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熊岡参考人 おはようございます。
日本国際ボランティアセンターの
代表理事の
熊岡です。
本日は、お話しする
機会を与えていただいて、ありがとうございます。
私
自身は、過去二十四年間、
国際協力ということで、
紛争地、タイ、
カンボジア国境、
日本と国交のなかったころの
カンボジア、ベトナム、ソマリア、エチオピアなどで
活動してきました。その他、短期間ではありますけれども、旧ユーゴ、
ルワンダ、最近でいえばアフガン、
イラク、
パレスチナ等で
活動してきました。その一人の働き手の
立場から御
意見を申し上げたいというふうに思います。
まず、
イラク状況ということなんですけれども、昨年の一月、ちょうど一年前、
サダム政権下ですけれども、
イラクを訪れ、
病院などでの
人道支援、それから、
子供たちからメッセージと絵を受けるという
活動を、「
子どもたちの
イラク」がありますので、後でごらんください、
活動を続けておりました。
そのとき、
イラクの
脅威が非常に
米国などによって言われていたわけなんですけれども、実際に入って
活動した
イラクについては——その前に、いろいろな
活動地がありますけれども、
イラクについては、
湾岸戦争後の九一年から九二年、約一年間、水をきれいにする、給水する、それから
食料支援、特に
子供への
食料、ミルクなどの配給で一年間
活動しました。それから、今に近い
時点でいうと、二〇〇二年の九月から、
母子保健病院、
イラクの
マンスール子供教育病院、ここでは白血病の
子供たちとか、がん、難病の
子供たちが多く入院していますけれども、その治療を手伝っていました。
その過程で、昨年一月に入りまして見た
イラクは、
経済的にも
社会的にも本当に疲弊した、
脅威というよりはむしろ弱々しい
印象を与えた国でした。
それをあえて分析しますと、
前回の
湾岸戦争以降十二年間の
経済制裁、
米英空軍が行った限定的と言われる北部、南部を中心とした空爆、それから、いわゆる
大量破壊兵器の
査察というものがかなり成功しておりまして、
イラクが持っていた
軍事的脅威というものは相当減らされていたというふうに見えました。
また、証言によっては、
査察委員会元
査察団長等の
発言からも、おおむね九一、二年の
段階で
イラクが持っていた
大量破壊兵器の九割から九五%以上はもうないだろう、もう少し
査察を強めればほぼ完全になくすことができるというような発表もあったんですけれども、そういう
状態でした。そういう中で、いわゆる
米軍などにおける
攻撃の
理由として、
大量破壊兵器のこと、これはいまだに発見されていないという意味では、余り根拠はなかったんではないか。
それから、いわゆる反
テロについては、
イラク、当時の
サダム・
フセイン政権が九・一一
事件の
首謀者と
協力、関連しているという
前提のもとにこの
攻撃が行われた
部分があるんですけれども、昨年九月の
ブッシュ大統領、
ライス補佐官の
発言によれば、それもほとんど
関係がないということが、逆に
米国からも
発言がありました。
それから、
民主化というのが
三つ目の
理由だったんですけれども、
民主化というのは極めて内発的、自発的なプロセスであるので、言うまでもなく、
外国軍が
ミサイルを何千発も撃ち込んで実現できるものでは全くないということで、これの
理由も非常にあやふやである、いいかげんであるのではないかというふうに思います。
それ以後、
軍事攻撃の前後、我々
活動しまして、医療の
救援、それから
子供に関連する
救援活動を行いまして、八月に
現地に入りました。その日はまさに
国連ビルが爆破された
時点なんですけれども、この中で、現在どのような
時点に来ているかということを簡単に考えたいと思います。
現在、
イラクの
人々の苦しみとか犠牲ということについては、
一つは
治安、安全の欠落というのが一点あります。それから二点目に、
インフラの
破壊、
復旧のおくれということがあります。
前回の
湾岸戦争のときには、約三カ月で前
政権においておおむね
インフラの
復旧が完了したと言われていることに対して、今回、ほぼ一年たつ中で、まだおくれているということに
イラクの
人々の不満がかなり募っています。それから関連して、雇用、収入、
経済が悪いということによって、
個々の家庭、個人、それから
イラクの
社会全体が非常に不安定化しているという点が挙げられるというふうに思います。
現在、大きく見るならば、いわゆる
占領軍、
占領軍行政を含めて、
外国軍による
軍事占領という
部分を、要素を、急にはできませんけれども
段階的に、徐々に減少させていく、あるいはその明確なプログラムを出しながら、
イラク人による
政府、
行政、これは
警察も含めてですけれども、を強化し、完成していく、明確な
段階を明示して具体化していくことが大事であるというふうに考えます。
それから、
人道復興支援などについては、
占領軍もしくは
軍隊的なものが行うのではなくて、明確に、より中立的な
機関、
存在といいますか
団体に
