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2007-05-16 第166回国会 参議院 政府開発援助等に関する特別委員会 第7号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成十九年五月十六日(水曜日)    午後一時三十六分開会     ─────────────    委員の異動  三月二十二日     辞任         補欠選任         水岡 俊一君     江田 五月君     ─────────────   出席者は左のとおり。     委員長         山崎 正昭君     理 事                 阿部 正俊君                 小泉 昭男君                 犬塚 直史君                 富岡由紀夫君                 浮島とも子君     委 員                 岩城 光英君                 太田 豊秋君                 岡田  広君                 神取  忍君                 岸  信夫君                 坂本由紀子君                 中川 雅治君                 中島 眞人君                 中村 博彦君                 野上浩太郎君                 朝日 俊弘君                 江田 五月君                 小川 敏夫君                 大久保 勉君                 加藤 敏幸君             ツルネン マルテイ君                 藤末 健三君                 若林 秀樹君                 高野 博師君                 大門実紀史君                 近藤 正道君                 亀井 郁夫君    委員以外の議員        議員       小林 正夫君        議員       平田 健二君        議員       魚住裕一郎君    事務局側        常任委員会専門        員        泊  秀行君        常任委員会専門        員        桐山 正敏君    参考人        ラオス人民民主        共和国首相    ブアソーン・                 ブッパーヴァ                 ン君                チャンタソン             通訳 ・インタヴォ                ン君                チャンパパン             通訳 ・ボアウィエ                ン君        日本国際ボラン        ティアセンター        代表理事     谷山 博史君        日本貿易振興機        構総務部長    山田 康博君     ─────────────   本日の会議に付した案件 ○政府開発援助等に関する調査  (東南アジア諸国との経済協力等に関する件)  (NGO及び企業活動視点から見た我が国の  援助政策に関する件)     ─────────────
  2. 山崎正昭

    委員長山崎正昭君) ただいまから政府開発援助等に関する特別委員会開会いたします。  政府開発援助等に関する調査議題といたします。  本日は、ブアソーン・ブッパーヴァン・ラオス人民民主共和国首相の御出席を賜り、東南アジア諸国との経済協力等についてお話をお伺いいたしたいと存じます。  参議院政府開発援助等に関する特別委員長山崎正昭でございます。  一言、ごあいさつを申し上げます。  本日はようこそお越しくださいました。ブアソーン首相におかれましては、二〇〇四年一月以来三度目の、そして首相就任後初の訪日とのことでございますが、懇談のお時間を割いていただきましたことに対しまして、心より感謝申し上げます。  当委員会は、二院制の中での参議院の特性を生かすべく、決算審査充実等観点から、政府開発援助を始めとする国際援助協力について調査を行うために設置されたものであります。  ODAは、言うまでもなく、被援助国経済社会発展を促し、地域国際社会全体の平和と安定に寄与するものであり、我が国外交政策の重要な手段の一つでございます。特に、貴国を始め東南アジア諸国は、我が国にとって深いつながりがあり、我が国援助政策においても重要な位置を占めております。  本日、ブアソーン首相に御出席を賜り、貴国との援助協力の現状、今後の在り方などに関しまして懇談を行うことは、当委員会といたしまして、極めて有意義な機会を得たものとうれしく思っております。  失礼させていただきまして、着席をさせていただきます。  では、最初に、私から、本日参加されております当委員会委員を御紹介いたします。  まず、理事でありますが、自由民主党阿部正俊理事でございます。小泉昭男理事でございます。次に、民主党新緑風会犬塚直史理事でございます。富岡由紀夫理事でございます。次に、公明党浮島とも子理事でございます。  次に、委員といたしましては、まず自由民主党岩城光英委員でございます。岡田委員でございます。神取忍委員でございます。岸信夫委員でございます。坂本由紀子委員でございます。中川雅治委員でございます。中島眞人委員でございます。中村博彦委員でございます。野上浩太郎委員でございます。次に、民主党新緑風会朝日俊弘委員でございます。江田五月委員でございます。小川敏夫委員でございます。大久保勉委員でございます。加藤敏幸委員でございます。ツルネンマルテイ委員でございます。藤末健三委員でございます。若林秀樹委員でございます。次に、公明党高野博師委員でございます。次に、日本共産党大門実紀史委員でございます。次に、社会民主党護憲連合近藤正道委員でございます。次に、国民新党亀井郁夫委員でございます。  また、当委員会委員以外に、民主党新緑風会小林正夫議員でございます。平田健二議員でございます。公明党魚住裕一郎議員が参加されておられます。  それでは、ブアソーン首相からお話を伺いたいと存じます。ブアソーン首相、よろしくお願いを申し上げます。
  3. ブアソーン・ブッパーヴァン

    参考人(ブアソーン・ブッパーヴァン君)(通訳) 山崎会長殿、日本参議院議員皆様、御参列皆様、私が御意見を申し上げる前に、この中のラオス側のメンバーを紹介さしていただきます。  左側は、トンルン副首相外務大臣でございます。(拍手)  続きまして、ナム商工業大臣でございます。(拍手)  続きましては、駐ラオス日本国大使でございますが、桂大使でございます。(拍手)  私の左側には、チュアン内閣官房付大臣。(拍手)  その隣にはシートン駐日ラオス全権大使でございます。(拍手)  皆様、本日は、栄光たるこの日本国会議院で、参議院議員及び参議院政府開発援助等に関する特別委員会皆様ラオス政府に対する日本政府開発援助について意見を述べるこの機会をいただいたことは、誠に光栄であり、大変うれしく存じます。この場をおかりして、皆様からの名誉のある温かい歓迎に対し、心より御礼を申し上げます。  敬愛なる皆様、初めにラオス国内の事情について次のように御報告を申し上げます。  ラオス人民民主共和国政府は、一九八六年以来、新改革政策を実施してまいりました。そして、その改革政策ラオス国内の総合的な力を発掘する条件及び機会を整えてくれました。開発の面における国際社会の力のおかげもあって、ラオス経済は活気にあふれ、経済成長率も六・二%のペースで成長をし続けてまいりました。国民生活も、物質的にも精神的にも徐々に改善されてまいりました。そして、人口一人当たりの国内生産は、一九九五年に二百米ドルだったのが、二〇〇六年にはほぼ五百米ドルまで増加してまいりました。昨二〇〇五年—二〇〇六年度でも経済は引き続き成長を見せており、国内生産は七・四%も増加しました。インフレ率も抑制できるレベルまで下がりました。  また、全国あへん栽培撲滅が宣言されるとともに、国民貧困問題の解決も以前よりも効果を現すようになってまいりました。昨年度の国内外投資額は二十七億米ドルとなり、その中で水力発電事業及び鉱山事業が大半を占めております。観光事業も積極的に推進され、教育及び保健衛生の質も改善されてまいりました。  これらの成果は、主にラオス政府が正しい政策を実施し、ラオス国民がそれを支持し参画すると同時に、国際社会友好国仲間、特に日本政府及び国民皆様からの御協力、御支援があったからこそ得られたものだと存じます。  敬愛なる皆様ラオス国日本とは、一九五五年三月五日に外交関係が樹立いたしました。二〇〇五年度には、ラオス人民民主共和国及び日本国両国政府が、外交関係樹立五十周年を有意義かつ盛大に祝賀し、絶え間なく成長し続けるラオス日本友好関係協力関係を示す重要な節目となりました。  ラオス政府及び国民は、この五十年間余りのラオス日本友好関係及び協力関係絶え間なく促進されてきたことを高く評価し、誇りに思っております。また、国際舞台地域レベルラオス日本両国がお互いを支持し続けていることは大変光栄に存じます。昨日、安倍首相閣下との首脳会談の中でも再確認することができました。  ラオス人民民主共和国は、一貫して日本国連常任安全保障理事会及び非常任安全保障理事会入りを支持してまいりました。そして、国際捕鯨委員会にも参加しております。また、ASEAN、日本関係を深めるために、会議開催国役割を努めてまいりました。  経済及び財政面で困難に直面した時期でも、日本政府及び国民皆様は、私たちラオス人民民主共和国に対する御援助を続けてくださいました。そして、その額は外国からの援助総額の二六%を占め、対ラオス最大援助国となっております。  特に、二〇〇六年十一月に、首都ビエンチャンで行われた第九回ラウンドテーブル会議の中で、各外国からの援助を促進するために、駐ラオス日本大使閣下は、今後もラオスに対する日本政府開発援助額を維持し、数年後での増額も検討することを積極的な姿勢で強調されたことにより、ほかの援助国ラオスに対する援助額拡大に踏み切りました。大使閣下の御尽力で、外国及び国際機関からの援助は、第八回ラウンドテーブル会議より増加いたしました。  二〇〇六年、二〇〇七年度においてラオス日本協力関係の最も顕著に表れた成果としては、ラオスサバナケット県とタイムクダハン県を結ぶメコン第二国際架橋事業の竣工及び二〇〇六年十二月二十日に行われた開通式ビエンチャン一号線整備事業及びビエンチャン上水道施設拡張事業メコン地域電力ネットワーク事業内のラオス南部パクサンから中部サバナケットまでの百十五キロボルト送電線建設ビエンチャン県内小学校建設事業計三十五校、ノンプロジェクト無償資金協力事業、毎年二十五枠の修士課程を含む長期人材育成奨学事業及び一部の技術協力事業などが計画どおりに進められていることが挙げられます。そのほかに、これから行われる一部の両国調印済み事業、特に郡の病院改善事業計十か所、ヒンフープ橋建設事業、第二次貧困削減支援オペレーション事業食料援助事業などがございます。  これらの援助協力の中で私たちラオス政府の見解といたしましては、日本国際協力銀行を通じた有償資金協力事業が最も促進すべき協力在り方だと考えております。なぜなら、それは最も効果的だと理解しているからでございます。例えば、ラオスサバナケット県とタイムクダハン県を結ぶメコン第二国際架橋事業及び世界銀行共同出資の第二次貧困削減支援オペレーション事業などがございます。  同時に、日本政府開発援助の各事業は、ラオス政府及び国民の需要にこたえるものだけではなく、私たち社会経済開発計画を実施する取組においても、より実現可能性をもたらしてくれる重要な要素でございます。主に教育保健衛生所得増大及び環境保護を含むラオス政府の各最優先事業である食料生産分野社会経済基盤整備分野人材育成分野地方開発分野などがございます。  総合的に申し上げますと、ラオス国に対する日本政府開発援助のすべては、ラオスが持続的な経済成長を実現するために重要な役割を果たしております。  さらに、日本政府開発援助は、ラオス政府の最優先事業計画に合致していることを改めて強調させていただきます。なぜなら、日本からの援助協力事業は、すべて両政府が話し合って合意した中期協力戦略に基づき作案されたからでございます。つまり、すべての事業は、相互に、ともに協議、検討してから承認されるようになっております。  それは、次のようにうかがうことができます。  毎年、ラオス政府は、駐ラオス日本国大使館及び日本国際協力機構ラオス事務所皆様連携を取りながら、日本政府開発援助を要請するための調査及び要請項目集を作成しております。この過程を通して、ラオス政府社会経済開発計画内の各優先事業が、ラオス日本両国間の中期協力戦略及びミレニアム目標に合致するようになっております。私たちラオス政府は、駐ラオス日本国大使館及び日本国際協力機構ラオス事務所とのこれまでの良好な協力関係を高く評価しております。特に、各プロジェクトに対して月ごと評価会が行われ、それによってラオス側の職員が日本皆様から経験及び知識を学ぶことができます。  皆様にもう一つ申し上げたいのは、日本からの開発援助事業世界銀行やアジア開発銀行などの国際金融機関からの融資事業との連携もうまく進んでおり、私たちラオス政府の各事業を実施する機会及び可能性を与えてくれることになります。例えば、技術協力事業無償資金協力事業及び日本国際協力銀行を通じた社会基盤整備事業などが挙げられます。  敬愛なる皆様ラオス国での日本政府ODA事業取組においては改善しなければいけない問題が一部あることも十分に存じております。それは特に私たちラオス側に原因がございます。例えば、協力要請のために行われる調査情報収集及びプロジェクト計画案作成などの質を高めること、日本側とのプロジェクトに対する理解を一致させるための連携協議などに自主性を高めること、事業有効利用維持管理及びその他の問題がございます。これらの問題を解決するために、私たちはこれからも努力してまいります。  敬愛なる皆様、私たちラオスは、現在、改革方針及び国際協力開放政策に基づき国づくりを取り組んでいる時期に置かれております。今後の数年間は、二〇〇六年から二〇一〇年までの期間に第六回社会経済開発計画に取り組み、実現させていきたいと考えております。特に、数字目標である経済成長率あるいはGDP増加率、年度七・五%以上を維持し、国民貧困問題を根本的に解決し、二〇二〇年までに最貧困国からの脱却を図りたいと存じます。必要な物質及び技術基盤をつくり、工業化及び近代化した国づくりを目指してまいりたいと思います。その中で、私たち人材育成を最重要課題とし、経済発展を軸にして天然資源及び地理的な能力を有効に使ってまいりたいと存じます。また、国の美しい文化自然保護にも取り組んでまいりたいと思っております。  その取組の中で、私たち自分たちの力及び潜在能力を発掘することに専念いたしますが、しかしながら、私たちは、まだ日本政府及び国民皆様からの援助を始め国際社会友好国仲間からの支援援助を必要としております。したがいまして、この場をおかりして、日本国参議院議員皆様に、私たち日本政府に要請した二〇〇七年度の最優先事業について御検討、御支援のほどよろしくお願い申し上げます。  特に、ノンプロジェクト無償資金協力の枠組みを御検討いただきたいと存じます。なぜなら、この事業は、私たちラオス国貧困問題解決人材育成及びマクロ的な均衡維持などに重要な役割を果たしてくれることになるからでございます。また、食料援助事業及び農業道具などの援助による農業効率向上事業にも、参議院議員皆様から引き続き御理解、御支援お願い申し上げます。なぜなら、これらの事業ラオス農家貧困問題解決及び農作物商品化促進に直接つながるからでございます。さらに、日本国際協力銀行を通じた有償資金協力拡大にも皆様からの御理解、御支持をいただきたいと存じます。同時に、東西経済回廊南北経済回廊、シンガポールと中国の昆明を結ぶ鉄道及びベトナムに抜ける鉄道などを軸にした陸路連結国を目指したラオス事業にも御理解、御支援お願い申し上げます。  敬愛なる皆様、最後に、ラオス政府及び国民を代表し、参議院議員皆様を始め日本政府及び国民皆様からの、これまでの私たちラオス人民民主共和国に対する絶大なる御支援、御援助の恩恵を胸に、ここでもう一度心より御礼を申し上げます。これからも、日本政府及び国民皆様が、ラオス政府及び国民に対して、引き続きODAを始めとする御支援、御援助を続けてくださることを強く希望いたします。  ラオス政府及び国民に対する日本政府及び国民皆様からの御援助の功績は重要な意味を持ち、ラオス通貨紙幣の一万キップに第一メコン国際架橋記念切手に第二メコン国際架橋の絵のように、いつもラオスの記憶と記録に永遠に残ることでしょう。  この機会をおかりして、御参列日本国会参議院議員皆様の御健康と御健勝を祈念して終わりとさせていただきます。  どうもありがとうございました。(拍手
  4. 山崎正昭

