○
参考人(
森田昌敏君) 過去二十五年ぐらいこの
PCBの問題に
汚染の現状の把握とかそういったことを含めまして携わってきまして、そこでの経験みたいなものをここで少しお話をさせていただきたいと思います。
お手元の
資料では、
PCB処理対策を考える上でのいくつかのポイントというふうにしておりますが、主なことは二つあります。
一つは、
PCBの有害性についての認識が過去四十年間の間に大きく変わってきていると。そして、そのことはもちろん人の健康あるいは生態系への影響という側面もありますし、またもう
一つは経済的な側面もあるという点で、その推移についてまず御報告をしたいと思います。
それから二番目には、
PCBの
処理というのは、その
毒性がわかってきた時期に応じましていろいろと試みられるんですけれども、それがどのようにして推移してきたか、そして今回それを全部消去するようなプログラムを実行しようとしてきておりますけれども、そこに至るまでのプロセス、苦労、そういったことについても少しお話をさせていただきたいと思います。
まず
最初に、
PCBの有害性についての認識の時間的な推移でありますけれども、一九六〇年代におきましては、
PCBは無害で安定で非常にすぐれた性質を持った
物質だというふうに認識されておりました。この結果として、最盛期、ほぼ一万トン近い量が年間使われるという時期がございます。そのようにして使われた用途というのは、
一つにはトランスなどがありますし、また紙の上に塗りまして、そしてノンカーボン紙として使ったということもあります。いろんな多目的な用途に使われてきております。
それが暗転いたしますのは、それが徐々にわかってきましたのは、少しずつ職業病の発症みたいなものが
PCBのせいではないかということが六〇年代の後半に見え始めてきております。それから、野生
生物での
蓄積が、特にスウェーデンのグループが
最初に報告しますが、やはり六〇年代の後半に
PCBがたまってきておるのではないかということが観察されておりました。
PCBのことが暗転いたしますのは、カネミ油症の発症、それからその前に発生しましたダークオイル事件の発生によって起こっております。
この事件というのは何かといいますと、米ぬか油をつくる、そのときに真空蒸留するんですが、そのときに油の側を加熱するために
PCBを熱して
循環させておったということであります。そのパイプに穴があき、やがてその穴から
PCBが米ぬか油の方に移行し、それを食べたまずブロイラーが次々と死んでいった。それがなぜかいつの間にか食用油の方にも回されていて、そして大量の患者さんが発生したというのがカネミ油症の事件であります。
このとき、比較的早い時期に
PCB汚染だということが九大のグループによってわかりまして、そのときから
PCBと
毒性というものが注目され始めてきたわけであります。
一九七二年になりまして、通産省の
行政指導で
PCBの対策が始まり、引き続いて七三年から
化審法が制定されて
PCBのようなタイプの
物質についての規制が始まりますし、関連する
環境法も整備され始めたということが起こっています。
同時に、一九七二年に、イタリアの
研究者の
研究で、
PCBというのはやはり
毒性が弱くて、そしてその
製品の中に含まれている
毒性というのはそこにあるごく微量の塩化ジベンゾフランによって起こっているのではないかという報告が出されます。
私のこの種の
研究も実はここにありまして、カネミ油症というのは、
PCBの中毒ではなくて、
PCBが熱媒体として使われている間に変性してできたジベンゾフランによるものではないかという
研究を七五年ぐらいから開始しております。現在では多分そういうことであろうというふうに認識されてきていると思いますが、いずれにしても
PCBといわゆる
ダイオキシン類との間のかかわりがこの線上にあったわけであります。
一九七八年に入りまして、
日本で起こったカネミ油症と全く同じ事件が、台湾油症と言っていますが、やはり米ぬか油の製造で起こっております。
やがて一九七〇年代の後半から八〇年代にかけて
PCBの対策が打たれ始め、かつまた
処理技術なども開発されあるいは
処理へ進もうとするのですが、これについてはちょっと後で述べます。全体的に世界的にもなかなかうまくいかなかったという歴史があります。
一九九〇年代に入りまして、
PCBの
毒性学が徐々に徐々に広がりを見せ始めまして、やがて
PCBは非常に微量で特に猿のたぐいに対しては強く影響が出るということがわかってきまして、
PCBはいわゆる
環境ホルモンとしての作用が一番低い
レベルで発生するのではないかという認識に達しつつあるところであります。
また、関連いたしまして、米国の五大湖周辺の
住民のうち、魚をたくさん食べる人の間の児童の知能指数が少し低下しているのではないかという
議論がありまして、これも
環境ホルモン作用との関係であります。