移譲、移行していく、これは通常どこの国でもそれが行われているわけなんですけれども、いくべきだ、そういう時期に来ているというふうに思います。
それから、我々
治安、
治安と言いますけれども、大きく言って
二つ分かれます。
一つは
一般治安、確かに八月ぐらいまで、小学生、女の子、
女性等に対する、
暴力事件も含めて
強盗、誘拐などの
一般治安にかかわる犯罪、
事件が多かったんですけれども、九月以降、この
一般治安に関してはかなり
改善が進んでいます。これら
強盗事件などは減っております。この
理由は、
イラク警察が、非常に苦労していますけれども、徐々に
再建されて
活動をふやしていく中で、これと並行して、
イラク警察の
復興、充実と並行して、
一般治安はよくなっています。
政治治安の方、
占領軍行政などへの
攻撃などに関しては、これは相変わらず悪い。この一週間、一月一日以降だけとっても、多くの
攻撃が行われておりまして、残念ながら
余り改善の兆しが見えないというふうに見ています。この
攻撃については、いろいろな見方があろうと思いますけれども、すべてでないにしても、六割、七割、かなりの割合が
占領軍に対する
抵抗組織の
抵抗運動ではないかと思われる
部分もあると思います。
それから、非常に不幸なことに、
占領軍及び
占領軍行政だけではなくて、それに関連すると思われるものが、場合によっては
国連であったり、これは去年の八・一九、それから去年の十月二十七日、
国際赤十字、
赤十字国際委員会の
ビルが
破壊されたのですけれども、そういうふうに、
占領軍及び
占領軍行政と関連していると思われるところも
攻撃を受けているということになっています。
この中で
NGOは、後で申し上げるように百以上の
団体が
活動しています。これは
日本の
団体も含めてさまざまな国から、あるいは
国際NGOとして入っておりまして、これはどうやって自分の安全を守っているかといいますと、軍あるいは
軍隊的組織と
距離をとることによって安全を
確保しています。
例えば、一例なんですけれども、現在、十一月以降、
CPA、
占領軍行政が指令四十五条ということで、四十五項といいますかで、全
NGOは登録しろ、登録しないと
活動できないと言っているんですけれども、我々は、
占領軍行政ではなくて、
イラクの
行政組織のもとでの登録を望んでおります。つまり、
占領軍の傘下といいますか仲間といいますか、思われれば思われるほど、我々の
活動は難しくなり、
存在も難しくなるといいますか、危険にさらされるという点で、あえて
占領軍と
距離をとることによって安全を
確保しております。
そういう文脈の中で、
日本の
自衛隊派遣について、憲法それから
専守防衛政策から見て問題がある。
それから、
イラク特措法の
前提、非
戦闘地域という条件があるんですけれども、から見ても、我々が見ても、
イラク、全般的には、
個々によって、日によって、場所によって違うとは思うんですけれども、全体としては、まだ残念ながら
戦争、
戦闘が続いているという認識を持っております。
それから、
人道復興援助として見た場合どうだろうか。我々は、まさに
NGOとして二十年以上、この分野での
専門家であるわけなんですけれども、
自衛隊派遣をどう見るかという点についてお話ししたいと思います。
防衛庁長官は、武装した自己完結型
組織自衛隊でなければ、現在の
イラクにおいて
復興援助はできないというふうにおっしゃっておられるわけですけれども、私たちとしては、具体的に四つの事例を挙げて反論させていただきたいと思います。
一つは、NCCI、これは
イラクにおける
NGO調整
委員会、これは各国に普通できるものなんですけれども、がありまして、ここで五十八のメンバー
団体が登録され、五十四がオブザーバーとして、合計百十二ですね、百十二
団体が
人道支援で今でも
イラクで
活動しております。その中で、六十名から七十名の外国人スタッフと約二千人の
イラク人職員が一緒に働いております。つまり、武装していないグループがこれだけ多く
活動し、ある意味で武装していないがゆえに
活動しているという面もあるんですが。
あと、二番目に、
国連はほとんど撤退したというふうに言われていますけれども、国際職員、余り公表されていませんが、約十名がいて、あと、アンマンと
イラクを往復しながら
活動していますけれども、約四千五百名の
イラク人職員とともに働いております。これも基本的に非武装な、自己完結型でない
活動といいますか
組織です。
それから三番目に、
日本政府、
外務省は、ジャパン・プラットフォームの幾つかの
団体、三
団体でしょうか、に合計七億、八億という資金提供をしていて、ということは、これら
NGOは
活動できているという
前提で資金を出しているんだというふうに思います。
それから、私たちJVCもそうなんですけれども、市民、民間の資金のみで
活動している
日本の
NGOも数
団体ある。それから、単発的に訪問しているところもあるということで、武装していない、それから自己完結型でない
NGO等が、
国連も一緒ですけれども、働いているという事実があります。
それから、
自衛隊派遣についての続きなんですけれども、これはより大きな論点なんですけれども、我々は基本的に、
