは同一年齢集団を繰り返し繰り返し反復調査するというやり方で、今日の欧米社会調査中心的な調査手法になっております。日本は大変遅れておりまして、ようやく近年、厚生労働省三つパネルを走らしておりますが、民間でも幾つか出てきまして、黎明期でございます。  この家計研はその先鞭を着けた調査で、一九九三年から調査をしておりますが、ここでは九四年からの二〇〇五年までの分を使っております。そして、先ほどちょっと申しましたように、A、B、Cという三つ年齢集団を使っております。現在の年齢でいいますと、Aは現在三十六歳から四十六歳、Bが三十二歳から三十五歳、Cが二十代後半から三十代の初めというふうにお考えいただきたいと思います。そして、まず貧困経験という、ちょっと聞き慣れない言葉ですが、貧困経験というのをここから見ていきたいと思います。  貧困というのは、差し当たり何かの線を引いて、例えば生活保護基準というようなものを引きまして、そこから下とか上とかいうように、その線を下回ると貧困、それより上だと貧困ではないと、こういうふうに裁定していくわけですが、それがさっき言いましたように、継続している場合と、たまたま今年は下だったんだけれども来年は上になるとか、ずっと上であるとかずっと下であるとか、行ったり来たりしているとか、こういう動きを実はするんですね。  それで、今貧困であるということも、もちろんそれ自体問題ではあるんですけれども、一番大きな問題は、ずっと貧困である、あるいは平均的に貧困であるというような固定的な貧困、慢性的な貧困が問題なんだというようなことが、これは欧米で八〇年代以降しきりと言われてきております。特に政策的な観点からいいますと、今貧困な人を全部というよりは、固定層をつくらない、貧困になってもすぐ押し戻すというような構造ができますと、例えば貧困経験しても一時的で、後々あれはいい経験だったというふうに振り返ることができるというような貧困であればそう問題ではないんじゃないかというような考え方が出てくるわけです。  そこで、私どもも生活保護基準を使いまして、詳しい話はちょっと時間がありませんので省略させていただきますが、この調査対象になる女性が属している世帯全体の年収生活保護基準で判断して、それより上、下という判断をします。そして、調査期間の間いつも貧困基準より上の人を安定層、それから、いつも下の人、あるいは平均値でいつも下回っている、平均して下で、一回、二回は上がったことがあるんですけれども平均して下回っているというのを固定貧困、それから、一回、二回は貧困経験しているんですけれども平均すると貧困基準より上というのを一時貧困という、こういう三つのカテゴリーに分けてみました。  その結果がこれなんですね。それで、ちょっと上が切れてしまったんですが、左側の三本の図は、これはA、B、Cというそれぞれの集団調査期間すべてをつかんだものです。それで、固定層というのは一番下のちょっとオレンジ色っぽいものです。安定層というのがこの茶色い部分なんですね。そうすると、皆さん方が多分考えられている以上に安定層は少ない数字になっております。大体六割から七割ぐらいが安定していまして、つまり三割前後が貧困経験をしているということになります。これは高齢者は除いておりますので、考える以上に高い比率で貧困経験をしています。  しかし、おおむね、AとBを見ていただければ分かるように、その貧困は一時的な形を取っております、おおむねですね。ですから、固定しているのはAであれば六%ぐらい、Bであれば九・七ですから一割ぐらいということになります。ところが、Cというのは一番若い層なんですけれども、Cは一四%が固定層で、一時層が二つ世代に比べて著しく低いんですね。つまりC世代は、ところが安定層も多いんですね。安定層はA、Bに比べて多いというのはお分かりだと思いますが、A、Bは、特にBは低いんですけれども、これは一時貧困が多いから低いんですが、Cは七割近くが安定しているのに対して一四%が固定というふうに、言わば両極に分かれてきているということがあります。  こっちの右側の〇三から〇五年というのがこの調査直近の三年間だけを見たものです。これを見ていただくと、A、Bは最近、これは年齢がだんだん高くなっていくというのと、少し経済が安定してきた時期ですので安定層が増えている。ところが、固定層も増えているということにちょっと御注目ください。固定層も増えていまして、一時貧困が縮んでいるんですね。固定層も、Aでは全期間では六・二なのに、直近では一三・六%。Bでは九・七なのに、倍ですね、一八%。いずれにしても、近年、両極に分かれているというのがやはり見て取れるわけです。  それでは、こういう固定的な貧困は一体どういう世帯要因と関連して生まれているだろうかということで統計解析をしたものがこれです。これもちょっと余り余計な話は省略しますが、オッズ比という、これは競馬なんかでよく使う統計やり方ですが、要するに固定貧困へのなりやすさを示す。一より大きいとなりやすいということになります。横にちょっとマークが付いていますが、これのマークが多いほど統計的に有意であるということを示しています。  これで見ますと、一つ配偶関係の変動ですね。あるいは変動しないということと非常に関連していますけど、離死別経験は非常に高い。これは女性ですので、女性が離婚した場合はもう即貧困、しかも固定貧困関係してくると。それから、未婚の継続です。結婚しないという場合ですね。これは慶応大学パネル調査というのが最近やられているんですが、これは男性も入っていますが、男性でも同じような傾向が出てきます。女性だけではありません。逆に言うと、結婚したりその結婚生活継続しているというような場合には固定貧困との結び付きは非常に小さい、マイナスに出てきます。  次に、就業移動を見ますと、当然ですけれども、離職経験をしている人は固定貧困との結び付きが高い。  それから、学歴です。これは先ほど申し上げましたようなことで幾つ関係してくるんですが、低位な学歴をここではヒューマンキャピタルの小ささというふうにちょっと表現させていただきたいと思います。人的資本最初から小さいという状態ですね。これは中学、高校でも非常に高く出ます。逆に、それ以上の学歴を持っている、特に大学大学院ではほとんど出てきません。  さらに、子供の有無というのを御覧いただきたいと思います。子供は三人以上になると非常に高い割合固定貧困結び付きます。一人、二人でも五・四四二ですから、高い割合になります。  それから、住居所有形態。これは資産との関係ですが、これも借家層固定貧困との関係は強いということです。これは原因、結果ではなくて、その両者が結び付いているということを示しているにすぎませんが、そんなような状況がございます。  その次に、社会的排除という今度見方ですね。さっきは貧困経験という見方で見たわけですが、社会的排除というのは、さっきちょっと申しましたように、お金がないというだけではなくて、むしろ社会参加をしない、できないということですね。それから、社会参加ができないあるいはしないということによって、あるいはその原因でもあるわけですけれども、帰属が確かでないといいますか、例えばどこかの会社の社員であるとか、学校の生徒であるとか、どこそこの市や町の住民であるというような帰属が不確かである。調べてみればみんな日本国籍を持っているにもかかわらず、帰属が不確かであるというような場合があります。  こういう社会的排除されている人たち状況というのは、普通の統計ではまず把握できないわけですね。先ほどパネル調査のようなものからも当然こういう人たちは落ちます。国勢調査でさえ多分こういう人たちは落ちている可能性が高いわけですね。ですから、非常に特別の調査が必要になります。例えば、ホームレス調査とか、これからお話しするネットカフェにいる人たちとか、孤独死をするような人たち、自殺の問題、引きこもり、多重債務で逃げて住民票の設定をしないとか、いろんなそういう問題があるわけですが、こういう問題をどう見るかということがあります。  本日は、その中でホームレス調査、二回大きな調査を二〇〇三年と昨年行っております。それから、さっきちょっと申しましたけれども、ネットカフェ等調査住居喪失不安定就労者の実態に関する調査という、ちょっと長ったらしい名前が付いていますが、の調査があります。  そして、このホームレス調査は実はごく最近、今年も数だけはやっておりまして、四月に、今月に厚生労働省の方で報告がありましたが、この数はどんどん減っています。二〇〇三年に二万五千二百九十六人いたものが二〇〇七年には一万八千五百六十四人、今年の調査はこれが一万六千のオーダーになっていますので減っています。ただし、平均年齢が上昇しているとか野宿長期化というようなことも指摘されています。  それから、ネットカフェ調査では、オールナイトをしている人は約六万人いて、そのうち家がなくて寝泊まりしているという人が大体四千七百人ぐらいいる、それから非正規就労者は二千二百人ぐらいいるというような推定値が出ております。  これらはいずれも男性です。ホームレスも、このネットカフェ調査なんかで引っかかった方たちもほとんどが男性です。女性の場合はこういうビジブルな形の社会的排除としては出ないでもっともっと隠れていきますので、これはまた別途、別の調査が必要です。  これは、今のホームレスネットカフェ等に常時いる人たちと、それから非正規労働者、これはネットカフェにいる人じゃなくて一般的な非正規労働者年齢分布を見たものなんですね。ここでまずお気付きだと思うんですが、真ん中にある赤と青の点線、破線になっているものがありますけれども、これは赤が非正規、青がネットカフェに常時滞在している人たち。それから、実線の黒いのがホームレス方たちですね。これを見てお分かりのように、非正規労働者ネットカフェに滞在する人たち年齢カーブはほぼ同じです。二十代と五十代に山があって同じです。それから、ホームレスの場合は五十代以降に増えていく。そして今、だんだん年齢が高くなっています。つまり男性の場合、五十代以降に両方が重なっているということが分かると思います。  ホームレス調査から、ホームレスをさっきの貧困経験と同じように野宿経験というタイプで分けてみました。これは前回調査時点一つの指標にしまして、前回調査のときも野宿していた、今もしているという長期層と、この二つ調査は四年の間が空いているんですけれども、四年間の中で新たに入ってきた人と、それから行ったり来たりしている人ですね、四年間では新規参入だけれども野宿経験はその前にあったという人の三つに分けますと、ここにあるように、長期層が半分、五割ですね、それから新規流入層が三割ちょっと、そして行ったり来たりする人たちが一八%ぐらいという形になっています。これは、ただ減った、長期化した、高齢化したというだけで見るとやっぱり政策がうまくいかないんですね。このように細かく性格を分けていただくと少しいろんなことが見えてくると思います。  じゃ、年齢はどうなるかというのをちょっと見ていただきたいと思いますが、さっき言いましたように、ホームレスは圧倒的に五十代以降なんですけれども、ここでは四十五歳未満で若いとちょっと表現しておきたいと思いますが、ここでちょっと注目していただきたいのは、長期層は当然六十五歳が多くなって五十五歳以上でほとんどを占めるんですが、流動層と新規層、特に新規層は五十四歳未満、あるいは四十五歳未満の緑と青のところが相対的に多くなっています。ですから、減っているんですけれども、若い人も入っているというようなことに是非御注目いただきたいと思います。  それから、直前の住居を聞いております。皆様方御承知のように、ホームレス問題が日本で近年問題になった九〇年代の半ばぐらいの最初ホームレスのスタイルというのは、例えば東京ですと山谷とか、大阪ですと西成地区とかいうような、いわゆる寄せ場に住んでいる日雇労働者が野宿化するというようなタイプを一つのイメージとして私たちは抱いていたんですけれども、実際調査すると必ずしもそうではありません。  ここで、新規流入層では直前、持家、赤ですね、民間借家というのが半分以上を占めています。これは路上に来る直前の住居ですね。長期層になりますと、例えば飯場とか旅館とかそういうものが出てきます。それから、いずれも多いのは勤め先の住宅なんですね、寮とか住み込みとか借り上げ住宅とかいろいろありますけれども、労働型住宅と呼んでいますが、こういうところからはいずれも多いんですけれども、新規層ほど普通の家から出てくる。そして、長期層はやや昔のイメージの飯場とか簡易宿泊所の経験者も少なくないということです。それから、新規流入層と流動層の中に、この水色のちょっと線があるんですけれども、これは実は施設とか病院なんですね。これは、社会サービスが一遍つかまえているということ。そこから出てきて路上に来たということで、これも長期層にはない、特に流動層や新規流入層一つの特徴になります。  必要な支援はどういうものが必要ですかというのを聞いたんですけれども、これも三つのタイプで聞いていますが、どのタイプも、実は私どもは職業訓練とか講習とかそういうことをいろいろ考えてきたわけですけれども、それよりもやっぱり住居設定をしてほしいという要求が非常に大きいわけですね。それとか身元保証とかですね。それから、仕事先を開拓してくれと。ホームレス人たちの中には資格を持った人が結構たくさんいらっしゃいます。資格を持っていても役に立たないといいますか、むしろ身元保証とか住民票の設定とか、あるいは仕事先の開拓というのが大事だというふうに思っているということが分かります。  こういう、非常に大急ぎで御説明いたしましたけれども、貧困固定化とか社会的排除ということからどういうことが言えるだろうかということを最後にちょっと申し上げたいと思います。  これは、一つは、貧困社会的排除自体ではなくて、全体的に社会うつ気分とか不安定というものが高まっているということは、安定層も含めて、安定層が七割近くいるにもかかわらず不安定、うつ気分を持っているというのは、先ほどちょっと申し上げましたが、七割以上が先行き不安という回答をしておりますし、非常に高いんですね。若い人は安定層でもこのうつ気分が高くて、非常に緊張感の、心身の状況が非常にストレスの高い状況にあるというようなことがあります。このことと、実際に貧困固定していくようないろんなリスクがある、あるいは特定の人々が社会から遊離される、あるいは自分からこもっちゃうというような不安定が出てくる、こういう下に書きました二つ状況が何らかの循環をしているだろうというふうに考えます。  これは、先ほど申し上げた社会の幸福と個人の幸福ということが一定の関係にありまして、個人の幸福の集合体が社会の幸福であるように見えて、その社会が一定の人たちを遊離させていくとか、あるいは貧困固定化するということは、社会全体にとって非常に不安定な感じを醸し出すことによって社会全体のうつ気分とか不安定に反作用していく、そうしたものがまた個々人に反作用していくというような循環ができてきているのではないかと思います。  長らく日本は中流社会と呼ばれまして、これはよく気球、バルーンですね、真ん中が膨らんだバルーンのような社会だったと。ですから、落ちてもそのバルーンの下の方にともかく追い付いていれば社会全体はハッピーであるというような状況がある程度あったんだと思いますが、その真ん中が少しへこんできて、さっき言いましたように両極化してくる、こういうのを砂時計社会というふうに呼んでいますが、こういう両極化の真ん中がぐっとしぼみ始めるとそこに社会の不安定というものが生まれてきて、社会全体の統合感というものが非常に失われていくのではないかというふうに考えることができるだろうと思います。ですから、全体的な幸福を上げるということと同時に、この反幸福状態に対しての歯止めを掛けるということが大変大事だろうと思います。  以上です。
  5. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) ありがとうございました。  それでは、京極参考人お願い申し上げます。
  6. 京極高宣

