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参考人(
山田久君)
日本総合研究所の
山田でございます。
本日は、貴重な機会を与えていただきまして、ありがとうございます。私の方からは、主に
三つの点について
意見を述べさせていただこうと思っております。
お配りしていただいておりますレジュメにございますように、
一つ目は、過去十年間で我が国の労働市場がどういうふうに変わったのか。それから二つ目は、足下で少し
変化が見られますけれども、それを含めて今後、労働市場が今度はどう変わっていくのか。それから
三つ目としまして、今後の労働市場の
変化の方向性を踏まえた上で、どういう課題が生じ、それにどう
対応すべきかということについて
意見を述べさしていただきたいと思っております。
まず、第一点目の過去十年間でどういう
変化が起こったかということでございます。
図表の方ごらんいただきますと、図表1というところをごらんいただきますと、失業率と有効求人倍率の
グラフが載ってございます。御案内のように、九〇年代に入りまして我が国は非常に厳しい
雇用情勢に直面したということでございます。九〇年代後半から特に急速に失業率が上昇したということであります。これは、背景にあったのは、言うまでもなく、例えば
産業空洞化圧力の問題あるいは不良債権問題の発生、そういった中で、正に
日本経済が未曾有の
経済危機に直面する中で、
企業の労働
需要が大きく減退したということがあったということかと思います。そういう
状況に対しまして、新卒採用を減らしたり、あるいは結果として倒産して失職する人が出た、あるいは早期退職等による離職が増えたということがこの失業率の大きな上昇の背景にあったということかと思います。
ところが、二〇〇〇年代に入りまして少し
状況が変わってきております。失業率の上昇に徐々にですが歯止めが掛かってきた。この背景には、
賃金コストの削減が大きく進んだということがあったと思います。
図表の2の方をごらんいただきますと、真ん中のところに一人当たり
雇用者報酬というものの推移が載ってございます。九七年の半ばをピークに緩やかに減少
傾向に転じておりまして、特に二〇〇〇年前後からその下落スピードが加速しているということが御確認いただけると思います。そういう中で、労働コストがそれだけ下がりましたので、結果として失業率の上昇に対して歯止めが掛かる。さらには、ここ一、二年に関しましては、
景気も少しずつ回復してきたというところで、
雇用需要が少し戻ってきているというのが今の
状況かと思います。
以上、マクロの
状況を簡単に御説明しましたが、次にその背景にあるミクロの
変化というところを御説明いたします。
図表の3のところをごらんいただきたいと思います。この背景にあった、特に二〇〇〇年に入ってからの一人
当たり賃金の低下というところにあったのが、いわゆる非
正規雇用が増えたということがあったということでございます。これ、先ほど
大竹先生の御説明にもありましたように、過去十年間で急速にこの非
正規雇用の
比率が上昇してございます。九〇年代の初めには二〇%
程度であったものが最近では三〇%を超えるという
状況でございます。
これは一人当たりの
賃金で見ますと、非
正規雇用、例えば
パートタイマーで見ますと、時間
当たり賃金で見まして、平均で見ますと大体四割、
正社員の四割
程度しかございませんので、それだけ非
正社員が増えると
賃金が下がるということで、実際その図表の4をごらんいただきますとお分かりになりますように、九八年以降、毎年非
正社員へのシフトによって
賃金が〇・五ポイントから一ポイントずつ
程度押し下げられてきたということが御確認いただけるということかと思います。
それともう
一つ、この非
正社員の
増加ということで申し上げておかなければならないのは、かつては
パート、
アルバイトが中心であったのが、ここ十年ぐらいはいわゆる
派遣社員あるいは
契約社員、さらには
請負労働者あるいは委託
労働者といった
タイプの非
正社員が増えている。単純に非
正社員が増えているだけじゃなくて、非
正社員の中での
多様化が起こっているということでございます。
それと、先ほど申し上げましたのは言わば非
正社員の話でありましたけれども、
正社員についてもかなり環境が変わっております。いわゆる年功制あるいは終身
雇用と言われる
日本的
雇用慣行に関しましても
変化が生じてございます。
終身
雇用に関しましては、次の
ページごらんいただきますと図表の5というのがございます。例えば出口というところで見ますと、かつては
日本の場合、最近、八〇年代ぐらいまではそれほど早期退職ということを行わなかったわけですけれども、特に九〇年代終わり以降、この早期退職を中心とした希望退職あるいは
