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参考人(
石川卓君)
東洋英和女学院大学の
石川卓と申します。よろしくお願いします。
本日は、
ミサイル防衛につきまして、特に
アメリカにとっての
ミサイル防衛の意義、その背景となります
国際安全保障環境といったことを中心にお話ししまして、それを踏まえました上で、
我が国の
ミサイル防衛に関しまして若干留意すべき点といったことを述べさせていただきたいと存じます。
簡単ではございますけれども、おおむねお
手元のレジュメに沿って進めてまいりたいと存じます。
ミサイル、特に
弾道ミサイルの
拡散というのは
冷戦終結の前後から加
速度的に進んできておりまして、今日、その
拡散と申しますのは、
大量破壊兵器、
WMDの
拡散と
並び国際社会全体にとっての主要な
脅威の
一つと広く考えられております。
今日では、その
資料記載の表一にもございますように、三十か国以上が
弾道ミサイルを既に
保有し、更に今
開発を重ねていると言われるわけです。特に第三
世界における旧
ソ連製の
スカッドミサイルというものを
ベースとした
戦域ミサイルの
拡散というものが顕著でございますけれども、特に
途上国にとりましては
ミサイルというのは高価で貴重な
兵器であると。そのため、
効用最大化をねらいまして
弾頭に
WMD、
大量破壊兵器が使われる
可能性が高いとも言われております。このことも
ミサイル拡散というものが深刻な
脅威であるとみなされる一因になっていると考えられるわけです。
他方、
安全保障に不安を抱えている国あるいは
大国と良好な
関係にない
中小国にとりましては、近隣の敵国に対する
軍事的優位というものだけではなく、域外の
大国の干渉に対する
政治的自立性というものを確保するためにも
ミサイルの魅力というのは大きくて、これが
ミサイル拡散が進む要因の
一つになっていると言えます。また、例えば核
兵器に比べまして必要となる
技術や材料の入手というものがより容易であるということもその
拡散を助長することになっていると言えるわけです。
これに対しまして、表二に簡単にまとめましたように、
ミサイル不
拡散の
枠組みづくりというものも進められてきております。
西側先進諸国の
輸出規制枠組みにすぎない
MTCRというものに加えまして、最近では
ミサイルを否定する国際的な
規範の形成というものも進みまして、二〇〇二年にはいわゆる
ハーグ行動規範というものも採択されております。翌〇三年には
アメリカの主導で
拡散防止構想、
PSIというものも立ち上がっておるわけです。
しかしながら、周知のように、
ミサイル不
拡散の
枠組みというものにはいずれも限界がございます。
MTCRや
ハーグ行動規範というのは
法的拘束力がない云々ということもございますけれども、
枠組みの外ですね、つまり非
加盟国間における
拡散に対してはほぼ無力であります。実際、
拡散というのは主にその枠外で生じてきたわけでございます。
そのためもありまして
アメリカが主導してつくられたのが
PSIでございますけれども、
PSIも、その
独自開発とか
垂直拡散ですね、つまり
保有国が
保有量を増加するとか
質的向上を図る、主に
射程を延ばすということですけれども、そういったことに対しては余り
効果を持ち得ないという。ただ、一方では
PSIというのは不
拡散枠組み外での
拡散について一定の
成果を上げてきてもおりますけれども、当然のことではございますけれども、すべての
技術移転ということを阻止することはできないということがあるわけでございます。
そのため、
アメリカはこうした不
拡散枠組みの
強化というものと並行しまして
拡散対抗というものを打ち出し、その
一環として
ミサイル防衛というものを進めてきたわけでございます。
拡散対抗というのは
クリントン政権が九三年に打ち出したものでありますけれども、これは、
大量破壊兵器及び
ミサイルの
拡散というものが既に起こっているということを
前提としまして、これに対処する
能力を
強化していくことによって
既存の不
拡散政策というものを補完しようというものであります。
ただし、その
アメリカの
ミサイル防衛というものは単に
ミサイルや
WMDの
拡散への
対抗措置として進められてきただけというわけではございません。それは、むしろ
冷戦後の
脅威の変質に伴う
抑止態勢というものの
変更の
一環として推進され、また同時に正当化されてきたと言えるものであります。
つまり、その主要な
脅威というものが、
冷戦期には
アメリカと
相互確証破壊関係、
MAD関係ですね、にありました
ソ連であったわけですけれども、その
ソ連から、
冷戦後には、より小