    参考人京極高宣君) 国立社会保障人口問題研究所京極です。今日はこのような場をつくっていただき、誠にありがとうございます。  私は国民生活福祉結び付きに絞ってお話をさせていただきます。もっとも、福祉とはいっても、例えば福祉目的税という場合のように、どこまでを福祉に含めるかという、定義によっては大変異なりますので、私の話では様々なハンディキャップを持った人々に対する対人的、個別的サービス、いわゆる対人福祉サービス、英語でパーソナル・ソーシャル・サービスと言っておりますが、にポイントを置いてみたいと思います。本来であれば、国立社会保障人口問題研究所所長として人口推計や社会保障全般にも詳しく触れなければならないのですが、三十年間にわたり社会福祉にかかわってきた立場から、今日は少し的を絞らせていただきます。  さて、日本を含めて、先進諸国におきましては人口高齢化の波が押し寄せております。また、少子化の影響も話題になっています。我が国では、二〇〇五年を境に人口減少社会の時代も始まり、少子高齢・人口減少社会が到来していると言われています。少子高齢・人口減少社会というのは、前所長である阿藤氏が名付けた言葉でございます。  そこで、経済社会社会保障の動向の背景として人口高齢化の国際比較について見ますと、お手元の資料一覧の一と二のグラフを御覧いただきたいと思います。一は六十五歳以上の高齢化率、二のグラフは七十五歳以上の高齢化率です。日本は六十五歳以上人口を取っても、また七十五歳以上人口を取っても、人口予測から見ますと二〇〇五年以降は高齢化率が最も急速で高い水準となっていることがお分かりかと思います。ヨーロッパの先進諸国はアメリカと日本の間ぐらいに位置付けられています。こうした超高齢社会の到来というものは言わば人類未踏の経験を意味し、日本が取る高齢化対応というのは世界から見ても国際的注目を浴びるべきものと思います。  次に、社会支出、これはOECDで社会保障給付プラス施設整備費等を足したものでございますが、この社会支出の国際比較を見てみたいと思います。三のグラフをお開きください。三のグラフはOECD基準の社会支出を国際的に見たもので、国民所得、NI、ナショナルインカム、ないし国内総生産、GDPに占める社会支出の割合が、欧米先進国の比較では日本はアメリカよりやや高い程度のもので、それぞれ約二五%と約二〇%の程度です。スウェーデンではそれぞれ四〇%台、三〇%台と比べると、日本は極めて低くなっています。  したがって、現在の段階では、人口高齢化ではほとんど差のないスウェーデンと比べても国民経済に占める社会保障等の社会支出はまだそれほど多くないということを物語っています。将来的には、福祉国家のタイプいかんにかかわらず、我が国が言わばスウェーデン並みになることは十分予想として付けることができます。  なお、この国民負担率と潜在的国民負担率の差が日本は非常に大きくなっておりますが、これは御案内のように、財政赤字が最も大きいことを反映しております。  我が国は国民負担率の抑制の目安を五〇%に置いておりますが、スウェーデン、フランス、ドイツでは既に国民所得対比で、NI対比で五〇%を上回っており、特段その国で経済危機的状況、財政危機的状況を表しているとは言えません。そもそも年金等の所得保障が発展してくると国民の負担も大きくなりますが、それにより給付を受ける分も大きくなりますので、国民負担率が名目的に上がっても、国民経済が圧迫されて苦しくなるとは必ずしも言えません。  念のために申し上げますと、私見では、名目国民負担率から所得保障還元率を引いた数値を実質的国民負担率と私は呼んでおりますけれども、それは日本の場合、一九九〇年から今日に至るまでむしろ傾向的に下がっております。年金などの所得保障が進めば名目的には国民負担率が上がりますけれども、実質的には必ずしも上がるものとは言えません。  今日のところはこれまでとして、次の例示として、近年国民的に注目されている介護サービスの国際比較を四のグラフで見ていただきます。  スウェーデンとデンマークといった北欧が対GDP比で群を抜いていることは一目でお分かりいただけると思いますが、日本も二〇〇〇年の介護保険発足の前後から急速に比率が上昇していることが目に付きます。現在の時点の数字はここには書いておりませんけれども、今の勢いで行きますと、二十一世紀の前半のうちには急速な人口高齢化を反映して北欧水準を突破するのではないかと思います。  次に、現時点での社会支出の政策分野別の割合を国際比較してみることにしましょう。  五のグラフにあるように、日本は超少子化のイタリアと割合似た政策分野別構成割合を持っています。イタリアは下から二番目です。特に、高齢関係の支出が日本の場合四六・七%と群を抜いて大きく、障害者等の関係支出が四・三%、家族、これは児童を含みますが四・〇%、比較的少ないことが特徴となっています。  国際比較では、各国の制度が異なるため単純な数量的比較はできませんけれども、やはりこの間の日本は高齢政策に最大の力点を置いてきたことの政策的反映がそこにあることは間違いありません。逆に、障害や児童福祉、児童家庭の分野の支出が必ずしも他の先進国と比べて大きくなかったことをそれなりに物語っていると思います。  また、積極的労働政策ということで、旧労働省がやっている対策でございますけれども、この点では一・六二%と日本はアメリカに次いで低いことも注目に値します。    〔会長退席、理事加納時男君着席〕  以上、お話しした点は国際比較のことで、これからは日本状況についてお話しします。  まず六のグラフを御覧ください。  これは私どもの社会保障・人口問題研究所の将来人口推計の推移でありまして、二〇〇五年の国勢調査、センサスに基づいて私どもが推計したものであります。  二〇五六年から二一〇五年までは長期の人口推計分析の参考とするために示しております。二〇〇五年一億二千七百七十七万人をピークに、二〇五五年には日本人口は八千九百九十三万人と九千万人を割り、さらに二一〇五年には四千四百五十九万人と五千万人を大幅に割り込むと推計されています。このままいけばということで、それに対するいろんな対応があればこの数字は動いていきますけれども、現在の時点で見るとそういうことが言えるということでございます。したがって、巨視的、長期的に見ると、絶えず右肩上がりで増加してきた日本人口が、日本の歴史を大きく縮小するという大変な事態を迎えるわけでございます。  老年人口比も、二〇〇五年の二〇%から二〇五五年の四一%とほぼ倍になり、逆に生産年齢人口、十五歳から六十四歳は六六%から五一%と一五ポイント減少し、年少人口は一四%から八%と六ポイント減少し、その分、二一ポイントが老年人口で増えるということになります。  ただし、ここでちょっと注目していただきたいのは、老年人口数の厚さは二十一世紀前半においては余り変わらない、同じ幅で落ちているわけで、二十一世紀後半にはそれがだんだん薄くなっていくということが言えると思います。  次に、こうした人口動向の中で生産年齢人口の概念も再検討する必要があるのではないかと私は考えます。  確かに、国連などで世界各国の比較をする場合には、六十五歳以上を老年人口として、十五歳から六十四歳を生産年齢人口、十四歳未満は年少人口として年齢人口を三区分するのが通例ですけれども、先進国の場合、一方で高学歴化とサービス経済化、情報革命などがあり、他方で社会保障制度の充実もあって、六十五歳以上を老年人口とすることには無理が出てきます。また、十五歳では高学歴化を反映できないため、もう少し年少人口も引き上げる必要性があります。  これは私の持論でございますけれども、二十一世紀後半に向かって五十年間の生産年齢人口という仮定を置きますと、第一段階としては、二十歳から六十九歳まで生産年齢人口を引き上げ、七十歳以上を老年人口として、そして二十歳未満を年少人口とするような社会システムに転換することを訴えたいと思います。また、第二段階として、更に二十五歳から七十四歳までを生産年齢人口として、七十五歳を老年人口、二十五歳未満を年少人口とするような社会システム転換を図ることが日本社会の大戦略と考えます。  私個人は昨年いわゆる前期高齢者の仲間入りをいたしましたが、自らは熟年後期と位置付け、国家国民のために頑張っておりますので、個人的にも前期高齢者として老年人口の中に入れてほしくない気持ちでございます。    〔理事加納時男君退席、会長着席〕  ここで、二十五歳までの年少人口ということには若干の御疑問もあるかと思いますけれども、これは大学院等の高学歴化が進むということと、それから、いろんな障害を持っている方々も二十四歳までにしっかりいろいろな教育を受けられますと、例えば知的障害者についてもいろんな仕事が見付かりますし、今のように養護学校を終わってそれまでと、あるいはややお茶を濁した形で養護学校高等部に行くということで、学校を卒業しますと小規模作業所とか授産所に行くということで、一般就労の道はほとんど閉ざされているわけでありますので、その辺りも大きく変わっていくと思います。  さらに、七のグラフを見ていただきます。これはあえて作ったんです。  一番上のAは、現行の六十五歳以上を老年人口とした場合の老年人口従属指数、言い換えれば生産年齢人口何人で老齢人口一人を支えるかの指数でありますが、Aの方は一人の老年者を一・二五人、この逆数ですね、で支えることになっています。しかし、真ん中のBは七十歳以上を老年人口とした場合の指数でありまして、逆数で言いますと一・六一人で一人の老年者を、そして最後のCですね、私の第二段目と申しました七十五歳以上を老年人口とした場合の指数では、逆数で二・一七人で一人の老年者を支えるという結果になります。  御覧いただくと分かるように、特にBもCも二十一世紀後半においては極めて安定した推移を保っているわけですので、言い換えれば、もしCのような可能性があれば、二人強で一人の老年者を支えるという極めて安定した人口構成の社会が誕生いたします。  もちろん今すぐ七十四歳まで働けということではございません。働ける方は七十四歳までは少なくともできるように社会意識や社会システムの転換を図るということを時間を掛けて行っていく必要があるということでございます。  よく生産年齢人口の減少を外国人の移入でと安易におっしゃる方がいらっしゃいますけれども、日本が外国人を積極的に招くことには私も大いに賛成しておりますが、さきの六のグラフで見たように、この五十年間で四千万人弱ほど減る生産年齢人口を外国人でカバーできることはオーダーが余りに違いがあり、日本列島の半分に外国人が住んでもらっても間に合わないぐらいなようでございますので、やはり現実的ではないと思います。やはり日本国民の英知と努力でそれを乗り越えるためには、生産年齢人口を変え社会の国民の意識や社会システムの変換を図っていく必要があると思います。  さて、我が国の国民生活の土壌においては、社会保障は深く根差しております。  八のグラフを見ますと、これは年金、医療、福祉その他のよく出てくるグラフでございますけれども、二〇〇五年度は、年金は四十六兆円、五二・七%、医療は二十八兆円、三二・〇%、福祉その他は十三・五兆円、一五・四%となっております。  いわゆる福祉サービスは福祉その他の中に入っていますが、確かに一九九〇年度には年金、医療、福祉その他がおおよそ五対四対一であったのを当時の厚生大臣、大内啓伍先生だったと思いますが、の諮問会議で二十一世紀福祉ビジョンを発表し、その中では五対四対一を五対三対二にしようという提案がなされました。現在のところまだ福祉その他は二〇%台の大台には至っていませんが、それに近づきつつあるのか、それに至らないで停滞しているか、ここは解釈のあるところでございます。  次に、グラフの九の一と九の二を御覧ください。  これらのグラフは、国民所得に占める社会保険料と社会保障給付の割合をそれぞれ表したものです。  今日の社会保障は、例えば高齢者にとって老後生活の転ばぬ先のつえではありません。高齢者生活のセーフティーネットであり、さらにそれだけではなく、高齢者生活の一部として地域社会のソフトな生活基盤を成しております。残念ながら、それを統計的に表すデータは意外と少ないので、三年ごとの厚生労働省所得再分配調査に基づいて九の一、九の二のグラフを作ってみた次第です。  九の一、上の方のグラフでございますけれども、これは可処分所得、当初所得ですね、税金とか保険料を除いた分ですけれども、それに占める社会保険料拠出の割合を全世帯高齢者世帯について取っております。  一九九〇年から三年ごとに二〇〇五年までにわたって統計を取りますと、社会保険料が全世帯にとっては七%から一一%と上昇していることが分かります。また、高齢者世帯にとっての負担は相対的に低く、三・五%から順々に上がって六・〇%となっております。いずれにいたしましても、国民生活生活費の中にごく一部ですけれども社会保険料がしっかりとビルトインされていることがはっきりしているわけであります。  それから、他方、九の二のグラフを御覧いただきますと、高齢者世帯の可処分所得に占める社会保障給付は、一九九〇年の八六・五%から順々に上昇して、一九九九年には一〇〇%を突破し一〇三・四%、さらに二〇〇五年には一二一・五%になったり、何と可処分所得の倍以上になっているわけであります。いかに社会保障給付、特に年金が高齢者世帯生活を大きく支えているかが分かります。社会保障給付抜きに高齢者世帯の所得では半分以下の生活となってしまう状況になっています。このように統計的に見ると、社会保障は、あえて申しますと意外に少ない負担で高齢者全体の生活を大きく支えているというのが日本状況だと言えます。  この社会保障のうち対人福祉サービスが国民生活をどのように支えているかについては、従来必ずしも統計的に示されておらず、さっきの福祉その他では大まかに分かりますけど中身が分かりません。そこで、言わば国民の実感に基づいて語られることが極めて多かったと思います。しかし、高齢者、児童、障害児・者の三者に分けて、それぞれ統計的に見たのが十二と十三と十四のグラフです。  十二のグラフは、高齢者人口に占める介護サービス受給者の割合でございます。時間が来ましたのでちょっと省略いたしますが、これはあくまでも介護サービスという介護保険上のサービスを受けている者だけでありますので、その他のサービスも受けますともっと大きくなります。  それから、十三は児童人口に占める保育所入所児童についてのみ調べたものです。これはかなり大きくて、五歳以下では三〇%と三分の一になっているわけでございます。  それから、十四のグラフでございますけれども、障害児・者に占める障害福祉サービス利用者数でございます。これは、サービス利用者数七・〇%と非常に低く見えていますけれども、医療とかその他の、国の義務的経費であります障害福祉サービス以外の様々な地域のサービスはここには含まれていませんので、実際にはもっと大きくなります。その代わりには必ずしもなりませんけれども、障害者手帳交付者の数を見ますと何と八四・〇%で、この障害者手帳は通学、通勤の割引から、その他様々なものに使われておるわけでありまして、かなり利用者数は多いということが言えるかと思います。  以上、いろいろと福祉と暮らしの関係を縦割り的に見てきましたけれども、地域レベルでトータルのものとして統計的に見るとどのように言えるでしょうか。  近年、厚生省社会局で作った資料で、十五の図を見ていただきたいと思います。一中学校区、これは平均人口で一万一千六百二十三人で、全国の中学校数は一万九百九十二校でございます。非常に平均的な数字でいいますと、医療二十九億五千万円を除いても、介護六億円、要介護者三百九十四人、生活保護二億四千万円、被保護世帯人員百三十八人、児童、特に保育ですけれども、一億一千万円、保育所児童数百九十六人、障害八千万円、自立支援給付者数四十七人と、かなりの金額、これを合わせて十億三千万円が地域住民、少なくともここで挙げている利用者としては、七百七十五人に給付されています。それだけではなく、それをさらに支える豊富な社会資源の存在、下の方にございますけれども、そういうものが大きく底支えをしているわけであります。  今や福祉サービスは、この高齢者、児童、障害者の一人一人にとって必要不可欠な生活支援となっており、地域住民にとって安心で安全なソフトな生活基盤となっています。こうした生活基盤に関しては、税や社会保険だけで対応するものだけではなくて、社会福祉協議会、民生委員、ボランティア、NPO、自治会など、非営利の住民の活動によって支えるものもありますので、どうか国会の先生方も、地域福祉の視点から、お金の掛かる福祉サービスばかりでなく、必ずしもお金の掛からない非営利の市民活動を活発化させる施策の取組にも御理解いただけるようにお願いしたいと思います。  最後に、比喩的に申し上げますと、福祉生活という家の庭に植えた一本の庭木のようなものだと例えることができます。ある程度大きくなってきますと、水をやったり肥料をやったりしなければ育たないだけではなくて、枯れてしまうのであります。今そういう危険が非常に叫ばれている社会状況にあります。もちろん、木を健全に育てるには、無駄枝を切り払ったりする剪定も必要ですし、また木が枯れてしまうような過度な、過剰な肥料をやったりしてもいけません。皆で大切に温かい心でもって、時間を掛け、手を掛けて育てなければいけないと思います。そうすれば、やがて花が咲き、実もなり、しかも冬になれば、木の葉も落ち葉となり、庭木の肥やしにもなり、土壌を潤します。その土壌から次世代のほかの草花たちも育っていくわけであります。決して手を掛けた分だけ負担が多くなるということではありません。その分給付が増え、サービスの質的向上があったり、その他多くの波及効果がもたらされると思います。いろいろな政策的対立もありましょうが、大所高所から社会福祉の増進に超党派で取り組めるところは取り組んでいただけることを期待したいと思います。  私は、国民経済社会保障の関係に関しましては、既に慶応義塾大学出版会から昨年八月に「社会保障と日本経済」という専門書を刊行しておりますが、本日は国民生活社会保障の関係の一部にあえて的を絞ってお話をさせていただきました。冒頭に申し上げたように、我が国は類を見ない少子高齢・人口減少社会に突入する中で、国民の意識改革と社会システムの変換を抜本的に図り、世界に範を示すような公私の総合的な福祉的取組を国民的総意で行い、早急に対応していくべきだと申し上げ、私の話を終わります。  どうも御清聴ありがとうございました。
  7. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) 京極参考人、ありがとうございました。  以上で参考人からの意見聴取は終わります。  これより参考人に対する質疑を行いたいと思います。  本日の質疑でありますけれども、あらかじめ質疑者を定めずに行いたいと思います。質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を待って、着席のままで結構です、御発言くださるようにお願い申し上げます。  なお、質疑に当たっては、参考人方々の御意見の確認など、簡潔に行っていただきますよう御協力をお願い申し上げます。  それでは、質疑のある方の挙手を願います。  舟山康江君。
  8. 舟山康江

