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参考人(
生熊茂実君) 御紹介いただきました、全労連副
議長、
JMIU中央執行委員長の
生熊と申します。
本日の参議院
厚生労働委員会で
参考人として
意見を述べる機会をいただきましたことに、まずお礼を申し上げたいと思います。
最初に、現在、当
委員会で
審議されております
労働契約法案について
意見を述べます。
本
法案は、
労働者の保護を図りつつ、個別の
労働関係の安定に資することを目的とするとされています。本
法案が本当に
労働者の保護に役立つかどうか、
労働者の置かれている
実態を十分に把握されて、慎重な
審議をお願いしたいというふうに考えております。
私はまず、
実態を中心に述べていきたいと思います。
思い出すのは、別件の
法律ではありますけれ
ども、二〇〇〇年に当時の商法
改正による通称会社分割法が
成立をしました。それと同時に、会社分割の場合の
労働者の保護を図ることを目的として、会社分割に伴う
労働契約の承継等に関する
法律、通称
労働契約承継法も
成立をいたしました。
労働契約承継法によると、会社分割法による承継される
事業に主として従事する
労働者の転籍については承継会社に承継されるとして、民法六百二十五条を適用せず、本人の同意なしで転籍させることができるようになりました。私は当時の参議院法務
委員会で、会社分割法で不採算部門や先の見通しが悪い部門を切り離して、会社の経営破綻とともに
労働者の
解雇が起こる危険があるとして、会社分割法による
労働者の転籍においても本人同意を維持することが必要であることを強調いたしました。このことは、いわゆる泥舟論として、会社分割
法案や
労働契約承継
法案の
審議で重要な問題になりました。これについて、政府
参考人は、いわゆる不採算部門というようなものについて会社分割を行うことは許されていないと答弁をして、両
法案は
成立をいたしました。
ところが、私
たちが心配したとおりに事態は進みました。二〇〇一年に会社分割法によって日本IBMとセイコーエプソンによる野洲セミコンダクターという会社がつくられ、
労働者は、同意がなく、問答無用で転籍されました。野洲セミコンダクターは、最初の説明とは全く異なって、業績悪化が続き、本年三月には一部をオムロンに譲渡し会社を解散、多くの
労働者が退職に追い込まれました。このような事例はほかにもあり、またその心配のある事例も多く生まれています。
このような
法案は超党派での見直しが必要であると考えておりますけれ
ども、私がここで強調したいのは、本当に
労働者保護に資するかどうか、このことを
実態に基づいて十分な
審議をお願いしたいということであります。
現在
審議されております
労働契約法案には幾つか見過ごせない問題があります。最大の問題は、
一定の条件付きではありますが、
就業規則の
変更によって
労働条件不利益変更することができる、このことを
定めた第九条ただし書以降と第十条であります。これは
労働条件の
不利益変更ができるということを経営者にメッセージして送ることになるというふうに思います。二〇〇三年の
労働基準法改正のときに、
解雇ができるというふうにあった政府原案を、現在の
労働基準法第十八条の二のように、社会通念上相当でないものは、その場合は無効とするというふうに
修正した、与野党全体で
修正をした、このことを今想起すべきではないかというふうに考えております。
この条項を、第七条、
労働契約の
内容はその
就業規則で
定める
労働条件によるとともに削除することを求めたいと思います。現在の
労働基準法第一条二項は、この
法律で
定める
労働条件の
基準は最低のものであるから、
労働関係の当事者は、この
基準を理由として
労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならないと、
労働条件向上のために
労使の努力義務を
定めています。
労働条件の
不利益変更ができる、このことを
労働関係法に書き込むことはかつてなかったことです。歴史上初めてのことだと思います。このような重大な
法案をこのまま
成立させることには反対です。
どのような事態が生じているか、実例を挙げて説明します。
蛇の目ミシン工業の営業社員の
労働者が裁判に訴えている事件です。二〇〇〇年に東京新宿のハローワークから営業職の正社員として紹介され、三か月間は見習として委任
契約販売員とされ、その後、
期間の
定めのない営業社員になりましたが、二〇〇五年七月に、営業社員の資格
審査基準によって、売上高が三か月間で二百四十万円未満に当たる、そのため自動的に退職、このような
就業規則に該当するとして
解雇された事件です。しかも、
解雇通告のときに初めて
就業規則を見せられたのです。新宿ハローワークは、ハローワークでは委任
契約などという
形態は認めていないと言っております。
この事例にも見られるように、現実には
就業規則は
採用に当たって見せられることはほとんどなく、
通常、その後も閲覧することはないと言って過言ではありません。また、
就業規則の周知といっても、
実務上は
職場にぶら下げておくだけでよいのです。さらに、
労働基準監督署への
就業規則届出については、現在は電子メールによる送付でもよく、その
内容のチェックは全くありません。また、
就業規則の
制定や
変更に当たっては、過半数
労働組合や従業員
代表からの
意見を聴くことは求められていますが、反対であっても、あるいは
意見書を付けなくても、それは
労働基準監督署に届出されれば
成立してしまうのです。このような
実態にある
就業規則がそのまま
労働契約とされては、劣悪な
労働条件を強いられるばかりでなく、
労働者の
雇用さえ脅かされます。
この事例から分かる重要な点は、
就業規則の
変更は、
賃金や
労働時間の悪化だけでなく、
一定の条件の下では、
期間の
定めのない
雇用から
