○
森田参考人 森田でございます。
憲法調査会の
地方自治に関する
調査小委員会で
意見を述べる機会をいただきまして、大変光栄に存じております。どうぞよろしくお願いいたします。
現在、
地方分権は、
分権一括法ができました後、進行しているわけでございます。現在も、特に
財政問題を
中心にいたしまして、
地方分権の
あり方については
大変関心が高まっているところであろうかと思います。そして、
地方分権改革推進会議におきましても、活発な
審議がこれから進められようとしているところでございます。また、
他方では、
市町村合併につきましても、全国的に大変大きな
動きが出てきているというふうに承知いたしております。
私
自身は、
地方分権推進委員会に参与という形で参加させていただきましたし、また、その後を受けました
地方分権改革推進会議にも
委員という形で参加させていただいております。さらに申し上げますと、旧自治省において設置されておりました
市町村合併研究会にもメンバーとして参加いたしました。このような
地方分権あるいは
市町村合併にかかわった経験からいたしまして、その
観点から、
地方分権の現状と
市町村合併の
あり方などにつきまして、もちろん個人的な見解ではございますけれども、
意見を述べさせていただきたいと思います。
お話しいたします
順序は、お手元にあろうかと思いますけれども、「
分権改革の
課題」と書かれておりますこのペーパーに沿って話を進めさせていただきたいと存じます。
二十
世紀の後半、
我が国は大変急速な進歩をしたわけでございますけれども、だんだん、
社会が
発展するにつれまして、その
発展を支えてまいりました
制度と
現実との間に
乖離が生じてきたかと思います。その結果、しばしば言われますように、いわゆる
制度疲労という
状態に陥ったわけでございまして、そのため、一九九〇年代に入りましてから、さまざまな基本的な
制度に関する
改革が実施されてきた、かように考えております。
地方分権改革と申しますのもこうした
統治制度改革の一環に位置づけられるものでございまして、
日本の国のいわゆる形をつくるという
意味では、大変大きな
改革であることは申し上げるまでもないかと思います。
こうしたさまざまな
統治制度に関する
改革というのは、
福祉国家がある
段階に達したところから世界的なトレンドとしてこうした
改革が進められてきたと考えられるわけでございまして、特に、小さな
政府を志向するという形での
改革は世界的な傾向として見られるものではないかと思います。
地方分権に関する
改革というのも、ヨーロッパの
自治憲章に見られますように、世界的に
地方分権の
動きというものも生じてきているのではないかと思います。
しかしながら、それぞれの国の
事情を見てみますと、
改革の
進め方、どのように
改革をしていくかという
改革の
あり方につきましては、国によってかなり異なっているのではないかと思いますし、また、それぞれの国のこれまでの
あり方というものが違っておりますので、いわゆる違った土壌のもとでどのような
改革を育てていくかということについては、それぞれの国の
あり方というものが異なっているのではないかと思います。外国がこうであるからという形で
改革を進めるということはなかなか難しいように思います。
我が国における
地方分権改革は、どちらかといいますと、そうした世界的な
分権の
流れあるいは
行政改革の
流れとは別に、固有の要請からスタートしたものというふうに私は考えておりますけれども、その後で、例えば
民間でできることは
民間へ、
地方でできることは
地方へと言われますように、
行政改革の
流れといわば合流してきたというのが今日の
分権改革の
流れではないか、かように思っております。
具体的に申し上げますと、
地方分権推進委員会は
平成七年、一九九五年に設けられました。その後、五次にわたる勧告を通しまして大変大きな
成果を上げたものと考えております。その中でも、特に
法制面において、国が
地方を
統制する強力な
仕組みでありました
機関委任事務制度が廃止されました。
ちょっと風邪を引いておりますのでお聞き苦しいところがあろうかと思いますが、お許しいただきたいと思います。
さらには、国と
地方の間のいわゆる法的な
紛争についての
処理をする
仕組み、これは、これまでの
上下主従の
関係から対等・協力な
関係に変わったということでございますけれども、こうした
