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2006-02-15 第164回国会 参議院 国際問題に関する調査会 第2号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成十八年二月十五日(水曜日)    午後一時開会     ─────────────    委員異動  二月八日     辞任         補欠選任      小川 勝也君     木俣 佳丈君  二月十四日     辞任         補欠選任      木俣 佳丈君     犬塚 直史君     ─────────────   出席者は左のとおり。     会 長         西田 吉宏君     理 事                 岸  信夫君                 山東 昭子君                 西銘順志郎君                 大塚 耕平君                 佐藤 雄平君                 澤  雄二君     委 員                 末松 信介君                 伊達 忠一君                 谷川 秀善君                 中川 雅治君                 二之湯 智君                 水落 敏栄君                 犬塚 直史君                 大石 正光君                 工藤堅太郎君                 郡司  彰君                 富岡由紀夫君                 広野ただし君                 前田 武志君                 浮島とも子君                 大門実紀史君    事務局側        第一特別調査室        長        三田 廣行君    参考人        日本経済新聞論        説委員      伊奈 久喜君        東京大学大学院        法学政治学研究        科教授      藤原 帰一君     ─────────────   本日の会議に付した案件 ○国際問題に関する調査  (「多極化時代における新たな日本外交」のう  ち、日本の対米外交北東アジアをめぐる日米  関係)について)     ─────────────
  2. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) ただいまから国際問題に関する調査会開会いたします。  委員異動について御報告をいたします。  去る八日、小川勝也君が委員辞任をされ、その補欠として木俣佳丈君が選任をされました。  また、昨日、木俣佳丈君が委員辞任をされ、その補欠として犬塚直史君が選任をされました。     ─────────────
  3. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) 国際問題に関する調査議題といたします。  本日は、本調査会調査テーマである「多極化時代における新たな日本外交」のうち、日本の対米外交に関し、北東アジアをめぐる日米関係について参考人から御意見をお伺いをした後、質疑を行います。  本日は、日本経済新聞論説委員伊奈久喜参考人及び東京大学大学院法学政治学研究科教授藤原帰一参考人に御出席をいただいております。  この際、一言ごあいさつを申し上げます。  両参考人におかれましては、御多忙中のところ本調査会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。  本調査会では、日本の対米外交について重点的かつ多角的な調査を進めておりますが、本日は、北東アジアをめぐる日米関係についてお二方から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の調査参考にいたしたいと存じますので、何とぞよろしくお願いを申し上げます。  本日の議事の進め方でございますが、まず伊奈参考人藤原参考人の順でお一人三十分程度で御意見をお述べいただいた後、午後四時ごろまでをめどに質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いいたします。  なお、御発言は着席のままで結構でございます。  それでは、伊奈参考人から御意見をお述べいただきます。伊奈参考人
  4. 伊奈久喜

    参考人伊奈久喜君) 会長、ありがとうございました。お招きいただきまして、ありがとうございました。  まず最初にお断りいたしたいんですけれども、私、これから申し上げることは全く私個人の意見であって、勤務先の組織とは全く関係ないんで、ということをまず最初にお断りした上で話を進めたいと思います。  それからもう一つは、僕は新聞記者ですから、別に私自身が何か高邁な考え方があって皆さんに、東京大学法学部教授ではありませんので、そういうことを教えるような立場ではもちろんないわけでして、こういう考え方もできるんじゃないかとか、というような下世話な話をあえてするのがここにいる藤原先生の前座としての私の機能ではないかということで、まずお話をしたいと思うんですけれども。  下世話な表現で言うと、そのレジュメにちょっと書いてきました、世界政局状態にあるというようなことをちょっと考えてみたわけですね。  この日米関係を考える前提となるような話かと思いますけれども、冷戦構造というのが崩れて、九〇年代の初めに崩れて、派閥の再編みたいなものが行われていると。新しい秩序が、将棋盤がこう揺れて、プレーヤーがどこに自分立ち位置を求めるのかというようなことがこの十五年ぐらいあったのではないかというようなことを考えてみるわけですね。そういうふうに考えてみるときに幾つかのことに目を向けるわけですね。  一つは、アメリカは、かつてはスーパーパワーと言われたけれども、ハイパースーパーパワーになったというようなことを、たしかフランス新聞であったかと思いますけれども、随分、もう五年ぐらい前でしょうか、書きましたね。多分、それも一つ政局状態を規定する一つ要素ではなかろうかとか、もう一つヨーロッパ、EUがユーロ統一通貨ユーロがもう使われているという状況になってヨーロッパのアイデンティティーというようなものが強くなると。強くなると、アメリカに対する一種対抗意識みたいなものも多分これは強くなっているのではないかというようなことも考え得ると。  三つ目に、中国がどんどん成長してきて、それは、経済的にのみならず政治的にも軍事的にも大きな存在になってきて、周辺の国と上海協力機構とかそういう仕組みをつくってみたりするというようなこともその一つ要素ではなかろうかと。  それから、ロシアが最近、もちろん世界一の原油国になってかなり自信を深めてきているのではなかろうかというようなことも指摘されるんでしょうと。    〔会長退席理事山東昭子着席〕  僕は、ここに六つ、五つ並べているわけですけれども、全くアトランダムに申し上げているわけですけれども、五番目に言えばインドの台頭というようなことも皆さんが注目している点でしょうと。  六番目に、ASEANがやっぱり自信を付けてきて、時間があれば最後に申し上げるかもしれませんけれども、東アジア共同体というようなことは、ASEANの、何というのか、自分たちが、この地域を自分たちで管理していきたいと、管理という言葉が適切かどうか分かりませんけれども、そういう気持ちがあるんだろうというふうに考えてみたりするわけです。  そういう政局状態の、将棋盤がゆらゆらゆらゆら揺れているというような中で日本位置というものがどんなような感じなんだろうかというようなことは、恐らくこういう場でも常に議論されていることだろうと思うんですね。  そこにリチャード・ハロランさんという、これは、一九七〇年代にニューヨーク・タイムズの東京特派員なんかをして、今はハワイにいるフリーのジャーナリストですけれども、リチャード・ハロランさんが、あれはイラク戦争の直後ですから二〇〇三年だと思いますけれども、アメリカから見える世界は二と三と四と五だというようなことを言ったり書いたりしたことがあるわけですね。  二というのはアメリカ国境を接するカナダメキシコのことなんですね。三というのは日本とオーストラリアとイギリス。だから、これは島国であって、アメリカから見て信頼のできる同盟国というような、まあハロランさんの意味するところはそういうことのようなんですね。三というのは、それが三ですね、失礼しました。二がカナダメキシコ三が日豪英ですね。    〔理事山東昭子退席会長着席〕  四がスペイン、イタリア、ポーランド、シンガポールと、当時こう言ったんですね。これはイラク戦争に参加してくれた同盟国で、多分、三よりもちょっとグレードの落ちるというような、多分そういうパーセプションだったと思うんです、かと思うんです。まあスペインはその後イラクから、政権が交代してイラクから引きましたから、ハロランさんは今は別のことを言うのかもしれませんけれども、そういうことですね。  五というのは、フランスドイツ、トルコ、ロシア中国と。これはまあ、どういう、何が面白いかというと、フランスドイツ中国ロシアと同じグループにハロランさんから見ると見えるような状況になったというのが二〇〇三年の、あるジャーナリストの物の見方ですけれども、そういうことがあったわけですね。  恐らく、その日米関係というのも、当時の外交当局者がこういうことを意識していたかどうかは知らないけれども、こういうような意識、まあ世界の動きの中で自分たち立ち位置を見付けていこうというようなことがあったんだと思うんですね。  小泉政権は、恐らくは、このハロランさんに日豪英と、こう並べられて、それはそれでいいことだというふうにきっと判断したのではなかろうかと思うわけですけれども、それは、ちょっと繰り返しになりますけれども、そういう言わば政局状態の、その立ち位置の、決めるゲームの中でそういうことに、そういうことを意識的にか無意識的にか知らないけれども、判断した結果であろうというふうに思うわけです。  北東アジアですけれども、北東アジアというと、安全保障上の懸念というようなことを考えますと、すぐに思い浮かぶのが北朝鮮台湾ということになるんだろうと思うんですね。  まあ、私が思うところ、見るところ、北朝鮮というのは、ずっと対話をいろいろしているわけですけれども、対話のための対話になっているような感じもありますけれども、いずれにしてもなかなか事態は動かないというふうなところだと思うんですね。  それはある意味で当然なのかもしれないと思うのは、中国韓国もいろんなことを言いながらも現状維持を望んでいるんじゃなかろうかと。つまり、それは当然であって、戦争とかいうことでこの北の核問題を解決するというような選択肢は中国にも韓国にもないし、多分、日本にもアメリカにもないということからすると、現状ということの幅もあるでしょうけれども、まあ現状維持ということにならざるを得ないのかもしれないということを思うわけですね。  日本は今、対話圧力というようなことを言っているわけですけれども、私、正確じゃないですけれども、かつては、つまり六者会談とか小泉さんの訪朝とかある前は抑止対話、まあ抑止ということが先にあったと思うんですね。したがって、若干その対話仕組みが六者とか日朝対話とか協議とかができてきているわけで、対話にその軸足が移っているということですね。  対話がもちろん機能をすれば一番いいわけで、それが機能してないわけでもないと思うんですね。対話のための対話というようなことでさっきちょっとネガティブに響くことを申し上げましたけれども、少なくとも紙の上では、去年の九月の六者協議のその声明で、北朝鮮はすべての核兵器、核計画を放棄するというようなことを約束しているわけですから、それは紛れもなく前進だというふうにも思うわけですね。  したがって、北東アジアの第一の懸念である北朝鮮については動かない、なかなか動かないと。で、対話のための対話がなされているようであるが、全く進歩してないわけではないと。しかし、この先は、日本政府は多分もうちょっとこの抑止というようなこと、抑止というんですか圧力というんですか、あめとむちのむちの部分を多分見せていくんだろうと、それなしにはなかなか動かないという判断を多分、政府はするんだろうというふうにまあ観察するわけです。  二つ目に、台湾は危機的なのかどうかということなんですけれども、台湾についての考えることは中台関係を考えることでもあるし、もちろん米中関係を考えることでもあるように思うんですね。  米中関係について言えば、今日のたまたま私どもの新聞の、二月十五日の国際面に、アメリカで対中観が揺れているというので、元大統領補佐官スコウクロフト氏と副大統領次席補佐官フリードバーグさんという人が対立する議論をしているわけですね。スコウクロフトさんは、相互依存が深まって争いは回避されると。一方、フリードバーグさんは、脅威への防衛は同盟の強化で対抗するんだと、まあ中国脅威が増しているという立場なわけで、アメリカはとか、あるいは日本がとか、どこかの国をとって一つの、そういうふうに大ざっぱにもちろん言うことはできないわけですから、いろんな見方が、とりわけ中国についてはあるんだろうというふうに思うわけですね。  ですから、そういったことの、何といいますか、一つとして、例えばこういうことを言う、私の同僚のこれは、同僚といいますか、同僚ジャーナリストの発表をちょっとまあ、何というんですか、ちょっとパクるわけですけれども、私は中国専門家ではありませんので、その同僚、その専門家意見を聞いて、言ったことをちょっとそのままお伝えするわけですけれども。  例えば中国でですね、僕もこれは知っている人です、清華大学国際問題研究所閻学通さんという人がおりまして、これはまあ僕も知っている人なんですけれども、かなりリーズナブルな人であるわけですけれども、同僚によりますと、この人が去年の六月に出版した著書の中で、台湾独立派が二〇〇八年に予定されている北京オリンピック開会式に合わせて独立宣言を行う可能性が高い、したがって先制攻撃でその意図をくじく必要があるというようなことをその著書の中で書いていると。そういうことが起きても中国への国際的な投資は落ちないと、そういう自信を持っているというようなことを言っているわけですね。  これは、もちろんそういう、これを否定する意見も多分あるんだろうし、これがどの程度、何といいますか、メーンストリーム意見かというようなことは分かりませんけれども、そんなにこの閻学通さんは何か極端な立場をこれまで取ってきた人ではないんですけれども、中国専門家もいろいろ言うことが変わりますから分かりませんけれども、だから、これはどの程度の重みを持ってこの閻学通さんの言っていることを評価するかということはありますけれども、そういう実態もあるというようなことですね。  もし、だから、もしですけれども、もしそういうふうな台湾海峡で異変が起きるようなことがあれば、米中関係というのはもちろんなかなかうまくはいかないだろうという立場になるわけですね。  それから、じゃ、経済立場に立つと、これはスコウクロフトさんは今日の新聞で、経済相互依存が深まるから争いが回避されるというようなことを言っているんですけれども、争いの、あるいは何といいますか、次元が違う争いが展開されるのかなというふうに思うわけですね。つまり、軍事的な争いじゃなくて、一種経済摩擦日本の八〇年代の日米関係があったようなその経済摩擦が、これは今でもそうですけれども、アメリカ貿易赤字の四分の一は中国との関係によって生じるというようなことですから、八〇年代、九〇年代初めまでの日米関係と似たような経済摩擦一種の感情的なものにつながっていく、何といいますか、可能性なしとしないというようなことがあるんだろうと思うんですね。  今日は日米関係なんですけれども、日米関係を考えるときに中国との関係を考えざるを得ないんでちょっとあえて中国との関係に触れているわけですけれども、少しこの日米関係に話を戻せば、日米経済摩擦について言えば、これは心配はしておいた方がいいのかもしれませんけれども、八〇年代のようなことにはならないだろうと、こう乱暴に言えるのではなかろうかと思うわけですね。  というのは、何しろ中国が四分の一の摩擦要因といいますか、赤字を作っているというその中国という存在が八〇年代はなかったけれども今はあるということが幸か不幸かあるわけですから。  しかし、心配する点がないではないのは、特に自動車産業アメリカ自動車産業が不振で、日本は、日本自動車産業はうけに入っているというところは、自動車という問題が非常にアメリカ人にとってセンシティブな問題であるというような指摘もあって、そこは若干の心配が必要だと、かもしれないと。  もう一つは、やっぱり牛肉の問題だと思うんですね。この問題、これは日本にとってセンシティブな問題なんで私はどう判断していいか分かりませんけれども、一つ言えることは、アメリカ農業団体といいますか、畜産団体というのは自由貿易前提にして仕事をしてきた団体なわけですね。したがって、日本農業団体保護主義と言っては怒られちゃうのかな、的なところが仮にあるとすれば、全くアメリカ農業団体は違うわけですね。自由貿易日本にとっては明らかに利益であるわけで、その自由貿易主義者アメリカ、ワシントンにおける自由貿易主義者を敵にしてしまうようなことがこの牛肉の問題において起こると、それはそれなりにまずいことになるというようなことが言えるんじゃないかと思うわけですね。  日米関係一つ部分としてと言うと語弊がありますけれども、アメリカ日本中国をどう評価するかというようなことが日米関係の中でも大きな議題であるわけですね。去年の十一月の京都での日米首脳会談でも日中関係が非常に大きく議論されたわけです。  日中関係は、ここにいらっしゃる委員皆様方それぞれにいろんな意見がもちろんおありだと思うんですけれども、私はちょっといろんな方に聞いてみている質問があるんですね。特に、外国から来ている外国人の方にいろいろ聞いているんだけれども、答えが見付からないという質問があるんで、ここであえてそこを、同じ質問をしたいと思うんですけれども。  今の日中関係というのは、私の見るところ四つ条件の下にあると。四つ条件というのは、近隣国であり、ともに大国であり、さっきスコウクロフトさんが言っている話じゃないですけれども、経済的な相互依存が深くて、かつ共通の敵を持たないと、この四つ条件の下で政治的に良好な関係を持った二国間というのがあるんだろうかということを聞くんですね。そうすると、いろんな人がいろんな答えをしてくれるんですね。  例えば、それはアメリカイギリスとの関係がそうじゃないかと言うんだけれども、アメリカイギリスは大西洋を隔てているんでまあ近隣とは言えないでしょうと。ドイツフランス関係がそうじゃないかと言う人がいるんですけれども、ドイツフランスは、和解したのは多分これはソ連という共通の敵があったころの話であって、今のドイツフランスはそうかもしれないけれども、和解のきっかけはやっぱり共通の敵ということなんじゃないのかとか、中国ロシアが今そうなのじゃないかと言う人もいるんですけれども、中国ロシアはそもそも、そう答えた人が自問したのは、ああ、ロシアパワーかなとか言うわけですね。あるいは、逆の言い方をすれば、中国ロシアはひょっとするとやっぱり共通の敵を今でも持っているのかもしれないと。それが何であるかはまあ言うまでもないことですけれども。  そういうことで、なかなか、何といいますか、すとんと落ちる説明をいまだに聞いたことがないんで、これはちょっと皆さん先生方にちょっと聞いてみたい点ではあるんですけれども。  私が強いて考えると、アメリカカナダ関係というのがまあそれに近いのかなと、こう思うわけですね。で、よく言われるように、世界、地球上で最も長い陸上の国境を持っているのがアメリカカナダ関係で、そこに、まあ象徴的に言えば、恐らくお互い意識して一兵も、一人の兵士も配置していないという関係ですから、そういう意味では結構理想的な関係というふうに見えなくもないと。ただ、カナダ知識人、例えばトロントとか、トロント大学とかいうところへ行って話を聞けば、物すごくアメリカに対する嫌米と言っていいような、特に知識人の間にはそういう感情があるということで、結局、日本は、あるいは中国アメリカにとってのカナダには多分なりたくないんだろうというふうに思うと、なかなかこの日中関係というのは難しい関係が続くわけですね。  そこのレジュメに、ちょっと何かきざったらしい、ヘーゲル論理学なんということを書いたんですけれども、要するにこれは、私は別に論理学を非常にそんな勉強したわけではないんで、うろ覚えの話を前提にこういうところでするのは大変けしからぬのですけれども、うろ覚えの話を前提にすれば、ヘーゲルはたしか偶然は必然であり、必然は偶然であると言ったんですね。  こういうことを言うと多分に詭弁めくわけですけれども、コップが例えばコンクリの床に仮に落ちるとすれば壊れるわけですね。で、それは、僕がそれを仮に間違って落としてコンクリの床に落ちて壊れれば、これは偶然このコップは壊れるわけですけれども、コップはガラスであるからいずれ壊れると、そういう意味では必然だということなんですね。ただ、たまたまその下が、ここはコンクリじゃないですから壊れないんですけれども、これがコンクリだというのはそれは偶然なわけですね。ですから、必然もこの偶然を前提にしているという意味では、必然は偶然であり、偶然は必然だと、こういう理屈なんですけれども。  日中関係でいえば、小泉総理が靖国神社へ行くというようなことが、この今日の日中関係の大きな支配する要素になっているように見えるわけですね。で、それは、小泉さんが行くというのは、そういう総理が現れたというのはあるいは偶然かもしれないと。しかし、今日の日中関係というのは、あるいはさっき申し上げたような四つの要件があるとすれば必然かもしれないとも思うし、そもそも日中が隣であることが偶然なんだということも言えるかもしれないということで、なかなか、私はこの問題について判断を下したいと思わないんですけれども、一刀両断にこうすればいいというふうなことというのは多分ないんだろうというふうに思うわけですね。  で、日米関係の観点で、恐らく、短期的に言えばアメリカ政府は、我々がこう聞いているのは、日中関係はやっぱり今のような状況というのは好ましくはないと思っているのはまあそういうことであろうと思うんですけれども、まあそれは長期的にどう思っているかというのはまた別の問題かもしれないと。  日本立場からすると、靖国問題も、ここにちょっと囚人ジレンマということを書きましたけれども、囚人ジレンマというのは、二人の人がお互いに共犯で罪を犯して、それで別々に調べられて、お互い相手を信頼して黙秘を貫けば軽い刑で済むと。で、片っ方がしゃべって片っ方がしゃべらないと、しゃべっちゃった方は軽い刑で済むけれども、しゃべらない方は重い刑になると。両方相手を信頼しなくてしゃべっちゃうとそれなり両方とも重い刑になると。つまり、相手を信頼しないことが、最善でもないけど最悪でもないということになるというのがどうも、どうもといいますか、昔これも習った囚人ジレンマなんですけれども。  日中関係も、靖国問題は、私はあるところでこう書いたことがあるんですけれども、靖国問題はとげだからこれは抜いた方がいいというのがある一つ議論。もう一つ議論は、これは防波堤なんだと、これを譲っちゃうとどんどんどんどん大きな波が後から来るという、そういう二つ議論の対立でなかなか解けないというようなところがあって、これは日米関係にもまあそれなりに大きな議論要素になっているわけですけれども。  ただ、それがどの程度大きな要素かというのはちょっと僕もよく分からないんですね。つまり、少なくともこの時点で、例えばアメリカから見て、靖国には行かないがイラクにも自衛隊を派遣しないというような政権よりは、靖国に行くけれどもイラクに派遣した政権の方が多分それは好ましい政権であるというふうに映るだろうというふうなことは想像に難くないわけですね。  で、あとまあ五分ぐらいですか、というふうなことで、その東アジアサミットというところはちょっと簡単に申し上げれば、東アジア共同体というのも、これは日米関係アメリカ最初はこんなものは嫌だと言っているわけですけれども、今でもアーミテージさんなどは嫌だと言っているわけですけれども、私も若干のこの構想に対するリザベーションみたいなものを持っているわけですね。なぜ東アジア経済共同体と言わないんだろうかと、経済ということであればむしろあるいは言う必要がないのかもしれないと、それはそういう経済的な統合がもう現実であるから言う必要がないのかもしれないと、そういうふうに自分自分に自問をし、自分自分答えを出してみたりするわけですけれども。  ただ、東アジア共同体というと、例えばEUみたいなものをすぐナイーブに連想してしまうと、それは間違いだということはすぐそういう答えが出てくるわけですけれども、EUであっても、例えばトルコの加盟には物すごく嫌がっているという空気があると。で、そこにあるのはやはり宗教的な問題が絡んでいるのではないかというようなことが言われると。  で、じゃ、東アジアを翻ってみて、日本があり、あるいはまあ、共産主義とは言わないけれども共産党支配の中国があり、軍政のミャンマーがあり、世界最大のイスラム教国のインドネシアがあり、キリスト教のフィリピンがあるというようなことで、これを共同体にするという作業は何かまあほとんど無理なんじゃないかと思ってみたりもするわけですね。で、いろんな外交的なレトリックとしてそれは意味があるというような議論はもちろんあるんでしょうけれども、経済に限るというようなことが東アジア共同体の、皆さんいろいろ推進する側も暗黙のうちにそういうことを考えているのかなと思うわけで、そうであれば、それは日米関係上もそんなに問題にはならぬのかなと思ってみたりもします。  最後に、別に結論ではないんですけれども、私が新聞記者になりたてのころ、福田政権というものを担当したんですね。福田総理が当時、全方位外交ということをおっしゃったわけですね。全方位は等距離ではないんですということを福田さんはおっしゃったわけですけれども、恐らく、さっきの例えで言えば、状況が固定した冷戦時代の中で、日米というものを確固たる、そこから逃れられないような基軸としてあって、そこでソ連や中国とも話をしたいというのが福田さんの言う全方位外交であったのかなと思うわけですね。現に、福田さんの時代に日中平和友好条約というのができたわけですけれども、これには反覇権条項というのが、緩めてはいるけれども入っていたというふうに理解していますけれども、これは、その当時のアメリカの対ソ観ともそれは一致していたんだろうというふうに思うわけですね。  今、その政局状態の中で日本立ち位置をどういうふうに定めていくかというのがなかなか単純ではないと。単に日本は自立すればいいというような議論は、もちろん議論としては格好いいんですけれども、なかなか難しい、そう単純なものではないんじゃなかろうかというふうに考えているわけです。  三十三分までということだったんで、ちょうどこのぐらいで持ち時間ということですので、つたない話を終わらせていただきます。  御清聴ありがとうございました。
  5. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) ありがとうございました。  次に、藤原参考人から御意見をお述べいただきます。藤原参考人
  6. 藤原帰一

