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参考人(
村越進君)
日弁連の
人権擁護委員会委員長をしております
村越と申します。
本日は、
参議院憲法調査会での
発言の
機会を与えていただきまして、誠にありがとうございます。
私からは、
日弁連の
立法提言活動、
国際人権基準から見た
我が国の
人権課題、なぜ
憲法の
人権規定が十分に生かされていないのか、そして
基本的人権保障のための展望と
課題、以上の四点について簡単にお話をさせていただきます。
第一に、
日弁連の
立法提言活動についてでありますが、
日弁連は、
弁護士法の一条に基づき、
人権の
擁護と
社会正義の実現及びそのための
法律制度の改善を
使命としています。したがいまして、
日弁連は積極的に新しい
法律の
制定を
提言し、場合によっては新しい
法律案に
反対をし、
法律の改廃についての
意見を表明してまいりました。
現在、
日弁連はそうした立場から、
障害のある人に対する
差別禁止法や
ホームレス自立支援法及び
湿地保全再生法の
制定を
提言し、
国会で審議されております
心神喪失者医療観察法案に
反対し、
個人情報保護法案に
反対し本年八月からの
住基ネットの
稼働延期を求め、また
有事法制関連三
法案に
反対をしております。さらに、
改正少年法や
児童虐待防止法、
DV防止法の施行・
運用状況をウオッチし、
法律の
見直し期限に向けて
提言をまとめるべく
検討作業を行っております。
また、
両性の平等を実現するため、
男女雇用機会均等法をより実効的なものとするように見直すことや、
選択的夫婦別姓を認める
民法改正を急ぐべきことを
提言しております。
まず、
障害のある人に対する
差別禁止法でありますが、御
承知と思いますが、一九九〇年に
アメリカ合衆国で
制定されたいわゆる
ADA、
アメリカンズ・ウイズ・ディスアビリティー・アクト、
障害のある
アメリカ人法は、
労働や
公共交通機関の
利用などにおける
差別を禁止し、
障害のある人が
社会の中で自立して
生活することを保障しようとする画期的な
立法でした。
ADAの
制定後、
障害のある人に対する
差別を禁止する
法制度を持つ国が増え、現在では四十三か国を超えています。
一方、
障害者基本法などの
我が国の
法制度は、国や
地方公共団体の
施策の
内容を
中心として定められており、
障害のある人は
施策の対象であって、具体的な権利の主体とは位置付けられていません。このため、
障害のある人が
労働や
公共交通機関の
利用など
生活上の様々な場面で存在する
差別や
バリアを自ら除去しようとしても、根拠となる具体的な
法規定がない、裁判などでも種々の困難に直面してきました。
昨年八月に発表されました
国連の
社会権規約委員会の
最終見解は、
障害のある
人々に対する
差別的法規の廃止と
障害のある
人々に対するあらゆる種類の
差別を禁止する
法律の
制定を
日本に
勧告いたしました。
日弁連は毎年秋に
人権擁護大会を開催し、一年間の
人権擁護活動を総括するとともに、
幾つかの
シンポジウムを開催し、その年の
重要課題について
大会宣言、
大会決議を採択しています。昨年は、十一月に奈良市で第四十四回
人権擁護大会を開催し、千五百名を超える
会員弁護士と千数百名の市民が参加しました。
日弁連は、この四十四回
人権擁護大会において、
障害のある人に対する
差別を禁止する
法律の
制定を目指して、
バリアのない
社会のためにをテーマとした
シンポジウムを行い、
差別禁止法の試案を発表しました。この
シンポジウムには、
堀先生にもパネリストとして御参加をいただきました。
日弁連は、このシンポを踏まえ、
日本においても速やかに
障害のある人に対する
差別禁止法を
制定すべきであるとの
宣言を採択し、この
宣言を受けて
人権擁護委員会の中に
障害のある人に対する
差別禁止法に関する
調査研究委員会を発足させ、
障害者団体、各政党との
意見交換、
差別禁止法に関する出版など、引き続き
法律制定に向けた
活動を続けております。
また、
日弁連は本年三月、
