○加藤
公述人 東短リサーチの加藤と申します。
本日は、お招きいただきまして、まことにありがとうございます。
私、短資会社というところで、短期
金融市場という世界で現場でやっております。少し前まで現場でブローカーとして、切った張ったといいますか、売買をやったりしながらマーケット向けにニューズレターを書いたりというような仕事をしてまいりました。
現在、
インフレ目標ということが非常に議論されておりますけれども、それを行うに当たって、実際
金融市場で何が起きているかということを御説明申し上げたいと思います。
最初のこのページ、「はじめに」の部分なんですが、コール市場というところをちょっと簡単に御説明しますけれども、一種、
金融機関同士のお金の卸売市場のような場です。事業法人や個人の方は参加できませんけれども、
金融機関が短期の余ったお金や足りないお金を融通し合う、そういう市場でございます。言ってみれば、お金の築地のような卸売の世界でございます。
株式市場のように場立ちでやっているわけではなくて、実際は電話、主に直通電話を使ったテレホンマーケットです。
それから、取引の期間としては、一番短いものはほんの数時間、二時間だけ五百億貸してほしいとか、そういうような取引もありますし、長いもので一年
程度まで、通常は一日物、オーバーナイトと呼ばれますが、いわゆる宵越しの一晩物が一番主流の取引です。
あと、コール取引というものには担保つきのものと無担保のものがあるんですけれども、大体百億円単位が通常の取引サイズです。あと、コールという言葉は呼べばこたえるというのが語源のようでして、期間が短いお金をやりとりし合うという
意味です。
日本銀行は二〇〇一年三月から
量的緩和策というものを導入していますけれども、従来は操作目標が、操作対象が無担保コール、オーバーナイト
金利でしたが、現在は
日銀当座預金残高というものに変更しております。
続きまして、次のページなんですが、具体的に穏やかな、マイルドなインフレというものをどうやって起こすかということの難しさがあるだろうと思います。
インフレ目標を掲げること自体は、本来は
金融政策の透明性を増すという点で否定するものではないんですけれども、具体的な手段に
金融市場の目から見ても難しさがあるのではないかなと思います。
まず、一番目なんですが、今ゼロ
金利であることで市場機能というのが非常に悪化しております。お金が流れないということが起きております。
このお
手元のグラフの四兆円、四というところに薄い線が横に引いてあるんですが、これが準備預金の法定所要額、法律で必要とされる準備預金の額なんですが、本来はこの四兆円
程度、
日銀当座預金にお金があれば大体
金融機関の
資金繰りというのは足りるものなんですけれども、それを二〇〇一年の三月からふやし始めて、最初五兆円、順次ふやして、現在は二十兆円という量にあります。
よく、
日本銀行は
金融緩和がまだまだ手ぬるいというような批判をよく聞きますけれども、我々短期
金融市場にいる者にとりましては、これは物すごい金額でして、もう既に大胆な
政策をやっているように我々のサイドからは見えてしまいます。ただ、当座預金が五兆円あるいは六兆円のころは、
金融市場で運用できないお金を抱えて右往左往する
資金運用サイドがたくさんいたんですけれども、最近では余りそういう様子が見られなくなってきております。本当に
日銀当座預金が二十兆円もあるんだろうかということがとても実感できないというのが
現状です。
といいますのも、言ってみれば、二十兆円ということは、必要なのが四兆円ですので十六兆円お金が余っているはずなんですが、その十六兆円がほとんどヘドロのように
日銀当座預金に沈み込んでしまっていて、まるで流れていないというのが
現状でございます。
続きまして、次のページなんですが、なぜお金が流れなくなってしまっているか。至って単純な理由なんですけれども、まず、超過準備、余分な準備預金を持つことのコストも限りなくゼロになりますので、持っていても気にならなくなるということがあります。
ここの表は、百億円をオーバーナイト、一晩運用した場合の利息なんですが、仮に
