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参考人(
廣瀬幸一君)
社会保険労務士廣瀬幸一と申します。今日は
お話しする機会を得ることができまして、大変ありがとうございます。
私の
資料、A4一枚と、もう一つ、昨年これ九月三十日付け、これ朝日新聞なんですが、「私の視点」というところで
年金問題を私が論じております。この特に新聞の
記事に目を通されながら
お話を聞いていただければと思います。
時間の
関係がございますので、総括的な概論は極めて短くしまして、実際に起こった事案、
事例を、私、特に一つの点に限って
お話ししたいと思います。私の持ち時間の中で、本日は、その当事者、つまり、払ったのにその
記録が消えているという御夫婦を同行しております。後ほど生の声も聞くことができると思いますので、私の持ち時間の中でやらせていただきます。
まず、今回いろいろ
年金問題が非常に熱を帯びているわけでありますが、日本の
年金制度というのは、非常に安定した形で
仕事なりしている方というのはそれほど問題が起きておりません。これ、
年金手帳の実際の原本でございまして、よく最近テレビ等ではこのオレンジのこれがよく映るんですけど、実はこれはもう古い手帳でありまして、今の手帳というのはこちらの、
平成九年からこちらになっているんですよ。(
資料提示)
こちらの古い方は、中が
厚生年金保険と
国民年金と船員保険という、この三つ出ておりまして、この新しい青の手帳の方は
基礎年金番号というのがありまして、この
基礎年金番号を振り出したときにこの手帳が作られたわけでございます。
会社等にもし就職されて、一つその人の
年金の
番号ができるわけでありますが、会社をお辞めになったりあるいは次の会社へ行くときも、常に一つのこの
年金手帳を持って提示すれば今日のような問題というのは理論的には発生しなかったんであります。しかし、実際には大量の問題が発生しているわけでございます。
これはどういうことかといいますと、この日本の
年金制度では、さっきの安定的に一つの会社に勤められたような方の反対、つまり、辞めるまた別の会社に入る、自分で
仕事をする、あるいは離婚をする、外国に行く、名前を変える、社会の中で非常に多くのイベントを抱えられた人にとっては非常に脆弱な
制度にできているというのが私の考えであります。つまり、
制度自体が今の様々な人の生活のスタイルに追い付いてこなくなっているというイメージを持っております。
例の五千万件の浮いた
記録ということでございますが、私は
仕事の中で常に統合というのを実はやっております。一番統合する機会が多いのは、人が就職される場合であります。就職するときは、正社員の場合は当然、
厚生年金、医療保険も含めまして雇用保険とかに
加入されるわけでありますが、そのとき
年金手帳を出しなさいと会社の人が言うわけであります。そこで、かつてこのオレンジの手帳というのは、そこで出せばいいんですけれども、昔は出さなかった場合には新しく作ってしまったんですよ、
年金手帳を発行してしまったんですね。会社の方がしつこく何が何でも持ってこいと、うんと言えば持ってきてうまくいったのかもしれませんが、非常に手が掛かるということと、もう一つは
年金に関する事務上の
知識がないということもあって、しかも何にもないところから
手続するのは比較的簡単でありましたから、どんどん手帳をたくさん作ってしまった。それがまず一つ、今の
番号違いのつまり手帳ができるわけですね。そうすると、もう今の例の五千万件の中に入っていったということでございます。
私の一つの方法としては、持っている
年金手帳を全部持ってきてくださいと。例えば数冊持っている人もいるんですよ、
番号違いで。これは、一つだけは自分のものになっているかもしれませんが、あとはもう浮いてしまっている可能性があるんですね。そこで、全部それを入社するときに統合してしまう、そういう
作業をするわけでありまして、それは事務的にそんなに難しくございません。
実は、本人も
記録が飛んじゃっているということは自覚していません。つまり、普通、六十代になりまして
社会保険事務所に行って、この
年金の
裁定請求というものをするんですが、そこで自分の
記録がないというのを気付く人が圧倒的に多いんです。しかしながら、
氏名、生年月日等がきちんとした形で
