○
高見参考人 本日は、貴小
委員会において
報告の
機会を賜りまして、まことに光栄でございます。
私に依頼されたテーマは、諸外国の
憲法改正の
規定の紹介ということでございます。二週間ほど前のことでありまして、ほとんど時間がございませんでしたが、今回
調査の
対象としてできましたのは、約六十ほどの国と
地域の
憲法規定でございました。現在、世界には百九十
余りの国がございますので、全体の三分の一程度の数の
憲法規定でしかございませんけれども、しかし、大まかな傾向は本日お示しすることができるのではないかというふうに考えております。
お手元の
配付資料「
硬性憲法としての
改正手続に関する
基礎的資料」の三十三ページ以下に、
国立国会図書館作成の「
憲法改正手続の
類型」と題する
文書をとじ込んでいただきました。この
資料は、今回
調査対象とした六十
余りの
憲法について、私の
レジュメの
内容にほぼ沿った形でその
改正規定の整理、
分類をしたものでございます。
憲法の
改正規定は、どの国の場合もそうでございますけれども、複数の
手続ないし
要件の組み合わせでできておりますので、そのうちのどの
部分に焦点を合わせるかということで
分類先が決まってまいります。そこで、その場合に必ず、
分類した
分類先からはみ出る
部分が出てまいります。そこで、今回作成いたしました
資料では、それぞれの
分類、配置した先からはみ出した
部分でございますけれども、その
手続、
要件を国名の後ろに
括弧書きで付記しておきました。
今回
調査いたしました六十
余りの
憲法規定について、ここでそのすべてをお話しするだけの時間がございませんので、各
項目について典型的な例をそれぞれ
一つだけ紹介しながら話を進めてまいります。
なお、
日本国憲法九十六条の
沿革につきましても、もし時間的な余裕がございましたら、最後に、今回の
報告との関連で若干その特徴的なことを御紹介し、本
委員会の
調査の
参考に供したいというふうに考えております。
なお、急いで
レジュメを作成したものですから、ミスが出てしまいました。
レジュメ二ページ目の上から九行目に、
国民会議、アサンブレ・ナシオナルというふうに表記しておりますけれども、このアサンブレの
アクセント記号の方向が逆向きになっております。おわびして訂正いたします。
それでは、
レジュメに沿ってお話しすることにいたします。
今回
対象といたしました六十ほどの国と
地域の
憲法が
規定する
憲法の
改正手続規定だけをざっと概観しただけでございますけれども、その
内容は極めて多種多様でございまして、それらの
規定手続を
一つの
原理原則で
説明することは困難でございます。ただ、これまでにも
学説の上ではさまざまな概念ないし
類型論を用いた
説明が行われておりますので、それを
参考にしながらここで話を進めてまいりますと、
憲法改正手続の
規定は、
一般に、次のような
二つの基本的な
要請を満たすように仕組まれているというふうに考えることができるかと思います。
一つは、
国法秩序の根幹をなす
憲法の
改正には慎重であるべきであるという、
憲法の
安定性に由来するある種の
要請であります。
通常の
法律の
議決に比べまして、総じて、
憲法改正の
議会議決に特別の
要件が加重されているのはこのためでございます。
もう
一つは、
憲法改正について
国民に十分な
意思表明の
機会を与えなければいけないという、
国民主権の
原理に由来する、これもある種の
要請でございます。多くの
憲法で、
民意を問うための
解散・総
選挙や
国民投票などが
改正手続に組み込まれているというのはこのためでございます。
以上、
二つの
要請は、それぞれ、その国の
憲法の特質に応じましてさまざまな形をとってあらわれておりますが、
憲法改正の最終的な
決定主体、その
主体に着目した場合には、次の
四つの
改正方式にほぼ大別することができるのではないかというふうに思いました。すなわち、
レジュメに列記いたしました一番目に
議会でございまして、二番目は
国民、三番目は特別の
会議、これは普通、
憲法会議というふうに称しております、それから四番目は
連邦を
構成する
支邦、
連邦構成国でございますけれども、この
四つがこの
主体として考えることができようかと思います。
