○山本正和君 十三年ぶりにこの
国民生活調査会での発言をさせてもらうわけですが、随分昔と違った感じで、大変勉強しておりますが、
調査会は今から三年間かかって
国会並びに
政府に対して我々が
調査したことを報告する、こういう任務があるわけでして、したがって二十一
世紀のかなり何十年間か、何十年というとしかられますか、少なくとも十年ぐらいの展望に立った格好での報告をしなければいけないだろうと思うんです。
ただ、
政府は、今差し迫っておりますから、どういうことを
考えているんだということで、きょうは
政府の
考え方を聞こうというので
小林さんにも来てもらって
プログラムの
説明を聞いたんですけれども、私どもは今からいろいろ議論をしてみんなで知恵出し合って、またあちらこちらにも行って調べもして、日本の抱えている課題、先ほど内藤
委員からお話がありましたけれども、なぜこんなになったんだというふうなことを含めた議論をするんだろうと思うんですが、私はこの
先行プログラムを見て、私ど
もとしてはそういう長期的な展望で議論しなきゃいけないんだけれども、当面やれるんじゃないかと。
これは今からどんな
調査をしようとしまいと、
国民がなるほど、ぜひやってくれというふうな部分がこの中に、文言の中にはたくさんあるんです。非常にいいことたくさんあるんですけれども。でも、その
具体的なイメージがなかなかわかないので、私なりにイメージしたことをもうちょっときょうは申し上げてみて、これは統括官が恐らく事務当局としては責任者でいろいろとお
取り組みされるので、その中で参考にでもしていただければと、こう思うんです。
というのは、宮澤大蔵
大臣のときに、これは大変まだ当時は
景気のいいときで、そして毎年決算をすると剰余金が五兆とか六兆とか、これは
勝木会長も記憶あると思うんですけれどもね。それを、あと補正で使うのは使い切ってしまえと。本当からいえば残さなきゃいけないんですものね。どんどんどんどん使っちゃったわけです、
景気のいいときにね。そして、今赤字になってきている。
それから、その当時、税収の問題も随分議論しましたし、消費税の問題も議論したんですね。そういうときに、私が当時宮澤大蔵
大臣のときにこういう質問をして大蔵省が大分困惑しておった。
資産再評価をやれと、それから国際会計基準にそろそろ合わせなきゃだめだよと。我が国独特の会計基準でやっておるけれども、これだけ国の
経済大きくなってきたら、必ずやってくるぞと言った。そしたら大蔵省は当時は、いや、そういうことを言われましても我が国独特のやり方であるがゆえに今や
経済が世界でナンバーワンなんですと、こういう言い方も当時しておったんですね。しかし、それがだめだったことが今、今日来ているんですね。
ですから、そういう意味でいろんなそういうことはもっと
考えなきゃいけない中であるのに、もう
一つあったのは、
経済構造をぼつぼつ
考えなきゃいかぬという議論を当時しておった。それは何かといったら、確かに日本の国の
景気は今いいよと、アメリカがどうにもならぬというときに日本は非常によかったわけですよね。しかし、このままじゃだめになるよという議論は実は通産省の中でもかなり深刻にやっておった。
それは何かといったら、日本の国が戦争負けて何もない惨めな
時代、そして、それからとにかく何でもいいから一生懸命になって復興だというんで傾斜生産をやった。石炭を掘って掘って掘り抜かしたんですよね。国からの予算もほうり込んだ。それは鉄鋼だと造船だと。それを二十年代に一生懸命やった中で繊維
産業がまず没落しちゃったんですね。没落しちゃったその繊維
産業はどこへ行ったかといったら、いわゆる商社活動、貿易、通商へ進んで行ったんですね。
そして、それに伴って、石炭から石油への転換をやった。これは当時の財界にとっては大変だったんですよね。三井、三菱、住友といっておった旧財閥はみんな石炭ですからね。持っておるわけですからね。それを全部やめさせてしまって石油に切りかわった。これは当時、
関係労働者を含めたら百万人ですよね、あの当時の人口で。繊維
産業もこれもちょっと数字忘れたけれどもね、大変な数でした。
それだけのものの構造転換するに当たってどこが
中心になってやったかといったら私は
政府だと思うんですよ。
政府の役人が自信を持っておったし、気概を持っておったんですよ。当時の
国会はどっちかといったらそれを応援しておった。中で議論が対決しますから、例えば
社会党は総評とつながってストライキをどんと打てと。首切りだと、同盟が闘わぬと何だといってしかられて同盟が随分苦しんだというような、そういう
時代ですよね。しかし、それを乗り越えたんですよ、必死の思いでね。だから、石油コンビナートは世界一のすばらしい設備をつくった。どうやっても世界じゅうは全部石油
産業、日本に負けちゃったんですよ。そういう中で戦後の大変な勢いの日本の復興があった。そういう大変な
時代だった。
そういうふうなことを含めて、ちょうどバブルが始まる前に、そんなことも含めてこれは
政府内部でも、また役所というところは頭のいい人たくさんおるんですからね、研究機関もあるし、このままじゃいかぬと議論しておったんです。
ところが、あれよあれよという間にどんどこどんどこアメリカに、応援もしたけれども、我が国が惨めなことになってこうなった。これは新しい
国会議員の皆さんには責任がないんで、十年ぐらいの間の古い
国会議員に大分責任があると思う、与党、野党を問わず、こうなった責任。政治の責任なんですよね。
しかし、そういうことを乗り越えて
政府は今やらなきゃいけないんです、この国の再興を、再建を。そうとなると、
