○海渡
参考人 私は、日弁連を代表して、本
法案の越境組織
犯罪防止条約の国内法化にかかわる
部分について
意見を述べさせていただきます。
日弁連は、既に本
法案に関連して、「国連「越境組織
犯罪防止条約」締結にともなう国内法整備に関する
意見書」を二〇〇三年にまとめ、これを公表しております。お手元にも配付させていただきました。
私たちが常識として学んできた刑法においては、
犯罪の被害が発生して初めて
犯罪として処罰できるということが原則でした。しかし、本
法律案において提案されている
共謀罪は、
犯罪の発生するはるか以前に、
関係者の合意の
段階から処罰できるものというふうにされております。この
委員会でも、単なる目くばせでも共謀が成立する場合があるというふうに法務省は説明されておられました。
合意の
段階から処罰するということは、思想そのものを処罰しているわけではありませんが、人の内心において悪い考え方を持っているということと紙一重の
段階から国家刑罰権を発動しようとするものです。
確かに、イギリスやアメリカにおいても、共謀を処罰しようとする規定が
存在します。両国において、過去に、
共謀罪は、労働組合運動、反体制運動、反戦運動などを封じ込めるために治安的に用いられてきました。今もアメリカにおいては、反戦運動で一たん無罪とされた事件について再度
共謀罪として訴追がなされるというような、恣意的な運用がなされております。
共謀罪は、近代刑法を前近代の専制刑法に逆行させようとするものであり、日弁連はその制定に強く反対します。
共謀罪制定の
理由として、政府は、国連の条約の国内法化のためであるとし、国内の
犯罪情勢においてはそのような立法を必要とする立法事実はないと説明されてきました。きょうの
参考人の
質疑の中では、さまざまな事情を川端先生や安冨先生から御発言がありましたけれども、このような説明は法制審議会では審議されておりません。また、テロ対策の点を安冨先生は言われましたけれども、テロについては、殺人予備の罪、爆発物取締罰則に定められた
共謀罪といった
手段で十分対応が可能だと思われます。
国内において
共謀罪の立法事実がないのであれば、少なくとも条約が求めている最低限の立法にとどめるという謙抑的な姿勢が
法案の立案担当者には求められていたというふうに考えます。しかし、ここに提案されている
法案は、この条約の求める
範囲をはるかに超えてしまっております。
ここで、条約に関する留保の可能性について述べておきたいと思います。
条約は、三十四条一項において、各国の国内法の原則に従って
執行すればよいというふうにされております。この条約には、明文で留保を禁止したり、
特定の留保しか認めないといった規定はございません。ウィーン条約法条約の十九条によれば、当該留保が条約の
趣旨、
目的と両立しない場合には留保できないとされています。この条約の
目的や適用
範囲に定める
趣旨、
目的と両立できる
範囲では、条約の留保はこれからでも十分可能である、国会の承認は終わっておりますが、批准の
段階で十分可能であると考えます。
私は、一九九九年四月にウィーンで開催されておりましたこの条約の起草のための第三回のアドホック
委員会に
出席し、傍聴させていただきました。日弁連では、この条約の重要性に早くから注目し、その審議の過程をフォローするため、必ず毎会期に代表団を送るようにしてまいりました。
条約起草
委員会に
出席されていた日本政府代表の皆さんは、非常にバランスのとれた、常識的な対応をされていたというふうに思います。日本政府が審議冒頭に国連に
提出されたペーパーには、「すべての重大
犯罪の共謀と準備の
行為を
犯罪化することは我々の法原則と相容れない。」とはっきり明記されております。このような
立場に立って、日本政府は、重大
犯罪を組織的な
犯罪集団に関する重大
犯罪とすることなどの修正を提案されていたのです。
共謀罪について、組織
犯罪集団の関与を条件とすることは、条約五条が明文で認めているところです。このことを提案したのは日本政府御自身なわけです。この条約を批准した国々の中でも、ノルウェーやチリなどでは、
共謀罪について、組織
犯罪集団の関与を
要件としております。
ところが、
法案にはこの規定がありません。
法案に定める
共謀罪の構成
要件は、「団体の活動として、当該
行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者」とされています。つまり、共謀を行った者が一つの団体に所属していること、この団体の中に組織があり、この組織によって
犯罪が実行されたこと、この二点だけが
要件になっているわけです。
この規定は、九九年に制定されました組織的
犯罪の処罰に関する法律の規定を踏襲したものですが、この団体の中には、
