○
参考人(
藤原帰一君)
会長、ありがとうございます。また、本日、国際問題
調査会に御招待いただきましたことを深く感謝いたします。
この感謝は、いろんな
意味がありますけれども、何よりも憲法問題でお招きいただかなかったということについて心から感謝しております。これまで御依頼いただいたのはすべて憲法でした。これは、じゃ、おまえは憲法に反対なのかいとか賛成なのかいということになりますが、そもそも国際政治の学者に憲法について聞くということ自体が言わば戦後の国際問題についての
議論の不幸を表しているというふうに私は考えます。これは観念論になってしまうからです。
そうだ、憲法を改正すべきだと今お考えになった方、それも間違いなんですね。問題はそこにあるわけではない。そこでは外交政策の具体的な選択を原則の選択の問題に置き換えて、原則の適用として外交政策を考えてしまうという大変な誤りが生まれてしまいます。私は、国際
関係における力
関係、権力
関係を考えなければ国際政治の分析はできないと固く信じています。軍事力の均衡、
抑止を抜きに国際
関係を
議論することには全く
意味がありません。同時に、権力
関係から考えることは、この力の行使を過大評価するということにも全くならないんですね。むしろ、力を考えるということは、力を過信しないこと、そして賢明な政策がどこにあるのかを考えることが重点となるはずであります。ところが、力を排除する
考え方の対極に、今度は力の役割を過信する
考え方が生まれてしまう、これは別の
意味で原則論になります。
そこで、そのような憲法論と結び付いた、非常に厳しい言い方を申し上げれば、原則論的な国際政治の分析をあえて横に置いて、外交政策の選択についてしばらく申し上げてみたいというふうに考えるわけであります。
どういう選択、どういう課題があるのか。いろんな課題があるわけですけれども、大きな課題として二点あります。
一つは、順番を逆にしていますが、対
米外交とアジア外交をどう結び付けるかという問題です。これは、私は、第二次
世界大戦後の
日本に課せられた外交上の課題で、逃れることのできないものであると考えています。
既に、一九四六年、
戦争が終わって一年足らずのときに、外務省を中心につくられた戦後問題研究会という研究会で非常に適切な指摘が行われている。
安全保障では
日米関係が重要だ、
日本の安全を
アメリカとの
関係を抜きにして考えることができない。同時に、
経済を考えるときには、
アメリカだけが市場では
日本経済はもたない。とすれば、アジア地域、彼らの言葉では東亜諸地域と書かれておりますが、アジア地域との外交
関係をどう組み立てるかということも大きな問題である。ところが、この地域は、内政の不安定、さらに大国に対する猜疑心というものを抱えていて、外交
関係を組み立てるのが大変難しい
存在である。で、この
日米関係と、それからアジア外交をどう結び付けて組み立てていくのかが、これが
日本外交に課せられた大きな課題であると考えます。
先ほど
伊奈参考人から福田
政権の外交についてお話がありました。そこで全方位平和外交という言葉が語られます。まあ、ややというよりはかなり八方美人な、中身のない言葉のように聞こえますけれども、この福田ドクトリンの実体は日
米外交とアジア外交を
両方とも推進するということであってですね、実際、福田
政権はこれをかなり達成していくわけであります。これが大きな課題の
一つ。
もう
一つの課題は、核を保有しない国家が
安全保障においてどのような選択肢を持つかということであります。もちろんここで、核を全部
世界からなくせばいいのだとお考えの方もいらっしゃるでしょうし、また、いや、
日本も核を持てばよいのだとお考えになる方もいらっしゃるでしょう。問題はそこにあるわけではない。問題は、核を持たない国家、そして
アメリカの核
抑止力に頼っているときにどういう問題が生まれて、それにどう
答えるべきかという政策課題の問題です。これは後でというか、すぐ申し上げます。
で、核の傘という言葉を使いました。これは学者の言葉で拡大
抑止という言葉を使っているものであります。つまり、核を持たない第三国をめぐる
抑止戦略、これが拡大
抑止です。
多少、学者の
議論で恐縮でございますが、
抑止が最も安定するのは核保有国の間の
抑止です。核保有国が
お互いに攻め込んだら反撃するぞと脅し合うときに、犠牲となるのは
自分の国です。
自分の国が核兵器でやられたらたまらないから手を出しませんよと、これが核保有国の間の
抑止、我々が言う二国間
抑止に当たるものでございます。しかしながら、核を持たない国についての
