○山内(惠)
委員 厳密な
意味でということでいえば、
調査した人がいましたので、ちょっと調べたのですが、
日本に居住する
外国人登録者数は百五十万人と書いています。国籍、民族も数十カ国から成り、客観的には、この国もエスニック集団から成る多
文化共生
社会になっている、そのように押さえるべきだと
思います。
教育の
学習指導要領にもその辺は書いてあると
思います。
しかし、残念ながら、一九八六年十一月、十二月に、中曽根さんは単一民族
国家だということを言って物議を醸されたことがあったことをも鳥居会長は御存じないのか、またこのような言葉を発せられている。
私
たちの国は単一民族の国ではありません。アイヌの方も住んでいるし、それから在日の方もいらっしゃるというこの国において、このような言葉を何げなくなのか意図的なのか、今回の
中教審の
答申の中に何度も
日本人よという言葉が出てくるところを見ると、もしかして意図的なのか、そういう文言が出てくるような方が会長になるということを、ふさわしくないと私は
思います。
それから、もしできれば、このようなことを発言する方じゃない方を会長に選んでいただきたかったんだけれども、それが無理であれば、私はやはりこういうことに対して、少なくとも、
日本人よとあえて書くんですから、だとしたら、
日本人とは何なのかという定義も本当は書かなければならないと
思います。
日本国憲法には
日本人という言葉はない。そういう
意味でも、定義がなされていないです。
それから、差別撤廃条約を批准した国ということでいえば、この方は御存じないわけですから、この条約がどういうものなのか。性別役割分業の変更ということをしっかりうたった条約を
我が国も批准したんですよ。ところが、その批准したこと自体を御存じないのか、なぜあの条約が必要だったかという
趣旨を御存じないのか、今回の
内容を見ますと、男女共学は既に実現しているから、この言葉は削除すると。男女共学というのはただクラスに男女がいればいいという発想でしか読み取っていないから、こんなことを言っているんじゃないんでしょうか。
女性差別撤廃条約は、本当に、人々の心の中にまである
文化的、
社会的につくられた性差というものの問題を
指摘しながら、子供の養育は女性と男性、そして
社会の責務であるというところまで書いており、また、差別とはどういうものかということを書いている条約です。しかし、残念ながら、私は何回もこの条約についてもここの場を使って発言していますけれども、この
中央教育審議会でこの条約のかかわりで発言されたという例はありません。
それから、子どもの権利条約も、子供観について
大臣にお聞きしたときにも、戦後ずっと子供観は変えていないというお返事をなさっているぐらいですから、今回の国連の子どもの権利
委員会の
指摘というものについても、この後も同じような
指摘がなされ続けるのではないかということを私は大変心配します。
その
意味で、このような会長を任命した
責任、それから、この
中央教育審議会の中で、人権にかかわる批准した
法案、それから子どもの権利条約、女性差別撤廃条約、
教育にかかわって大変重要なものをしっかりと論議をした形跡がないということが問題だということを
指摘しておきたいと
思います。
次の
質問に行きます。
今回の
答申を出すに当たって、
答申を出すのはいいけれども、中身について同意しかねる、
改正というよりはこれは改悪だと言われた
委員がいるというのが報道されています。しかも、
議論を尽くせていない。なぜ見直すのか、幾ら読んでもはっきりしない。これはきょうたくさんの方
たちが、幾ら読んでもなぜ
改正するかわからないというふうに言われていますが、私も、今回の
答申の最大の欠陥は、今なぜ
改正なのか、明快な回答を示せなかったことだと
思います。
諮問の
段階からこのことは
指摘されていたにもかかわらず、
根本的問題に
答えていないのが大変問題だと
思います。
青少年の規範意識や道徳心、自立心が低下——私は時間を少し見間違っていたんですね。わかりました。あと五分ありますので、では、少し急ぎます。
教育基本法に欠陥があるからこれを直さなければならないのかということについて、多くの皆さんが
質問していますので、私もここは
質問したかったんですけれども、現行の
教育基本法が荒廃を克服するための妨げになるようなところはあるのかという
質問をしたかったんですけれども、議事録を読んでもそういう論議がなされていなかったように
思いますので、次の問題に行きます。
制定から半
世紀、新しい
時代にふさわしい
基本法のあり方ということで
基本法を
改正したいというふうにおっしゃっているんですけれども、これは
基本法ですから、
時代が変わったからといって、ころころ変えるものではないのが
理念法であり
基本法だと私は
思います。あえてここのところを短くお
答えいただきたいんですけれども、そこは端的に言って、どこのところが
時代にそぐわないのか、お聞かせいただけないでしょうか。