    委員長山崎正昭君) 首相、どうもありがとうございました。  これをもちまして委員会は、ここでいったん休憩といたします。    午後二時休憩      ─────・─────    午後二時三十八分開会
  5. 山崎正昭

    委員長山崎正昭君) ただいまから政府開発援助等に関する特別委員会を再開いたします。  政府開発援助等に関する調査のうち、NGO及び企業活動視点から見た我が国援助政策に関する件を議題といたします。  本日は、日本国際ボランティアセンター代表理事谷山博史君及び日本貿易振興機構総務部長山田康博君に参考人として御出席をいただいております。  この際、参考人方々一言あいさつを申し上げます。  本日は、御多忙中のところ当委員会に御出席いただき、誠にありがとうございます。  参考人方々から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。  それでは、議事の進め方について申し上げます。  まず、谷山参考人山田参考人の順序でお一人二十分程度御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えをいただくとともに、意見表明をお聞きいただきたいと存じます。  御発言の際は、その都度委員長の指名を受けてからお願いいたします。  なお、御発言着席のままで結構でございます。  それでは、谷山参考人からお願いをいたします。谷山参考人
  6. 谷山博史

    参考人谷山博史君) 皆さんこんにちは。本日は貴重な時間をいただきまして、招待いただきまして、誠にありがとうございました。日本国際ボランティアセンター谷山と申します。発言は座ってさしていただきます。  今日私は、NGO立場からODAをどう見るかということでお話をさしていただきたいと思います。(資料映写)  まず初めに、私たちNGO立場ですけれども、この辺で理解の食い違いがあると話がなかなか進みませんので少し明らかにしたいと思いますけれども、これはNGOの連合体であるJANICの行動指針から取ってきたワードです。ここには幾つかNGO立場を説明する重要な項目がありますけれども、これは当然、政府立場でもない、そして利潤追求立場でもない、中立性独立性ということを言っております。  同時に、NGOが出発するきっかけとして、多くの場合は途上国で困難な状況に置かれている人たちとの出会いというのがありまして、それがきっかけになっているケースが多いということもあるんですが、立場として最も弱い立場人たち視点で人間の尊厳を重視するということも行動指針の中に明確に示されています。  それから、現地人たちとの出会いという中で、対等な関係をつくる、パートナーシップをつくるという、これは当然、外から考え方や文化を持ち込むのではなくて、双方が尊重し合うというそういう協力関係を示しています。  そして、次に大事なことですけれども、国際理解教育あるいは開発教育と言われますけれども、途上国等々で起こっているもろもろの問題が私たちの暮らしの在り方経済と密接にかかわっているという関係を自覚するということを述べております。ですから、その関連性、問題に私たちも当事者としてかかわっているんだと、それを私たちも自覚し、かつ、教育の中で市民に対しても伝えていくというそういう立場ですね。  もう一つは、ただ単に直接相手を支援するだけではなく、人々が困難に陥っているその構造理解し、その構造を変えるためにいろいろなところに働き掛ける、現地政府の場合もありますし、日本政府などのODA機関の場合もあります。これをアドボカシーと呼んでいます。  そして、こういう立場から私たちが問題をとらえる場合に一つの重要なポイントとして、資源をどう見るか、自然資源を始めとした地域資源をどう見るかというそういう観点があります。  よろしいですか、次。  ここにグローバライゼーション、今の社会自由競争が加速しているわけですけれども、その中で起こっている新たな貧困、あるいはその中で生まれてくるいろんな相克ですね、これを静かな戦争という象徴的な呼び方をさしていただいていますけれども、ここで言う新たな貧困というのは、これまで自然の資源に依拠して暮らしていた人たちがそこから切り離されることによって、あるいは、これまで自然を一つのキーにしながら守られてきた社会システム、コミュニティーの中での安全保障システムが崩れていくことによって生まれる新たな困難、これを新たな貧困という言い方をしています。  これがグローバライゼーションの中でかなり起こってきているわけですけれども、一つの事例としてラオスを挙げました。ラオスの中でも商業植林というのをここで挙げさしていただいていますけれども、商業植林によって多様ないろんな国からの投資が入って、住民がこれまで活用していた資源が切られていく、そういう現象が起こっているわけですけれども、その中で村人が、その様々な自然資源あるいは生活を支えるシステムが奪われていくという状況があります。  同時に、逆に言うと、これらこれまで伝統的に村人が持っていた自然管理システム、これは持続的に利用するという中で村人の責任において使われてきたわけですけれども、これを評価していかにボトムアップするかということが貧困を削減するあるいは回避するための一つの重要な視点になっております。  次に、ちょっと写真を見ていただきたいんですが、これはラオスの森の様子ですけれども、資源をどうとらえるかということが私たちにとってとても重要な問題で、貧困というのは、ただ単に外から入ってくる資源が少ない、あるいは地元資源がないということを言うだけではなくて、多くの場合は、元々ある地元資源が有効に活用されていない、あるいはそれが奪われるということですね。それを有効に活用している場合には十分生活が保障されているけれども、それが崩れた場合に貧困になるということです。  次、お願いします。  例えば、ラオスの森というのは、六〇%以上のエネルギーと栄養源が森から採取されているといいます。いろんな有用な使い方がされているという例ですね。ここで、ラオスの農民は、自然あるいは森林がたくさんあるから自分たちは飢えることもなく豊かに生活できるんだという発言をしています。  次、少し急いで行きますけれども、そんな中で、ラオスの森林戦略二〇二〇というのがありますけれども、商業植林を進めていこうという計画があります。二〇二〇年まで五十万ヘクタールを商業植林開発するということですけれども、様々な国から投資が入っているわけです。  次、お願いします。  こんな中で、いろんなケースがありますから一概には言えませんけれども、見えないところで、ココナツ植林と言いながら、有用な、本来であれば保護林とされるべき、あるいは村人が使っていた森が伐採されると。伐採した後に植林されているというケースもありますし、こうした伐採によって木材が切り出されるという事例があります。  元々は、ラオス政府は、こうした村人がこれまで森を管理、そして利用していたということを認めています。そして法律でも認めていますので、森の管理の仕方をコミュニティーにゆだねると。ここに書いてあるのが土地森林委譲政策です。これ、村人自分たちで森の使い方を決める、ルールを決めると、そして政府に登録するという形で資源を守り、村人生活も支えていこうという、そういう方針がありました。それが、急激なグローバル化によって相克が起こっているという現象です。  例えば、次、お願いします。  ラオスの法律では、森林法では、プランテーション、商業植林は荒廃林か農地しか対象にしてはいけないという定めがありますけれども、実際に、じゃ、荒廃林というのはだれが決めるのか、その定めがないと。そして、荒廃林だということであったとしても、実を言うと、村人はそこからいろんなものを使っているという、そういう事実もあります。  実を言いますと、つい最近、先ほどラオス首相がいらっしゃったと聞きましたけれども、この商業植林によって有用な木材が不正に伐採されているケース、あるいは村人の本来持っている登録した森林共有権というものが不当に侵害されているケースも起こってきているということを踏まえながら、一時的な中止を発表しています。これはビエンチャン・ポストに発表されておりました。これは一つの英断だと思います。そして、森林戦略に関して、そういう問題が起こらないように見直すということを発表していらっしゃいました。  次、お願いします。  元々そこにある資源現地人たちが有用に使い、かつ持続的に使うという一つの形として村落共有林、社会林業という考え方がありますけれども、これはJVC、日本国際ボランティアセンターが行っている村の共有林づくりの事例であります。これですね。これは法律にのっとってやっておりますけれども、手続として、村人がいかに、自分たちがこれまで使っていた森の有用性を改めて理解し、かつ持続的に管理できるような法律を作る、森のいろんな利用の仕方も自分たちで区分して決めると。そして、これ、村の入口に森林区分の地図を自分たちで出すと。それによって一応権利を政府に保障してもらうということなんです。  次、お願いします。  復興の過程で様々な投資ODAが入るわけですけれども、カンボジアがその復興がうまくいっていると言われている一つの例です。和平合意がなされて以来、もう十五年たちますけれども、その中で、ここ四、五年は急激な経済成長が進んでいます。特にプノンペンなどは、もう経済が活況を呈しているのを目にすることができますけれども。  ただ、その中で、負の現象というのが出てきていまして、これを私たちはしっかりと見る必要があります。土地の高騰あるいは投機ですね、それから政府による強制立ち退き。これまで貧しいといえば貧しかったけれども、すべての人が土地を保障されていたという中からどんどん格差が生まれてきているという現象です。  例えば、JVCが、私たちですね、活動しているカンダール県オンスノール郡では、二十四村の村を対象にして調査したんですが、七割の共有林が売却され、六割の農地及び灌木林がやはり売却されるということが起こっています。  それから、特に先住民の生活の保障であった森林あるいは共有地というものもかなり切り崩されているという現象があります。しかし、法律としては土地法さらには森林法というとてもいい法律があるわけです。そして、先住民の土地の共有も認められているし、森林の共有あるいは持続的な利用というものも認められているわけですけれども、問題は、それが実際には執行されていないということが指摘されています。それは、行政のガバナンスの問題になってくるかと思いますけれども、例えば司法と行政が独立していないと。村人が土地を奪われたときに訴えるわけだけれども、それが正当な手続で認められないというようなことは報告されています。  そして、一番下に書いてありますけれども、経済開発が人権尊重、民主化進展、良い統治、市民社会の成熟などと連携しない場合には弱い立場の人々の状況がますます悪くなるということが言えると思います。  次、お願いします。  様々な問題が起こっているということの事例です。  次もお願いします。  このような状況になってきますと、経済成長を進めるだけでは問題が解決できない、あるいは経済成長一本やりで進めることによって問題がますます深刻になるということのケースです。  次、お願いします。  ここにはタイの事例が簡単に書いてありますけれども、これは一つの事例であります。タイの農民、特に独立小農民ですね、これまで土地を持って耕作していた人たち状況が悪化しているということの例ですけれども、タイは九五年にWTOに加盟し、その後、二国間の自由貿易協定、FTAなどを進めているわけですけれども、その中で、農地がどんどん企業買収される、あるいは農産物価格がますます下がることによって借金に農業収入が追い付いていかないというような現象もあるようです。  ここで見ますと、土地なしの農家の数が、九〇年代、ここでいうと九五年に八十万戸であったものが二〇〇五年には百五十万戸に増大している。それから、一方で、農作物の輸出というのは、九五年の時点で四千百三十億バーツであったのが、ここでいうと、年度でいうと〇一年ですね、二〇〇一年には六千八百五十億バーツに上がっている。だから、輸出価格、輸出量というのはどんどん増えているわけですけれども、じゃ農民はどうかというと、所得は下にありますように減っているわけです。さらに、借金が増えているということが見て取ることができると思います。  次、お願いします。  この現象に対して、まずは、自然資源の見方ということを先ほど言いましたけれども、これがまずは、様々な社会保障、公的な社会保障が満たされていないところでは住民にとっては最も有効な生活安全保障になっているということですね。  そして、自然資源の利用あるいは管理のメカニズムをいかにこれまでの住民主体のものを政府がくみ上げていって公的なシステムにしていくかという課題が出てくると思います。  