    参考人藤原帰一君) 会長、ありがとうございます。また、本日、国際問題調査会に御招待いただきましたことを深く感謝いたします。  この感謝は、いろんな意味がありますけれども、何よりも憲法問題でお招きいただかなかったということについて心から感謝しております。これまで御依頼いただいたのはすべて憲法でした。これは、じゃ、おまえは憲法に反対なのかいとか賛成なのかいということになりますが、そもそも国際政治の学者に憲法について聞くということ自体が言わば戦後の国際問題についての議論の不幸を表しているというふうに私は考えます。これは観念論になってしまうからです。  そうだ、憲法を改正すべきだと今お考えになった方、それも間違いなんですね。問題はそこにあるわけではない。そこでは外交政策の具体的な選択を原則の選択の問題に置き換えて、原則の適用として外交政策を考えてしまうという大変な誤りが生まれてしまいます。私は、国際関係における力関係、権力関係を考えなければ国際政治の分析はできないと固く信じています。軍事力の均衡、抑止を抜きに国際関係議論することには全く意味がありません。同時に、権力関係から考えることは、この力の行使を過大評価するということにも全くならないんですね。むしろ、力を考えるということは、力を過信しないこと、そして賢明な政策がどこにあるのかを考えることが重点となるはずであります。ところが、力を排除する考え方の対極に、今度は力の役割を過信する考え方が生まれてしまう、これは別の意味で原則論になります。  そこで、そのような憲法論と結び付いた、非常に厳しい言い方を申し上げれば、原則論的な国際政治の分析をあえて横に置いて、外交政策の選択についてしばらく申し上げてみたいというふうに考えるわけであります。  どういう選択、どういう課題があるのか。いろんな課題があるわけですけれども、大きな課題として二点あります。  一つは、順番を逆にしていますが、対米外交とアジア外交をどう結び付けるかという問題です。これは、私は、第二次世界大戦後の日本に課せられた外交上の課題で、逃れることのできないものであると考えています。  既に、一九四六年、戦争が終わって一年足らずのときに、外務省を中心につくられた戦後問題研究会という研究会で非常に適切な指摘が行われている。安全保障では日米関係が重要だ、日本の安全をアメリカとの関係を抜きにして考えることができない。同時に、経済を考えるときには、アメリカだけが市場では日本経済はもたない。とすれば、アジア地域、彼らの言葉では東亜諸地域と書かれておりますが、アジア地域との外交関係をどう組み立てるかということも大きな問題である。ところが、この地域は、内政の不安定、さらに大国に対する猜疑心というものを抱えていて、外交関係を組み立てるのが大変難しい存在である。で、この日米関係と、それからアジア外交をどう結び付けて組み立てていくのかが、これが日本外交に課せられた大きな課題であると考えます。  先ほど伊奈参考人から福田政権の外交についてお話がありました。そこで全方位平和外交という言葉が語られます。まあ、ややというよりはかなり八方美人な、中身のない言葉のように聞こえますけれども、この福田ドクトリンの実体は日米外交とアジア外交を両方とも推進するということであってですね、実際、福田政権はこれをかなり達成していくわけであります。これが大きな課題の一つ。  もう一つの課題は、核を保有しない国家が安全保障においてどのような選択肢を持つかということであります。もちろんここで、核を全部世界からなくせばいいのだとお考えの方もいらっしゃるでしょうし、また、いや、日本も核を持てばよいのだとお考えになる方もいらっしゃるでしょう。問題はそこにあるわけではない。問題は、核を持たない国家、そしてアメリカの核抑止力に頼っているときにどういう問題が生まれて、それにどう答えるべきかという政策課題の問題です。これは後でというか、すぐ申し上げます。  で、核の傘という言葉を使いました。これは学者の言葉で拡大抑止という言葉を使っているものであります。つまり、核を持たない第三国をめぐる抑止戦略、これが拡大抑止です。  多少、学者の議論で恐縮でございますが、抑止が最も安定するのは核保有国の間の抑止です。核保有国がお互いに攻め込んだら反撃するぞと脅し合うときに、犠牲となるのは自分の国です。自分の国が核兵器でやられたらたまらないから手を出しませんよと、これが核保有国の間の抑止、我々が言う二国間抑止に当たるものでございます。しかしながら、核を持たない国についての抑止はそういうことにならない。というのは、ほかの国のために核兵器で守ってあげるということが意味があるのかという問題が常に生まれてくるからです。  これはかつて何回も起こった問題でして、例えば一九六二年のキューバ・ミサイル危機。このときに、ソ連がキューバにミサイル基地を造るわけでありますけれども、重要なのは、キューバのカストロ政権がミサイル基地を切望したということですね。何分にもフロリダのすぐそこです。核兵器がなかったら自分の国を守れない、だからソ連の核兵器で守っておくれ、これがミサイル基地の設置であった。しかし、その結果、キューバ・ミサイル危機が起こってしまう。アメリカは結果的にソ連に対して海上封鎖を行って、そしてソ連は屈服します。ミサイル基地は撤去する。で、カストロは、もう泣き叫ぶような反応を示すわけですけれども、見捨てられるわけですね。つまり、米ソ関係の安定のためにはキューバにてこ入れをすることは損だという判断をソ連政府は取ったわけであります。  で、この問題は常に付きまとう。つまり、第三国を守るために何でうちが核兵器で相手を脅さなくちゃいけないのかという問題が拡大抑止には付きまといます。ということは、相手からすれば付け入るすきがあるということです。アメリカは本当に中国本土を攻め込むとは限らない、また中国は本当にアメリカ本土を攻め込むとは限らない。しかしながら、じゃ日本のことを本当にアメリカは守るだろうか、あるいは台湾のことをアメリカは守るだろうか。すきがありますね。このすきが戦略的な不安定を残してしまうわけです。  非常に短く申し上げましたが、核の傘が無意味だと申し上げたのではない、核の傘は成立するときはあるんです。しかし、この拡大抑止という状況は常に不安定を抱えた抑止であるということだけここで確認しておけばいい。  さらに、同盟を考えるときに、大国と結んだ同盟二つの反応があるということを念頭に置いておくべきでしょう。一つは、巻き込まれる恐怖ですね。これはかつての日本では広く唱えられた考え方で、現在ではむしろ韓国で広く見られる考え方になりますが、大国と軍事同盟を結んでいると大国の判断によって戦争に巻き込まれるんじゃないかという恐怖であります。二つ目の恐怖が、正反対になりますが、置き去りの恐怖です。つまり、見捨てられるんじゃないか、結局うちのことは守ってくれないんじゃないかという恐怖で、かつての韓国はむしろこっちが高かったわけですけれども、現在の日本ではこちらの方が高まったということになるんでしょう。  そして、細かい議論を省かざるを得ないのですが、冷戦が終結することでアメリカが相対的に優位となることは同盟国協力を求める必要がそれだけ減ったということです。その分だけ置き去りの恐怖が高まる。高まるということは、日米関係の緊密化、アメリカとの防衛協力の強化への要請がそれまで以上に高まる、そうしなかったら置き去りにされますからね。この置き去りの恐怖に傾くことが二国間関係へと安保優位の戦略につながってくることは、これは十分に考えられることであります。  さて、これに関連して申し上げなければいけない点ですが、先ほど拡大抑止が不安定だと申し上げた。じゃ、どうしたらいいのか。核を持てばいいじゃないかとお考えの方がいらっしゃるかもしれない。私は、これは決して賢明な考え方だと思いません。核の傘を日本が使ってきたというやり方は、結局、軽武装で日本の安全を保つという選択だった。まあ吉田ドクトリンなどと呼ばれますけれども、軍事支出をアメリカに大きく頼りながら軽武装で日本の安全を保つやり方で、アメリカから見れば、これはアメリカの影響力の外では日本が単独で行動できないという非常に有利な条件アメリカに提供するものでした。  ここで日本が単独核武装に踏み切るということは、何よりも日米関係をめちゃくちゃにしてしまいます。核の傘の言わばあるじの側からすれば、単独の核保有をその国が目指すということは、自分の陣営に対して相対的な自立性を高めるということになる、大変な不安定をつくってしまうんですね。しかも、新たな核保有国の登場は抑止が最も不安定な時期です。最終的には抑止が成立するかもしれない。しかし、それまでの間に非常な不安定を抱えることを覚悟しなければいけない。  としますと、拡大抑止、核の傘という戦略を我々が続けるとして、次の段階がある。それは、単独の核保有で補うのではなく、むしろ地域の外交によってこの不安定を補っていくという選択です。つまり、抑止前提としつつ、抑止だけでは安定が保たれるわけではないという考え方がここから生まれることになります。  一般論を続けましたので、ここから少し具体的な状況のお話に移ってまいりたいと思います。  第一に、北朝鮮の危機ですね。  北朝鮮と国際関係を考えるときには様々な問題を念頭に置かなければいけない。そもそも分断国家であるということ、これ自体が非常な不安定をもたらすことになります。つまり、分断状態の克服をねらいたい。分断状態の克服とは、もちろん相互の合意による合併ではなくて、相手に対する侵略というオプションを含むことは言うまでもありません。  これに加えて、ただの分断国家ではなく、北朝鮮は破綻国家という問題を抱えています。これは、単に強権的な支配であるという問題だけではなくて、統治能力が大幅に後退してしまった、経済体制を支えることができない、非常に現状が不安定な国家形態になっているという問題が二つ目の問題です。  更に申し上げれば、地球上に残された数少ない全体主義国家の一つであって、体制として我々が合意できるような政策を取る国ではないという問題です。  そして、もう一つ付け加えれば、好戦行動、これも学者の言葉ですが、リスクを恐れずに戦争を展開する行動、これを好戦行動と申します。この行動を取る国が世界に多いわけではありませんが、まあ北朝鮮はスターリンとそれから毛沢東に泣き付いて韓国を侵略したという過去を持っています。また、現在よりはむしろ七〇年代の前半に集中しておりますが、極めて攻撃的な軍事戦略を取った時代を持っております。その意味で好戦行動の可能性が残る国家であるという問題がございます。  これに加えて、我々は、言うまでもないことですが、特に七〇年代に集中した好戦行動と結び付いたことですけれども、日本国民が拉致をされた。拉致被害者の問題というものは特に日本にとって重いものですけれども、日本ばかりではなくて韓国にとっても重いものということになります。  そして、現在の危機を考えるときにどういう問題があるか。これもただ羅列をしますが、これは北朝鮮の核保有という問題だけではなくて、核拡散の危機を招いてしまう。つまり、新たな核保有国が生まれたときには、核の傘は常に不安定ですから、自分で核を持とうという判断が、誘惑がほかの国に生まれてしまいます。  日本国内で日本の核武装という議論はまだ強くありませんけれども、韓国では、日本は核武装するだろうと考えている国は実に数多い。そして、逆に見れば、日本国内では韓国の核武装という議論は余り聞こえませんけれども、まあ韓国では、どちらですかね、日本の核武装という声は日本で余り聞かれませんけれども、韓国では高い、韓国の単独核武装という声は韓国で余り聞かれませんけれども、日本ではもちろんたくさん聞こえる。そして、相手が単独で核武装する前に自分が持った方がいいという判断が生まれるわけですね。つまり、核拡散は抑止に持っていくことはできるんですけれども、非常な不安定な時代であるということを念頭に置いていかなければいけない。  今、北朝鮮について我々が抱えているのは、金正日政権の長期化という問題だけではなくて、核保有の既成事実化であります。六者協議が継続するということは、これは時間稼ぎのためにやったのか、結果としてそうなったのかは別の問題ですけれども、結果的には北朝鮮の核保有が既成事実になってしまうという問題を抱えることになります。  ただ、ここで政策目標をどう設定するかという別の課題が出てきます。なるほど、これほど交渉の相手方として信頼できる相手ではない、しかも好戦行動の可能性があるということになれば、相手の攻撃性に見合うように我々の政策をエスカレートして考えることがどうしても生まれてしまいます。無理もないことであります。しかし、ここで考えなければいけないのは、我々が政権打倒を目的として設定するのか、それとも抑止と均衡を前提として問題を設定するのかということであります。  北朝鮮の体制が望ましいものであると私は全く考えません。これが内部から崩壊することは、外国にとっても、また北朝鮮に住んでいる人々にとっても極めて良いことだと私は確信しております。そう申し上げた上で、相手政権を打倒する戦争は常に大変なコストが掛かるということは覚悟しなければいけない。そして、もし相手政権を打倒するという戦争が無理だという前提に立つのであれば、我々は望むとあるいは望まないとにかかわらず、抑止と均衡という戦略に逆戻りすることになります。つまり、北朝鮮の体制を武力によって打倒するのではなくて、この体制が新たな攻撃的な行動を取ることができないように軍事的に抑止するという選択です。  これを言うといかにもどぎつく聞こえるんですけれども、実は第二次世界大戦後、朝鮮戦争の後は、北朝鮮は終始一貫核兵器によって抑止されてきた国家であります。抑止のコミットメントがどれだけ強いかは別にして、言うまでもないことですが、米軍の核抑止力によって北朝鮮抑止されてきた。この現実をまず踏まえる必要があるでしょう。抑止は何も今始まったことではない、クリントン政権でもそうです。  その次の問題、ここで交渉をするか制裁をするか。さあここで交渉と制裁を、言わば友好関係に期待するこの愚かな選択とそれから勇ましい制裁というふうに区別して考えるのは大変な誤りです。というのは、我々が北朝鮮と交渉するときには、抑止という脅し抜きにすることは考えられないからであります。軍事的な抑止前提となって、しかしそのことが相手と交渉する機会を自分たちから取り上げることはしない。これが抑止と交渉の組合せであります。つまり、北朝鮮と交渉するということは、あくまで力が背景となった交渉であるということを確認しておく必要があります。  また、制裁については、制裁がこれが適切かどうかということは、相手に対する行動をどのように引き起こすことができるのかということから考えなければいけない。で、制裁に最も有益な、その主体の最も有益な制裁を進めることが重要です。と申しますのは、経済制裁は、これは世論との関係では聞こえのいい選択、軍事行動ではないですからね。しかしながら、軍事行動が必要なときには、経済制裁ではなくて軍事行動を取らなければいけないんです。そして、軍事行動を取らないから世論向けに間に合わせをするような政策としての効果が不十分な経済制裁は、逆に状況の膠着化を招いてしまいます。そのためにも、実効性のある制裁を考えなければこれは紛争の長期化しか招くことにはならない。  更に申し上げますが、北朝鮮問題を打開するためには、これも不愉快にお考えになる方がいらっしゃいますが、地域各国の一致した協力がなければ不可能です。二つの理由があります。第一は、アメリカにとって北朝鮮問題が地域問題にすぎないということであります。日本にとっては地域問題ではない、直接の軍事的な脅威です。しかし、北朝鮮が直接アメリカに攻め込むという可能性は無視するほど足るものにすぎない、ミサイルそのものは届きませんからね。こうなってくると、アメリカにとっての北朝鮮問題の優先順位は低い。そして、アメリカ外交の伝統でもあるんですが、優先順位の低い問題は多国間協議に投げるという方法を取ってきました。現在の北朝鮮問題の六者協議も正にその典型であります。  こうなってくると、アメリカが単独で元気のいい行動を取るということを考えるのは、いい悪いを別にして希望的な観測にすぎない。とすれば、北朝鮮問題を打開するためには、この問題に関与する地域各国の協力が不可欠です。しかし、これが難しいわけですね。  というのは、中国、それにロシア韓国、そして日本アメリカと、各国の立場に大きな違いがあるからでございます。ここで、中国韓国を巻き込んだ北朝鮮へのアプローチに限界がある、これはもう日米でいこうとお考えになる方いらっしゃるかもしれません。これは結果的には問題の長期化と膠着しか招かないということを、これは論証抜きでここだけ申し上げておきます。結果的には、中国韓国をいかに我々と判断が違っていても巻き込むことなしには、北朝鮮状況は打開できないということを覚悟しなければいけません。  更に申し上げますが、そこまでしても北朝鮮が妥協に応じない可能性がございます。  外交で我々がよく間違えてしまうのは、北風に偏ることと太陽に偏ることです。相手に対し友好的な姿勢を示せば相手が妥協するだろう、これは希望的な観測です。相手を圧迫すれば妥協するだろう、これも間違いなんですね。決定する力や判断力を失った政府に対しては、圧力を加えても妥協をしても反応が出てこないことがあるんです。  レーガン政権の中ごろ、アメリカはソ連に対して十分な圧力を加えた後、外交アプローチをしています。レーガン大統領は決して愚かな人ではありません。しかしながら、何の反応も返ってこなかった。というのは、ブレジネフが死んだ後のソ連の指導部は大変な混乱状態にあり、政策の新たなイニシアチブを取ることは全くできなかったからですね。  というわけで、圧力を加えようと、あるいは妥協的になろうと、北朝鮮からシグナルが返ってこない、この紛争が長期化するということは我々はあるいは覚悟しなければいけないのかもしれません。  北朝鮮についてはこれぐらいにしましょう。  中国問題です。  現在の日本外交の課題で恐らく最大のものが中国問題であります。それは、北朝鮮と比較して軍事的に比較にならない規模の軍事大国であるということが第一。そして第二には、現在の中国の中で路線対立、非常に厳しい政治闘争が行われており、この中国がどういう方向に向かうのか、我々にも分からないし、恐らく中国の当事者にもよく分からないという状態が続いている。非常な不安定です。この不安定自体が我々から見れば懸念の材料でございます。  一方では、軍事大国。  ここで、中国が着々とその戦略を進めるために軍事力の増強を図り、世界に影響力を拡大してきたとお考えの方に反論申し上げたいと思います。私はそう考えたことありません。中国はむしろ異常なほどの被害意識自分たちが封じ込められるという意識、厳しい言い方をすれば妄想を抱えてきた国家であって、軍事的な合理性というよりも非現実的な判断に基づいた軍事力の増強を続けてきた国家だというふうに私は考えています。そして、これは中国政府の全部ではなくて、むしろ、現在、経済自由化の路線の中でともすれば置き去りにされかねない立場に置かれている人民解放軍の立場であります。  中国から伝わってくるメッセージを見るときに我々は注意しなくちゃいけません。だれからどのように行われたのかということです。正に伊奈参考人がおっしゃったとおり、台湾問題についてはかなり穏健とされる軍事専門家でさえ目をむくような攻撃的な発言をされます。一方では、今は切った張ったの時代ではない、むしろ中国経済台頭を目指すべきだという議論を立てる方もいらっしゃる。これが敵の目を欺くための戦略だという解釈から、逆に本気だという解釈まであるんですが、実は二つとも中国の現実だという解釈が一番適切だろうと思います。  人民解放軍は、高いおもちゃのような最新兵器は最近もらってはいますけれども、しかし兵力の規模は一貫して削減を続けてきました。人を雇い過ぎちゃったわけですね。この人民解放軍は敵の脅威を過大に伝えることによってしか自分存在を確保することができない立場に置かれています。現在の中国指導部の一番の問題は軍改革に手を着けていないことです。また、手を着ける方向は残念ながら見えていません。そうして、実際、中国が軍事大国に向かっているというのは皆様御指摘のとおりです。  しかし、他方では、中国経済大国に向かっており、ここに実は我々が、日本外交が大きな、どう申し上げたらいいんでしょうか、後退をしてしまった場面があります。  中国経済外交に目を向けるのは当たり前のこと。というのは、非常に大きな輸出大国となり、貿易紛争を抱えているからです。こうなってくるとアメリカを抑え込まなくちゃいけない。しかし、アメリカを抑え込むときに核兵器で抑えたってこの問題解決出てきません。この問題は、アメリカを多国間の貿易協議の中で言わば飼いならしていくという方向しかない。というわけで、中国は大国主義ですから、日本とか東南アジアは相手にしたこともなかった国だったわけですが、東南アジア外交を重視するという立場に急転回いたしました。  また、インドとの関係についても、あくまで軍事的な脅威としてインドをとらえていた中国、しかも小さな脅威ですね。それが、インドも重要なパートナーという位置付けに変わって、そしてインドとの国境問題についても大胆なイニシアチブ、中国に有利なイニシアチブですが、を提供し始めた。中国経済大国という期待、将来を持っているために、アジア各国は中国を実際に向きました。  我々が目を向けなくちゃいけないのは、軍事的に中国に対して劣勢に立っているという議論以前に、軍事的には日本日本の領土に関する限りは制空権を握っているんです。問題は、経済外交において中国から圧倒的に後を取ってしまったということですね。  宮澤首相がかつて言った、ASEAN日本の選挙区であるという状況は現在の日本ではもはや見ることができません。ASEAN加盟国は、我々が国連安保理の常任理事国になろうというときに全く署名国に加わってくださらなかった。確かに中国のことも彼らは怖い。だから、中国が議長国になろうとするときに東アジア共同体では中国をすっぽかしました。しかし、これは日本の勝利ではないんですね、まだ。経済外交において日本が後手を取っているということは確認する必要があるでしょう。  さて、我々にとって望ましい中国とはどういうものだろうか。  経済大国としての中国は確かに非常に大きな競争相手には違いありません。しかし同時に、嫌われるのを承知で申し上げれば、我々は中国という市場も必要ですし、また中国に対する投資も必要です。中国との貿易がなくなることが新日本製鉄にどのような影響を与えるかとお考えになればすぐお分かりになるでしょう。ここでは経済交流における、取引における条件闘争が必要なのであって、必要なのは戦争ではありません。しかし、もちろん軍事問題が一方にある。  さあ、ここで中国の解釈なんですね。  中国は、領土問題も含め軍事的な手段を使って勢力圏を拡大しようとしているのか。私はそう考えません。むしろ、侵略されるという可能性を過大に異常に喧伝することによって軍事戦略をエスカレートさせているというのが実情だろうと思います。ということは、台湾問題を除いた領土紛争について中国の非常に大規模な軍事攻勢を今恐れなければいけないという状態ではないと私は考えます。  台湾は違います。というのは、台湾については現状維持とはいっても、現状についての中国の了解と我々の了解が全く違うからですね。しかしながら、中国側にはジレンマがある。というのは、台湾が独立できるときがあるとすれば、中国が攻め込んだときだからです。中国が攻め込むことによって、原則上の一つ中国、事実上の二つ中国という状態が、日本アメリカも公式に台湾を支援するという状態になってしまうかもしれない。ですから、軍事的に手出しをすることが非常に難しいという状況であります。ということは、中国は軍事的に大きな脅威ですけれども、しかし外交というオプションがなくなった相手ではないということであります。  私は、中国の指導部の対日関係あるいは対日認識に何の幻想も持っていないつもりです。しかしながら、中国指導部が大規模な侵略戦争を現在準備しているという前提から中国政策をとらえることは正確ではないと考えます。  問題は、中国のパラノイアのような、彼らが防御だと考えている過剰な軍事戦略の根拠を我々は壊すこと、この一点です。となれば、ここでも抑止と外交の組合せという問題が前提になってくるだろう。  ただ、ここでの問題は、中国に対するアメリカの核抑止力は本当に意味があるのかという別の問題があります。というのは、米中間に関する限り、アメリカ中国を直接の軍事的な脅威としては現在とらえていないという実情があるからです。  これが怖いところなんですが、だからこそ、中国に対しては単独で我々が軍事力の増強に踏み切った方がいいという議論が出てくる可能性があります。悪い冗談だと思います。というのは、今我々が増やすということが実際に中国を封じ込める効果を持つとすれば、それは誤りであって、中国を封じ込めることができる兵力は依然としてアメリカ以外にないんですね。日本の兵力の増強が封じ込め効果を持つというのは大変な希望的な観測であります。  このように、大分どぎつい形容も含めて状況の分析を進めてまいりました。  ここで力関係をベースに状況分析、北朝鮮中国についての分析を進めてきたことは改めて繰り返すまでもないというふうに考えます。しかしながら、このことは、我々が言わば強気の政策を取ったり、中国について我々が相手の直接の侵略を想定した選択に傾くべきだということでは全くない。むしろそうではない。ここでは抑止という状態、つまり相手の攻撃的な行動を抑え込むという核抑止という状況を維持しながら、同時にそれが我々の手から離れてしまったような危機に拡大することを防止しなければいけないということであります。  時間もなくなりましたので、ここで申し上げることはもう今申し上げたとおりですけれども、安全保障だけを考えれば我々はアメリカに頼らなければいけない。そして、置き去りの恐怖がありますから、対米関係の強化が必要になる。二国間の外交に偏ります。  しかし、二国間外交を強めることがアジア外交で有利な結果を生むと考えれば、これ私、誤りだというふうに指摘せざるを得ない。安全保障における二国間協力の強化と並んでアジア諸国との間の外交を広げていくことが必要だろう。これは北朝鮮においても中国においても必要ですが、特に東南アジアという日本に対する友好感の強い国との関係を再構築していく必要もあるだろう。  ここで、例えばインドと手を組んで中国を抑え込むことができるだろうなどという考え方は、一見すれば戦略論ですが、実際の現実から外れた議論であるというふうに決め付けて、私のお話を終えることにしたいと思います。  御清聴ありがとうございました。
  7. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) ありがとうございました。  これより質疑を行います。  まず、大会派順に各会派一人一巡するよう指名をいたしたいと存じますので、よろしくお願いをいたします。  できるだけ多くの委員の方々が質疑が行うことができますよう、委員の一回の発言時間は五分程度でお願いをいたします。  また、質疑及び答弁とも御発言は着席のままで結構でございます。  西銘順志郎君。
  8. 西銘順志郎