係争処理の
仕組みが設けられ、最終的には裁判所において、
法解釈をめぐる国と
地方の間の
紛争の決着をつけるという
仕組みが設けられたことは大変大きな変化、
成果ではないかと思っております。
他面におきまして、もう
一つの、国が
地方に対して
統制を及ぼす主要な手段でありますところの
財政制度につきましては、この
改革に関しては、しばしば指摘されておりますように、必ずしも十分な
成果を上げることができなかったというのが正直なところであろうかと思います。
こうした
財政面における
改革が進まなかったと評価される
理由といたしましては、決してこれは
分権推進委員会自体がそうした
努力を怠ったからというのではなく、むしろ、
分権改革を進めていく途中で生じました、国と
地方をあわせた
財政事情の悪化というものがこうした
改革を非常に困難にしたというのが事実ではなかろうかというふうに思っております。
まさに、
分権推進委員会の
最終報告、これは昨年の六月に出されましたが、この
最終報告にございますように、不幸にして時を同じくして、国と
地方の
財政の危機的な
状況はその
深刻化の度合いを深めてきている、そういう表現がございますけれども、まさに不幸にしてそうした事態に立ち至ったのではないかと思っております。
分権推進委員会の
最終報告では、そうはいいましても、国と
地方の間の
財政的な
関係を
改革していくために、
税源移譲の具体的な姿も提言しているところは
御存じのところではないかと思います。
分権推進委員会の
地方財政の
あり方についての考え方、私は決して
財政の
専門家ではございませんので、詳細についてきちっとした説明をできる
能力を持っておりませんけれども、私の理解しているところでは、国と
地方の間で、特に
地方の方でですけれども、
収入と
支出の間に大きな
乖離がある。
公共部門の仕事の六割を
地方がしているにもかかわらず、
収入は四割しかない。この
乖離をやはりなくしていく、できるだけ収支のバランスのとれた
状態にするというのが
一つの目的であろうかと思います。もう
一つは、住民にとっての
受益と
負担の
関係を明確にしていく。それぞれの
地域の方が納めた税金によって
地方の
サービスを実施していく、そういう形に近づけるのが
一つの
財政面における
地方自治の望ましい
あり方ではないか、かように考えてきたのが
分権推進委員会の
立場だろうと思います。
したがいまして、これまで取り組んでまいりましたのは、国が
地方に対して事細かに
統制を及ぼしております
補助金について整理合理化するという面と、そして、その分については
地方が自由に使える一般財源化する、これは
交付税に入れるということになろうかと思いますが、そういう
措置であるとか、さらにいいますと、一般財源化した
段階でも、
収入面における
地方の
自立性というものは十分確保できませんので、そこで、
税源移譲することによって、
収入と
支出の
リンク、
受益と
負担の
リンク、結びつきも明確にすることが目指されてきた、かように申し上げてよろしいかと思います。
しかしながら、
現実の問題といたしましては、国、
地方の
財政というのは密接にかかわっておりますし、さらに申し上げますと、
地方間の
財政力における
格差は相当大きいものがございますので、なかなか実際に、いろいろな面を考慮しながらうまくいく
制度を設計するというのは容易ではない、このように考えております。
ところで、
地方分権推進委員会は、昨年の七月の初めにその六年間の任期を終えました。その後、翌日、
地方分権改革推進会議がそうした
状況で出発したわけでございます。
分権推進委員会の
最終報告で、さまざまな
改革の残された
課題というものを書いているわけでございますけれども、
分権改革推進会議の方は、それを受けまして、さらに
分権改革を進めていくという形で出発したわけでございます。
しかしながら、
分権推進委員会が
審議した当時と比べまして、さらに国と
地方の
財政事情は悪くなってきているわけでございまして、その中で、
分権改革会議は、どのような形でこれから
地方分権の
改革を進めていくのか、それを検討してきたわけでございます。そして、昨年の十二月には、
中間論点整理という形で、これまでどういう
状況認識をしているかということと、今後の基本的な方針を明らかにしたところであります。
いずれにいたしましても、