そして、これはただ単に自然資源というだけではなくて、自然資源を守るために、これまで成立していた社会の助け合いの仕組み、あるいは資源地域循環の、経済ですね、そういったものも認めながら、いかにそれを、その輪を、経済の輪をボトムアップで広げていくかという視点が逆転の発想で必要になってくるのではないかというふうにNGOは思っています。  そして、同時に、そのような地域資源、住民が依拠していた地域資源が失われた場合はこれはどうするか。当然、それに拘泥するだけではますます状況が悪くなっている中で立ち行かないわけですけれども、そのときに当然公的な意味での社会開発支援が必要になってくる。これはODA社会開発面における重要性の指摘であります。  そして、この地域資源の問題と紛争の問題の関係についてもまだ十分に研究なされ尽くしていませんけれども、私たちにとって重要な観点です。研究者の間では豊かな資源ののろいというような表現がされているといいますけれども、資源が豊かであるがために逆に国民生活は貧しいという統計的なデータがあるそうですけれども、これは一つにはガバナンス、資源がだれのために使われて、いかに公正な透明性のある使われ方をしているかということの証左でもありますし、同時に、それが公正に使われていない、あるいは分配が十分に底辺に行き届かない場合には、これは紛争の種になるということの表れでもあります。  これらのことを考えながら、ODAに関して三つのひとつの効用というものをここでは定義いたしました。  一つには、ODAは将来の地球の保証であると。地球社会において人あるいは自然、生命体が共存できるためのODAという考え方。そしてもう一つには、国境を越えた保障ですね。実際には、そうはいいながら生命も維持できないような状況に陥っている人たちもいます。その人たちに対する福祉支援としてのODAです。そしてさらには、このグローバライゼーションの進展、さらに日本のように資源を海外に依存している、そういう状況の国においては当然それによって起こる問題に補償をすると、国境を越えて補償するという、そういう観点も必要になってくるんではないかというふうに思います。  そして、時間が余りありませんので、済みませんが急いで行きますが、ODAを考える上での課題ということで幾つか定義さしていただきました。  一つは、ODAの戦略性です。  先ほど言いましたように、相手国政府のガバナンスをどれだけODA支援する側が関与できるのか、介入できるのかという問題です。その場合には、ポジティブリンケージ、介入することによって資源の利用が公平にされるように働き掛けていく方法もあれば、ある場合には、それが見込まれない場合にはネガティブリンケージでストップするという、そういう両構えの介入の仕方、考え方があります。これは支援する側の責任でもあるわけですね。それを戦略性と言うわけです。これは、ODAのいわゆる財政に対する直接支援にも関係してくる課題だと思います。  もう一方で、OOF、アザー・オフィシャル・フローとのすみ分け。基本的にODA経済というよりも相手国の福祉あるいは貧困削減といったものに使われるべきだというふうに思いますけれども、OOFとはまた別のすみ分けがあるんではないかということをはっきりさせたいということがありますけれども、しかし、当然、海外での経済活動に関与する企業への支援だとすれば、理念においては人間の安全保障という意味において整合性がなされるべきだろうというふうに思います。  そして、パフォーマンスですけれども、これら現場レベルでこうした地元にある資源を有効活用し公正さを保つ、ガバナンスにも関与していくとなると、大変な時間と労力が必要となってくる、そして専門性が求められる、そして現場レベルでの連携が必要とされる。そうしたときに、なるべく実施機関の権限を現場に落としていくことが必要だということになります。そして同時に、特定の分野ごとの縦割りのODAではなくて、地域の総合的なニーズにこたえるという意味での現場主義、そして現場でのマルチのプログラムというものが求められるわけですけれども、これが新しいJICAにおいてどこまで実践されるか、これがとても重要なポイントだというふうに思います。  そして、プロセスにおいては、御存じのように、OECDのパリ宣言に表れたようなモニタリングの指標、これをどう公開して、それを日本においても国民に説明し、あるいは指標に満たされていないランク付けがされた場合に、十分に上位にならなかった場合でも、改善の視点を示しながら改善をしていけばいい。そこに、公開性において信頼を獲得していくことが必要だろうと。それは、相手国に対してガバナンスを求める以上、こちら側もガバナンス、そして透明性を求められるということの表れです。  そしてもう一つは、問題が起こってから解決するのはとても大変です。それに対して、プロセスにおいて様々なアセスメントのガイドライン等々をしっかり作る、そしてそれも公開していく、そのプロセスにおいて住民なり関連するNGOの参加、協議を重視するということを書かれております。  次に、ちょっと視点が変わりますけれども、平和国家としての資源を生かした国際協力ということを、非軍事の視点に立つNGOとして是非進めていただきたいというふうに思っています。  これは、理念として日本国憲法の前文に示されたものを実際にODAが実現していくことによって、国際平和協力の分野で日本が独自性を発揮するという、そこに期待をNGOはしております。  そのときに、対テロ戦争、九・一一以降、重視されるようになりましたグローバルセキュリティー、ここにODAが使われるようになった場合に、人間の安全保障と相入れないケースも出てくるんではないかと、それを懸念するわけですけれども、それを回避するような仕組みをつくる必要がある、十分にそのガイドラインを示す必要があると思います。  そして、原則としてドゥー・ノー・ハームですね。してはいけないことをしないということから自分たちをチェックする必要があります。そして、技術論としては、紛争影響評価をしっかり実施機関もつくる。これは、ODAだけではなく、NGOも当然です。やってはいけないことをやることによって、現地の紛争、亀裂、対立、緊張を高めてしまうというケースが復興直後の復興支援開発にはよく起こることです。そして、実施体制としての現場主義がこれに関係してきます。  次に、非軍事の支援の強化によって軍事支援の国際的なプレッシャーを超克すると書いてありますけれども、いろんな意味で軍事的な支援日本が求められるところがあると思いますけれども、それをいかに別の平和支援によって超克するかということを私はここで指摘したいというふうに思います。  この関係においてもう一つ触れておきたいと思いますのは、アフガニスタンにおける地方復興チーム、PRTの問題です。  これは、一つのアフガニスタンにおける事例ではありますけれども、この軍による人道復興支援、しかも民間との連携による人道復興支援というのはアフガニスタンで始められたものです。それがイラクでも行われるようになり、それがほかの地域でも進められていく可能性があります。そのときに、アフガニスタンの事例、起こっていること、結果を慎重に分析して、今後の日本の対応を考えていただきたいというふうに思います。  一つには、軍事作戦と人道復興支援が混同する、そのことによって人道支援のスペースがどんどん狭められるというのが現地で活動しているNGOの心配、懸念です。そして、NGOの声明では、このようなことを指摘する声明が幾多も出されております。  もう一つは、ODAを軍事的な目的に使うことへの批判というのも、現地で活動しているイギリスやヨーロッパのNGOの連合体が共同声明を出しております。これは、現地状況で、いかに軍による活動が人道復興支援と言いながらも、どうしても軍事的な作戦と切り離せないと、そういう実情をしっかり理解する必要から出てきているわけです。  次に、済みません、進み方が早くて申し訳ありません、あと少しです。  その中で、これらの課題、NGOが考えている課題の中で、政府NGOはどう連携していくかということを簡単にお話しいたします。  一つには、政府との協力といった場合に、政府との連携、そして政府によるNGO支援ということがありますけれども、これにはいろいろなスキームがこれまで考え出され、実施され、そして今は、新たなNGOとの戦略的な提携、活用に向けた五か年計画というのが外務省によって出されております。ここで一つ指摘しておきたいのは、これが政府事業の担い手としてのNGOの位置付けを明確化すると、そういう前提に立っている戦略になっていることですね。これに対してNGO側は、NGOというものの自主性独立性をいかに発揮しながら政府連携するかということを考えた場合に、ただ単に補完の位置付けになってしまうんではないかという不安があることがあります。  一方で、様々なスキームが多様になり、そして柔軟化することによって、それぞれの状況に応じてNGO側が選び取りをし、自分たちの組織においても現地の活動においても負担が少ない有効に使えるものが、選択肢が増えるんではないかという期待もあります。  一方で、NGO支援するということとNGOを活用するということは別だということを、政府側と、NGO自身も明確に区別して理解する必要があるということがあります。  そして、今、NGOの中で指摘されているのは、NGOの組織支援としては、コアファンドといって、特定のプロジェクトではなくて、組織に対して三年なら三年支援を付けて、それを評価するシステムを三年後に活用して、継続して支援するかしないかを決める組織支援の形態があります。これは特に日本NGOの中で、ネットワークNGO、重要な役割を持っていながら弱い部分ですけれども、これに対する支援としては一つのモデルになるんではないかと、研究の課題になるかというふうに思っております。  一方で、重要なのはNGO側と政府ODA実施機関等が、いかにその組織文化を相互に理解し合って信頼性を高めていくかという課題です。これに関しては、先行的にインターンシッププログラムが進められていますけれども、この成果の上に、より長期的、より包括的なインターンシップ、交流を積み重ねていく、その中で、当然NGOの経験者が政府の中で実際の職を得る、逆に政府の経験者がNGOの中に職を得る、そういう相互の交流が進んでいくというふうに考えています。  最後に、NGO政府とのこれまでの対話の経験ですけれども、様々な対話をこれまで実践してきました。外務省との定期協議、その中には連携協議部会もあれば、政策における連携あるいは協議をする部会もあります。あるいは財務省との定期協議、JICAとの定期協議、JBICとの定期協議なども積み重ねられてきました。これはとてもいいことだと思いますし、この成果を十分に発揮しながら次に行く必要がありますが、一つは、ちょっと済みません。  それ以外の形の協力連携においては、例えばODAの戦略会議、あるいは今行われている有識者会議などにNGO側からの専門家が参加する仕組みができています。この両方の会議にJVCの職員も代表として参加しておりました。  あるいは、もう少し個別的になりますけれども、各国の国別援助戦略をつくるに当たって、大使館、在外公館から日本の本部での双方におけるNGOと外務省側との協議が事例としては進められています。  そしてもう一つ、例えば地雷廃絶キャンペーンのように、国際キャンペーンにおいて海外の政府NGO側が整合して、地雷廃絶条約を実現するというようなケースがあります。これは、今はクラスター爆弾においてNGO政府のイニシアチブがどう連携できるかということが求められていまして、日本でも地雷廃絶キャンペーン日本委員会がクラスター爆弾において政府に申入れ、あるいは議員の方たちとの協力を進めようとしています。  最後です。この対話の課題ということなんですけれども、NGO側は政府と様々な分野で対話をしていきたいと思っています。その場合に、NGOODAの影響を受ける現地の市民の代弁者の立場に立っているわけです。しかし、本当に代弁者の立場に立てるかどうかというのが重要です。この場合に、それを保障するためには、協議の場が透明でなければいけないということですね。ここに書いてありますのはFPIC、フリー・アンド・プライアー・インフォームド・コンサルテーション、事前に情報が公開されていて自由に議論ができる場がなければ私たちは密室で協議をすることになって、それは現地人たちからの理解が得られないということです。  そして、協議、様々なケースがありますけれども、それが形式的なものに陥らないためには、例えば外務省との定期協議においても評価を行う、あるいは、すべての回とは言いませんけれども一年に一回は議員人たちとの共同の場を設ける、あるいは外務省とは別に議会とのNGOとの定期協議などの場も設けるという様々な課題が考えられると思います。  以上です。長くなりました。
  7. 山崎正昭