    西銘順志郎君 自由民主党の西銘順志郎でございます。  両参考人には大変貴重な御意見を拝聴させていただきまして、心から感謝を申し上げたいというふうに思います。  藤原参考人、資料をいただきまして、先生のこの資料の中に沖縄の平和の礎が入っております。私は沖縄県の出身ですから少しばかり触れさせていただきたいんですが、沖縄の平和の礎というのは、去った太平洋戦争で亡くなった沖縄県民あるいは日本兵、米兵、あるいはその他の国々の、韓国の方々、あるいは北朝鮮の方々を刻銘して奉っているというか追悼している慰霊の碑でございまして、先生がそういう観点からこの平和の礎について大変評価をしていただいているというような私は感想を持っておりますが、その点について先生の御意見をひとつお聞かせをいただきたいと、この平和の礎についてどういうような思いを持っておられるのかをお聞かせいただきたいと思います。  それから、これは御両人にお聞きをしたいんですが、太平洋戦争に絡んでの話になっていくかもしれませんがお許しをいただきたいというふうに思います。日本人の安全保障観についてお伺いをしたいということでございます。  さきの大戦から、私たちは平和国家を目指してきたわけでございます。反戦の意味から、平和国家を目指してきた。それは憲法にもしっかりと明記をしたわけでございまして、私はまあそれはそれで評価をするものでございますが、その反面、政策論としての外交、安全保障という観点からいたしますと、どうも余り現実を重視していないんではないかというような国民性があるように思われてなりません。最近は、湾岸戦争以降は多少なりとも現実を見ながらちゃんと政策を遂行しているというような状況になってきているというふうに言われておりますが、その点についても両参考人に御意見をお聞かせをいただければ有り難いというふうに思います。  それから、私は、先ほど申し上げましたように沖縄の出身でございますから、最近特に話題になっております米軍再編について両参考人に御意見を拝聴させていただければというふうに思います。  在日米軍基地の七五%が我が沖縄県に集中しているということは、もう本当に大多数の国民の皆さんが理解をしていただいているというふうに思います。しかしながら、沖縄の基地あるいは在日米軍がある都道府県の基地の負担の軽減というような話になってくると、これは日本政府あるいは国民の皆さんも及び腰になっているような感じがしてなりません。  例えば、私たち沖縄県民は、今話題になっている普天間基地の移設の問題に関しましては、できれば日本国外あるいは沖縄県外に移動をしてくれと、移設をしてくれというような主張を稲嶺知事を中心にして繰り返し繰り返し主張させていただいているわけでございますけれども、日本政府が米国政府に対して、国外だ、県外だというような提案をしたということは私たちは一度も聞いたことがないわけでございまして、何でそこまで米国政府に遠慮する必要があるんだろうかというのが偽らざる沖縄県民の私は心境であるというふうに思います。  そしてまた、多くの国民の皆様も、沖縄に七五%が集中をしている、大変だね、沖縄県は米軍基地が集中して大変ですねというような話はよくなさるんですが、例えばその基地の一部である、その基地の一部でもいいからどっかの位置に、どっかの県に、どっかの市町村にというような話になると、いやいや、これは沖縄の大変さは分かるんですが、我が県には、我が市町村には持ってきてくれるなというような、どうもそういうような風潮もあるような気がしてなりません。  やはり、日本国の安全保障という観点からいたしますと、応分に負担をするというのがやはり国防の大変重要なところではないかというふうに私は理解をいたしておりますが、日本国民がそういうような国防という観点、意識から少し意識的に遠ざけているんではないかというような思いを深くいたしております。  そういう意味で、両参考人の御意見をお伺いさせていただければ大変有り難いというふうに思います。  以上でございます。
  9. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) それでは、伊奈参考人
  10. 伊奈久喜