一九九七年に入りまして、WHOは、
PCBの中に入っております
コプラナPCBは
毒性が高く、それについては
ダイオキシンと同じような
評価の枠組みに入れるべきだというふうな
方向で進んでおりまして、これにつきましては、
ダイオキシン特別措置法の中で
コプラナPCBが
我が国においては仲間に含まれるという
方向で進んでおります。
一九九九年にベルギーの鶏の肉の
汚染が発生いたしました。これは比較的少量のというと変ですが、一言で言えば、ちょっとしたトランス一個分の
PCBが鶏肉用のえさに混入したということであります。えさに混入したという点では、実はダークオイル事件と極めて類似した出来事が三十年後に発生したと言えるかもしれません。ここでは当然鶏の生育が悪いとかそういったことが発生して、そこで露見するわけですけれども、全体としてはEUの中での農業戦争の色彩を帯び、したがってここで猛烈な
コストがかかりました。つまり、わずかトランス一個分の
PCBが混入したということのために数千億円の出費が強いられたということが起こっています。
このような一連の流れの中で、つまり
PCBの
毒性はそれほど怖くないというふうに考えていらっしゃる、
PCBを保管している方の多くは多分そんなふうに思っていらっしゃると思います。これはいろんなところで保管しておりますけれども、そこでは昔から
PCBは使っていて怖くない、そこではそれほど非常にシリアスに受けとめられていない。しかし、一方で
PCBは
ダイオキシンの仲間で非常に怖いものだと思っている消費者の
方々が
存在する。その間がかなり大きく隔絶しているということがあります。
それから第二に、もう
一つありますのは、食品
汚染がもし発生するとするならば、その損失は極めて甚大で、そういう
意味では私たちは今非常に高い潜在的なリスクの中で生活をしている、そういう感じがいたします。
次のページをめくっていただきまして、それでは、そのような
PCBはリスクがあるということはわかるんですが、どのようにして
処理をすべきか。
それを消すべきだということはもう七〇年代の半ばぐらいから強く認識されておりまして、いろんなところでアプローチがされております。
焼却処理が一番安い
方法だということで、いろんなところでトライアルが試みられるということがあるんですが、多くの場合はうまくいっておりません。それから、船の上で焼く分には立地の問題がないだろうということで、
PCBを
焼却する船もつくられた時期がありますけれども、それも漁業関係者の反対もあり、そんなに許容されることではないという
状況になってきました。
あるいは、私が二十五年ぐらい前にカナダで
PCBの
処理の話を担当者としたときも、彼はセメントキルンで焼くのが一番よさそうであると、しかしながらセメントキルンをセメント工場まで運ぶ周辺
住民の輸送上のリスクの問題、あるいはそのキルンの周辺
住民の合意がなかなかとれないといったことがありました。
したがって、全体として
PCBの
処理をやるべきだということの総論はだれしも賛成であるけれども、しかしながら個別の立地になりますとたちまち反対の中で消えてしまうということが過去三十年間に起こった出来事であります。特に、一九九〇年代に入りまして、
ごみ焼却場を初めとしてその
焼却過程から
ダイオキシンが出るということが世界的に心配される出来事になる
過程で、
焼却処分といったものが相当困難になったという
背景があります。
一方、
我が国におきましては、高砂におきまして鐘淵化学が、これが
日本の
PCBの最大の供給者であったわけですけれども、そこに回収して保管されておりました五千五百トンの
PCBを
処理するということで、これは
住民の合意を得て
処理が円滑に進行いたしました。
ここのロジックは何かといいますと、そこに積み上げられた五千五百トンの
PCBがもし周辺に漏れたときには、そしてそれは必ずさびたりいたしますので漏れるリスクがいつも
存在するんですが、それは壊滅的な
環境影響を及ぼすであろうと。そういう
意味で、そのリスクを軽減するということについて地元も賛成されたと、そういう関係であります。
それは非常にうまくいったケースでありまして、その後、五年前に兵庫県南部地震、神戸震災がございましたけれども、あのときに相当大きな揺れが実は高砂でも発生したんですが、そのときにタンクが倒れて漏れるというようなことがもし発生していたならば、瀬戸内海の魚介類は少なくとも商品的には壊滅的な打撃を受けた
可能性がある。そういう
意味では、早目に
処理されたというのが大変よかったケースであります。
いずれにしましても、
国民全体のリスクの低減が必要だということがありますし、また潜在的に食品の商品価値を含めまして大きなリスクを抱えたまま一方である。しかし一方では、それを持っていらっしゃる特に中小の事業体は、例えば仕事場の片隅に置いている、あるいは学校の変電室の片隅に