財政状況が長期にわたって非常に厳しいというふうに考えられます以上、国と
地方で
財政の
改革をする、歳出を抑制する、あるいは
効率化を図るということが
課題になっているわけでございまして、現在、
地方分権改革推進会議の
認識といたしましては、
地方の
支出を減らすとか、あるいは
地方の
行政改革を行って
効率化を進めるといたしましても、
現実におきましては国によるさまざまな
事務事業の義務づけというものが相当ございますので、それがある以上、なかなか
地方の自律的な
行政改革は進めることが難しい。
例えば、
必置規制でありますとか、あるいは
公共事業に伴う
地方の
負担でありますとか、その他の
制度、いろいろございます。そうしたものを
改革していく、いわゆる
地方が
自分たちで
行政改革ができるような、そうした
制度面の
環境整備を行うというのが現在取り組んでいるところであると申し上げてよろしいかと思います。
もちろん、
他方におきまして、
財政制度についても、これは重要な
課題ですし、
審議をしていく
予定でおりますけれども、申し上げるまでもなく、
交付税制度は従来のままの形で今後維持していくことは大変難しいと思われますし、また、
地方における
行政改革をさらに進めるべきという声もございます。
そうした中で、
税財源の
制度を含めまして、
地方の
財政制度についての
見直しも必至であるというふうに考えられますけれども、これにつきましては、
御存じのとおり、国の税制、あるいは国の
財政のさまざまな
制度と密接に関連しておりますので、これはそのほかの
審議機関の
審議状況を勘案しながら進めていくというのが現在の
状況でございます。
いずれにいたしましても、
財政の問題を含めまして、これから
分権改革会議は、特に
事務事業の
見直しに焦点を当てて進めていく
予定でおります。
ところで、
分権改革の
状況はそのようなものだといたしますと、
他方におきまして、
市町村合併というのも、特にここ二、三年、急速に皆さんの
関心に上り、そして
現実にその
動きが出てきております。そこで、
市町村合併の話に次に入らせていただきたいと思います。
現在、
市町村合併が進められております
理由は、今申し上げましたような非常に厳しい、当面なかなか好転が見込めないような
財政事情のもとで、
市町村が将来にわたって
行政サービスの
水準をできる限り維持していくためには、やはり
市町村が相当基礎的な
行財政の
能力を身につけていくということが必要である。そのような
観点から見たとき、現在の
市町村、特に小
規模な
市町村に関していいますと、
規模の
観点からいって、それが非常に難しいのではないか。そこで、
合併というものが非常に有力な方策として考えられる、これが第一の
理由ではないかと思います。
もちろん、現在急速に
関心が進んできておることにつきましては、こうした
事情についての理解が進んできたということもございますけれども、もう
一つは、
合併に伴う
財政的な
優遇措置が
市町村合併特例法で定められておりますけれども、その期限が
平成十七年、二〇〇五年の三月で切れるという
事情についての
認識が進んだこともあろうかと思います。
市町村の
合併は、今申し上げましたように、
財政的な
理由がかなり大きなものであると思いますけれども、もちろんそれだけではございません。
市町村区域の拡大の
必要性は戦後ずっと言われてきたわけでございまして、特に、戦後の
高度成長期を経て生じました
モータリゼーション、自動車の普及、道路の
整備、これは
地域に住んでいらっしゃる方の
生活圏、
行動圏を著しく拡大したというふうに考えられます。こうした
生活圏、
行動圏の
広域化に
対応するためには、それに適した形での
市町村の
あり方というものも検討すべきであるということになろうかと思います。
また、そうした積極的な
理由に反しまして、今度は消極的な
理由といたしましては、二〇〇六年をピークといたしまして、
我が国の
人口は
減少を始めます。その
過程で、特に
高齢化が進行すると同時に、現在言われておりますように、産業の
空洞化というものも進んでいく
可能性がある。そうした
状況におきまして、
地方自治体として
行政サービスを維持していく、その供給を確保していくためには、少なくとも
行政活動の
効率化、
行財政能力の今以上の強化は避けがたいことである、このような
理由があろうかと思います。
ただ、
一般論としてそのように申し上げることはできますけれども、