    参考人伊奈久喜君) 会長、ありがとうございました。ああ、西銘先生、ありがとうございました。  二つ質問あったかと思いますけれども、一つ安全保障観の問題ですね。  御質問を伺っていますと、私が以前に書いたものをちょっとお読みいただいたのかなと思うような箇所があったわけですけれども、この資料にもありますけれども、その日本人の安全保障観というこの世論調査を見る限りは、今、西銘先生の言葉で言うところの何というか現実重視というんですか、そういう形に、そういうトレンドにあるように思います。ですから、私は、広くとらえると相当この安全保障についての国民的合意というんでしょうかね、それはできてきているように思うんですね。幸か不幸か、それをもたらした大きな要素北朝鮮なんじゃないかというふうに思いますけれども、それはそういうことで合意はできつつあるんじゃないかというふうに思いますね。  で、沖縄選出の西銘先生にこういうことを言うとちょっと刺激的かもしれませんけれども、以前、沖縄特措法というんですか、ありましたですね。あれは九割以上の賛成でたしか通ったんだと思うんです、国会の両院を。まあ九割以上かどうか、まあ八割ぐらいだったか、ちょっと数字的なことは分かりませんけれども、相当多数の。それはやはり、あれは余り必ずしも好ましくない内容の法律だったのかもしれないけれども、緊急避難的に日米安保体制を維持するためにやむを得ないという判断を両院がかなりの多数でしたということなんだろうなというふうにあのときそう考えたわけですね。そういうことで、先生おっしゃるようなトレンドはあるんだろうと思うんですね。  もう一つの、米軍再編の話ですけれども、沖縄にその米軍基地の七五%が、その米軍専用基地の七五%が集中しているという、これもう、あの九五年の事件で大きくそこがクローズアップされてずっと語られてきた話ですけれども、まだそれは改善していないということで、それはいろんな意味で怠慢があったんだろうというふうに思いますね。  では、県外移設というのが全く実現していないのかというと、私、細かいこと忘れましたけれども、普天間について言えば、普天間の三つの機能があるわけですね。ヘリの基地、それから空中給油機の基地、それから物資の集積の機能ですね。たしか去年の中間報告でしたか、そのうちのその三つの機能は分散されて、ヘリの基地は、何というんですか、沿岸案というんですか、名護市の陸上と海上にまたがるところに行くという合意ですし、その空中給油機はたしか鹿屋でしたっけ、物資の集積は築城かな、ちょっと具体的な名前は、ちょっと記録にとどめるときはチェックする必要があると思いますけれども、ともかく九州に移すという合意があったわけですから、それは普天間基地は、まあこう言うと詭弁に沖縄の人はとらえちゃうのかもしれませんけれども、機能としては分散は、小さな意味であってもそれは進んでいるんだというふうに一応理解しているんですけれどもね。  以上です。
  11. 藤原帰一

    参考人藤原帰一君) 御質問ありがとうございます。三点、簡略に答えるのは難しいですが、さらさらと。  一つ。沖縄の平和の礎は、戦後日本に住んでいて、特に戦争に従軍したこともなく、また人殺しという非難を受けるいわれもない日本人が誇りにできる施設だというふうに考えています。そこでは日本人の死者ばかりではなくて日本人じゃない死者、それから兵士も一般市民も両方とも追悼されているんですね。それに対して、戦後日本で一般に見られたのは日本人の兵士以外の死者について記憶するという方法で、これがずっと続いてきたわけですね。そこで、日本人以外が入っていないじゃないかという不満が一方にあって、これが海外、特に中国からの批判につながることになる。それから、日本人の兵士が入っていないじゃないかということで、これが靖国につながるということになってきます。その意味で、この両方とも、一般市民だけじゃなくて日本人の兵士も、また海外の死者も両方とも追悼するという方法を出したことはこれはすばらしいと思います。  そして申し上げますが、これは何も戦後に生まれたというものでは必ずしもなくて、私、横浜でございますが、そばに、鎌倉に蒙古寺というものがございます。蒙古寺とは日本に攻め込んだ蒙古の兵士、モンゴルの兵士を追悼するというお寺ですね。攻め込んだ側を祭るとは何事かとお考えになるかもしれませんが、正に仏教だからそれが出てくるわけです。このこと自体が日本の文化、伝統、戦争についての文化、伝統は結構豊かなものなんだなと、そして平和の礎はそれにつながるものなのだなというふうに思わされるところであります。  二つ目日本人の安全保障観ですが、私は昔も今も現実性が不十分だというふうに考えております。決め付ける言い方で恐縮ですが、これを憲法を中心とした護憲・平和という路線から次第に現実的な外交に変わってきた、結構だというふうにお考えになるとすれば、私は残念ながらそうではないと申し上げざるを得ない。というのは、それまでにあった議論自体が国内消費用の平和主義であり、これは立場のいかんを問わず、一般的にそうだったからですね。  まず、護憲・平和の側は、平和憲法を持っていると言いながら、具体的な国際紛争をそれで解決するために何かやろうかというと、そういう選択肢は持っていない。結局、日本の自衛隊をなくそう、これが世界の先頭に立つことだ、それを阻んでいる日米安全保障条約に挑戦しましょうという、言ってみれば国内政治の中での議論であって、国際紛争に我々がどうするかという問題はほとんど入ってきません。  じゃ、今度はそれに対峙してきた別の見方がどのようなものかというと、これはリアリストと呼ばれるわけですが、実は日米関係の話ばっかりなんですね。結局、日米関係を強化することが日本安全保障を強めることになるという、それ自体は間違いでも何でもないんですけれども、具体的な紛争についての分析が著しく弱い。だからこそ、例えばリアリストの側でありながら六〇年代の終わりごろから七〇年代初めの米中関係の変化を読み解く人はほとんどいなかったわけですね。米中の接近を判断することができた人はいなかった。また、米ソ冷戦が終結するときにどの地域でどういう問題が生まれてくるのかという分析がほとんど出てこない。問題は、アメリカに置き去りにされるという恐怖の話ばかりです。結局のところ、リアリストの議論とされたものが実は日米同盟の話で終わっていて、紛争地域の具体的な検討につながっていないというところがこれが致命的だと思います。  その意味で現在の議論で必要なのは、本日は北東アジアですから中国の分析であり、北朝鮮の分析であり、そしてテーマがそこに絞られているので申し上げるべきじゃないかもしれませんが、中東の不安定をどうとらえるのかというプロフェッショナルな分析であります。このプロフェッショナルな分析に立脚しないリアリズムが何を招くかというと、軍事に対する過大評価になってしまいます。私は、日本はその護憲・平和という国内消費用の平和主義から一転して、今度は逆に軍事力の効用をこれも観念的に過大評価する考え方にややまあ逆転しつつあるのではないか、そして、どちらも国際政治の現実から離れたものにすぎないというふうに、まあ厳しい言い方ですが、考えております。  三つ目の御質問が、これが米軍再編問題ですけれども、この問題が日本にある基地がどうなるのかということだけで議論されてきたことに私は大変な不満を持っておりました。この問題は、米軍の軍事戦略の変化と結び付けて議論しなければ全く意味がありません。  それについてもう一つ付け加えておかなくちゃいけないんですが、今がこの議論をすべきときなのかという別の問題もあって、というのは、かつて、アメリカであれば軍隊が、アメリカの軍部が攻撃的な政策を訴えて、そして文民の指導者がそれを抑え込むといいますか、伝統的な文民統制の議論というものがあったわけですけれども、現在、まるで反対になっています。むしろ、文民指導者が軍事作戦の拡大を求めていて、そして軍の制度改革を求める、軍の側がそれに抵抗するというそういう関係になっているわけで、文民が軍を抑え込む、軍が攻撃的だというような状況ではない。実はこの混乱が現在も続いていて、ブッシュ政権からの国防指針が二転三転していることはあるいは御案内のとおりではないかというふうに思います。また、ラムズフェルド国防長官と国防総省の関係にもすべて投影されております。  これがどういう意味があるかと申しますと、ですからアメリカから入ってくる軍事問題についての指針が違う方向を向いているということなんですね。一つの政策に向かっていない、一体何考えているのか分からないということになる。これは軍再編問題についてアメリカの中でまだ厳しい論争が展開されているという状況の投影であるというふうに理解しております。  そして、それに関連して軍の再編ですけれども、率直に申し上げれば、現在、地上兵力を多数配置する軍事基地の戦略的な意味は大幅に後退しました。たくさんの兵隊を置いているということは、攻め込まれたときにアメリカ人の犠牲者が出るということです。非常に脆弱です。だからこそ、地上兵力をあるところに固めるのではなくて、短期間に移動できるような状況をつくっていくのが適切だ、これが基本的な国防方針なんですね。そこから生まれてくるのは、恒常的な大規模な基地ではなくて、利用できる基地の数を広げること、それから指揮命令系統における現場での速い判断ができる体系をつくっていくということ、この二つです。  日本に対してアメリカが求めていることの新しい戦略とのかかわりでいえば、利用できる港が増えること、基地、拠点が増えることであり、また日本において意思決定ができるような仕組みを基地に持たせることが中心になってきます。しかしながら、軍も官僚組織です。軍事基地というのはなかなか新たに獲得することができる問題じゃありません。受け入れる国との間の紛争になっちゃいますからね。ですから、軍としてはいったん手にした利権、利権と言うとひどいですけれども、基地という既得権益は絶対に譲りたくないということになる。海兵隊が膨大な規模で常駐している基地というのは実は沖縄のほかにないんですけれども、これも正に、だからこそ海兵隊としては死力を尽くして防御しようということになってしまう。アメリカから見れば、アメリカ国内の基地の配置であればアメリカの軍事論争がそのまま投影されますけれども、何分にも外国に向けての要求ですから、反対があるときには反対派の要求も入れた要求という形になってくる。  ですから、現在、日本に向けてアメリカ政府から行われている要求は、新たな軍事戦略によるものと既得権としての軍基地を、軍事機能を維持しようとするものと両方が混ざっているというのが私の理解です。それは我々がアメリカにどのような軍事戦略を求めるのかということともかかわってくることです。  新しい戦略が、結局のところ、極東の防衛にアメリカがコミットしないことだ、むしろたくさんの地上兵力を置いていることがアメリカのアジアへのコミットメントを保障するものだ、そう考えるのであれば、アメリカの新戦略の論者が何を言おうと、海兵隊に常駐してもらうように頑張るということが仕事になるでしょう。そして、逆に新たな戦略の下での日本の役割を考える方が日本にとっても合理的だ、私は実はそう思っています。そう考えるとすれば、その地上兵力の大きな常駐という状態が、これが日本の安全にとっても必要なのかということを議論する余地があるということになります。  アメリカから出てくる要求が二つのものが混ざったものであるということを見据えながら我々のそのストラテジーを考えるべきではないかというふうに考えております。  以上です。
  12. 西銘順志郎

    西銘順志郎君 ありがとうございました。
  13. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) どうもありがとうございました。  大塚耕平君。
  14. 大塚耕平