    舟山康江君 お二人の参考人、どうもありがとうございました。  民主党の舟山と申しますけれども、私から岩田参考人に質問をさせていただきたいというふうに思います。  お話の中で、お話というか、お話とこの資料の中で、固定貧困と結び付く要因の中で私が愕然といたしましたのは、子供の有無で、特に子供三人以上を持つとこの固定貧困と非常に結び付きやすい因果関係があるということで、片や少子化に歯止めを掛けていかなければいけないという国の方向がある一方で、こういう状況、こういった結果が出ますと非常に子供はますます持ちにくい。子供がいると非常に貧困に結び付くということは、政策的に誘導していこうという方向と逆行するのかなというふうに思っています。  そういった意味で、ここでいう貧困の定義、先ほどの御説明の中で、生活保護水準を基準に、常に下回っている層を固定貧困というふうに定義されておりましたけれども、これは子供が三人以上いるとそういった層が多いというのは、子供がいると高収入の職に就きにくいということがあるのか、それともそのほかの要因があるのか、なぜなのかというところをお聞きしたいのが一点と。  もう一つ岩田参考人の御主張の中で、家賃補助をするべきではないかというお話が随所、いろいろなインタビュー記事ですとか著書の中からもうかがえるんですけれども、今の生活保護の制度とは別に、家賃保護があれば例えば生活保護の給付も減らせるという方向なのか、その辺の関連性をもう少し補足して御説明いただきたいなと思うことと。  あと、以前に実は私、生活保護対ワーキングプア、ワーキングプアを生活保護で救うべきかどうかというような著書を書いた大山さんという方のお話を伺ったことがあるんですけれども、なかなかそのワーキングプア、今問題になっているのは、ワーキングプアの人たちが働いても生活保護よりも低い収入しか得られない、だけどその生活保護も受けられないというような問題点を指摘していまして、それが非常に社会的にも問題になっていますけれども、そのワーキングプアに対して生活保護である程度下支えすべきなのか、全額じゃなくても、足りない分、不足する分を生活保護で補てんすることである程度問題の解決に結び付いていくのか、それとも逆に、そういった生活保護の支援があれば働くことへのインセンティブが薄れていくのか、その辺の関連性を少し御指摘いただければと思いますので、よろしくお願いいたします。
  9. 岩田正美

    参考人岩田正美君) 三点御質問いただきました。  第一点目ですけれども、まず子供の数ですね。これは生活保護基準で測っていますので、子供が増えると基準値が上がっていきます。先生方御承知のように、生活保護基準はこの間少し、補正する前まで多人数になると非常に高くなるんじゃないかということが大変言われまして、それでそこを少し圧縮するような改正をしてあります。この調査、私どももそのことが影響しているのかなと最初思っていたんですけれども、この調査の最後の時点では、その圧縮、少し補正したものでやってもやっぱり出てきますね。これは、収入が減ったというよりは、もちろん女性が働けなくなるということが一つあります。女性の収入が減るということが一つありますね。しかし、やはり一人増えることによる生活費の拡大ということと二つかと思います。  貧困に絶対にならない方法というのは、私は日本女子大学で教えていますので、女子学生に日ごろから言っているんですけど、あなたたち貧困になりたくなければ絶対フルタイム就業継続する。結婚する、しかしフルタイム就労を継続する、そして子供を持たない、この三つの条件がそろったときに初めて一生貧困線から落ちないけれども、一個でも関係すると落ちるかもしれませんよという冗談を言っていますけれども、大体そのように出てきます。これが一点目ですね。  それから、二点目の家賃なんですけれども、これは、生活保護の住宅扶助という扶助を拡大していくという手もある、つまり単給というやり方ですね、というやり方もあるし、それをやめちゃって、別途ほかの先進諸国のように住宅手当というやり方をするという手もあります。  それで、なぜ住宅かということですが、ほかの生活財と違いまして、御承知のように住宅は単純な消費財ではありません。これは、先ほど言いましたように、社会でその人の言わば居場所といいますか定点をつくっていく非常に重要な生活基盤になります。先ほどネットカフェにしてもホームレスにしても、家を出る、普通のアパートを出て、あるいは持家の場合はこれは借金とかいろいろ重なるんですけれども、出て路上に来ますけれども、その多くは家賃が払えなくなったということなんですね。  それから、今の子供が増えていくときの若い世代はやはり家賃負担が非常に高いので、この家賃部分に対する補助というのは想像以上に大きな私は役割を果たすだろうと思っています。それがあれば、高齢者の場合は年金とセットでやっていけるとか、生活保護をパーツ化すると言ったらいいんでしょうか、つまり、一番基本的なベースと日常生活費というのを切り離して別の保障体系にしていくというような考え方が当然あるだろうと思います。  ちなみに、近年のイギリスでは、ワークフェアという言い方に代わってアセット・ベースド・ウエルフェアという言い方がありまして、つまり、広い意味ですけれども、生活基盤をフローではなくて基盤保障しようという考え方が非常に強く出てきていますけれども、そういうものにも近づいていくのではないかと思います。  それから、三点目のワーキングプアと生活保護の問題ですが、生活保護を稼働年齢層が利用すると労働インセンティブが低まるんじゃないかというのが、これが近代社会を貫く非常に強い疑念でして、どこの国でもここに苦慮していくわけですけれども、生活保護の使い方に二つあるかなと思うんですね。  一つは、例えば高齢期で年金が足りなくてそれを補充するという意味で、あるいは重度の障害者なんかの場合に言わば恒久的な所得保障として機能する場合と、そうではなくて短期的に、さっき言った一時貧困のような形に入ったときにばっと出ていって押し上げるという非常に短期的な働き方をするという、二通りの役割があると思います。  これは生活保護のような公的扶助の設計の仕方ですが、この二つを制度的に分離するというやり方もあれば、日本のように一つの制度でそれを実施するというやり方が当然あるわけです。日本の場合は一つの制度でやりますので、そこの仕分の仕方が現場で非常に難しいのかもしれないなと思うんですが、短期的に出て押し上げるという役割が弱いわけですね。これは生活保護制度が始まった当初は結構やっていたことなんですけれども、次第にそういう機能が非常に弱まっています。  これは、所得保障をどういう形でやるか、それから、もちろん就労支援や先ほど言った生活基盤の設定みたいなものとどういうふうにかみ合わせながらやっていくかという問題がありますけれども、当然、生活保護というのは、生活保護に、全部なくても生活保護というふうになると特定の層になっちゃうんですね。これがさっき言った社会的排除ということですが、特定階層になっちゃう。  そうではなくて、生活保護は社会保険や賃金や何かの不足部分に一時的に入るというふうに考えれば、非常に補足的なものとしてもっと使いやすい、しかも出やすいような制度設計というのが可能だろうと私どもは考えているわけですが、ですから、やっぱりさっき言った二つは違うということを前提にした制度設計やあるいは行政というのが大事ではないかと思います。
  10. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) 愛知治郎君。
  11. 愛知治郎