PCBが置かれている、そんな状態が現在もなお続いておりまして、全体的なリスクを軽減するということについては多分だれも反対はないということであります。
それで問題は、それではそれを
処理するような工場を立地するときにどのようなアプローチが可能であるかということでありますが、オーストラリアの例を少し申し上げますと、オーストラリアにつきましてはトップダウン型の立地を計画しました。しかしながら、それは各
地域でたちまち反対運動の中で消滅していきまして、そして
方向を変更いたしまして、
住民合意型で、
住民が
参加する形でやってはどうかというアプローチに切りかえたわけであります。その切りかえる
過程で、
焼却という選択肢がほとんど消えまして、
化学処理を
中心にして進んでいったということがあります。これが一九九〇年代に入ってからの
一つのトレンドになっておりまして、
日本もその延長線上で今、
化学処理中心に動いていると。もちろん、先ほど
立川先生がおっしゃったように、
焼却ないしは熱
過程による
処理というのは、多分
コストは安いということがありますけれども、そういう
意味ではクリアしなきゃいけない部分があるということであります。
そして同時に、
PCBの
処理の問題というのは、先ほど輸送
過程の話もしましたけれども、全システムの問題になってまいります。
一つ一つの
技術については結構いいものもあります。しかしながら、それを集め、そしてその集める手元のところでは結構乱暴に扱われているということもあり得るということも含めますと、全システムで安全性を確保するということが必要になります。また同時に、周辺の
住民の方の御心配ももっともなところがありますので、相当しっかりとした公的関与の
必要性があるだろうということであります。
例えば、私は東京電力のプログラムを少しお手伝いしたことがあります。それは非常に薄い
PCBです。薄いというのは、柱上のトランスがあるんですが、柱上といいますと電柱に乗せてあるトランスですが、それが、中にある油を
リサイクルしている
過程で微量な
PCBによって
汚染されてしまったという、そのような柱上トランスが非常にたくさんありまして、一説によると三百万個の柱上トランスがあったということなんですが、その油をどうしようかというときです。
当初、電力側が考えていらっしゃったのは、それは
PCBも薄いことであるし、五〇ppmかあるいはそれ以下ですが、薄いことであるから、そのまま発電炉で燃してしまいたいというのが
最初のアプローチでありますけれども、それはいささか乱暴ではないかとか、あるいは法律的な整備の上でそれができるかどうかという
議論があります。
そうすると、どういうふうにしようかということになりますと、
一つは、
化学処理をすることによってまず
PCBの
濃度を小さくする。例えば二ppm、あるいはもっと下にまで下げてしまって、どこにある油、あるいは人体にある油の
濃度、
PCB濃度、そのぐらいまで下げたものについては別のところで焼いてもよろしいということになるのではないか、そういうロジックの上で
化学処理のトライアルがされました。
技術的にはよさそうだということで、
環境庁の方からもこれはいいんじゃないかということで進みつつあったんです。
次に、東京都の方、担当者は地元の方にまずお願いに行って、それで東京都の許可を得るという作業に入ります。そうすると、また東京都はさらにいろいろと上積みの御注文をされるということがあります。続きまして、板橋区の方へ行きまして、板橋区の方でまた区の御指導を受ける。
結局、そのプロセスの
過程で、つまり
住民のいろんな御
理解を得る
過程で、非常に少量の
PCBのパイロットプラントを動かす、試す、そしてそれを電力の変電施設の敷地の中でやる、そういうプロセスですら約一年半の時間がかかって計画が非常におくれたという経験があります。
このようにして
PCBの
処理というのは周辺の方の御
理解を得るということが非常に重要で、そのために少し
コストがかかるのも避けられないというのが現状ではないかと思います。
なお、
PCBの
処理の
コストというのは、もちろん保管している方が実際は使ったわけでありますので負担すべきだということに一方で当然なりますが、しかし一方では、膨大なトランスの保管などが非常に小さい業者さんの中に
存在いたしまして、そこのところではそういった危険に対する認識も実はそれほどないかもしれない、それをとにかく集めて
処理をしなければ
PCBの
処理は進まないと。そしてまた、
PCBは無色透明でありまして、目で見えませんので、それがどこかに捨てられてもだれも検知できないということを考えますと、この中小事業者の
PCBをとにかく集めて、政府がある
程度負担した形で展開をしないとこのリスクは下げられないだろうというふうに認識しております。
以上であります。