まず初めに、(1)の
議会による
憲法改正の
方式でございますけれども、この
方式は、
改正手続の
要件を
通常の
立法手続の
要件よりも厳しくするというものでございまして、
憲法の
安定性の
要請を、これもどの程度認めるかによって、次のような各種の
方式に分けることができるかと考えています。
第一に、
原則として
表決数だけを加重する型でございます。これには、
資料の三十三ページから三十五ページに記載いたしましたように、五分の三、六五%、三分の二、四分の三といった形に分かれておりますけれども、その大半は三分の二を
議決の
要件として採用しているわけでございます。
この
手続的に非常に単純で素朴な
方法でありますけれども、しかし、この
手続だけで完結する例はむしろまれでございまして、多くの場合、この
議決要件の加重に加えて、
国民投票の
制度が
併用されているのが通例というか、かなり多いことがおわかりいただけるかと思います。これは、
安定性の
要請に加えて
国民主権の
原理の
要請が働いているためでございますけれども、この
併用型の場合には、法的には
議会だけで
憲法改正の
手続が完結しないのでございまして、
議会の
改正議決というのが
国民に対する
改正の
発議、
提案という性質を帯びるということは言うまでもないことでございます。
ここでは、
議会完結型の
憲法改正方式として
ドイツの例を挙げておきたいと思います。
ドイツの場合には、
通常の
法律は
原則として各
議院表決数の過半数の賛成で成立するということになっておりますけれども、
憲法に当たる
基本法を変更、補充する
法律につきましては、各
議院の
表決の三分の二に加重され、専ら加重された
議会の
議決だけで
改正手続を完結させることができる
仕組みをとっているということでございます。
第二は、
議会において再度の
議決、つまり都合二回の
議決でございますけれども、この二回目の
議決をここでは再
議決というふうに一応呼んでおきますが、この再
議決が行われる型でございます。これも
憲法の
安定性の
要請に基づくものでありますけれども、この型につきましては、さらに次の
二つのものに分けた上でその
内容を
説明するのがわかりやすいと思いますので、御
説明申し上げます。
その
一つは、人的に同じ
構成の
議会によって再
議決を行う、要求するという形でございます。この形には、再
議決に
一定の
期間を置くものと、それから一
たん会期を閉じまして、次の
会期で再
議決を行うという
二つの
方式がございます。
イタリアが
前者の
代表例でございまして、それは、各
議院において、少なくとも三カ月の間隔を置いて、二回の
審議、
議決を行うという形で、
期間を置いた上で採決を行うという
仕組みをとっております。ウクライナが
後者の例でございまして、それはまず、
会期中に一度、単純多数による
議決がございまして、一たん閉会されまして、次の
会期で
議員三分の二の多数によって承認するということで、
憲法改正が成立するという
方式でございます。
それから、もう一方でございますけれども、今度は
人的構成を変えて、異なる
人的構成の
議会によって再
議決を
要請するという型のものでございます。これは、
最初の
議決と再
議決との間で、
議会の
人的構成を一新するというものでございまして、十九
世紀以来、
学説の上で
フランス式と
ベルギー・
デラウェア式というふうに分けて説かれてきたものでございます。
このうち、
フランス式というのは一八七五年の第三
共和制で採用された
方式でございまして、再
議決を
両院の
合同会議で行うという
方式でございます。つまり、
最初は両
議院がおのおの別々に
議決いたしまして、次いで両
議院の
合同の
会議で
議決するという
方式で、
議員の
構成を変えるというわけです。
第三
共和制の
フランスでは、この
後者の
両院合同会議を
国民会議というふうに呼びまして、
両院を
構成いたします
上下各
議院と区別していたわけでございます。この
フランス式の
国民会議の
方式と名称をそのままそっくり現在でも使用しているのがハイチの
憲法の
改正方式ということでございます。
また、
ベルギー・
デラウェア式の方でございますけれども、