    ○大塚耕平君 民主党・新緑風会の大塚耕平でございます。  両参考人におかれましては大変示唆に富むお話を聞かしていただきまして、大変ありがとうございました。若干持論も申し述べながら、両参考人にそれぞれ同じことを二点お伺いをしたいと思います。  まず、伊奈参考人から福田ドクトリンの話がありましたが、私個人的には、日本のもろもろの条件状況を考えると、全方位平和外交はもうこれは当たり前と。パソコンに例えますと、全方位平和外交は日本というパソコンのOSであって、その上でどういう濃淡を付けたり短期的な戦術を使っていくかという、まあアプリケーションの選択はありますけれども、これはもうだれがやっても基本的なベースになるというふうに思っております。  その一方で、藤原参考人がキューバ危機のお話をしてくださいまして、米ソにとってキューバはどうでもいいというお話ですが、これは極めて本当に示唆に富んでいて、米中が非常に緊密な関係になった場合に、あるいは抜き差しならない関係になった場合には日本はどうでもいいわけでありまして、だからこそ、十五年前にはジャパン・バッシングなんて言われていましたが、その後ジャパン・パッシングになって、この間のダボス会議ではとうとうジャパン・ソー・ホワットと言われているわけですね。  だから、そういう二つ状況日本にとって福田ドクトリンはベースであるということと、ジャパン・ソー・ホワットという状況の中でどうやって立ち回っていくのかというふうに考えますと、本当に伊奈さんからも知的欲求をかき立てられる幾つかの事例をいただいたんですが、ヘーゲルの話がありましたけど、確かに日本はもう中国北朝鮮から地理的に離れたいと思っても離れられないわけですから、我々が生きている間ぐらいの時間軸で考えると、紛争が起きるリスクを抱えているのはもうこれは必然と。ただ、それをどうやって制御していくのかということに言わば知恵を絞っていかなくてはいけないということなんですが、そういう観点で二点お伺いをしたいと思います。  まず一点は、ジャパン・ソー・ホワットの観点から言えば、日本アメリカにとっても中国にとっても見捨てるわけにはいかない国家になるためには、どういうそれぞれの国との関係を築かなくてはならないか。  これ、若干私のこの問題に関する危惧を申し上げますと、そういうロジックで考えなければならないのに、日本は今何をしているか、あるいは戦後ずっと何をしてきたかというと、まず大切な外貨資産はFRBの金庫の中に置いて、いざとなったらお金は持っていかれる。大切な生産設備は中国に大半を置いて、いざとなったら生産設備は全部持っていかれる。どうでもいいどころではなくて、日本がいなくなった方が自分たちにとってはメリットがあるというような関係を助長するような外交経済戦略を取ってきているように見える部分もあると。まあ断言はいたしませんが。  そういう意味でこの現実を考えると、果たしてこれから十年とか十五年という時間軸で、それぞれのお立場で米中双方にとって日本がなくてはならない国になるためにはどうしたらいいか。これが一点目の質問でございます。  それから二点目は、その偶然を起こさないための工夫という意味では、全方位平和外交とも関係ありますけれども、これはもう国連を基軸とした何か外交、ないしは国連的なものを日本が利用していくということは、これは日本にとっては死活問題だと思うんですが、囚人ジレンマの話でゲームの理論の話が出たんですけども、経済学の用語でもう一個コモンズの悲劇というのがありまして、御承知のことと思いますが、共有地は関係者が多過ぎて機能しないと。国連も藤原さんがおっしゃった六か国協議等の問題もまさしく関係者が多過ぎて何も決められないという状態の中で、私は国連が本当にちゃんと機能するようになるためには、まあ例えばそれが米国主導なのか、あるいはEU主導なのか分かりませんけれども、もう少し意思決定が現実的にできる組織にしていかなくてはいけないということも感じておりまして、その二点目の問題は、国連がそのような機能を、日本にとってベターなですね、そういう機能を果たすようになるためにはどういう方向に進むべきか、ないしは日本はどう行動するべきかという点についてお伺いしたいと思います。それぞれについて両参考人からお伺いをしたいと思います。
  15. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) それでは、伊奈参考人
  16. 伊奈久喜

    参考人伊奈久喜君) 二つの大変難しい問題をにわかにぱっと答えられる能力は正直ないんですけれども、最初アメリカにとっても中国にとっても見捨てられない国になるにはというようなことを、御質問を聞きながら、何と答えたらいいかいろいろ考えていたわけですけれども、抽象的なことしかないんですけれどもね、まあ、恐らく一つ絶対的に多分重要なのは、経済的に少なくとも今のような立場、少なくともですね、を維持していくという、エロードしていかないということは最低限の条件ですよね。その上で、それは第二の質問にも重なるのかもしれませんけども、政治的な舞台での日本の役割というようなものをいかに維持していくか、これについては向上していくかというようなことであろうかと思うんですね。  そういう抽象論ですけれども、何で国連にイギリスフランスがいるんだみたいなことを考えれば、多分ああいうような姿というようなことが、それが国連にイギリスフランスが未来永劫、つまり安保理にいるかどうか知りませんけども、まあ当面はいるんでしょうから、そういう姿というようなことにいろんな意味でなるんだろうなというふうにも思いますね。それがちょっと抽象的で申し訳ありませんが、余り考えている時間もないので。藤原先生の方が有利ですよね、この場合ね、いつも。  で、二番目の偶然を必然にしない云々という、国連を機能させるということですけれども、これもまた国連が機能するんだろうかと。私もそんなに妙案はもちろん浮かびませんし、国連のそもそも裏表に通じているわけではないんで適切なお答えはできないわけですけれども、何か問題はそれ以前というような感じがするんですね。  例えば、私はよく事情は分かりませんけれども、今日もあるところである研究会があって、イランの話があって、イランの問題に少なくとも報道で見る限り日本の影というのは全くないわけですよね。こういうことというのは国連が機能するとかなんとかという以前の、本当に何かやっているんだろうかというような点が、これは全然お答えになっていませんけれども、少なくともそういう現状をよく反省するというか、見詰め直すことから大塚先生のその問題提起に対するその答えを考えていくということではなかろうかなというふうに思います。  どうも済みません。
  17. 藤原帰一

    参考人藤原帰一君) 有利な藤原でございます。  御質問、非常に重要なものなんですが、最初質問を形を変えて私の方から申し上げるとすれば、日本外交のリソースって何なんだろうということにつながるんだろうと思います。日本が何を手段にして相手との外交を進めるのかということですね。それは、まあ異論があるのを承知で申し上げますが、経済力だろうと思っています。  日本の軍事力を使わないという話では全くない。これは無視できる兵力では全くありません。しかし、日本の兵力が単独で動くということは想定されていないし、また想定されたときには外交政策の手段どころか逆効果になってしまうんですね。としますと、アメリカとセットにして軍隊が動くということになりますから、ですからアメリカの影響力を使うということにはなっても、軍事力を使って日本が外交を展開するということにはなりようがないんです。イニシアチブはアメリカに行きます。だとすると、経済だろうって。それが戦後問題研究会が言った問題でもあって、これ連綿と続いていく流れなんですけれども、五〇年代における日中関係の正常化の模索ですね、失敗します。六〇年代に入っても、佐藤政権においても、保利書簡というものがあるように、日中ということがずっと念頭に置かれておりました。これは経済の問題なんです。日中関係の好転が必要だというんじゃなくて、中国市場が必要だという判断ですね。結局、中国無理だということで東南アジアにおける市場開発に向かっていくんですけれども、ここでも日本外交の基軸となっていたのは要するにお金でした。  この経済外交という問題は、現在の日本で重要だと思います。かつての日本では、経済外交とは要するに借款の供与のことであった。援助外交そのものだったわけですね。しかしながら、これにはもう限界が見えてきたということです。近隣諸国に最初は賠償、次に援助を出すことによって相手との言わば政治的な関係を好転させる。それに加えて、日本市場にとって有利な市場を海外につくっていく、これが原型なんですが、東南アジアではそうなった、反日感情も大幅に下がった、また、日本経済が東南アジアにおいて非常に有利な地位を占めることができた。  しかし、これが失敗するのも中国なんですね。中国に対して膨大な援助を出したんですけれども、しかしながら反日感情が収まるどころではなかったわけですね。さらに加えて、そのこと自体が日本の反中感情を起こすわけですが、そのことに加えて、中国市場における日本企業の立場日本の援助でどれだけ支えられたのかというふうに考えれば、東南アジアに対する援助と劇的なコントラストを見ることができます。  じゃ、無理だ、援助をやめようということで援助の役割が減って、それとともに経済外交の役割が凋落してしまった、ここに問題があるんですね。日本の力は、やはり強い経済を持っていることです。忘れられがちになりますが、アジアの国民総生産すべて、中東まで含めて、全部合わせたものの半分が日本です。それぐらい強いんですね。中国は成長率が高い。ですから、将来があるかもしれない。しかし、日本経済とのかかわりは現在の問題なんです。  FTAを中国は多くの国と結んだと言われますけれども、これは多くは将来についての期待にすぎない。というのは、中国はまだまだ市場の自由化、まして通貨問題になればがんじがらめですから、将来の自由化を見越した約束事をしているにすぎない。日本とのFTAはまるで意味が違います。  中国の企業で海外に生産拠点を持っているところがどれだけあるでしょうか。日本の製造業は、これ自体が様々な日本への制約にはなっていますけれども、海外に製造拠点をたくさん持っています。ということは、そのような製造拠点を置いている国との関係での通商関係の変化は直接的な変化になるわけですね。  依然として、現実的に考えて日本の外交の手段、オプションは何よりも経済外交だと思います。これが援助、借款という外交から、むしろ通商政策における政策の模索というところにだんだん軸足を動かしていくだろうと。  ジャパン・パッシングなんですけれども、日本が目を向けてくれなくなったという声もあるんです。東南アジアにいらっしゃると、確かにもう今や日本の時代じゃないだろうという声はたくさん聞かれます。そういうことを露骨に日本人である私に向かっておっしゃる方もいらっしゃいます。  しかし、他方では、ASEANの事務局長、今シンガポールの方ですが、がおっしゃったんですが、どうも日本が何を求めているのか聞こえてこなくなった。ASEANとの関係で、どう日本ASEANとの関係を考えているのか、そういう方針というものが、差し障りがある言い方ですが、小渕政権を最後として日本から聞こえてこなくなった。日本がどういう政策を求めているのか我々は非常に関心がある、怖い。だけれども、聞こえてこないんだからしようがないよねということであります。  つまり、ジャパン・パッシングは実際にあることですけれども、我々が政策のイニシアチブによって埋めることができる領域はまだまだある。被害意識を我々が持つ以前にやることがあるだろうということ、これが第一点ですね。  それから第二点、国連ですが、国連の役割がどこに大きいのかということからまず考えなければいけない。国連は世界各国が集まっている組織だから世界全体のことを議論する。これは、議論はしますけれども、実際の活動はそうではありません。国連の活動が実際の重要性を持つ地域はほとんど三つに絞られます。それは、アフリカ、中東、それにカリブ海の沿岸諸国であります。  何でそうなるのか。それは、常任理事国はまず内政問題について国連が関与することは認めることはあり得ません。そして、常任理事国ではない国についても、地域の協議機構がある場合には地域機構が優先します。法文上は国連が優先する場合でも、地域の機構の方が優先します。ヨーロッパ連合、EUは正にその例になるわけで、ヨーロッパにおける国連の役割が小さいのは当たり前のことなんですね。EUの方が先に行動を起こすからです。また、アジアを例に取ると、アジアは地域協議ヨーロッパに比べればはるかに弱い地域ですけれども、それでもあるんですね。それでもあって、経済問題でいえば例えばAPECのような、半ば空転していますけれども、一応組織は存在する。とすれば、国連でそのことを政策調整をするよりは地域でやった方がいいよということに当然なってしまう。  つまり、地域機構が実効性を持たない、機能していないところにおいて国連の役割が相対的に増えてしまうということになります。ですから、国連の役割強化という問題は、実はアフリカと中東とカリブをどう持っていくのかということにつながります。  そして、ついでに申し上げれば、これは東アジア共同体の問題と絡むんですけれども、東アジア共同体は非常に難しい問題なのですが、これに意味があるとすれば、東南アジアには地域機構があって、東アジアは力の均衡でやってきました。この力の均衡と地域機構というアンバランスな状態を打開するために、東南アジアをベースにつくった機構を言わば北進させていこう、ASEANファミリーの組織に取り込んでいこうというのが基本的には東アジア共同体についての議論です。いろいろなきれい事、ごめんなさい、がたくさん出てきますけれども、実態を見ればASEANにプラス何とかというもの以外にないんですね。せんだっての東アジア共同体議論をごらんになればお分かりのように、実際に会議を開いてみると、ASEANがその経済力、軍事力よりもはるかに大きい役割を占めることになっちゃう。それは機構としてはASEANしかないからです。  こう考えてみると、東アジア共同体は、これは東アジア全域の機構としてはもちろん制約はありますが、ASEANファミリーの協議を東アジアに伸ばしてきたという程度意味はあるということになる。しかし、その限られた役割でも国連にかけるよりは各国にとって有利です。各国にとって有利だから、地域に、機構の方にかけていくという形になる。  で、国連改革です。国連改革で必要なのは事務局機能の強化であります。そして、事務局機能の強化ほど国連であり得ないことはない。つまり、様々な汚職、非効率などが指摘されていて、指摘している人がボルトンだったりしますから反発する人も多いんですが、しかし事実なんですね。国連非効率は事実であって、そこでの事務局機能の強化は残念ながら短期間に転回することが難しい。ということは、国連の役割の強化は必要でもあり望ましくもあるのですが、しかし短期間にこれが実現するということを考えるのは多分やめた方がいいだろうと思います。  また、これに加えて、G5ですけれども、常任理事国の間の明確な反目が見られる。つまり、日本はいいけれどもドイツは絶対入れてやらないよという立場アメリカが取るような常任理事国の反目が冷戦期とは違った形で展開している現在、安全保障理事会の機能の回復を期待することも難しい状態です。  だとしますと、現在の国連組織が変わらず、あの非効率で腐敗した、ごめんなさい、あの事務局機構が変わらないという前提の下で、それでも国連にどんな役割が担えるのかというふうに問題を大分小さくして考えた方が現実的であろうと。それでもできることがあるんです。それが中東なんですね。  現在、国際関係が抱えている大きな課題は、アメリカがもう一つ戦争ができないことなんです。アメリカはどこでも戦争はできるけれども、戦争をしていないという状態は抑止が最大の状態です。一つ戦争が事実上継続しているということは、二つ目戦争ができない、あるいはできないと相手が見る可能性があるという状態で、このこと自体が抑止力を大幅に下げます。下げるからこそ、イランについて強硬な発言をしながら、実効的な処置をアメリカはイニシアチブ取っていませんね。これはそのコストが高過ぎるからですね。そうなってくると、ここで相対的に国連を使うことがアメリカにとって有利だという状態が生まれます。そして、国連はアメリカが中で行動するときに役に立つ機構なんですね。もう非常にはっきりしています。  その状態で、実はドイツフランスヨーロッパ各国も中東問題でイニシアチブを取りたくない。だからこそ国連に投げたい。この国連に投げているところで短期間に打開をしなければいけない問題がたくさん今積まれている状態です。イランはもちろんその中で大きな問題です。しかし、場合によっては、タイムテーブルからいって、パレスチナのハマスが首相を提供するであろう政権にどう取り組むのかということも大きな課題となるでしょう。このままでいくと、アメリカとイスラエルが強硬な行動を取るのか、それとも国連に投げるのかという選択に我々は短期間に直面します。  現実主義というのはこういうことにもなるわけで、国連が長期間余り変わらず、しかもアフリカと中東とカリブ以外には実効性が乏しいであろうという前提を立てた上でも、中東問題について国連が果たす役割は依然として大きいというふうに考えることができると思います。  以上です。
  18. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) どうもありがとうございます。  浮島とも子君。
  19. 浮島とも子