金利が一%ですと利息は二十七万三千円ぐらいなんですが、これがどんどん下がってきて、現在は〇・〇〇一%、千分の一%です。となりますと、百億円の一晩で利息が二百七十三円しかつかない。私ども短資会社が仲介しているんですが、手数料をどんどん下げていかないと利息より手数料が多くなっちゃうものですから、下げてきて、今百三十六円、百億に対していただいているんですが、これでも半分取るのかと怒られてしまったりして、というような
状況です。
これ以外にさまざまな取引コストがかかりますので、結局、運用してもむだだと。
日本銀行の当座預金というのは本来
リスクがないと見られていますので、置きっ放しにしておく方がいいということになりますので、そうしますと、もう運用することをみんなやめていってしまうわけです。
あと、少し飛ばしますが、この3ですが、あと一方で、
金融システム不安というのが依然として潜在的にありますので、これほど低い
金利でお金を貸すということのメリットとデメリットを考えると、運用しないでそのまま
手元に置きっ放しにしておこうというのが極めて合理的な判断になります。したがって、
日本銀行はかなり必死になって
資金供給をやっていますが、それはどんどんヘドロのようにただただ滞留していっているというのが
現状です。
このためにちょっと
悪循環が起きていまして、市場で運用しようというお金が出てこないものですから、
銀行というのは、たまに
資金繰りが偶然の都合でぶれて、少し多目にお金を市場から取らなければならないという日がありますけれども、そういうときに市場にお金が余りないんじゃないかという不安感が常にあります。本当は二十兆円もあるはずなので、そんな不安が出るはずがないんですが、出てこないのでそういうふうに思ってしまう。そうしますと、予防的にいつも多目に準備預金を
手元に置いておこうとしますので、ますます出てこないということで、これが一種
悪循環となっております。
あと、
日本銀行は常に大量に
資金供給していますので、
日銀のオペレーションに参加すればお金は借りられるわけなんですけれども、これには担保というものが必要ですので、担保がない部分の
資金繰りというのが必ず
金融機関は必要ですので、その部分をふだんはコール市場で調整しているんですが、そこの市場が薄くなり過ぎている。あと、短期
金融市場においてもぎくしゃくしているムードがあって、市場の間でうまくお金が流れていないという面もあります。
したがいまして、ゼロ
金利による流動性のわなというのが非常に大規模かつ深刻化しておりますので、
金利が低過ぎるとお金が流れない。したがって、この
状況で
日本銀行が長期国債をより大量に買ったり、あるいは
ETFを購入といっても、
日銀当座預金をふやすというルートからの緩和
効果というのは極めて期待しにくいということになってしまうかと思います。
したがいまして、長期国債買い切りオペ増額かなんということはよく頻繁に市場でも話題になるわけなんですが、長期
金利が上がってこない、むしろ下がっていくというのは、インフレ期待に結びついていないということで、市場の方はそういう非常にさめた見方になってしまっております。
あと、私が属している
組織の立場で申し上げますと、このページの上の短資手数料というのをごらんいただければ、
金利が上がれば私ども収益が上がるという仕組みですので、インフレになってくれる方がいいんですけれども、インフレになれば手数料もふえます。ただ、これだけお金を大量に供給していてもインフレ期待が出てこないというのを実感として感じておりますと、かなり無謀なことをしなければ起きないのではないかなということで、警戒心が出てくるわけです。
次のページ、五ページ目なんですが、これは
消費者物価とマネタリーベースの伸び率のグラフです。マネタリーベースは、お札、現金と
日銀当座預金の合計ですが、例えば一九七四年のオイルショック後あたりの
状況ですと、マネタリーベースの増加と
消費者物価というのがある
程度関連があります。ところが、その後、徐々にこの関連性が薄くなって、特に九〇年代後半以降というのはほとんど関連性が見えない。二〇〇二年の春にマネタリーベースが大きな伸びを示していますけれども、このときは、去年のペイオフ解禁の話もあって、
一般の方々のたんす預金がふえたりとか、あるいは