ベルギー・
デラウェア方式というのは、一八三一年の
ベルギー憲法と一八九七年の
アメリカの
デラウェア州の
憲法で採用されて、現在に至るまでとっている
方式でございます。これは、両
議院または
下院を
解散して
選挙を実施した後で、新たに組織された
議会で再
議決を行うという
方式でございます。
この場合、第一回目の
議決、これは
憲法改正の
宣言を行う
議決でございますけれども、その
宣言を行った
議決の後で直ちに両
議院を
解散、これは
上院下院両方とも
解散いたしまして、
選挙を実施するという形をとっております。これが
ベルギーの
方式でございます。
そうではなくて、すぐには
解散しなくて、次の
下院議員の
選挙まで一
たん手続を停止いたしまして、
選挙の後に新たに組織された
議会において第二回目の
議決を行うというのが
デラウェア方式と言われているものでございます。
このように、
憲法改正案が
議会に提出された後で
選挙を実施して
民意を問うという
方式というのは、
憲法の
安定性の
要請というよりは、もちろんそういう
要請も入っておりますけれども、むしろ、
憲法改正の
提案について、
国民に対して
意思表明の
機会を与えるという
国民主権の
要請に基づくものというふうに言えようかと思います。
なお、イギリスの場合でございますけれども、
成文憲法は持っておりませんが、しかしながら、
実質的憲法という
意味では重要な
法律が
憲法的意味を持っております、そういったものの改廃につきましては、
選挙で改めて
民意を問うということがほぼ慣例化しているというふうに言われております。
また近年では、
民意の
問い方として、数年前の
分権化の際にも行われましたけれども、改革の是非についていわば諮問的に
国民投票を実施するということも行われていますので、単純に不文、軟性の
憲法だというふうに割り切ることはできないというふうにも考えることができます。むしろ、今申しました
選挙でありますとか、あるいはこれから申します
国民投票を介在させた形での実質的な
憲法的法律の
改正という形で行われているということになるのかもしれません。
次に御紹介申し上げますのは、
国民が
改正の
主役になる、
国民が
改正の
主体になる、そういう
方式でございまして、これは、レファレンダムによる
憲法改正の
方式ということになるかと思います。
これは、
憲法改正案について、
議会が
発議して
国民が
決定ないし承認するという
方式でございまして、
憲法改正は
憲法制定権力、すなわち
主権でございますけれども、この
主権を有する
国民だけに許されて、
憲法によってつくられた単なる
立法権を保持するにすぎない
通常の
議会には最終的な
決定権は許されないという
思想ないし
考え方を具体化した
制度でございます。
これに対しまして、
最初に紹介いたしました
議会の
議決だけで
憲法改正が完了する型というのは、
憲法と
法律とは、
両方とも
国民の
一般意思の
表明、これは
フランスでしばしば使われる
表現でございます、または
国家意思の
表明、これは
ドイツで使われる
表現でございます、こういった
一般意思ないし
国家意思の
表明、
両方ともそういう
表明であって、
憲法と
法律とを質的にあるいは価値的に区別することはできないという、これは十九
世紀ヨーロッパ大陸に支配的だった
考え方でございますけれども、こういう
考え方。言ってみますと、
立法議会万能の
考え方、
思想に由来する
制度でございます。
このように、
国民投票による
憲法改正の
方式というのは、
議会ではなくて、専ら
国民のみが、
法律と区別される、より高次の
憲法を定立し、その定立と同時に、
憲法をつくったみずからの
権力を今度は
憲法改正権として、
憲法の中にいわば入り込んでいく、こういう
国民の
憲法制定権力の
形態変化と申しますかメタモルフォーゼと申しますか、そういった理論ないし
考え方に基づいて、
憲法改正について
国民が
主役となるという
思想ないし発想になっているわけでございます。
この
方式にも三つの型がございます。
第一番目は、
憲法改正についてすべて
国民投票に付さなければならないとする形でございまして、これは必要的あるいは
義務的国民投票制というふうに
