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2008-04-09 第169回国会 参議院 国民生活・経済に関する調査会 第4号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成二十年四月九日(水曜日)    午後一時開会     ─────────────    委員異動  二月二十七日     辞任         補欠選任         平山 幸司君     藤原 良信君      牧山ひろえ君     姫井由美子君  二月二十八日     辞任         補欠選任         川崎  稔君     亀井亜紀子君  四月一日     辞任         補欠選任         加賀谷 健君     松井 孝治君  四月八日     辞任         補欠選任         犬塚 直史君     大島九州男君      亀井亜紀子君     亀井 郁夫君      舟山 康江君     吉川 沙織君     ─────────────   出席者は左のとおり。     会 長         矢野 哲朗君     理 事                 佐藤 公治君                 広田  一君                 藤本 祐司君                 愛知 治郎君                 加納 時男君                 松 あきら君     委 員                 大島九州男君                 亀井 郁夫君                 小林 正夫君                 友近 聡朗君                 中谷 智司君                 姫井由美子君                 藤原 良信君                 増子 輝彦君                 松井 孝治君                 吉川 沙織君                 石井 準一君                 佐藤 信秋君                 長谷川大紋君                 橋本 聖子君                 山田 俊男君                 澤  雄二君                 大門実紀史君    事務局側        第二特別調査室        長        今井 富郎君    参考人        童話作家        ミュージカル脚        本家       山崎 陽子君        ネッツトヨタ南        国株式会社代表        取締役会長    横田 英毅君     ─────────────   本日の会議に付した案件 ○国民生活経済に関する調査  (「幸福度の高い社会構築」のうち、若者の  くらし教育について)     ─────────────
  2. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) ただいまから国民生活経済に関する調査会を開会いたします。  委員異動について御報告いたします。  昨日までに、牧山ひろえ君、平山幸司君、川崎稔君、加賀谷健君、犬塚直史君及び舟山康江君が委員辞任され、その補欠として姫井由美子君、藤原良信君、亀井郁夫君、松井孝治君、大島九州男君及び吉川沙織君が選任をされました。     ─────────────
  3. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) 国民生活経済に関する調査を議題とし、「幸福度の高い社会構築」のうち、若者くらし教育について参考人からの意見聴取を行います。  本日は、お手元に配付の参考人名簿のとおり、童話作家ミュージカル脚本家山崎陽子君及びネッツトヨタ南国株式会社代表取締役会長横田英毅君に御出席をいただいております。  この際、参考人方々に一言ごあいさつ申し上げます。  大変御多用のところ本日は御出席を賜りまして、誠にありがとうございます。  本日は、本調査会が現在調査を進めております「幸福度の高い社会構築」のうち、若者くらし教育について忌憚のない御意見をお述べいただき、調査参考にさせていただきたいと存じますので、よろしくどうぞお願い申し上げます。  議事の進め方でありますけれども、山崎参考人横田参考人の順にお一人三十分程度で御意見をお述べいただきたいと思います。各委員からの質疑にその後お答えをいただきたい、かように考えております。その後でありますけれども、今日は三時までの調査を予定しております。参考人方々質疑が尽きてなお時間の余裕がございましたら委員間の意見交換を行いたい、かように考えております。意見交換の際でありますけれども、随時、参考人方々の御意見を伺うこともございます。あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。  なお、御発言は着席のままで結構であります。  それでは、まず山崎参考人からお願いを申し上げます。
  4. 山崎陽子