    委員長山崎正昭君) どうもありがとうございました。  次に、山田参考人お願いいたします。山田参考人
  8. 山田康博

    参考人山田康博君) ジェトロへの山田でございます。本日はお招きいただきまして、大変光栄に存じております。  私は、ジェトロへ入りましてからちょうど三十……
  9. 山崎正昭

    委員長山崎正昭君) どうぞ、お座りいただいて結構です。
  10. 山田康博

    参考人山田康博君) ちょうど三十四年になりますけれども、最初の十年、調査畑で主としてベトナムと中国をフォローしておりました。七八年にはベトナムに参り、非常に貧しい現状を目にいたしました。  その後、いろんな部署を回りましたが、三度目の駐在、ジェトロはこれが最後の駐在でございますが、希望がかないまして〇三年の三月にジェトロのハノイの所長として赴任いたしました。そこで日本商工会の投資促進事業環境委員長を務め、また後で御説明いたしますけれども、日越共同イニシアチブという政府協議の枠組みの委員を務め、ちょうどそのころ行われておりました、大使館で行われておりました国別援助計画の現地案作り、こういったものにも参画をさせていただきました。  〇四年に日本に帰ってまいりましたが、帰りましてから、こういった「ベトナム投資ビジネス必携」というものをジェトロから出しまして、ベトナムの将来性、ポテンシャルに着目いたしまして、日本の産業界に私なりのメッセージをお伝えしているところでございます。  それでは、本論の企業活動視点から見たODA、これにつきまして御説明を申し上げたいと思います。(資料映写)  もう皆様十分ベトナムのことは御存じだと思いますけれども、ざっとおさらいということでお話を申し上げたいと思います。  ベトナムというのはこういった国でございます。ちょうど今、人口八千四百万人でございますけれども、このままいきますと二〇二〇年ぐらいには一億人に達するのではないかというASEANの中の大国でございます。政治体制は共産党の指導する社会主義国、今この四名の指導者による集団指導、ベトナムは安定が一番でございますので、こういった四人のリーダーの指導の下に国づくりに励んでいるというところでございます。  最近の動きを、これもおさらいさせていただきますと、皆さん御案内のとおりでございますが、八九年にカンボジアから撤収いたしました。その後、ここに書いてありますように、徐々に国際社会に参加し、今年の一月にはWTOに加入したところでございます。日本との関係では、九二年に援助が再開、それから日越投資協定が〇四年に発効しております。そして今現在、日越EPA交渉、これも交渉中と聞いております。  こういった国際社会への参入に応じて、ベトナムに対する援助はこのように増えてきております。これはベトナムに対するドナーの支援国会合での表明額をベトナム側が整理した数字でございます。〇六年は約四十五億ドル弱のところにきております。  こういったODA、九〇年代以降のODAの主眼は、何といたしましても戦争で傷んだ基幹インフラ、これを復興する、これは至上命令でございました、橋とか電力とかですね。そういった産業インフラが復興してまいりまして、それに応じて投資環境も進み、FDIもこのように拡大してきたというところでございます。〇六年の数字は百十三億ドルでございますが、ちなみにタイが七十億ドルでございます。今ではベトナムはタイを上回る対内投資の受入れ国になったということでございます。  このFDI、外資の企業の存在を若干申し上げますと、今現在、約六十八万人の雇用、それから工業生産の三八%、輸出に占めるシェアが五七%、GDP全体では一五・九%という、そういうベトナム経済の中に重要な役割を果たすに至っておるわけでございます。その結果、このグラフのように力強い経済成長が九〇年代から続いてきているということでございます。去年が八・二%、今年は八・五%が目標とされております。条件が整備されていけば中国のように二けた成長もあるのではないかという見方も最近出てきておるわけでございます。  そして、ベトナムがこれから目指す国家の目標は、二〇二〇年までに基本的に工業国の仲間入りするというのが、これが国のスローガンでございます。これは九五年の党大会で出されたわけでございますが、その当時は夢物語のような受け止め方をされたものでありますが、今現在になりますと、これもあながち夢物語ではないというような状況になってきております。  その前段の〇六年から二〇一〇年までの目標がこちらに書いてあるとおりでございまして、今、先ほど申し上げました、現在のベトナム指導部はこの目標達成に注力しているというところでございます。  本論の本論に入りますけれども、日本からのODAでございます。ベトナムに対するODAの額、これもベトナム側の数字、ほぼ日本側の数字と同じでございますけれども、このように約八億ドル前後のところで推移をしております。  注目していただきたいのは、その下のグラフでございます。折れ線グラフですね。これで見ますと、九〇年代は日本が三五あるいは四〇を超えるシェアといいますか割合であったわけでありますけれども、昨今、いろんなドナーがベトナムの将来性等々に着目し増えてきております。中国でありますとかアメリカ、アメリカも一九九八年から援助を再開をしておるところでございます。そうしますと、徐々に日本のシェアが下がってきていると、こういうのが今の現状でございます。  日本からのまず円借款の方をごらんいただきますと、もう皆さんこれは御存じのとおりかと思いますけれども、先ほど私申し上げましたように、九二年から二〇〇五年までの分野別で見ますと、やはり輸送関係、橋、道路とかいった運輸ですね、これが四割。電力、ガス、これが、ガスはありませんが、電力ですけれども、三三%。こういったような形になっております。日本援助も主として産業インフラの復興にこれまで力が入ってきたということでございます。    〔委員長退席、理事小泉昭男着席〕  主なプロジェクトを下に幾つか書いてきております。  最初の、一番目のハノイ—ハイフォンの国道五号線の改良工事、これはちょうどハノイからハイフォンまで、まあ東京から横浜みたいなものですけれども、百キロをそれまで五、六時間掛かっていたのが、日本ODAで拡張工事等をしましたところ、今約二時間で行けるようになりました。これによりまして、ハノイ近郊にあります日系企業の製品が積出し港のハイフォンまで運ぶのに大変便利になったということでございます。  中部のハイバン・トンネル、これはフエとダナンの間にあります難所でございました。国道一号線の難所でありますけれども、ここに六・三キロのトンネルを掘りまして、それまで一時間以上掛かっていたものを約十分で通過するというように大変便利になったところでございます。  こういったハードのインフラから徐々にソフトのインフラも円借款が使われるようになりまして、投資環境の整備のために、地域を限定して、そこに円借款で整備支援をすると。  これは、ビンフック省という、ハノイから約五十キロ北西に行った農村部の省でございますけれども、ここに下水道とか道路の拡張とか、そういったような支援をするというプロジェクトもこれから始まると聞いております。  それから、ITの人材育成日本からITのアウトソーシングがベトナムにもどんどん増えております。したがいまして、そういったニーズにこたえて、ITの人材、具体的には、ハノイ工科大学の優秀な学生を毎年二十名、円借款で日本に連れてきて勉強していただくと、こういうプロジェクトも始まっているところでございます。  幾つか写真で御紹介いたしますと、ファーライ発電所。皆様、ベトナムに行かれた方でハノイからハロン湾へ行かれれば左側に見えてまいりますのがこのファーライ発電所でございます。ソ連が元々造ったのでございますけれども、日本がその隣にこういった近代的な発電所を建設しております。  それから、その下が、先ほど申し上げましたが、ハノイの北部のインフラ整備。今も、現在もこうした立体交差を造っております。この辺りには日本企業がたくさん出ております。したがいまして、こういった道路整備がされますと、そういった工場からハイフォン港あるいはカイラン港へのアクセスが非常に便利になる、あるいは工場の従業員がバス等で通えるようになるということで喜ばれているところでございます。    〔理事小泉昭男君退席、委員長着席〕  この右側でございますけれども、これが情報処理、ITの技術者の試験制度。日本と同じ制度をこちらに持ち込んで、そして、日本企業が採用する場合にどの程度到達しているかということを分かりやすい制度構築をするという、こういうプロジェクトでございます。韓国も同じようなことをやり掛けておりますので、日本企業としては、是非こういった日本の基準に即した制度構築というものが望まれているところでございます。  先ほどは円借款を御紹介いたしましたが、そのほか、JICAさんのプロジェクト、それからジェトロのプロジェクト、こちらに書いております。一々は御説明いたしませんけれども、こういったようなプロジェクト投資の環境改善につながるソフト支援として御紹介をさせていただきます。  この中で、例えば四番目、JICAさんの中小企業技術支援センター。ベトナムの中小企業は、まだまだ規模が小さくて計測機械等を十分持っておりません。しかし、日系企業からしますと、百分の一ミリ程度の精度できちっと仕上げを求めると、そういうケースもあるわけでございます。そういった場合に、ベトナムの企業がこの支援センターを利用して自分たちの製品の納入のレベルを高める。  こういったようにレベルが上がりますと、右側のジェトロの六番目の進出日系企業部品調達支援というプロジェクト、これで日本企業に、この間のつなぎ、ビジネスマッチングをやるということで、JICA、ジェトロの間で連携を取りながらやっているところでございます。  もう一点、特に御紹介したいのは、JICAプロジェクトの一番下、ハノイ工科短期大学の機械技術者養成でございます。  私も、ハノイに赴任しましてこちらにお邪魔して本当に驚いたんですけれども、日本の労働省からおいでになった方が機械の加工技術を教えておられるわけですけれども、単に教えるだけでなくて、こういったものをこう作れば日本企業に売れるんだよということを知らせるために、近在の日本の工業団地にあります企業を回られまして、いろんな下請の仕事を注文取りに行かれたんです。そして、こういうものを作れといって教えて作る。作ったものを持っていく。そうすると、企業の方も安くできて喜ばれる。学生も、ああ、こうすれば売れるんだということが分かるという、そういうところまで手を広げられたプロジェクトということで、非常に画期的であったんじゃないかというふうに私は思っております。今現在この大学はハノイ産業大学と名を変えまして、その後、周辺の日本企業に対する技術者の供給先というふうになっていると聞いております。  ベトナムにおきまして特筆すべきプロジェクトとして御紹介申し上げなくちゃいけないのが、日越共同イニシアチブのことでございます。  このコンセプトは、この真ん中に書いているとおりでございます。要は、ODAでもって進出企業の要望実現を後押しをしているというところでございます。元々は服部現大使が提唱されて、二〇〇三年の四月に当時の両国首相の会談で合意されましてスタートしたものでございます。基本は、これからベトナムがWTOとか国際社会に入っていく、しかしながらよちよち歩きのベトナムの産業界は競争力を高めないとやっていけない、そのために日本がいろいろ助言をして、そしてアドバイスをしてやっていこうではないか、ODAでも支援するよと、こういうことでございます。  中身は、こちらに書いてありますようなこういったようなことを挙げまして、お互いに行動計画を作って、お互いにモニターしたと、ここが特徴でございます。すそ野産業の育成、誘致、活用というテーマで、じゃ、ベトナムはこうしますと、日本側はこう援助しますと、その結果どうしますということをアクションプランを作りまして、それをモニターしたという、そういう仕組みでございます。  ごらんになって分かりますように、税の問題とか主権にかかわるような問題までここで取り上げたわけでございます。私も現場におりましたが、こういった会議の場でベトナム側と議論しておりましたが、なかなか激しいやり取りもあり、最終的にベトナム側も理解をいたしまして、ほぼ八五%が第一フェーズにおきましては達成できたということでございます。今現在も第二フェーズを進行中でございますが、既に七五%程度は達成しているというふうに聞いておるところでございます。  こういったODAなりの環境整備に、釣られるようにと言いますと、ちょっと語弊ありますけれども、日本からのFDIも伸びてきております。九〇年代の半ばにぐっと伸びておりますけれども、これは、さあこれからベトナムだというムードで行った部分がかなりございます。その後、いろんな経験があり、失速したわけでございますが、ただ、今現在になってみますと、九〇年代半ばに出られて大変に苦労された人たちがその苦労の倍も十倍もリターンを得ておられると、こういう状況でございます。今現在は、このグラフにありますように、第二次ブームでございますが、既に進出されている方々投資からブームが始まったというのが特徴でございます。これは、実際に向こうにいらっしゃる方がベトナムの投資環境がこんなに改善したということを体感されまして、それで今の第二次ブームにつながってきているということだろうと私は思います。  これが、こういう企業さんが、今現在向こうに出られているということでございます。合計、ハノイ、ホーチミン、メンバー数は約六百社でございます。これ以外に百社、二百社おられますから、八百社ぐらいは今ベトナムに日本企業が行っているんじゃないかというふうに思います。  写真で御紹介しますと、これがホンダさん、ホンダのこれバイクと、それから右側はシビックの工場ラインでございます。去年からシビックの四輪の生産も始められました。下の左側は、これはショウガの皮むきをしているところでございます。ハノイから二時間ばかり山を北西へ参りますと、ホアビン省という山間部の省がございます。そこに日本の企業が行きまして、漬物の原料でありますとか、こういうショウガの、がりのようなもの、これをこちらで作っております。この省は、人口の半分ぐらいが少数民族でございますので、ここで働いている約五百名の従業員の半分は少数民族ということで、日本のFDIが雇用に貢献しているという一例でございます。  これらをざっとおさらいいたしますと、私は、ベトナムにおきましては、ODAとFDIの好リンケージができているということを申し上げていいんじゃないかというふうに思います。  日本ODAでインフラの整備をし、そして企業活動支援にも目配りし、その結果、日本企業の進出が増えまして、工業生産、雇用、輸出、技術移転、こういったところに貢献をいたしまして、その結果、先ほどの数字でごらんになりましたように成長が促進され、そして貧困削減、冒頭の数字に書いておりますけれども、現在貧困の世帯率はベトナムでは二二%でございます。これも徐々に、着実に減ってきているところでございます。貧困の世帯と申しますと、都市部では二十六万ドン、一人二十六万ドン、二千円でございます。農村部で、円換算しますと千六百円以下の収入の人たち貧困世帯と呼んでおりますけれども、二二%まで下がってきているということでございます。  こうなりますと、政治社会が安定し、ベトナム政府日本に対してウイン・ウインであるという高い評価をし、それが日本の外交力の強化にもなる、日本企業は利益が上がってきておりますので、これが本社経由で法人税としてまた納税される、こういう好循環がベトナムでは起きているのではないかということを申し上げたいと思います。  これをベースにして、今後のODAにつきまして、進出日系企業の立場からいたしますと、やはりここに書いてあります一、二、三、四、この辺りを中心にやっていただくと。これは日本企業のためというよりも、まずベトナムの国民それからベトナムの産業界、それから日本のみならずそのほかのFDIにも裨益する事業でございます。  さらに、ここは私の最後の私見でございますけれども、日本とベトナムは戦略的なパートナーシップということで結ばれております。これはもう先生方御承知のとおりでございますけれども。聞いた話でございますけれども、ベトナムが二国間関係におきまして戦略的パートナーシップという言葉を使うのは、共産党の政治局の許可が要るんだそうでございます。今現在この言葉を使っておりますのはロシア、これは旧ソ連との関係でシンボリックに使っているそうでございますけれども、そのほかでは日本に対してのみこの言葉を使っている。それだけ日本に対する期待も高いし、日本をそういうふうにみなしているということでございます。  こういうことを前提といたしまして、引き続き、まだまだ足りない電力、道路、港湾等ハードのインフラを、少なくとも〇六年から一〇年の間は重要ではないかと。加えて、ソフト支援、特に今後、もう御案内のとおり、日本の高齢化社会におきまして物づくり、IT産業の現場で若い人は少なくなってまいります。そういったときにどうするのかといったときに、やはりベトナムというのは着目していいのではないかというふうに考えております。  それから、今後のODAの展開といたしまして、ベトナムも、いつまでも借金を海外から重ねる形での援助から、できるだけ民間事業資金を入れたいという、そういう考えを持っております。  例えば、フーミー火力発電所。第一期は日本ODAで造りました。第二期の半分はベトナムが自前で電力公社が造りました。その後、日本の企業がBOTで二つの発電所を造って、今ベトナム最大の発電所となっておりますけれども、そういったようにODAが先行して日本事業資金が入っていくという形が今後拡大していくべきではないかというふうに思います。  ここで、カイメップ港コンテナターミナルも書いておりますけれども、これはサイゴン川の出先の方にあります港でございますけれども、この港を日本ODAで整備いたしました。コンテナターミナルを三か所造ったのでありますけれども、その二つは既に欧米系のコンテナターミナル運営会社が運営することになっております。最後残ったところ、これは是非、日本企業に取ってもらいたいというのは周辺の日系企業の要望でございますが、そこも、これから日本政府の後押しもあっていいんじゃないかというふうに思います。  最後に、ズン首相がこの間、昨年日本に来られて、三つの案件を日本政府援助要請をされております。御案内のとおりと思いますが、高速鉄道、高速道路、ホアラック・ハイテクパークでございます。特に、高速鉄道は大変な金額が掛かると思います。したがいまして、これをどうするかというのはもう政治判断になろうかと思います。これまでの、先ほどの年間八億ドル、九億ドルのODAの規模では賄えないと思いますので、今後はどういうふうにやっていくかというのをいろんなところで御議論されていくのではないかというふうに思います。  以上、私の御説明とさせていただきます。  ありがとうございました。
  11. 山崎正昭