抑止はそういうことにならない。というのは、ほかの国のために核兵器で守ってあげるということが
意味があるのかという問題が常に生まれてくるからです。
これはかつて何回も起こった問題でして、例えば一九六二年のキューバ・ミサイル危機。このときに、ソ連がキューバにミサイル基地を造るわけでありますけれども、重要なのは、キューバのカストロ
政権がミサイル基地を切望したということですね。何分にもフロリダのすぐそこです。核兵器がなかったら
自分の国を守れない、だからソ連の核兵器で守っておくれ、これがミサイル基地の設置であった。しかし、その結果、キューバ・ミサイル危機が起こってしまう。
アメリカは結果的にソ連に対して海上封鎖を行って、そしてソ連は屈服します。ミサイル基地は撤去する。で、カストロは、もう泣き叫ぶような反応を示すわけですけれども、見捨てられるわけですね。つまり、米ソ
関係の安定のためにはキューバにてこ入れをすることは損だという
判断をソ連
政府は取ったわけであります。
で、この問題は常に付きまとう。つまり、第三国を守るために何でうちが核兵器で
相手を脅さなくちゃいけないのかという問題が拡大
抑止には付きまといます。ということは、
相手からすれば付け入るすきがあるということです。
アメリカは本当に
中国本土を攻め込むとは限らない、また
中国は本当に
アメリカ本土を攻め込むとは限らない。しかしながら、じゃ
日本のことを本当に
アメリカは守るだろうか、あるいは
台湾のことを
アメリカは守るだろうか。すきがありますね。このすきが戦略的な不安定を残してしまうわけです。
非常に短く申し上げましたが、核の傘が無
意味だと申し上げたのではない、核の傘は成立するときはあるんです。しかし、この拡大
抑止という
状況は常に不安定を抱えた
抑止であるということだけここで確認しておけばいい。
さらに、
同盟を考えるときに、大国と結んだ
同盟に
二つの反応があるということを念頭に置いておくべきでしょう。
一つは、巻き込まれる恐怖ですね。これはかつての
日本では広く唱えられた
考え方で、現在ではむしろ
韓国で広く見られる
考え方になりますが、大国と軍事
同盟を結んでいると大国の
判断によって
戦争に巻き込まれるんじゃないかという恐怖であります。
二つ目の恐怖が、正反対になりますが、置き去りの恐怖です。つまり、見捨てられるんじゃないか、結局うちのことは守ってくれないんじゃないかという恐怖で、かつての
韓国はむしろこっちが高かったわけですけれども、現在の
日本ではこちらの方が高まったということになるんでしょう。
そして、細かい
議論を省かざるを得ないのですが、冷戦が終結することで
アメリカが相対的に優位となることは
同盟国の
協力を求める必要がそれだけ減ったということです。その分だけ置き去りの恐怖が高まる。高まるということは、
日米関係の緊密化、
アメリカとの防衛
協力の強化への要請がそれまで以上に高まる、そうしなかったら置き去りにされますからね。この置き去りの恐怖に傾くことが二国間
関係へと安保優位の戦略につながってくることは、これは十分に考えられることであります。
さて、これに関連して申し上げなければいけない点ですが、先ほど拡大
抑止が不安定だと申し上げた。じゃ、どうしたらいいのか。核を持てばいいじゃないかとお考えの方がいらっしゃるかもしれない。私は、これは決して賢明な
考え方だと思いません。核の傘を
日本が使ってきたというやり方は、結局、軽武装で
日本の安全を保つという選択だった。まあ吉田ドクトリンなどと呼ばれますけれども、軍事支出を
アメリカに大きく頼りながら軽武装で
日本の安全を保つやり方で、
アメリカから見れば、これは
アメリカの影響力の外では
日本が単独で行動できないという非常に有利な
条件を
アメリカに提供するものでした。
ここで
日本が単独核武装に踏み切るということは、何よりも
日米関係をめちゃくちゃにしてしまいます。核の傘の言わばあるじの側からすれば、単独の核保有をその国が目指すということは、
自分の陣営に対して相対的な自立性を高めるということになる、大変な不安定をつくってしまうんですね。しかも、新たな核保有国の登場は
抑止が最も不安定な時期です。最終的には
抑止が成立するかもしれない。しかし、それまでの間に非常な不安定を抱えることを覚悟しなければいけない。
としますと、拡大
抑止、核の傘という戦略を我々が続けるとして、次の段階がある。それは、単独の核保有で補うのではなく、むしろ地域の外交によってこの不安定を補っていくという選択です。つまり、
抑止を
前提としつつ、
抑止だけでは安定が保たれるわけではないという