我が国の
市町村の
あり方は、その
規模におきましても、あるいはその
行財政の
能力におきましても、またそれぞれが置かれております
地域的な
環境におきましても、大変大きな
格差、差異がございます。したがいまして、
一般論として、
合併がこうした
課題に対する有効な
解決策である、そのように言うことができるといたしましても、決して
合併をすればすべてが解決するといったような
意味での
万能薬ではございません。これは申し上げるまでもないことかと思いますが。
したがいまして、
市町村の
合併を
推進していく、あるいは具体的な
合併の
あり方を考えていくときには、それぞれの
地域に応じて、それぞれの具体的な
市町村の
状況に応じてきめ細かく
対応をしていく必要があるのではないかと考えております。
そういう
観点から申し上げますと、少なくとも、全国的にどのような
規模にするか、
数値目標を掲げるということは、それなりに
努力の
目標として、あるいは
合併後の姿を示すという
意味で
意味があろうかと思いますけれども、
数値目標の達成のみを目指して
合併を
推進していく、そしてその
数値目標を達成したことをもって
課題が解決した、このように評価することは必ずしも望ましいことではない、かように考えております。
それでは、
市町村には非常に多様な形態がある、
格差があるというふうに申し上げましたけれども、それをどのように理解すべきなのか。
人口規模であるとか、
都市部に置かれているか、
農村部に置かれているか、あるいはその
財政的な
力いかん、いろいろあるというふうに申し上げましたけれども、少なくとも
合併に関して申し上げますと、私
自身は、大体
四つの
類型、
タイプというものが想定できるのではないかと考えております。
第一の
タイプは、既に
人口数十万の
規模を持つ
都市が、
周辺の
市町村と
合併をする、あるいは
同等規模の市と
合併をすることによって、
政令指定都市を目指す、あるいは中核市の場合もあろうかと思いますけれども、そうした大
規模な
都市を目指す型でございます。これは、それぞれ力を既に持っている
都市が
合併によってさらに体力を強化し、
分権の時代にあって権限の
受け皿としてその役割を拡大していこうというものであって、これも望ましいことであろうかと思います。
第二の
タイプは、東京、大阪あるいは名古屋といった
大都市圏の
周辺部に置かれております
市町村の場合でございます。
これらの
市町村は、以前はそれぞれ自立したコミュニティーが存在していたのかもしれませんけれども、
都市化が拡大するにつれまして、いわば
大都市の
周辺地域として
都市圏の中にのみ込まれてしまっている、位置づけられるようになってしまったところでございます。こういうところは、
人口はかなり多く、反面、
面積は狭隘であり、さらに申し上げますと、市街地が
連檐をしている。こういう
地域に関して言いますと、小さな
単位で
行政を行うよりは、より大きな
単位にして
行政を進めていった方が、
地域の
町づくり、特に
交通面であるとか
都市施設に関して言いますと合理的なのではないかというふうに考えられているわけでございます。
第三の
タイプは、
地方都市。
地方都市といってもいろいろございますけれども、
地方の中核的な
都市があり、その
都市が
周辺部の
町村を編入して大きな
単位になるというケースでございます。これは全国でかなりの数が見られるのではないかと思っております。
こうした
都市も、以前はそれぞれが自立した自治体として存立していたのかもしれませんけれども、今日では、特に
モータリゼーションの進行によりまして一体化した
都市圏をつくっている。そして、
周辺部の
町村に住んでいらっしゃる方も、
通勤通学、
買い物等では
中心部の
都市へ出てくるということが日常的になってきている。こうしたところは、それこそ、
都市施設であれ、あるいはいろいろな
意味での
町づくりであれ、あるいは
行政能力の
水準を維持するという
観点からも、より大きな
単位となることが望ましいのではないかというふうに考えられる、そうした
タイプでございます。
四番目の
タイプは、それらのいずれにも入らない中
山間地域の
小規模町村でございまして、後に申し上げますけれども、こうした
地域における
小規模町村というのが、むしろこれからの
日本の
地方自治にとって大変大きな問題であろうかと思います。
