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参考人(
申ヘボン君) 本日はよろしくお願いいたします。
私の専攻は
国際人権法で、特に
国際人権規約等の
人権条約の実施を研究しておりますが、本日は
人間の
尊厳、
個人の育成というテーマで、特に
女性や
子供の
人権をという要請がございましたので、
個人の
自己決定権をめぐる問題を中心としまして、
女性の
人権や
子供の
人権に特に言及しながらお話し申し上げたいと思います。
まず第一章ですが、
個人の
自己決定権という問題を考える際に現在の
日本で最も重要な
出発点になりますものは、
憲法はもちろんですが、一九九九年に
制定、施行された
男女共同参画社会基本法であると思われます。
お手元の
レジュメに
法律の
前文と第四条を抜粋してございますが、まず
前文では、
少子高齢化の
進展等、
我が国の
社会経済情勢の急速な
変化に対応していく上で、
男女が互いにその
人権を尊重しつつ
責任も分かち合い、
性別に
かかわりなくその個性と
能力を十分に発揮することができる
男女共同参画社会の
実現が緊要な
課題となっているとされ、
男女が
性別に
かかわりなく
自己実現できる
社会の
実現が二十一
世紀日本社会の最
重要課題であるとされています。
そして、第四条では、
社会における
制度又は
慣行が、
性別による固定的な
役割分担等を反映して
男女の
社会における
活動の
選択に対して
中立でない
影響を及ぼすことにより、
男女共同参画社会の
形成を阻害する要因となるおそれがあることにかんがみ、
社会における
制度又は
慣行が
男女の
社会における
活動の
選択に対して及ぼす
影響をできる限り
中立的なものとするよう配慮されなければならないとされております。
日本は
女性差別撤廃条約を一九八五年に批准し、それに伴い、
男女雇用機会均等法の
制定など、
国内法制にも大きな
変化がありました。しかし、後で述べますとおり、
雇用面ではむしろ
男女の
職務分離が進み、
賃金格差も縮小しないという様々な問題が山積しております。
女性差別撤廃条約は、
女性差別は
男女の
役割分担の
固定観念からくる部分が大きいことから、そうした偏見をなくすための措置を取ることも国に
義務付けておりますが、この
男女共同参画社会基本法は、
男女平等を目指すと言うにとどまらず、
男女が
社会のどの分野で
活動するかの
選択に際して、
社会の
制度や
慣行が
特定の
方向に人を誘導することのないようライフスタイル
中立的なものとするべきことを
基本理念としている点で、
個人の
自己決定権の
実現にとって画期的な意義を持ち、今後の
日本社会の変革の基本的な枠組みになるべきものと考えます。
先ほど、
平松先生が御報告の中で、
日本が諸
外国に先駆けて
法律を作った例はほとんどないとおっしゃられましたが、この
男女共同参画社会基本法に限って言えば、諸
外国の
差別禁止法を超える先端的な
法律であると思います。
以下では、
個人、とりわけ
女性の
自己決定権をめぐる
日本の
現行法制度と
社会慣行について、既に最近は議論のあるところではありますが、問題の所在と今後の
方向性を述べたいと思います。
レジュメの二章に入ります。
まず、
雇用面から見ますと、
男女雇用機会均等法ができ、その後
改正されて強化されたとはいえ、これにより
現実には多くの企業が、
一般職、
総合職といういわゆる
コース別人事等によって、
男性を
基幹的労働力とし
女性を
補助的労働力とする
雇用慣行を取るようになりました。これは
均等法の下でも
雇用管理区分に基づく異なる
雇用管理を行うことは違法ではないとされているためでありまして、
均等法の
制定により、結果的には
コース別雇用による
男女の事実上の
職務分離がかえって進んだという指摘がございます。そして、
雇用区分が異なる結果として、
男女の
賃金格差や待遇の
格差が正当化され、一向に改善されない現状が続いております。
もちろん
総合職として対等に働いている
女性もたくさんおりますが、
家庭を持つ
段階になると、
女性は一様に
家庭と
仕事との両立に苦しむことになります。そして、
子供は持たないか、あるいは一人目の
子供が生まれた
段階で
女性の方が
仕事を辞めざるを得ないというケースが非常に多くなっております。昨年の
厚生労働省の
調査では、働く
女性の実に七割が第一子出産後に離職しております。これは、
雇用というものが、長時間
労働することができ、辞令一本で転勤もできる、そのような
男性社員を標準に考えられていることから生ずる避け難い結果であります。独身か、あるいは結婚して
家庭責任のほとんどを
女性に任せることができる、そして長時間
労働ができる
男性と、結婚すると
家庭責任のほとんどを負う
女性とでは、
労働力として対等に太刀打ちできないのは自明の理であります。つまり、
日本の従来の
雇用慣行は、
一家の大黒柱として
家計を担う
男性の長時間
労働を
前提に成り立っており、その結果、多くの場合、