考え方がここから生まれることになります。
一般論を続けましたので、ここから少し具体的な
状況のお話に移ってまいりたいと思います。
第一に、
北朝鮮の危機ですね。
北朝鮮と国際
関係を考えるときには様々な問題を念頭に置かなければいけない。そもそも分断国家であるということ、これ自体が非常な不安定をもたらすことになります。つまり、分断状態の克服をねらいたい。分断状態の克服とは、もちろん相互の合意による合併ではなくて、
相手に対する侵略というオプションを含むことは言うまでもありません。
これに加えて、ただの分断国家ではなく、
北朝鮮は破綻国家という問題を抱えています。これは、単に強権的な支配であるという問題だけではなくて、統治能力が大幅に後退してしまった、
経済体制を支えることができない、非常に
現状が不安定な国家形態になっているという問題が
二つ目の問題です。
更に申し上げれば、地球上に残された数少ない全体主義国家の
一つであって、体制として我々が合意できるような政策を取る国ではないという問題です。
そして、もう
一つ付け加えれば、好戦行動、これも学者の言葉ですが、リスクを恐れずに
戦争を展開する行動、これを好戦行動と申します。この行動を取る国が
世界に多いわけではありませんが、まあ
北朝鮮はスターリンとそれから毛沢東に泣き付いて
韓国を侵略したという過去を持っています。また、現在よりはむしろ七〇年代の前半に集中しておりますが、極めて攻撃的な軍事戦略を取った時代を持っております。その
意味で好戦行動の
可能性が残る国家であるという問題がございます。
これに加えて、我々は、言うまでもないことですが、特に七〇年代に集中した好戦行動と結び付いたことですけれども、
日本国民が拉致をされた。拉致被害者の問題というものは特に
日本にとって重いものですけれども、
日本ばかりではなくて
韓国にとっても重いものということになります。
そして、現在の危機を考えるときにどういう問題があるか。これもただ羅列をしますが、これは
北朝鮮の核保有という問題だけではなくて、核拡散の危機を招いてしまう。つまり、新たな核保有国が生まれたときには、核の傘は常に不安定ですから、
自分で核を持とうという
判断が、誘惑がほかの国に生まれてしまいます。
日本国内で
日本の核武装という
議論はまだ強くありませんけれども、
韓国では、
日本は核武装するだろうと考えている国は実に数多い。そして、逆に見れば、
日本国内では
韓国の核武装という
議論は余り聞こえませんけれども、まあ
韓国では、どちらですかね、
日本の核武装という声は
日本で余り聞かれませんけれども、
韓国では高い、
韓国の単独核武装という声は
韓国で余り聞かれませんけれども、
日本ではもちろんたくさん聞こえる。そして、
相手が単独で核武装する前に
自分が持った方がいいという
判断が生まれるわけですね。つまり、核拡散は
抑止に持っていくことはできるんですけれども、非常な不安定な時代であるということを念頭に置いていかなければいけない。
今、
北朝鮮について我々が抱えているのは、金正日
政権の長期化という問題だけではなくて、核保有の既成事実化であります。六
者協議が継続するということは、これは時間稼ぎのためにやったのか、結果としてそうなったのかは別の問題ですけれども、結果的には
北朝鮮の核保有が既成事実になってしまうという問題を抱えることになります。
ただ、ここで政策目標をどう設定するかという別の課題が出てきます。なるほど、これほど交渉の
相手方として信頼できる
相手ではない、しかも好戦行動の
可能性があるということになれば、
相手の攻撃性に見合うように我々の政策をエスカレートして考えることがどうしても生まれてしまいます。無理もないことであります。しかし、ここで考えなければいけないのは、我々が
政権打倒を目的として設定するのか、それとも
抑止と均衡を
前提として問題を設定するのかということであります。
北朝鮮の体制が望ましいものであると私は全く考えません。これが内部から崩壊することは、
外国にとっても、また
北朝鮮に住んでいる人々にとっても極めて良いことだと私は確信しております。そう申し上げた上で、
相手の
政権を打倒する
戦争は常に大変なコストが掛かるということは覚悟しなければいけない。そして、もし
相手の
政権を打倒するという
戦争が無理だという
前提に立つのであれば、我々は望むとあるいは望まないとにかかわらず、
抑止と均衡という戦略に逆戻りすることになります。つまり、
北朝鮮の体制を武力によって打倒するのではなくて、この体制が新たな攻撃的な行動を取ることができないように軍事的に