そうした
地域における
行政サービスを確保し、強化していくためには、そうした
市町村の
行財政能力を維持強化していくことがどうしても必要ではないかと思われますし、そうすることによって
分権の
受け皿といいましょうか、それぞれが自律的な
行政活動を展開する上でも
規模を大きくすることが望ましいというふうに考えられるのではないかと思っております。
さらに申し上げますと、それ以外に、例えば単一の
市町村から成り立っております、本土あるいは隣接する大きな島から離れた小さな島のような
地域に関して言いますと、そもそも
合併ということ
自体が非常に難しいし、非
現実的であるところもございます。こうした
地域についてこれからどうしていくのかということも大きな問題ですけれども、
合併の対象としては、そういうところはまさに別に扱う必要があるのではないか、かように考えております。
ところで、今、
四つの
類型について粗っぽくお話ししてまいりましたけれども、この中で最も重要であり、問題が深刻なのは、やはりその第四の中
山間地域に置かれている
小規模町村の場合であろうと思います。
これらの
町村に関して言いますと、
人口の
減少がこれから急速に進むと考えられますし、もちろん
高齢化も進んでまいります。そして、現時点におきましても、
財政的な
能力は必ずしも高くはないわけでございます。しかしながら、戦後の
我が国の
発展の
過程におきましては、こうした中
山間地域の
町村が
都市部の
発展を支え、また山林を
中心とする多くの
環境を守ってきたことも間違いないわけでございまして、こうしたところがだんだん衰退していくということ、これ
自体大変ゆゆしき問題であろうかと思いますし、それをどういう形でこれから支えていくのか、いかなければならないのかを真剣に考える必要があるのではないかなと思っております。
そこで、こうした
地域については
合併を強力に考えていただくことが必要であろうかと思いますけれども、こうした
地域に関して言いますと、後でも触れますけれども、さまざまな
理由でもってなかなか
合併が難しいという
事情もございます。また、さらに申し上げますと、
一定規模までの
合併を考えた場合には、かなり広い
面積をカバーすることになるものですから、それ
自体が非常に難しいといたしますと、
合併をしたとしても、
現実に十分な
財政的、
行政的な
能力の向上が見られるかどうか、これについても、必ずしもそうとは言い切れないところもかなりあるわけでございます。
他方、こうした中
山間地域の
小規模町村と対照的なのが、
政令市を初めとする
大都市の場合であろうかと思います。こちらの方は
政令市の要件が緩和されるそうでございまして、最近では、例えば
静岡県の
静岡市のように、
大都市が
政令市を目指した形での
合併というものがかなりあちこちで言われるようになってまいりました。これは、先ほども申し上げましたように、
地方分権の
受け皿としての
観点からも、こうした
合併は大いに進められるべきではないかというふうに思っております。
いずれにいたしましても、今申し上げましたように、
我が国の
地方自治体の
あり方、
市町村の
あり方は実に多様でございまして、こうした
多様性というものを考慮したときに、今進められております
合併推進の
あり方は一律的なものでございまして、若干、その
進め方としては粗いやり方ではないかなという気がしないでもございません。二十一
世紀の少なくとも前半の
我が国の
地域社会の
あり方、その
地域社会の形をつくるという
観点から見たときには、こうした
地域の
事情に応じた形でのもう少しきめ細かい
対応というものが必要なのではないか、かように考えております。
そこで、どのような問題があるかということでございますけれども、私
自身は、こうした
政府が
中心になっております
合併推進の
あり方、これは後に申し上げますように、いろいろと批判もあるところでございますけれども、こうした
推進の
あり方につきましては、少なくとも、これまでの
市町村の
関係者の方の意識であるとかこれまでの雰囲気というものを考えた場合には、現状がどうであり、これからどうなるのかということを周知して、そして強力な
合併のためのキャンペーンを進めていくということ、この
必要性そのものは否定できないのではないかなというふうに思っております。
しかしながら、これまで進めてまいりましたような、とにかく