    参考人山崎陽子君) 山崎陽子でございます。  最初に申し上げておきますが、私はロジカルに物を組み立てるとか、それから統計を取るとか分析をするとかということが非常に不得手でございまして、息子たちからは、ロジカルではなくてドジカルと言われている者でございますので、今度のことも、お話いただいたときに、こういうものはお断りしなければとまず思いましたが、ここにある幸福という二文字に私は敏感に反応してしまいました。  なぜかと申しますと、これはひそかにでございますけれども、私は幸せにかけてはオーソリティーだと思っております。達人だと自負しております。それで、それだったら少しはお話ができるのではないかと、非常に自己流で無手勝流でございますけれども、お耳を傾けていただければ幸せです。  幸福なんというものは実体のないものですから、夢と同じように。重さもなければ形もなく、とらえようのないものですけれども、これはあくまでも感じる心であって、人に幸せを世話してあげようとか幸せを分かれとかということはできないものでございます。あくまでも感じる心、幸せであることを感じる心が幸せなのであって、非常に月並みですけれども、メーテルリンクの「青い鳥」のように、幸せを探し回って結局は自分手元にあったというような、幸せというものは本当に漠たるものでございますけれども、今の若い人たちは幸せというものを感じる心、それから、せめてメーテルリンクのように探しに行くその思いさえないというような方たちが多いのではないかと思います。  それで、私について申しますと、私は、どうしていつもそんなに幸せそうにしていられるのかと申します。私も人並み以上の不幸せを味わっておりますけれども、私は、まず朝窓を開けると非常に幸せだと思うんです。雨が降っていればみずみずしい、曇っていればちょっと幻想的だとか、それからお日様が照っていれば文句なく輝かしい朝で幸せ。  でも、これは一つ視点を変えたら全部不幸せになることなんですね。例えば、雨が降っていたら何かびしゃびしゃしていて気持ち悪い、曇っていればうっとうしい、日が照っているとまた染みが増えるんじゃないかしらというふうに考えたら瞬く間に不幸せになってしまうことです。幸せというのはもう不幸せと表裏一体で、どんなに不幸せなトランプでも裏を返せば幸せ、手品のように幸せということにもなるし、それから、ちょっと視点を変えてみるとどんな不幸せも幸せに変わる、転化されるということです。  私自身のことで申し上げると、私は友達がみんな非常に楽しく新婚時代を謳歌しているころに大家族の嫁になりました。そして、最後のころは十数年、夫の両親の看病に明け暮れ、そしてその後、長男が外国に留学中に不慮の災難に遭って半身不随になりました。十八歳のときです。そして、主人も十年前にちょっと脊髄梗塞を起こして動けなくなるというようなのが続きまして、はた目から見るととても不幸せな人という、あんなに幸せそうにしているけど実は不幸せなところもおありなのよというふうに言っている方もあったようですが、私は一度も、格好を付けるのではなくて、不幸せと感じたことがありませんでした。  なぜかというと、半身不随になった息子でさえ不幸せということを口にしたことがありませんでした。また、何か非常に珍しい状況になったことをむしろ楽しんでいるようなところがあって、そういう息子でしたので私も一切それを悲しむこともなく、必ず不幸せの後ろには幸せの足音が聞こえるよというのが息子の言葉でしたけれども、息子アメリカで事故をしたために、そのときにすぐにそばにいらした神父様が、失った幸せを数えちゃいけない、残された幸せを考えなさいということをおっしゃったんですね。もう過去のものを一々くよくよしない、目の前に来た幸せを数えなさいということ。それから、お医者様も看護婦さんも、あなたは何一つ変わらない、目の悪い人が眼鏡を掛けるようにちょっと器具を使わなければならないかもしれないけれども、あなたの目標は空ですよと、何にも変えることはない。ですから、息子は今自分が不可能だというのは絶壁を登るということぐらいだと申しまして、福祉機器の事業を起こしましていろいろやっております。  私は、大家族長男の嫁にならなかったらば、大家族というのはみんながいい人で、私は大勢の男の子の前に現れた初めての娘だったので非常にかわいがってもらいましたけれども、かわいがられるということは自分の時間が全くないということで、結婚する日の朝、父が、今まで、二十四のときに結婚いたしまして、二十四年間たくさんの愛に包まれて生きてきた、愛をたくさんもらって生きてきたんだから、結婚したらその愛を周りにお返しするんだよと、そうすると、またいつかそれが恵みの雨のように地面にしみ込んで必ず自分の花を咲かせる日が来ると、そう申しました。私は尽くすことは全く嫌ではなかったので一生懸命周りに尽くしましたが、花が咲く日が来ようなんということを考えられぬほどの忙しさでした。  それで、そのときに考えました。大勢の人が一緒にいるということは、やっぱりどこかにあつれきがあったりするわけですけれども、その人たちみんなに優しくするためには自分思い切りわがままに振る舞える時間がなければいけない。それで、私は、真夜中かみんなのまだ起きない明け方を自分の時間にしました。フィリパ・ピアスというイギリスの作家作品に「トムは真夜中の庭で」という童話がございます。それは、十三時、十三時を打ったときということはあり得ないわけですね。柱時計はまた一時に戻るわけで、一個に戻るわけですけれども、十三時を打つ時間があって、窓を開けると全く違う世界が広がっているというお話です。お話に全く関係ないんですが、私は自分の時間を十三時の時間と名付けました。  書いていて結婚したわけではないんですから、みんなの前で原稿用紙をひけらかしては絶対いけないと、それはエチケットだと思いましたので、だれも知らない間に童話を一生懸命書きました。童話をなぜ選んだかといいますと、自分思いを小説に託すと、例えば嫁が「華岡青洲の妻」なんか書いたらばいろいろ物議を醸しますが、キツネやタヌキが言っている分にはどうってことないわけです。だから、とっても自分が、失敗ばかりしてしまったらばどじな天使の話を書き、嫌な人だなと思ったらばその人のことをオオカミにして思い切りやっつけてしまうと。それは何も実害がないものですから、一生懸命書いておりまして、それがやがては、ちょうど結婚十年のときに、自分のために、自分子供たちのために子供主人公にしたお話を本にしたことが始まりで、私は童話ミュージカルを書くようになりました。  ですから、私が、みんなが不幸せねと言われるその環境にいなかったらばこの今の仕事はできなかったわけで、もしかしたらば、そのこと、出会ったことがすばらしいことだったと思います。  それから、長いこと看護をしているということは、病人の寝た十分、十五分というのはすごい貴重で何物にも代え難いような時間があり、そして結果的に書いたものが舞台になったりしたときに、しゅうとは、こんなことができるんだったら結婚させてはまずかったんじゃないかと言いつつ、足長おじさんのように自分の名前を隠して、自分の還暦のお祝いをする費用で施設の子供たち舞台を見せるために客席に呼んだりして、足長おじさんというふうに言われて大変喜んでおりました。  ですから、私は、はた目から見て、あの人は庄屋の嫁とか言われたこともありますし、無形文化財とか言われたこともあるんですけど、今どきこんな嫁は珍しいとか、でも、それは私にとって代え難い幸せを与えてくれたわけです。  息子も十八歳のときから足の自由を奪われてしまいましたけれども、そのために、本人は全然好奇心の強い人ですから、足の動かない人生というのも結構面白いと。余り何でも器用にやる人だったものですから、できないことをそぎ落としていったら自分の進む道が一つ見えてきて、これも楽しいということで、ちょうどそのころ、麻薬に狂った息子を愛するがゆえに射殺してしまったお父さんの実話がありまして、それを向こうの学校では必ず読ませる。日本で「坊ちゃん」を読ませるように、それを必ず読ませる。これは今にきっと十年ぐらいたったら日本もこうなるんじゃないかといって、息子翻訳をしました。それは日本で分厚い本になって出たんですが、余りの分厚さで、学者は褒めてくださったけれども、子供たちが読まないという本になってしまったんですね。  そうしましたら、集英社というところの編集長さんが来て、会話が非常に自然に書かれていると。独特の翻訳会話というのがあるんだけれども、そうではなくて余りに自然だから、ちょっと会ってみたいといって会ったら車いす少年だったのでびっくりしてしまって、じゃ、君のことを書いたらいい、そして自分けがをしてから大学を卒業するまでのことを書いて、ボストンに入学していましたので、「愛と友情ボストン」という文庫本が出たんですね。それは若者の間で一気読みの本と言われて、一晩で読んでしまえるという、若者らしい書き方ですから、一気読みの本ということで、何の宣伝もしないで売れたんですけれども、途中で編集長さんが替わったときにそれをもう破棄処分にしてしまって。そうしましたら、秋山ちえ子先生が非常に残念がって、ほかの出版社でその後の十年を加えて出しなさいと。「愛と友情ボストン」は学校を出るまでの十年、それから仕事をした十年というのを書きました。  それは、息子自分車いすであることで非常にいろんな体験をしたわけで、自分の乗っている車いすがとても良くできていて、軽くて日本車いすとはちょっと違うというような車いすだったので、それどこの車いすですかといって、自分が頼まれて並行輸入みたいにしているうちに今日本でただ一つ代理店になったんですが。最初は、病院と業者の癒着で、足をけがした人、足の動かない人が自分で選べることができない、何もチョイスできないというような状態だったのに、病院の中をびゅんびゅん自分車いすで走ってみて、あれが欲しいといって付いてくる方たちがだんだん増えて一つ仕事になりました。  そして、ただ、一生懸命仕事をすれば必ず弊害があって、車いすの人は床擦れというのを起こします。褥瘡というので七回手術をいたしましたけれども、結局アメリカに行って治して帰ってきて、床擦れになるのはなぜかということを自分のために勉強して、カナダに行って勉強しましたら、シーティングといって、シートをちょっと変えて工夫すると、例えば小児麻痺でこんなになってしまった子供、それからあおむけになったまま、スパッズというんですが、足がびょんと動いてしまう子供、そういう子供たちを真っすぐにすることができるというのを何度も研究に参りまして、近々、「運命じゃない」という本を出すことになっていますが、それは、お母さんたちが余りに大変な子供たちを抱えて苦労していらっしゃるお母様のために自分はどうしてもそれを知らせたいといって書いたんですが、この間も技能五輪というのに審査員で出ておりましたけれども、そのときに二人のお子さんを連れていって、そのお子さんたちははたから見たら本当に何もできない方たちです。手も動かないし、よだれが出ていたり、体が、それが目にも止まらぬ早業でそこのパネルで会話をすることができるんですね、パソコンで。そのパソコンを打つために体が真っすぐにならなければいけなかったわけで、そして、自分はそのことに対して非常に誇らしい思いで、次々に何もできなかった子供たちが起き上がって真っすぐな姿勢になって幸せをつかんでいく。  彼が言うのには、もしかしたら自分けがをしたのはこのことのためだったかもしれないと最近言っております。彼は、もしけがをしなかったらばきっと、何でも結構器用にこなす子でしたから、ちょっと遊び人か何かになっていたかもしれないんですけれども、今お年寄りの方を、車いす足代わりに使っていただいて、もう一度お年寄りの方、寝たきりの方たちが起きて、これは介護保険のことなどもあってちょっと微妙なこともあるんですけれども、とにかく起きて自分の足でもう一度いろんなことができるようになってほしいと、そのことに今力を尽くしていますが、とてもそれは自分にとって幸せなこと、笑顔のお母様たち子供さんたちを見るときに本当に幸せだと思うよ、だから僕はこの日が来るためにけがをしたのかもしれないと言っております。ですから、何であれ、不幸せに見えても幸せに転化できる日は必ず来るということを私は身をもって体験しています。  つい先日、岡山に参りましたら、そのときに食事で隣になった方が、本当に自分の夫がいかにひどい人だかということをずっと食事の間中話していらして、女は考えるな、意見も言うな、食事を作って夫に尽くせばいいというような夫と結婚してしまったと。私はとてもつらい日々を送ってきたんですけれども、でもやっと自分の生きる道を見付けましたといって見事な絵を見せてくださったんです。それは全く絵筆を使わない、色を使わない。それは全く天然のお花だとか木だとかを、それを細かくしてピンセットで張り付けていくという、それはそれは根気の要る、すばらしい絵でした。  その方はもう不幸の権化のような顔をなさって、私はこんなつらい思いをしたと、夫のために子供たちもみんなつらかったとおっしゃったんですが、もしそういうつらい環境にいらっしゃらなかったら、そのすばらしい絵は生まれなかったでしょうと申し上げたら、ぱっと顔が輝いて、そう、物は考えようですねとおっしゃったんですが、考えようというよりも、どんな不幸せもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ視点をそらせばいいんだと思うんです。  私は母親としては、さっきも申し上げましたように、非常に学問的な思考とか、特に科学的な思考というのが欠落した人間なものですから、子供が小さいときに幼稚園までの道を歩いていたら、どうして急にイチョウが黄色くなったのと言われまして、賢い母親ならすぐに黄色になぜなったかと紅葉について説明するんでしょうが、私はそういうことが説明できないので、夜の間に星の天使が来て塗ったと。星の天使の中には、星の子は、ペンキ塗り天使というのがいるんだとか出任せを言いましたらば、そばにいた子供たちがそのお話に僕も出して、私も出してということで、大勢子供たちの出る、そして主人公はもちろん息子たち二人という本ができ上がりました。そして、後にそれはミュージカルになって受賞した作品にもなりましたけれども、母親は非常に得したわけです。息子たちはそのときしみじみ思ったそうです、正しいことは学校で習おうと、母親を当てにしてはいけない。  私は子供を信じ続けました、何を言われても、うそをついていようが、だまされてずっと。ころっとだまされる母親としては子供たちの信頼を勝ち取りまして、今息子は、どこかで講演をするときには必ず、子供を信じましょうと、無条件に信じましょう、私の母親は本当にどこか抜けていて、子供を、どんなことをしてもその言い訳にすらりと乗って信じてくれたと。でも、やがて、弟とともにこんな純情な人をだまし続けていいのかということにある日気が付いて、それから僕は真っ当な人間になりましたというのが非常に受けているそうなんですけれども。  私は、何でも信じることが大切、そして子供に説明できないということも一つ教育ではないかと言ったら、三浦朱門先生がとても、何か口ごもりながら、知っていて知らないふりをするのは教育です、でも、本当に知らないというのはただの愚かな母親じゃないでしょうかとおっしゃって、私もしみじみそうだと思いましたけれども。でも、子供というのはそういうもので、小さいときからの母親の接し方というのがとても大きく物を言うと思うんです。  私が童話の、ミュージカル、カセットに吹き込む童話をお頼まれして書いたときに、大変子供たちが喜んでくださったということで、ところが驚いたんで、その本は、お話お話の間にチャラーンといったらページをめくりましょうと書いてあると。それは、子供が一人でテープレコーダーの前でその本を置いてチャラーンといったらめくるという、私はそれは非常に寂しいと言ったんです。  だから、お忙しいお母様や何かのところにいらっしゃるんだから、それも、子供が一人でテープレコーダーを前に本を読むということ、本を読まないよりはずっといいけれども、せめて最初にその本を開いたときだけは親子一緒に、ページをめくった次の世界が来るたびに一緒にため息をつき、一緒に感嘆してほしいと申しました。  小さいときに絵本に心を奪われなかった子というのは、やはり大きくなっても何かに感じることというのがとても難しくなっていると思います。目に見えないもののすばらしさ、そして何かから感じ取るすばらしさというのを是非お母様たちが覚えさせてほしいと私は思います。今の若い方たちは、物がなければ幸せだと思えない人が増えているようですけれども、そうではなくて、見えないもの、そして感じる心に感動できる自分というものを知ってほしいと思います。  私は、子供たちに何一つ知的なものは受け渡せなかったと思いますが、どんなところにも幸せを探せてしまう幸せ探しの技術だけは、DNAというのでしょうか、子供たちが二人とも、どんなときにも、どんなところにも幸せを探せるということだけは遺伝したような気がします。  ただ、私が幸せをどこにも探すというのは非常に利己的なもので、自分が幸せなんです。どんな人に出会ってもその人の嫌なところはぱたぱたと欠け落ちてしまって、いいところだけがぱっと見えるというような考え方はちょっと偽善的でもあるかなと言う人もいるんですけれども、実は自分が一番楽なんですね。憎むこと、怒ること、ねたむことというのはとてもつらくて、いい人だと相手を気に入れるということは自分が楽だから、私はあくまで自分が楽なために、周囲を本当に幸せだと思っているわけです。  そして、私がどうしてそんなに幸せを見付けられるか、例えば大変な看病をしている最中も決してつらくはなかったと言えるのはなぜかと申しますと、私は、これは兄からもらったものですけれども、三つ違いの兄がおりまして、非常にわんぱく坊主でしたけれども、彼の方が私は童話作家になるべきではないかと思うほどの発想の豊かな少年でした。  そして、小学校に入ったときに、昔はこういう、今はどうなんでしょうか、金帽、金の記章を付けていてとても利口そうに見えたんですが、その兄が学校から帰ってきて、知ってるかと、人間は飛べるんだぞと言ったんです。私は幼稚園でしたけれども、ああ、飛べる、その気になりゃ飛べるんだということを兄が力説いたしまして、まずうちわを持って飛べと言ったんですね。そして、別にやれと言ったわけではないんですが、私は兄が学校へ行っている間に、一階ですけれども、出窓からうちわを持って飛びました。ところが、出た途端に下までたたきつけられてしまったんですね。  そうしたら、兄が、右足を出して、その右足が着かないうちに左足を出す、左足が着かないうちに右っていったら空中を歩けるはずだなんて言うわけですね。ところが、何だか、小学生になって、大人になったような兄がそう言うものですからまたやってみましたが、もちろんできっこありません。本当にどこか抜けた子で固く信じたんです、本当に飛べるんじゃないかと。  そうしたら、兄が、そうかと。自分がやってみればいいのに、そうか、それは傘の方がよかったかもしれない、傘だったら竹とんぼの原理で上に飛ぶかもしれない。また次の日やりまして、骨は折れませんでしたが、傘の骨はばらばらになりましたけれども。  そうしたら、兄が、そうか、そうだ、小学校の学習雑誌の付録に忍者七つの心得というのがあって、その七つ道具の付録の中に粉が入っていて、それを手にまぶして、そして飛べばいいらしい。もう一回やってみました。そうしたら、今度は打ちどころが悪くて気絶いたしまして、母親がびっくりして、どうも何か窓から毎日飛び降りているようだったけれどもというので、私たちは二時間ほど引き据えられて、人間は飛べないのだということを母親から懇々と言われて、私は十回ぐらい人間は飛べませんというのを繰り返した覚えがあります。  そうしましたら、兄は、何かもう泥と涙でしましまになったような顔で、もう二度と妹を飛ばせませんということを言っていましたが、そのとき私の耳元で、鳥のつもりにならなかっただろうと、こう言ったんです。確かに鳥のつもりにはなっていませんでした。だからだと言って悔しそうに、だからだよ、鳥のつもりにならなかったからだと。  私は、もう二度と飛びませんでしたけれども、そのときに深くインプットされたのは、つもりになるという言葉です。そうだ、つもりになれば何でも、その気になればいいんだと。ですから、それがずっと大人になるまで続いているんですね。  兄の言葉というのは幸せには関係ありませんが、実に発想が豊かで、指揮者というのはどうして一人であんなに百五十人もの人の指揮ができるか分かるかと。指揮者というのは、一生懸命練習するとここからちっちゃい手が生えてくるんだと。名指揮者に限って、だからこういうフロックコートとか燕尾服を着ているんだと。ここから小さな手が出てきて、真ん中の手でジャジャジャジャーンとやったら、こっちからちっちゃい手が出てティラララ、ティラララとこっちをやる、だからあれだけの指揮ができるんだと。  兄がまことしやかに言うものですから、私は随分いい年になるまで指揮者の横を見る癖が抜けないくらい私は兄の言うことを信じていましたが、ほかは本当にでたらめで、兄は今謹厳な、娘二人の、どこにあんなでたらめなことを言った面影があるかというほど謹厳な紳士になっておりますが、私はそのつもりという言葉をもらったことを感謝しています。  どんなときに、ところにいようと人間はつもりになれるんです。私は、一番看病の大変だったときに、私は名看護婦だという、看護婦のつもりになりました。名婦長。そして、だからできないことはないと。どんなときでもやっぱり笑顔でいられるつもり。自分はつらいときにはシンデレラになったつもりとか、何でもこれはなれるんですね。  そして、私があんまり看病しているときににこにこしていて、主人が危篤状態になって何度もよみがえりましたので、よみがえったときに笑顔でいたいと思うもので、いつも笑顔で、私は太陽とか、何でもつもりには勝手なわけですから、なっていましたらば、あれは本妻ではないといううわさが大分立ったようなんで、それにはちょっと心外でしたけれども。でも、本当につもりになれる術というのはすばらしいもので、私はつもり名人と言っております。どんなつらい人でも、そしてどんなにつらいときでも、つもりになれば大抵のことは通り過ぎていくものだと思います。  私は、女子大で十年ほど教室を持っていたことがあります。児童文学の教室でしたが、児童文学そのものは、私は途中から、これは自分で辞書で調べれば分かると思いました。皆さん分かるんじゃないかと。私は、これを長い時間、九十分の授業をしゃべっているよりは私の経験を話そうと思って、もちろん児童文学をやっているわけですが、その間、間に、ちょっと今の子供は大体十五分ごとにコマーシャルが入らないと落ち着かないというのを聞いたものですから、十五分ぐらいごとに自分の体験を話しました。そうしましたら、手紙が来るようになって、あの授業のときに泣いていた私を御覧になりましたかとか、涙こぼしたと。何に感動したか分からないんです。それぞれの人たちは全く違うことに感動しているわけですから分からないんですけれども。  今の若者も、最初はびっくりしました、すごいなと思いましたけれども、今の若者も本当に捨てたものではないと。心の琴線に何が触れるかがちょっと分からないところが大変ですけれども、心の琴線に触れるやはり温かい思いや感情を持っている、こういう人たちに、まず、つもり。  それから十年たっているんですが、この間赤ちゃんを抱いたお母さんに会いました。そうしたら、駆けてきて、先生ですねと言って、私は何とかという、ほら、あの童話を書いた子ですとかと言って、もうこのごろちょっとぼけが入っているものですからすぐには思い出せませんでしたけれども、名前を聞いているうちに、ああ、あのお嬢さんだと思ったんですね。そうしたら、今一生懸命生きています、そして子供を抱えて大変だけれども、つもりになればと言ってくれたんです。私はそれを聞いて涙が出そうになりましたけれども、みんながあの日私が口にした幸せ探し、そしてつもりの世界ということを考えていてくれたらうれしいなと思っています。  本当にありがとうございました。
  5. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) ありがとうございました。  それでは次に、横田参考人にお願いを申し上げます。
  6. 横田英毅

