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郷原参考人 桐蔭横浜大学の
郷原です。
私は、さまざまな
分野の企業、官庁などのコンプライアンスの問題について研究、啓蒙活動などをしております。
その一環として、不二家の信頼回復対策
会議の議長を務めまして、信頼失墜の原因等についていろいろ
調査を行いました。
その中から、TBSの「朝ズバッ!」の
虚偽、捏造疑惑の問題をこれに関連して取り上げまして、
報告書で問題提起をいたしました。そして、先ほど
広瀬会長もおっしゃっていた
BPOの今回新しくつくられました検証
委員会の方にこの「朝ズバッ!」の問題について審理を要請いたしましたところ、先ごろ審理入りという決定がなされたというふうに伝えられております。
この「朝ズバッ!」の問題に関連して、この
委員会で、五月の十日でしたか、
放送の
あり方という観点から
質疑が行われたということで、この議事録を事前に送っていただいて読んでまいりました。
枝野委員と田村副
大臣との間で、非常に深い、真剣な
議論が行われているということに私は大変感銘を受けました。本日は、そういう
議論の延長上で
意見を申し上げる機会を得ましたことを大変ありがたいと思っております。
まず、
放送事業者のコンプライアンスという観点から考えてみたいと思います。
私は、かねてからコンプライアンスは法令遵守ではないということを申しております。遵守という言葉、これは、いいから守れ、つべこべ言わずに守れというような
意味で受け取られ、それが、重要な問題について考えること、
議論することを
停止させてしまう副作用があるということをいつも申しております。
こういう、法令遵守では適切ではない、うまくいかないということの程度というのは業種、業態によってさまざまです。中には自由競争と法令遵守の組み合わせで基本的にうまくいくという
分野もあります。例えば、規格化された商品、製品を製造するというような事業です。そのつくる過程で社会や他人に迷惑をかけないように法を守り、そして、その製品が社会に迷惑をもたらさないように法を守り、その範囲内で安くていいものを提供していくということで基本的には事足ります。
それに対して、公益性の強い事業に関しては、複数の抽象的な価値の同時極大化が求められる関係で、なかなか法令遵守という発想ではうまくいきません。電力会社、保険会社、鉄道会社などで、最近、法令遵守という観点だけではうまくいかないさまざまな不祥事が発生しているというのも、まさにそういったことが根本的な原因ではなかろうかと思います。
放送事業というのも、公共の
電波を利用して社会に重大な影響を及ぼす事業です。まさに公益的事業の典型と言えるのではないかと思います。
放送事業に対しては、二つの重要な社会的要請があります。
一つは、
放送の
内容に関する要請です。真実性、客観性、公平性、そして公安、善良の風俗などの
内容面できちんとした要請を満たさないといけない。それと同時に、
放送の自由を確保しないといけない。
放送に対して国家の介入は極力排除しなければいけないということです。
放送法は、この二つの要請を両立するための枠組みを
規定しています。基本的には、自主的な
番組基準を作成することと
番組審議機関によって
放送内容を
チェックすること、この二つによって、先ほど申した二つの価値の同時極大化を図っているわけです。
真実性という面に関しては、
放送法第四条で、真実でない事項の
放送によって権利侵害を受けた者からの請求があったときには、遅滞なく
調査を行って、真実ではないことが判明した場合には、
取り消し、訂正の
放送をしないといけないという
規定があります。
この具体的な
規定に
違反しなければいいという発想を仮にとったとすると、指摘があったらまず
調査を行う、しかし、結局、真実かどうかはわからなかったというようなことで済ませてしまえばいいわけです。そして、その真実が不明であることの理由として使えるのが取材源の秘匿という理由です。このようにしておけば、具体的な法規の
違反にはなりません。
そして、その一方で、自由競争という面から考えてみますと、
放送事業者の収益は視聴率が広告料収入に反映されます。結局、コストをある程度かけないと真実性というのは追求できないわけですが、それは、ある
意味では、
放送事業者にとっては負担になります。
一方で、視聴率を向上させようと思うと、わかりやすさ、おもしろさが求められる、それ自体が真実性を害する危険性をもともとはらんでいます。そして一方で、
番組を制作するコストを低減していこうと思えば、取材コストを節約することになり、真実性を害する危険があります。
このように考えますと、自由競争をとことん突き詰めていくと、真実性を害する危険があちこちに出てくるというのが
放送事業です。結局、先ほどの四条のような緩い
規定ということを前提にして自由競争をそのまま推し進めていくと真実性が軽視されるというのは、ある
意味では当然の結果と言うべきかもしれません。
放送事業者は、法令遵守という
考え方から脱却して、社会的要請に適応する、