    委員長山崎正昭君) どうもありがとうございました。  以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。  これより参考人に対する質疑及び意見表明を行います。  参考人に対する質疑及び意見表明を行う際は、御起立の上、御発言ください。  参考人方々の御答弁につきましては、各委員発言時間が限られておりますので、簡潔にお願いをいたします。  なお、御答弁は着席のままで結構でございます。  それでは、順次発言を願います。
  12. 岡田広

    岡田広君 自由民主党岡田広です。  今日は、谷山山田参考人、貴重な御意見をありがとうございました。  国際協力経済協力といいますと、日本ではODAが中心ですけれども、欧米など諸外国ではODAありきではなくて、むしろNGO等民間団体が先頭に立って活動を行っているわけであります。  先ほどラオス首相がこの席上参りまして、日本ODA協力を始めとしたラオス国内情勢、そしてさらに、これからいろんなプロジェクトに対する日本ODA支援お話をされていったわけであります。  私、五月の連休にインドネシアで開かれたIPUの会議出席をさせていただきまして、ちょうどケニアの国会議員団と昼食懇談会を行いまして、ケニアのODA支援、そしてさらに、給水計画とか電力の問題とか様々なプロジェクトに対して日本ODA支援もまたお願いをしたいと、そういうお話もあったわけであります。  しかし、今の日本の今日の財政状況を考えますと、これまでのような大幅な財政支援、金額にしてもなかなかこれできないと。そういう中で、正に先ほどのラオス首相との質疑の中でもあったわけですけれども、民間投資という、これはとてもこれから重要になってくるだろうと思いますし、民間分野に担い手をシフトをさせていくということが大変重要であり、必要だろうと、そう思うわけであります。  そういう中で、私は、NGO役割というのは大変これから大事になってくると。NGOというのは正に政府なんかと違いまして、地域社会とか住民に密着したきめ細かい支援を行うことができる、そしてまた、政府に比べて迅速でかつ柔軟な対応ができるということで、ますます重要性、必要性は高まってくるんだろうと思います。  しかし、この日本NGO組織の多くはほかの先進国のNGOに比べまして小規模、日本では、外交青書によりますと四百以上NGO組織あるということでありますけれども、財政的にも組織的にも基盤が脆弱であるという、こういう課題を抱えているわけであります。  政府NGOとの連携は重視をしています。NGOの基礎財政基盤については事業補助金の交付などの支援を行っているわけでありますけれども、本来、NGOは自立的に活動をすべきであると思うわけであります。例えば、NGOの寄附についての税制上の優遇措置もこれから一層広げていかなきゃならないと、そう思うわけであります。  例えば、認定NPO法人の寄附、こういうことになりますと、一定の税制上の優遇措置あるんですけれども、なかなかこの基準が厳しくて、今六十NPO法人しかこれを取られていないと、受けていないということでありますし、またこれから、いずれにしてもこのNGOが自立をしていく、そのためのいろんな方策、先ほど谷山参考人からもいろんなお話はありましたけれども、今後のNGOの自立のための方策の在り方について、まず谷山参考人から御意見を賜りたいと思います。
  13. 谷山博史

    参考人谷山博史君) ありがとうございました。  NGO基盤は、基本的には市民が支えるというところになくてはNGOの自立性は確保できない。その上で政府と対等なパートナーシップを結び、連携し、相互に補完するということもあるかもしれない。場合によっては、補完ではなくて是々非々で政府に対して物申すこともあるかもしれない。そのときに、自分たちの自己財源、市民に支えられているという基盤がなければそれができないわけです。  例えば、私たちの団体ですと外務省から支援をいただいております。NGO補助金もあるし、NGO支援無償という、委託ではないですけれども、委託に近いスキームもあります。しかし同時に、広く市民社会からの助成金や募金あるいは事業活動による収益などにも私たちの財政基盤はあります。ですから、万が一政府と相入れないとき、今まではないです。コントロールするということは、今まで私たちは外務省によって経験したことはありませんけれども、万が一そういうことになったときにもやはり言うべきことを言い通すというためには基盤がなければいけない。  じゃ、どうしたらいいのか。一番の問題は、日本市民の側にNGO自分たちのいわゆる代理として国際協力をしてもらうという意識がまだまだ育っていないからです。どうしても国際協力というのは政府がやるものだという意識がまだ強いです。これが変わらない限り、私たちが市民に支えられることはない。ただ、それが新しいNPO法人制度、特定非営利活動法人制度によって初めてNGOが法的ステータス、法人格をNGOの特質に従った形で取ることができるようになったというのは大きな進歩であり、かつそれに認定NGO法人として認めて税の優遇措置が取れるような法律になったこともとても進歩です。  ただ、まだまだその認定の制度において、税の控除がされる事業収入とかあるいは法人税とかが制約が大きい。例えばコンサートなどをして収入を得た場合に、これは当然、消費税だとか法人税を払わざるを得ないわけですけれども、アメリカのNGOの場合、このコンサートの実行委員にアメリカ人がいたんですけれども、チャリティーで使う、たとえコンサートなどの事業に見える収益であったとしても、どうして税金を払わなければいけないのか、アメリカでは考えられないというようなことを言ったように、個々の場面でいろいろな改善の余地があると思います。それは国会の議員の方たちの関与によって、シーズというNGOが改善の方法をどんどん提案しています。そして、議員との対話の中で政府に対しても訴えていっていることがありますけれども、その取組を是非議員の方たちにも支えていただきたいというふうに思います。  そして、外務省によるNGO支援在り方に関しては、私先ほど触れましたように、NGO基盤整備ということと連携で補完的に活用するということは違うんだということを認識してほしいと思います。場合によっては、事業プロジェクトの現場にかかわるお金しか出ないわけですけれども、それをNGOが受け入れてしまうことによって、実際にはその背景にある管理費だとか日本の側でのスタッフ等々の人件費等が賄えないわけですね。それは本来NGOがやろうとしていたプロジェクトだったらいいけれども、それを、お金が欲しいから外務省のプロジェクトの資金をもらうというだけでは、それ以外に様々な管理費等の負担が掛かって、基盤が整備されるということにはならないというようなことがあります。そういう意味での支援連携との区別というのは必要かと思います。  以上です。
  14. 岡田広