    浮島とも子君 公明党の浮島とも子です。  本日は、両参考人に大変貴重なお話を伺い、とても参考にさせていただくことができました。ありがとうございました。  私の方から一問だけ質問をさせていただきたいと思います。  この伊奈参考人の書かれた「「ソフト〜」論の現実」というのを読ませていただいたんですけれども、その中で伊奈参考人は、ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授のソフトパワーに言及され、米国のソフトパワーの例として挙げられている外国人留学生やハリウッド映画の世界での観客数について、米国の覇権国としての地位や豊富な制作、宣伝費などのハードパワーに裏打ちされた結果であると述べられておられます。私は、このような現実的な視点も大変重要であると考えますし、より一層外交の政策の一つとして積極的に取り組むべきと考えております。  そこで考えるべきは、文化、芸術のような人に脅威を与えない、逆に魅力を感じさせるソフトパワーがだれに働き掛けるのかということでございます。それは、外国の方一人一人に働くのはもちろん、相手国の世論形成や、また対日観とでも申しましょうか、対象国の印象を良くするのにとても効果的であると考えております。例えば、日本でも昨年、韓流ブームがございました。昨年は政治的にも日韓関係は必ずしも良いというわけではございませんでしたけれども、それとは関係なくこの韓流ブームは日常の中に定着をしております。このようなソフトパワーが働き掛ける対象が一人一人であるというところから、国家レベルの関係以外の関係をつくっていく、国際関係を国家レベルから個人レベルまで重層的にしていくことができると言えるのではないかと思います。  そこで、伊奈参考人に国際関係におけるソフトパワーの役割とその力を発揮できる領域、範囲について、また我が国の持つべき、あるいは強化すべきソフトパワーは何なのか、また何を指すのか、どのようなことが考えられるのかということ、また、今後どのような努力が求められるべきか、あるいはどのようなことが効果的なのか、御意見をお伺いさせていただきたいと思います。  また、この点につきましても藤原参考人の方も、もしお考えがございましたらお聞かせ願えればと思います。  よろしくお願いいたします。
  20. 伊奈久喜

    参考人伊奈久喜君) 御質問どうもありがとうございました。  私、そのソフトパワーアメリカのソフトパワーを否定したわけではないんですけれども、まず最初にお断りしておきたいんですけれども、まあちょっと反語的にここでは書いているわけですけれども。  御質問は、日本がどういうソフトパワーを発揮すべきなのかというか、どういうソフトパワーの在り方が望ましいのかというようなことだろうと思いますけれども、現実にいろんな、私も聞きかじりの話ですけれども、例えば中国で、世界じゅうで日本語を勉強している人というのは二十万人ですか、ちょっと正確ではありませんけれども、相当な数いるわけですね。最も多いのが中国ですよね。これは反日とかなんとかということの、あえていえばそれが、そういう現象的なこととは別に、そういう中国でたくさんの人が日本語を勉強しているというふうな実態があるわけですね。そういうところは非常に大事なことだろうと思うんですね。  で、国際交流基金だと思いますけれども、いろんなそういう文化交流であるとか日本語教育であるとかというようなことをやっていますね。そういう活動は、一方で何といいますかODAがあると、他方でそういう文化的な交流というのが、正にこっちはソフトパワー世界で、これをまず強めていくというふうなことだろうと思うんですけれども、今ぱっといいお答えが思い浮かべばいいんですけれども、今おっしゃったその反日、反日じゃないや、ハン流、カン流、どっち、何て発音していいんでしょうか、ブームですね、これもおっしゃるように、日韓の政治的な状況があれだけ悪いと言われた去年にもかかわらず、それを下支えするというか、そういう機能があったわけですから、それをそういうものをブームをつくった人というのはもうソフトパワーを非常に日本、あれはむしろどっちのソフトパワー韓国のソフトパワーでしょうか、韓国の側が日本にとってきっと日韓関係を底上げするという機能を持ったという意味では、ああいうことが例えば中国に対してもなされるというようなことなんだろうなと思いますよね。  で、今、「単騎、千里を走る。」でしたっけ、という映画、単騎、ちょっと正確な、高倉健さんの映画ですね。あれも私、日本記者クラブで、試写会で見ましたけれども、まああれ、日中間でもいろんな政治的な問題はあるけれども、人と人との関係というのは、何といいますか、非常に接すればそれは本当に仲良くなっちゃうもんだというようなことを描いているというふうに受け止めましたけれども、そういうことをいろんなところで積み重ねていくという、そういう平凡な答えしかできないんで申し訳ないんですけれども、ことではなかろうかなというふうに思います。  ちょっと御満足いくかどうか分かりませんが、この辺で失礼します。
  21. 藤原帰一

    参考人藤原帰一君) いつも有利な立場にいて何か申し訳ないんですが、ソフトパワーという言葉は二つ違う意味で使われます。  一つは外交関係において、言葉とか議題とかいったもので持つ力ですね。例えば、国際会議の議題をだれが立てるのか、そもそもどういう問題について国際会議をつくるのか、こういったことが国際関係におけるルールを作っていくなどの過程で非常に大きな役割を果たす。これは軍隊で脅すだけでも、また買収だけでも、とても手の付けようがない言わば言葉の世界になるわけですが、アメリカ外交でそういう言葉の意味でのリーダーシップ、議題を提示してルールを作っていくような力というのがアメリカの外交で非常に大きな意味があるんだよということを言ったのがジョセフ・ナイだったわけですね。  それとの関係でいえば、日本議題提示能力が著しく弱い国であるということをまず申し上げなければいけない。その政府関係から見れば、どのような議題について二国じゃなくて多くの国で議論するのか。その議題を提示する機能日本が大きな役割を果たしたのは非常に数少ない事例しかありません。そのわずかな事例が実は京都会議なんですね。京都会議のアジェンダ形成に当たっては、日本政府は随分大きな役割を実際に果たしています。しかし、それ以外では、議題はほかの国が立てて、それに日本が付いていくだけということになる。ですから、ここでは、軍隊じゃなくて言葉だよというよりも、むしろその知恵で争うという過程ですね。外交についてのそのイニシアチブ、アイデア、構想力を日本の方から訴えていく場面が必要だろうという点、これが第一点です。  二つ目に、日本が単独で文化的なヘゲモニーを担うとかいった元気のいいことではなくて、むしろ果たすことができる役割はフォーラム機能とでもいうべきものであります。これは案外注目されないんですが、実はアメリカにはその力があります。アメリカの例えば大学であれば各国からの学生がいる。日本の大学にも随分各国からの学生がいます。同じようにアメリカ、それもワシントンで開かれる会議に行けば様々な政治家、官僚がいろんな国から集まっている。つまり、アメリカについて知るため、あるいは協議するためじゃなくて、ほかの国と相談するためにもワシントンに行くわけですね。  このようなフォーラム機能を持っているということは、地域の議題を設定する上では大変な力があります。実は最近それが衰えているのが大きな問題でありまして、日本経済新聞社を含めて新聞社をベースにしてそのフォーラム機能をつくってらっしゃるところがあるんですが、政府ベースでまだまだ弱い。これが第二点ですね。  そのフォーラム機能をどうつくっていくのか。これは単にみんなが会えばいいということだけじゃなくて、どういう問題でだれを集めるのかというところのイニシアチブを日本が取るわけですから、実は外交の問題なんです。その意味で、トラック2のような会議を日本をベースに切り出していくということは是非考えるべきではないかと思います。  最後の点ですが、ソフトパワーは一般に社会の皆さん関係政府政府じゃなくて、一般市民の関係を考えるときにもソフトパワーという言葉が使われることがあります。実際、韓流ブームで韓国に対するイメージは随分変わったでしょう。釜山からソウルに行くまで電車はどれぐらい掛かるのか知っている日本人はほとんどいなかったと思いますけれども、今ではそれを知る人が増えてきたということ、大きな変化になります。また、「ドラえもん」やあるいは宮崎駿さんのアニメーションによって日本人の暮らしぶりというものを見る外国の人が増えてきたということは、これも否定できない。  で、ここで文化外交を過大視することはやめなければいけない。つまり、政府が文化宣伝をすることで自動的にこのような信頼ができると思ったら間違いです。やはり、アニメーションも商品であって、これは受け手が買うということがなければ成立しない。しかし、ここであきらめてはいけないわけでして、国際交流基金が様々な日本文化を伝える活動を韓国などで行ってきた。これは日本文化輸入の規制の外にあったわけですけれども、この基礎に立って日本のアニメが韓国に入ってきたということになります。ですから、文化外交と、それからその社会の間での接触、その効果としての相互の偏見の除去ですね、そのような広い意味での文化外交というアジェンダもあろうかなというふうに考えております。
  22. 西田吉宏

  23. 大門実紀史

    大門実紀史君 日本共産党の大門でございます。貴重な御意見、ありがとうございます。  最初に、藤原参考人にお伺いしたいんですけれども、先ほどの巻き込まれの恐怖と置き去りの恐怖というのは大変面白く、すとんと胸に落ちて分かるものがありました。  韓国アメリカとの関係がどうなっているのかなというのをずっといろいろ不思議に思ったものですから、さっきの話で少し分かってきたような気がするんですけれども、去年の八月十五日の韓国の光復節というんですか、独立記念日ですね、あのときに韓国でアンケートを取ったら、もしもアメリカ北朝鮮戦争をしたらどちらに味方するかと。そうしたら、韓国の若者の六五%が北朝鮮の味方をしたいと、アメリカの味方をすると言った人は三割以下だったというのがありますけれども、当時は美女軍団の影響か何かかなと思ったりしたんですけれども。もちろん同胞意識もありますよね、いろいろありますけれども。  先ほど言われた、韓国の中でアメリカ離れといいますか、何か自立の道を探ろうといいますか、巻き込まれの恐怖というんですか、そういうものも広がっているような気がするんですけれども、そういう点で見ると、今後の韓国アメリカとの関係がどういうふうになっていくのか、分かることあれば教えていただきたいと思います。  二点目は、両参考人にお聞きしたいんですけれども、東アジア共同体という話がこの調査会でもずっと議論されてきましたが、もう一つ、北東アジア共同体構想というのも出されている、提案されている学者の方もおられます。東北アジア共同の家構想とか、あるいは経済産業省関係の研究開発機構でも北東アジアのグランドデザインというのを出したり、あるいは盧武鉉大統領が就任演説のときに北東アジアの若干経済的な問題も含めた共同の繁栄とか、かなり打ち出しましたですよね。  こういうものが一つの構想、共同体として発展していく可能性があるのかどうかと。先ほど言われました、アメリカはそれほど北朝鮮問題、朝鮮半島問題を重く置いていないと。それと、東アジア共同体というのはアメリカ抜きだという話がありますけれども、この北東アジアならばアメリカは当然現実的にはかまざるを得ないと。  つまり、六者協議がそういう方向に発展していく可能性というのがあるのかどうかというところですけれども、ライス長官なんかも若干そういうニュアンスをこの前発言されたりしていますが、アメリカはそれほど本気で考えていないような気もいたしますけれども、その北東アジア共同体構想について、お考えあればお二人にお聞きしたいと思います。
  24. 藤原帰一

    参考人藤原帰一君) バランスを取って……。よろしいですか。
  25. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) はい。どうぞ藤原参考人
  26. 藤原帰一

    参考人藤原帰一君) いつも得ばっかりするのひどいですから、私の方から申し上げます。  一つ、米韓関係最悪です。戦後、アメリカ韓国関係がこれほど悪くなったのは、韓国で軍事クーデターで朴正熙が政権を取ったとき、これはアメリカ最初強く反発したんですが、あのとき以来じゃないかと思います。というのは、米軍に頼らない平和を我々が実現するのだという、やや元気のいいというか、元気の良過ぎる議論がこれは世論の中で広がっているんですね。そして、世論で支持が高いことで現在の大統領がその方向で政策を非常に強く進めていく。現在、新聞よりはテレビがそちらの方に、まあ走っていると言うとひどいですけれども、そちらの方向を強めていると思います。  なかなか分析は難しいところで、これ日本韓国というのは昔から逆の立場を取りやすくて、日本では北朝鮮問題に対する関心はミサイル危機が訪れるまでほとんどなかったと思います。拉致被害者は既にいるわけですけれども、拉致被害者に対する国民的な共感というものがミサイル危機の前に高まったと私は思いません。これ自体問題ですけれども、関心がないんですね。そうして、北朝鮮に対する様々な日本の取組、これは帰国運動も含めてですけれども、その意味を改めて議論するということも非常に少なかった。  このときの韓国では、北朝鮮はこれは正に最大の脅威としてずっと、まあ今の日本とちょっと似ているわけですけれども、その北朝鮮脅威が毎日のように報道されているという世界だったわけです。それが正確に逆転して、日本では、かつての韓国で行われていたような北朝鮮についての報道が日本で初めて始まったんですけれども、そのとき韓国ではまるで正反対に北朝鮮との関係をどう打開すべきかという議論に向かっている。  これが何で生まれるかといえば、同胞とおっしゃいましたけれど、それとつながりますが、統一です。つまり、北朝鮮との関係を変えて南北の統一を実現したいという、これは利害計算ではないんですね。利害計算で考えれば、短期間に統一を実現することが現在の韓国経済にとって、韓国政府にとって有利とは必ずしも考えられないというよりは、全然考えられないんですけれども、しかし統一を実現することの言わば国民的な期待というものがある。  だとすると、例えば日本が、あるいはアメリカ北朝鮮に対して厳しい立場を取ることは、これは南北の統一の機会を遠のけるものだというふうに考えてしまう。このことは、そうしますとね、韓国が自立に向かうから我々にとって結構だということではないということなんです。つまり、韓国における南北統一への期待が、言わば国際関係における合理的な行動よりも、むしろその国内の期待に合わせたような政策に向かってしまうということなんですね。  ですから、北朝鮮に対して韓国が独自のアプローチをすること自体が困ったことでも何でもないんですけれども、しかしこれが統一への期待ということで、その地域の国際関係から離れたイニシアチブになるときには、これは日本にとって決して有利なものではないと思います。これは第一点です。  それから、第二点。北東アジアの共同体という議論は、実は最初に提起してきたのはアメリカでした。五〇年代に、アイゼンハワー政権の時代、地域の安全保障機構をつくろうという議論アメリカから出てきます。これは非常に単純で、アメリカが負担している軍事援助を減らすために、軍事援助を減らすために、資本主義国であるアジアの方で独自の防衛協力をしてくださいということだったわけですね。各国は当然これを嫌がって、葬り去られます。  次の時期が、これは九〇年代に入って、クリントン政権のときに国防長官でしたペリーが打ち出した構想で、このペリー・プロセスは、まあKEDOはそのままでは成立しないことは最初から分かっていたわけで、これを補完するものとして東アジア各国の安全保障協議の機構というのをつくっていこうと。これも日本中国の強い反発を受けました。  日本が反発した理由は簡単です。これはアメリカがアジアから次第に足を抜いていく表れであるというふうに考えたからで、これは実際、この考え方は間違ってなかったと思います。アメリカはプレゼンスを減らすために各国の負担を強めていって、それで地域機構という形に移していこうとしたということなんですね。  というわけで、今申し上げたことからもお分かりだと思いますが、北東アジア共同体という構想がどういう形で出てくるかというと、アメリカのプレゼンスとその負担を減らしていくプランとしてこれまで表れてきて、そのことが、まあアメリカ抑止力は弱まるということですから、懸念を呼び起こし反発を起こすという、その筋書でずっと終始してきたわけですね。  だとすれば、この土俵、土台を少し変えなければいけない。変えるために何ができるかということですけれども、結局のところ、東アジア、東南アジアを含めて、実際に動いている政府協議というのは圧倒的に経済問題なんですね。これ中国も含めてそうなんです。そして、経済協議中国と進めるときには東南アジアとつくった実績を言わば流用してきたというのが実態でした。  こう考えてみますと、私は、北東アジア共同体というふうに切り離してつくることよりは、むしろASEANファミリー、ASEANを中心につくってきた協議体を拡大する形で協議機構をつくっていった方が実質的に意味があるというふうに考えております。  また、狭い問題ですけれども、日本外交という意味で考えると、北東アジアの国だけ集まった場合には日本の影響力は小さいです。圧倒的に小さい。現在は東南アジアとの関係、弱まったので、もうそれも言うことはできなくなったんですが、東南アジアが入っていることは相対的に日本の影響力は高まるということなんですね。その外交的な打算から考えても、北東アジアというグルーピングよりは東南アジアを伸ばしていくやり方の方が、これが日本に有利だろうというふうに考えております。  以上です。
  27. 伊奈久喜

    参考人伊奈久喜君) 会長、よろしいですか。
  28. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) はい。伊奈参考人
  29. 伊奈久喜