一般に呼ばれているものです。第二番目は、
一定の
要件に合致するある場合において
国民投票に付することができるという、任意的な
国民投票制というふうに
一般に呼ばれている
制度がございます。第三番目は、両者を
併用する形でございます。
このうち、
日本国憲法九十六条が
最初の
必要的国民投票制あるいは
義務的国民投票制と言われる
方式であるということは言うまでもございません。
今回
調査した
範囲で申しますと、
資料の三十六ページから三十七ページに記載されております
必要的国民投票制の
項目に掲げましたアイルランドからスイスまでの八カ国が
我が国と同じ
方式に属します。それから、
一定の場合に
国民投票に付することを義務づけられているパラグアイ以下九カ国でございますけれども、これも
我が国とほぼ同じ
方式に属する。
国民投票に付する
範囲が違ってまいりますけれども、いずれにいたしましても
方式としては同じということでございます。
それから、第二番目の
任意的国民投票制の例でございますけれども、ここではスウェーデンの例を挙げて御
説明しておきます。
この国では、
憲法に当たる
基本法の
改正につきまして、
議会、これは
一院制でございますので
一院制議会ということになりますが、これが同じ文面の
改正案を二回
議決したときに、
憲法改正は成立いたします。この第二回目の
議決は、
原則として、新しく
選挙された
議会で行われるわけでありまして、その際、
議会が独自の
判断で、
選挙と同時に、
選挙の際、あるいは
選挙にかわって
改正案を
国民投票に付するということができる形になっております。これが、任意的というか、
議会の
判断で
国民投票に持っていくことができる、そういう形をとっているということでございます。
それから三番目の
併用方式でございますけれども、ここでは
オーストリアの例で
説明いたします。
オーストリアの
憲法は、
改正につきましては一部
改正と全部
改正という、全部
改正は新しく
憲法をつくりかえることと同じことでございますけれども、
二つに厳密に区別しておりまして、このうち、
前者の一部
改正につきましては、
原則として
下院の三分の二の多数で成立する
仕組みになっておりますが、この点は
ドイツと同じでございます。ただ、ただしでございまして、大統領が署名というか審署する前に、
下院もしくは
上院の三分の一の要求があれば、これは
国民投票に回さなければいけないということでございますので、これは
任意的国民投票というものが併置されているということであります。
他方、
後者の全部
改正でございますけれども、これはまた一部
改正であっても、
憲法の
基本原則、
主権原理でありますとか人権問題でありますとか、基本的な
部分でございますが、こういう場合も全部
改正と同じ扱いになりまして、
国民投票に付さなければいけないという
国民投票を義務づけているわけでございまして、こういうふうに、義務的な
国民投票制とそれから任意的な
国民投票制を
二つ併置しているのが
オーストリアの型ということでございます。
次に、
レジュメの(3)の特別の
憲法会議、コンベンションによる
憲法改正の
方式と、それから(4)の
連邦を
構成する
支邦の多数の同意による
方法、この
二つについて、あわせて
説明いたします。
まず、(3)の方でありますけれども、これは、
通常の
立法議会とは別に、
憲法改正のために特別に設けられた
会議体が
改正案を
審議、
議決するという
方式でございまして、
国民投票による
方法と同じく、
国民の
憲法制定権力という
思想ないし
考え方に基づいて設計されたものでございます。
それから、(4)の
方法でございますけれども、これは、
連邦を
構成する
支邦、
連邦構成国にも
憲法改正の
決定に参加する、そういう
機会を与えなければいけないという、これは
連邦制固有の
原理に基づくものでございます。
アメリカを例にこの
二つを簡単に御紹介しておきますと、
合衆国憲法では、まず、
憲法改正も
憲法修正という
言葉を使いますけれども、
発議につきまして
連邦議会が
主導力を発揮する
仕組みになっておりまして、
上下両
議院の三分の二の
議員が必要と認めた場合には
憲法修正の
発議を行う、または、三分の二の州の
