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太田委員 憲法調査会が五年になりまして、今までも
お話のありましたとおり、
中山会長を初めとして、この
調査会が五年間粛々と論議をしてきたことというのは大変意義の多いことであったというふうに思っております。
特に、今枝野先生からもありましたけれ
ども、いろいろなそのときそのときの政局の課題というのはさまざまあろうと思いますが、国の
あり方というものをじっくり論議するということが、
憲法の条文を吟味すること以上に私は大事であったというふうに思っておりまして、その
意味では、五年間の
憲法調査会が終わった後に、ポスト
憲法調査会として何らかの機関というものが設置をされて、国の
あり方ということについて常に恒常的に論議をするということが必要なことだというふうに思っております。
五年前に、ちょうど二〇〇〇年というときでありましたものですから、ちょうど百年前の話をしたことを記憶しております。明治になりまして、明治
憲法下で
日本が急速度に文明というものを取り入れる中で、そして、列強に相呼応するような形のところまでこぎつけた瞬間に、一体、
我が国というのは何をもって
文化となすのかというアイデンティティーの問題が問われたのが百年前であったというふうに思います。新渡戸稲造の「武士道」、あるいは岡倉天心の「茶の本」や内村鑑三の「代表的
日本人」、あるいは牧口常三郎の「人生地理学」、そうしたものは、やはり文明というものが大きく受容される中で、
日本という国はどういう国であったかということを改めて問いかけるという作業が行われたんだというふうに思っております。
私は今、
日本は、まさに
憲法を論ずるということは、そうした
日本というものの持つ思想や、あるいは
文化とか伝統というものをやはり掘り下げて考えていかなくてはならない。戦前戦後ということで揺り戻すな、また戻せというような論議というものは全く今は
意味がないというふうに思っておりまして、百年前のそういうことを想起しながらこの
憲法調査会の冒頭で
発言したのであります。
保岡先生から国柄という話がありました。私は、そういう
観点からいいますと、その国柄ということについても論議はこの五年間で十分とは全く言えない、このように実は思っています。それは、明治ということを想定しての国柄であったりするということはよくあるんですが、やはり
聖徳太子の
時代、あるいは平安
時代、そしてまた鎌倉
時代、室町
時代、そしてまた江戸
時代に至るまで、それぞれのところで、非常に多様な
文化を受容しながら
日本型に塗りかえていくというところに
日本の
文化の知恵というものの特徴がありますから、どういう
文化、伝統であるのかという国柄の根源というものをもう少し論議するということが私は大事なことであったかと思っておりまして、その
意味では、その点は、この五年間の
憲法調査会の論議は、少し論議がまだ欠けているということを痛感しております。
ただ、これからの未来志向の
憲法論ということからいいますと、間違いなくITあるいはゲノム、あるいは
環境、あるいは住民参加という四つの
観点というのは当然これから大事でしょうし、世の中は変わってきていて、ことし特に私自身が考えております問題点の、大きな問題として二つだけ列挙させていただきますと、やはり少子高齢という
社会に急速度に突入をし、団塊の世代が再来年から六十に到達をする。その中での財政危機と
社会保障の
あり方、そして少子高齢ということをどう迎えるか、
経済の活性化をいかになすべきかということをトータルに考えるというような場面が、条文ごとの
憲法論議ではなくて、この場で行われるということが私は大事だというふうに思っております。
同時にまた、もう
一つ、防衛、防災、防犯という三つの防というものの境目がなくなってきているという事態に、どのように
国家の危機管理、あるいは自己自身、住民の危機管理というものを展開するかという作業も、直下型の地震等が懸念をされたりする中で、私は、極めて大事な課題であり、そうした根本的な課題について国会が論議をする場が現在のところはこの
憲法調査会しかないということからいきますと、もう一歩そういう論議を深めるという場を、これからポスト
憲法調査会という場をかりながら用意するということは極めて現実的であるというふうに考えております。
枝野先生がおっしゃったように、もっと
国民的論議をということをおっしゃいましたが、私もずっとそういうことを考えているんですが、ここで毎週毎週行ってきたという中で、多少なりともやはり
憲法という論議がここを起点にして広がっていったということのプラス面というものをさらにどのように補強していくのかという
観点に思いをはせていくということが大事だと思います。
その
意味で、この五年間論議を積み重ねてきた、そして
国民的論議をさらにということや、
文化や伝統ということについてさらにもっと論議をしたいというようなことも含めて、新しい
憲法調査会の何らかの形での機関というものを設定し、そして、その中では具体的に第一歩として
国民投票法という九十六条の問題について、やはりある
意味では合意を形成しながらこれを論議していくということが必要かというふうに思っております。
自民党と我が党、今枝野先生からの
お話もありましたから、これから三党を中心にという場面が切り開かれていくというように思いますが、
国民投票法案というものは、どのように
憲法改正というものをイメージするのかという想像力なくして具体的な法案の形にならないということを、この一年ぐらい痛感をしてきました。
選挙権は二十以上というように我々は取り決めさせていただいたわけでありますけれ
ども、選挙人名簿と同じものを使う。本来、公民権停止などの人にも
国民投票ができるということが考えられるわけですが、現実的に名簿を管理するのは難しいということで、選挙権は二十以上とし、そして
憲法九十六条では特別の
国民投票または国政選挙、このようにあるわけですが、現実に、国政選挙とは別にするのが適切である。なぜなら、与野党が政権を争う国政選挙という場面と、与党と主要野党間で合意形成して
国民に発議する
憲法改正の
国民投票では、その性格が異なるというがゆえに、やはり現実論としては、別の機会に特別な
国民投票を行うという形をもって
憲法改正を問いかけるということであろうと思います。
想像力と
先ほど申し上げましたのは、具体的な改正案についてどのような
国民投票の方式をとるかについては、具体的な
憲法改正の発議案においてきめ細かく定めることと我々は考えたわけですが、こうしたことを骨子にしながらこれからも論議を重ねていきたいというふうに思っております。
私としましては、
公明党の加憲というのが具体的で現実的であるとこれまで主張してきたわけでありますけれ
ども、現実にどのように
国民に発議をするのかという場面で、
国民が
一つ一つ丁寧に、項目別に
一つ一つを吟味するという機会を持つということが大事なことだというふうに思っておりまして、また
憲法の継続性ということをあわせ考えますと、やはり部分改正、我々の
立場からいいますと加憲というようなことが現実的、具体的であるというのを、
国民投票法案というものを具体的に考えるに当たっても、そういうような考えに至ったわけでございます。
なお、最近の報道によりますと、
国民投票運動に対する懸念が一部にあるようでございます。我々の論議におきましては、
国民投票運動は
基本的に自由にすべきであるというのがあくまで
考え方でございまして、それらを規制するというような誤った論議が報道されておりまして、私
たちの意向と随分違うなということを思っておりまして、この機会に
発言をさせていただいたわけでございます。
以上申し上げましたように、この五年間の成果というものを受けながら、国の根本的な
あり方を問いかけ、論議をするという機会をこれからも何らかの形で持続的に行っていきたいということを述べさせていただきまして、主張を終わらせていただきます。