    参考人横田英毅君) 今日、順番が非常にいいなと思いながら聞かせていただいていました。山崎様の話を少し解説するような、ロジカルにちょっと話をさせていただきます。(資料映写)  最近、大企業を中心にメンタルヘルスの問題が非常に言われていますよね、百人に二人ぐらいはやっぱり何らかの問題を抱えているということで。企業の労働組合とか、それから人事、労務の方が集まって勉強会をしているその資料を見ますと、大企業でどんなことが行われているかということなんですが、管理職とか組合幹部向けの教育とか、社内報、小冊子によるPR、一般社員向けの教育、メンタルヘルスの講習会ですね、社外の相談機関への委嘱、心の健康診断の実施、社内相談室の設置と、こんな感じなんですね。  御覧になってお分かりと思いますけれども、これで解決しませんよね。なぜかというと、これは火事になったから水を掛けようという対処ですから解決しないわけで、なぜそのメンタルヘルスの問題を働いている人が抱えるようになったのかという原因を探っていって、その原因を解明して問題を解決しないと一向に良くならない。その同じ勉強会の冊子の中にこういうふうに最後に書いてありました。従来の方法を行ってきたにもかかわらず相変わらず不調者が増えているとすれば、従来の方法の延長線上に有効な対策はないと考えるべきではないか。まさにこのとおりだと思います。働いている人だけではなくて、勉強している人も同じような状況になっているというふうに考えざるを得ないわけですね。チャップリンのモダン・タイムスのような、そういうことが経済誌の表紙に書かれたりしています。  働いている人というのはどう考えているかというと、成長の実感がない、希望の仕事ができない、自分で考えて仕事をすることができない、社会から認めてもらえない、自分の努力が評価されない、勤め先に誇りが持てない、職場の人間関係、上司関係が良くない、自分のことばかりを考えてチームワークのない人が多い、所属している組織を愛せない、このような問題を抱えている。要するに、働いていてやりがいがないということを感じているということなんですが、なぜこうなっているかというと、私は、そのようにしたからこうなっているというふうに考えています。そう考えるべきではないかなというふうに思っています。  こういう言葉があります。一番大切なことは、一番大切なことを一番大切にすることである。まさに当たり前なんですが、非常にショッキングな格言ですよね。至るところでこういうふうにはできてないということなんです。人は何のために生きるのかということなんですが、答えはいろいろあると思いますが、やはり幸せになるために生きていると、こう考えるべきではないでしょうか。  じゃ、幸せな人生というのはどんな人生でしょう。人生にとって一番大切なことは何でしょうか。生きがいではないでしょうか。生きがいがゼロになった人が自殺をしてしまわれますよね。私は、人生にとって一番大切なことを一つ挙げよと言われれば、やはり生きがいではないかなというふうに思っています。  仕事をする上で一番大切なものは何なのかと。この答えはやりがいではないかなと、こういうふうに思うんですが、じゃ、何のために仕事をするのか、やりがいというのは何なのか、これ気付いている方は少ないのではないでしょうか。使命感を持てとか、志を持てとか、夢がないといけないよ、若しくは人生哲学ですね、これはその意味ですけれども、辞書を引くとこんなふうに書いています。  これらすべてのことが、私は目的というふうに一くくりにして考えています。目的というのは何のためにということなんですね。目的と目標を往々にして混同していろんなところで話がなされていますが、目的と目標を分けて考えるべきではないかというのが私の考えです。  例えば、スポーツは何のためにやるのか。スポーツの目的は何でしょうか。健全な精神と健康な肉体づくり、楽しい、人生を豊かにするためにやる、達成感を味わって自分の成長を実感するために行う、こういうのがスポーツをやっている人の目的意識ではないでしょうか。目標として、選手になったり、優勝したり、金メダルを取ったり、そして記録を追求したりする、こういうのが目標としてあると思います。  スポーツをやっている人の中で、目的はあるが目標はないという人がいますね。ただ楽しいからやっている。ところが、目標はあるが目的はないという人はほとんどいないと思います。要するに、ゴルフをする人にしても、スコアを幾つで回りたいという目標はあるんだけど、全然ゴルフは好きじゃない、若しくは一緒に回るパートナーが気の合う人でもないと、こういうようなことはめったにないと思うんですね。山へ登る人でも、あの山のてっぺんまで行こうという目標はあるが山登りは嫌い、頂上へ登ったときのあの達成感、そういう爽快感、そういうものを味わってもそんなにうれしくはないと、こういう人はいないんですね。  スポーツの場合は、こちらが数字になりますので、目標レベルのことは数字になりますので、どうしてもそっちにとらわれがちなんですが、その数字を延々と追い求めるための心の糧というのがこの目的レベルの事柄ではないかなというふうに考えています。  あの高橋尚子さんなんかは、とにかく一生懸命優勝するために努力をしている。そして、多くの人に、努力を惜しまなければ夢は実現させることができるんだということを伝えたいために高橋さんは優勝したいと、こういうふうに考えている人なんですね。私がマラソンを走り続けるのは、自分自身が走るのが大好きということと、その楽しさを大勢の方に伝えたいという気持ちもあります、こういうふうにおっしゃっています。  逆に、同じマラソンで走る目的を全く失ってしまった方がおいでまして、これは本の表紙なんですけれども、オリンピックの代表選手になって表彰台に登るという目標レベルのことだけに周りから猛烈なプレッシャーに押しつぶされるようになってしまって自殺をしてしまわれた方がおいでますが、円谷さんのことを歌った歌の一節にこういうのがありました。「ある日走った。そのあとで、僕は静かに考えた。何のために走るのか、若い力をすりへらし。」ということですね。何のためにというのがどの世界でも少し希薄になっているように思うんですが、いかがでしょうか。何のために。  何のために子供たち学校へ行くんでしょうか。勉強をする目的は何でしょうか。これを例えば保護者の方とか学校の先生に質問をぱんとして、即答をなかなかされる方はおいでません。少し考えたら答えは出てくるんですが、即答できないということは、日ごろ、そのことを常に念頭に置いて取り組んでいないということではないかなと私は感じています。  勉強する目的は、生きる力、考える力、学ぶ力を身に付ける、そして豊かな人生の基礎づくりをする、社会とか人々の役に立つ人間になるというのが目的ではないでしょうか。そして、目標レベルで、テストで良い点数を取ったり、そして目標の学校に進学したり、いい会社に就職したり、自分のやりたい職業に就いたりという、そういうことが目標だと思いますが、あくまでもそれは自分自身の人生の目的というものを追求し続けるためにその目標にチャレンジすると、こう考えるべきではないでしょうか。  スポーツの場合と同じで、教育の場合でも、目標レベルのことだけにとらわれてしまうと非常に勉強し続けるのが苦しくなってきますよね。あるときこのことに気付いた人というのが子供の中でもいますね。闘病生活で看護師さんとかお医者さんに親切にされた、よし、私は大人になったらこういう人間になりたい、こんなふうに考えた人はほっておいてもちゃんと前向きに勉強に取り組むわけですね。  若い人が社会に出るとき何をもって企業を選択するかというと、多くの場合、知名度とか会社の規模とか、それがどんな業種なのか、自分のやりたい業種なのかどうなのか、そして待遇はどうなのか、ここら辺りで自分の勤める先を選んでいます。しかし、ここでちょっと考えていただきたいんですが、働く人にとってこういうことはそれほど大切なことでしょうか。  多くの若者がこのようなことを念頭に置きながら企業を選んでいますが、高校生の五〇%、大学生の四〇%以上が最初に勤めた会社を三年以内に辞めています。ということは、その三年以内にここに書いたような事柄が何か劇的に変化したかというと、全く変化していないんですね。そうすると、何か自分が大切と思っているものが満たされなかったということが起こっているわけで、それは何なのかというと、その組織における仕事のやりがいがないというそこの問題ではないかなというふうに思っていますが、いかがでしょうか。  私たちはいい会社をつくろうというふうに考えていまして、そのいい会社をつくるためにはとにかく採用が大事だと。会社訪問に来る学生に必ず問いかける質問があります、何のために働くんですか。何のために働くのかと聞かれて、即答できる人はまず全くいません。生活のためとか給料をもらうために働くという方もおいでますが、それはどうも正解ではないなというふうに感じるみたいで、半分以上の方はちょっと黙って考え込んでしまうということがいつも起こります。  何のために働くのかというその目的、そういう意識を全く持たない人がどんどん社会へ出てきています。働く目的、仕事を通じて自分を成長させる、周りから認められ信頼される人間になる、社会や人々の役に立つ人間になる。目標レベルのことで、できるだけ多くの仕事を短時間にこなせる人間になるとか、高収入を得るとか、昇進、昇格したいとか、こういうのもあるかと思います。  なぜその目標レベルのことにとらわれてしまいやすいかというと、それは目で見て分かったり、それから数字になったりするからではないでしょうか。目的レベルの事柄というのは進捗度合いが見えにくいですよね。ですから、どんな場面でも見えにくい目的レベルのものを数値化していく、言語化していく、そして見える化していくということをやっていかないとその組織がいい方向に向かわないと、そんなふうに思います。  これを見てお分かりいただけると思いますけれども、不人気業種というのは採用には非常に有利なんですよね。なぜかというと、不人気業種は、その会社が掲げている経営理念、すなわち目的、何のためにその会社はそこでこのような仕事をしているのかという目的レベルのことを訴えて、それに共鳴する人だけを入社させれば不人気業種は物すごく強い組織になるわけです。その逆で、人気業種はこちら側に引かれて入ってくる、先ほどの規模とか知名度とか待遇とかそういうものに引かれて入ってくる人がどうしても多くなってしまうので、企業の本来の理念、すなわち目的を追求し続けることができにくくなってくるということが起こるのではないでしょうか。  その一つの失敗といいますか、教育界を例えば取り上げてみると、教育は国にとって一番大事、だから学校の先生は優秀な人を集めなければいけない、優秀な人を集めるためには給料を上げなければいけない、待遇を良くしなければいけないという話がありました。これは決して間違いではないんですが、そういうふうに待遇を良くすると、待遇がいいからそこで働こうと考えている人が、すなわち目的意識のない人が交ざり込んでしまうわけですよね。子供たちに夢を持たせるということが大事だということがしきりに言われていますけれども、学校の先生やら大人はもう余り夢がない人が多いですね。夢のない人が子供たちに夢を持たせるというのはなかなかできない。夢も目的だと思うんですけれども。  私たちは良い会社をつくるためには社員満足度が一番高くないといけないというふうに考えていまして、どうやったら社員を満足させることができるかというふうに考えまして、社員の全員に対してアンケートを取ったんですね。自分たちの会社をどんな会社に育てたいですかという無記名のアンケートを取りました。全員が同じ目的を理解し一丸となって働ける職場、生き生きと仕事に取り組める職場、地域社会から信頼される職場、応対、接客レベルが高い職場、会社に来るのが楽しみになる、お客様から信頼される、自分の成長を実感できる、勤め先を聞かれていいなあと言われる、このような答えが社員の方から返ってきます。給料のいい会社、休みの多い会社というのも少しはありますが、それは少ないんですね。ほとんどの社員がこのようなことをアンケートに答えて表明します。  日を変えて別の質問をします。自分たちの会社がこんなだったらいいなというような質問をすると、彼らは、職場の人間関係が良い会社、自分の努力が認められる会社、チームワークが良くて助け合う職場、コミュニケーションが取れていてセクショナリズムがない、もっと自由に意見が交換できる、社員一人一人が会社を変えていこうとする、明るく笑いが絶えない。  それから、今までうれしかったこと、どんなことがありましたかというと、こういうようなことが出てきます。  これらすべてはやりがいなんですね。こういうことが全部満たされてくると自分たち仕事にやりがいを感じることができるようになりますというふうに彼らが言っているということだと思います。  最近、人間力が非常に大事ということが言われるようになりました。人間力って何でしょうか。人間的に成長した人が持っている力ですよね。人間的成長って何でしょうか。どうやったら人は人間的に成長するんでしょうか。私たちは、人間性を尊重すれば、そこで仕事に取り組んでいる人たち人間的に成長するというふうに考えています。    〔会長退席、理事加納時男君着席〕  これは私どもが五、六年前に導入した機械なんですが、そんな高い機械じゃありません。女性社員がこれまでになく大喜びをしました。実はチラシを折る機械なんですね。彼女らは一か月に一度か二度、朝から晩までチラシを折るような仕事をやっていたんですね。そのロボットのような仕事、嫌だったんですね。そのロボットのような仕事から解放された、余り頭を使わなくていいような仕事から解放されたということで喜んで、ここへメッセージを書き込みました。営業アシスタントを単純性労働から解放した人間性尊重マシーンと、こういうメッセージですね。  人間性、要するに人間が持っている特質、人間けが持っている、ロボットとか動物は持っていないもの。考える、発言する、行動する、反省する、夢、目的を持つ。夢、目的を持つと行動を起こすようになります。精神的若さを発揮する、そうすると、考えるようにも発言するようにもなるし、行動も起こすし、夢や目的を持つようになります。  この精神的若さということに関しては、レジュメの一枚目の裏側、二ページ目に書いてあります。サミュエル・ウルマンの「青春」という詩の中にキーワードが全部あります。  実は、このようなことも全部、考えたり発言したり行動したり反省したりするのも精神的若さなんですけれども、それ以外のものにも精神的若さというものが大事だというふうに考えています。そして、笑ったり泣いたりユーモアを発揮したり感動したり感謝したり、こういうことが人間けが持っている特質ですね。だれかの役に立ちたい、自分の成長を実感したい。    〔理事加納時男君退席、会長着席〕  だれかの役に立ちたいということに関しては、インドのマザー・テレサさんがこう言っています。人間にとって最も悲しいことはだれからも必要とされなくなったときです。ノーベル平和賞を受賞したときのスピーチの中にそういう言葉がありました。人間にとって最も悲しいことはだれからも必要とされなくなったとき。そうすると、周りのみんなから必要とされている自分というのが実感できたらその人は幸せだということになるわけですね。こういう言葉もあります。幸せだから感謝するのではない、感謝しているから幸せなのだ。  社員満足度の高い会社をつくろう、全社員を人生の勝利者にしようというのが私たちの考え方です。どうやったらそうなるのか。  まず一つは、感謝する心を持った人だけを採用すれば、もうかなりのレベルそこにいる人は幸せです。そういう人余りたくさんいませんので、採用してからも感謝する気持ちというものを大事に育てていこうという、こういう考え方がありまして、これは新入社員の歓迎会、ショールームの中でやっているんですが、この女性がお母様からいただいた手紙を読んでいます。こんな感じですね。お父様からいただいた手紙というのもあるんですが、そういうのを順番に読むことによって、両親に感謝したり、そしてそれを聞いている社員たち自分家族のことを思いながら感謝したり感動したりと、こういうことを行っています。  それから、これは新入社員の必ず研修で毎年行っているんですが、四国八十八か所の一区間を四泊五日で目の不自由な方を御案内しているんですね。ですから、こういう練習をしたりして、目の不自由な方を御案内するということを毎年やっています。そこにいろんな驚きがあります。人生の大先輩ですから教えられることも多いです。そして、お別れのときは皆が涙を流して抱き合って別れると、こういうようなことを毎年やっています。  これはショールームで行われている結婚式です。会社のショールームの中で結婚式をやるんですね。料理以外は全部社員たちがスタッフになって行います。教会から来るはずの神父さんまでもが社員がやっているんですよ、これ。非常にユーモアあふれる楽しい神父の役を彼がやっています。その後で披露宴をやって、ここにも感動や感謝や笑いや涙がいっぱいあります。これもほかの社員の結婚披露宴ですね。  社員みんなが通る廊下にスタッフボードというのがありまして、このスタッフボードは、真ん中ですね、いい仕事をした人を褒めたたえるという、そういう仕組みですね。お客様からうれしいお言葉をいただきました。そして、下取りした車を、ワックスが掛かっていて燃料が満タンでお客様に返していただきました。こういううれしいことがあるとその関係した人に感謝したり、そのうれしいことを社員全員に伝えたり、こういうことを延々と行っています。  普通、社員教育、若い人たちを育てていくというプロセスは、上意下達、指示・命令、報・連・相を要求したり、まねをさせたり、失敗をとがめたり、教えたりと、そして理解をさせるというやり方をやりますが、私たちは、できるだけそれをせずに、社員一人一人が感じることができる環境をつくる、気付くことができる環境をつくる、考える、反省する、そして会得させる、そういう環境をつくることによって育てていこうというふうに考えています。  この真ん中辺りに、感じさせる、気付かせる、考えさせる、反省させるというのがありますが、させるんじゃなくて、させないんだけど、自然にそこにいる人が感じたり、気付いたり、考えたり、反省したりする、こういう組織風土をつくることによって育てていこうというふうに考えています。そうすると、右の方のプロセスを踏んだ方が、ちょっと遠回りにはなりますが、いい結果につながるということを実感しています。  百聞は一見にしかずという話がありますが、この見るというのは、同じように百見というふうに言い換えると、百見は一体験にしかずという話もあるんですね。そうすると、どうなるかというと、これ掛け算しますと、一万聞は一体験にしかず。何回言ったら分かるんだという話は、答えは一万回ということですよね。一万回言わないといけないという話をしているんじゃなくて、人は体験するということによって本当に成長するんではないかなと。  昔の日本はこっちでよかったんですが、これからの日本は右側の人材育成が大事だというふうに私は感じています。右側でやった方が社員一人一人が自発的、主体的に働くようになりますし、変化に強い人材に変わってきます。自分自身の未来を切り開いていくタイプの人材というのは、右側のやり方で育てた人材だというふうに信じています。アインシュタインもこう言っています。何かを学ぶためには体験する以外に良い方法はない。  最後に、お手元のレジュメをちょっと御覧ください。三枚目の表の鬼が金棒を持っているところなんですが、私たちは、人材育成というのは鬼を大きくすることだというふうに考えています。  この場合の鬼と金棒というのはどういう位置付けなのかというと、金棒は、真ん中の欄のちょっと右の方を見ていただくといいんですが、ノウハウ、すなわち知識なんですね。情報とか常識、経験、成功体験、マニュアル、こういうものが金棒。ですから、学歴があって、そして頭が良くて、記憶力、理解力がある人が金棒が大きくなりやすい。  しかし、本当に大事なのは鬼の方だというふうに考えています。それは、鬼は何なのかというと、ノウホワイ、問題を発見する力、感じる力、気付く力、考える力、コミュニケーション力。ですから、頭の良さではなくて頭の使い方の良さということですね。これが本当の意味の、鬼の方が本当の意味のマネジメント力、すなわち人間力であって、鬼が大きくなるということはその人を幸せにするということにもつながってくる、こういうふうに感じて取り組んでまいりました。  ちょうど時間になりました。以上で終わりです。  どうもありがとうございます。
  7. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) 横田参考人、ありがとうございました。  以上で参考人からの意見聴取は終わります。  これより参考人に対する質疑を行いたいと思います。  本日の質疑でありますけれども、あらかじめ質疑者を定めずに行います。質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を待って着席のまま御発言くださるようお願いをいたします。  なお、質疑に当たっては、参考人方々の御意見の確認など、簡潔に行っていただきますよう御協力をよろしくお願いを申し上げます。  それでは、質疑のある方の挙手を願います。  小林正夫君。
  8. 小林正夫

