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岩槻参考人 おはようございます。
大変おくれて参りまして、ぶざまな格好をしてしまいまして申しわけありませんでした。ふだん、私が乗っております東急田園都市線は割合正確に来るんですけれども、それで、きょうも、大切な時間ですから十分時間の余裕を持って出てきたつもりなんですけれども、何かきょうは運悪く車両故障を起こして、三十分ほどおくれて到着したものですから、おくれてしまいました。申しわけありません。話を始めるときに、イギリスの大学教授はしばしば巧みなユーモアで話を始めるけれども、日本の大学教授は大抵言いわけから話を始めると言われますけれども、その典型的な例になってしまいました。
そういうわけで、
最初に話をさせていただく予定で、イントロダクトリーな話をさせてもらおうと思っていたんですけれども、既に三人の
参考人の方から具体的なことを含めてお話が出ましたので、むしろそのお話の背景を、科学的にといいますか、
生物学的にどういうふうに理解したらいいのかというような形の話にさせていただきたいと思います。
生物学について御造詣の深い方には多分釈迦に説法になるかと思いますけれども、大抵こういう場の方々というのは、学校のときには一生懸命に
生物学を勉強されたかもしれませんけれども、二十年、三十年前の
生物学の知識というのは、実は今お話しするようなことには余りお役に立ちませんので、リフレッシュメントをやっていらっしゃらない方のために、多少お耳ざわりかもしれませんけれども、易しいことから話をさせていただくことになるかもしれません。よろしくお願いします。
今話題になっておりますこの長い名前の
法律案は、御案内のように、
バイオセーフティに関する
カルタヘナ議定書に基づいて国内的な整備をするということなんですけれども、
バイオセーフティーの問題というのは、いわゆる
生物多様性条約で定められた筋書きに従っています。
生物多様性条約というのは、もう締結されて十年以上になりますけれども、御承知のように、
生物多様性ということを、
遺伝子レベルの
生物多様性と種レベルの
生物多様性と
生態系レベルの
生物多様性という形の整理をしております。
そういうことすべてについての話にはとても言及する時間がありませんので、種
多様性についての話にだけちょっと言及させていただきますと、先ほど
村田参考人から御
紹介がありましたように、アリストテレス以来営々と築き上げてきた博物学の
知見でいいますと、百四十万とか百五十万とかの種が現代地球上に生育するということが認知されているわけですけれども、先ほどの話にありましたように、最近では、実際生きているのは億を超える数だということが我々専門家の中ではほとんど常識になっています。もちろん、慎重な方があって、せいぜい二、三千万だという言い方をしますけれども、その方々でもせいぜい二、三千万はいるという、百五十万という既知の種数からいうと非常に膨大な数値になってしまいます。
しかも、それだけの種数を記録していたから
生物多様性がどれだけわかっているかということになりますと、御存じのように、ごく最近やっとヒトの全ゲノムが解読されました。では、ヒトの全ゲノムが解読されたからヒトがわかったのかといいますと、そうではなくて、これからやっとヒトの
研究が始まると言ってもいいようなもの、純粋に
生物学的な
研究というのはこれから始まると言ってもいいような部分があるわけですね。
そのほかの百四十九万幾らか、さらに知られていない億に達する種数について言いますと、名前さえつけていないわけですから、とてもそのDNAのシークエンシングなんかはやられていないというのが事実で、我々はそういう知識に基づいてさまざまなことを考察しているということなんですね。
生物多様性が非常に大切だから守りましょうという話はしばしば言われますけれども、なぜ大切かということになりますと、しばしば、
遺伝子資源としての重要性であるとか、それからもちろん
環境に与える
生物多様性の持っている
意味だとかということが言われるんですけれども、そういうことからもう一歩突っ込んで、なぜその
生物多様性が生じてきているのかということを考えてみますと、これは言うまでもなく、三十数億年の進化の
歴史の結果、億を超えるかもしれないぐらいの
生物多様性が、種
多様性が生じているということです。
御存じのように、三十数億年前に
生物が地球上に発生したときというのは、DNAのタイプはたった
一つのタイプだったわけですね。もちろん、DNAというのは発生した途端に変異をつくるという
性質を持っていますから、単一の姿だったというのは瞬間だけであって、もう既にでき上がったときに変異をつくり始めているということではありますけれども、それが三十数億年の
歴史を経て、今申し上げましたように億を超える数に分化しているということなんですね。
実は、そういう数字というのは、頭の中では理解されているようなんですけれども、なかなか体感できないものなので、もう少し実際的に体感していただきますと、例えば、我々の体というのは六十兆ほどの細胞が積み重なってできているわけです。ところが、私たちの体を考えてみますと、これは、一番
最初、母胎内にあったときには、受精卵一個の細胞から出発しているわけです。一個の細胞から出発して六十兆の細胞になっている。実は、三十数億年かけて
生物が
一つのDNAのタイプから億を超える種にまで分化しているということと非常によく似ている部分があるわけですね。