抑止するという選択です。
これを言うといかにもどぎつく聞こえるんですけれども、実は第二次
世界大戦後、朝鮮
戦争の後は、
北朝鮮は終始一貫核兵器によって
抑止されてきた国家であります。
抑止のコミットメントがどれだけ強いかは別にして、言うまでもないことですが、米軍の核
抑止力によって
北朝鮮は
抑止されてきた。この現実をまず踏まえる必要があるでしょう。
抑止は何も今始まったことではない、クリントン
政権でもそうです。
その次の問題、ここで交渉をするか制裁をするか。さあここで交渉と制裁を、言わば友好
関係に期待するこの愚かな選択とそれから勇ましい制裁というふうに区別して考えるのは大変な誤りです。というのは、我々が
北朝鮮と交渉するときには、
抑止という脅し抜きにすることは考えられないからであります。軍事的な
抑止が
前提となって、しかしそのことが
相手と交渉する機会を
自分たちから取り上げることはしない。これが
抑止と交渉の組合せであります。つまり、
北朝鮮と交渉するということは、あくまで力が背景となった交渉であるということを確認しておく必要があります。
また、制裁については、制裁がこれが適切かどうかということは、
相手に対する行動をどのように引き起こすことができるのかということから考えなければいけない。で、制裁に最も有益な、その主体の最も有益な制裁を進めることが重要です。と申しますのは、
経済制裁は、これは世論との
関係では聞こえのいい選択、軍事行動ではないですからね。しかしながら、軍事行動が必要なときには、
経済制裁ではなくて軍事行動を取らなければいけないんです。そして、軍事行動を取らないから世論向けに間に合わせをするような政策としての効果が不十分な
経済制裁は、逆に
状況の膠着化を招いてしまいます。そのためにも、実効性のある制裁を考えなければこれは紛争の長期化しか招くことにはならない。
更に申し上げますが、
北朝鮮問題を打開するためには、これも不愉快にお考えになる方がいらっしゃいますが、地域各国の一致した
協力がなければ不可能です。
二つの理由があります。第一は、
アメリカにとって
北朝鮮問題が地域問題にすぎないということであります。
日本にとっては地域問題ではない、直接の軍事的な
脅威です。しかし、
北朝鮮が直接
アメリカに攻め込むという
可能性は無視するほど足るものにすぎない、ミサイルそのものは届きませんからね。こうなってくると、
アメリカにとっての
北朝鮮問題の優先順位は低い。そして、
アメリカ外交の伝統でもあるんですが、優先順位の低い問題は多国間
協議に投げるという方法を取ってきました。現在の
北朝鮮問題の六
者協議も正にその典型であります。
こうなってくると、
アメリカが単独で元気のいい行動を取るということを考えるのは、いい悪いを別にして希望的な観測にすぎない。とすれば、
北朝鮮問題を打開するためには、この問題に関与する地域各国の
協力が不可欠です。しかし、これが難しいわけですね。
というのは、
中国、それに
ロシア、
韓国、そして
日本、
アメリカと、各国の
立場に大きな違いがあるからでございます。ここで、
中国と
韓国を巻き込んだ
北朝鮮へのアプローチに限界がある、これはもう
日米でいこうとお考えになる方いらっしゃるかもしれません。これは結果的には問題の長期化と膠着しか招かないということを、これは論証抜きでここだけ申し上げておきます。結果的には、
中国と
韓国をいかに我々と
判断が違っていても巻き込むことなしには、
北朝鮮の
状況は打開できないということを覚悟しなければいけません。
更に申し上げますが、そこまでしても
北朝鮮が妥協に応じない
可能性がございます。
外交で我々がよく間違えてしまうのは、北風に偏ることと太陽に偏ることです。
相手に対し友好的な姿勢を示せば
相手が妥協するだろう、これは希望的な観測です。
相手を圧迫すれば妥協するだろう、これも間違いなんですね。決定する力や
判断力を失った
政府に対しては、
圧力を加えても妥協をしても反応が出てこないことがあるんです。
レーガン
政権の中ごろ、
アメリカはソ連に対して十分な
圧力を加えた後、外交アプローチをしています。レーガン大統領は決して愚かな人ではありません。しかしながら、何の反応も返ってこなかった。というのは、ブレジネフが死んだ後のソ連の指導部は大変な混乱状態にあり、政策の新たなイニシアチブを取ることは全くできなかったからですね。
というわけで、
圧力を加えようと、あるいは妥協的になろうと、
北朝鮮からシグナルが返ってこない、この紛争が長期化するということは我々はあるいは覚悟しなければいけないのかもしれません。