犯罪性のない株式会社、市民団体、サークルなど組織
犯罪集団でないものが含まれるということは、法務省みずからの立案担当者が書かれたこの法律のコンメンタールの中で明確に述べられております。その点は、きょう配付しました私のペーパーの注にはっきり出典を明記しておきました。
政府は、国会に
提出した文書の中では、当初は我が国の刑事法制の原則的なあり方に反するおそれがあると
判断していたということを認めながら、
対象となる重大
犯罪の
範囲が
限定され、組織
犯罪集団の関与を条件に付すことが可能となったため、この方針を転換したというふうにこの
委員会に
提出された書面の中で説明されています。であるならば、このことを誤解の余地なく法文の中に明記すべきだったのではないでしょうか。
日弁連は
共謀罪の制定そのものに反対ですが、最低限、組織
犯罪集団の定義として、重大な
犯罪を遂行することを
目的としていること、団体の意思決定に基づいて継続して重大な
犯罪を繰り返していること、こういったことを
法案の中に明記し、このような組織
犯罪集団の関与した重大な
犯罪に適用
範囲を
限定するということを明記するべきだと考えます。
法案は
共謀罪の成立する
犯罪を長期四年以上の刑を定めるすべての
犯罪としており、その数は実に六百十九にも及びます。適用
対象がこのように広範なものとなったのは、条約二条が重大
犯罪の定義として長期四年以上の刑を定める
犯罪としたためであると説明されております。
他方で、各国の条約の実施は国内法の原則に沿って進めれば足りることは、条約の三十四条一項に明記されております。各国の国内法の刑期の決め方によって、国内法における重大
犯罪の
範囲は全く別々になり得るという条約の規定になっているわけです。
我が国の刑法体系は、
犯罪の法定刑の幅が著しく広いというのが特徴であります。このことから、条約の審議過程においても、日本政府代表は、重大
犯罪を長期四年の刑期をメルクマールに決めるということについては強く反対されておられました。この反対
意見に同調する国々もたくさんあったわけでございます。リスト方式でどうだという
意見があったわけです。
実は、既存の組織
犯罪処罰法の
犯罪収益収受の罪の前提
犯罪というのは、一九九九年の
時点において、日本政府自身が組織
犯罪が関与する可能性のある重大
犯罪としてリストアップしたものだったわけです。この数をきょう来るに当たって数えてきたのですけれども、その後改正されて少し数がふえておりますが、合計百八十六の罪が定められております。六百十九に比べれば、百八十六、三分の一以下なわけです。
本条約の批准に当たって解釈宣言を行うことによって、既存のこの組織
犯罪処罰法の別表、これが我が国の考える重大
犯罪であるというふうにしてこの条約を批准するということは十分許される、条約の
趣旨、
目的にも反しない、許される選択であるというふうに考えるものであります。
共謀罪については、合意を推進する
行為を条件とすることを条約五条が明文で認めているところでございます。合意を推進する
行為については、アメリカの
共謀罪におけるオーバートアクトと同様のものであるという説明がよくなされております。しかしながら、オーバートアクトの
程度については、アメリカの判例の多くは、オーバートアクトはコンスピラターの微々たる
行為で足り、
目的達成から遠く離れたものであっても構わないといった判例があります。
他方で、どの
程度のレベルの
犯罪の準備
行為が条約上の合意を推進する
行為として必要かは、各国の国内法の基本原則に基づいて決定できることであります。これをアメリカのオーバートアクトを基準にして決めなくてはいけないというものではありません。そのことが条約上合意をされているわけでもありません。オーストラリア、ラトビア、サウジアラビアなどの各国において、合意を推進する
行為を
要件としたという通報が国連あてになされておりますけれども、ここでもオーバートアクトという言葉は使われておりません。
提案されている
法案では、
犯罪の合意だけが
要件であり、それ以上の何らかの
犯罪の準備
行為ということは全く必要とされていません。
法務省の御説明では、オーバートアクトは、アメリカ法においては、
犯罪の成立
要件、構成
要件ではなく、
犯罪の立証の問題、法定
証拠の問題であるという説明がされているようであります。したがって、
犯罪構成
要件に書き込むことは適当でないという御説明のようです。
しかし、この問題は、条約に基づいてどういう国内法をつくるべきかということでありまして、アメリカ法、アメリカの判例について議論するべき問題ではないわけであります。松宮孝明立命館大学教授は、この合意を推進する