そういう言い方からしますと、もう既にシェークスピアが、もうけのために胸の肉一ポンドを提供するというのをやゆしているわけですけれども、それと同じで、私たちの今地球上に生育している億を超える種というのは、もともとは一個のものから出発してきて、それ全体が常に不可分離の、いかに不可分離であるかということを説明している時間はありませんけれども、不可分離の
関係を持って生きてきているから、今の地球上の
生態系というのが成立しているということなんであります。
生物多様性が大切だというのは、実はそういうところにその
生物学的な背景があるわけですね。
人口がどんどんふえてきて、いろいろなエネルギー消費もふえていくということになりますと、そういう
生物多様性を維持していくためには、ただ
生物多様性を守っていきましょうといって見守っていくだけではどうしようもないわけで、それをいかに有効に活用するか、サステーナブルに活用するかというのが
生物多様性条約の基本的な
考え方だと思うんですけれども、それをサステーナブルに活用するためには、私たちの持っている科学
技術というのを有効に
利用しないといけないという側面がある。
もちろん、その科学
技術というのは、先ほども言っておりますように、よく進んではいるんですけれども、しかし、その基本となる科学というのは非常にまだ
知見の乏しいものなわけです。だから非常に手探りの状態で、しかし、結果としては、非常に進んでいる科学
技術を
利用して私たちはその
生物多様性をサステーナブルに
利用しようという
考え方が
生物多様性条約の基本的な
考え方であって、カルタヘナ条約というのも、だからその基本的な
考え方にのっとってつくられているということなんですね。
ですから、今、バイオテクノロジーで人為的につくられた
生物というのが一体どういうものかということをもう少し詰めてみますと、
生物の進化の過程の間で、実は、DNAの変異というだけではなくて、例えば、こういう名前を出した方がいいのかどうか、私たちの細胞の中には、ミトコンドリアという、生きていく上で絶対不可欠な大切なオルガネラがありますし、それから、私たちがこうやって生きていられますのは
植物が光合成してくれるおかげなんですけれども、
植物の細胞には葉緑体という非常に大切なオルガネラがありますけれども、こういうものは、進化の過程で実はほかの細胞が細胞の中に潜り込んできて、要するに細胞融合をやって、それで進化をしてきたというのが、もう今では確かな事実として知られているわけです。
実際にそのように細胞融合的な進化が、ミトコンドリアや葉緑体のように典型的な例ではなくて、非常にしばしば
生物界の中には起こっている。さらに言いますと、有性生殖をするようになってから
生物の進化のスピードは非常に速くなったわけですけれども、有性生殖というのは、同種内ではありますけれども二つの細胞が接続するということです。
ですから、そういう細胞の中の
遺伝子の操作というのは自然界でも既にさまざまに起こっている現象なんです。もちろん、自然界の中に起こっている現象で、コロナウイルスの中に変なものが出てくるとか、それから、人間にとって不可欠な大腸菌の中にもO157のような変異が出てくるとかということが自然界でもしばしば起こっているわけですけれども、自然界の中では、そういうふうに進化に非常に有効に働いた有効な、テクノロジーとこれは言いませんけれども、細胞融合のような、
遺伝子組み換えのようなことが起こっているということも事実なんです。
そういうことを前提として、ですから、テクニカルに進んでいると言いながら、まだまだ未発達の状態の科学
技術を有効に活用しながら、しかもそうやってつくり上げたものを今の科学
技術を総動員してチェックをしながらつくられているのが
遺伝子組み換え生物だということなんです。
ただ、そうやって慎重に見守られながらつくられてはいますけれども、科学
技術というのが、先ほどから何度も言いますように、一〇〇%すべてを知っているものではない。いろいろな問題が起こったときにしばしば専門家集団に聞けばわかると言われますけれども、専門家集団というのは、実は、いかにわかっていないかということが一番よくわかっている集団であって、ここまではわかっています、そこから先はわからないんですよということは言えるんですけれども、すべてのことに答えが出てくるというようなものではない。そういう期待しかしていただかない方がいいんです。
そういうものですから、今や非常に慎重に科学
技術を動員してチェックをしながらつくり上げられている
技術ではありますけれども、まだ何が起こるか一〇〇%確実に言えるわけではないということで、これから
生物多様性に対する
影響に対するモニタリングというようなものが非常に重要であるということが強調されるということなんです。
ですから、非常に短い時間ですから抜き書き的な言い方しかできませんけれども、実際進められていることというのは、未知のことに挑戦して、慎重に害が起こらないということをチェックしながら進められている。そして、逆に言いますと、それを進めていかないと急速な人口増加は支えられない。
むしろ、急速に自然に、
生物多様性に対する
影響を逆に与えてしまうという
危険性さえあるときに、
技術を活用することによって
生物多様性のサステーナブルユースということを有効に生かそう、そういう視点で進められている
技術なんですけれども、その
技術が一〇〇%確実でないということになりますと、それがもたらすかもしれない危惧に対してできるだけ慎重な態度をとりましょうという形が
カルタヘナ議定書に示されていることであり、今回の
法案もそれに沿うような形で慎重にまとめられたものであるというふうに私どもは理解しているんですけれども、そういうことを
生物学というバックグラウンドを含めて御
紹介させていただいて、陳述を終わりにさせていただきます。どうもありがとうございます。(拍手)