女性は非効率な
労働力として排除されるか、又は
パート労働に回ることになります。
しかし、こうした従来の
雇用の在り方は、
女性だけではなく、
男性の
生活設計や、より大きく
社会の少子化の問題にも大きくかかわっております。
男性にとっては、一
市民としての文化的な
生活や
家庭生活を奪われている
状況があります。また結婚した夫婦でも、
男性が
家庭責任を担えないために
子供はせいぜい一人しか持てないという
家庭が増えております。
さらに、昨今の不況による
雇用不安は、
一家の
稼ぎ手としての
役割を期待されている
男性にとって極めて厳しい
状況を生んでおります。
住宅ローンや
教育費を抱えた
中高年男性の自殺の率は、諸
外国には例を見ないほど高い数に上っております。
専ら
男性の長時間
労働による
家計の維持を
前提とした従来の
日本の
雇用慣行は、現在のような
雇用不安の
状況下では、
家族全員の
生活設計を
男性の
雇用に
依存させ不安定にさせるばかりではなく、
男性にとっても大変に過酷な
状況を強いるものであります。
雇用が流動化した現在の
社会情勢下では、
男性だけではなく
女性も就労することによって、
家計に複数の収入源を確保することが家族の
生活にとって重要な安全弁になるはずであると考えます。
二章の(2)に入りますが、このような
男性中心型の
雇用は、単に企業の
雇用慣行というだけではなく、税制や
社会保障制度上の法
制度上支えられてきたものでもあります。
既に御承知の事柄ばかりかと思いますが、主な点を挙げれば、所得税や住民税の配偶者控除の
制度は、
女性を専ら
家庭での無償
労働に従事させることを促す効果を持ち、就労する場合でも、あくまで補助的なものとして
労働時間を制限する
方向に促すものになっています。
また、
国民年金の被扶養配偶者、いわゆる第三号被保険者
制度は、明らかに専業主婦世帯を優遇し、共働き世帯に高い負担を課すものです。収入のない専業主婦に保険料を課すのは酷であるとか、家事
労働を負担しているからという議論もありますが、専業主婦世帯の方が往々にして世帯全体の収入は高く、また共働き世帯であっても
家庭責任を多く担っているのは圧倒的に
女性であることからしても、こうした専業主婦世帯優遇の
社会保障制度は見直しの必要があると思われます。
しかし、他方で、このように専業主婦を優遇する法
制度であっても、一たび離婚ということになれば、
女性にとっては極めて不安定な
生活が待っているのが現状です。すなわち、
女性が離婚し、その後就労しても、正社員の四分の三未満の短時間就労にとどまる場合には、
女性が受けられる年金は、満期の四十年間加入したとしても
生活保護水準よりも低い
基礎年金だけであって、老後の
経済的
保障には全く不十分です。そして、そのことがまた、結婚
生活が事実上破綻しており本来は離婚を希望している場合でも、
女性側が離婚を思いとどまる大きな理由の
一つになっております。
日本でも、夫による妻への
家庭内暴力は深刻であり、近時はドメスティック・バイオレンス法、いわゆるDV法の
制定にも至っていますが、夫が妻に頻繁に暴力を振るうにもかかわらず、妻が離婚に踏み切らないときの最たる理由の
一つは離婚後の
経済的不安であります。
女性が
経済的に自立していない
状況は、
女性に対する
家庭内暴力を温存する重大な一要因でもあります。
折しも、昨年六月に、
政府税制
調査会がまとめたあるべき税制の構築に向けた基本方針は、税制の見直しに当たって、
男女共同参画社会の進展の中で個々人の自由な
選択に介入しない
中立的な税制を提唱し、具体的には配偶者特別控除を一部廃止する方針を示しました。また、同じく昨年六月の
経済財政運営と構造改革に関する基本方針二〇〇二は、
男女共同参画社会を構築し、
女性が働くことが不利にならない
制度設計にするとして、税制の配偶者控除の見直しや、
男女共同参画社会の理念と合致した年金
制度を構築することを打ち出しました。これらは
男女共同参画社会基本法に沿った
方向性として妥当と評価できますが、今後、より広く、
男性中心型の
経済社会制度から、
男女ともに
仕事と
家庭を両立しながら
社会に参画することができることを促す法
制度に向けて具体的な改革が必要な時期に来ていると思われます。
次に、第三に入りますが、
男女共同参画社会の
実現と
子供の
人権の
関係について述べたいと思います。
法
制度を
個人のライフスタイルに
中立的なものにするとしても、
子供のいる
家庭の場合には子育てを支援する法
制度を整えることが非常に重要になってまいります。
女性の就労をしやすくすると同時に、
子供を安心して預けられる保育所や学童保育施設の整備が不可欠です。現在の
日本では、これらは十分と言うにはほど遠い
状況にあります。しかし、他方でまた保育所の完備が重要であるといっても、長時間
労働、長時間通勤の現状にただ合わせて、ひたすら保育時間を深夜まで延長するというのも
子供にとっては望ましいと言い難いものがあります。保育園を整備するだけではなく、
