○糸氏
参考人 日本医師会の糸氏でございます。
本日は、
医療法並びに健康
保険法の一部
改正について
意見を申し述べる
機会を与えていただきましたことを、心から御礼申し上げます。
まずは総論的に、
医療は、日本国憲法に示す
国民の生存権、健康権を守る上で極めて重大な意義を持っております。また、社会保障の基本となるものであります。目先の対応に追われることなく、国家の理念を反映させ、そして国の将来像を描くという姿勢で臨むべきであろう、かように考えております。
先般発表されたWHOのレポートによりますと、日本の
医療制度は、フランスと同じくトップグループに属する
制度として高く
評価されております。
一方、戦後半世紀以上を経て、我が国の
医療システムが大きな転換期を迎えていることも事実でございます。
医療制度の
抜本改革に向けてさまざまな議論が行われておりますけれ
ども、二十一世紀の我が国の
医療にとって必要かつ不可欠な原則を述べたいと
思います。
その一つは、
医療へのアクセスのよさを今後とも確保しなければならないということであります。
我が国を世界一の長寿国に達成させた原動力の一つが、一枚の
保険証で、いつでも、どこでも、だれもが良質な
医療を受けられる環境にあります。この環境を守っていくには、まず
医療法において十分な提供体制の確保という視点が必要です。また、健康
保険法においては
国民皆
保険体制の維持と現物
給付制度の堅持ということです。このことを通して、
国民が本当に安心して
医療を享受できる環境をより整備していくことが肝要かと
思います。
もう一つは、二十一世紀の超高齢社会においても持続可能な提供体制と
保険制度を早急に構築しなければならないということであります。
医療法においては、高齢化に伴う対応として、長期療養者に適した病床の確保と在宅
医療の整備、これらに伴うソフト、ハード両面の絶対数の不足をどのように補っていくかということなどを視野に入れなくてはいけません。
保険制度においては、従来の
拠出金を主体とした
老人医療の
運営から脱却し、
高齢者医療の特性を考慮した、独立した
保険制度を構築していかねばなりません。そのためには、
財源負担の
あり方、診療報酬の
あり方など、一般
医療と違った独特なものを考えていかねばならないと
思います。
今後
医療法はどうあるべきかを考えますと、現行
医療法は昭和二十三年に制定されておりますが、当時は、貧困と混乱の中で、
医療提供の量に主眼が置かれたのはやむを得ないことと
思います。量の確保が今後とも必要なことは言うまでもありませんが、半世紀を経た今日、別の視点も必要になってくると
思います。
まず第一は、今後の人口動態から的確な需要予測を行うということであります。そして、これに対応し得るハードとマンパワーの提供体制を、機能分担を考慮しながらきめ細かく整備していくことが大事であります。
第二番目に、
医療というのは極めて個別性、地域性が強いということの認識の必要性です。従来のようにただ単に設備、
構造、人員について
医療法の基準を満たしているからよいという画一的、統制的な規制を緩和して、
医療提供者が当該
医療機関の機能、地域特性、患者の病態に対応できるよう柔軟性を持たせることが必要だ、かように考えております。
また、
医療における営利法人の参入についてであります。
最近、営利法人の
医療参入に関して各方面で議論されております。しかし、残念ながら、本質から外れた議論が多いと言わざるを得ません。
そもそも、
現状、病院の開設主体の約半数は
医療法人であります。この
医療法人を理解することが大切であります。
医療が、非営利であることを体現する規範的法人とさえ言えるかと
思います。そのために、事業展開においては種々の規制を甘んじて受け入れております。これに対して、株式会社を初めとする営利法人には事業展開に対する基本的な制約がないことは御承知のとおりであります。従来営利法人の
医療本体への参入を認めてこなかった
理由は、
医療提供という行為が極めて公共性の高いものであるからであります。
視点を変えると、営利法人は既に
医療の周辺部分には多く参入していると言えます。例えば、
保険医療費の二〇%以上を占める
薬剤費は、製薬メーカーという営利法人の売上高に大きく寄与しております。また、
国民医療費ベースで二兆円を超える調剤薬局
医療費ですが、その経営主体は営利、非営利が併存しております。
一方、
介護保険の実例を見ればわかるように、営利企業の参入は大きな混乱を招いております。市場で調達された資金が
介護サービスの質の
向上に使われず、巨額な広告宣伝費と化していることは御存じのとおりです。したがって、営利法人の参入は、
医療の周辺部分において認め、本体部分についてはこれを認めないという考え方で対応すべきものと考えております。
政府審議会や規制
改革委員会の議論の中では、競争原理の
導入を一つの
理由としておりますけれ
ども、
国民皆
保険体制の中で、診療報酬がいわゆる公定価格として設定されていることを前提とすれば、現在以上の競争が行われることはない、かように
思います。
現状でも、
国民は、どこの
医療機関にかかろうと自由であります。
医療機関や医師を変えることもまた自由であります。そういう意味では、既に競争原理は働いていると言えます。営利法人の参入によってこの競争がさらによく機能するというエビデンスは全くございません。