軍隊的なものが
人道復興援助に
関係することで人道援助自体がゆがんでしまい、その中立性が失われ、本来の人道援助
機関、
団体、例えば
国連、赤十字等も含む、我々も含む
NGOが危険な
立場となるという認識を持っています。
この
観点で、UNOCHA、これは
国連の人道援助事務所、それから赤十字、OXFAM、これは十一カ国、十二
団体でできている
一つの連合体ですけれども、イギリスのOXFAMが中心ですけれども、など多くの
機関が、
軍隊しかない特別な、極端な場合を除いて、軍、
軍隊的なものが
人道支援を行うことに反対している、もしくは懸念を表明しています。
では、翻って
NGO、
NGOスタッフはどのようにみずからの安全を
確保しようとしているかという点についてお話しします。
一つは、地域
社会、地域の
人々に溶け込むことで、安全情報も受け、また、まさに物理的といいますか精神的なものも含めて実態的に守ってもらうということをやっております。
我々の
団体だけで過去二十四年間、
日本の
NGO約四百
団体のうち、三十
団体から四十
団体が
紛争地で
活動しておりますけれども、トータルでいえば四十年ぐらい
活動している
団体もありますけれども、このような方法でみずからを守っています。
二番目に、武器を持たないことがかえって安全につながる、武器を持つことが武器を持っている人を吸引してしまうという要素がありますので、当然ですけれども、我々も含めて、
活動二十年、三十年に及んでも、一切武器を持たないことで、むしろそこが安全につながるというふうに感じています。
それから三番目、先ほど申しましたように、軍、
軍隊的な
組織と明確に
距離をとることによって安全を
確保するということを行っています。
それから次に、援助として見た場合、この自己完結型であるという点なんですけれども、我々も長い間、
国際協力、地域開発、それから
紛争地での
活動を行ってきましたけれども、先ほど申し上げたように、自己完結型であるとどういうことが起きるかというと、地域
社会に根差せないために、
ニーズ、必要の把握においても、それから適正な
実施においても、援助として成功しない
可能性が強い。また、外国人はいずれその地を離れるので、適切な
移譲、ハンドオーバーが必要なんですけれども、困難が生ずるという点があります。
それから二番目に、自己完結型であればあるほど、
現地の雇用、収入、
経済につながらないという点があります。
それから三番目に、費用対
効果が、非常に、もしくは相当悪くなるというふうに思います。
現在、
イラクで行われている
活動では、八万人—十万人を対象にした、水を清める、給水
活動において
NGOが
活動しておりますけれども、OXFAM、ケアなどが
活動しておりますけれども、
NGOの場合、数千万円から、機械の装備などを入れても一億円ぐらいの単位で
活動を年間行っております、対象人口は十万人ぐらいということで。
自衛隊派遣では、中身は私、必ずしも詳細にはわかっておりませんけれども、年間三百数十億円というものが必要となるということで、これは非常に費用対
効果が悪いというふうに思っております。
したがって、この
時点で、
人道復興援助は、まさに
国連、
国際NGO、場合によっては、
日本でいえばJICA、緒方さんも、あえて危険を冒してでもJICAが動くということがあるべきだというふうにおっしゃっておりましたけれども、JICAも含めて、民間、
NGO、それから
国連、それから文民で行うべきであるというふうに思っております。
最後に、私、二十四年間
活動しておりまして、
現地で、非常に厳しいところで働いておりましたけれども、一人の
活動者として、この間、第二次大戦以降の
日本の非軍事主義、平和主義と言っていいかもしれません、国際協調主義、より中立的な
立場をとろうとする姿勢、人道主義などが背景にあるので、我々
国際NGO、
日本の
国際NGO、あるいは
活動者も守られてきたというふうに思っております。今そこは揺らいでいると思うので、ここをもう一回確定してほしい、確認してほしいというふうに思います。
最後に、現在まさにこの時間、我々のメンバー原文次郎が、
イラクとヨルダンを行ったり来たりしておりますけれども、ヨルダンで購入した医療器具を持ってバグダッドに向かっております。十二時ごろ
現地に、バグダッドに着く予定ですけれども、この間、二〇〇二年の九月から一貫して
活動から撤退しておりません。ずっと続けております。その原文次郎からのメッセージを
二つ届けたいと思います。
ぜひ、この
イラクにおいて、私たち
NGO、あるいは
国連を含めて、民間に
復興人道支援を主にゆだねていただきたい、行わせていただきたいというのが一点です。
あと、二点目は、このまさに
最後に書かれていたところであり、「
子どもたちの
イラク」のことなんですけれども、
イラクの
子供たち、本当に、
戦争の前後、
戦争中、戦後、それから特に劣化ウラン弾の
影響で小児がんになった
子供たちも多いんですけれども、のために働くことを続けるということと、それを
理解し、
支援していただきたいというふうに電話で先ほど述べておりました。
どうも長時間ありがとうございました。(拍手)