放送事業者に求められる二つの価値を同時極大化するという観点から、コンプライアンスを実施していくべきだと思います。
一方、
マスメディアという観点から考えますと、これもコンプライアンスが非常に重要な
分野ではないかと思います。
報道については、積極的な姿勢が絶対に必要だと思います。真実性が一〇〇%明らかではなくても、思い切って
権力に立ち向かう
報道をしなくちゃいけない場合もあります。事実は伝えないといけない。伝える姿勢が必要です。しかし、それに関してもし
虚偽の疑いがあるという指摘を受けたときには、本当に自分
たちの取材、
報道に問題がなかったかということを検証する謙虚な態度が必要ではないかと思います。
そういう検証をするというコンプライアンスの姿勢が十分でないと、これは社会の方から、
放送事業者はけしからぬ、何とかしろというような声が持ち上がってきて、まさに今の
放送法改正の動きというのはそういう観点からの公的介入の強化の動きにほかならないのではないかと思います。
私が日ごろからかかわっております企業不祥事という観点から考えてみますと、ありのままに企業不祥事の実情を
放送として伝えてもらうというのは非常に期待しがたい状況にあります。企業というのは、たくさんの従業員が働き、株主もいるという、生きた、生身の存在です。こういった企業の中で行われることというのは、決して単純なことではありません。複雑で、非常に微妙なものです。こういったことを単純化し、おもしろおかしく
報道しようとすると、必ず事実がねじ曲がります。まさに企業不祥事
報道というのは、
放送事業者としてのコンプライアンスが最も求められる
分野ではないかと思います。
そういった観点から、最近、企業不祥事に関して起きていることを見ますと、私は、子供のいじめとほとんど変わらないような構図が見えるのではないかと思います。確かに、わかりやすく極端化した事実を伝えれば、読者、視聴者の興味を引くことはできます。しかし、果たしてそれがどんな影響を及ぼしているかということです。
一たびバッシングが始まると、専門家も識者も官庁も、すべて同一の方向でバッシングを行うということがしばしば起きています。いじめられる側の企業には逃げ場がありません。子供の世界でのいじめの先導者の心理、ある
番組でそういった
立場の子供が言っていたのを聞いたことがありますけれども、なぜいじめるのか、おもしろいからということだそうです。このいじめの娯楽化と企業不祥事バッシングの構造と、非常に共通したものがあるんじゃないかと思います。
こういったことを前提にして、不二家問題についてちょっと
お話をしてみたいと思います。
不二家をめぐる一連の問題、世の中でどのように受け取られたかというと、この資料にも書いています二点に象徴されます。消費期限切れの牛乳を原料として
使用した、不衛生なものを原料として
使用した、そういう食品メーカーとしてけしからぬことをやった不二家が、それが明らかになってばれたら大変だといって隠ぺいした、このような事実として不二家問題は
報道されたわけです。
しかし、実態は大きく異なります。不二家が原料として使った牛乳は、確かに形式的には一日消費期限切れでした。しかし、客観的には、食品衛生上も品質保持上もほとんど問題はありません。そして、隠ぺいという点についても、雪印の二の舞といって隠ぺいしたということが言われていますが、この言葉は、不二家の社内で書かれた、つくられた文言ではありません。不二家が委託した外部のコンサルタント会社がこのような文言の
報告書を経営幹部が集まる場にぶつけて、殊さらにセンセーショナルにこの問題を取り上げようとした、その文書が事もあろうに外部に流出したという問題です。
このような問題であるにもかかわらず、不二家は大きな誤解を受け、そして激しいマスコミのバッシングにさらされました。その過程では、不二家側の対応の問題もいろいろありました。それによってマスコミの側が誤解をしたということもいろいろありました。しかし、そういった一般的な誤解や無理解の問題を超えて、非常に意図的に不二家の名誉、信用を毀損したんじゃないかと思えた
番組がTBS「朝ズバッ!」でした。
この「朝ズバッ!」がどのように不二家問題を
報道してきたか、五ページの上のスライドに書いております。一月中だけで合計三時間四十分、一日平均十五分にわたって連日連日不二家をたたく
報道をしてきました。その中では、何の根拠があるのかわかりませんが、粉飾決算をしているとか株価が暴落しているというふうなことをみのもんた氏が公言したり、そして問題になった一月二十二日のチョコレートの再利用疑惑
報道、そして一月三十一日には、もうこれは異物というより汚物だねというような、食品メーカーに対して絶対に言ってはならない言葉まで言っています。
こういった一連の不二家
報道の中で起きたのが、一月二十二日から二十三日にかけてのチョコレート再利用疑惑です。詳細はここに書いております。そして、資料として、信頼回復対策
会議の
報告書の別紙としてつけたペーパーを用意しておりますので、こちらの方をごらんください。