東京、大阪、名古屋における
ホームレスの実態を
調査し、
ホームレス問題に関する
意見書を発表し、
ホームレス自立支援法の
制定を
提言いたしました。
本年十月には、
日弁連は福島県郡山市において第四十五回
人権擁護大会を開催します。同
大会では、
ラムサール条約に基づき、
湿地の
保全・
再生法の
制定を
提言する予定であります。同法は、
湿地の減少及び
質的劣化の
防止と
再生・復元を目的とするものであります。
ところで、ハンセン病問題と
心神喪失者医療観察法案についてですが、私
たちは
らい予防法というとんでもない悪法を四十三年間にわたり存続させてしまいました。このことについては
弁護士、
弁護士会としても痛みを持って受け止め、痛切に反省し、
日弁連としても公式に謝罪をしています。
ただ、大変遅れはしましたが、九州
弁護士会連合会が、入所されていた元患者の方から、
法律家はこのような重大な
人権侵害を放置するのかというお手紙をいただき、これをきっかけにして直ちに問題に取り組み、そのことが
弁護団の結成と国賠訴訟につながったということは事実として申し上げておきたいと思います。
ハンセン病患者の終生絶対隔離というものは、患者が
社会の一員として人生を全うする権利を完全に奪うものでありました。生まれてから死ぬまで、人はだれでも家族とともに地域で暮らし、学校に行ったり、仕事をしたり、結婚をしたり、友人、隣人と交流する、そんな人生を送りたいものであります。
しかし、
我が国では、現在三十数万人の人が精神病院に入院し、
社会から隔離された
生活を送っています。今また、触法精神
障害者に関して
心神喪失者医療観察法案が
国会で審議されています。しかし、同
法案は、再犯のおそれという判定も予測も極めて困難な要件をもって、患者に対する治療行為としてではなく、医学的な根拠もなしに精神
障害者を期限の定めもなく特別な施設に隔離収容することを認めるものであり、精神
障害者に対する
差別と偏見を助長し、
人権の世紀たるべき二十一世紀の初めに、またも
らい予防法の誤りを繰り返すものであると言わざるを得ません。
次に、
個人情報保護法案と
住基ネットについてですが、行政
機関の保有する
個人情報保護法案には、収集制限に関する明確な規定がないこと、行政
機関等による目的外
利用を広く認めていること、安全確保義務違反に対する罰則がないことなど、
個人情報保護の
観点から重大な問題があり、抜本的な見直しが必要であります。
一九九九年八月に住民基本台帳法の改正により、住民基本台帳ネットワークシステム、いわゆる
住基ネットの導入が決まった際、プライバシー侵害の危険性が高いことから、同改正法施行に先立ち、
個人情報保護法制を整備するものとされました。したがいまして、今
国会で仮に
個人情報保護法案が成立しないということになりますれば、
住基ネットの稼働は当然に延期すべきものであるというふうに
日弁連は考えております。
最後に、
有事法制関連法案についてですが、
日弁連は現在
国会で審議されている有事法制
法案に
反対し、廃案とすることを求めております。もとより、
日弁連は約一万九千名の会員を擁する強制加入
団体であります。会員の中には様々な立場、
意見の方がいます。有事法制についても、その必要性などについては様々な
意見があります。しかし、今回
日弁連は、そうした相違を超えて、現在審議されている
法案について、
法律家
団体として
憲法と
人権の
観点から検討し、
反対せざるを得ないとの結論に達したものであります。
第二に、
国際人権基準から見た
我が国の
人権課題について申し上げます。
我が国は、一九七九年に
国際人権規約、これは自由権規約、
社会権規約があるわけですが、同規約を批准しています。国際的な
人権基準である同規約の実施義務を負うものであります。また、
国際人権規約
委員会から
勧告された事項について、改善に向けて努力をすべき立場にあります。
一九九八年十一月、自由権規約
委員会は自由権規約の実施
状況に関する
日本政府報告書の審査を踏まえ、
最終見解を発表しました。見解では、二十九項目にわたる詳細な懸念事項と
勧告が表明されています。一、二紹介いたしますと、