    ○小林正夫君 民主党の小林正夫です。  今日は、お二人の参考人から大変貴重なお話を承りまして、本当にありがとうございました。  両参考人に質問をさせていただきたいと思いますけれども、まず山崎参考人にお伺いをしたいと思います。  先生がお越しになるということで、「しあわせはいつもいま」という本を拝読いたしました。この中に、先ほど先生がおっしゃった、つもりになる、つもりの名人というところ、本当に、私の家族みんなで読んだんですが、一番感動しました。私も、このつもり、こういうことができるような人間になりたいなと、このように拝読したわけなんですけれども。その中で、特に参考人が書かれている中では、どれほど人生が豊かになったか、要はつもりという気持ちを持つことで。それで、今ではどんなにつらいときも幸せなつもり、あるいは、どんなに大変なときも楽しいつもりになれると、このように書いてありまして、私もそういう気持ちが持てるようになりたいなと、こういうふうに感じました。  もう一つ、この本の中で、太陽のおばあさんという項目がありました。赤ちゃんが生まれて、自分子供に名前を付けるときに、親は短い名前の中に親の思いを託すんだ、非常に愛情を持って名前は付けられている、こういうことも書かれておりまして、私も父を早く亡くしたものですから、正夫という、正しい夫というのはどういうつもりで父が私に名前を付けたのかなと。将来正しい夫になれと、こういう思いだったのかなと、こんなふうにも思いましたけれども。  大変、私はこの本を読ませていただきまして、家族で感動し、あるいはお兄さんとのエピソードで、本当に楽しく読まさせていただいたというのが率直な感想なんです。  そこで、今の社会を考えますと、大変、毎日のように非常に親が子供を虐待するとか、あるいは至っては殺人あるいは子供を殺してしまう、こういう悲惨な事件が毎日のように報道されているんですが、大変そのたびに心が痛んで、今まで、私も六十歳になりましたけれども、考えられないような事件も最近では起きてしまっている、このように感じているんです。  山崎参考人は、今のこの社会をどう見ておられるのかということと、つもりになれる、こういう教育とか親子の愛がはぐくまれるというんですか、こういう教育はどうしたらできるのか、この辺についてお考えあるいは御所見をお聞きをしたいと思います。
  9. 山崎陽子