    岡田広君 ありがとうございました。  欧米に比べまして、日本NGOについてはやっぱり国民理解がまだまだ低いのかなということで、これは私ども政治家もしっかりと地方に帰ってNGO役割というのをこれから広げていかなきゃならないと、そういうふうに思っているところであります。  次に、キャリアパスについて、これも谷山参考人にお尋ねしますけれども、実際に発展途上国に赴いて汗を流して帰ってきた青年海外協力隊、あるいはNGOの若者のキャリアパスの問題ですけれども、前回の参考人質疑の際に魔の三十代問題が指摘されましたけれども、具体的には、二十代のときには海外で汗水流してやってきても、三十代になりますと自分の将来の生活とかこれからの職とか収入の問題とかということが問題になってくるわけでありますから、この援助の世界から身を引いてしまうという、そういうことにもなるわけでありますから、なかなか現実問題としてはこういう国際協力活動に参加しにくい仕組みとなってしまっているということも言えるんだろうと思っています。  なかなか優秀な人材が育ちにくいという結果も招いていると、こういうことを考えますと、例えばNGOから国際機関の職員に派遣するなど、いろんな様々な形が考えられるんだと思うんですが、そういう汗水垂らして、流してきたからこうだということになってしまうとまたいろんな問題があると思うんですが、こういうキャリアパスについての考え方についてお尋ねしたいと思います。
  15. 谷山博史

    参考人谷山博史君) おっしゃるとおりだと思います。  欧米に比べて、NGOと他の機関との人材の交流、あるいはキャリアにおける、何というんでしょうか、行き来ですね、それが日本の場合はとても少ないですね。現場で会う、現地で会うNGOのスタッフは、何年かたってみたら政府機関の特定のポジションに就いていたり、あるいはEUの機関でNGOとしてのアドバイザーになったり、国連に行ったりという、その行き来はとても活発なわけです。  しかし、私、NGOの経験二十一年、二年ぐらいありますけれども、二十年前はほとんど行き来がなかったですね、NGOとJICA、特にJICAが代表的ですけれども。ある意味で、お互いに信頼感がほとんどなくて、現場で共同することももちろんないし、NGO側はJICAのプロジェクトで起こってくる現地でのいろんな問題ですね、立ち退きの問題等々、それをとにかく批判的にぶつけるということで、言いっ放しの批判で終わってしまったことがありますけれども、それらも協議の場で話せるような雰囲気ができ、共同プロジェクトなどのスキームもできということが積み重なっていく中で、今ではNGOとJICAのスタッフの行き来、とても活発になってきているわけです。  ただ、外務省とNGOがまだどこまで行き来できているかというと、それは甚だ心もとないんですけれども。これやはり知らないものに対しては、受け入れない、不信があるというのは当然であります。組織文化が全く違うわけですね。だけれども、お互いが知ることによってお互い違うセクターから来る人を受け入れるという、そういう組織文化が少しずつ育ってくるわけで、これは人材交流を進めていく中で解消していくしかないと思います。  実際に、経験を積んだ人たちがどう評価されるかということですけれども、これはNGO側がどれだけ、一つには、行ったプロジェクトプロジェクト評価をどう公開し、実際にかかわった人たちが客観的に見てもどれほど優秀であるかということを示していくしかないんですね。NGOにいたから頑張って偉いというだけではなくて、実際のそのプロジェクトにおいての成果をやはり公平に政府側、国連機関も含めて見ていきながらNGOからの人材が生かされていくという、そういう仕組みはできていくと思います。
  16. 岡田広

    岡田広君 ありがとうございました。  次に、これは投資環境について山田参考人にお尋ねしたいと思います。  一月二十九日の日経新聞にタンザニア大統領のインタビューが載っていたわけですけれども、私、これを読んで大変もう感動を覚えたわけですけれども、「ODAは再編、民間投資を」というタイトルで書かれているんですけど、その中で「私たちは無償ODAは要りません。ほしいのは企業の元気な活動です。政府支出ではなく、民間投資こそが経済の活力を生むのです」と書かれてありました。ODAというと無償資金協力が一番と思われるわけですけれども、こういうタンザニアの大統領の声があるということで大変感動したわけですけれども。  先ほど、ベトナムにおいて山田参考人がジェトロの事務所長をしていた際に、開発とビジネスとの連携視点から日本とベトナム間の投資環境整備のイニシアティブを策定して、ODAと組み合わせることによって大きな成果を収められたと聞いています。発展途上国に、被援助国から市場としてのパートナーになってもらう。我が国企業が安心して投資できるような環境づくりが、発展途上国にとって、我が国の国益のためにも必要だろうと思うわけであります。いろいろ、先ほどの質疑の中でもありました法制度の整備とか租税条約、投資協定の締結とか、こういう投資環境の整備、こういう問題につきましてどうお考えか、お尋ねしたいと思います。
  17. 山田康博

    参考人山田康博君) ありがとうございます。  今先生がお話ありましたように、ベトナムにおきましても、やはり無償援助で何かしていただくのもいいけれども、やはり国の将来を考えると技術の移転、人材の育成が伴う外国からの民間投資、これがもう本当に欲しいと、これが切実な指導部の認識だと考えてよろしいんじゃないかと思っております。ただ企業の方は、そうはいってもやはり利益が出ないと出ていけないわけでございます。御案内のとおり、今はメガコンペティション、一円でも安く作るところに出て、企業が国を選ぶ時代と言いますけれども、まあ、そういう時代になっておるわけでございます。  したがいまして、投資環境の整備を日本ODAが、まあ、結果としてそれにつながる、橋にしても港湾にしても、そういったところに注力をして、そしてそれをFDI、外資が裨益をして利益を上げる、この構図はベトナムのみならずタンザニアでも適用できる基本的な原則ではないかというふうに私は思います。  ただ、ベトナムでうまくいきましたのが、こちらに書いておきましたけれども、やはり現地政府サイドの高い意欲と能力、それから大使館のリーダーシップ、それに日系企業が呼応したと、こういうことがあろうかと思います。したがいまして、今後こういったパッケージで日本ODAが世界に拡大し、そして日系企業もそれで裨益し、そしてその国の経済発展貧困削減に貢献していくという形が広がっていくのが望ましいのではないかというふうに思います。
  18. 岡田広

    岡田広君 ありがとうございました。  時間がもうありませんので、最後に谷山参考人に、今民間投資お話もありましたが、やっぱり企業が出ていくのは利益というのがもう第一になるわけですけれども、例えばアフリカなんかにはまだまだ在外公館ありません。今年三か所予算化されたわけですけれども、今、日本は二十四、中国大使館四十五と、別に中国と比べるわけではありませんけれども、そういう中で、迅速な援助実施というためには現地の在外公館のより広範な裁量の付与というのが必要になってくると思うんです。NGOがより円滑に現地で活動するためにも、この在外公館等を始めとして政府にどんな取組を望むのか、そのことを最後に聞いて終わりたいと思います。
  19. 谷山博史

    参考人谷山博史君) 日本NGOだけを見ていると、日本NGOも数が限られているし、同時に規模も限りがある中で、ただ、NGOの強みというのはネットワークですね、現地レベルでも、大使館が日本NGOを通して様々な分野の現地NGOを紹介するということができるわけです。  ODAの場合、日本の旗を立てるというわけではないとNGOは考えていますので、有効に使えるためには、現地の経験豊かな、特に公的な社会福祉が十分でないところこそ、アフリカといえどもNGOの活動は活発です。それをどれだけ、何といいますか、的確に、どういうNGOがあってどういう活動をしているかを判断するために日本NGOはパイプになれるわけですね。それは、日本レベルでもアフリカのNGOとのネットワーク組織もあるわけですから、それを活用すると言うのはおかしいですけれども、逆に言えばNGO側もそういう機会があれば日本ODAを活用して現地に有効に使うということは十分考えられるわけで、ネットワークというところを是非御理解いただきたいと思います。
  20. 岡田広

    岡田広君 終わります。
  21. 藤末健三

    ○藤末健三君 谷山参考人山田参考人、本当に有り難いお話をいただきましてありがとうございます。  まず、私、谷山参考人にお聞きしたいのは、御説明いただいた資料の六に平和国家としての資源を生かした国際協力ということがございまして、そこで、憲法前文及び人間の安全保障の原則に基づき我が国は平和協力をやってはどうかということをおっしゃっております。  恐らく、憲法前文というのは、この「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」というところから引かれておられるのではないかなと思いますし、また人間の安全保障も、もう我が国がいろいろな動きをしているというところだと思います。  しかしながら、私が思いますのは、この我が国の憲法前文や人間の安全保障といった考え方は、余り他国の方々に国際的には理解されていないんではないかと思うんですが、それについてどう思われるかということ。そしてまた、理解されていないとした場合、どのような取組をすれば我が国のこの原則みたいなものが国際的に理解していただけるかということについてお答えいただけないでしょうか。お願いいたします。
  22. 谷山博史

    参考人谷山博史君) 私は、昨年の末までアフガニスタンの東部の町ジャララバードに四年間いまして、現地駐在していました。それ以外にも、東南アジアで、カンボジア、ラオスタイで八年間、計十二年間現場にいましたけれども、それ以外にも出張ベースではイラクに行ったりあるいはヨルダン、パレスチナ等々の中東も幾つも回っております。  決して日本ODAが平和協力という特色を持っているということを現地の人が理解していないと私は思いません。特に今、とても難しい現場である中東あるいは南アジアの、特にイスラム国ですね、これは当然の話ですけれども、グローバルセキュリティー、対テロ戦争の現場と重複するところはより一層そうなんですけれども、アフガニスタンで日本ODAが評価されていないなんということは考えられないですね。  なぜ評価されるか。それは非軍事だからです。PRTの話を先ほどしましたけれども、PRT、軍が人道復興支援をするわけですけれども、今現実にアフガニスタンの状況の中で、軍が行う活動が人道支援と軍事活動と分けて現地にとらえられるわけはないんです。それほど現地は深刻といいますか、軍事作戦がかなり広がっているのと、反政府活動が活発になっている。その中で日本は明確なメッセージを取り続けてきたというふうに思うんです。政治的な介入ではない、あるいは軍事的な介入ではないという意味でのODAは、アフガニスタンの人たちにはとても理解されていると私は強く思います。  まず初めに、アフガニスタンは日本援助を評価していると私は思います。  それは、村々の普通のシューラの老人すら私に言いますよ。それだけ知っているわけですね。当然、それはイラクでもパレスチナでも、そういう非常に緊張感が高まって軍事的に難しいところでは、そこから超克した中立な立場での平和協力というのは大きなメッセージを持つんです。それは外交の一つ資源ですよね。私たちNGOは外交ということまで、それほど高いところまで、どこまで考えるかということはありますけれども、つくづく、外交の資源を生かしたODAを是非続けていただきたいというのが私の現場からの観点です。  以上です。
  23. 藤末健三