年金手帳が
番号違いといえども振り出されていれば、統合はそれほど難しくございません。申出書という
書類があるんですが、例えば、それほど難しくない経歴書、
履歴書みたいなもので自分のこういう会社にいたというところを抜けた
部分の期間を申し出るんですよ。そうすると、そこの会社の名前と一致した
記録が
社会保険事務所の中の
コンピューターにあれば結び付いていくと、そういうことになっているんですね。そういうことで、常に統合ということは私は日常的にやっております。
そして、本人が今まで離れていたことも気が付かないし、統合されたということも自覚はありません。
年金手帳が四冊例えばあって、一冊だけ正しいものにして返すんですが、何で一冊になっちゃったんですかというような質問も来るんですよ。多く持っていれば持っているほどいいと思っていたなんという人もいるぐらいでありまして、その辺の
年金に関する
知識というのはなかなか普通は持っておりません。かといって、安定的な勤務をされている人が持っているかというと、それこそ別の意味で全然持ってないんですけれども。例えば、今これだけニュースになっているのに、そういうことがあるんだなぐらいにしか思っていないと思います。
さて、私が今日申し上げたい事案は、今、新聞
記事にも書きましたように、実は一年前から私、ある方から
相談を受けまして、自分の、間違いなく払ったのに
記録がないと言われたということで、私はつぶさに調べてまいりました。それまでも、そういう、何か払ったのに私ここに出ていないんだけれども、おかしいというような話は結構聞くんでありますけれども、なかなか、時間を掛けて
社会保険事務所に行って調べまして、本人も確かに払ったんだろうなぐらいで終わってしまう例もありますし、短い期間だとあきらめてしまうという例もたくさんございます。
今回の場合の、この私の新聞
記事になった事案は、昭和四十年代から五十年代にかけて三回だけ特別に行われた
国民年金特例納付という、一つの限られた期間にあった、さかのぼって今まで未納だった期間を全部
保険料を払えば埋めることができるという
制度があったんですね。それを、実は今日おいでになっている
中村夫妻もその特例納付で被害を受けられている方なんですけれども、払ったのに出ていないということなんですよ。
調べますと、確かに
コンピューターには出ていないけれども、昭和四十年代、五十年代というのは紙に書いたわけであります。当時は、
国民年金の
窓口は
社会保険事務所ではなくて市町村役場でございます。市町村役場に行って、向こうの職員は紙で
記録を付けたのであります。その紙の
記録が、地元の
社会保険事務所にやはり紙で行きまして、
社会保険事務所から更に
社会保険庁にやはり手
作業で行くという、そういうスタイルを取っていたんでございますね。
ですから、その紙の
記録が
コンピューターに移し替えられたのは昭和五十年代後半、五十七、八、九、六十年ごろであるということでありますが、移し替えたのも、私のこの新聞
記事の四段目でございますが、「職員だけでは間に合わず、大量のアルバイトや外注先に任せるしかなかった。」というくだりがありまして、大量の人を動員しまして移替え
作業を行ったはずであります。そういう
作業というのは、もう必ずミスというのは付き物であります。完全ということはまずありません。例えば、私がもし一日じゅうそういう
作業をやっても、多分自信ないんです。人によって、千に一つあるいは万に一つそういう間違いが起きる、いろいろあるでありましょうけれども、一定の確率で必ず起きると考えるのが普通で、常識であります。ですから、その紙の
記録を確認すれば、一番その間違いがそこで訂正されるというのは、当然、私、
専門家として当たり前の考えだったわけであります。
紙というのは大変劣化するものでありますから、当時
コンピューターに移し替えるときにフィルムに写し取ったということになっております。それはマイクロフィルムと言われているのでありますが、ですから、紙に残っているか、マイクロフィルムに残っているか、それはイコールと考えてよろしいのでありますが、そこまで調べましたところ、その紙がないんですね。
社会保険事務所にもない、それから市町村、市役所にもない、そういうことが分かりました。当然そのフィルムが、それじゃ撮ったのかということになるんですが、実はそのフィルムも残っていませんでした、私のこの新聞