経営行動においては、営利法人も
医療法人も一定の再生産費用の確保を目指すことは同じですが、営利法人は、これに加えて配当することをさらに目指さざるを得ません。すなわち、営利法人が持つ会計
構造は必然的に
医療費の高騰を生む要因となるものと考えております。したがって、
医療への営利法人の参入については、これを容認すべきではない、かように考えております。
次に、看護職員の人員配置基準についてであります。
今回の
改正案においては、一般病床の看護職員人員配置基準が四対一から三対一へ規制強化される
内容が盛り込まれております。当初、日本医師会はこれに強く反対いたしました。その
理由は、次のようなことからであります。
そもそも
医療法の基準は、最低基準を定めるというのが趣旨でございます。地域の特性を無視してこれを画一的に
引き上げるべきものではないということであります。現に、各病院の機能や特性に応じ人員配置を厚くすることは自由ですし、社会
保険診療報酬上も、それに対応した
評価体系がつくられております。
看護体制や機能というのは、入院患者さんへの個別的対応こそ最も優先されるべきものでありまして、病棟に人を配置すれば自然に質の高い看護が具現できる、かように考えるのはおかしいのであります。僻地
医療がその例ですが、地域によっては、低い
医療資源の配分を前提として
医療を継続せざるを得ない場合もあります。
一方、中医協の
医療経済実態調査の結果からも、今や、病院経営は損益分岐点比率が一〇〇%に達しようという極めて危険な状態にあることは明らかであります。国公立病院は軒並み
赤字であります。
このような
状況の中で、診療報酬上の手当てがないままに人員基準を
引き上げることは暴挙とも言えます。コストを的確に反映し、
医療の再生産を可能とする診療報酬体系の確立が今まさに求められていることを、厚生行政は強く認識すべきであると
思います。
今後
高齢者があふれてくる時代を迎えて、看護体制の課題は、ILOの勧告に示す三層
構造の中でどのように役割分担をしていくかということだと
思います。すなわち、看護婦、准看護婦、看護補助者が、機能的かつ効率的にその職務を遂行するためには、それぞれがどのような役割を果たすべきか。日本医師会は、二十一世紀の看護体制のあるべき姿について、あらゆるデータを分析して現在検討を進めており、近く公表する予定であります。
次に、診療情報の開示についてでございます。
そもそも、診療情報の開示、提供とは、日常診療の中で、医師と患者とがその情報をできるだけ共有し、医師、患者の信頼関係を醸成し、共同して疾病を克服するためのものであると考えております。
基本的な情報の開示の
あり方は、開示をしてはいけないもの以外はすべて開示するということで臨むべきであると考えております。
医療の現場を考えてみてください。開示してはいけないものは、個々のケースによって全く違います。命にかかわる不治の病であっても、開示した結果が患者さんのその後の生活にとってよかったという場合もあるでしょうし、一方、開示しない方がよかったという場合もあります。このように、何を開示すべきか、あるいは開示してはいけないかは極めて微妙な問題で、それは臨床的な医師、患者関係によって多くの段階の調整を経て決まるものだと
思います。
このような視点に立てば、法的な義務権利関係による強制化になじむものではない、かように
思います。
もちろん、日本医師会としても、診療情報提供促進の重要性は強く認識しており、昨年、診療情報の提供に関する指針を独自に作成し、十五万人の会員に配付するとともに、その普及に全力を傾けております。現に、各都道府県医師会及び郡市区医師会に設置をお願いしております診療情報提供に係る苦情相談受付窓口は、本年五月現在、
全国で四百七十五カ所に達しています。また、苦情処理機関としての診療情報提供推進
委員会については、
全国で百七十八カ所に設置されております。
このような地道な活動を真摯な
努力によって継続していくことが大切な対応である、かように考えております。
健保法のことでございますけれ
ども、
医療保険制度改革に対する日本医師会の考え方を述べてみたいと
思います。
本年八月、日本医師会は、二〇一五年の
医療のグランドデザインを発表し、
抜本改革に対する考え方を具体的に提案いたしました。この中で核となるのは、
高齢者医療制度の創設であります。これを中心に診療報酬
改革などの
抜本改革を進めるべきと考えております。
高齢者医療制度のポイントは、すべての七十五歳以上の後期
高齢者を被
保険者とすることによって、慢性疾患が主流となる当該世代への
医療提供の
あり方の中心を、キュアからケアへと移行させます。そして、
医療度や痴呆度を加味した合理的な診療報酬包括払い方式を開発いたします。あわせて、
国民の合意形成を図りながら、終末期における
医療の提供方法を徐々に確立していくことによって、
高齢者に対する
医療費の出血を
医療担当者みずからの手でとめるというものであります。
後期
高齢者は健康に対するリスクが極めて高いことから、
制度の基本理念を
保険から保障へと移行させ、
財源的には、
医療保険各
保険者からの
老人保健拠出金制度を
廃止し、公費を重点的に投入することを提案しています。あわせて、低
所得者以外の加入者みずからが
保険料を支払うことによって、
制度への参加意識を促すという考え方であります。