合併を考えていただきたい、
合併をしていただきたいというような形での一律な
推進策ということに関しては、今も申し上げましたように、若干疑問がないわけではございません。特に現
段階で、次第に
合併についての
関心が高まり、具体的な問題としてそれぞれの
市町村が検討され始めている
段階に至りましては、これからはよりきめ細かく
対応する必要があるのではないかと思います。
少し具体的に申し上げますと、第一点といたしましては、これまでの
合併推進の
進め方は、
市町村の
規模にかかわらず
合併の
推進を図っているわけでございまして、先ほど申し上げましたように、
合併が必要とされる
理由もあるいはその効果にいたしましても非常にばらつきがあるわけでございますので、一律にただ
合併をすればかなり効果があるというのは、必ずしもいいやり方ではないのではないかと思っております。特に
政令指定都市を目指すような大
規模な
都市に関して言いますと、国が小さいところと同じような形で支援をするのではなしに、これはまさに自主的な判断にむしろお任せするべきではないかな、かように考えております。
それと関連いたしまして、第二の点でございますけれども、現在、
合併推進の
動きが活発になってきている
理由といたしましては、冒頭にも申し上げましたように、特例法によります
財政上の
優遇措置というものがかなり強いインセンティブになっているというふうに考えられます。これは、
合併をしたすべての
都市、
政令指定都市を志向する
大都市に対しても、あるいは小
規模な
町村に対しても適用されるわけでございますけれども、国
自体の
財政難が
理由で
合併の
推進を図るときに、かなりの優遇策ではないかという気がいたしまして、これももう少し重点的な、きめ細かい配慮がこれからは必要ではないかなという気がしております。
また、こうした
財政的な特例
措置があるものですから、それのインセンティブの効果が非常に効いているという
意味ではそうなんでしょうけれども、この
財政上の
優遇措置を目当てに
合併を進めていこう、特にそれが、相当の力を持った市等の場合には、
地方分権といい、これからは
地方の時代であり、
地方自治の担い手として、そういう意識をお持ちの市としては、そうした
財政上の
優遇措置を目当てにして
合併を目指すという
動きがあるといたしますと、それはまたいかがなものかという気がしないでもございません。
第三番目に、これも先ほど申し上げたことにかかわりますけれども、現在、大体千ぐらいの自治体の数にするという、千という数値がかなり強く言われているような気がいたします。先ほども申し上げましたように、
合併を
推進し、大体現在の三倍ぐらいの
規模にする、あるいは千ぐらいの数にするということなのでございますけれども、その数字だけがひとり歩きするという
状況になりますと、これまた余り望ましいことではないなと思っております。
例えば、だんだんこの
合併の
動きが加速度を増しまして、
都市部の大きなところ、豊かなところがどんどん
合併を進めていく。
他方で、本来、一番問題が深刻でありますところの小
規模な自治体の方が取り残されてしまう。それでも、数の上では
目標を達成するというような事態になりますと、これはそれでいいのかどうか。
数値目標自体を否定するつもりはございませんけれども、それがひとり歩きする危険性というものはやはり気をつけなければいけないのではないかな、かように思っているところでございます。
以上が、
合併の
進め方について若干疑問点も含めて申し上げてまいりましたけれども、
他方におきましては、今度は、
合併することそれ
自体について反対の
観点、あるいは消極的なお考えというものもかなり聞かれます。最近、特に
合併の
動きが具体化してまいりますと、こうした
合併の
進め方、あるいは
合併の
あり方についての批判的な
意見というものも、かなりあちこちの雑誌、論文等で見られるようになってきたかと思っております。この辺についても私の考え方を少し述べさせていただきたいと存じます。
まず、一番最初に申し上げておきたいのは、この
合併の
推進の仕方についての批判でございますけれども、国が主導してかなり強引なやり方で
推進をしているのではないか、これが
地方分権あるいは
地方自治の理念ないし方向に反するのではないかという批判でございます。
もちろん、原則は自主的な
合併でございますけれども、かなりの、先ほど申し上げましたような