行為というのは、ヨーロッパ大陸法流の理解からすれば、言うまでもなく
共謀罪の客観的構成
要件要素であるというふうに述べられています。
共謀罪こそが我が国の法原則に本来合致しないものである、このことは法務省御自身がお認めになっていたことなわけです。
共謀罪の処罰
範囲を
限定するため、少なくとも
犯罪の準備
行為を
犯罪の構成
要件とするということは、この条約を批准する上で疑いの余地なく可能なことでありますし、必要不可欠な措置であるというふうに考えるものです。
本
法律案においては、
共謀罪は、実行の着手前に警察に届け出た場合には刑を減免することになっております。このような
犯罪実行着手前の自首減免の規定は、条約上、その導入が義務づけられているものではございません。
このような規定があれば、
犯罪を持ちかけた者が会話を録音するなどして相手の
犯罪実行の同意を得た上で届け出た、録音テープ、ICレコーダーとかを持って届け出た場合、
犯罪を持ちかけた方の主犯は処罰されず、それにうんと言って同意しただけの者が処罰される、こういう事態になりかねません。
例えば、市民団体、労働団体の中に公安警察機関がスパイを送り込み、何らかの
犯罪行為を行うことを持ちかけ、多くの
関係者が同意したところで、それをテープに撮って警察に届け出た。
犯罪の実行前に全構成員が逮捕されてしまう。しかし、持ちかけた本人は、その名前も住所も全くわからない、こういうことになりかねないわけです。こういう事態というのは、多くの国民を疑心暗鬼に陥れ、密告
社会への道を開きかねないものと考えます。
自首の必要的減免規定は司法取引や訴追免除といった
制度につながっていくものであり、別途に徹底的な議論、討論の場を設けて討論された後に決定されるべきことではないでしょうか。日弁連は、この自首の際の刑の減免規定については、その削除を強く求めるものであります。
共謀罪の制定に当たっては、
犯罪の越境性、すなわち
犯罪が国境を越えて発生していることを
要件とすることができるかどうかは、日弁連と法務省の間に深刻な対立がございます。
日本政府は、条約の三十四条二項を援用し、国内法化の
段階では、越境的という
性質は国内法の要素としてはならないというふうに主張されています。確かに同項には、五条による
共謀罪は、国際的な
性質、これは先ほどの越境的な
性質という意味だと思いますが、と
関係なく定めるというふうに規定されています。
この条約三十四条二項というのは、もともとの草案にはなく、条約審議の最後の会合となりました第十回会合の終盤になってフランスが提案してきた。それがさらに形を変えて急遽盛り込まれた規定でございます。
そして、本項の
趣旨は、条約の公的
記録のための解釈的な注という、トラボ・プレパトワールという文書ですが、この当該
部分を見ますと、条約の適用
範囲を変更したものではなく、越境性と組織
犯罪集団の関与が、これはこの条文については
関係ないんですが、ほかの条項に関連して言っているんですが、国内法化の本質的な要素ではないことを明確化したものであるとされています。
今言いました解釈というのは、条約の実際の正文との間では若干そごがあるというふうに私も認めますけれども、もともと提案されていたフランス提案とは非常に整合する、そういう中身の注になっているわけです。
日本政府がこの
委員会に公開していただいた公電を子細に読んでみますと、このフランスの提案というのが審議の途中で変わっていくわけですが、こういう
内容自体を変えるという提案がなされたという経過は一切なくて、この
場所を、イギリスの提案によって、条約の適用
範囲の規定から条約の
執行という、一番重要な規定からもっとランクの低い規定に移す、そういう修正が行われただけ、あとの修文は議長が勝手にやってしまっているという経過がわかります。
したがって、ウイーン条約法条約に基づいて、この条約の制定の経過というものを見ますと、この条約三十四条二項は、条約五条について、越境性の要素を国内法に含む必要がない、そのことはドゥー・ノット・ハブ・トゥーというふうに解釈的注には書いてあるわけですが、必要がないということを意味しているというふうに理解できます。
仮に、この三十四条二項の解釈自体が、今外務省や法務省がおっしゃっているとおりであるというふうに仮定してみたとしても、国内法化に当たっては、慎重な姿勢をこの国会としてとって、この三十四条二項について留保する、そして国内法において越境性を規定するということは、批准の障害とは考えられません。むしろ、条約全体の
趣旨からすれば望ましい措置である。したがって、ウイーン条約法条約上、当然許される留保になるというふうに考えるものであります。
共謀罪は
社会を変えてしまう危険性を内包しているということを述べたいと思います。
松宮教授の言葉をかりるならば、