規模ではございますけれども、
WMD及び
ミサイルというものを
保有若しくは志向する、さらに
既存秩序の
変更を図ろうとするいわゆるログステーツ、
ならず者国家へと変化したということがありまして、これを受けて、大
規模な
報復の威嚇を
基軸とする
抑止、いわゆる
懲罰的抑止というものから、敵の
目的達成を逐一阻止する
態勢の
強化というものを
基軸とする
拒否的抑止へと修正していく必要が生じまして、
ミサイル防衛というのは
ミサイルを様々な形で活用した敵の
目的達成というものを拒否する要素として極めて重視されるようになったと言えるわけであります。
ここでは、その
ならず者国家というものがより
合理性の低い
主体であり、大
規模報復の脅しというものが利きにくいということが
一つの
前提となっております。そのため、
ならず者国家というものが現実に起こし得る
秩序攪乱行為というものを逐
一つぶしていく、拒否していくための
能力が必要になる、それによってそういう
行為を
抑止するということが想定されているわけです。
そして、そうしたその
拒否能力、
拒否力の
強化には、
ミサイル防衛以外でいいますと、当然、巨大な
核戦力ではなく、より使い勝手のいい
通常戦力の拡充というものが必要になってくるわけです。
精密爆撃能力というのが代表的ですけれども、同時に、そうした
能力を使用する
戦域に迅速に派遣する
能力、
戦力投射能力というものの
向上が特に必要になるわけです。
とりわけ、その
ミサイル防衛、
精密爆撃能力、
戦力投射能力の三点が重視されますのは、
冷戦後の一極
構造下におきましては、その
アメリカの
武力行使の形態というものがほぼ排他的にいわゆる介入型の
武力行使になるということが想定されているためであります。これには、例えば湾岸戦争のような地域紛争への介入、あるいはボスニア及びコソボ若しくはソマリアのような内戦、あるいはその中で展開される大量虐殺などのような非人道的
行為への介入と、それから九八年、〇一年の
イラク空爆のような
拡散阻止のための
攻撃といった形の
武力行使、言わば国際秩序の維持、回復というものを図るための警察行動的な
武力行使というのが
冷戦後の
アメリカの
武力行使の典型的な形態となっているということがあるわけです。
いずれの場合にも、
精密爆撃能力、
戦力投射能力というものが重要になるということは容易に理解いただけると思うのですけれども、そこで
ミサイル防衛が重要になりますのは、相手が
ミサイル保有国である場合に、
ミサイル防衛の
システムがないと介入そのものをちゅうちょせざるを得なくなる
可能性が高まるということがあるわけです。
例えば、
日本、
我が国に関して考えていただければ簡単なんですけれども、
日本が
ミサイル攻撃というものを受ける
可能性が高い状況では
アメリカが北朝鮮の核
開発施設を爆撃するということはより難しくなるといった、そういった論理がそこにはあるわけであります。
そして、もしそうなれば、秩序維持、回復の最終手段としての
武力行使の威嚇というものの信憑性というものも低下してしまうと。その威嚇によって、侵略国の撤退あるいは非人道的
行為の停止あるいは
WMD開発の停止といった
目標を達成できる
可能性も当然低下してしまうということになるわけですね。そこで
ミサイル防衛というものが重視されるということになるわけです。
ちなみに、こうした
拒否力の
抑止効果というものを最大化するためには、時にそれを使用するということが必要にならざるを得ない場合もございます。
抑止というのは、威嚇を実行できる
能力だけではなく、威嚇を実施する意思というものも必要とするものだからであります。
よく
アメリカによる
軍事介入というものを批判して、振り上げたこぶしは振り下ろさなければならないというようなことが言われますけれども、結果は確かに同じなのかもしれませんけれども、事はそう単純ではないわけでございまして、威嚇を発した側としては、要求が十分に通っていない、受け入れられていないにもかかわらず威嚇を実行しないということが度重なっていけば、将来的にその威嚇の信憑性が低下するという
可能性も考慮せざるを得ないということが言えるわけです。
非常に簡単ですけれども、おおむね以上のような、
抑止態勢変容というものの重要な一要素として、
アメリカは
ミサイル防衛を
冷戦後特に力を入れて追求してきたということが言えるわけです。
しかしながら、こうした
抑止態勢の変容というものには
一つのジレンマというものが伴います。
確かに、
ならず者国家、非人道的
行為あるいは
WMDの
拡散というものに対処するためには、そのことだけを取れば
拒否的抑止への移行というのは合理的な対応であると言えるわけです。しかし、それは、特にロシア、次いで中国といった