議会からそういう
要請があった場合には、
憲法改正の
発議のための
憲法会議を招集しなければいけないというふうにされております。
このいずれの場合にも、
憲法改正は
連邦議会が選定する
二つの
承認方法で
決定が行われます。すなわち、
合衆国を
構成する四分の三の州の
議会であるか、または四分の三の州における
憲法会議、このいずれか一方の
方法で承認されたときに、
憲法の一部としてその
改正部分が効力を発するというふうに定められております。
以上が、
レジュメの
時計数字Iに書きました
憲法改正規定の諸
類型の
説明でございます。
次に、
レジュメの
時計数字のIIの方でございますけれども、
憲法九十六条の、
我が国の
憲法改正規定の
沿革について、若干コメントしたいと思っております。
ここでは、
憲法九十六条の
規定が作成されるに至る
過程において、これまで、今いろいろな
方式を紹介いたしましたけれども、そこに、
憲法制定のプロセスにおいてどういう形で顔を出しているというか、
議論になっている、話題になっているかということを中心にしながら、お話ししていきたいと思います。
まず、その前提となる
明治憲法の
改正規定の特徴について、ごく簡単に触れさせていただきます。
明治憲法は、申すまでもなく
天皇の
欽定憲法でありまして、
憲法七十三条によりますと、その
改正についても
天皇によってのみ
発議することができるというふうにされておりました。ただ、
憲法の
改正には、
憲法の
制定のときとは違いまして、これは
天皇といえども単独でこれを行うことはできないのでありまして、
天皇の
発議した
憲法改正案に対して
帝国議会の
議決を得ることが必要だというふうにされておりました。そして、
議会での
改正案の
議決にも、これは各院において総
議員の三分の二以上の
出席、定足数が三分の二ということになっております、三分の二の
出席が必要とされまして、その
表決も三分の二以上の特別多数ということで
要件を定めておりました。
このように、
明治憲法では、
改正に当たって、
天皇の
意思といわば
議会の
意思との
一致ということが必要とされたのであります。この場合に、
国民はこの
過程から全く排除されておりまして、
憲法改正については、その請願すら
勅令で禁止されていたのであります。これが
明治憲法の
改正方式でございました。
一九四五年、昭和二十年でございますが、八月以降、
日本の
統治機構の再編を導いたキーワードというのは、これは言うまでもなく
民主主義という
言葉であろうかと思います。
明治憲法七十三条の
規定もこの
民主主義の洗礼を受けることになるのは、これは当然ということでございます。一九四五年十月、政府にいわゆる
松本委員会が設置されますけれども、その
内部文書を読んでみますと、
憲法七十三条の
改正につきましても
一定の
議論がなされております。
議員が
全員一致した
部分が
一つございまして、それは
議会にも
憲法改正の
発議権を与えるというものでございました。
天皇しかなかったわけですけれども、
議会にも
発議の権限を与える、そういった
議論が、これは
全員一致の
議論として紹介されておりました。
それから、
改正の
方式につきましても、これはいろいろな
議論がございましたが、
国民投票にかけるか、あるいは
議会を
解散するという形で
国民の総意を問うべきだ、それが
民主主義の
要請に合致するんだ、こういった
意見がかなり有力にその中で主張されておりました。しかしながら、こうした
意見も、
天皇が
改正権の
主体である、こういう
原則は絶対に堅持するという
方針でつくられました
松本委員会の
最終案にこれが盛り込まれなかったのは、これは当然といえば当然のことでございます。
他方、一九四五年の十二月二十六日でございますが、これは在野の
知識人で
構成しておりました
憲法研究会の案でございますけれども、これは
憲法草案要綱というふうに呼んでおりますが、それが十二月の暮れに、四五年の年の瀬に公表されております。
この
憲法研究会案というのは、そもそも
明治憲法にかえて新しい
憲法、
統治権は
国民に由来するものであって、
天皇は専ら
国家的儀礼、今で言いますと象徴ということになると思いますけれども、