    ○愛知治郎君 自民党の愛知治郎と申します。  両参考人におきましては、本当にお忙しい中お越しいただきまして、ありがとうございます。また、大変有意義な御講義いただきました。私にとっては正直なところちょっと余りにも高度で難し過ぎたという感があるんで、ちょっと価値観等を含めて簡単に教えていただきたいというふうに思うんですが。  まず、岩田参考人におかれまして、貧困というお話をされているんですけれども、常日ごろ私自身も迷っているというか、よく分からずに困っておるんですが、元々私自身が国会議員になったのは本当に困っている人を助けたいという思いがあるんですけれども、じゃ、どういう人をどういうふうに救えば、助ければいいのかというのは非常に迷っているところがあります。  というのは、貧困言葉一つでも、例えば世界的な基準からいうと、これはいろんな見方があると思うんですけれども、一日一ドル以下の生活者の方、世界的な基準で貧困と呼んだりもするんですが、いろんな見方があると思うんですけれども、この定義について是非先生のお考えを伺いたいと思います。  資料によりますと、対象世帯年収生活保護基準で割ったのを貧困と判断ということですけれども、素朴な疑問なんですが、例えば年収が全くないという方でも、例えば貯金が一億円ある人で年収が全くない人というのは、収入はゼロですから基準で測ると貧困になっちゃうのか、その辺のことをちょっと先生なりの分析の仕方を教えていただきたいというふうに思います。  そして、両参考人にお伺いをしたいんですが、この調査会では幸福度の高い社会構築ということで、非常に難しいテーマですけれども大事なテーマについていろいろ議論をしておるんですが、私自身は、特になんですけれども、マスコミと社会の在り方について非常にこのままでいいのかという問題意識を持っております。  例えば、若い人、私もそうだったんですけれども、特にお金があるわけではないですけれども、そのときにおもしろおかしく楽しくハッピーに暮らしていた、だけれども、あなたは貧困貧困だと言われてみたり、不幸なんだよって何となく社会がそう言っているんじゃないか、その基準に当てはまると、ああ自分は不幸なんじゃないかと思ってみたり、京極参考人おっしゃられましたけれども、まだまだ若々しくて元気いっぱいに働いて世の中で生き生きと活動している方が、高齢者高齢者だ、老人だ、もう弱いんだ弱いんだと言われていると、だんだん後ろ向きになって、自分は弱いんじゃないかというふうに思ってしまったり、また、私自身、身内というか近しい人に凶悪犯罪に巻き込まれたという方はいないし、そういう話は聞いたことないんですけれども、いろんな事件報道されるたびに、世の中本当に恐ろしいんじゃないか、いつ何があるか分からない、怖い怖いという意識を持ってしまうとどんどん後ろ向きになってしまう。そういった社会の在り方に対して、これは両参考人の価値観で結構ですので、ちょっと御感想というか、お話をいただきたいと思います。  ちょっと多くなって申し訳ないんですけれども、京極参考人におかれまして、福祉の在り方について参考人の御意見をいただきたいと思います。  といいますのは、先ほど参考人のお話の中でも、まだまだ私自身も元気いっぱいだしという話もありましたし、生涯現役で働けるような体制をつくるべきだというお話をされました。私も全く同感なんですが、同じお金を使うんであれば、やはりだれかに世話になっているというか、自分自身が自ら働いて幸せをつかんでいくというのが私はより幸福だと思うんですけれども、そういった社会を実現するための施策、福祉政策についてどのように効率的にお金を使っていくべきか、どのような政策を取っていくべきか、先生なりのお考えがあったら教えていただきたいと思います。  最後になりますけれども、両参考人に、これは価値観で結構です、両参考人にとっての幸福とはどういったものか、お考えを伺わせていただきたいと思います。  以上です。
  12. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) そうしますれば、貧困の定義、岩田参考人京極参考人福祉の在り方。そして、両参考人から報道と社会の在り方並びに幸福の価値観ということでよろしいですか。  それでは、岩田参考人お願いを申し上げます。
  13. 岩田正美

    参考人岩田正美君) じゃ、貧困の定義ということで。
  14. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) はい、まずそれでお願いします。
  15. 岩田正美

    参考人岩田正美君) 貧困の定義は非常に長い歴史を持ち、それをここでくだくだしく申し上げるまでもないと思いますが、日本で一番よく使われているのが生活保護基準でございます。生活保護基準は、言わば公認の貧困基準というふうに考えていい。つまり、国が定めた最低生活費ということでございますが、現在それは相対的な手法で決められております。ただ、根っこにあるのは最低生活費ということですね。これに対して、例えばOECDがやっているような相対所得のやり方とか、それから主観的貧困と言いまして、あなたは幾らあったら最低生活できると思うかというような調査をしてやっていくとか、いろんな方法があります。  多分、御質問の趣旨は、収入でそれが測れるのかということだろうと思います。これは、調査の簡便上、収入か消費水準を使うというのが大体の慣習なんですけれども、当然、例えば生活保護は実際には資産調査をしますので、資産をどういうふうに運用していくかといいますか、流動化させていくかというのは、もう一つの特に高齢者をやる場合には非常に大きな問題になります。  ちなみに、ちょっとどんなふうな感じかというのを申し上げておきますと、今保護基準がどのぐらいかというのは多分御承知かと思いますが、大体今一二パーミルですから、パーセントにすると一・二%ぐらいの方が生活保護を受けていらっしゃいます。それで、さっきの三十何%というのは貧困経験ですから、非常にそれに比べると多いですが。  これではなくて、全国消費実態調査という全国のすべての家計のサンプルを一応対象にした家計調査がございますけれども、その算定でやりますと、大体収入だけでやりますと八%ぐらいになります。ですから、八倍ぐらいですね。生活保護を実際受けていらっしゃる方の八倍ぐらいの方が保護基準以下の収入だということになります。これに金融資産、ここから金融資産を除いてみます。生活保護は、今保護費の半年分しか手持ち現金認めていませんので、そこまで圧縮してみますと大体三%ぐらいになります。つまり、それでも三倍ぐらいの生活保護基準より下回る世帯がいるということは統計的に立証されています。  ただし、不動産については非常にその算定が難しいので、評価が難しいので、不動産をリバースモーゲージのような形にして生活費を貸し付ける、そこまで全部ばらせという話までは試算は今のところできていませんけれども、貯金だけでいいますとそういうふうになります。これは平均的なものですね。高齢者の場合はより多くなるかもしれません。  ただし、御承知のように、近年貯蓄率は日本では非常に落ちてきております。持家率も一定になっています。日本はこれまで持家率の高さと貯蓄率の高さで、例えばヨーロッパと比較するときに、いつもそのことが私どもの留保条件としてあったんですけれども、今逆転しています。  ついせんだってイギリスから研究者が来まして、その点のディスカッションをしたら、イギリスは今もう二十代、三十代で持家ブームでして、さっき言いましたアセット・ベースド・ウエルフェアということで資産に、非常に強化しようというような政策を打ち出しているものですから、日本は全く逆の方向を向いています。ですから、当然その点を考慮して細かく算定していく必要があって、何段階か貧困でもしていく必要があるというのは御指摘のとおりです。  しかし、じゃみんながハッピーかというと、今の統計数字だけで見るとそうでもない。我々が思っている以上に圧縮された状況にある人たちが一群いるということですね。さっき言ったように両極になっていますから、あるいは先生の周辺の方は多分上の方でいらっしゃるのかもしれません。  以上です。
  16. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) ありがとうございます。  それでは、福祉の在り方について京極参考人お願いいたします。
  17. 京極高宣

    参考人京極高宣君) 三つぐらい質問があったので。  今マスコミなどで……
  18. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) 報道とそれから社会の在り方は後ほどお答えいただき、取りあえず福祉の在り方について、京極参考人、よろしくお願いを申し上げます。
  19. 京極高宣

    参考人京極高宣君) 分かりました。  二番目の点でございますけれども、特に近年、イギリスなどは、ブレア政権などで言われているように、ウエルフェア・ツー・ワークと、福祉から仕事へというスローガンがございますけれども、我が国においても低所得の方あるいは様々なハンディキャップを持っている方々お金やサービスを提供するだけではこれからの福祉社会の在り方としては正しくないのではないかと。  今般も、障害者基本計画、私は内閣総理大臣任命の中央障害者施策推進協議会の会長をやっておりますけれども、この会ができる前に有識者会議がございまして、障害者長期計画を立てるときも、障害者の就労支援ということを相当重きに置いて考えよと。今まではお金やサービス給付のことは相当やってきたわけですけれども、働ける方には働けるチャンスを与え、また能力を開発するというところにウエートを置いてきまして、言葉はちょっと適切かどうか分かりませんけど、消極的な福祉でなく積極的な、人々の能力を発揮できるような形でやると。  そのときも内閣の官邸で私も話したんですけれども、例えば五百万円のお金を重い障害者の方に配るのがいいのか、あるいは、それにもう五百万足して一千万掛けてその方々に、仮に、理想の姿ですけれども、五百万稼得収入を得ていただくと。そうすると、実際には倍の費用を掛けて、一千万掛けて五百万障害者が稼ぎ出すと。一見、差額が五百万で大して変わらないように見えますけれども、実は国民経済的に見ると、前者は五百万の経済的な刺激しかありませんけれども、後者の対応では一千万プラス五百万の稼得ということで、一千五百万の経済的な刺激がある。そのことが障害者の自立にとって大きな役割を果たしますし、またそのことが周囲の方々に非常に希望を与えたりということもあるということで、是非そういう新しい、前向きの福祉の方向に進むべきではないかというふうに思っております。
  20. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) ありがとうございます。  それでは、両参考人に、報道と社会の在り方、並びに幸福度の高いというふうな思いに立ってのそれぞれの参考人の価値観をお話しをいただきたいと思います。
  21. 岩田正美

    参考人岩田正美君) マスメディアの役割というのは、もちろん大変大きなものがあると思います。しかし、ちょっと注意いただきたいのは、私の調査は比較的若い層の調査をしておりまして、若い層というのは新聞なんか読まないというのは先生方御存じでしょうか。私どもの学生に、毎年四月には私の授業、ゼミで、例えば百五十人ぐらいの授業のときに、毎日、新聞読んでいる人と手を挙げさせますと十人に満たないんです。次に、テレビでニュースないしは報道番組見る人と言っても十人ぐらいですね。  それで、じゃ一体どうやって情報を得るんだろうというのが私のいつも疑念で、いろいろ聞いても、何かうんとかすんとか言ってよく分からないんですが、じゃ若い人はどういう感じ自分状況を見ているか。多分、マスメディアではないメディアということを私どもはもうそろそろ考え、これはインターネットの問題や、インターネットというよりはメールとか、こういう中でのミニコミュニケーションみたいなものの増幅の問題とかあると思いますし、いわゆる報道的なものではないもの、コミックスとか、もっと大きな文化状況の中で取り上げられているようなことというようなことが私はあるのかなと思います。  それから、ついせんだって、私はゼミの学生にそれでいろいろ聞いてみましたら、今の若い人たちは学生のときからサークルよりもアルバイトを熱心にやっております。私どもの大学でさえそうでございます。そういうところで見聞きするものというのも結構大きいんですね。ですから、マスメディアの役割で、私どものように割合活字中毒のような世代やテレビをよく見ている高齢者と若い層というのは少しいろいろ区分しながらその影響というのも見ていく必要があるかなというふうに思っていますが、もちろん大変大きな役割を果たすと思います。  それと、幸福の方も、難しい御質問ですが、私はこういうふうに考えております。自分社会の中で自分なりの役割を果たせるようなそういう参加ができる、あるいはその参加できる条件が整っているということだろうと思います。私個人に関していいますと、幸いこういう研究職に就くことができまして、私自身がやりたい研究というものを曲がりなりにもできているというのは何にも増して幸福だと思います。  ついせんだって、ちょっと変な話ですけれども、美容院に行きまして、非常に若い男性で、私の髪を切ってくれた男性と話して、そうしたらちょっと賃金の話になって、結婚ができるかなというぐらいの収入だと言うんですね、私がちょっと聞いたら。でも、自分はこの仕事がとっても好きで、これに就けたというのはもう賃金に代えられないと言うんですけれども、でも結婚したらそうはいかないだろうなと。結婚したら、だから好きな仕事は辞めなきゃならないかもしれないというようなことをちょっと言っていました。その辺りがやっぱり条件ということになる。  その人なりにやりたい仕事を通して社会に参加できる、こういうことができて、更に言うと、私はホームレス調査や何かをしておりますけれども、これは自分の商売上ということよりも、やっぱりそういう人たちが片っ方にいて、非常に少数でもいて、そして私はそうではなくて、うちに帰ってぬくぬくしていられるという状況はやっぱり幸福を阻害する要素だというふうに私は思っています。つまり社会の中の自分ということで考えたいと思っています。ですから、そうしたみんながそれなりに、もちろんいろんな障害はありますけれども、しかしそれなりに参加できる、そしてその条件が最低限整っているということが幸福の条件かなと思います。
  22. 京極高宣