我が国の
人権擁護委員は
法務省の管轄下にあるとし、警察や入管施設における
人権侵害を救済するための独立した
機関の設置を
勧告しています。また、すべての子供は平等な保護を受ける権利があるとして、婚外子
差別をなくすため、相続分を嫡出子の二分の一と定める民法九百条四号を含む
法制度を改正するよう
勧告しています。更に、国内法が自由権規約と適合するよう国内法を再検討ないし改正すること、
個人通報
制度を定めた第一選択議定書を批准することを
勧告しています。
昨年、二〇〇一年八月には、
社会権規約委員会が
社会権規約の実施
状況に関する
日本政府報告書の審査を踏まえ、
最終見解を発表しました。見解は、二十三項目の懸念を表明し三十一項目の
勧告を行っていますが、注目すべき第一は、
社会権規約、特にその中核部分に関する
政府の義務は法的義務であり、直接適用可能性を有することを指摘し、この点に関する
日本政府の見解を見直し、
立法、行政及び司法の過程において同規約の規定が必ず考慮されるシステムの導入を勧奨していることです。
第二は、同規約二条二項に定める
差別の禁止は例外のない絶対的な原則であると指摘し、
差別禁止法の強化を求めていることです。殊に、
障害のある人に関する
差別条項を廃止し、あらゆる
差別を禁止する
法律を
制定することを
勧告しています。
第三は、パリ原則及び同
委員会の一般的見解に従い、
社会権をも対象とした国内
人権機関の創設を求めていることです。
日弁連は、
国連NGOとして、以上の審査に際しカウンターレポートを提出し、またジュネーブに代表団を派遣して審査を傍聴するとともに、ロビー
活動を行いました。
日弁連は、一九八八年に神戸で開催された第三十一回
人権擁護大会以来、
国際人権法、
国際人権基準が
我が国で実効的に実施されることを求めており、そのために必要な国内法の
制定や改正及び選択議定書の批准を求めております。
第三に、なぜ
憲法の
人権規定が十分に生かされていないのかということでございます。
国際人権法の国内適用と遵守がいまだ不十分であると言わざるを得ませんが、一方で
憲法の
人権規定も、残念ながら、いまだ必ずしも
社会の隅々まで浸透し、市民の
生活の中で十分に生かされてはいないということも指摘せざるを得ません。私なりにその理由を
幾つか考えてみましたが、時間がありませんので全部は申し上げられません。ピックアップしてお話をさせていただきます。
まず、最高裁を始めとする裁判所が
憲法判断、違憲
立法審査権の行使に極めて消極的であったということです。
裁判所は、基本的に
立法府や行
政府の裁量権を広く認めてきましたが、私はこれは少なくとも
基本的人権に関しては誤りであると思います。
社会の多数派、
国会の多数派は自らの立場や権利を議会制民主主義の手続の中で実現することができます。しかし、
人権が問題となるのはそうしたことができない
社会的弱者、マイノリティーに関してです。
国会が多数で決めたことについて司法がその当否を判断できないのであれば、少数者の
人権が守られない事態も生じかねません。司法には、一人に対する
人権侵害であっても救済する、そのためには
法律を違憲と判断することも辞さない、そうした姿勢こそが必要であります。
次に、個別
人権法の不存在ないし不備です。
国際人権法や
憲法の規定はある意味で抽象的なものです。それを具体化し明確なものとするための
法律の整備が不可欠です。一例を挙げれば、
憲法十四条は法の下の平等を定め
差別を禁止しているわけですが、これだけでは、どういうことが平等に反し何が
差別として許されない行為であるのか、
差別を受けた人がどういう権利を有しどういう救済手段があるのかがはっきりしません。このことが
人権の実現や
人権侵害に対する救済を困難にしてきました。各
分野の
差別禁止法が必要とされるわけです。
次に、
人権が保障されているというためには、
人権を侵害されたときに確実な救済が得られる必要があります。そうでなければ
人権は画餅に帰してしまいます。
人権救済の実効的なシステムが不可欠なわけです。しかるに、今日まで