    参考人山崎陽子君) ありがとうございます、あの本を読んでいただいて、もう本当に。  名前のことですけれども、私の父は、陽子というこの書きにくい名前を大変私が嫌がってましたらば、太陽は人は触れられないほどの熱さを持っているのに暖かさと明るさしか与えない、だからそういう人間になってほしいんだと、太陽の娘になってほしかったのだと言うんですけれども、いまだになれずに、いつかは太陽のおばあさんになれるという、なりたいという文章だと思います。  このごろ悲惨な事件が起き、凶悪な犯罪をする人の名前を見るとき、私はいつもそのときの父の気持ちを思います。物すごくすごい犯罪をした人がとても美しい名前を付けられていたりするんですね。それを見たときに、この人が生まれたとき、親はどんな祈りにも似た思いでこの人に将来美しくあれ、賢くあれ、幸せであれという感じで名前を付けたのに、どうしてこんなことをしでかしてしまったのだろうという思いで、私も本当に胸が痛くなります。  でも、やはり今、過ぎてしまった時代のことを元へ戻れとは言えないんですけれども、せめてこれからの母親、親ですね、子供たちにまず私は読書ということはとても必要なことではないかと思うんです。紙の上で書かれた活字を自分の頭の上で立体化していく。どこへでも飛んでいける。いろんなことが想像できる。それができないで育ってしまって、この間、藤原ていさんの御子息が書いていらしたときに、自分は数学者として数学を物すごい、数学に青春を打ち込んできたけれども、今思うと、あの時代になぜ本を読まなかったか、本を読まなかった時代の損失は大きいということを書いていらしたんですね。  私は、小さな子供が育つときに、お母さんの子守歌でもいいですけれども、お話を聞かせるという時間を是非持ってほしいと思います。そして、豊かな幼年時代を過ごすと、私はだから、さっき期待されるということを言いましたが、だれか一人でもいいから愛情を注いでくれる人がいると本当に幸せなんですけれども、やはりそういう環境にばかり育たないわけですから。ある方が、でも、だれも自分を愛してくれなかったにしても、どこか見えない、宗教で言えば神様、仏様とかいろんな考え方がありますが、大きな存在が自分を愛してくれているということを感じさせるような、そういうふうな思い子供たちに伝えたいということをおっしゃった方がいますが、私はやはり読書ということは大変大切なことではないかと思います。寝物語におばあさんから話を聞いたとか、そういう豊かな幼い日があってほしいなということをしみじみ感じます。
  10. 小林正夫

    ○小林正夫君 先日、私、茨城に住んでいるんですが、常磐線の荒川沖という駅で二十四歳の青年がサバイバルナイフだとか包丁を持って事件を起こしました。あの報道を聞いていますと、あるお年寄りを殺した後、秋葉原に行って泊まっていて、そこでゲームを買ったという、そのゲームが自分のリュックサックに入っていたという、こういう報道もありましたけれども、最近、若い人の凶悪事件を見ていると、ゲーム、この何か結び付きがあるんじゃないかというふうに報じられたり、あるいはある学者さんがそのようなことを申したりしているんですが、凶悪な犯罪が最近起きているということとゲームの世界、このことについて山崎参考人は何かお感じることがあれば教えていただきたいと思います。
  11. 山崎陽子

    参考人山崎陽子君) ゲームというのは、自分はのめり込んでも答えをくれませんよね、温かい答えを。反応はするけれども。それから、今の携帯というものがありますね、携帯でお話をする。全員が並んでいて子供たちが全員口を利かずに話していて、何をしているのかと思ったら携帯でお話をしている。携帯の文章というのは抑揚もなければ温かみもなければ、ですから、携帯で何かばかにされたから殺してしまったという事件がありましたね。ですから私は、もちろんゲームもいいです、あれは、ゲームもいいし携帯もいいし、携帯であの早さでやり取りができるというのはすごいことだと思いますけれども、それと並行してやはり温かいものを得る手段ですね。ですから、機械と自分という世界ではなくて、人間人間、お友達はメールを通してのお友達じゃなくて、心と心が、やり取りが、交流のある人間関係をつくっていってもらいたいと思います。
  12. 小林正夫

    ○小林正夫君 横田参考人にお聞きをいたします。  いろいろ事前に資料もいただきまして、これも拝見いたしました。人づくりに対するお気持ちが相当書かれているところもあったなと思うんですね。社員を採用するに当たって面接を繰り返し行うと、このようにも書かれておりました。  それで、今の若者の気質、これをどう受け止めているのかということと、多くの方と面接を繰り返すことによってそこから見える学校や家庭教育、これをどう感じられているのか、この辺の御所見をお伺いしたいと思います。
  13. 横田英毅

    参考人横田英毅君) 今の若者は、まず精神的若さがないですよね。それから、とてもまじめですね。順応性もありますね。やっぱり、先ほどの話の延長ですが、反応的ですよね。主体性がないといいますか、そういうことを感じますね。  学校教育は、先ほど最後に私がお話しさせていただいたように、金棒を大きくすることに余りにもウエートを置き過ぎていまして、なおかつその金棒は使うという前提で大きくしていないです。知識というのは後ですぐ使おうと思って吸収していないですから、テストのために吸収する知識ですよね。ひどい場合は試験の前に一生懸命一夜漬けで勉強して答案用紙書いて、済むと忘れてしまうというそういう知識ですから、どういうことが起こるかといいますと、レジュメの上の右の方にちょっと書いていますけれども、大きい金棒を持っているつもりの人が社会へたくさん出てきているなというふうに、もう勉強は済んだというふうに思っている嫌いがあります。  でも、社会人になってから学ぶことの方がもっとはるかに大事なことで、なおかつ学ぶべきことというのはたくさんあると思うんですね。でも、なかなかそうはなっていなくて、大学卒業したばかりの人と社会人になって十年たった人とどう違うかというと、人間的な成長が余りなされていないなというふうに感じることが多いですね。やっぱり使うための学びというふうに考えていかないといけないんじゃないかと思います。  新入社員を一堂に集めて新入社員教育をやります。一か月、二か月やっても、そこで学んだことはほとんど覚えていないですね。半年たったらもう全部忘れていますし、そのときノートなんか取っていますが、そのノートの下にセロテープを張って、一度開けたらそのセロテープが切れるようにしておきますよね。そうすると、一年ぐらいたっても一度も開けていないということが分かります。  そういうところに非常に問題を感じますね。やっぱり、受験のための勉強ではなくて、ヨーロッパの格言に、大人になって必要なことはすべて幼稚園の砂場にあったという格言がありますけど、まさに人を成長させる、鬼の部分を大きくさせるための教育ということをやらなければいけないということであって、それはやっぱり音楽とか美術とか、それから体育とか、それから文化祭とか遠足とか修学旅行とか、こういう場面での学びというものが人間の成長に非常に大事な部分があるんじゃないかと思うんですが、そうなっていないですよね。  大学生に大学時代何が一番良かったと聞くと、多くの方がアルバイトと言うんですが、それはまあ大学の外の話やねと、中では何が良かったと聞くと、ゼミと言います。ゼミはなぜいいのかということですね。そこは、一方的な知識を吸収する学びの場ではなくて、いろんな議論があったり自分自身が考えたりする、そういう側面があるのでゼミが良かったというふうに答えるんだろうなと思っています。
  14. 小林正夫

    ○小林正夫君 どうもお二人の参考人、ありがとうございました。大変勉強になりました。  これで終わります。
  15. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) ほかに御意見。  山田俊男君。
  16. 山田俊男

    ○山田俊男君 大変ありがとうございます。  山崎さんにお聞きしたいんですが、ここ何年も私はお聞きしたことのないような、心を洗われるというか、そういうお話を聞かせていただいたというふうに思います。  どうも、私なんかは選挙をやってきたことがありますから、日ごろから、それこそやりがいとか目標とか頑張りとか我慢とか忍耐とか、そんなことばかりが頭の中にありまして、そのことが私の気持ちの中ではいろんな焦りになったり競争心になったりしていますから、心の中は大変、だから千々に乱れて毎日過ごしているわけです。  そういう点で考えますと、山崎さんは、ともかく大変なお兄さんの空想のお話をそのまま受け止められた大変純な人なのかというふうにも思うわけでありますけれども。そこでお伺いしたいんですけれども、また私の悪い癖で、ついついいろんなことを余りにも類型的に考え過ぎるところがあるかもしれませんから、そこはそこで御容赦願いたいというふうに思うんですけれども。  質問ですけれども、幸せは気持ちの持ち方であって、そういう面で、山崎さんが持っておられる健康な、そして非常に楽観主義的な、しかし一方で、そういう個性なのか、それとも、息子さんのお話も聞かせてもらって、それは多分、大変息子さんが持っておられる才能ということとも関係するのかというふうに思うんですね。だから、幸せというのはそういう個性的なものなのかどうか、その点。  しかし、もう一つお聞きしたいのは、山崎さんは、これもいろんな自分の人生の中で、自分の気持ちを克服してそして抑制した方なのかどうかということなんですよね。それは宗教心とも関係するのかどうかですね。それから、おっしゃいました、つもりになるという、自分への言い聞かせということなのかどうかですね。要は、個性なのか、それともそれを克服された宗教心みたいなようなものなのか、これは幸せを考えるに当たって、先生、類型化するのは良くないと分かりながら、その辺はどんなふうにお考えになっているのかなということをお聞きしたかったものですから質問させてもらいました。
  17. 山崎陽子