解雇という件数が増えておりまして、最近でも、
景気が戻っているにもかかわらずこの水準がそれほど下がらないという
状況に変わってきております。
それから、入口のところでいいますと、かつては新卒を一斉採用するというのが
日本の慣行であったわけですけれども、去年、今年辺りは回復をしておりますけれども、以前ほど水準が戻らずに、一方で中途採用なんかもかなり言わば採用方式の
一つの在り方として定着してきているという
状況であります。
それから、年功
賃金のところでいきますと、図表の6にございますように、いわゆる年齢ごとの
賃金カーブというのが徐々にフラット化してきている。この背景には、昨今言われております成果主義
賃金の導入があるということかと思います。
以上を踏まえまして、二点目の労働市場の最近の
変化について述べたいと思います。
図表でいきますと、図表の7でございます。先ほども言いましたように、この十年間で急速に非
正社員の
比率が上昇したわけですけれども、実は足下で少しこの上昇が鈍ってございます。
正社員が足下で今年に入ってから
プラスに転じてくる一方で、例えば
パートタイマーの伸び率が鈍化するという
状況になってございます。この背景には、余りにも急激な非
正社員のシフトが様々な弊害を生み出してきているということがあると思います。
図表の8をごらんいただきますと、これは
企業に対するアンケート
調査ですけれども、非
正社員の活用のマイナス面として、
一つ、そのノウハウの蓄積面でマイナス面になってくる。それから二つ目としまして、機密漏えいの問題が発生しているというふうなことが指摘されてございます。そういう側面があって、少し揺り戻しが起こっているということでございます。
それから、いわゆる成果主義というものに関しましても、もう昨今マスメディア等でいろいろ報じられているとおり、少し見直しが入っていると。特に、次の図表でいきますと、図表の9というところをごらんいただきますと、特に人事評価をめぐって納得性あるいは透明性というところで問題が生じて、これに対する見直しが起こっているというふうなところでございます。
じゃ、以上を踏まえたときに、足下で少し起こりつつある
日本的
雇用慣行の見直しであったり、あるいは非
正社員の上昇テンポの鈍化というものが、そういう方向で過去十年のトレンドが変わっていくのかということでございますが、結論からいきますと、恐らくトレンドそのものは変わらないんじゃないのかな。すなわち、非
正社員の
増加あるいは
日本的
雇用慣行の変質というトレンド自体は不変ではないかというふうに考えてございます。
その最大の
理由は、マクロ環境がやはり大きく変わったということかと思います。よく指摘されるところでございますが、例えば
少子高齢化という大きなトレンドがございますが、そういう中で、国内の消費市場というのはどんどん伸び悩んでいってしまう。そういう中で、
企業の競争がより激しくなっていく、あるいは中国あるいはアジア諸国の工業化というところから考えましても競争が激しくなる。それから、ITなどの
技術革新の影響で、例えばその商品サイクルが短縮されたり、あるいは経営の意思決定スピードが速くなるというふうな
変化が起こっておりまして、いずれも内外競争を激化させるという方向に働いておりまして、
企業は生き残りを懸けて新しい製品を開発し、あるいは事業構造転換を不断に行っていくことが必要になっている。そういう環境
変化そのものは大きなトレンドとして変わらないということかと思います。
そうしますと、当然、
企業サイドとしましては、かつてのように
正社員を中心、
正社員だけを採ってということはできないわけで、やはり多様な
労働力を活用していく
必要性が高まっているということだと思います。かつては人件費の抑制ということが最大の非
正社員の活用の
要因だったわけですけれども、最近ではそれに加えて、例えば即戦力の確保であったり、専門業務の
対応といった言わば戦略的な活用という側面も出てきているということかと思います。その辺り、図表の10というところをごらんいただきますと御確認いただけると思います。
一方、生活者、
労働者の方から見ても多様な働き方が必要になってきているということかと思います。例えば、高齢者あるいは子供のいる
女性にとって、短時間労働であったり在宅勤務といったのは、例えば高齢者でありますと体力に見合った働き方ができたり、あるいは子供のいる
女性、場合によっては
男性ということもあると思いますが、
仕事と家庭の両立ということで望ましい働き方だということが言えると思います。その辺りも図表の11ですけれども、非
正社員が非
正社員という
就業形態を選択した
理由というところを見ていきますと、先ほど申し上げたような事情もあるということが御確認いただけると思います。
以上を踏まえまして、
最後に課題と