既存の核
保有国との戦略的な
関係というものを若干動揺させる、場合によっては悪化させる
可能性というものも持っているということがどうしても指摘せざるを得ないわけですね。
実際、
冷戦終結後、米ロはしばしば
ミサイル防衛をめぐって衝突してきました。また、その米ロ
関係の悪化を懸念して、西ヨーロッパ諸国が
アメリカの
ミサイル防衛を牽制あるいは警戒するといった場面も見られてきたわけです。
言い換えますと、今日の主要
脅威により
効果的に対処しようとすることが、ロシアあるいは中国といった
アメリカと、難しいんですけれども、微妙な
関係にある国と
アメリカとの
関係というものを悪化させて、ひいては
アメリカとその同盟国との
関係も緊張させ得るということにつながり得ると、そういった構図が
冷戦後の国際
システムには見られるということだろうと思います。
クリントン政権が、例えば
戦域ミサイル防衛、TMDというものに比べて本土
ミサイル防衛、NMDというものに消極的だったのも、部分的にはそうした背景があったわけです。ブッシュ政権ですらも政権発足後しばらくはロシアに対する配慮というものを示していたわけです。結局、ABM条約脱退という形でブッシュ政権が
既存の一線というものを超えるきっかけになったのは、やはり九・一一事件というものであっただろうと考えられます。
ブッシュ政権は、対テロ戦争での米ロ協調というものができたわけですけれども、これを利用し、また、実は余り現実性のないテロ組織と
ミサイルの結び付きというものを強調するといった形でABM条約の脱退というものを非常に低コストで実現し、その公約どおり、本土
防衛も含む大
規模な
ミサイル防衛網の構築へと弾みを付けたと言っていいかと思います。
ただし、これまでのお話からも分かると思いますけれども、こうした
ミサイル防衛も含めた
拒否的抑止態勢への移行というのは、決してブッシュ政権によって始まったものではなく、
冷戦終結前後から着実に進められてきたものでありまして、ブッシュ政権はこの変化を加速化させたにすぎないと言っていいものと思います。
また、ブッシュ・ドクトリン、いわゆる先制
攻撃ドクトリンというものもこの変化の延長線上に位置付けるべきものであると考えております。
それは、よく言われますように、
抑止の利かないテロ
脅威の台頭というものを受けまして
抑止を放棄したということでは決してなく、むしろ
強化されてきた
拒否的抑止態勢の発動というものを公言することによってこの
抑止の
態勢の
抑止効果というものを高めようとするものであると言えます。
しかしながら、そうしたブッシュ政権の政策も、
拒否的抑止への移行に伴う、先ほどから申し上げているジレンマというものと無縁であるわけではないわけですね。
確かに、ABM条約脱退というものは、ロシア、中国の反発というものが控え目であったこともありまして、
アメリカとヨーロッパ、米欧
関係にもさしたる緊張を生じることはなかったわけです。しかし、その延長線上にあると先ほど申しました先制
攻撃ドクトリンというものが
イラク問題をめぐって実践されそうになってくると、米ロ
関係というのは非常に悪化しましたし、御存じのように、米欧
関係にも深刻な亀裂が生じたわけです。
むろん、そうした
関係悪化とか亀裂というのは永続するものではございませんけれども、
拒否的抑止への移行に伴うジレンマそのものが消滅するということではございません。したがいまして、
ミサイル防衛というものが
能力的に高度化していくにつれてこのジレンマが表出してくる
可能性というのは理論的には高くなるということが言えるわけです。
以上を踏まえまして、最後に、
我が国にとっての
ミサイル防衛というものについて若干留意すべきことということを述べておきたいと存じます。
まず、
我が国にとって
拒否的抑止への移行に伴うジレンマというのはかなり深刻な問題になり得るということです。言い換えれば、そういう難しい環境に今
我が国は置かれているということであります。
これはもう自明のことでありますけれども、
拒否的抑止というものが必要とされる、北朝鮮のかなり顕在的な
脅威に直面していると同時に、こちらは評価が大きく分かれるかと思いますけれども、中国という潜在的
脅威というものも抱えているためであります。今般
導入される
ミサイル防衛システムではさほどそのジレンマが顕在化することはないかもしれませんけれども、
日本若しくは
日米の
戦域ミサイル防衛能力、そして
アメリカの本土
ミサイル防衛能力というものが高まっていけばこのジレンマを顕在化させることになっていくということも完全には否定できないということだろうと思います。
確かに、
ミサイル防衛の推進というものは