記事の事案はですね。実は、今日来られている
中村さんもそうなんですよ。紙、残ってないんですよ。その紙をなくすというのは一体どういうことなんだと、ここが私が最も怒りを感じて、これは問題視しなければいけないと思って、非常にそのときから、国会議員の方に
資料を送ったり、何とかこれをしなければいけないという気持ちを持ったわけであります。
なぜ紙を、じゃ捨てたんだということで、そこも追及、私はしたんでありますが、どうも
社会保険庁が
指示をしたというようなことを
窓口の古い方なんかは言っております。そのいわゆる原簿と言われる紙を捨ててしまうというのは、一体これどういうことなんだろうと、そんなことってあるんだろうかと。役所というのは
仕事は比較的堅いというイメージを普通持たれるわけでありますけれども、それを廃棄してしまうというのは、例えば将来こういった、私は払ったのに
記録がないじゃないかというクレームが付くことは当然予想されてしかるべきであります。そのときに一体どうするつもりだったのかと。こちらで例えば
領収書を持っていれば、そこで修正できるということは今までも言っております。実際そうなった方もいるということでありますが、残念ながら、その
領収書はいろんな引っ越し等がありまして、もう見付からないという状態であります。こちらにもそういった払った
記録がない、
行政側にもないという事態がこの新聞、私が接した事案であります。
やはりこれは、
記録というのは
行政はしなければならない、これは
国民年金法にも施行規則にも書いてありまして、この
法律上にも全く適合しない、法違反である。それで、常識的に考えても、その原本たる紙を廃棄してしまうというのはもう考えられないんじゃないかと。これは一体どういう考えで捨てたのか、ここは
是非追及していただきたいと私は前から思っているところであります。
捨てるには、何かの方針、思想というのがあったんではないか。いろんな推測でしかこれは言えませんが、間違いというのがあった場合には、その後のその
資料をそれを正しいものと考える場合もこれはあります。例えば、パソコンで
資料を作って上乗せ保管というのがよく私どもはやりますが、古い
資料はそれでもうなくなってしまうわけですね。そういうことの考えも一つはあるでありましょうし、
行政のやることには誤りがない、無謬性というんですか、そういう考えもあったかもしれない。
何で捨てられていたんだと。あるいは、その保管していくスペースがなかったなんていううわさも聞いたことありますが、それは極めて幼稚な理由だと思いますけれども、実際そのときに
作業した方に聞いたら、もうとてもじゃないけどボリュームがあって捨てざるを得なかったんだなんていう話もしていましたけれども、真実はちょっと分かんないんでございます。
これはだから、政治の場でここは追及し、実際、
社会保険庁長官が直接命令したなんということは多分ないんじゃないんでしょうか、こういう問題は。多分、課長なり課長補佐とか、その当事者というか、それは一体どういう考えでやったのか、そこを
是非とも追及していただきたいと思います。
普通は、こういう重要な
書類は、捨てるという幾ら上から命令、号令が来ても、下の方で、ちょっとこれ待って、おかしいんじゃないんですかという
意見具申というものがあってしかるべきでしょう。設計図の原本をコピー取ったから捨てちゃったなんていったら、そんなことはもう普通あり得ないわけですね。だから、そういうことが実際、日本の
国民年金の
現場では起こったわけです。意外と地方、田舎の町村、町や村で取ってある例があるんですよ。中央の
指示が届かなかったというようなことになるんでしょうかね。
私が調べましたこの事案は茅ケ崎市なんですけれども、茅ケ崎市は全部もう廃棄、それからこちらの今日おいでになっている
中村さんは横浜市ですが、やはり完全廃棄、だから証拠は何もないと。私が思うには、そういった場合には、やはり管理責任者である
行政が責任を持ってそこは謝罪し、かつ、元に修復すべき措置をとるのが当然であるというのが私の結論であります。
私は、ほかの面でも
お話しすることはもう当然幾らでもあるんですが、時間の
関係上、ちょっと
中村さんから、今のことを踏まえまして生の声をちょっとお届けしたいと思いますので。それじゃ、奥様でよろしいですか。ちょっと五、六分で
お願いします。済みません。