我が国では、大変な時間と労力そして少なからぬ費用を要し、しかも必ずしも救済の実を上げ得なかった裁判、司法救済という手段しか基本的にありませんでした。
法務省の
人権擁護委員制度は十分に機能せず、私
ども日弁連の
人権救済活動にもボランティア
活動としての限界と権限や効力の壁がありました。
では、今後、
基本的人権の実効的な保障のためにどういうことを考えていったらいいのか、これを
最後に申し上げたいと思います。この点も、すべて申し上げる時間がありませんので、かいつまんで述べます。
一つは、司法の改革です。現在、司法改革ということが言われ、
日弁連も総力を挙げて取り組んでおりますが、
人権救済が実効的に行われるような裁判
制度と裁判官の養成、そして裁判所による積極的な
憲法判断が求められます。
次に、
国際人権規約などの
国際人権法の
日本国内における適用と遵守、そして必要な国内法の整備です。毎回のように
国連の
関係機関から
我が国の
人権状況の問題点を指摘されることは、決して褒められたことではないと思います。
人権についてのグローバルスタンダードをクリアし、世界に誇れる
人権大国を目指すべきだと考えます。この
関係で特に強調したいのは、
国連に対する
個人通報
制度を定めた
国際人権(自由権)規約の第一選択議定書を速やかに批准すべきであるということであります。
次に、最初に述べました
障害のある人に対する
差別禁止法のような
人権にかかわる各種
立法の
制定です。各
省庁はこうした点で大変腰が重いということを実感しております。私は、この点で特に
国会議員の
先生方に積極的に議員
立法の御提案をお願いしたいと考えるものでございます。
最後に、
人権救済機関です。
岡部参考人も簡単に触れられましたので詳しくは述べませんが、
日弁連は、
政府から独立した
人権救済機関、これが必要であるということで取り組んでまいりました。しかし、残念ながら、現在
国会に提出されている
人権擁護法案が想定している
人権委員会は、
国連や
日弁連が求めているものとは全く異なります。
最も指摘しなければいけないのは、
政府からの独立性が欠けているという点でございます。この点については、
国連のメアリー・ロビンソン
人権高等弁務官や、先日来日されたバーデキン同弁務官特別顧問も重大な懸念を表明されております。また、独立性とともに、その
委員会の規模等で実効性があるのかということについても大変疑問を持っております。さらに、そういう独立性がない
機関がメディアに対する
調査権限を有するということは、国民の知る権利や報道の自由を侵害するおそれも大きいというふうに考えております。
ということで、国内
人権救済機関を作るべきだと言ってまいりました
日弁連としては、本当に残念ではありますが、現在の
法案については出し直すべきであるというふうに考えるものです。
日弁連は、一九九九年十一月、
人権のための行動
宣言を公表しました、行動
宣言では、具体的
課題と
課題実現のための
制度改革を明らかにしています。具体的
課題においては、二〇一〇年までを一応のめどとして
日弁連が重点的に取り組むべき二十三の
人権課題を示しています。そして、具体的
課題実現のための
制度改革では、
人権保障のとりでとなるように司
法制度を改革すること、それから
政府から独立した国内
人権救済機関を作ることを求めております。あるべき
人権機関ができた場合には、
日弁連も当然そうした
機関と連携協力し、補完をし合いながら
人権活動に取り組んでいくつもりであります。
また、私
たち弁護士、
弁護士会は、重大な
人権侵害事件について、より積極的に訴訟を提起し、司法救済を求め、判例を蓄積して
人権基準を明確にする、そうした
取組を強化する必要もあると考えています。なお、そうした訴訟を提起する上で、現在言われております
弁護士費用の敗訴者負担という
制度は極めて大きな
障害になるということを是非御理解をいただきたいと思います。
日弁連は、
人権擁護活動を担い、あるいは支援することのできるように組織
体制を一層強化充実させ、
社会と市民の期待にこたえていきたいと考えています。今後とも御理解と御指導のほど、よろしくお願い申し上げます。
ありがとうございました。