国民にわかりやすく言わなきゃいけない。小泉さんがなぜ支持を得たかといったら、あの人の言い方が
国民にとってはやってくれるんじゃないかと、こういう期待感を持たせるような発言がたくさんあったんですね。ところが、今やっぱりちょっといいんですかと、こう言っているのは
具体的な提案がないからなんですよね、
具体的な提案が。言ってはおるけれども、
国民生活に直結した形での
具体的な提案はない。
ここで私はかねがね思っていることをちょっと、これは簡単な例ですよ、言っておきたい。
さっき内藤さんからフィンランドが今
競争力世界一になったんですね。これは国際
競争力は世界一位、日本は二十一位ですよね。こんなべらぼうな話はないんだけれども、そのフィンランドは、あのどん底のときにすべての子供に、
学校の子供全部にパソコンを一台ずつ渡したんです。それでパソコン
教育を徹底的にやったんです。そこからどんどんどんどん新しいものが生まれてきたんですね。
日本も実は私が、森さんが、前総理が通産
大臣のときにこれはパソコンをやらないといかぬと言った。彼はもう大賛成だと言って、そして文部省と話をしてパソコン導入してくれたんですよ。これは本当に森さんのことをぼろくそにマスコミは言うけれども、あの人でなかったら私はできなかったと思いますね。
そういうふうなことを含めたときに、私が思うのは、今日本じゅうの
学校に、子供一人一台ずつパソコンを配ったらどうだと。パソコン一台ずつ配るといったら大変な投資かと思うかもしれない。しかし、国家予算で今言うところの緊急
経済対策の中にかける予算からいったら大したことないんですよ。そして、それだけの金をほうり込んで全部の子供にパソコン一台ずつ渡せる。パソコンをどんどん
利用して子供たちはどんどんやりますからね。そういうふうなことをまず示す。それに伴う新しい
需要が生まれるわけでしょう。なぜそういうことをしないんだろうかと。
それからもう
一つ言うと、子供が
学校嫌いになっている原因の
一つにこういうことがある。小
学校の特に女の子ですよ、
学校行くの嫌だと。なぜと言ったら、トイレが汚い。自分のうちと比べて違うんですよ、
学校のトイレは。私は実は孫が、大きい孫が大学一年生で、一番下が小
学校一年生。そうすると、孫がやっぱり言うんです、
学校のトイレは嫌だと。日本じゅうの
学校の全部トイレを直したらどうですか。子供が少なくとも安心して行けるようにね。それでどれだけの金が要るかと、これも計算しても大してないんですよ。大したことないというのは、私は十兆、二十兆という金と比べて大したことがないという意味ですよ。
そして、もっといえば、日本のエネルギー技術の中で世界で一番進んでいるのは何か。これはもう
小林さん御承知でしょう。日本のエネルギーの技術で一番進んでいるのは太陽光ですよ。バイオマスはアメリカに負けている。風力はもう北欧にさっぱりやられていますよね。しかし、その太陽光というものが、これが本当に国が総力を挙げてここのところに力を入れたらもっともっと伸びるんだ。また、それに伴う新しい
産業が生まれるんですよね。
そういうふうなことをどんと提案して、さあ、皆さんやりましょうと、そしてそのために、済まぬけれども
国民の皆さん国債買ってくれと言えばいいんですよ、そういう新しい部分で。
教育債でよろしい、エネルギー債でよろしい。そんなものをどんと出して、そして従来のものはみんな見直しますと。しかし、新しいものはこういうことでやりますよというような形をやってくれたら、私はもうちょっと
国民がよっしゃという気になると思うんですよ。もう元気がないんですよ、今。だから、昔だって、あのとき、これはもう石油に切りかえるときに、石炭
産業で働く
労働者はみんなどうしていったらいいかと、首つろうかと、また実際に首つった人もおったですよ。そういう中で何が起こったかというと、新しい
産業への展望が開けた。
私は、ですから言うのは、もう
一つ残念なのは、若い青年が男の子といわず女の子といわず外国へ行きます。日本の国はどんな国ですと聞かれる。何が自慢ですかと聞かれる。アメリカの青年は、アメリカは世界一の国だと、戦争しても世界一だと、何でも世界一だと、こうばんばん言うんですね。それと同じで、日本の青年が外国へ行って何が言えるかと。言えるようにしなきゃいけない。
私は思うんですよ。もしも今の話で太陽光の技術を、世界一の技術を持っている、そこへどんどんいろいろなことをやって、例えば今の小
学校、中
学校、あるいは国立のさまざまな施設の上の屋根を全部太陽光の屋根にしましょう。これは大変な投資です。しかし、それを国策としてやればどんどん進むんですよね。その技術を持ってアフリカへも、アジアへも日本の技術者がどんどん行って指導する、こんなアフガニスタンなんて真っ暗な中で、しかも発電機を回して明かりつけているんでしょう。あそこは太陽さんさんと照るんですからね。そういうさまざまな、我々が世界に対して発信し得るもので頑張りましょう、そのために皆さん国債を買ってくれというふうな提案をしたらどうなんだろうかと、こういうふうに私は思うんですよね。
ですから、確かに今もう迫られて、また各界からさまざまな要求がありますから、矛盾のさなかに
改革プログラムを進めようとする人たちがいると思うんですね。特にその当事者の皆さん、
小林さんが一番苦労すると思いますけれども、その中で、しかしみんなの議論の中で明るい展望を出しますよというようなことをこの中でぜひやっていただきたい、これが私の希望なんです。
もう時間がありませんからこれで終えますが、もし感想があれば、一言だけ。