    参考人伊奈久喜君) 北東アジア共同体構想というのが、御質問の大門先生がどういうものを具体的に思い描かれて質問されているのか、私、ちょっとイメージ分からないんですけれども。  まだるっこしい答え、お答えをさせていただくと、全く個人的な話ですけども、三十年ぐらい前政治部で、私、政治部の記者だったんですけれども、野党クラブというところにいたわけですね。そこで政審とか政調とか、まあいろんな政策をつくるセクションがあるわけですけど、そういうところの人がまあいろいろこう、○○党の政策ですと、こう持ってくるわけですね。そういうものをそれなりに原稿なんかにするわけですけれども。  そういうことをやっているうちに、作っている人たちといろいろ話をすると、そうすると、結構分かってきたことは、新聞の見出しを立てるための作文をいかにするかというのが彼らのテクニックであるということに気が付くわけですね。中身よりも、どういうふうに見出しを立てるかということなんですね。  これは当時の野党の批判みたいに聞こえちゃうかもしれないんですけれども、それは、単にそういうことではなくて、シンクタンクとかあるいは、藤原先生は違いますけれども、学者の方々で何か新しいことを考えようというときに、とにかく見出しを作ろうという意識というのは多分相当強いんですね。新聞記者も見出しが好きですし、同じ傾向があるから、我々、僕はそんな、人を責めているんじゃなくて、自分を責めてもいるわけですけれども。  北東アジア共同体構想というのは何かそれに近いんじゃないかという気がするんですよね。先ほど藤原先生もおっしゃったように、東アジアということであれば、経済の実態は統合されているという現実があるわけですから、そこは結構自然なんでしょうけれども、北東アジアというのは、じゃだれなのかというと、恐らく、今六者会議を、協議を、六者協議をやっているメンバー、マイナスアメリカですよね、その五者、つまり日本中国、南北朝鮮ロシア。この間、これだけを切り離して何か、つまり経済で何か話をして何ほどの意味があるのかと思いますし、いわんや安全保障で、アメリカを抜いて何の意味があるのかと考えますと、我々の言葉で言うところの空見出し、中身はないけれども見出しはとにかく付いているという感じ。  申し訳ありませんけれども、ちょっとそういう感じが、私の先生の御質問に対するリアクションになってしまうんですけれども、そんなところなんですけれどもね。
  30. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) どうもありがとうございます。  以上で各会派一人一巡いたしましたので、これより、午後四時ごろまでをめどに自由に質疑を行いたいと思います。  質疑を希望される方は、挙手の上、私の指名を待って質疑を行っていただきたいと存じます。  質疑のある方の挙手をお願いいたします。──はい、分かりました。  私の今、私のとどめておりますところでは、末松さん、犬塚さん、それから澤さん、この三人のように思います。したがって、今申し上げましたような順序で質疑をお願いをしたいと思います。  まず、末松君、よろしくお願いいたします。
  31. 末松信介

    ○末松信介君 自民党の末松信介です。  今日は、両先生のお話をお伺いできまして、ありがとうございます。  藤原先生に先にお尋ね申し上げたいんですけれども、先生、六か国協議とか日朝協議のときに、よく「NEWS23」に出ておられるんで、非常にはきはきと分かりやすいコメントをいただいて、感服をしておりますんですけれども。  今日お聞きしたいのは、北朝鮮外交につきましてなんですね。この中で、広野先生が参議院では委員長を、北朝鮮拉致の委員長をされておられるんですけれども、なかなか開催されないと。委員長がお骨折りいただいていろいろな機会を見付けては開催されるんですけれども、やっぱりテンポよく、順序よくはなかなかやってこないと。やはりそれほど難しい状況に常にあるということなんですよね。  先ほど先生がキューバ危機の話なさいましたですね。私も先生も大体その当時小学校二年生かその辺りだったというふうに記憶しておりますんですよ。  この前DVDで、マクナマラ国防長官、当時の、アメリカの、あの方のザ・フォッグ・オブ・ウオーですか、というビデオをちょっと拝見をしたんですけれども、やはりあの年、もう八十回られて、やはり自分の当時の思いということはきちっと語っておきたいということで、興味深くちょっと拝見をしたわけなんですけれども。  あのとき、実際マクナマラ国防長官、当時国防長官は、核の危機を本当に迎えていたと、もう直前まで行っていたと。そのとき、キューバにミサイル基地を築こうということになっていたときに、フルシチョフから二通の手紙が来たとあるんですよね。一通目は、軍事的な行動を起こす用意がなければソビエトは撤退する用意があるという手紙だったと。翌日来たのには、もし具体的な行動を起こしたんだったら、これは大規模な反撃に出る用意があると。  アメリカはもうほとほと困ってしまって、どっちに回答しようかと悩んでしまったと。そのときに、ルメイ将軍はやってしまえと、攻撃せよと。しかし、トンプソンさんという当時の駐モスクワ大使は、家族的付き合いがフルシチョフとあったので、結局その一通目の友好的な手紙にのみ答えをせよということで判断をしたそうです。  しかし、ケネディは当時、これでは解決にならぬと言ったんですけれども、果たしてそれは正しかったということが立証されたわけなんですね。後で何十年たってからマクナマラ国防長官がカストロと会ったときに、あの当時、五、六個しか核弾頭はないと思っていたら、百数十発持っていたということであっと驚いたと。これほどやはり外交というのは誤解をしているということが起きやすいということを言われましたですね。それと、相手立場に立つということ、相手の身になって一遍考えてみるということが大切であるということ、そういうことを言われたわけなんですよね。  私、この北朝鮮の外交を考えた場合、先生は、今回、キューバとアメリカは近いですよね、北朝鮮日本も近いという、そういう面では非常に、近いという点が共通点があると。  ただし、あのときはもう、ソビエトという一国がもう完全にそこを支配に置いて命令を下していたと。今の日本は、そういう点においては、どうやらソビエトと中国が非常に近いところにあると、韓国が太陽政策によって非常に近いところで、非常に今黙っておられるというんでしょうか、そういうような状況にありまして、あの危機とはいささか異なるんですけれども。  今、日本の置かれている危機というのは日本国民は正しく把握をしているのかどうかということをお聞きしたいのと、北朝鮮外交で何か日本は大きな勘違いをしていないかということを、そのことを私、思うんです。  確かに、経済的制裁というのは世論受けだと今先生はおっしゃいました。確かに今貿易額は、これ中国韓国で六割占めていますので、日本だけで経済制裁したって意味がないことは分かっています。マネーロンダリングはさすがにこたえていると。やはり、金正日周辺に食べさせてやらにゃいかぬ、いい思いをさせてやらないと向こうの政権はもたないということなんですけれどもね。  こういうところを考えていった場合に、先生として、何か北朝鮮外交、この拉致問題もひっくるめて、日本として今戦略、戦術で欠けている面というのが何かあるんですけれども、言葉には私も出せないんですよ。あるとすればどういうところにあるかということをお話ししていただきたいと。  できれば、私は、新聞社、記者はうそをついてもいいと思うんですけれども、政治家とか学者とか宗教家というのは予言的な能力がないと私はなかなか務まりにくいと思っていますので、先生が総理大臣であるならばどういう着地点を見付けていくべきなのかということを、また見付けられるのかということを、この点をお聞きしたいと思います。  それと、もう簡単に言います。  東アジア共同体ですけれども、確かにこの二十年間の間に東アジア圏内の貿易額というのは七・八倍になったと。EUは四・一倍、NAFTAは四・四倍なんですけれどもね。非常に大きな経済圏になってしまったということです。ただ、この二十億の中で中国は十三億を占めていますので、そういう点では、この東アジア共同体というのは、ある面では中国のための共同体になりかねないと。なぜかといったら、あそこは唯一、一党独裁で、社会主義市場経済という、もう非常に、ある面では身勝手な思想を打ち立てられましてここまで来ていますので、ですからアメリカだって全然面白くないわけです、アーミテージさんの話聞いていましても。  そういう点で、この東アジア共同体というのは、日本にとって経済共同体、安全保障共同体、いろんな意味合いがありますけれども、これはどういうものをもたらすかということについては不透明なんで、私は、あえて言えばAPECだけでもいいんじゃないかということを、そのようにも考えられるんですけれども、先生のお話を、両参考人からお願いします。  以上です。
  32. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) 発言者にお聞きしますが、質問藤原参考人にですか。
  33. 末松信介

    ○末松信介君 第一問目は藤原参考人に、第二問目は簡潔に両参考人に。
  34. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) それでは、藤原参考人、先にどうぞひとつお願いします。
  35. 藤原帰一

    参考人藤原帰一君) 北朝鮮問題でどこが抜け落ちているのかという御質問でございますが、学者はうそをつくのはこれは職業上問題、もちろん問題で、そして職業上認められていることは、分からないことは分からないと言うという、これを無責任と言わずに学者らしいと言われるので非常に得な仕事でございます。  で、分からないことがたくさんある中での北朝鮮問題です。北朝鮮について一番分からないのは、政策決定者が何を考えているのかについて実に情報が乏しい。情報が乏しいだけじゃなくて、偽装するような情報が当然ながら流されるわけなので、乏しい情報に基づいて判断を下さざるを得ないというこの状態は多分変わらないわけですね。  その中で、北朝鮮が核についてどのような政策を考えているのかで、出てくる議論、我々の取るべき対応が全く違います。  一つは、核兵器をすぐ使うつもりがあるという考え方ですね。これは核の実戦使用を前提として核兵器を開発したという考え方で、いつでも核を使った瀬戸際政策を始めるだろう、こうしないと核兵器使うぞという脅しを北が始めるだろうという議論です。この解釈を取る人は比較的少ないと言って構わないでしょう。これは日本だけじゃなくて、アメリカでもイギリスでも少ないということだと思います。  そのあとの二つなんですね。  一つは、北朝鮮が国防を確保する手段として、抑止力として核兵器を開発しているという議論です。北朝鮮は元々兵器の近代化の水準からすれば韓国とは全く比較にならない。そのような状態で核に頼って国防を達成しようという方向に動いたのだということですね。もしそうだとすると、核兵器の廃棄が非常に難しくなります。国を守るための手段として核を開発しているんだから、これはなかなか廃棄したくない。交渉に応じるとすれば、時間稼ぎだということになるかもしれません。  そして、三つ目の解釈が、これは北朝鮮は言わば交渉材料として核を開発しているんだ、やめてもいい、どうせ少し持ったところで役に立たないことをよく知っているという判断ですね。だから、北朝鮮との交渉で北朝鮮の核廃棄の可能性が十分にあるんだという考え方です。  私は、残念ながらと言うべきかもしれませんが、最後の解釈取りません。北朝鮮は核の保有が目的で核を開発したんだというふうに考えています。としますと、北朝鮮が核を廃棄する展望について楽観的に考えることは難しいということです。  それから、二つ目のポイントは、北朝鮮の指導部がどこまでまとまっているのか、迅速に重大な決定を行う状況があるのかという点ですが、これも諸説あるところですけれども、私は、十分にまとまってもいないし、また迅速な決定を行う体制になっているとも考えません。  これは金正日の独裁だからできるんじゃないかとお考えになるかもしれませんが、共産圏の独自な事情ですけれども、独裁であるということは迅速な決定ができるということとまるでつながらないわけですね。フルシチョフの末期あるいはブレジネフの末期をごらんになればお分かりだと思いますけれども、重大な案件がどんどん積み残しにされていくという状態は独裁政権においても十分存在することであります。  北朝鮮は、現在、外交的な圧力に対しても、またオプション、友好的なオプションに対しても反応が非常に鈍く、また消極的になっているので、これは政治局における十分な意思決定の効率的な状況はないんじゃないかというふうに考えています。  ここから何が出てくるかということなんですが、そうなってくると、北朝鮮危機の膠着という大変望ましくない状態を考えざるを得ないのかなということが第一です。これは、そうですね、世論はそう答える人はいなくても、今覚悟し掛けているところではないんでしょうか、何分にも動いていませんから。  じゃ、どこから打開するのかというのが二つ目の点です。  朝鮮問題を打開するためのかぎは中国です。北朝鮮に対し実効的な制裁を加える力を持っているのは何よりも中国だから、これが理由の第一。  それから二つ目には、北朝鮮の核保有を実は非常に恐れている国、北朝鮮の核保有が既成事実になることを恐れている国が中国だからです。これはちょっと異常に響くかもしれません。というのも、同じ共産圏に属していますから。しかしながら、私は、中国北朝鮮に本当に防衛の保障を与えたことはないと判断しているんですけれども、情報出てきたらまた変わるかもしれませんが、そんなことを露骨に言うことはないわけですが、しかし中国に寄り掛からなければ北朝鮮の国防ができないということは昔からずっとはっきりしていたわけです。これが中国北朝鮮に対して持っている最大の言わば影響力の源泉だったわけです。北朝鮮の核保有が既成事実になるということは、それまで以上に北朝鮮中国に対して自主性を持つということになります。  三路向心と申しますが、中国の国防で重要な地域とされているのは朝鮮半島、それから台湾、それにベトナムです。この三つが言わば弱いところであって、ここから西側の軍事行動は起こるだろうと毛沢東は考えましたし、朱徳は考えましたし、いまだに基本的にはこの戦略は変わってない。北朝鮮が自立性が高まるということは、中国にとって極めて重要な地域でその影響力が後退するということであります。とはいいながら、この問題で国際的な協議の場で北朝鮮圧力を加えることにはまだ人民解放軍が強力に抵抗しています。現在の政権は人民解放軍に手を付ける意思はまだ示しておりません。手を付けてほしいんですけれども、まだ示していない。  ここでのポイントは、中国がどのように北朝鮮に対するポジションを変えるのかという一点に尽きると思います。容易なことではありませんが、これが打開できなければ、北朝鮮問題の打開は極めて難しいと覚悟した方がいいと思います。ということは、日中関係が険悪なときに日本中国と共同して北朝鮮に対する様々な政策行動を考えることが大変難しいという現実の課題ともつながるわけです。  東アジア共同体については、今の御指摘はかなりの程度そのとおりですが、正にだからこそ我々の側からの東アジア共同体の構想が必要だということにもなります。  結局どうなったか分からないんですが、経済産業省の中で東アジア共同体について協議が行われる、その協議に私は参加したんですけれども、その目的は、これはつくってもしようがないということではなくて、中国が主導権を握った東アジア共同体がつくられつつあるからこそ、そのイニシアチブを日本が奪い返すために何ができるのかという、そちらの問題でした。つくると中国が主導権を握る、現在の構想はそうなんです。だからこそ、我々が主導権を奪い返すためにゲームのルールをどう変えることができるのかという問題です。その点については先ほど申し上げたことと重なりますから、これ以上繰り返さないことにします。  以上です。
  36. 伊奈久喜

    参考人伊奈久喜君) 私に対する質問は、東アジア共同体についてのことなんですけれども、先ほど最初の冒頭の発言でやや抽象的にお話ししたことは、末松委員の問題意識とほとんど同じようなことを申し上げたつもりなんですね。何かAPECとどう違うんだろうかというのは、私もそう思うわけですね。乱暴なことを言うようですけれども、なぜそんなにアジア、アジアと言うんだろうかというようなことを思うわけですね。  四十年ぐらい前に梅棹忠夫さんという人が「文明の生態史観」という本を書いて、日本は極西の国だというわけですね。それはどういう文脈かは忘れましたけれども、まあ一種の文明論の世界からそういうことを言っているわけなんですけれども。考えてみると、日本は極東の国だというのはイギリス帝国主義的な歴史観、つまりイギリスから見れば極東に見えるということにすぎないわけで、したがって東アジアと限定するということの意味が何ほどあるのかと、それはアジア太平洋と広げてもいいんだろうという議論は正当性があると思うんですね。  しかし、先ほど藤原参考人が経産省の担当者の発言を引いていらっしゃったように、中国との対抗上、対抗するためのツールとして今それをやっているんだということであれば、それはそれで理解せざるを得ないんだというふうにも思うんですね。  ひとつ聞かれてないところに、前段の話ですけれども、相手立場になって考えるというようなことをおっしゃっていたわけですけれども、それはもちろん一般論としてはそうなんでしょうけれども、こういう場ですから、何かざっくばらんということでもないんですけれども、相手立場になって考えるというのは結構トリッキーな話で、例えば、そうすると、相手の言うことはまあそれは分かるなということになるわけですね、分かっていいのかもしれませんけれども。例えばイランの核問題、今考えますと、イランからすれば、イスラエルはあると、イラクはもうアメリカの友好国であると、アフガニスタンもしかりだとなると、じゃどうしたらいいんだろうかというふうに追い詰められるというふうな気持ちにもなるわけですね。それにもかかわらず、それはいけないんだというその理屈を作ることはそんなに難しくはないのかもしれませんけれども、おっしゃるとおり、相手立場に立つということと相手立場を是認するということは違うんでしょうから、それはそれで有効な問題提起であるんだと思うんですけれども、相手立場に立つというのは結構あれですね、使い方によっては変なふうに使われる理屈かなというふうに思います。  以上です。
  37. 末松信介