有期雇用や個人請負に追い込まれる危険さえあるということです。
同様の事件が東武鉄道の子会社である東武スポーツでも起きています。実際には、
実態は変わらないからと
労働者をだますとともに、これを認めないと
解雇になると脅して、正社員から一年ごとの
有期社員にし、
賃金などを大幅に引き下げた事件です。東武スポーツは、これを
就業規則変更によるものとして、
有期雇用への
変更や
労働条件引下げは正当であると
主張しています。現在でも、中小
零細企業ではなく、大
企業やあるいは大
企業関係企業でさえこのような状態ですから、この
法案が
成立すれば、同様のことを考える経営者が大幅に増えることは想像に難くありません。
また、
労働契約法に違反するものは裁判で決めろというのがこの
労働契約法の立場です。裁判に訴えることはよほどの勇気が必要で、かつ費用と時間が掛かるものです。また、裁判で決着が付く、これは最高裁まで行くこともあるわけですが、その間はその
就業規則が適用されるということになります。結局は、不当だと思っても泣き寝入りする
労働者が増え、不正がまかり通る事態が広がることになりかねません。
不利益変更について
最高裁判例で歯止めをしているという
議論がありますが、そう考えることはできません。この
法案にある不利益の程度や
変更の必要性、
内容の相当性などの
水準が極めてあいまいです。第四銀行最高裁判決によれば、受忍させるための高度の必要性やあるいは代償
措置その他関連する他の
労働条件の改善
状況などがありますが、そういうものは盛り込まれていません。
最高裁判例からは大きく後退しているものであり、歯止めにはならないと思います。このままでは、次々にハードルが引き下げられる危険は目に見えています。
このような危険を引き起こす
就業規則による
不利益変更の部分が削除されない限り、私は
労働契約法案の廃案を求めたいと思います。
次に、
最低賃金法案について
意見を述べます。
修正された
最低賃金法案は、第九条二項で、
地域別最低賃金は、
地域における
労働者の生計費及び
賃金並びに
通常の
事業の
賃金支払能力を考慮してとされ、三項で、
労働者の生計費を考慮するに当たっては、
労働者が健康で文化的な最低限度の
生活を営むことができるよう、
生活保護に係る施策との整合性に
配慮するとされています。
しかし、働いているのに
生活保護より低い
最低賃金、こういう批判を受けたものと考えられますけれ
ども、まだこれでは不十分だと思います。職業に就いて
労働するためには職業や通勤にふさわしい費用が掛かります。そのような職業
関係費用は
生活保護の中にありません。
労働者の生計費という場合にはそれらを考慮しなければならない、このように思います。そのような
修正と支払能力についての削除を求めたいと考えます。
また、今年の
地域別最低賃金は、ここ数年になかった平均で十四円という引上げがありましたが、
地域別の
格差は広がりました。これでは
地域の経済
格差が一層広がります。今多くの
労働者と
労働組合が求めているせめて時給千円をという
全国一律の
最低賃金を
定めた上で、産業別、
地域別の上乗せを図る方式が求められており、この点での抜本的な
修正を求めたいと思います。
最後になりますが、私は二〇〇三年
衆議院厚生労働委員会で
労働基準法改正についてやはり
参考人として
意見を述べました。その中で、
労働法制に関する規制緩和が次々に行われていけば、それは今問題になっている少子化やあるいは年金の崩壊、こういうものが一層ひどくなるのではないか、そういう心配を申し述べました。今正に私
たちが心配したような方向で事態は進んだのではないでしょうか。
今社会的に
ワーキングプアや貧困と
格差、地方と都市の
格差が大きな問題になり、これらに対する国民の意思が七月の参議院選挙の結果に反映したと思います。現段階での
労働二
法案では、残念ながら
ワーキングプアや貧困と
格差はなくせません。民意は国民や
労働者状態の改善を強く望んでいます。民意に沿った方向での大幅な
修正が行われるように求めたいというふうに思います。
なお、
最低賃金の引上げについて、
中小企業の経営としてはとても負担できない、このような
議論がありますが、私はそうは思いません。今、日本の大
企業は、先日、日本経済新聞六月十四日付けで報道されたように、四年連続最高益で三十一兆八千八百億円もの利益を上げております。しかし、
中小企業は厳しいという
実態があります。私は、大
企業は利益を上げているけれ
ども、なぜ
中小企業の経営が厳しいのか、このことについて指摘をしておきたいというふうに思います。
私
たちの
実態でも
賃金が上がって倒産をした
企業というのはありません。それは大
企業から大幅な単価の切下げがあったり、あるいは無理な
仕事を押し付けられたり、こういう中で経営が困難になる、この
実態が進んでいるんです。私は、下請振興法の振興
基準、ここでも明確にされておりますように、親
事業者が下請
中小企業に対して適正な利益と下請
中小企業で働く
労働者の
労働条件の改善ができるようなこのような価格を決める、このことこそが今求められているというふうに思います。
中小零細業者の中には、旋盤を回す下請機械屋さんがおりますけれ
ども、時間単価が今千六百円と、このように言われています。
労働者の
賃金と余り変わらない、あるいはそれよりもひどいと、こんなことまで生まれています。なぜこのようなことが起こるのか。これでは借り工場の家賃を払ったり、あるいは機械の減価償却を図ることもできません。これは、今申し上げたような親
事業者による下請
中小企業に対して、この単価の決め方、一方的な
引下げや、あるいは納入について無理な納入をさせる、このようなことに原因があるのではないか、このように考えております。
是非民意に沿った方向での本二
法案に対して大幅な
修正が行われるように求めることを申し上げまして、
参考人としての
意見表明とさせていただきたいと思います。
ありがとうございました。