    ○藤末健三君 先ほどの話に関連しまして、この話に関連しまして、PRTの危険性ということをおっしゃっておられます。  私も、今、我が国が人道復興支援という、復興支援の名の下に自衛隊の方々に海外に行っていただいているという状況がだんだんだんだん拡大していくと、軍事というか、先ほどもおっしゃったように、PRT的な、何というか、危険性が我が国においてさえも増してくるんじゃないかということをすごく懸念しているんですが、その点についていかがお考えでしょうか。
  24. 谷山博史

    参考人谷山博史君) PRTに関しては、私の現場の経験をいろんなところで話させていただいているし、いろんなものに書いておりますけれども、決して簡単な問題ではありません。しかし、初めてのケースであるアフガニスタンでのPRTをしっかりと見る必要があるので、具体的な事例をいろいろなところで紹介しているわけです。  私たち、東部のナンガルハル県のクリニックといいますか診療所をやっておりますけれども、ここで三万人ほどの人口を対象にした基礎医療を行っています。あるとき、ナンガルハル県の県の保健局長が、当然私たちは保健省とも契約を結んで保健協力活動をしているわけですから彼らの管轄下にあるわけですけれども、そこがNGOを呼んで、医療関係NGOを呼んでこういうことを言いました、これは今年の二月のことですけれども。  アメリカのPRTが巡回医療活動をするので、ナンガルハル県内で活動しているNGOの診療所のスタッフは協力するようにと言われたわけですね。私たちはその場で断りました。明らかにミッションが違うのと、もう一つは、軍が私たちの診療所に来れば、そこはもう中立性を失うという危険が高いからです。村々には当然いろんなセクトといいますか、場合によっては武装勢力とつながっている人たちもいるかもしれません。その中でNGOは中立を保ちながら自分たちの身を守って、同時に、受け入れられることによって、それは他者から、外からの武装勢力が来るのを村人が守ってくれるわけですね。そういう緊張した中でやっているわけですので、来ないでくれと言い続けているんですが、それがもし、もう少し行政当局が協力しろと、さもなければ出ていけという段階になれば、私たちは出ていくしかないでしょう。  同時に、二年ほど前の二〇〇五年の二月には、別の隣の東部のクナール県で診療所の支援をしておりましたが、そこにアメリカのPRTが五台の装甲車、ジープで乗り付けてきて出ていけと。ここで私たちは医療活動をするからスタッフはとどまってはいけないといって、結局占拠されてしまったわけですね、私たち支援しているクリニックが。  そこで彼らがしたことは、一応、医療支援ですから医療の薬を配っています。ただ、それはばらまきです。薬だけではなくてシャンプーだとか石けんだとか、それらと同じように薬を診療もしないで、あるいは効用を説明しないで千人近くの住民にクリニックを使って配ったということがありました。駐在といいますか、そこに占拠していますから夜もいるわけですけれども、夜はそこで軍事訓練をして射撃などをしている。そうすると、クリニックが要塞化してしまうわけですね。  これに対して、完全に国際人道法の違反です。クリニックが軍事的な活動に使われて、阻害しているわけですね、医療活動を。これを詳細にレポートを書いて、国際NGOとの連携で米軍や多国籍軍と交渉をしました。あるいはICRCですね、赤十字国際委員会、ここも人道法違反のおそれがあるということで、米軍と直接交渉しています。  こういう事例を積み重ねて私たちの知見というのが築かれているわけですけれども、人道支援であるように見えますけれども、軍事的な作戦ととてもオーバーラップしているという危険があるわけです。同じようにそういうふうに見られるということは事実ですので、これはPRTの本質的な問題になってくるということで、私たちは反対しております。
  25. 藤末健三

    ○藤末健三君 ありがとうございました。  山田参考人にお聞きしたいことがございまして、今日御説明いただきましたベトナムの事例、非常に分かりやすくお聞かせいただきました。ただ、私ちょっと思いますのが、先ほど岡田委員からもお話がございましたけれども、海外の直接投資を呼ぶためには、私はちょっとODA政策ツールじゃないような気がするんですよ。例えば、投資協定をベトナムと日本は結んでおりますし、これたしか十四か国としか結んでいないはずなんですよね、我が国は。メキシコとか、あと韓国とかマレーシアとか。そういう制度的な枠組み、例えば今後、これで、今後はEPAとか、あと今、知財の保護協定とかいろいろなものがありますけれども、そういう制度的な枠組みから入るのが私は正しいんじゃないかと思うんですけれども、その点いかがでございましょうか。
  26. 山田康博

    参考人山田康博君) 私の意見は、まずはやはり、ベトナムのような国であれば、まずハードのインフラ整備がないと日本企業は行かないと思います。その後日本企業が行って、いろんな事業展開の上で頭をぶつけるわけですね、知財とか、似たようなホンダさんのオートバイが出回っているとか。オペレーションが立ち上がるプロセス、あるいはその後ぐらいに、今先生がおっしゃいましたいわゆる制度整備支援、ルールあるいはエンフォースメント、こういったことをサポートする、力添えするというのが望ましいのではないかというふうに私は思います。
  27. 藤末健三

    ○藤末健三君 どうも両参考人、ありがとうございました。これで質問を終わらさせていただきます。
  28. 高野博師

    高野博師君 まず最初に、谷山参考人にお伺いしたいと思います。  実は、去年、私の友人の知り合いが亡くなりまして財産が残ったんです、遺産がありまして。その遺産のうちの一部、数億を子供のために使ってほしいという遺言があったので、このお金を何とか有効に使いたいと。そこで、NGO等を調べてくれないかという話があったんです。私、いろいろ調べました、いろんな活動をやっているのを。たくさんあるんですが、どこにこれを寄附したら一番有効に使ってもらえるのかというところで判断できなくなったんですね。たくさんあるんですね。  私の質問は、このNGOの信頼性どうやって確保するのかということなんですが、その独立性中立性、主体性、これを保つというこの行動指針、あるいは人間の尊厳を重視するというこの正に行動指針も私はもう大賛成でありますし、現地の代弁者というNGO役割も非常に重要でありますし、多様化しているNGO役割はますます大きくなっていると思うんですが、NGOによっては中立性とか独立性を保つために政府援助を受けないというところも結構あるわけですね。  こういうこともありますし、もう一方で、スマトラ沖のあの津波の被害があったときに、私三日後に現場に行きました。そのときはもうフランス、ドイツのNGOが物すごい活動をやっておりました。それもちょっと我々が、日本人にはちょっと手が付けられないような生々しい仕事を平然とやっておる。そして、フランスとかドイツの国旗を付けた防災服を着て非常に目立つ活動をやっていたんですね。もう一方で、日本人が日本から来ましたと。日本人会に行きまして、何をやったらいいでしょうかということで来ているんですね、相談に。言葉も通じないし、何をやってもらうかも、これもお世話をするわけにいかない。こういう現場を私実際に見たんであります。  そういうことも含めて、NGOというのは税制上の優遇も受けている、これから篤志家なんかに寄附をもらってくる、企業からの寄附もあろうと思うんですが、この信頼性というところがどうやって確保していくのかということについて、一つお伺いしたいと思います。
  29. 谷山博史

    参考人谷山博史君) ありがとうございました。  これ、ODAの議論と全く同じで、いかに情報を公開し、透明であり、かつ個々の活動を選んだ理由とか、あるいはその現地でのカウンターパートを選んだ理由、それを説明できるかというアカウンタビリティーですね、それをどれだけ分かりやすい形で公開するかということが求められ、当然、財政についての透明性も求められていて、ここにはちょっと、レジュメには書いてありませんでしたけれども、JANICの国際協力NGOセンター、ここの指針で当然、財政の透明性ということがうたわれています。  同時に、先ほど言ったように、活動の評価をちゃんと出しているかということですよね。これは本当にNGOも自戒しなければいけないと思いますけれども、いいことやったではもう済まないんですよ。現場レベルでは本当にそんな簡単に物事がうまくいかないわけですね。カウンターパートにしたって、どれほど適正に資金を運用しているかというのは、信頼関係だけでは担保できない場面もあります。  例えば、私の経験からいいますと、アフガニスタンで、私たち事業を独自にやると同時に、現地NGOとも協力してある分野はやってもらうということをやりますけれども、私たち自身が外部監査を受けて、KPMGというところの外部監査を受けて、自分たちの資金を透明にして、あらゆるエビデンスをそろえているわけですよね、現場レベルで。それによって、現地NGOにもそれを求めることができる。そして、それによってNGOというものを現地の市民によって信頼してもらうということがあります。さもないと、本当に危険なことだと思いますけれども、NGOの信頼性がどんどん損なわれていく。いわゆる復興資金が結局復興に役立っていないのはNGOがどこか不正に使っているのではないかという、そういうようなうわさがどんどんアフガニスタンでも進んでいます。そうすると、NGOは非常に危険な状態になってくるわけですよね。  そうした地道な努力が必要で、それを一般の人たちがどれだけアクセスできるか、その情報に。それはホームページかもしれないですけれども、まずNGO側のそういう覚悟というのは必要であるのと、あと、NGOを選ぶ場合は、先ほど言いましたJANICという連合体とか、そういうところにやはり相談をされるのがいいと思います。そして、実際に話を聞いて、同時にどれだけ公開しているかということを見ると。いろんなステップがあると思います。  以上です。
  30. 高野博師

    高野博師君 ありがとうございました。是非頑張っていただきたいと思います。  それでは、山田参考人にお伺いしたいと思いますが、ベトナムについてですね。日本にとっては東南アジアを戦略的にどうするかということも含めてベトナムというのは非常に重要だと思うんですね。  そこで、日本ODAというのは、当然インフラの整備もあるし、先ほどおっしゃった投資環境の整備というところにも使っていく必要があろうと思います。今は、これからは企業進出するなら中国よりもベトナムだというような声も強くなっていますし、ベトナムの文化、あるいは食文化も含めて日本人には非常になじみやすいというようなことがあるようであります。  そこで、私の質問は、まずハードからソフトという中で、もう少し文化面でのODAはあそこはやる余地が十分あるんではないかと思うんですね。  ハノイには安南都護府というのがありました。その遺跡の今発掘をやっていると思うんですが、あの安南都護府にはかつて阿倍仲麻呂が安南都護使として赴任をしていたと。あの有名な「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」というあの歌はハノイで歌ったんではないかという説があるぐらいなんですね。  その安南都護府の遺跡の中に阿倍仲麻呂に関するものが出てくるかもしらぬとも言われているんですが、僕は、文化的なODAとしてそういうところにやった方がベトナムの人からも、文化に対する誇り高いベトナム人も評価するんじゃないかという意見なんですね。そこはどういうふうに参考人はお考えかをお聞かせ願いたいと思います。
  31. 山田康博

    参考人山田康博君) 私は、今先生がおっしゃいました文化面においても協力を進めていくべきだというところに大変賛成しております。何も経済関係だけの二国間関係ではなくて、やはり幅広い国民レベル連携というものこそが二国間関係を強化する、そういうものだと思います。  それで、今の安南都護府の遺跡の開発、これも日本協力で進んでいるというふうに私、理解をしておりますし、そうすることによって日本との昔からのつながりがベトナム人も分かってくる、阿倍仲麻呂という人がいたんだなと、そういうようなところ。  それから文化面で申しますと、ここ二、三年、国際交流基金の方々が行かれているようでありますけれども、日本教育ですね、日本教育。これは今ベトナムで大変人気が高うございます。高いんですが、受入れのキャパがない。皆さん御案内のとおり、杉良太郎さんという歌手がボランティアで日本語学校を造られておりまして、ハノイに、千三百人の定員で今やっております。ここにどんどん押し掛けて、もう断るのが大変なんだそうです。三か月間で二十三ドルの授業料、これは決して安くないんですけれども、やはり勉強して日系企業あるいは日本との関係の仕事に就きたいという人たちが今非常に多いわけでありますけれども、ここが受皿が十分ではないと。ここはやっぱり何とかしなくちゃいけないというふうに思いますし、それから早稲田大学の白石先生が提唱されておりますけれども、日本文化センター、これをやっぱり造って、いわゆる、先生がおっしゃいました、いろんな文化的なつながりも強化すべきではないかという御意見、私も大変意義あることだというふうに思っております。
  32. 高野博師