    参考人山崎陽子君) 私は非常に暗示に掛かりやすい人間で、例えば、これを飲むと顔がつるつるになると言われると、口元まで持っていっただけでつるつるになったような気がしてしまう、これを飲むと元気になると言われると、すぐに元気になってしまうという、とても物を売る人にとっては重宝な人間だと言われたことがあります。何でもすぐその気になる。くれぐれもおれおれ詐欺には気を付けるようにと周囲からみんなに言われておりますが、私はその自分の特性をとても幸せだと思っています。自分自分に言い聞かせることは、確かにおっしゃったように、それはとても得意なんだと思うんです。  ですから、でもやはり私は恵まれた育ち方をしていると思うんです。それは物質的ではなく、父親が非常に、父親は、非常に文学青年になりたかった人が全く思ってもいない仕事をしなければならなくて、それが残念でたまらなかったので、いつかは文学をと思っていたような人ですから、ですから私にもいろんなことを聞かせてくれました。ですから、父の教えというのが非常に私は身に染み付いております。  ですから、そこで父に育てられたこと、例えば何もできない、私はどちらかというと何もできないんです。歌は音痴ですし、体は動きませんし、運動は何もできない。じゃ、どうして宝塚にいたんだと言われるので、それがとても私も不思議で、あのころは背の高い人がいなかったので、ちょっとその需要に引っかかったのではないかと思うんですけれども、本当に運動神経なくて音痴なんです。  ですから、後に遠藤周作先生と樹座という素人劇団をやったときには、その劇団の入団資格は、音痴、運動神経皆無、高年齢、肥満による三段腹と、これを通過しないと入れない劇団を遠藤周作先生がおつくりになって、私はそこで二十年間座付き作者として脚本を書き続けましたが、そのときにも私は思いました。どんな状況であれ、人間てこんなに幸せを感じられるものだなと思いました。  私は、父が一生懸命、何もできなくても大丈夫なんだよと、だれにでも一つはすばらしいものがあるんだから、今見付からなくても必ずそれが発見できる日が来るんだと小さい私に毎日言い続けたんですね。ですから、どんな駄目に見える人でも何か光るものは持っている、だからすばらしいんだ、おまえもきっとそうなるよということを言い続けたんですが、私は自分のそんなすばらしいものというのはついに納得して発見できなかったんですけれども、その父の言葉が私の才能になっていると思います。どんな人にお目にかかっても、きっと持っているすばらしいものが見えてしまうんですね。  ですから、例えば私のことを嫌いだとか、みんなからすごく誹謗されている人だったりしても、お会いするとほとんど二言、三言でその人自身も気が付かないようないいところが見えてしまうんです。これは私の一番自分の優れたところだと思うんですが、とってもその人はきっと、だから学生さんにも随分言いました。自分が駄目な人間だと言っている人に、私はあなたにこんなすばらしいものを感じていると言って納得してくれたことがあります。そして、自分が駄目だ駄目だと言っていた人が後に生徒会長になっているのを見てうれしいと思いましたけれども、だれかに先ほど認められるということということをおっしゃいましたけれども、本当にそうだと思います。  私は、自分がだれでもが持っているすばらしいものが見えてしまう、視力はないですけど、この目はすばらしいものと思いますが、どなたでもそれはできることで、ちょっと優しい思いを心にいっぱいにして人を見れば、どんな人でもすてきに見えるということを是非若い方にも分かってほしいと思います。
  18. 山田俊男

    ○山田俊男君 ありがとうございました。
  19. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) 松あきら君。
  20. 松あきら

    ○松あきら君 本日は、山崎先生、それから横田会長、お忙しいところお出ましをいただきまして、本当にありがとうございます。  お二方にお伺いをしたいと思いますけれども、まず山崎先生は、私は宝塚の実は後輩でもございます。タカラジェンヌのときに、すごく若くして人気が出てスター候補生だったのに財閥にお嫁に行っちゃった人がいるのよという話を聞いたことがあるんです。でも、それが長じまして、まさか童話あるいは絵本、ミュージカル作家山崎陽子先生と同じ方だということを知ったときはもう大変な驚きでございまして、本当にそういういろいろな意味で尊敬できる先輩、すばらしい方であるという思いで、今日は来ていただいたことを大変光栄に、うれしく思っております。  先生の書かれた絵本、そして童話、著書もいろいろ読ませていただきましたし、それから朗読ミュージカルも見せていただきましたけれども、共通して言えることは、いつもくすっと笑うけど、最後は胸いっぱいになって感動して涙があふれてしまう、先生の作品はみんなそういう作品だなと思います。「動物たちのおしゃべり」という絵本も、いろいろなところへ行って読んであげますと、大人がみんな、それは、その本欲しいと言われますし、どういう方が書いたのと言われます。  まさに伺っていて、私は以前、これは先生のお書きになったものの中にあったと思うんですけれども、お父様が先生の小さなときの作文か何かをお読みになって、紫式部の再来じゃないかとお嬢さんのことを思われたと。要するに、本当に何か一ついいところを見付けてそれを伸ばしてあげたいという。私は、実は親、あるいは乳幼児のときからの一番身近な大人の接し方が非常にその子供にとって大事であるというふうに思っておりまして、まさにお父様、そして先生、それから息子さんにこれが受け継がれていると。  息子さんの御本も読ませていただいて、事故に遭われる前から事故に遭ってそして現在まで、本当にすごい方で、発想もすばらしいし、まさに障害を持っていらっしゃるにもかかわらず心の障害は全くないということで、すばらしいお仕事をされていらっしゃるんですけれども、まさに受け継がれているんだなと。  先生も、看護歴、介護歴三十年でいらっしゃるんですけれども、伺わないとそういうことは全く分からない。そして、十三時にいつも物を書いていらっしゃるということでしたけれども、全く介護や看護や家庭のことで時間がない、そういう真夜中に執筆をしていらしてあんなに夢のある感動するものを書かれていたんだなということに感動いたしました。  そこで、やはり今、私は教育は、何も学校で教師がするだけのものではなくて、実は家庭が、あるいは親が、身近な大人がとても大事だと思うんですけれども、直接的に言えば、しかし教育も非常に大事であると。特に小学校などの先生は大変大事であると思うんですけれども、先生方が非常に忙しくて、あるいは教科だけではなくて家庭指導もしなきゃいけない、しょっちゅうテストもして点数も付けなきゃいけない、雑事が多い、ですから先生に心が余裕がないと、こういう状況に対してどういうふうに考えていられるかなというふうに思うことが一点であります。  そしてまた、教育というのは自分の考えを押し付けるのではなくて双方の対話から生まれるという、その辺をもう一回確認をしたいと思います。  それから、横田会長は、すばらしい私は取組で、御社、ナンバーワンにされているというふうに思いまして、今お話を伺っていても、ああそうなのか、そういうふうにいろいろ工夫して若者のやる気を出していらっしゃるのかと思ったわけです。  エジプトのピラミッドは、歴史家のヘロドトスという人が、十万人の奴隷を使って二十年間掛けて建造したと発表していたんですけど、実はそうじゃなくて、いろんな研究結果によると、四千人の建設労働者が、ナイル川はんらんしますよね、そういう農閑期に四千人の人が自ら働きに行って、そこで給料ももらって医療も受けていたというのが出てきたそうですけれども、そういういわゆる公共事業で、それも何十年じゃなくて数年でできたと、その四千人の人でというのが本当のところらしいんですね。ビールなんか飲んだりして結構豊かな食生活もしていて、社宅みたいなものもあったそうですけれども。やはり、苦しんで大変な労働を強いられて造ったものではなくて、そうした働く人が自ら喜んで働いたからこそあれだけすばらしい建造物ができたのかなというふうに思うんです。  今の若者は、何かアンケートを取ると、車も要らないし物も余り要らないと。休みの日には、ちょっと洗濯とか掃除とかして、それで幸せ。それで貯金なんかできればそれで幸せだなんていう人がほとんどだそうなんですね。でも、多分、御社で働く方はそうじゃなくて、もっと違う発想で働いていらっしゃる。そういうふうに自主的な発想、自主的な行動の考え方の社員に成長させている秘訣というものを教えていただきたいと。  両先生、よろしくお願い申し上げます。
  21. 山崎陽子