財政上の期限を切った
優遇措置を設け、
他方におきましては、
交付税の
段階補正の
見直しというようなことが行われている。こうしたやり方が果たして
地方自治、
地方分権の方向、考え方に沿うものかどうか、こういう批判でございます。
これについては、確かにそうした御
意見についてはもっともなところがあろうかと思いますけれども、現在、
我が国の
地方自治あるいは
地方自治体が直面している問題は、国全体がこれからかなり厳しい
状況になるときに、今までに近い形での
市町村の
行政活動というものを続けていかなければならない。これは、一部の
市町村だけが自主的に
合併し問題を解決すればいいという話ではなくて、国の全部が、あるいはすべての
市町村が、ある
意味でいいますとその対象になるような
課題なわけでございます。
したがいまして、今、自主的な
合併を原則として
合併が進められること
自体は大いに結構ですけれども、
合併を望みながらもいわばそのパートナーが見つからないような
市町村が出てきた場合には、そちらは大変気の毒なことになりかねないわけでございまして、そういうことがないように、国全体が、すべての
市町村が平均して全般的に
行財政の
能力を強化できるような形で、例えて言いますと、ジグソーパズルのように、すき間もなく重なるところもなく新しい自治体の形がつくられる、これが目指されているところではないかなというふうに思っております。
そういう
観点から申し上げますと、やはり国あるいは都道府県がそれ相当の役割を果たすということも必要なのではないかな、かように考えているところでございます。
二番目といたしまして、この
合併の問題が出てきた当初から出てくる批判、反論でございますけれども、
合併がそれぞれこれまで築かれてきた
地域のコミュニティー、共同体というものを壊すことになるのではないか。これまで、それぞれの自治体は、
地域としての一体感、帰属意識を持ち、そして
地域社会をよりよいものにしていくために営々と
努力を重ねてこられたところが多いわけでございまして、そうした
単位そのものを変えてしまうということになりますと、そうした共同体の基盤そのものを変更し、失わせることになるのではないかということでございます。
これは、
地方自治というものが民主主義と結びつき、そして
地域住民が身近なところの
政府に参加をするというのが自治の原点であるといたしますと、確かに、
政府を遠いところに持っていくという
意味での
合併の
推進に対しては、これは相当問題がある、そのような批判が出てくるのも無理からぬところがあろうかと思います。私
自身は、確かにそうした
可能性を否定するものではございませんけれども、現在求められておりますのは、住民の参加あるいは民主主義、自治という
観点からの自治体だけではなくて、住民に対してかなり高度で多様な
行政サービスの供給主体をどうしていくかという話でございます。
そういう
意味でいいますと、
一つの価値だけに焦点を当ててその是非を問うというよりも、さまざまな価値の間のバランスを考えながら最適な
規模というものを考えていく必要があるのではないか、かように考えるわけでございます。そうした考え、
観点からいいますと、もちろん、いろいろな
意味で
地域の自律性、
地域のコミュニティーを生かすという
制度的な工夫を目いっぱいするということが前提になりますけれども、
行政サービスの供給の
あり方についても十分な配慮をする必要がある。そうした
観点から
合併というものを考えるべきではないか、かように考えているわけでございます。
さらに申し上げますと、現在、共同体としてつくられております
市町村というのは、多くは昭和の大
合併の後つくられた
単位でございまして、
社会の変化あるいは住民の意識の変化によってコミュニティー、共同体そのものも変わり得るし、それは自治の
あり方も変えていくのではないかな、かように考えています。まさに自動車と、それこそ現在ではインターネットの時代における住民、自治体の
あり方というもの、これはかつての閉鎖的な共同
社会と同等に見るということは必ずしも適していないのではないかということでございます。
三番目の論点に入らせていただきます。
今申し上げた点ともかかわりますけれども、先ほど申し上げました、
合併すると
面積が大変大きくなるような
地域であるとか、あるいは
合併したとしましても、例えば
人口一万の
規模に拡大するとしますと非常に広大な