共謀罪においては、なされた
行為よりも敵と味方の区別の方が重要である。ゆえに、
行為よりも
行為者が重視され、
行為者刑法となる。法定刑にも、組織
犯罪と
一般犯罪とでダブルスタンダードが導入される。同時に、刑罰の意味も変わる。敵に対する刑罰では、
社会復帰、統合、同化は意味をなさなくなるのである。
この
委員会におきまして、この春、受刑者処遇法の改正というものをやっていただいたわけです。ここで
犯罪者の
社会復帰に向けた大変意味ある
制度をつくっていただいたわけですが、そういった刑事司法の改革と真っ向から反するものが、この
共謀罪なんです。このようなものを成立させると、刑事司法そのものが、
一般市民相互の約束事としての市民刑法という性格を変容させ、
社会の中の貧困層や少数派、
社会的に反対を唱えている人たち、そういった者を
社会から排除していく敵味方刑法といったものになっていきかねないというふうに考えます。
また、
共謀罪が導入されれば、
犯罪捜査のあり方が一変する可能性があります。先ほど安冨
参考人もおっしゃられましたが、
共謀罪を取り締まろうとすれば、人々の会話や電話、メールの
内容そのものが
犯罪となるわけで、これらのものを
証拠として捕捉することが必要になります。
そのためには、
通信傍受法、盗聴法の適用
範囲を拡大していく、さらには室内盗聴
制度を導入する、サイバー
犯罪条約でその導入が提案されているメールのリアルタイム傍受の
制度化を図るといったことが次々に提案されてくる可能性があるのではないでしょうか。また、自白偏重の促進、さらには、さまざまな団体に警察機関のスパイを潜入させるといったことが予測されるところであります。
今、ほとんどの町の主要な街灯に監視カメラが設置され始めております。この監視カメラに人の顔の認識ができるシステム、そして
一定の非常に指向性の強いマイクかなんかを連動することができれば、街頭でしゃべられていることそのものによって
共謀罪が立証できるといった、本当に恐ろしい、究極の監視
社会に行き着くことになるのではないでしょうか。
結論を述べたいと思います。
日弁連は、近代刑法の原則を変容させる
共謀罪の制定そのものに強く反対します。仮に、国連の条約の批准に際して
共謀罪の立法化が不可避であるとしても、少なくとも次のような修正を加えるべきです。
適用
範囲を、越境性のある、組織
犯罪集団の関与した
行為に
限定するべきです。組織
犯罪集団については、重大な
犯罪行為を行うことを
目的とし、かつ、現に重大な
犯罪行為を累行していることを
要件とするべきです。
対象犯罪は、組織
犯罪集団が組織的に関与する可能性のある重大
犯罪、具体的に言えば、現行の組対法の別表に
限定するべきです。
犯罪成立のために、合意だけでなく、
犯罪の準備
行為を
要件とするべきです。
密告の奨励につながるような実行着手前の自首による必要的な減免規定は削除するべきです。
この本
法案の他の項目について、結論的な
意見だけを述べさせていただきます。
マネーロンダリング
犯罪の前提
犯罪については、その飛躍的拡大に強く反対するものです。そして、マネーロンダリングの前提
犯罪を、長期四年以上の刑を定めるすべての
犯罪ではなく、少なくとも組織
犯罪集団の組織的に関与する可能性のある
犯罪に
限定するべきであると考えるものです。時間がありませんので、
理由は配付しました書面に譲らせていただきます。
証人買収などの罪については、現行刑法の
証拠隠滅の罪、偽証罪の
範囲で十分対応可能であると考えます。
捜査機関と弁護側では、証言における真実、虚偽という
判断が百八十度異なってくる場合があるんだということを銘記していただきたいと思います。条約批准に当たっては、この条約二十三条に関しても留保を求め、国内法化に際しては、証人買収罪の削除を求めるものです。
仮に全面的な削除が不可能な場合には、この規定の適用
範囲を、やはり少なくとも組織
犯罪集団の組織的に関与する可能性のある
犯罪に
限定するべきであると考えます。
理由は配付しました書面に譲らせていただきます。
以上、本
法案について日本
弁護士連合会の
見解を御説明しました。既に、日弁連だけでなく、日弁連加盟の各地方単位会の二十四会、過半数を超えているわけですが、二十四会において、本
法案に反対する声明が公表されております。
本
法案は、刑事司法の基本原則、国民の
人権保障について重大な影響を及ぼす、本当に刑法体系そのものを変えてしまうような重大な法律でございます。この国会におかれましては、以上のような指摘させていただきました
問題点を十分審議して、条約の留保、
法案の削除、修正など、必要な措置を講ぜられるよう、心から希望いたします。
御清聴ありがとうございました。(拍手)