    ○末松信介君 ありがとうございました。
  38. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) 引き続きまして、犬塚直史君。
  39. 犬塚直史

    犬塚直史君 民主党・新緑風会の犬塚直史です。  両参考人にお伺いをしたいんですが、まず一番初めに、藤原参考人が冒頭に外交は原則の適用ではないとおっしゃった。そして、同時に、力の役割を過信した国際論もまた違うとおっしゃったんですけど、私はこのお話を聞いて、カナダという国がこの二つのバランスを絶妙に取っているんじゃないかなと、そんな気がするんですね。  それは、まず一つには、御存じだと思うんですが、ミサイル防衛、カナダアメリカの隣国でありながらミサイル防衛をやめるという決議をしたわけですね。それと同時に、カナダの国際刑事裁判所の所長のキルシュさんですとか、あるいはルワンダのPKOの責任者だったロメオ・ダレール将軍ですか、ああいう人が今は上院議員になられて、その一方の原則というのを物すごく大事にして、先ほどから国連の話出ていますが、カナダのやり方を見ていると、何か鏡に映る自分の姿が国連だよと、というような気持ちで一種の使命感を持ってやっているんじゃないかなと、そんな気もするんですね。かといって、この力の役割を決して忘れているわけではないと、そんな気もするんですけれども。  それで、伺いたいのは、その拡大ASEANの中で日本カナダ原則に近い日本のイニシアチブをもし取るとしたらば、一体どういうところに問題点があるのか。これは台湾海峡あるいは北朝鮮のことも含めて、ちょっと御指摘をいただきたいんですけれども。  まず、その前提として、前提として私が考えているのが、これ間違っていたらごめんなさい、前提として、そもそも日ソの間ではMADという相互確証破壊というのは成り立っていたわけですよね。今、米中間では、MADというのは、軍事的MADというのはもう意味を持たないと。もうこれだけ国際化して経済的にも一体感が出てくるこの世界の中で、軍事的MADというのはそもそも意味を成さないんだよと。中国アメリカの国債を放出してしまえば、もうそれで経済的なMADになってしまうんだと、そういう前提の下で今のカナダ原則、拡大ASEAN日本イニシアチブの問題点を御指摘いただければと思います。
  40. 藤原帰一

    参考人藤原帰一君) 貴重な御意見ありがとうございます。  カナダは非常に参考になる例で、カナダは防衛のためにアメリカとの関係を壊すことがあり得ない国ですから、その意味では安全保障政策の枠が非常に狭いところに決まっている中で自分の外交をどうつくっていこうかという模索をしてきた国です。これはカナダのナショナリズムとも重なることで、アメリカとは違う外交を展開することが世論に大変に評判がいいんですね。ですから、選挙目当てという意味でも、国連とか平和外交とかいうことが大変に大きな意味を持って、これはカナダの制度のようなものになっています。  ただ、取り巻く環境が非常に違うものですから、カナダを持ってくる前にまた別の国について申し上げたいのですが、それがオーストラリアですね。  オーストラリアは外交政策、随分いろいろ変わってきた国ですけれども、その中にギャレット・エバンスという方が外務大臣を務めていたときのオーストラリアの外交があります。この人は、アジアの外交を担当した人の中でも、またオーストラリアはアジアだと言った人のグループに彼は入っています、これ、アジアといいますけれども、傑出した人物ではないかと思いますが、カンボジアの和平の枠組みを構築するときにも非常に大きな役割を果たされた方です。また、APECを構築するときにも非常な役割を果たされた方なんですね。  そこでのポイントは、アメリカを敵視したりアメリカに立ち向かうことでもなく、またしかし、アメリカに対する依存を強めることで自分の外交政策の幅をなくすことでもないというその非常に微妙なバランスの中で地域の紛争の解決に当たってはイニシアチブを取っていこうというやり方です。そして、オーストラリア一国ではそれがただ飛び出しただけで役に立たない。そこで、できる限り賛成してくれる国をたくさん集めていこうとするやり方ですね。  もちろん、APECはピーター・ドライスデールを始めとしたいろいろな人々が参加したもので、エバンス一人がつくったものではもちろんありませんが、基本的には日本の経産省とオーストラリア政府の企てであって、そして当初から予想されたように、ASEAN各国は、これはワシントンの圧力を加えるトロイの木馬であると、トロイの馬であると警戒しますけれども、結果的には乗ってきました。こういうその地域の枠組みづくりをしていく主導権を発揮したという点で、やはりエバンスの功績というものは確認しておく必要があるだろうと思います。そして、議題として上せておいた方がいいもの、日本がこれから追求する議題としては、北朝鮮の核に加えて中国の核ということがあるだろうと思います。  中国は核兵器をなくすわけないじゃないか、全くおっしゃるとおりです。で、中国は今、臥薪嘗胆なんですね。アメリカと今は張り合うことはできないけれども、軍の近代化を進めて最終的には対抗できるだろうという夢を持っている人がいます。そして、今核を手放すという状況ではない。しかしながら、核を新世代に持っていくために今ほど巨大な投資が必要な時期はないんですね。巡航ミサイルの開発まで口にしている。原子力潜水艦の新世代をつくろうと言っている。お金が掛かってしようがない。  で、政治課題なんです。この政治課題に向かったときに、経済外交を基軸に据えていくのか、それとも人民解放軍を慰撫しながら巨大な軍事支出の増大と軍事開発を進めていくのかというその選択に、今ずっと引き延ばしにしているばっかりなんですけれども、中国指導部は直面するだろうと思っています。  その中で、核問題で日本にとって安全な中国をつくっていく意味で、中国は、すぐなくすわけじゃないですが、アジアの核の削減という枠の中に中国を入れると、それは中国の核の削減、もちろん入るわけですね。その仕掛けをつくることで状況を変えていくことができると思います。これは長期的な展望、今できることじゃないですが、長期的な展望を日本から訴えることこそが機構をつくっていく意味で重要なことになります。  また、核抑止に頼りながら広島、長崎を叫ぶという二重性を持ってきた日本外交の問題を最終的に打開していくのは、中国の非核化という展望なしに私は考えることができません。  以上です。
  41. 伊奈久喜

    参考人伊奈久喜君) 拡大路線の中でカナダ原則に近いイニシアチブということの意味、私、いま一つイメージでよく分からないんですけれども、カナダがミサイル防衛を拒否したということですけれども、これも当たり前のことというか、ある意味で、アメリカに向けて発射する、ミサイルを発射すればカナダには発射しないだろうという、カナダにとってはそういうたかをくくったところがあったんじゃないでしょうかね。こう言うと余りにもリアリスト過ぎちゃうかもしれませんけれども。  で、先ほど冒頭の発言の中でカナダについてちょっと述べましたけれども、カナダは複雑な国で、やっぱりアメリカに対する大きな依存の中で何らかの自主性を発揮したいという、そういうふうに常に悩んでいる国だというふうに思うんですね。  ですから、これを、例えば犬塚先生が日本に引き戻して議論されてるのかどうか定かでありませんけれども、もしそうであるとすれば、あんまりそれは参考になるような話ではない、全然違うんじゃないかというふうに私は思うんですね。  で、もう一つ、米中のMAD云々という議論、私、核抑止の理論そんなに分かりませんから、米中でMADが機能しているのかどうかということは、理論としてはこうだという自信を持って言う立場にないわけですけれども、先週発表されたQDRを見ますと、中国について、中国は軍事的に米国の競争相手となる潜在能力が最も高いと。対抗策を取らなければ、将来米国の軍事的優位が失われかねないと、こういうことを言っているわけですから、もうMADの時代じゃないやといって、何といいますか、楽観しているというわけでは多分ないんだろうというふうに考えます。
  42. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) ありがとうございました。  澤雄二君。
  43. 澤雄二

    ○澤雄二君 公明党の澤雄二でございます。今日は、両参考人、誠にありがとうございます。  最初に、藤原参考人にお伺いをいたします。  先ほど、北朝鮮に対する抑止というお話をされました。実は、去年、日本の国会ではミサイル防衛が承認をされました。このミサイル防衛というのは、日米安保にとって新しい局面を迎えたというふうに私は思っております。新しい局面を迎えたんですが、北朝鮮のミサイルを守るためだから当然であろうという多数の意見の中で、余り深く議論をされなかった、日本国内で、ということも感じております。  そこで、改めてお伺いをいたしますけれども、このミサイル防衛について藤原参考人はどのようにお考えになっているんですか。まあ評価でも構いません。  それから、これは両参考人にお伺いをいたしますけれども、中国脅威というのは、これも歴史的にいろいろな形で、状況に応じて語られているわけですけれども、ついせんだってもこの中国脅威論がかなり話題になりました。で、脅威を論じるときにはその能力と意思が問題であるということが常に議論されていますけれども、今、両参考人は、この中国脅威について、その意思と能力についてどのようにお考えなのか、お聞かせをいただきたいと思います。
  44. 藤原帰一

    参考人藤原帰一君) 澤先生のお話で、一つ目がミサイル防衛のお話です。  ミサイル防衛は、これは何よりも中国を想定して配備する、また配備することに意味があるものになります。北朝鮮に対してそこまで必要ないといったら差し障りがあるかもしれませんが、それぐらい北朝鮮の兵力は中国と比較して小さなものになります。  そして、ミサイル防衛が持っている問題点は、これは二点ありまして、一つ目が抑止を不安定にするということなんですね。これは、防衛ミサイルはほとんど常にそうなんですけれども、防御機能が高まることはそれまでのバランスを変えるので、それでその不安定性が生まれてしまう。  かつてABMという、これは核ミサイルですが、核弾頭ですが、迎撃ミサイルですね。ABMを旧ソ連が、アメリカが配備するんですが、アメリカがABMを配備したときに旧ソ連が大変に警戒して、そして米ソ関係が随分緊張したことがございます。このときにも少し似たことが起こっているんです。というのは、ABMを配備するときの理由は、これは中国の核武装が原因だということで配備されたんですね。そのために議会は認めた。中国アメリカに届くミサイル、当時持ってませんでした。ですから、全く架空のものなんですけれども、しかしながら、中国の核武装に対するパニックのような恐怖がアメリカに広がっていた時代だったので、ソ連向けのミサイル防衛なんだけれども、中国で配備しちゃったよということが起こった。しかし、結果としておかしくなったのは米ソ関係だったということになります。  ただ、この点については、実はミサイル防衛は既に織り込み済みになっているんですね。中国は軍事戦略で、日本にミサイル防衛が、MDが配備されることを織り込んで次世代の開発を進めています。この辺が難しいところで、反応が読み込まれているから新たな不安定要因にならないという判断一つ。しかし、二つ目には、読み込まれているけれども、これを理由に強硬なキャンペーンを展開するということが二つ目です。  結果的には、ミサイル防衛の問題点として、どこまで日中関係が悪くなるかというよりは、どこまで中国の中での軍の役割をそれで大きくしてしまうかという、そちらの方が問題だろうと思います。まだ決着付いていません。  ミサイル防衛の二つ目の問題はお金が掛かることです。これは、攻撃用の兵器開発よりも防御の方にはるかにお金が掛かるということから単純に理解できることであります。実は、日本の企業が開発にかかわっているために、ただお金が掛かるばかりじゃなくてもうかる人もいるわけですけれども、しかしながら、これを実際に配備する段階になると非常な予算を圧迫するということが表に出てくるでしょう。こうなってくると、これは、経済的な制約から、実効性のあるミサイル防衛をどこまでするのか。結局、数量を限定するということになる。  実はABMは、米ソ間で言わば大幅に削減した、実際上取りやめちゃったミサイルなんですが、そうなった理由は、これは簡単に言えばお金です。資金面でコストが高過ぎるから、だからまあ取りやめになっていったということですが、少数、首都の近辺に残されましたけれども、それほど役に立たなかったというのが実際です。  中国脅威ですけれども、まず国際関係においてはすべての国家が潜在的脅威であります。そして、それがどこまでの現実的な脅威なのかを判断するのが我々の仕事ですから、その意味で、現実的脅威かと言われれば、もちろん脅威です。中国を想定しながら様々な政策を練ることになる、それは戦争するという問題とはまるで違うことになります。  ただ、政治家の皆さんが現実の脅威と口にされることは、もうこれは全く違った意味を持つわけでありまして、戦略論で議論するのではなくて、脅威というふうに相手を呼ぶことは脅威とみなすということです。外交関係世界では、これは平和友好、日中友好などというきれい事を表向き言うのがむしろ原則でございまして、脅威とみなすということは、相手と信頼できる国際関係、外交ができないんだというふうに公言したということになります。それが賢明かどうかは御判断にお任せします。  しかしながら、現実の脅威であるかといえば、現実の脅威である側面があることは否定できません。そして、そちらの方にどんどん傾く可能性があります。我々の課題は、それをどのように阻止するかということであります。しかし、中国脅威が増大する、それを阻止する手段として、中国を交渉の相手としないとか、あるいはインドと結び付けて封じ込めるとかいった考え方、その対策の方が現実性を欠いているというふうに私は考えております。
  45. 伊奈久喜

    参考人伊奈久喜君) 中国の能力と脅威の問題ですけれども、この種の議論をするときによく話題になるのが、日本の領海への潜水艦の侵入であるとか調査船の活動ですね。それが第七艦隊の、まあいろんな調査活動によって第七艦隊の潜水艦の活動を妨げるようなことになるんじゃないかとか、そういうことで中国に対する警戒感を持つわけですね。それからもう一つアメリカの昨年夏に出た中国の軍事力とか、あるいは日本の国防、防衛白書ですか、もそろって指摘しているのは、軍事予算の不透明な、どんどんどんどん増えていると、その中身はよく分からないという、そういう問題ですね。  そういういろんなその中国の軍事的な問題点はあるわけですけれども、それをその脅威と呼ぶかどうかということだと思うんですけれども、それはもし脅威と呼ぶんであれば、それは脅威と呼んだ方が、何といいますか、利口なというか、呼んだ方が政治的に正しいというか、政治的に正当化される必要があると思うんですね。それで、脅威と言い立てる、まあ呼ぶことによって、呼ばなければ日本の例えば防衛予算が通らないというようなことであれば、脅威政府が、まあ政府かどうか知りませんけれども、その通したい人たちが呼ぶということは、それはそういうことなんでしょう。  しかし、それは同時に、その相手を身構えさせるという逆な効果もあるわけで、脅威と認識するということと脅威と言い立てることは多分違っていて、私は、先ほど藤原先生がおっしゃったように、認識するのは認識するに足る理由は多分たくさんあるのかもしれませんけれども、それ言い立てる必要があるのかどうかというと、そこは、まあそういうことをおっしゃっている方にはそれなりの恐らくその理由がもちろんおありなんでしょうけれども、それが得なのかなというと、やや疑問を感じるわけです。  以上です。
  46. 澤雄二

    ○澤雄二君 ありがとうございました。
  47. 西田吉宏

    会長西田吉宏君) どうもありがとうございます。  他に発言はございませんか。──予定の時間までまだ少しございますが、他に発言もないようでございますので、本日の質疑はこの程度にとどめたいと存じます。  一言ごあいさつ申し上げます。  伊奈参考人藤原参考人におかれましては、長時間にわたりまして大変貴重な御意見をお述べをいただきまして、おかげさまで有意義な調査を行うことができました。心から厚くお礼申し上げる次第でございます。  お二方のますますの御活躍を御祈念を申し上げながら、本日のお礼の言葉とさせていただきます。ありがとうございました。(拍手)  本日はこれにて散会をいたします。    午後三時三十八分散会