国家的儀礼のみを行う、こういった
内容の
憲法を
国民がみずから確定すべきだ、こういう
方針でつくられたものでありました。ただ、当時の状況では、一挙に新
憲法の
制定に持っていくのは難しい、こういうふうに
判断いたしまして、
明治憲法を一度
改正し、その上で新
憲法の
制定を実現する、こういう
方針を採用すべきものと考えた、そういう案でございました。
そこで、この要綱の中には、この
憲法、つまり
改正憲法でございますけれども、
改正憲法の公布後、遅くとも十年以内に
国民投票による新
憲法の
制定をなすべし、こういう一文がこの研究会案の中には盛り込まれておりまして、
国民投票という
言葉がここに顔を出してまいります。
他方で、当時の総司令部側の動きでございますけれども、
日本政府からの
憲法改正案の提出に備えまして、ひそかに
明治憲法の問題点を
調査研究しておりましたラウエル中佐という人物がいましたけれども、このラウエル中佐が、
憲法研究会案に示された
国民投票の
方式に着目いたしまして、
松本委員会が提出してくる
改正案を認める条件の
一つといたしまして、
憲法改正には
国民の過半数の投票による承認が必要である、こういういわば基準というか
方針を打ち出しております。二月八日に
日本側が松本案として提出してきた
憲法改正規定はもちろんこの
要件をクリアするものではなかったということは、これは先ほどお話ししました経緯からして言うまでもございません。
他方で、これも
他方でございますけれども、総司令部の内部において、いわば今の
憲法の原案になる草案が起草されるわけでございますけれども、その第一次試案がまず注目されます。
この第一次試案というのは、
フランス革命期の
憲法とかあるいは
アメリカ諸州の今の
憲法にしばしばその
表現が残っておりますけれども、いわゆる世代理論ですね。この世代理論というのは、人民は常にみずからの
憲法を精査し、
改正する権利を有するものであって、
一つの世代はその
憲法に将来の世代を服従させることはできない、そういう徹底した
考え方でございますけれども、この世代理論の影響を受けておりまして、十年ごとに
憲法改正について検討する国会の特別会、これは私の理解では、一種のコンベンションというか
憲法会議というものがイメージされていたのかなというふうにも思いますけれども、この特別会を招集することを義務づける、そういう
内容の案でございました。
ところが、この試案を精査いたしました、これは民政局の幹部で
構成する運営
委員会でございますけれども、その幹部の間では、そもそも
憲法というのは、相当の永続性を持つ
文書でなければならないとともに弾力性を持つ
文書でもなければならないけれども、その
改正手続というのは複雑なものではなくて単純簡便なものでなくてはいけない、こういう
意見が出まして、試案の
手続は複雑過ぎるのではないか、こういうような批判がございまして、その簡素化が求められたということでございます。
それから、
憲法改正は、国会は当時
一院制でございましたけれども、その
一院制の国会が総
議員の三分の二以上の賛成を得て
発議し、
選挙民の過半数以上の賛成によって承認される、そういう形での
改正案はどうかという御
意見がある幹部から述べられております。最終的にはこの幹部の
意見が取り入れられまして第二次案が作成されました。それに若干の修正が加えられまして
最終案ができるわけでございまして、この
最終案には、国会が、これは
一院制でございますけれども、総
議員の三分の二の賛成で、
憲法改正案を
発議し、
国民の承認を経なければいけない、こういう案となったわけでございます。
この
最終案が二月十三日、
日本側に交付されまして、現在の
憲法九十六条の形に整えられていったのでございますけれども、
日本側が行った
規定の整備に関連して、ここでは一点だけ指摘しておきたいと思います。
それは、
日本側の強い
要請で、国会の
構成が二院制、
両院制になりましたので、その結果、国会の
発議が、衆参
両院でおのおの総
議員の三分の二以上の特別多数の賛成を要する、こういう形になりました。そのために、
一院制を採用していた総司令部案と比べまして、国会による
憲法改正の
発議が相当に厳しくなった、こういうことでございます。