    参考人京極高宣君) 今マスコミ等でいろいろ貧困の問題を始め話題になっているテーマがございますけれども、私は、若い人たちがそれをどうとらえるかというのは、今、岩田先生がおっしゃったんですけれども、何らかの形で、特にテレビ等でフリーターとかニートとかそういう若い人たちが非常に惨めな思いをしているという取り上げ方をして、社会もそれに対してもうちょっと温かい手を差し伸べたらいいのではないかという、恐らくマスコミ的な正義感で取り上げるのはやむを得ないことかもしれませんけれども、ただちょっと不満を持ちますのは、かわいそうだ、惨めだということを余り強調しますと、やはりそう思っていない人まで本当にそう思ってしまうようなところがあって、私はもうちょっと前向きに取り上げられる記事も、記事というかテーマも、非常に若い人たちが頑張っていて、給料が低い中で意欲的に仕事している人たちもいるわけなんで、やっぱりそういうことを少し取り上げていただかないといけない。  障害者のことについてもそうです。すごく頑張っている方たちいっぱいいらっしゃいますので、そういうテーマも少し取り上げていただかなくちゃいけないんではないかと。ややセンセーショナルな問題を取り上げる方が視聴率が上がるということでやられているのでしょうけれども、ちょっと行き過ぎがこの間あるんじゃないかという感じをいたしております。  それから、幸福感ですけれども、例えば、もう昔の話になりますけれども、私ども学生時代は「キューポラのある街」なんという吉永小百合さんが出た映画がありますけれども、あのころは中学を卒業してすぐ東京へ出てきて働いている青年たちがいっぱいいて、しかし目を見ますとみんな輝いて仕事をしていたわけで、今の、じゃ学歴も大変あって、高卒以上でありますけれども、大学生なりあるいは卒業した学生もそうですけれども、元気で生き生きやっている人がどのぐらいいるかというとちょっと、当時の状況と比較いたしますと、何か低学歴で収入も低いんだけれども頑張っている意欲の姿と、今日は多少恵まれていると、もちろん親掛かりがあったりしてそこは割り引かなくちゃいけないとしても、随分状況は違うんじゃないか。  だから、やはり絶対的な数字で、あるいは物質的な数字で消費生活がどれだけ高ければ満足して幸福かということには結び付かないんじゃないかと。明日に生きるというか、明日に希望を持って生きようとするさまがなければやはり必ずしも幸福とは言えない。今日、どうも先行きが見えてこない。かつて高度成長時代のときは、学歴が低くても仕事に就いて夜間の高校に行くとか、それからさらに、だんだん働いていけば作業班でいうと班長になって団地に入れる、団地に入ってお金がたまれば一戸建てに行くみたいな、そういう一つのシンボルでありますけれども、そういった先行きが見えていたところで大分幸福感が違うんじゃないかと。今の場合は、絶対的に確かに今非常に厳しい、低所得の存在とか社会的剥奪状態というか排除の問題もございますけれども、それ以上に何か先行きが見えないところに問題点があるんじゃないかと。  そういう点では、最初の質問と関係いたしますけれども、マスコミ等の取り上げ方ももうちょっと前向きに物事をとらえていただけないかなと。非常にセンセーショナルな厳しい状況がこんなにあるんだということで、そのことが若者を奮起させるわけでもないし、社会がじゃそれに対して連帯して何とかしようというふうにもならないわけなんでございまして、その辺りをどう考えたらいいかというふうに思っています。  やっぱり教育の責任も大きいと思いますので、これはどういう教育を受けて青年たちが育ってきたのか、そういうこともかなり関係あるんじゃないかと思います。したがって、社会的、経済的な問題ということだけではなくて、そういったことも、それはどこの、大学教育が悪いとか高校教育が悪いとか中学校、初等教育が悪いということだけじゃなくて、学校教育や家庭教育その他全体に関係してくることじゃないかなと思っています。
  23. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) 松あきら君。
  24. 松あきら

    ○松あきら君 本日は、岩田先生そして京極先生、両先生、お忙しい中を当調査会に御出席を賜りまして本当にありがとうございます。それぞれすばらしい統計、またお話を聞かせていただいたというふうに思っております。  まず、岩田先生、先ほど家賃補助というお話も出ましたけれど、住宅の手当あるいは家賃補助がないというのは、世界的に見てこういう全国的制度がないのは先進国で日本だけだという先生のお書きになったものを読ませていただいて、私もちょっとショックを受けました。これは本当にしっかりと考えていかなければいけない問題であるというふうに思っております。  今、残念ながら生活保護という世帯も少しずつ増えてきている中で、昨年、児童扶養手当の一部削減が論じられました。私も実は与党PTの一員でございましたけれど、先ほどお金やサービスを提供するだけではない、就労支援というお話も出まして、もちろん私は、これはそういう意味では就労支援大事でございます。五年前にこれが決められたときは、民主党の方を始めみんな賛成だったんですね。ただお金を増やせばいい、差し上げればいいということではなくて、しっかりとスキルアップをしていただこう、就労支援をしようという、これは大事なこと。  でも、今回、じゃ本当に五年たってこれが収入が上がったか、自分の思っているところへ就労できているのかというと実はそうではない現実があるわけです。ですから、私は与党PTの中でも大反対をいたしまして、その数字が上がらなければ、今二百八万ですか、平均収入、要するに二百万ちょっと、これが十年近く動いてないんです、ほとんど。こういう現状の中でやっぱりこれはやるべきではないのではないかと。この数字がきちんと上がって、就労支援、好きな、ある程度思ったところで働けていてくださるという、やはりあれが出てこないとこれは軽々にはできないのではないかという意見を強硬に申し上げまして、これが凍結という形でストップしたわけで、これに対しては私はこれでよかったというふうに思っております。  今、ニート、フリーター、こういう問題も非常に大きく取り上げられまして、ワーキングプアと呼ばれる人たちが増えている、残念ながらそういう状況は事実であると思います。そうしますと、生活保護ということも現実的に増えてくる状況になってきてしまう。  アメリカでは勤労所得税額控除、EITCですか、英国では勤労税額控除、WTC、こういう実は仕組みがあるそうでありまして、もちろんアメリカやイギリスでもセーフティーネットとしての日本でいう生活保護のような公的扶助はあるわけでございますけれども、それとともにこういう制度があって、これはどういうことかというと、別にアメリカ、イギリスだけではなくてほかのヨーロッパの国などもこういう制度があるんですね。それは、勤労所得の控除額が所得額を上回ったとき、税額がゼロになるんじゃなくて上回った分から還付されるという税額控除制度の導入もあるそうなんですね。しかも、これが非常に貧困対策として有効だというふうに言われているそうなんです。こういうことを日本も考えていくという点に対して岩田先生はどうお考えになるのか、まずお伺いをしたいと思います。  それから、京極先生、私は、生産年齢の人口の定義をし直すという、バック・トゥー・ザ・フューチャーというのは本当に賛成でございまして、もう平均、日本年齢も上がっておりまして、みんな元気な高齢者が増えているわけでございますので、こういう考え方は私は大事だなというふうに思っております。  しかし、先生は、今日はすばらしいいろいろな統計を見せていただきました。日本の官僚も非常に優秀なので、データをさっと集めて、机上でと言うと怒られますけれども、社会保障給付の将来推定をして負担額を出しているわけです。けれども、それはそれで公平で正しい数字だとしても、先ほどまさにお話出ましたけれども、例えば収入はゼロでも貯蓄があるとか、その人によって全然違うんですね。例えば、所得が多い、そしてその上に家族に恵まれているとか、所得がない貯金もない上に孤独で独りで暮らしているとか、いろんな、しかも健康状況もそれぞれ違うわけですね。ですから、そうした個人、そして家族の健康状況経済状況、資産状況、家族関係、様々な要素というものを考えた上でなければ、本来その給付や負担というものはだれにとっても不満足なものになっちゃうんじゃないかなと思うんですね。  アメリカでは、実は、アメリカだけではないんですけど、この問題を克服するためにHRSというのがあるそうでございます。イギリスでは、エルスと読むのか、ELSAというんですか、何と読むのか、日本語では何というのかちょっと分からないですけど、これなどがありまして、ほかでももちろんやっているんですけれども、先進的なアメリカでは、このHRSというのはミシガン大学中心となりまして、二万人のサンプル、こういうすべてから統計を出すんですね。そうすると、一回当たり数億円掛かる、一人に換算すると統計を取るだけで数百ドルを投入するそうなんです。でも、それだけお金を投入してもきちんとこういうデータを取ることが実は非常に大事であるということがアメリカあるいはイギリス、欧州などでは出ているそうですけど、これに対して京極先生はどのようにお考えでいらっしゃいますのか、両先生に一問ずつお伺いをしたいと思います。
  25. 岩田正美

    参考人岩田正美君) 御質問は、多分ベーシックインカムとかネガティブタックスと言われるようなことに関してだと思いますが、その前に住宅手当のことについてちょっと補足させていただきます。  日本がなぜ社会保障としての住宅手当を持たずに済んだかといいますと、恐らく、御承知のようにやっぱり企業が住宅手当を賃金の中にかなり組み込んでいたと、これは児童手当なんかもそういう要素がありますが。ところが、現在、ますます非正規雇用が増えていく、あるいは様々な形での柔軟な労働者が増えていくと、そうした手当類が付いていかない雇用者が増えていくということになりますと、やはり社会保障としての住宅手当を考えなきゃならない。それから、高齢層は企業からもう離れていきますので、そこをどうするか。  特に高齢層に関して言いますと、例えば病院だとか特養なんかに入ったときにいわゆるホテルコストの徴収というのがございますけれども、これを取るためには住宅手当が後ろにあると、取りやすいと言ったら変ですけれども、つまり非常にイーブンな感じになるわけですね、どこにいても同じものが付いてくる、堂々取れるということになるので、非常に重要な制度だと私も思っています。  それはちょっと余計なことでございますが、先ほど御質問がありました税制度に乗せた所得保障というのは、普遍主義的なやり方で、つまり生活保護を受けている人だけじゃなくて税金を取られている人にとってもこれはベーシックインカムというふうになります、もしも、少しさっきのネガティブ・インカム・タックスからもうちょっと敷衍しますと、みんな例えば一律八万円とかというのを所得保障すると考えるわけですね。その八万円を、税金を払える人は減税分、払えない人は乗るというような、こういう考え方になります。  ネガティブの場合は逆に最低限というのを決めてその分を出していくということになりますが、この良さというのは、普遍主義的ですべての国民をカバーするために、さっき言った特定層をつくらないというのと、必ずしも労働インセンティブに余り抵触しないで済むという、ここがいいあれなんですね。労働インセンティブに抵触しないというのは語弊があるかもしれませんが、さっき言ったように、働きたくなくて寝転んでいる人はそれで寝転んでいればいいけれども、きちっとした参加が逆にできるといいますか、さっき言った、例えば美容師やりたかったら美容師ができると、そういうような意味でいい。  それからもう一つは、例えば今の福祉事務所のような機関が要らなくなっちゃうということですね、一々。そして、必要な人は必要なサービスは別にあると。所得保障は非常にすっきりしちゃうという点が非常に優れていると思いますけれども、やはり財源の問題が非常に大きくてなかなか難しい。ただ、これは税制と所得保障を一貫して考えるという意味では、今後日本でも非常に重要だと思います。  それから、ちょっと付け加えますと、さっき私が何回か申しましたアセット・ベースド・ウエルフェアという考え方は、このベーシックインカムを更に資産に転用した考え方で、所得保障ではなくて、これは特に子供の問題なんですけれども、例えば学校を出て社会に出ようとする寸前の子供に、例えばイギリスの場合ですけれども、日本円で十万円ぐらいをすべての子供に信託資金のように出しちゃうんです。それをどのようなテークオフのための手段に使うかというのはその子供にゆだねるというようなやり方で、これは、つまり子供はいろんな違うバックグラウンドで生まれてきますから最初から不平等なわけですけれども、その不平等をそこでそろえるというか、みんなまず、もちろんそれでそろうわけでもないんですけれども、特に持っていない子供がいきなり不利にならないというようなことで、アセット・ベースド・ウエルフェアという考え方に急速に今展開しています。  ですから、ベーシックインカムとかそういう税制との関連とかそういう資産との関連ですね、こういうのは、日本はようやくワークフェアにちょっと突入したばっかりみたいな感じで、二回りぐらい遅れちゃったというちょっと感じは持っていますけれども、もちろん各国それぞれの事情はありますから、まねすればいいというものではないんですけれども、研究の余地はあると思います。  それから、ちょっと統計のことを付け加えてもよろしいでしょうか。
  26. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) はい、どうぞ。
  27. 岩田正美