    参考人山崎陽子君) 私は、教育の上で一番いいことは、まず褒めるということだと思うんです。それは、私が身をもって体験しておりまして、私は今こうやって早口で話しておりますが、私の説としては、一生の間に人間が与えられる幸せ、不幸、苦しみ、喜び、そしてしゃべる量も、何か一生の間に与えられるのは神様がすごくバランスシートをうまく作ってくださっていて、どんなに短い人生でも、振り返ってみると一応バランスが取れているんじゃないかなと思うんです。  私は小さいときにほとんど物のしゃべれない子でした。今こんな早口でしゃべっているというのはもう後がないから、ちょっと時間的に、なのでこんなに早くしゃべるんじゃないかなって申しましたら、対談していたときにNHKのアナウンサーの方が、私も小さいとき無口でしたとおっしゃったんです、鈴木健二さんという方が。そうしたら、私が、私の説はこうですと言ったら、野際陽子さんという方が、私同級生なんですけど、学校時代に、そうしたら、じゃ黒柳徹子さんどうなるの、生まれたときからしゃべりっ放しよって。私の説によると、あるときからぱたっとしゃべらないおばあさんになるんではないかと思うんですが。  それで、一生に付き合う異性の量もきっと決まっているんじゃないかというのが私の説です。ですから、私はずっと女だけの学校にいて、大した娘でもないのに、父が男という男を一切近寄せませんでした。兄の友達でさえ、手紙なんぞ渡そうものならもう出入り禁止という始末で、父はよほど自分が悪かったのではないかなということに今気が付きましたが。全然男の人と付き合わずに女だけの学校から宝塚に行って初めてのお見合いで結婚しましたので、青春時代の恋愛とかボーイフレンドというのは一人もいないんです。  でも、神様はよくしたもので、あるとき、物を書き始めてからどっと男の方に会わせてくださるんですが、まあみんなちょっと年には不満がありますが、遠藤周作先生とか山本夏彦先生とか三浦朱門先生とか、皆さん大変すばらしい贈物を下さって、私はどれだけ豊かな人生をと思って、まだまだこれから、私はまだまだ残っておりますので。今までもてた方はもう無理です、でももててなかった方はこれからが楽しみと女子大で言ったら、お茶飲み友達は要らないと言われてしまいましたけれども。  でも、私は、父が全く駄目な子なのにしきりに褒めたんです。その褒めるということは、子供というのは大人が思うほど純情ではないんですね。赤ちゃんだって、このくらい泣いたら親が要求を入れてくれるというのを知っていてわあって泣くぐらいで、もうおためごかしのお世辞とか、大人が要求を入れたいための褒め言葉というのは受け入れないんです、子供は。でも、真剣に褒めたら、私は真剣に人に褒められたときにぱっとちっちゃな火が付くような気がするんです。そこのちっちゃな火がたくさんになったのが自信だと思っているんですけれども、真剣に褒めれば子供はそれが心の中でしっかり受け止められるんですね。  大人だって褒められるのが好きなわけです。だから、子供を褒めた途端に子供の中で大きな力が必ずわいてくるんですね。大人の方も褒められるのが好きなんですから、是非男の方は奥様を褒めてさしあげてほしいと思うんです。その褒めた効果というのは絶大なものがあって、私ぐらいになってくるともう褒めてくれる人はだんだん少なくなるわけです。もう五十過ぎたら褒める人は少ないと言われていますが、私の友人の八十過ぎた方が余りにも美しいので、なぜそんな美しいと言ったら、私は鏡を見て毎日自分を褒めていますと、こうおっしゃったんです。人は聞いていないんですから何て言ったっていいんです。絶世の美人と言おうとクレオパトラと言おうと、だれも聞いていないところで鏡の中で褒めて褒めて、そしてさあ今日も頑張りましょうと言うと一日の活力が出ると。実にお若くてきれいなんです。  私の友人に教えてあげましたら友人がすぐやってみたんですが、すぐ電話をくれまして、あれね、TPOを考えなきゃ駄目よと。寝起きに見ちゃったら何か老婆が、見たこともない老婆が鏡の中で目やにの付いたざんばら白髪頭がこっちを見ていたと。でも、その友人の偉いところは、それをはたとにらんで、やまんば、私と鏡の間に入って邪魔をしないでと、そう言って急いで顔を洗ってお化粧して、それからゆっくり鏡を見て褒めておいたと。とても私はすばらしいと思いましたけれども。褒めるということの効用というのは本当にすばらしいものです。  私は物のしゃべれない子だったんですけれども、父がせっかくシェークスピアや源氏の物語で育てて紫式部にだとかにしたいと思っていたのに、田舎に疎開をいたしまして、そこに落語全集があったものですから古典落語を全部読んでしまいまして、その古典落語の間の良さとか人情というのが子供心にすばらしいと思ったんですね。そのころはピーピーガーガー言っているラジオを聴きながら文字が立体化されることのすばらしさを知って、それが今の朗読ミュージカルにそっくりつながっていると思うんですけれども。  本当に、褒めることのすばらしさというのは、そのときに私が気が小さいから学校お話ができないんですけれども、おとぎ話をする時間というのがあったんです。一人ずつ、指されないように小さくなっていたらある日いきなり指されたものですから、何をしゃべっていいか分からなくてもうよろよろと教壇まで行って、何をしゃべるんだか分からないので前の晩に読んだ小ばなしを話したんです。そうしましたら、小さな声で話しているのに、みんなは今まで毎日かちかち山、桃太郎、そういうものが繰り返しされているものですから、耳新しい話が聞こえたのでよく聞いてくれて、もう爆笑ですね、落語ですから。いつも寝ている先生がぱっと目を開けて、こんな面白えおとぎ話は聞いたことがねえとおっしゃったんです。おめえ、こんなの知っているんなら毎日するがええと。それで私は帰って膨大な古典落語の資料の中から面白いものを持っていっては学校でぼそぼそ話しているうちに話せるようになりました。  それから人間ががらっと変わったんです。それまでとっても引っ込み思案で、そして物を割と消極的にしか考えられない子が、何か落語の中にある人情とか間の良さとか、そしてしゃべれるようになったんですね。それで、そのころからぐんぐん背が伸びました。  褒められることということ、それから認めてもらえるということ、人から何でもいい、あなたはすばらしいじゃないか、これは君じゃなきゃできないよとか、あなただからこそこれができたとかって言われたときの喜びというのは例えようもないと思います。私は、自分が褒められて、人間が、がらりと性格が、だから人間性を変えるほどの力を持っているということです。
  22. 横田英毅

    参考人横田英毅君) 私も全く同意見なんですね。  私たちの会社の中には社員をお互いに褒め合うという仕組みがいろいろあります。私個人的には褒めるのはちょっと下手ですから、その代わり何をやっているかというと、絶対しからないようにしています。しからなかったら増長したり反省しない人間ができてくるんじゃないかということをよく聞かれるんですが、そういうことはないですね。それはよほど下手にやるとそんなことが起こるかもしれませんが、やっぱり褒めていると、褒め続けているだけで相手が自然に、でもね、あそこもうちょっとこういうふうにしたらもっといいんですよという反省をするように育ってきますね。そういうことが一つと。  あとそれから、今の若い人というのはまず自分がどういう人間なのかというのを知りません。自己紹介を二十分でやってくださいというのをインターンシップでよくやるんですよ。二十分でも三十分でもいいんですね。自分の過去をしゃべることはできます。でも、あなたはどんな人間ですかということを聞くと、ほとんど自己紹介できない、知らないんですよ。  知らないということを分からせるというのは第一段階物すごく大事で、もしその二十分で自分というものを表現できた場合に、次は、じゃ将来どんな人になりたいですかという質問をします。そうすると、そういうものを、自分の将来像というのを全然描いていないということに気付いて、それで学生たちは唖然とするんですね。  そんなことをいろいろやりながら、じゃ、あなたの葬式で友人代表があなたのことをどういうふうに弔辞を読むのか、その友人代表の弔辞を書きなさいとか、そんなのもやります。そうやって自分の人生というものに向き合うということをやらせるということによって彼らのスイッチが入りますね。  それからもう一つは、先ほど言われたように、僕の人生これでいいんですよという感じになっていますよね。これはどうしてかというと、ハングリー精神がないということです。戦後、ハングリー精神のある人たちはなぜそういうハングリー精神が出てきたかというと、着るものも家もないし食べるものもないという、こういう時代から立ち上がってきたわけですからハングリー精神持っていたわけで、一生懸命働いてきたんですが、今の若い人たちというのはそういうものを全部満たされた中で育っていますから、そのような物質的な金銭的なハングリー精神というのはもう余りないんですよね。そうすると、どうしないといけないかというふうに、我々の考えなんですが、新しいハングリー精神を彼らに抱かせるという、そのプロセスを物すごく大事というふうに考えています。  ですから、何のために働くのというふうに聞くと、前に出ていますように、仕事を通じて自分を成長させるために働くとか、周りから認められて信頼される人間になるために働くとか、社会や人々の役に立つために働くというふうにだんだん考えざるを得ないようになってくるんです。そういうふうに考えるようになると、ああそうか、おれは何かやらぬといかぬなということでスイッチが徐々に入ってくるんですね。  それで、働いている人にまた、じゃ自分たちの会社をどんな会社にしたいですかと言うとこういう声が出てくるし、こんなだったらいいなという質問をするとこういう答えが出てくるし、今までうれしかったこと、どんなことがありましたかと言うと、お客様に感謝されたこと、上司や同僚から認められたことという、そういうことが出てきます。それを実感すると、それがもっともっと新たなハングリー精神になってエスカレートしていくわけですね。もっともっと褒められたい、もっともっと認めてもらいたいというふうになっていきまして、徐々に成長していくようになる。  お手元のレジュメの四ページに、半分から上にハーツバーグの動機付け衛生論というのがあります。多くの働いている人は、下の五つの要因が自分にとって大切なものだというふうに考えていますが、上の四つの、達成、承認、仕事そのもの、責任、この辺りが若者にとって新たなハングリー精神として自分の心の中に確実に位置付けされてきた場合にやる気がどんどん高まってくると思うし、マズローの言うような欲求の五段階の上の三つ、自己実現、自我地位の欲求、集団帰属の欲求、この中に入っている次元の高いものというのは、全部どういう会社にしたいですかという質問を投げかけたときの彼らの答えの中にあるものなんです。  こういうものが自分にとって大事なものだなということを徐々に気付き始めて、なおかつそれにチャレンジして、その見返りというかその反応を自分が受け止めることができたときにだんだんやる気が起こってきて、最後はどこへ行くかといいますと、マズローは欲求の五段階しか言っていませんが、一番上に社会貢献というのがあるわけで、社会貢献、本当にやり始めると、もう若いころと全然違った人間にどんどん変わっていきますね。
  23. 松あきら

    ○松あきら君 ありがとうございました。大変すばらしい御答弁、ありがとうございました。
  24. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) その他の質疑、お願いします。  友近聡朗君。
  25. 友近聡朗

    ○友近聡朗君 本日は、横田参考人山崎参考人、本当にありがとうございました。  私は、Jリーガーから初めての国会議員ということで今参議院議員を、先般の参議院選挙で初当選させていただきました愛媛の友近と申します。横田さんとは同じ四国だと思います。  私、先ほど横田参考人お話の中で、目的と目標というお話がありまして、それが非常に自分の人生とも重なる部分がありまして共感を覚えました。  大学生の当初、卒業するときにプロのサッカー選手になりたいということが自分の目標でありまして、目的はそのときにはなかったのかなと思いながら今お話をお伺いさせていただきました。  そして、ドイツに留学する経験がありまして、そこでスポーツを取り巻く、地域の中にスポーツが根付いて、その地域クラブがあることによって地域の皆さんが生きがいとなって生きているという環境を感じまして、それをふるさとにつくれば僕はもっと幸せに生きていけるんじゃないかという目的ができまして、ふるさとに戻ってきて、愛媛にJリーグのチームをまずその一つのきっかけとしてつくろうというので、一つの目的は達成したのかなと感じております。  そういった中で、横田参考人お話の中で、採用活動にポイントを置かれているというお話をされていたんですけれども、どういったところを採用するときに見るのかというのを一つお伺いしたいと思います。  先ほど山崎さんの中から、だれでも一つはすばらしいものを持っているというお話がありましたけれども、ただそれが早く見付かっただけというのもありますし、その段階で見付かっていない方もいらっしゃるかもしれないというふうに思います。  あと一方で、採用されなかった人というのもいるのも現実だと思います。やはりニートとかフリーターと言われるような若者たちはたくさんいらっしゃいますけれども、僕もそういった人と話をする中で、目標がない、夢がないという言葉を実際に隣にいて話していて何度も聞きました。そういった方がもし目の前にいた場合に、一体どのようなアドバイスをされるのかということをお伺いしたいと思います。
  26. 横田英毅