要するに、この中で我々が一番注目したのは、不二家に対してTBS側が事実確認してきた
内容がこの六ページの上のスライドに1、2ということで書いています。返品されてきたチョコレートを再び溶かして
使用していたんじゃないか、平塚工場の従業員が証言しているぞ、もう
一つは、カントリーマアムについて、消費期限が切れていたので捨てようとしていたら上司に怒られ、それを再度新しいパッケージに入れて製品としていたというような証言をしているんだけれども、どうかということをTBS側が不二家に確認してきました。それに対して、そういった事実はない、そしてカントリーマアムは平塚工場では製造していないというふうに答えたわけです。
そうしたら、実際の
放送で、2の事実確認の文言とほとんど同じ
内容の、チョコレートに関する証言が放映されたわけです。これを我々は、この類似性から考えて、カントリーマアムという平塚工場でつくってもいないクッキーに関する証言、いわば無価値な証言です、それをチョコレートに関する証言として再利用して流用した疑いがあるということを指摘し、先ほどの
BPOの検証
委員会の審理入りの決定に至ったわけです。
ここで我々が問題にしたいのは、事の真偽ですね。
放送した
内容が正しかったのか、間違っていたのかという点ももちろん重大ですけれども、それ以上に重大だと思っておりますのは、この不二家問題に関するTBS側のコンプライアンスの問題です。
不二家は大変なバッシングを受けて、本当にほとんど反論すらできない状態にあったんですが、この一月二十二日の
放送だけは許せなかったということで、その日のうちに直ちに電話でTBS側に抗議をしております。そして、翌日には書面で
調査と訂正を申し入れています。それに対するTBS側の対応を六ページの下の方に書いておりますが、まともに取り合っていない。逆に、いろいろ言ってくる。恫喝的なことを言って、それならこういうことに答えてみろというようなことを言っていたのが実情です。
そして、三月に至って、信頼回復対策
会議の議長として私が、TBSのコンプライアンス室長の方に、チョコレート再利用疑惑が事実無根だ、コンプライアンス室として
調査をしていただきたいということを要請して、それ以降、ここに書いたような経過のやりとりがありました。
その中で注目していただきたいのは、資料として添付しております電話メモです。これを見ていただければわかります。ほとんど、コンプライアンス室長の対応というのは、
番組内容がうそでないということを取り繕うために、その場その場の弁解を繰り返しているというに等しいものです。
そういった経過を経て、我々は、これはもう事実無根の
報道だというふうにほぼ確信して、三月三十日には信頼回復対策
会議の
報告書の中でこの問題を取り上げたわけです。そして、その前後でのTBS側の対応、これは七ページの下の方に書いております。前に言っていることを平気でひっくり返すということを続けています。
そして、
報告書公表の際の記者会見で私が、余りにそれまでの経過が不誠実で、まさにうそばかり言っているということを、これは公益上重大な問題だと判断してTBS側と不二家との間の
会議のテープを公表したのに対して、それが道義、モラルにもとるというような批判をしてまいりました。それに対して私は、全く道義、モラルに反しないということの理由を詳細に述べて、TBSの井上社長あてに公開質問状をぶつけましたが、現在に至るまで何の回答もありません。
そして、四月十八日には謝罪
放送らしきことがこの「朝ズバッ!」の
放送の中で行われました。三点について、誤解を招きかねない
表現があったというふうに言っております。八ページの上の方です。しかし、この中で、みの氏がミルキーをほおばったり、たくさん不二家のお菓子を並べて思い切り不二家の宣伝をして、その一方で、誤解を招きかねないというふうな話が出ているんですが、一体何をどう誤解したのか、さっぱりわかりません。事実について何も明らかにしないまま、単に不二家の無償広告をしたというのがこの日の
放送ではなかったかと思います。
このようなTBS側の対応のために、不二家は大変な営業上の損害をこうむったことは間違いないと思います。しかし、八ページの下の方に書いておりますが、その後も、謝罪らしき
放送をした、一応それを不二家側が受け入れた格好になったにもかかわらず、TBSの社長は、賞味期限切れのチョコレートを再利用したとの証言者の根幹
部分については信用性が高いと考えているというような発言までしているわけです。これが現在までの経過です。
結局のところ、この問題についてのTBSのコンプライアンスが全く
機能していない、これは極めて憂慮すべき事態ではないかと思います。こういった現状のもとで、これから
放送事業者の自浄能力をどのようにして高めていくのかということが当面の重要な問題ではないかと思います。
放送法の
改正というのは、
放送に対する公的介入として私は決して許されるべきものではないと確信しております。そうであるがゆえに、こういった問題について
放送事業者の自浄能力の発揮が強く求められているのではないかと思います。
以上です。(拍手)