我が国に幾つかのメリットというものをもたらし得ると思います。
まず、
アメリカが
ミサイル防衛協力への参加とかあるいは
システムの
導入というものを
日本を含め同盟国、友好国にずっと求め続けてきたということを踏まえれば、これを進めていくことは
日米同盟を政治的な意味で
強化するということにつながると言えるわけですし、今後の
配備、
運用における協力次第では、
日米間のいわゆる相互
運用性の
強化、インターオペラビリティーの
強化にもつながり得るわけです。そうなれば、北朝鮮あるいは中国に対する
抑止効果の
向上というものも望めることになるのかもしれません。たとえ今般
配備される
ミサイル防衛システムの
能力が全体、総体的に見て十分ではないとしましても、
日米同盟の緊密化というものが持つ政治的、象徴的意味合いというのも決して無視できるものではないだろうと考えられます。
また、かなり楽観的に考えれば、うまくいけば、東アジアにおける軍備管理、軍縮の契機というものを提供できるのかもしれない。さらに言えば、
日米の
技術協力の拡大ということにもつながっていき得るわけです。
しかしながら、いずれのメリットにも一定のリスクというものは伴うということも同時に指摘せざるを得ないというふうに思います。
例えば、相互
運用性の
強化というものは、情報面、
軍事面における、言葉は余り私も気に入りませんけれども、対米従属性というものにつながるかもしれませんし、北朝鮮若しくは中国が
対抗措置というものをとれば
抑止効果も相殺されてしまうかもしれないということは完全には否定できない。
また、これは反対派が長く主張してきたことでございますけれども、軍備管理、軍縮ではなくて連鎖的な軍拡競争というものを促してしまう。これは、
程度はともかくとして完全には否定できないかもしれないということですね。さらには、
日米間の
技術協力の拡大というのは、やはり
日本の経済的利益ですね、特に知的財産面での損失というものにつながるおそれもなくはないということですね。さらに、その軍縮外交の理念といったことにももしかしたら傷が付くかもしれないということだと思います。
こういったことに関してはいろいろな
意見があると思いますけれども、私個人としましては、学問的により正しいのは、いずれに転ぶかはだれにも断言できないと言わざるを得ないということだと思います。とは申しましても、まず
ミサイル防衛というものは万能薬ではないということは肝に銘じておくことが必要であろうというふうに考えております。
例えば、
日米同盟の
抑止効果を
向上させるためには、単に
ミサイル防衛を
導入すればいいということではなくて、それを含めて様々な努力が多方面で必要になるわけですし、その
ミサイル防衛の
導入やその
運用をめぐる協力というのはその
一つの契機になるにすぎませんと。軍縮、軍備管理
効果みたいなものを発揮させたいと思うのであれば、相当に難しい交渉というものを東アジアにおいて展開していく必要があるといった形で、様々な
課題がそこに待ち受けているということであります。
しかしながら、その
配備というものを既に決めているわけですから、そうである以上は、その
効用最大化を目指すべきであるということも当然考えなければいけないわけであります。シビリアンコントロールの確保など非常に難しい問題がありますけれども、例えば事故的
発射というものが起こった際に、現場が撃墜をちゅうちょし、その結果国民に不要な被害が出るといったようなことは法制度上やはり最大限回避できるようにしておくことが必要であるというふうに考えられます。
ついでに申し上げますと、今回の法改正では、主として今般
導入される
システムの
運用を想定していると考えるべきではないかと思われます。つまり、今後
システムの
能力というものが
向上していった場合、具体的に言えば、ブースト段階迎撃というものが出てきた段階で更なる法改正の検討というものが必要になる。逆に言えば、今回はそういったことはある意味で考えておくことは必要ですけれども、切り離して今回の法改正というものを検討する必要があるのではないかというふうに考えております。
最後に、
安全保障環境の変質というものが起こっている以上、
ミサイル防衛システムの
開発というものはもはや避け難い
課題であるということは指摘せざるを得ない。確かに、オフェンス、ディフェンスの競争というのはオフェンス有利であるということは完全には否定できないわけですけれども、だからといってその
開発を初めからあきらめるというようなことはあってはならない。それが許されるような環境に今日我々は置かれていないということを認めることが非常に必要なことになっているというふうに考えております。
時間ですので、以上で終わらせていただきます。
ありがとうございました。