    参考人横田英毅君) まず、採用するときにどこを見るかということですね。一番見ないのは学歴です。全く学歴は参考にしません。面談することによって、ほとんどの時間を面談に費やします。多くの企業が採用に余り力を入れていないというふうに私たちは見ています。同じ日本の自動車ディーラーの中でいくと私どもの採用活動に掛けるお金と労力は他社の五倍以上だと思うんですが。  なぜ一般の企業が採用活動に力を入れないかというと、結果から一番遠いところの話だからなんですね。広告宣伝にお金を掛けたり、あるいは目先の販売、売上げを上げようと思って値引きをしたりというのは非常に結果に近いところの努力ですよね。それからいくと、社員教育なんかはもうちょっと結果から遠いですし、採用活動はとにかく一番遠いですから、一番大事なことであるにかかわらず一番力を入れていないというふうに私たちは感じていまして、とにかく採用活動を力を入れてやっています。  どういう人を見るかという話なんですが、まず鬼の大きい人、将来鬼が大きくなりそうな人を見極めます。話をして、とにかく相手の言うことを聞きます。企業で採用担当者が長くしゃべっているというケースをよく見るんですが、そういうふうに我々しません。問いかけるんですね、これについてどう思うと。答えが出てくると、そう思ったのはなぜというふうにどんどんどんどんなぜなぜなぜというふうに聞いていきますね。そうすると、物事を浅く考えている人と深く考えている人の差が歴然と見えてきますね。その辺りで人間力が将来的に伸びていきそうな人なのかどうなのかなという辺りを見ますね。  最低で面談時間は延べ三十時間です。それは、六回、七回と会社訪問に来ていただいて、ちょっと多い人はもう百五十時間、二百時間ですね。それだけ長いのはどういうことをするのかというと、三週間のインターンシップが入っていたり、会社の重要な会議を見ていただいたり、プロジェクトチームの会議に入って一緒にやってもらったり、会社が行ういろんなイベントを手伝ってもらったり、そうやってどういう会社なのか、何を大事にしているのか、そういうことをよく見てもらって、なおかつ第一線の社員の本音レベルの話を直接聞いてもらうように、こういうふうにして採用しています。  ですから、まだ会社の組織が未成熟の時代には、先輩社員が、この会社大していい会社じゃないよ、やめとけと言うような先輩社員もいましたが、そういう話を聞いても入ってくる人もいます。その人が入ってくると、先輩社員の方は辞めますよね。ちょっとずつ会社の全体的な価値観、ベクトルが合ってくるといいますか、価値観のレベルが上がってきて、最終的には非常に強い組織になってきたなというのを実感しています。  以上です。
  27. 友近聡朗

    ○友近聡朗君 目標がない、夢がないという若者に対してどのようなメッセージというかアドバイスというのを、もし掛けるとすればどういった言葉を掛けるかというのをお伺いしたいんですが、御両人に。
  28. 山崎陽子

    参考人山崎陽子君) 私は、昔そうお教えくださった先生がいらしたんですけれども、人間は生まれたときから頭の中に何億というふた付きの箱を持っているというんです。ふたの付いた箱ですね。それ一つ一つが才能の箱で、ですから、例えばスポーツをする箱、それからピアノを弾く箱、いろんな箱があるわけです。  でも、必ずしもいい箱とばかりは限らないものもあるわけですよね。中には博才だったりとかいろんなものがあるんですけれども、それは子供のうちにできるだけ多くの箱を開けておくようにと言われました。たまたま開いた箱が例えばバイオリンの箱で、その人が大変なバイオリンの才能を持っていたらこれは天賦の才というわけで、それは大当たりですけれども、大当たりが必ずしもいいとは限らなくて、いろんな箱を開けているうちにどれかに行き当たるということがあるわけですよね。だから、できるだけたくさんの箱を開けるようにというふうにおっしゃいました。  私は、残念ながら両親が大変臆病でしたのでスポーツの箱が何一つ開いていないんです。ですから、子供がスケートをやるときに一緒にやったら一番先にひっくり返って脳しんとうを起こして、もう駄目。スキーをやれば、スキーの板を折ってしまって、リフトで壊れたスキーを抱えて下りてくるという屈辱を味わったり、スポーツは何をやっても駄目です。それは、子供のときにスポーツの箱を一つも開けていなかったからだと思います。  ですから、可能性という言葉なんでしょうけれども、できるだけ、一筋だけをやって駄目だったらもうそこで挫折してすべての夢がついえてしまうのではなくて、次々にいろんな箱を開けてみて自分の可能性を見てみるということを是非お子さんたちには特にお教えしたいと思います。
  29. 横田英毅

    参考人横田英毅君) 本来、私は、家庭教育学校教育子供たちに夢とか志とか使命感を持たせるためにするものだというふうに考えています。ですから、そういうものを持たさないで社会に出てくるということ自体がちょっともったいないなと。何か、あれだけ長い時間いろんなことをやっていたのに、社会に出てくる若者が目的意識を持っていないから残念やなというふうにつくづく思います。やっぱり、自分にとって生きがいのある人生というのは何だろう、やりがいのある仕事というのはどんな仕事だろうというふうに考えながら社会に出てくる人間を育てるという教育ですよね。これは今のやり方と全く違うやり方なんですけれども、その辺りがこれからとても必要になってくるんじゃないかと思っていますが、余りそうなっていませんよね。  ここにちょっと資料がありまして、平成十二年の七月二十六日の資料でして、教育改革国民会議、皆さんのところにはありません、この第一分科会の審議の報告で、これは六ページから十ページまでですが、曽野綾子さんが書かれたすばらしい文章があります。私はこれに物すごく共鳴していますし、今日の私が申し上げた話は何かこのことと物すごくリンクするなというふうに思ったりもしていますので、もし機会があったら是非お読みいただきたいですね。お願いします。
  30. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) 是非後ほど参考資料としていただきたいと存じます。  その他質疑を求めます。  加納君。
  31. 加納時男

    ○加納時男君 加納時男でございます。  山崎先生にまず一つ伺いたいと思います。  今日、幸せの達人であるとおっしゃいました。本当にお話を伺い、またお書きになったものを拝見しまして感動しているところです。  御自身がお父様に子供のころいろいろ失敗してもいつも褒められたと、それが積もり積もって自信になったと。とてもいいお話書いていらっしゃいますけれども、褒めるというのは、私は、だれでもできるようだけど、これ難しいんですね。  実は、目利きといいますか、その人のどういうところをどのような角度で褒めるかで相手が、ああ、調子いいこと言ってるわって思うか、本当に心にぽっと火が付くか、もう非常に際どいところなんで、そういうところをどんなふうに工夫していらっしゃるのかなというようなところ。私も子供を四人、孫八人育てているんですけど、徹底的に私はいいところを見付けて褒めているつもりなんですけど、どうも余り効果が上がっていないのは多分目利きが悪いのかなと。その目利きの鍛え方、何か教えていただけたら有り難いなと思います。  それから、横田参考人に承りたいんですけれども、とても今日感動したのは、不人気業種ですね、このお話もとても良かったと思います。不人気な業種というのは採用に不利だろうと普通思いますけれども、そういうときにあえてその会社を選んでチャレンジしてきた人というのは目的意識があるからいいというんじゃないかと思います。  その後ずっとお話、また今の質疑を伺っていたんですが、共通している何かキーワードがあると思うんです。それは、やっぱりその人のやる気、夢を描き、その夢を実現しようとして努力しているところ。  先ほどハングリー精神だとおっしゃったんですが、例えば、採用のときにこのハングリー精神というのはどのような質問をして見ていらっしゃるのか。それからまた、採用した後、ハングリー精神を育てるのにどのように工夫していらっしゃるのか。まさに大きな鬼を育て、それに大きな金棒を持たせるというところまで目指していらっしゃると思うんですが、何かヒントがあったら教えていただければと思います。
  32. 山崎陽子

    参考人山崎陽子君) 本当に褒めるということは非常に難しいことで、褒める側にもある程度の技量がないと駄目なんですね。それで、この子がとてもこれを欲しているなということにピントがすぐに合えばいいんですけれども、褒めている方の側の真剣度だと思うんです。何か調子良く褒めているなとか、この人は自分の要求を入れたいために褒めているなとか、そういう何か奥が見えてしまうような褒め方ではなくて、本当に感動したら表情だけでもいいんですね、目だけ見てすばらしいとか、自分だけは分かっているとか、そういう心の琴線に触れないような褒め方は褒めない方がましという結果を。だれでも褒めているというのもまずいんですね。  私は、自分ミュージカルをやっていて一番向かないのは演出なんです。なぜかといいますと、すぐ褒めちゃうんですね。一生懸命やっているんだからいいという心が働いてしまうんです。でも、そうではなくて、すごく冷静に、それじゃ駄目じゃないかと言わないといけないと思いながら、私は、こう自分はやりたいと言うと、いいからやってごらんなさいというふうに持っていってしまうんです。そうすると、やってみて、結局結果としてはこちらの方へ戻ってくるので、ずるいとよく言われるんですね。でも、一生懸命やっていることに対してやっぱり賛辞を送りたくなってしまって、演出という立場では向かないなと思いますが、やはりそこで褒められたことはその人の心に残るわけで、だから褒める方の真剣度だと思います。どうぞお孫様を精いっぱい褒めてさしあげてくださいませ。
  33. 横田英毅

    参考人横田英毅君) 私たちの会社で働いている社員に、よく外部からおいでた方が質問をするんですね。あなたはなぜこの会社へ入ったんですかという質問を結構される方が多くて、答えはほとんど二つぐらいしかないんですよ。  一つが、これは二番目に多い答えなんですが、私はこの会社へ入ってお客様に喜んでいただけるような仕事をしたいと思いました、だからこの会社を選びましたという、これが二番目に多い答えです。一番多い答えは、私はこの会社で自分を成長させたいと思いました、だからこの会社を選びましたと、これが一番多い答えなんですね。  中に意地悪い人がいまして、もし給料二倍でどこかから引っ張られたらどうするという、こういう質問ありますけど、後からその方に又聞きしたんですが、いや、行きませんよというふうに即答されましたという、そういうのがぽつぽつありますね。ですから、定着率非常にいいです。  私たちの会社はやっぱり自動車販売会社ですから、メーカーの代理戦争していましてね。メーカーのトヨタ自動車は一兆円なんてもうかっていますけれども、ディーラーというのはなかなかもうからないんです。だから、待遇をよくするというのができないんですね。しようがないから待遇以外の面を改善しようというふうに取り組んだというのもあるんですけれども、そういう面で、待遇以外の面である程度満足している人が定着しているということですね。  それから、採用のときにどうやって選ぶかということなんですが、こういう質問をしてこういう答えが返ってきたら採用とかいう、そういうノウハウはありません。もう延々と雑談するんですね。それで、ああ、あの人いいね、一緒に働きたいねというふうに社員が思う人が自然に四月一日にそこにいるという感じなんですね。  自動車販売ですから、採用試験をして落とすというのをしたくないんです、できるだけ。将来のお客様になってもらいたいというのもありますし、それから、自分たちの会社が選ばれなくても、我々が彼らと延々と面談することによって、彼らが人間力を身に付けてより良い会社に就職できればそれは社会貢献だねと、こういう考え方がありまして、ですから、またおいで、またおいでというふうに、もう何度でも呼ぶんです。そうすると、時間が空いているときに来ますよね。そのうちに相手が、ちょっとこの会社私余り入りたくないねと、こういうふうに少しでも思い始めたときは自然に去っていきますよね。ですから、最後まで何度でも会社訪問に来続けているし、アルバイトに来たり、会社のイベントを手伝いに来たりしている人が四月一日にそこにいるという、そういう感じになっていますね。
  34. 矢野哲朗

    会長矢野哲朗君) ありがとうございました。  予定された時間になりました。まだまだ質疑があろうかと思いますけれども、以上で参考人に対する質疑は終了させていただきます。  山崎参考人横田参考人、大変今日は御多用のところ、本調査会に御出席をいただきまして、ありがとうございました。  本日お述べいただきました御意見でありますけれども、今後の調査に生かさせていただきたいと存じますし、今日から早速我が家族に対しても生かさせていただこうかなと、こう考えております。本調査会を代表しまして厚く御礼を申し上げたいと存じます。  ありがとうございました。(拍手)  本日はこれにて散会いたします。    午後二時五十八分散会