北朝鮮についてはこれぐらいにしましょう。
中国問題です。
現在の
日本外交の課題で恐らく最大のものが
中国問題であります。それは、
北朝鮮と比較して軍事的に比較にならない規模の軍事大国であるということが第一。そして第二には、現在の
中国の中で路線対立、非常に厳しい政治闘争が行われており、この
中国がどういう方向に向かうのか、我々にも分からないし、恐らく
中国の当事者にもよく分からないという状態が続いている。非常な不安定です。この不安定自体が我々から見れば
懸念の材料でございます。
一方では、軍事大国。
ここで、
中国が着々とその戦略を進めるために軍事力の増強を図り、
世界に影響力を拡大してきたとお考えの方に反論申し上げたいと思います。私はそう考えたことありません。
中国はむしろ異常なほどの被害
意識、
自分たちが封じ込められるという
意識、厳しい言い方をすれば妄想を抱えてきた国家であって、軍事的な合理性というよりも非現実的な
判断に基づいた軍事力の増強を続けてきた国家だというふうに私は考えています。そして、これは
中国政府の全部ではなくて、むしろ、現在、
経済自由化の路線の中でともすれば置き去りにされかねない
立場に置かれている人民解放軍の
立場であります。
中国から伝わってくるメッセージを見るときに我々は注意しなくちゃいけません。だれからどのように行われたのかということです。正に
伊奈参考人がおっしゃったとおり、
台湾問題についてはかなり穏健とされる軍事
専門家でさえ目をむくような攻撃的な発言をされます。一方では、今は切った張ったの時代ではない、むしろ
中国は
経済台頭を目指すべきだという
議論を立てる方もいらっしゃる。これが敵の目を欺くための戦略だという解釈から、逆に本気だという解釈まであるんですが、実は
二つとも
中国の現実だという解釈が一番適切だろうと思います。
人民解放軍は、高いおもちゃのような最新兵器は最近もらってはいますけれども、しかし兵力の規模は一貫して削減を続けてきました。人を雇い過ぎちゃったわけですね。この人民解放軍は敵の
脅威を過大に伝えることによってしか
自分の
存在を確保することができない
立場に置かれています。現在の
中国指導部の一番の問題は軍改革に手を着けていないことです。また、手を着ける方向は残念ながら見えていません。そうして、実際、
中国が軍事大国に向かっているというのは皆様御指摘のとおりです。
しかし、他方では、
中国は
経済大国に向かっており、ここに実は我々が、
日本外交が大きな、どう申し上げたらいいんでしょうか、後退をしてしまった場面があります。
中国が
経済外交に目を向けるのは当たり前のこと。というのは、非常に大きな輸出大国となり、貿易紛争を抱えているからです。こうなってくると
アメリカを抑え込まなくちゃいけない。しかし、
アメリカを抑え込むときに核兵器で抑えたってこの問題解決出てきません。この問題は、
アメリカを多国間の貿易
協議の中で言わば飼いならしていくという方向しかない。というわけで、
中国は大国主義ですから、
日本とか東南アジアは
相手にしたこともなかった国だったわけですが、東南アジア外交を重視するという
立場に急転回いたしました。
また、インドとの
関係についても、あくまで軍事的な
脅威としてインドをとらえていた
中国、しかも小さな
脅威ですね。それが、インドも重要なパートナーという
位置付けに変わって、そしてインドとの
国境問題についても大胆なイニシアチブ、
中国に有利なイニシアチブですが、を提供し始めた。
中国は
経済大国という期待、将来を持っているために、アジア各国は
中国を実際に向きました。
我々が目を向けなくちゃいけないのは、軍事的に
中国に対して劣勢に立っているという
議論以前に、軍事的には
日本は
日本の領土に関する限りは制空権を握っているんです。問題は、
経済外交において
中国から圧倒的に後を取ってしまったということですね。
宮澤首相がかつて言った、
ASEANは
日本の選挙区であるという
状況は現在の
日本ではもはや見ることができません。
ASEAN加盟国は、我々が国連安保理の常任理事国になろうというときに全く署名国に加わってくださらなかった。確かに
中国のことも彼らは怖い。だから、
中国が議長国になろうとするときに
東アジア共同体では
中国をすっぽかしました。しかし、これは
日本の勝利ではないんですね、まだ。
経済外交において
日本が後手を取っているということは確認する必要があるでしょう。
さて、我々にとって望ましい
中国とはどういうものだろうか。
経済大国としての