憲法改正案が
審議されていました第九十回
帝国議会においてでありますけれども、金森徳次郎国務大臣は、
憲法九十六条の
国民投票制の意義について、当時、次のような
説明をしております。お話しいたしますと、こういうことでございます。
改正案の前文にありますように、国の一番基本的な問題を解決する最後のかぎを握っているのは、
憲法制定権を有する、保持する
国民である。この
憲法制定権と
通常の
立法権とは観念的に区分され、
前者は
国民がその
意思を直接
表明し、
立法権は
国民により
選挙された国会によって
表明されるものである。その結果、国の
制度の一番の基本的なものについては、
国民が直接にその
意思を表示することで決するのが妥当であるというふうに考えられる。こういった前提から、国会が
改正案を発案、
発議でございますけれども、
発議し、
国民が投票でこれを決めるという
方式に現行
憲法はしたのである。こういう
説明を九十六条について述べております。
この答弁は、当時の
資料を読んでみますと、法制局が作成しました想定問答集に依拠したものでございまして、その同じ想定問答集には、これは金森さんが
議会答弁に使わなかったものでございますけれども、したがって、公式の議事録には残されておりませんが、次のような答弁も準備されておりました。それは、
レジュメに書いておきましたように、
憲法改正手続はいわゆるリジッドに過ぎないか、
余りにも硬性に過ぎないか、こういう問いを立てまして、それに対して、この程度に慎重にせぬと
改正が行き過ぎになるおそれがある。国
会議員の質をよくし、
国民の政治的教養を高めれば必要な
改正を行うには支障あるまいから、これを先決問題として実現すべきである。こういう答えを準備しておりました。
つまり、起草にかかわった人たちが
憲法九十六条の前提問題をどう考えていたかということを示す
一つの
資料として、御
参考までにお話しした次第でございます。
最後に、現行の
憲法九十六条の硬性度と申しますか、厳格度について一言お話しいたしまして、私の
報告を終えることにいたします。
昨年の十一月に公表されました本
調査会の中間
報告の中に、
憲法九十六条に関しまして、
日本国憲法の
改正のハードルというのは世界の中でも一番高いのではないか、こういう
意見が
表明されておりますのを読みました。しかしながら、今回試みました六十
余りの
憲法規定の、これは簡易
調査でございますけれども、その中のごく大ざっぱな全くの印象からいたしますと、
憲法九十六条の国際比較の中で、条文だけで比較して見た場合でございましたが、その硬性度は、もちろん高いレベルにあるということは言えるわけでございますけれども、それが格段に高いあるいは最高レベルにあるということまでは言えないということでございます。
十年ほど前のことでございますけれども、ある
アメリカの有名な学術雑誌に、世界の五大陸というか東西南北、世界じゅうということでありますけれども、三十二カ国を選びまして、
憲法改正規定の硬性度を
調査したデータが公表されております。
その
調査結果によりますと、三十二カ国中で最も硬性度が高いのは
合衆国憲法の
改正規定、スイスがそれに続きますが、その順位で申しますと、
日本は第九位に置かれておりました。そして、
ドイツに至っては、その三十二カ国中二十一位にランクされておりました。このことは、
ドイツの
改正手続の多さというのは、主として
日本国憲法とは違う
基本法の性格、そういう
法律的な性格に起因するものであるし、ほかにもいろいろ事情はあるかと思いますけれども、そういったことが言えるということでございます。
それからまた、
アメリカに次ぐ硬性国とされているスイスでございますけれども、これは
資料の最後、四十ページに諸外国の
憲法改正の回数ということで一覧表をつけておきましたけれども、スイスの場合は、全面
改正してからでも、ほぼ一年に二回ぐらいの
改正を重ねております。これは、スイスに特有の事情によるものでありまして、
憲法改正規定の単なる形式的なハードルの高低だけを見て、一国の
憲法の
改正の難易度あるいはその頻度を論ずるというのは、やや問題があるのかなということを考えた次第でございます。
以上であります。御清聴ありがとうございました。(拍手)