対応というところに移らしていただきたいと思います。
もちろん、非
正社員が増えてきているということに関しましては、
プラス面、マイナス面、両面あるということかと思います。
プラス面に関しましては、まず、就労機会が増えるということだと思います。
企業にとっては
雇用コストというのがやはり低いということで、その分就業機会が増える。
正社員だけですと、非常に
雇用の契約の在り方が今のところ硬直的でありますので、こういういろんな働き方が増えることによって
企業の採用意欲というのが上がるということが
一つ目でございます。
それから二つ目は、先ほど御指摘いたしました、働き方の
多様化がライフスタイルの
多様化を支援するという側面がございます。とりわけ、ワーク・ライフ・バランス、すなわち
仕事と生活の両立ということを支えるという側面があると思います。
一方、マイナス面といたしましては、やはり
雇用保障がどうしても
正社員に比べて不安定だという問題があると思います。それから、二つ目としまして、一般論としてですけれども、能力開発の機会が相対的に不足する懸念があるということかと思います。この辺りは先ほど
篠原会長がおっしゃいましたようにいろんな形で
対応はなされてきているということかと思いますが、現在のところ、
統計等で見ますとまだ不十分なところがあるのではないかと。例えば、図表の12を見ていただきますと、いろんな形での
企業の能力開発に対する支援ということで見ますと、
正社員に比べまして非
正規社員が劣っているということになってございます。
以上を踏まえまして、
最後、これからどうあるべきかということで方向性だけ申し上げたいと思います。
非
正社員の
増加ということを、勤労者が主体的に働き方を選べるという意味で、本当の意味での
就業形態の
多様化という方向に持っていくためには、やはり基本的には
正社員、非
正社員の待遇の均等化ということをやっぱり図っていく必要があると思います。ただ、それを言ったときに、単純に今の非
正社員の処遇を現在の
正社員並みに引き上げていくということではないんではないのかなということです。
それはなぜかといいますと、今の
正社員に対する
現状の処遇であったり法的保護の在り方ということが、いろんな形で
社会の構造
変化に
対応できなくなっている部分があるということかと思います。つまり、
正社員に今適用されているいろんな法的な保護の仕組みを新しい時代に合った形に変えていくことによって、そうして
正社員、非
正社員を問わず、すべての
労働者に新しい処遇あるいは法的保護の体系をつくっていく必要があるかというふうに考えてございます。
具体的にそこに、項目四つレジュメの方に載せてございますけれども、例えば
一つは
雇用保障。これまで
正社員では非常に
雇用保障がきちっとしていたわけですけれども、結果として、相対的にこれが
企業としてもいろんな競争の中で難しくなっているということで、むしろそれよりは、相対的に
雇用機会の提供であったり、あるいは能力開発の支援に対する方向に重点をシフトしていくべきなんじゃないのかなと。
それから二つ目としまして、いわゆる年功
賃金という問題がありますけれども、これをそのまま必ずしも維持するというよりは、むしろ多様な家族形態、例えば共働きということで家族の生活ということをこれからできるようにするような人が増えてくるわけですけれども、それを見越して
仕事と家庭生活の両立支援という方に重点をシフトしていくべきなんじゃないか。
それから、特にホワイトカラー等を中心とした
仕事の内容の言わば創造性の向上というふうなところを考えますと、労働時間
規制そのものよりは、安全配慮あるいは健康管理義務を強化する形の方向にシフトしていくべきじゃないか。
それから
最後に、
社会保障に関して申し上げますと、これは
大竹先生のところでも少しあったと思いますけれども、今の制度というのは年金制度が非常に
正社員できつくなっている、非常に保護が強くなっている、それが結果的に
企業の
雇用インセンティブを下げているというところがありますので、むしろ働く機会を増やしていくことによって結果として長い
期間働けるような形にする、あるいは共働きということがやりやすいような
状況にすることによって
社会保障制度の
必要性を下げていくという方向に考えていく必要があるんじゃないのかな。これは
少子高齢化の中で今の制度、
社会保障制度を維持するというのは非常に困難になっていると思いますので、そういう方向で考えていくべきじゃないかな。
キーワード的に言いますと、かつてのウエルフェアという
考え方からワークフェア、すなわちウエルフェアとワーク、働くことによって福祉を実現していくという、そういう新しい
考え方に転換していく必要があるんじゃないのかなということでございます。
以上、少し長くなりましたが、ありがとうございました。