子供が両親と
家庭で過ごす時間を確保するためにも、
女性だけではなくやはり父親である
男性の長時間
労働を是正することが不可欠であります。
また、
子供の
人権といったとき、最近
日本でも急速に顕在化している大きな
社会問題として、
家庭内での
子供の虐待があります。
子供の虐待は親が再婚した場合に義理の父母によって行われるケースも多々ありますが、実際に率として最も多いのは
子供の実の母によるものであります。これは一見意外なようではありますが、
日本の現在の育児環境で、父親が夜遅くまで帰ってこない、核家族化により祖父母の
存在も薄いという中で、
社会から隔絶されて育児、家事に奮闘している母親の
状況から生まれている
現実であります。
こうした
子供の虐待を防ぐためにも、母親一人を
家庭に閉じ込めて家事、育児を押し付けるのではなく、
男性と
女性がともに
家庭責任を担っていくことができる
社会を
実現することが焦眉の
課題になっております。
日本では一九九一年に育児休業法が
制定され、九五年には国際
労働機関、ILOの家族的
責任を有する
男女労働者の
機会及び均等待遇に関する百五十六号
条約も批准しておりますが、実際に育児休業を取る
男性は一%にも満たない
状況であります。ILO
条約で求められている
男女労働者の実効的な平等の
実現のためにも、
男性に育児休業を取りづらくしている様々な要因をなくしていくとともに、場合によってはスウェーデンのように
男性も一定期間育児休業を取ることを
法律で
義務付けることも考えられてよいと思います。
最後にまとめに入りますが、結局のところ、
女性だから
男性だからというジェンダー的な差別や
男女の
役割分担を
前提とした法
制度及び
慣行は、
女性だけではなく
男性にとっても
自己決定権を妨げる大きな障害になっていると考えます。また、そうした
社会のゆがみが
子供を持てないという少子化をもたらし、他方では
子供の虐待といった形で
子供の
人権侵害につながっております。
男女共同参画社会基本法が、
男女が
性別に
かかわりなく
自己実現できる
社会を掲げたことは、
日本社会の変革に向けての重要な第一歩でしたが、今後はその
方向性を更に具体化し、すべての人の
自己実現、
自己決定権が尊重される
社会の
実現に向けての取組が求められていると考えます。
ここで、具体的な提言として三点申し上げたいと思います。
まず第一点は、税制上の配偶者控除
制度、それから年金の被扶養配偶者
制度のような
制度は根本的に見直しを行い、基本的には廃止の
方向とすることです。
これは既にそのような
方向で議論が進められているものと理解しておりますが、もし一足飛びの廃止が難しいという場合には、例えば年金であれば、
現実的な案としては、妻の分の保険料を夫の分に上乗せして徴収する、もし妻にパート収入等があればそこからも徴収するといった策が考えられるかと思います。これに対して、
子供を持つ
家庭への支援は必要であって、私は、
子供を育てている
家庭への直接的な支援として、すべての
子供に対する児童手当を現在のような所得制限なしに普遍的に支給することが望ましいと考えております。この点は、所得制限を完全になくしてしまうことがどうかという
意見もあるかと思いますが、少なくとも現在の所得制限では厳し過ぎるという
意見を持っております。
第二点として、
雇用の平等に関して、ILOの
雇用及び職業についての差別待遇に関する
条約、百十一号
条約を批准すべきと考えます。
この
条約は、ILO加盟国百七十五か国中百五十七か国が批准しており、先進国と言われる国で批准していないのは
日本とアメリカだけですが、アメリカは公民権法できちんとした性
差別禁止法制を持っております。
日本はこの
条約を批准するとともに、併せて必要な国内法整備を行うべきと考えます。
そして第三に、その国内法整備とも関連しますが、明確な性差別
禁止を定めた性
差別禁止法を
制定することです。
現在の
均等法では
女性差別のみが禁じられており、逆に、
改正までは
女性のみの募集、採用も許されていたために、
男女の
職務分離が事実上かえって進んでしまっております。これを
女性差別のみという平面的なものではなく、包括的な性
差別禁止法とすることが望ましいと考えます。
またあわせて、ILO百十一号
条約で
禁止されている差別待遇には、
性別だけでなく、未婚、既婚の別、家族
状況、例えば
子供がいるかいないか、それから妊娠、出産を理由とした差別等が含まれておりますが、これらも含めて性
差別禁止法に盛り込むことが望ましいと考えます。
多くの先進国、例えばカナダ、オーストラリア、ニュージーランドといった国の性
差別禁止法は、こうした様々な事由に基づく差別を包括的に
禁止するとともに、違反があれば被害者の申立てによって
人権委員会等が事案を審理し、是正を命じることができる救済機関と手続を設けております。
日本でも一刻も早くこうした実効的な
差別禁止法を
制定する必要があると考えております。
以上でございます。
ありがとうございました。