銀行間市場で念のためお金を抱えておこうということが起きたりして増加したお金の伸びなんです。したがって、決して前向きなお金の伸びではないんですけれども。
こういう形でふえていても、
消費者物価に反応が出てきませんので、これをふやしていくと、いつかはある日インフレが起きるのかもしれませんが、その経路が非常に見えにくいということで、どういう形で何が起きるかがなかなか予想できないという点では、一種、ギャンブルの
要素もあるかと思います。
ちょっと時間の関係もありますので少し飛ばさせていただきまして、六ページ目、次のページですが、
日本銀行が
ETFを買うということなんですが、先ほど申しましたように、マネタリーベースをふやすということでの
金融緩和
効果というのは期待できないのだろうと思います。
あと、仮に
ETFを買うことで現物株を上昇させることが可能になったとしても、実際、株式市場から
消費者物価への影響というのは、通常は非常に小さいです。例えば、
アメリカのナスダックを見ますと、ナスダックのバブルのピークのときの
消費者物価と
現状、株価が暴落した後の
状況とで、
消費者物価、ほとんど変わりがないということになってしまっていますので、なかなか株価から
消費者物価への働きかけというのは弱いだろうと思います。
ただ、
消費者物価、CPIが目的ではなくて、
資産デフレをとめるということでの
ETF購入となるとまた話は違ってくると思うんですが、これは、基本的には、
企業収益を反映しない株価というのを中央
銀行の購入で支えるということがいつまで継続できるだろうかという問題が出てくると思います。少々買うことで、呼び水的に景気
回復のきっかけになるということならばいいんですが、そうでないとすると、漫然と中央
銀行が
ETFを買っていってしまうという場合の国際的な信用という問題も出てくるのではないかなと思います。
少し飛ばしまして、
外債オペですけれども、
外債を
日本銀行が購入するとしても、
金融緩和
効果というのは、今まで何度も申し上げましたように、かなり期待しにくい。ただし、
円安誘導自体は
デフレに若干の
効果はあるはずですので、あくまで円
資金供給の一環というふりをしながらやるかどうかということになってくるのかと思います。
それから六番目、コール取引の
マイナス金利という、新聞などでも多少言われていますが、一月の下旬から、我々のマーケットで
マイナス金利という取引が成立しております。これはお金を貸す人が利息を払うという、非常に倒錯した世界で、異常なんですけれども、これはきっかけとしては、
日本銀行の
銀行保有株買い取りを契機にして、外国
銀行が
日本銀行に対する信用枠を狭めるという動きがそこかしこで出てきました。
資産劣化
懸念ということなんですが。その中で、
日銀当座預金に今まで多くお金を置いていた外国
銀行が、そこにお金を置けなくなったものですから、一方、世の中ゼロ
金利で、ほとんど借りる人がいないので、
マイナス金利というおまけをつけて、それで借りてもらうというような動きが出ております。これはずっと連日続いていて、少額ですが、続いております。
したがって、今後、
日本銀行がさらに大胆な
金融政策というときに、予想外のそういうリアクションが出てくるおそれもあります。
それから、七ページ目ですが、
インフレ目標といったときの、基本的には
インフレ目標は、最初申し上げましたが、
政策の透明性を高めるのかとは思うんですが、内訳を見ていくと、いろいろ問題も出てきそうです。
これは、七ページ目のグラフは
アメリカの
消費者物価ですが、一番太い線がコアCPI、
消費者物価です。これを見ますと、とりあえず、
現状、二%という理想的な
数字なんですけれども、物の値段はもう完全に
デフレ状態に入っております。サービス価格がプラスですので、全体としては二%なんですけれども、内訳を見ると、物の
デフレ、サービスのインフレという
状況です。これで
アメリカの人々がハッピーなのかというと、医療費の上昇というようなのは、特に中低所得者層の家計をかなり圧迫しております。
あるいは、ここの下の方に載せておりますが、大手製造業で、医療費の上昇が収益を圧迫する。一方で、売り上げの方は