中国は確かに非常に大きな競争
相手には違いありません。しかし同時に、嫌われるのを承知で申し上げれば、我々は
中国という市場も必要ですし、また
中国に対する投資も必要です。
中国との貿易がなくなることが新
日本製鉄にどのような影響を与えるかとお考えになればすぐお分かりになるでしょう。ここでは
経済交流における、取引における
条件闘争が必要なのであって、必要なのは
戦争ではありません。しかし、もちろん軍事問題が一方にある。
さあ、ここで
中国の解釈なんですね。
中国は、領土問題も含め軍事的な手段を使って勢力圏を拡大しようとしているのか。私はそう考えません。むしろ、侵略されるという
可能性を過大に異常に喧伝することによって軍事戦略をエスカレートさせているというのが実情だろうと思います。ということは、
台湾問題を除いた領土紛争について
中国の非常に大規模な軍事攻勢を今恐れなければいけないという状態ではないと私は考えます。
台湾は違います。というのは、
台湾については
現状維持とはいっても、
現状についての
中国の了解と我々の了解が全く違うからですね。しかしながら、
中国側には
ジレンマがある。というのは、
台湾が独立できるときがあるとすれば、
中国が攻め込んだときだからです。
中国が攻め込むことによって、原則上の
一つの
中国、事実上の
二つの
中国という状態が、
日本も
アメリカも公式に
台湾を支援するという状態になってしまうかもしれない。ですから、軍事的に手出しをすることが非常に難しいという
状況であります。ということは、
中国は軍事的に大きな
脅威ですけれども、しかし外交というオプションがなくなった
相手ではないということであります。
私は、
中国の指導部の対日
関係あるいは対日認識に何の幻想も持っていないつもりです。しかしながら、
中国指導部が大規模な侵略
戦争を現在準備しているという
前提から
中国政策をとらえることは正確ではないと考えます。
問題は、
中国のパラノイアのような、彼らが防御だと考えている過剰な軍事戦略の根拠を我々は壊すこと、この一点です。となれば、ここでも
抑止と外交の組合せという問題が
前提になってくるだろう。
ただ、ここでの問題は、
中国に対する
アメリカの核
抑止力は本当に
意味があるのかという別の問題があります。というのは、米中間に関する限り、
アメリカは
中国を直接の軍事的な
脅威としては現在とらえていないという実情があるからです。
これが怖いところなんですが、だからこそ、
中国に対しては単独で我々が軍事力の増強に踏み切った方がいいという
議論が出てくる
可能性があります。悪い冗談だと思います。というのは、今我々が増やすということが実際に
中国を封じ込める効果を持つとすれば、それは誤りであって、
中国を封じ込めることができる兵力は依然として
アメリカ以外にないんですね。
日本の兵力の増強が封じ込め効果を持つというのは大変な希望的な観測であります。
このように、大分どぎつい形容も含めて
状況の分析を進めてまいりました。
ここで力
関係をベースに
状況分析、
北朝鮮、
中国についての分析を進めてきたことは改めて繰り返すまでもないというふうに考えます。しかしながら、このことは、我々が言わば強気の政策を取ったり、
中国について我々が
相手の直接の侵略を想定した選択に傾くべきだということでは全くない。むしろそうではない。ここでは
抑止という状態、つまり
相手の攻撃的な行動を抑え込むという核
抑止という
状況を維持しながら、同時にそれが我々の手から離れてしまったような危機に拡大することを防止しなければいけないということであります。
時間もなくなりましたので、ここで申し上げることはもう今申し上げたとおりですけれども、
安全保障だけを考えれば我々は
アメリカに頼らなければいけない。そして、置き去りの恐怖がありますから、対米
関係の強化が必要になる。二国間の外交に偏ります。
しかし、二国間外交を強めることがアジア外交で有利な結果を生むと考えれば、これ私、誤りだというふうに指摘せざるを得ない。
安全保障における二国間
協力の強化と並んでアジア諸国との間の外交を広げていくことが必要だろう。これは
北朝鮮においても
中国においても必要ですが、特に東南アジアという
日本に対する友好感の強い国との
関係を再構築していく必要もあるだろう。
ここで、例えばインドと手を組んで
中国を抑え込むことができるだろうなどという
考え方は、一見すれば戦略論ですが、実際の現実から外れた
議論であるというふうに決め付けて、私のお話を終えることにしたいと思います。
御清聴ありがとうございました。