    参考人岩田正美君) 松委員がおっしゃった様々な調査の中で、さっき申しましたパネル調査というのは、アメリカですとミシガンが政府から請け負って非常に大規模に七〇年代から展開しております。ヨーロッパ各国やっております。それから、EUのレベルでEU統計局が大規模なヨーロッパ・パネルを実施しております。  いずれも非常にたくさんのお金を使ってやっておりますので、当然それをみんなが利用する、利用率が高ければ高いほどいいという判断をしておりますから、みんなが使います。みんなというのは、私どものような民間の私立大学にいる研究員でも使えるということになっていますが、日本の場合は統計法に阻まれて、日本は国がかなりいい調査をやっているんですけれども、個票といいまして、ミクロレベルのデータにアクセスすることが非常に難しいんですね。  是非この機会に、余計なこと、あれですけれども、先ほど来いろんな話をして、やっぱりエビデンスというのは非常に大事なので、せっかくいい調査しながら、みんなが使っていろんな分析をして、やっぱり国民生活の安定や向上に役立てるような施策の証拠にするというふうな形で、統計の問題は非常に大事だと思いますので、是非よろしくお願いしたいと思います。
  28. 京極高宣

    参考人京極高宣君) 統計のことに関しましては、先般、統計委員会の委員長である竹内啓先生ともお話ししたんですけれども、日本は国際的に見ますと、先進国の中で社会統計的なものに携わるスタッフが数分の一しかいないということで、全体として役所の中でも不十分だという、統計庁をつくるか否かというのはまた別問題としても、全体として非常に少ないということが言われています。  それから、議員御指摘のように、個々の調査についてもなかなか予算が今は厳しいときで、私どもの研究所でももうちょっと大量に調査したいと思ってもなかなかできないと。特に自然科学の方は、医学なんかでは単位が違いますので、ロットが違うといいますか、数千万の単位でお金を使っているんですけれども、私どもの社会科学系にしますと数百万というか百万単位ということが限界で、例えば大きな調査をコンサルタント会社をある程度アウトソーシングしながら利用するとなるとかなりできるんですけれども、これは研究所のスタッフの中でやりなさいということになっていますと、どうしても自分の器に合わせて調査を選ぶということになってしまいます。  ちなみに、前の厚生大臣でございました尾辻先生がお辞めになるときに、障害者の所得状況の把握とかあるいはそれに基づいた所得保障について、これから是非、後の厚労相に対しても、それから国に対してもやってほしいというお言葉を残されて辞めていったわけですけれども、残念ながらその遺訓は余り果たされていないと。  私どもも例えば障害者のことを、後ろに今随行で来ていただいていますけれども、勝又部長なんかが調査していますけれども、これ二地点で、二つの市を取って調べている。点と線という、まだ線までいかないんですね、点と点なんです。これを全国的にきちっと把握するためにはやっぱり億の金が要るわけなんで、そういうことをきちっと把握した上で、じゃ政策をどうするかということをしなくちゃいけないんですけど、どうしても運動論、障害者団体の方も運動論が先になりまして、要求は出てくるんですけど、その実態がどうなっているかというのは、個々のことは分かりますけど、全体としてどうなっているかというのはなかなかつかみにくい。そういう点でもう少し、厚生行政全般ですけれども、調査関係にも少し力を入れていく必要があるんじゃないかと思っております。  予算が厳しい中でも、医療関係を見てみますとうらやましいぐらいの予算が付きまして、私もかつては、国家公務員になって今研究所所長をやっていますけれども、それまでは大学の学長で十年やっていましたけれども、そういう厚生科研なんかの評価委員会入っていますと、このお金はちょっと使い過ぎているんじゃないかとか、あるいは文科省の厚生科学研究で基礎的な研究に入るので厚生労働省のように応用的、開発的な研究には向かないんじゃないかと。それが一件例えば若干半分になったりあるいは調査がいかなくなりますと、もう五件ぐらいの社会科学系の調査が浮かび上がってくるというようなことも経験いたしました。だから医療関係調査費を減らせとも言えませんですから、ただもうちょっとバランスよくこれからやっていかないと、日本社会全体がどうなるかという大きな社会保障との絡みで行く末を案じる状態で、また先進国でも日本が範を示すとなると、そういう実態に基づいたいろんな政策提言とか政策転換をしていかなくちゃいけない。そういう点では相当この十年間で充実を期待したいところでございます。  以上でございます。
  29. 松あきら

    ○松あきら君 両先生、ありがとうございました。
  30. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) 大門委員
  31. 大門実紀史

    大門実紀史君 日本共産党の大門でございます。今日は本当にありがとうございます。  両参考人一つのことをお聞きいたします。  この調査会幸福度をテーマにしておりますので、若干抽象的かも分かりませんけど、社会保障に対する基本的な考え方で、ヨーロッパといっても西ヨーロッパ、北欧のことでございますが、そういうヨーロッパと日本と何が違うんだろうということですけれども、例えば生活保護の話が先ほどからありましたけど、日本生活保護というと非常に暗いイメージがあって、もっと明るい生活保護にならないかなといつも思っているんですが。  例えばヨーロッパの場合ですと、人生にはまさかのときがある、病気になったり失業のときがある、そういうときにはセーフティーネットとして生活保護制度を活用して、また立ち直ったら元気に社会復帰するということになって、そういう形ですし、生活保護制度を利用したからといって周りから白い目で見られるということも余りない。むしろ生活保護を受けている状況のときをみんなで支えてあげる、激励してあげる、そういうスタンスがヨーロッパの方のお話を聞くとあるわけですが。  日本の場合は、もう申請するときから水際作戦でちょっと嫌がらせも受けたりして嫌な思いで生活保護を受ける。なおかつ、後で周りからも白い目で見られるところがあるし、親戚からは恥ずかしいと言われたりする。根本的に違うような気がしますし、また政府とかマスコミも、例えば一部暴力団が生活保護を受けながら高級車乗り回していたというようなことをわっとクローズアップする。あるいは、この前も一部の方が病院に通う交通費を物すごく使っていたと、これをわっと宣伝する。それで生活保護を下げていったり交通費を一律制限する、抑え込もうとする。かえって本当に困っている人がまた困ってしまうわけですけれども、そんなことで非常に暗いイメージがあるわけですけれども、この違いは何なのか。  ほかの社会保障にも共通するわけですけど、ヨーロッパとどこが違うのかと思うと、ヨーロッパは、社会保障、社会福祉が、国に税金を払って国にやってもらうというよりも、税金を納めてみんなで支え合うセーフティーネットという考え方が基本的にあるような気がするんです。日本の場合は、どうも納めた税金どこ行ったか分からなくなっちゃいますから、お上の施しとかせいぜい貧民救済というふうな、根本的に社会福祉に対する国のあるいは国民の意識も随分違っているような気がするんですが、その辺の基本的な考え方の違いで、両参考人、お考えのあることがあれば、ヨーロッパと日本ですね、違いで御意見あればお聞かせいただきたいというふうに思います。
  32. 岩田正美

    参考人岩田正美君) ちょっとどういうふうに言ったらいいか分かりませんけれども、ヨーロッパでももちろん公的扶助とか、ヨーロッパの場合、社会扶助と申しますけれども、に対する社会非難は大きいです。決してヨーロッパ社会でもこういう社会扶助への依存というような非難がないわけではありません。これはどうしても付きまとうところがあります。私は、もちろん程度の問題は、違いはもちろんあると思います。  何が違うかというと、社会保障全般で見ますと、この間、実はデンマークのこれは福祉とか社会保障の関係者じゃない普通の人と話したんですけれども、何が日本と違うかというと、日本はやり直しが非常にしづらい社会だということを言っていました。これは幸福度関係していると思いますが、さっき私が申しました参加ということですが、人生の中でいろんなやり直しや冒険というのが非常にしづらい社会なんですね。さっき申しましたように、貧困にならないためには継続をしないといけない社会なんですね。だから、最初ヒューマンキャピタルが全部決めてしまうような社会です。そのやり直しのときに制度が効くんですね、この公的扶助も含めて。やり直しを支えるために制度がひゅっと効く、支える、セーフティーネットというのはそういう意味だと私は思いますけれども。  日本の場合は、これだけ柔軟な生き方とか多様な生き方と言われているのに、統計で見ると、継続こそが安定の道なんですね。私は、若い人にそんなことを言うのは本当に腹立たしい思いがします。もっと自由にいろんな生き方ができていいわけですけれども、おっしゃるように、それを支える、そういうときに要所要所で出てくる制度というのがうまく機能しないということではないかというのが私の意見です。
  33. 京極高宣

    参考人京極高宣君) 大変難しい質問なので、私もヨーロッパの経験といっても、かなり過去のことになりますし、最近の状況、スウェーデンの国際会議に出てもちょっとよく分からないところがありますけれども、御指摘のように、やっぱり国民の権利意識というのは日本も最近強くなっていますけれども、より強いということが一つと、もう一つは、地域社会人たちが特に被保護者に対する支えといいますか、それがもう少し広いんじゃないかなと。  ちなみに、スウェーデンなどでは、生活保護は短期給付でコミューンが対応していますね。したがって、国がどうのこうのということではなくて、コミューン単位でやっていると。イギリスなどは、それぞれイングランド、スコットランド、ウェールズとか、そういう、大きな国ですけれども、対応していますし、ドイツなんかは州ごとに対応している。そうすると、地方自治と被保護者の関係というのは非常に密接でありますので、住民の方も、国が何か保護者を保護すれば我々は関係ないということではなくて、ソーシャルインクルージョンという考え方が出てきて、しかも海外の場合難しいのは、日本と違って民族問題でいろんな外国人労働者がいろいろ入ってくる中で様々の問題が起きているわけなんで、そういう中で、やはり日本の場合もある意味ではすごくシンプルなんですけれども、しかし、まだまだ、国民の権利意識の問題もあるし、それから地域での支えという点で、これは我々は関係ない、国がやるべきだという突き放しといいますか、そういうのが強いような気がいたします。  そんな感じで、はっきりした根拠のあることを申し上げることはできませんけれども、地方分権化の在り方とも関係しているんではないかという印象を持っております。
  34. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) その他、質疑を求めます。  中谷智司君。
  35. 中谷智司

    ○中谷智司君 民主党の中谷智司と申します。  貴重なお話をありがとうございました。それぞれの参考人にお話を一つずつ伺いたいのですけれども、まず最初岩田参考人にお伺いをしたいと思います。  この調査会では、幸福度の高い社会構築調査項目としておりまして、何回かのこの調査会の議論を通して、私たち人間が幸福を感じるかどうかは周りの環境が、もちろんこれは良いのにこしたことはありませんけれども、それよりも私たちの心の中、心の持ち方にあるということが何となく共通認識として出てきたように思います。  しかし一方、岩田参考人がおっしゃられていたように、貧困社会的排除は反幸福の状況つまり今日の生活に困る、あしたの生活に困るという状況、もっともっと言うと貧困にあえぐ、社会的に排除されているというような状況の中では、幸福感が幾ら私たちのこの心の中にあるといっても幸せを感じることはできにくいように思います。  そこで、貧困対策として、やはり貧困から私たち国民が逃れられるようにするためにはどういうふうなことが必要だとお考えでしょうか。家賃補助などで住所設定をする、あるいは仕事先を開拓するなど就職のお手伝いをするなど、こういうふうなことをおっしゃられていましたけれども、どういうことが私たちが国や行政でしなければならないか。そして、何よりも、最終的にはそういう補助や支援がなくても自立をしていって生活ができるようにならなければなりませんので、その補助や支援のやり方というのもあると思いますけれども、そこら辺についてお考えがあればお伺いをしたいと思います。  それともう一つ京極参考人にお伺いしたいと思いますけれども、私も京極参考人と同じく高齢化や人口減少は非常に大きな問題だと思っていまして、今日もこのデータ六のグラフの中で、日本の人口が二〇五五年には八千九百九十三万人になる、二一〇五年には四千四百五十九万人になるというようなデータがございました。この高齢化や人口減少の問題というのは、今日は日本欧米のことを書いていましたけれども、今人口が増えていっている中国だとかアジアにとっても、タイムラグがあって、いつかはこの高齢化あるいは人口減少という問題が出てくると思いますので、やはり私たちがこれらに対する成功モデルというのをつくっておかなければならないと思っています。  そして、京極参考人もおっしゃっていましたけれども、生産年齢人口を定義し直す必要があるということをおっしゃられていました。  私も全く同じような考えで、会社員が六十歳で定年を迎える。その後は、せっかくすばらしい経験や知識を持っているのにやることもなくてぷらぷらしているというのは本当にもったいないと思っておりまして、例えばこういうふうな六十歳以上の方でも社会の中で頑張っていただきたいですし、できれば地域社会の中に溶け込んで役割を持って仕事をしていただければいいなと思っておりまして、例えば大企業で働かれていた方々が中小企業にそのノウハウを持っていって働く。あるいは、農業をやられている方は、一生懸命すばらしい農産物を作っておられますけれども、なかなかその営業のノウハウがない。そういったところにプロの営業マンの方がそういうノウハウを持っていくだとか、そういうことができればその地域社会にとってもハッピーですし、そして六十歳を超えて今まではやることがなかった方にとってもやりがいを持って働くことができる、非常に満足感を持つことができると思うんですけれども、そこら辺について何かお考えがあればお伺いをしたいと思います。お願いします。
  36. 岩田正美