デフレのため伸びないというようなことも起きていますので、必ずしも
消費者物価が二%にあればいいというものではないというケースです。
続いて八ページ目なんですが、こちらは
日本の
消費者物価ですけれども、
日本の方は、物の
デフレはより激しいですが、サービスがプラス・
マイナス・ゼロということで、若干の
マイナスです。若干といいますか、一%弱の
マイナスです。
ここでプラス二%の
インフレ目標というのを考えてみた場合に、物の、財の
デフレというのは、海外要因がありますのでなかなか解消しにくい。そうすると、実際は、サービス価格を上げていかないとCPI全体を持ち上げにくいということになりますから、これは今まで進めてきた、国内の高コスト体質の是正という点に逆行する面もあって、一概に、
物価を上昇すればいいというふうに言いにくい難しさがあるのかと思います。
続きまして、次のページですが、インフレ期待といった場合、九ページ目ですけれども、
現状では私もいろいろ、
金融市場以外の人にも聞いてみましたが、景気が
回復するというイメージの、結果としての
物価上昇は歓迎されると思うんですけれども、単に
物価が上がるという面を強調してしまうと、かえって実質賃金が低下してしまうということで、必ずしも
消費意欲が増さないのではないかという
リスクがあるかと思います。
例えば、かつての池田内閣のときの所得倍増計画というのは、言ってみれば、形を変えたインフレターゲットというか、所得だけふえて
物価が上がらないはずはないですから、そういう
意味では非常に巧妙な表現だったと思うのですけれども、
現状の、
インフレ目標という言い方だと警戒心も出てしまうのではないかと思います。あるいは高齢者層という点で見ると、戦後のハイパーインフレ等を経験なさっているということで、もともとインフレに対する生理的嫌悪感が強いですから、この方々にいかにうまく説明するかという問題で、そうしないとかえって防衛的なスタンスに走ってしまう
リスクもあるかと思います。
少し飛ばさせていただきまして、十一ページ目ですけれども、「まとめ」ですが、現在の
デフレというのは、単に
金融面だけではなくて、さまざまな要因が重なっているのだろうと思います。したがいまして、非伝統的
金融政策ということで刺激をしたとしても、その個別の問題に
一つ一つ対処していかないと、しばらくすればまたもとに戻ってしまうということが十分考えられると思います。
あるいは、では、
財政政策はどうかというときによく引用されるのが、戦間期に行われた高橋是清による
財政のリフレ
政策ですけれども、当時、高橋是清が始めたときの
財政状態というのは
現状よりはるかに健全でしたので、今のように
財政赤字が非常に累積した
状況から高橋是清的な刺激策を行うということは非常に危険でしょうから、実際上は、
財政資金の使い道を非常にピンポイントに絞って、
効果のある形で、
国際競争力がある産業を育成していくという方向性でいくべきなのだろうと思います。
あと、インフレーションターゲティングを実際にやる場合に、最終的に、出口
政策と申しましょうか、どうやって引き締めに転じるかという点で、インフレターゲットを設定していればそれで解決するというものでは、そうなればもちろんいいんですけれども、いろいろ問題が出てくるかと思います。したがいまして、いかにそこの部分を政治的に担保できるような枠組みをつくるかということは非常に慎重深くある方がいいのではないかなと思っております。非伝統的
政策というのをやると、国民のモラルも全体的に緩みやすいということが過去あります。
最後のところに戦間期の大蔵省の西村さんという方の回顧録から引用していますが、高橋是清の
日銀国債引き受けのときに、初め非常に心配して、こんなことをしてえらいことになるのではないかと相当議論の的になっておったのが、これは簡単にできるよい制度だという空気に変わった、世間はそれになれてしまって、引き受け制度は当たり前、本来かくあるべきものだと考えたというように、非常に人のモラルというものも急激に変わりやすいですから、そういうことも踏まえた上での非伝統的
政策ということの議論が必要なのではないかなと
金融市場の立場からは見ております。
本日は、どうもありがとうございました。(拍手)