    高野博師君 ありがとうございます。
  33. 大門実紀史

    大門実紀史君 五分ですので、お二人に一遍に一つずつお聞きしたいと思います。  谷山参考人にまず伺いますが、レジュメの法令遵守のところで、途上国政策対話を行うには、ドナーの側の徹底した不正の排除が必要というふうに書かれておりますが、ちょっと具体的にどういう点を御指摘されているのか、教えてもらえればというふうに思います。  山田参考人にも一つだけ伺いますが、谷山参考人からもありましたように、企業が進出をしてグローバル化が進むと、新たな貧富の差の拡大が今広がっているというのはもう指摘されているところですけれども、そういうときに進出した企業が何をすべきかということもまた今問われているんじゃないかと思います。  国連の開発計画でマイクロファイナンスというのがありまして、小口金融ですね、これに企業も協力するという今スキームができておりますけれども、実際にはどこに協力しているかというと、自分たち生産を担ってくれるような小企業に対してやってもらうとか、あくまで何か自分たち企業活動に関連して協力しているようなところがあったりいたします。私は、そうではなくて、企業利益を離れてもっともっといろんな協力をしていくべきではないかと思いますが、そういう進出した後の企業の貢献の仕方について、御意見があればお聞かせいただきたいと思います。  以上です。
  34. 谷山博史

    参考人谷山博史君) ODAを実施する上でのアカウンタビリティーというのは、公的な資金の活用ですからとても求められるわけですけれども、やっぱりいろんな段階のアカウンタビリティー、いろんな部門があるわけですね。  一番重要なのが、やはり法令遵守の部分。実際の現場レベルでのお金の使い方ということがまずクリアにならなければ、そのODAは信用されない。逆に言うと、マイナス価値を生んでしまうわけですね。特に、ここで言われているのは、コンサルなどのいろんな不正がこれまでありましたけれども、水増し請求だとか使途が不明だとかいうことがありました。ただ、この場合、指名停止で終わってしまうと。いろんな議論があると思いますけれども、どのようにしてそれを再発防止できるかという、それが厳しく問われるべきだというふうに、まあ刑事罰が今のところないわけですけれども、それをしていかないと難しいだろうというふうに思います。  それは決して人ごとだけを言っているんではなくて、NGO側だってそうですね、どれだけそういう不正を防げるかということを含めて言っています。さもなければ、現地政府に対してガバナンスを要求することができないということですね。  以上です。
  35. 山田康博

    参考人山田康博君) 貧富の格差の問題、これもベトナムではこれから考えていかなくちゃいけない側面が見えてございます。  じゃ、これを進出日系企業との関係でどう見たらいいのかということでございますが、先ほどショウガをむいている工場の写真をお見せいたしましたけれども、地方に工場進出していってそして雇用する、これはまず最大の格差是正につながると思います。ベトナム人は非常に家族を大事にいたします。都会へ出て働くというよりもやっぱり一緒に生活したいという、そういう意欲が非常に強うございますので、やっぱり地方に出る。  それで、ベトナム政府も地方に出るにはインセンティブを与えております。税制、いわゆる法人税優遇措置、いろんな税制あります。それで、私は日系企業の方に言うんですけれども、これからは、ハノイ、ホーチミン、そういったところでなくて地方に出てくださいと。苦労も多いかもしれないけれども、九〇年代のホーチミンの辺りへ出た人は大変苦労した、それと比べるともう苦労なんて少ない。そして、いろいろ税制の恩典もありますし、いろんな意味で必ずリターンがあると。パイオニアとして出ていけば、山奥へ、本当に大事にされます。本当に先ほどの先生のありましたけれども、やっぱり人間レベルのつながりもできますので、そういうことが可能になる国であるということから、我々も、地方への進出というところで進出企業の皆さんも幾ばくかの貢献ができるのではないかと、こういうふうに考えます。
  36. 近藤正道

    近藤正道君 社民党・護憲連合近藤正道です。  五分でありますので、私は、谷山参考人に一、二点お聞かせをいただきたいというふうに思っています。  ODAの仕事は本当に大事なことだというふうに思っておりまして、憲法上の根拠はやはり前文なんだろうというふうに思っています。是非私としては、非軍事という方向で、紛争のもとを少しでも小さくする、あるいは根絶するという意味で、ODA我が国はやっぱり頑張るべきだというふうに思っております。  そういうODAが本当に目的に従って効果的に行われるという意味で、NGOの皆さんの果たす役割は非常に大きい。国民の皆さんが、ODAをうまくやっていくためにNGOの皆さんの役割がどの程度のものなのかということがきちっとやっぱり分かれば、私は様々な優遇策、税制の優遇策も含めてNGOに対するバックアップというのはもっともっと増えてくるんだろうというふうに思っています。  そういう意味で、先ほど谷山参考人が、ラオスだとかカンボジアだとかタイの事例で資源をどう考えるか、豊かな自然が現地人たちにとって物すごくやっぱり資源になっていたのに、それが言わばグローバリズムの中で切断をされていくという話、そして新たな言わば貧困というものが生まれるという、こういう指摘をされました。  そういう話はこのごろはあちこちで聞くんですけれども、私は、ODA事業決定に際して、そういう観点NGOの皆さんがカウンターレポートみたいなものをきちっとやっぱり出されて、そして政策決定の場に、一方の行政側のなぜこのODAをやらなければならないのかというものとセットでそのカウンターレポートをきちっと出されて、そして両方をやっぱり見ながら政策決定が行われるということが私は非常に意味があるんではないかというふうに思っています。そういうことが非常にシステムとして確立をすれば、NGOに対する評価というのは国民の中からやっぱり物すごく出てくると思うんですよね。理念どおりに行われているか、税金の無駄が行われていないかと。そこできちっとした役割を果たせば物すごく私は大きな、NGOをもっと大事にしようという機運が出てくるというふうに思うんですが、現実、そういう観点で今のこの国の現状をどういうふうに見ておられるのか、一つお聞きしたいと思います。  そして、私は、この委員会でもインドネシアのコトパンジャン・ダムの話も一度質問したこともありますし、フィリピンにおけるODAのかんがい工事に伴っていろんな政治的なテロが行われている、やられているんではないか、これらのところをきちっと現地政府に対してガバナンスを整えるようにやっぱり言うべきだと、こういう話も質問をさせてもらったことがございます。  多分、今ほどの大門先生の話ともちょっとかかわることでありますけれども、こういうODAの実施過程での様々な問題点をODA大綱とのかかわりで厳しくやっぱり問題提起するというのも私はNGOの是非期待したい役割なんですが、こういうものがどの程度今この国で行われているのか。多分、この点については谷山参考人もいろいろ御意見お持ちだというふうに思いますので、このこともひとつ聞かしていただきたい。  二つでございますが、よろしくお願いいたします。
  37. 谷山博史

    参考人谷山博史君) ありがとうございました。  評価というのはとても大事で、これまで外務省とNGOが共同評価をするということがありました。ただ、これは事業評価であって、それらで見えてきた前向きな部分、あるいは問題として見られる部分、それらを包括的にODA政策の中に生かしたという包括的な共同評価というのはありませんね。当然、とても問題のあるケースを共同評価の対象にするということはないわけですから、いい部分はあるかもしれませんけれども、それが十分全体のODA政策には生かされていないというふうに思っています。  もう一つは、先ほどJICAの実施体制のところでも触れましたけれども、現場主義というのはとても大事です。これはもう想像以上に現場というのは見えるものが違う。現場レベルでは、機関は違っても現実は同じですから、それを基にした連携あるいは理解ができるわけです。  例えば、ラオスのJICAがやっている森林保全活動だとか現地資源を生かした開発プロジェクトというのは、視点としてとてもNGO的ですよね。それをいかにして政策に反映するかという意味においては、JICAから農林省の森林局にアドバイザーを派遣していますね。そういう政策レベルでも、そういう現場で起こっていること、あるいは現場でのオールタナティブな取組が反映するわけです。それが政府政策として決定するかどうかはまた別の話ですけれども、そういう様々なレベルNGOとの連携がある。これをどう本部レベルのJICAは生かすかということ、これも包括的な評価の上ではとても大事なことになってくると思います。
  38. 亀井郁夫

    亀井郁夫君 国民新党亀井でございます。  今日は、お二人の参考人、ありがとうございました。貴重な意見を聞きまして勉強になりました。  最後ですから一点だけお聞きしたいと思いますけれども、これまでのいろいろな経験の中で、日本ODAに対して不満を持たれたことがあるかどうか、あればそのことと、それから今度、日本ODAについての要望事項があれば、そのことについて一点お話し願いたいと思うわけでありますが、よろしくお願いいたします。
  39. 谷山博史

    参考人谷山博史君) 不満ですか。
  40. 亀井郁夫

    亀井郁夫君 不満です。
  41. 谷山博史

    参考人谷山博史君) 現場に長いということもありまして、個々のプロジェクト事業で様々な問題に私も直面していますが、それを一つ一つ言うことはここでは控えさせていただきたいと思いますけれども、今やっぱり一番緊急に考えなければならないのは、イラクでのODAの使い方だと思います。  いわゆる政治的な配慮ということなんでしょうか、とても膨大な額の、五十億ドルのODAが使われているわけですけれども、三十五億は無償ですね、無償がほかの国に比べると日本の場合とても高いわけですけれども、それはアジアの経験という意味においては卒業の助走になると、いろんな言われ方をしますけれども、これは前提として、当然ですけれども、いわゆるODAを投入することによっていかに資源環境を管理することが有効に行われるかと。石油なら石油、あるいは木材資源なら資源、そういうことですね、特にイラクの場合石油がありますけれども、じゃ、それが有償によって本当に公正に使われるかというところが一番問われるわけです。  しかし、今の状態は、イラクは大変な状態ですよね、御存じのように。そして、私たちもかかわっておりますけれども、基本的な人間としてのニーズが今ないというときに、三十五億のほぼ半分はもう約束されていますけれども、そちらに振り向けられているという中で、もう時間がないぐらいイラクというのは危機的な状況の中でODAを今何に一番使わなければいけないかということに関してとても強い不満を持っております。
  42. 山崎正昭

    委員長山崎正昭君) 山田参考人、何かありますか。
  43. 山田康博

    参考人山田康博君) 一点申し上げます。  一つは、迅速な決定。ベトナムのようなスピードの速い国ですと、いろいろなことを考えてやるには、これ二、三年掛かったのではちょっと間が掛かり過ぎですので、やはり国によっては基本的な手順があると思うんですけれども、導入までに、やはり迅速にできるような仕組みができないものかというところ、そこはお願いしたいと思います。  もう一点付け加えますと、やっぱりODAでいろんなことをやったときに、これは日本政府もやっていますけれども、やはり住民移転とかネガティブなインパクトを受ける場合がありますので、そこはベトナム政府もよくちゃんとやっているよと言うんですけれども、そういう辺りもよく目を光らせて、本当に地域の住民に喜ばれるODAになるように気を付けていくことも必要かと思います。  以上でございます。
  44. 山崎正昭

    委員長山崎正昭君) これより十分程度参考人に対する質疑及び意見表明を自由に行っていただきたいと存じます。  発言を希望する委員は、挙手をしていただき、委員長の指名を受けてから御発言願います。  また、多くの委員に御発言いただきたいと存じますので、御発言はできるだけ簡潔にお願いをいたします。  それでは、発言を希望される委員の挙手をお願いいたします。──とりわけ、ないようでございますので、これをもちまして参考人に対する質疑及び意見表明を終了させていただきます。  参考人方々一言あいさつを申し上げます。  本日は長時間にわたり大変有益な御意見をお述べいただき誠にありがとうございました。当委員会を代表して厚く御礼を申し上げます。  本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会をさせていただきます。    午後四時三十二分散会