    参考人岩田正美君) 幸福を幸福感というふうにもちろん考えることが可能ですので、その場合は心の持ち方ということになると思います。  ちなみに、先ほどパネル調査で、あなた幸福ですかという項目を入れて何回か調査したことが実はあるんですね。それで見ますと、女性の幸福は結婚したときにピークに達します。直後は非常に幸福です。すぐ下がります。ずうっと下がって、今度は横に寝ます。そういうような感じで来ます。さっきの満足感と幸福感は必ずしも一致しないというか非常に難しい、その辺はまだ研究課題ですが、まあそれはともあれですね。  そして、心の持ち方は社会の在り方が非常に影響します。さっきのうつ気分というのはまさにそれを言った言葉です。ですから、全体の社会の設計をどうするかということが非常に大事です。日々の幸福感の変動というのはどんな社会でもあります。どんな幸福な社会でも今日はブルーだとかちょっとハッピーだとかということはありますので、私たち長期的な幸福、社会全体の幸福というようなこと、あるいは、例えば親が子供を虐待死させるような事件が起こらないような社会とか、そんなふうなどちらかというとネガティブなものをつぶしていくというふうに考えざるを得ないのかなというふうに思っています。  そして、では何が必要かという御質問だと思うんですが、私は先ほど言ったベーシックインカムにどちらかというと近い考え方をしておりまして、しかしそれはインカムじゃなくてもよくて、さっきからちょっといろんな話として出ていますが、ヒューマンキャピタル、例えば学歴なんかに、学歴とかあるいはバックグラウンドですね、自分の生まれ育った家の資産とか所得とか、そういうことを少し緩和するような、その差を緩和するような施策、それと住宅手当に見るもう少し長期的な老後まで少しカバーできるような生活基盤保障といいますか、これがやっぱり基礎になっていくのではないかと思います。  それは、制度がなくても済むというふうに考えるよりは、制度があって初めて市場でのパフォーマンスがうまくいく、あるいは自由な様々な活動ができる、その方がうまくいくというように、制度はむしろその支えだというような制度と、それから、一部もちろん常に代替的なものがあると思うんですけれども、その辺を仕分けて、先ほど京極先生もおっしゃいましたけれども、福祉みたいなのをやるとみんなばらまきでナンセンスみたいになってしまうんじゃなくて、福祉があった方がより労働市場でのパフォーマンスもいいとか企業も冒険ができるとか、そういうような制度というのは当然あるんですね。ベーシックインカムなんというのはまさにそういうものだというふうに議論する人もいるんですけれども、是非ちょっとその辺を仕分けてお考えいただくといいかなというふうに思います。
  37. 京極高宣

    参考人京極高宣君) どんどん高齢化が進行してきていまして、そして地域社会、特に農村地方といいますか、高齢者が大変増えて、限界集落という言葉、これは二十年前は高知県の高知大学社会学者が使った言葉だと思うんですけれども、これは今やマスコミ用語になっているぐらいで、そういう状況の中でどうなるかという展望ですけれども、私は実は東北六県のシンポジウムにせんだって出たことがございまして、東北は御案内のように高齢化の進展も大変すごくて、七十五歳以上が二〇%を超える町村が現在の時点では二か所なんですけれども、これが二〇三五年になりますと百か所ぐらいになっちゃうということで、大変な時代を迎えるわけであります。  そういう中で全体としてどうしようかと。道州制を展望するということも背景にあるんでしょうけれども、いろいろ議論をしている中で、私は問題提起をいたしましたのは、ちょっと話がずれますが、今まで産業分類というのはコーリン・クラークさんという人が開発した一次、二次、三次という分類でありまして、一次は農林水産業、二次は鉱業、三次はサービス業その他ということなんですけれども、これは今一次産業の方が特に東北ではすごく少なくなっちゃっていて、全国平均よりは大きいんですけれども、かつては農業立国というところだったんですけれども、今は減っていると。二次もかなり抑えられているということの中でどうあるべきかということで、私なりに考えまして、これは問題提起なので学問的な裏付けとしてはまだ不十分なんですけれども、例えば釣り船とかああいうレジャー産業ですね、あるいはゴルフ場とか、あるいは自然の食品産業とか、そういうものは新しい新一次産業としてもう一回組み直したらどうだろうかと。それから、医療とか介護とかあるいは保育とか、そういうものは今は三次産業に入っていますけれども、これはある意味ではサービス生産業でありまして、新二次産業というふうに考え直したらどうかと。  そういうふうに考え直してみますと、東北六県は全国平均とそうこれからの予測も今までの動きも変わってないのでありまして、ただ問題は、各県ごとに集約しちゃいますと非常に差が出てきてしまうと。だから、広域圏域でいろいろ物を考えていくと少し未来が見えてくるのではないかと。  そして、例えば県をまたがった一つの、あるいは県の中でも農業的な、例えば高齢者がふるさとに帰ってそこで農業をし、仕事をし、それから病院施設等も整備した、かなり、今までのように小さな市町村ごとではなくて県、あるいは県をまたがるような大きなプロジェクトを、厚生労働省のみならず国土交通省とか文科省とか一緒になってやれば、もちろん総務省がバックにいて、そういう取組をしていくと人口の移動も大分変わってくるので、籍は東京都民であっても半分は東北にいるということも可能なわけでありまして、何かそういう大規模なプロジェクトも少し考えてはどうだろうかと。どうしても既存の中で福祉をどう増やしていくとかいうことももちろん大事なことではございますけれども、日本列島全体で少し視野を広げて考え直していくということが必要だと。  お隣の中国なんかではやはり一人っ子政策がまだございますので、今のところすごく華やかなんですけれども、これから本当に超少子化による超高齢社会をどっと迎えるわけで、今も現在、恐らくもう少したって老年人口七%になりますと日本の人口ぐらいの高齢者が出てきちゃうわけでありまして、そして内陸部が非常にいろいろ問題点を抱えているので、本当はお隣の国については内政干渉で言えませんけれども、今豊かなときに、沿岸部が、要するに内陸とどう連携を結んでやっていくかという長期的な視野でやらないと、日本の弊害というか、過去の弊害で都市部にどんどん富が集中していって、といったことを中国ではそれを更に拡大再生産してやるということにもなりかねない。しかも少子化のテンポは異常に速いわけでございますので、ですから、その点は我が国も少し範を見せるような取組をしてみたらどうかと。  民間企業も、投資先いろいろ、不良債権というか土地問題については非常にビビッドになっておりますけれども、日本の人口が過疎化したということはそこに遊休地がいっぱいできているわけですから、その有効活用も含めて考えていく。また、国土の保全という点でも、人がやっぱり住んで山林原野を維持しないと大変なお金が逆に掛かってしまうことにもなりますし、いろいろ災害の問題にもつながっていきますので、少しそこは省庁横断的に物を考える必要性がそろそろ出てきているんじゃないかと思っております。
  38. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) その他質疑。  山田俊男君。
  39. 山田俊男

    ○山田俊男君 ありがとうございます。  岩田先生、京極先生、大変ありがとうございました。  岩田先生の社会的排除という概念といいますか言葉について、豊かな社会であっても社会的排除はあるし、お金があっても社会的排除があるというふうに思うんですけれど、先生は社会的排除とそれと貧困固定化というのを結び付けて分析されたというのがこれが新しい視点なのかなと、こう見させてもらったんですが、間違っているかもしれないんですけれど。  ところで、この社会的排除要因として、一つは、市場原理の導入とか競争条件の導入とかのことがより近代社会の中で進んで、このことに対応できない落ちこぼれがあったり、それから、そういう条件導入の中で先ほど来出ています非正規雇用の皆さんが大量に生じたりと、こういうことの中で従来の家族主義的な経営だったり雇用だったりするものが崩れてきているという側面があると思うんですね。  それから、個々人の独立とか自立とか、それから家族の共同体の喪失、それから地域コミュニティーの希薄化みたいな部分もあるのかと、こんなふうに思いますし、三つには、豊かさと裏腹なんですが、生活スタイルが物すごく変化したんですが、その一方でネットカフェとかホームレスみたいなものの形態が出てきているというような要因が出てきているということなのかというふうに思うんですけれども、要は、貧困固定化や社会的排除という、これらの解消対策をどんなふうに考えたらいいのかと。  先生、質疑の中で大分おっしゃっているから分かってきたつもりでいるんですけれども、雇用などの社会的システムの問題なのか、それから社会参加だったり、先生おっしゃった、それは場合によったら気持ちの問題なのか、気持ちの持ち方とかかわることなのかどうか、それから教育なのか、貧困の解消対策、様々な貧困の解消対策なのか、それとも社会の安定なのか、一体これをどんなふうに先生お考えになっているんだろうかというのをお聞きしたかったんです。  同時に、京極先生に、一番最後の十五ページに地域の状況で一中学校区の状況があるじゃないですか。岩田先生の概念を当てはめるわけじゃないんですが、京極先生に聞きたいんですけれども、貧困固定化や社会的排除、これはこの仕組みの中のどこと重なっているのか、それとも全く重なっていない別の概念なのか、ここはどんなことなんでしょうか。それをちょっと京極先生にお聞きしたかったわけです。
  40. 岩田正美

    参考人岩田正美君) 社会的排除という言葉は、これはフランスで八〇年代に使われ始めてからヨーロッパで非常にはやった言葉で、社会的排除という言葉よりも社会的包摂といいますか、ソーシャルインクルージョンという言葉が先にあって、排除という言葉とセットになって出てきたというような経緯があります。  日本では、紹介は大分ここのところされているんですけれども、余りこういう議論は進んではいません。非常にとらえにくいということもあるんですけれども、社会的排除という見方の強さといいますか、良い点は、いろんな社会問題がある特定のグループとか人に複合的に重なってくるということと、その複合的な重なりがある特定の人たち社会の端っこに寄せちゃうというような見方ができるということなんだろうと思うんですね。  例えば、現在の福祉の仕組みというのは、京極先生のこの図でもありますように、制度がある問題と一、一の関係でとらえられて、高齢者問題は、例えば介護の問題であるとか、独り暮らし高齢者の問題であるとか、子供の問題は児童虐待であるとか、こんなふうになっていくわけですけれども、実際には問題は一つの家族や一人の人に重なって起きますし、また、例えば、孤独死というのは先生方多分高齢者に一番多いだろうと思われていると思うんですが、確かに高齢者が多いんですけれども、同時に五十代の男性に非常に多いんですね。こういうのは高齢者施策でやっても落ちちゃうんですね。  これは制度からの排除と私たちは呼んでいますけれども、社会的排除のもう一つのエッセンスは、制度がつかめない、つかみ切れない、落としちゃうという問題なんですね。それで、排除それ自体が起こるのは、先ほど先生がおっしゃったような今日の大きな社会経済状況の変化の中にあるんですが、諸制度がどっちかというと変化が起こる前の社会をモデルにしてつくった制度なので、そうした問題が落ちちゃうんですね。ですから、社会的排除を阻止するあるいは予防するためには、その問題の複合性とどんな制度がそこにかみ得るか、あるいは落としちゃうのかというような、その辺りに食い込むことが大変大事だと思います。  ソーシャルインクルージョン策というのは、基本的にはジョインアップの政策になります。必ず複合的な政策を一緒に持っていかないと解決しないというふうに言われているんですが、しかも、もう一つの問題は、さっき気持ちという話が、今日は繰り返し出てきますけれども、人々の行動様式や気持ちと客観的な状態との関係なんですね。そんな簡単ではないと思いますけれども、関係がある。  例えば、排除というのはだれかが排除するということで制度がはじいちゃうというふうに考えるわけですけれども、わざと行かないという人たちもいるわけですね。制度があるのに寄っていかない。だから、なぜそうなるかということの、悪循環というふうに我々は呼んでいますけれども、そうしたサイクルをどこかで断つということが必要になってくると思います。  特に、こういう国や自治体の制度というのが今ある程度完成形でできているために、どうしても対応する窓口も個々に分断されています。児童虐待とDV、家庭の中の暴力という意味では実は非常に重なって起きている。あるいは、シリアスな児童虐待の背後には、父親の就労の不安定とかさっき言ったヒューマンキャピタルの非常に低位な状況とか、いろんなことがあるわけですけれども、そういうことが分断されてしまうためにトータルに対応できないというようなことがあります。  ですから、あるいは、こういうものの背後にある多重債務の問題とか、まだ制度側の十分こういうものとタッグを組めないような問題というのが幾つかあるわけですけれども、そういうものを横につなぎながらジョインアップしていくような仕組みというものを取るというのがこの社会的排除という言葉を使う積極的な多分意味になっていくと思います。  日本社会福祉というのは、戦前から連帯というのが一つ日本的連帯思想というもので実ははぐくまれてきております。これはちょっと種類は違いますけれども、ヨーロッパ大陸部の連帯思想、つまりこの社会的排除という言葉が生まれたフランスの連帯思想や何かとも一脈通ずるものがありますが、そうした観点からもう一回日本のこうした社会問題というのを見直していくということが、特にちょうどその制度と問題がミスマッチしているような今日においては大事なんじゃないかというふうに思っています。
  41. 京極高宣