地域をカバーすることになって、それ
自体、自治体として成立しがたいような、そういう
地域もないわけではございません。そういうところをどうするかということでございます。
これにつきましては本当に難しい問題だと思いますけれども、現在いろいろ議論されているところでは、例えば広域連合という広域
行政の
仕組みがございますけれども、そうしたものをむしろ活用すべきではないか。あるいは、そうした小
規模な
町村が担い切れないような事務に関しては、都道府県がそれを代行するという
仕組みはどうか。そうしたことがいろいろと言われるようになってきているかと思います。
実は、この広域連合あるいは広域
行政の
仕組みに関して言いますと、もう数年前になりますけれども、
市町村合併研究会におきましてはかなり活発な議論が展開されました。現状の広域連合の
仕組みでは、実際の
行政の
効率化であるとか
行財政能力の強化にどれくらい貢献するのか。これについては、実際にそれに参加していらっしゃるような方はかなり否定的な見解を述べられたわけでございます。
他方におきましては、広域的な
課題が出てくる中で、そうした
仕組みを活用することが必要ではないかということもかなり言われました。
私
自身は、この広域連合という
仕組みにつきましては、ある程度の
規模で
合併を進めたとしましても、それでは不十分なような、さらに広域的な事務というものもかなりあろうかと思いますので、そうしたものについては広域連合のような
仕組みを活用していくということは大いに望ましいことではないかと思います。これは決して
合併とトレードオフの
関係になるとは考えておりません。
また、先ほど申し上げましたように、今度は、県とか国が
市町村の事務を肩がわりするというやり方についてはどうか。これについても、これからいろいろな検討の中でそうした役割を都道府県に期待せざるを得ないのではないかなというふうに考えておりますけれども、安易にそうした形での代行をして、
合併が無理であるというふうに考えるその考え方は、そもそも
市町村で行っていることはできるだけ自律的に行えるようにする、自己決定を原則にする、さらに言いますと、そこでさまざまな国の縦割りの壁を取り払って、総合的な
行政が行えるようにする、そうしたこれまでの
地方分権の考え方とは必ずしも方向を同一にしないわけでございまして、その辺についてどのように整理していくのか、これはまた残された
課題ではないか、かように思っているところでございます。
ところで、今、最後の論点で触れましたけれども、今申し上げましたように、
市町村の
合併、現在ではほぼ六三%の
市町村がそれに何らかの検討を始めているそうでございますけれども、そうした
状況で
合併が進行してまいりますと、当然のことながら、
市町村のユニットを変えるというだけではなしに、都道府県の
あり方にも大変大きな影響を及ぼしてくると考えられるわけでございます。
多くの権限移譲を受けた中核市であるとか
政令市というものが幾つかできてまいりますと、そうした
都市を含んでおります都道府県は役割がだんだん縮小してくるのではないか、
空洞化してくるのではないかということが懸念されるわけでございますし、
他方、小
規模の
町村を多く抱える道府県の場合には、むしろそうした道府県の役割というものがこれからますます大きくなってくる
可能性もあるか、かように思われます。
しかも、さらに申し上げますと、前者の、だんだん都道府県の役割が縮小してくるような県というのは、現在でも、
都市部に置かれております、
規模が大きく豊かな県であり、
他方、これから役割がますます重要になってくるのではないかと考えられる県というのは、むしろ
農村部にあります、
規模の小さな県ということにもなりかねません。そうした
観点からいいますと、都道府県のこれからの
あり方、これをどのように再編していくのか、これ
自体がアジェンダとして上がってきておりますけれども、これも大変難しい問題であろうかと思いますので、少なくとも、余り慌てて結論を出すというよりも、いろいろな問題点について慎重に配慮しながら検討していく必要があるのではないかと思っております。
時間が参りましたので、これくらいにさせていただきたいと思います。
憲法調査会ということで、憲法の第八章についてどういうことかという問題もあろうかと思いますけれども、それはまた御質問でもあればお答えさせていただきたいと思います。
以上でございます。(拍手)