    参考人京極高宣君) 十五の図を見ていただきまして、今御質問がありましたけれども、差し当たり、生活保護というのは、この一番上にあります金額が二億三千八百五十八万で、その下に被保護世帯数が九十八世帯世帯人員が百三十八人と書いてあります。これは、ここで生活保護の支給対象者ということで自己完結しているように見えますけれども、実はこの被保護世帯は、下にあります四角い、母子家庭もありますし父子家庭もありますし、それからその家庭で非行を起こしている子供たちがいる場合もありますし、それからDVとか児童虐待に関係しているものもありますし、それから何よりも身体障害者ですね、高齢者、こういう方々がダブって入っているわけなんで、適切な言葉かどうか分かりませんけれども、生活保護はかつては日本社会福祉の戦後の原点でございましたけれども、今は割といろんな社会福祉の、高齢者福祉、障害者福祉、児童福祉の中に隠れているような感じになっていますけれども、しかし実はそういう様々な社会的問題の集約的なものが被保護世帯になって現れているわけなんであります。  だから、根は深く張っているんですが、しかし、じゃ地域社会でどう対応しているかといいますと、一番下の住民組織のところを見ていただきますと、特に一生懸命やっているのは民生委員ですね。二十一人います。百三十八人の方をじゃどう対応しているかと。本当はボランティアだとか老人クラブとか自治体、町内会が対応する、援助の手を差し伸べる必要もあるわけですけれども、実際にはそういうことが非常に乏しいというのがどうも日本の現状じゃないかと。  だから、ソーシャルインクルージョンという言葉は横文字ですけれども、日本の場合、被保護者を地域社会でどう受け止めて支えているかというと、かなり、地域差があると思いますけれども、弱いんではないかと。これは、国や福祉事務所が所管して相手にする分野で、果たして市民として、一員として認められているかどうかということも疑問なしとは言えない。もちろん、一時的に保護になった方がまたあるきっかけで生活保護から脱却するということはありますけれども、そうじゃない方、長期にわたる方は地域市民の一員として十分に認められていないというふうに私は思っています。  ちなみに、国民健康保険でこれからだんだん広域化していくと思いますけれども、市町村においては国民健康保険の赤字問題というのは大変大きくて毎年補正予算組んでやりくりしているわけですけれども、生活保護者は、御案内のように、医療扶助を受けた段階で国民健康保険の被保険者ですね、加入者から外されまして医療扶助を受けるという形を取っています。  ちなみに、介護保険においてはそのやり方をしないようにということで、介護保険に関しては生活保護者も生活扶助で保険料を払っていただくと。そして、一割負担の部分を払えない方については介護扶助で手当てするという形になっていまして介護保険の対象者になっているわけですけれども、医療扶助と国民健康保険の関係につきましてはいきさつがありまして、市町村にとってはお荷物だということで、なるべく市町村の負担の軽い生活保護者の方に移動していただくという形で、ちょっと言葉は悪いんですけど、邪魔者扱いになっていると。  だから、私もよく言うんですけれども、国民皆保険、皆年金というのは確かに基本的にはそうなったわけで、一九五〇年代後半からそういう体制になりましたけれども、実は被保護者は皆保険の対象ではありませんです。それから年金に関しても、生活保護を受けている半分ぐらいの方は高齢者の中でも年金がないわけであります。そういう状態がまだ過渡的にありますので、やっぱりこれは何とかしなくちゃいけないというふうにかねがね思っているところでございます。
  42. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) 白眞勲君。
  43. 白眞勲

    白眞勲君 民主党の白眞勲でございます。  今日は両先生方、本当にいろいろといいお話、参考になるお話をお聞かせいただきましてありがとうございます。  お二人の先生方、両方とも同じ質問だということで聞いていただきたいと思うんですけれども、今、私が聞きたいのは、外国人の持つ位置付けといいますか、この国における、これはもう無視できない存在になってきているんではないんだろうかというふうに思うわけです。現在、二百八万人以上こちらに、日本に住んでいるという中で、まさに岩田先生のこのタイトルにもあります「貧困社会的排除からみた国民生活の問題」の一つとしてこの問題はやはりクローズアップというか、無視できない問題になってきているんではないかと。  それから、京極先生も先ほど、この移民政策というのをどうするかということに対して若干お触れになったような感じがありますけれども、地域市民の一員として認められているかどうかと、まさに今、京極先生もおっしゃいましたように、このページ、地域、中学校の状況の中でも外国人登録者数というのは書いてあるわけですが、私が見るともうちょっと、六十人に一人ぐらいですかね、今、外国の人は。そうすると、百四十二人よりもう少し多いかなという感じはちょっとするんですけれども、百八十人ぐらいになっちゃうのかなという感じするんですね。  まあ、どうであれ、一つの象徴として、こういう中で、いわゆる今ここにいる外国の人たち、いろいろな種類の方が当然いるんですけれども、その中でもやはり単純労働で働いていらっしゃる方、その子供たちなんかは、特に学校にももう行かない、引きこもって、学校に行ってもなかなか友達もできない、言葉が通じない、生活習慣、社会習慣が違うという中で、今、岩田先生も連帯思想という、日本はそういったものがあるということを言ったんですけれども、そういった中から果たしてこの人たち日本の古来からある連帯思想の中にうまく組み込まれるかどうかという部分も、非常にこれからの将来の日本にとってみて大きな私は課題になっていくんではないんだろうかなというふうにも思っているわけなんですね。  ですから、その辺の見解につきまして、両先生方の御意見をお聞きしたいというふうに思います。
  44. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) 新たな提案であります。岩田参考人お願いいたします。
  45. 岩田正美

    参考人岩田正美君) もちろん非常に大きな問題だと思います。  一般的に社会的排除論というのは、ヨーロッパで使う場合の中心課題は移民層の問題として議論されます。日本ではまだそこまでの、社会的排除という言葉自体も定着していませんし、そうしたことがないというのは、多少そこの問題意識の違いや数の圧倒的違いというのはあるかと思います。  ただ、日本の場合、恐らく今後問題になっていくのは、特定地域に非常に増えていて、これは平均するとこのぐらいですけれども、ある地域で企業との関係で外国人の労働者の方がたくさんお住まいになるというような地域だともう無視できない当然問題になってきますので、社会福祉領域でも、浜松であるとか幾つかのところではそうしたことが、ここにある民生委員さんたちの活動の中からもいろんな問題提起が始まっていますし、一緒にインクルージョンをしていこうというような動きもあるかと思います。  ただ、そういう場合にはもっと、例えばこの図でいいますと、学校とかいろんな別の社会サービスも視野に入れたような更に大枠の中にどういうふうに、あるいは医療とかいうようなところのそれぞれのところでどういう排除や分離や、あるいは統合の経験というものがあるかというようなことをやはり詳細に把握しながら、どういう政策が必要かということを当然考えていくべきだと思います。  全体的にいえば、非常に制度からいえば準用的な扱いでなされてきて、例えば生活保護なんかでも準用的な扱いでなされているわけですけれども、そういう中で問題が逆に見えにくいといいますか、そういうような状況もあるのではないかなというふうに私も思っていますけれども、それは今後非常に大きな問題といいますか、当然我々にとっても大きなイシューになっていくと思っています。
  46. 京極高宣

    参考人京極高宣君) 外国人の問題は大変大きな問題で、今後日本がアジアの中でどういう国になっていくかということと関係してくる国際的な問題でもございます。  先ほどの十五の図では、外国人登録者百四十二人という、この方々は基本的には生活保護を受けることができないと。日本国籍を持たないと生活保護を受けられない。一部残留孤児とか、在日朝鮮の人はちょっと違いますけれども、一部の方や例外を除いては外国人は生活保護を受けられないという形になっています。  ただし、御案内のように、社会福祉の六法と言われていますけれども、生活保護を除く五法、それから介護保険その他かなりの程度は外国の方にも適用できるということでありまして、ちなみに、例えば東京都のある区の母子寮に行きますと、半分以上外国人の方ということがございます。子育てをする期間どうしても日本では生活できないということで、母子寮に入所しているということであります。  したがって、個別サービスとしては、むしろ外国人に対しても同じ地域の住民として、市民として認めて対応するということが必要不可欠かと思うんですけれども。  また、選挙権も、少なくとも自治体の選挙権については与えてもいいんじゃないかと私はかねがね思っているわけですけれども、もちろん来たばっかりというわけじゃなくて、一年間なら一年間という期限が必要ですけれども、諸外国に比べると日本はかなり厳しいと。  ただ、生活保護についてはなかなか難しい問題がありまして、日本生活保護は全部抱え込むという、諸外国の中でも手厚いというか重装備の生活保護制度で、先ほど岩田先生もおっしゃっていましたけれども、住宅扶助なんかは、戦後、特殊な事情でということで、小山進次郎さんという当時の厚生官僚が、日本というのは戦争に負けて住宅事情が非常に悪いので、この特殊な事情の中で諸外国にない住宅扶助を設けるんだといって六十年たっておりますので、本当は地方自治体で住宅政策と一体になってやられるのがいいんで、国の生活保護の中に組み込むのはいかがなものかと私はかねがね疑問を持っていますけれども。  外国人について、今のままの体制で、じゃ生活保護費をどうぞという形で、海外からどんどん来た方が生活保護を受けると、一過性では大変高いわけであります。  私は、三年前までは清瀬にあります日本社会事業大学の学長をやっておりましたけれども、清瀬市には残留孤児の方が、帰国センターで終わってから公営住宅に入るわけですけれども、その公営住宅が大変多いんです。中国は農村戸籍と都市戸籍がありまして、残留孤児の方々は埼玉県で暮らすよりは東京都民になりたいんですね。都市戸籍というふうにイメージがあるものですから。そして、清瀬市は非常に外れておりますけれども一応東京都都民なわけです。  そこに、公営住宅へ入りますと、最初のうちは生活保護費もらっていますから、子供が中学までは、義務教育まで掛かりませんが、高校になりますと掛かりますので、中卒でやめていくと。しかし、それまでは中国の生活に比べると物すごく豊かになりますから、大臣の給料もらっているような感じで。清瀬の福祉事務所の方々が就労するようにいろいろ指導するんですけれども、何でこんな豊かな生活をしていて働かなくちゃいけないんだと。年金だという意識が大変強くて、これは制度が今変わりまして大分残留孤児の対応良くなりましたけれども、それまではそういうことでなかなか働かないと。そのうちに子供たちが大きくなって、孫たちが大きくなりますと教育費が掛かりますから、貧困の再生産が行われるというようなことが起きて非常に大きな問題になっています。  だから、だれでもかれでもという形で保護を外国人に開放するということは、僕は今の段階ではちょっと抵抗感がありますけれども、ただ、他のサービスについては、地域で生活して納税をしている限り、むしろ広くチャンスを与えるべきだというふうに思っております。  この問題はなかなか難しい問題で、本当に大きく言えば日本国がどういう方向に行くのかと、アジアとの関係でどういう関係を持つのかという、それに絡む、人数としては少ない、国内にまだ外国人少ないんですけれども、大きな問題になっていくかと思います。なかなか難しい問題なのでこれ以上申し上げることはできませんので、お許しいただきたいと思います。
  47. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) その他、質疑を続けたいと思いますけれども、御発言ございませんか。  他に発言もなければ、以上で参考人に対する質疑は終了させていただきます。  また、今日は多くの委員に質問に立っていただきました。また、時間も予定された四時ということで、ほぼ時間も満了ということで、今日は意見交換については行わないということで御了解をいただきたいと存じます。  本日お述べいただきました御意見でありますけれども、今後調査参考にさせていただきたいと思います。本調査会を代表しまして、岩田参考人京極参考人に厚く御礼を申し上げたいと存じます。  本日はありがとうございました。(拍手)  それでは、本日はこれにて散会いたします。    午後三時四十五分散会