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2000-05-16 第147回国会 衆議院 法務委員会少年問題に関する小委員会 第1号 公式Web版

  1. 会議録情報

    本小委員会平成十二年五月十二日(金曜日)委員会において、設置することに決した。 五月十二日  本小委員委員長指名で、次のとおり選任された。       笹川  堯君    杉浦 正健君       武部  勤君    与謝野 馨君       北村 哲男君    日野 市朗君       倉田 栄喜君    木島日出夫君       安倍 基雄君    西村 眞悟君       保坂 展人君 五月十二日  武部勤君が委員長指名で、小委員長に選任された。 平成十二年五月十六日(火曜日)     午前十時三十七分開議  出席小委員    小委員長 武部  勤君       笹川  堯君    杉浦 正健君       与謝野 馨君    北村 哲男君       日野 市朗君    倉田 栄喜君       木島日出夫君    安倍 基雄君       西村 眞悟君    保坂 展人君     …………………………………    政府参考人    (法務省刑事局長)    古田 佑紀君    政府参考人    (法務省矯正局長)    鶴田 六郎君    法務委員会専門員     井上 隆久君     ————————————— 本日の会議に付した案件  少年問題に関する件(少年犯罪をめぐる諸問題)     午前十時三十七分開議      ————◇—————
  2. 武部勤

    武部委員長 これより少年問題に関する小委員会を開会いたします。  この際、一言ごあいさつを申し上げます。  近年多発している少年凶悪犯罪の現状にかんがみ、その早急な対策が求められており、この小委員会の役割はまことに重要なものがあると思っております。  また、小委員皆さんの御協力をいただきまして、公正円満な運営を行ってまいりたいと存じますので、何とぞよろしくお願いいたしたいと存じます。  少年問題に関する件について調査を進めます。  本日は、特に少年犯罪をめぐる諸問題について、小委員間において自由に討議を行いたいと思います。  なお、発言は、一人一回五分以内を目安として、挙手の上、小委員長の許可を得て行っていただきたいと存じます。  それでは、発言のある方は挙手をお願いいたします。  それでは、与党側から順次お願いいたします。第一回目はそのようにお願いします。
  3. 与謝野馨

    与謝野委員 それでは、自民党として、現在出されております少年法改正については、私ども責任を持った法律でございますので、これを皆様方にまず成立をお願い申し上げたいと思います。  ただ、この法律手続的な面を整備しようという法律でございまして、現在、社会で要請されている事柄について本当にこたえているのかということについては、自民党の中でも、また私自身も、大いに議論の余地があるのだろうと思っております。  そこで私は、幾つかの点を申し上げたいと思います。  現在の少年法というのは、少年保護するという理念に立っておりまして、少年可塑性着目をして、大変温かい善意に満ちた法律であるということは間違いないと思いますけれども、そういう保護という理念だけで少年法を今後運用していくことが社会正義感社会一般が持っておられる考え方に果たして適合しているかどうかという点は、検討をしなければならない点であると思います。  次に、年齢問題について申し上げます。  今回のこの法案年齢問題には一切触れておりません。しかし、私が東京都内で起きた事件を見てみますと、例えば十四歳、十五歳の少年が気の毒な高齢者を撲殺するという、これは明らかに害を加えるあるいは殺意を持って行った行為でございます。加えまして、その方が持っている金品を奪うという挙に出たわけでございます。  これが結局、刑事罰が加えられればある程度私が持っている社会的正義という尺度に合うわけでございますが、意図を持って撲殺した少年たち処分が結局は少年院送り、しかも三年から四年で多分少年院を出るということでは、やはり一般社会の常識には反しているのではないかと思っておりますし、また、そのようなことでは、そのような処分が持つべきいわゆる一般予防と申しますか、社会的な警告と申しますか、社会に対する威嚇力というものを全く失った処分になってしまうということを私は極めて憂慮をしております。  やはり十四歳、十五歳であっても年齢に応じた責任をとっていただくということが必要でありますし、みずからがなしたことについて十分認識をした上で処分を受けるという制度でないといけないということ、それが第二点。  それからもう一つは、山形マット事件等に見られますように、事実認定過程が大変整備されていないというふうに私は思っております。やはり年齢が低くとも刑事訴訟法的な手続のもとで事実解明はきちんとして、それを社会にフィードバックすることによって社会全体もまた警告を受けるということでございますが、少年審判非公開でございますし、また事実認定過程が他の刑事事件に比べて厳格でないということによって、審理の過程あるいは事実関係社会に対して明らかにされていないということは、社会全体のいわば事実関係を知るという、知らなければならないという立場を大変害しているのではないかと私は思っております。  それからもう一つは、現在の少年審判非公開でございますし、特に被害者は全く少年審判の進行について知らされないという状況があります。被害者の感情というものは、今般国会を通りました被害者対策法においても、社会全体としては被害者立場尊重するという考え方に少しずつ変わってきているわけでございますから、少年事件においても被害者立場というものを十分に考慮すべき段階に来たと私は考えております。
  4. 笹川堯

    笹川委員 私は、既に本会議場自民党を代表して質問いたしました。内容につきましては不満なところはございますし、今与謝野委員が言われたように年齢問題も避けて通れないし、それと、被害者加害者も事実認定ということをしっかりすることがお互いのためにもいいし、そしてまた世間でもきちっと評価をしていただけるのではないのかな、こういうふうに思います。  私は、特に私自身子供の時分に大変厳しく親からやられまして、親と一緒に食事をしたことがございませんし、ふろも五分、そういう制限つき少年時代を実は過ごしました。決してその報復でやったわけじゃありませんが、私も、五年間で五人の男の子を産み育てました。小学校あるいは中学校、高校は全部五人とも同じ学校でした。大変家内も忙しく育てましたが、やはり今考えてみまして、優しさと同時に厳しさと両方あった、それが大変よかったんじゃないのかな、こう私は思っています。  私は、幼稚園そして小学校の低学年のときには、実は立たせたりたたいたり、あるいは忘れ物を三回した場合には丸坊主にするという規則を家の中で決めておりました。家内選択権子供に与えて、頭を坊主にしてもらうか、それとも寝巻きを持って家出をするか、どっちか選択してくださいと。大体やはり最後になりますと、子供は、寝巻きを持って出ていくということはやめて、丸坊主で結構ですという約束事を実行しましたし、また、そのときには学校にあらかじめ連絡をいたしまして、こういう理由でうちの子供はきょう丸坊主にしましたということを事前に先生に通知を申し上げました。翌朝学校へ行きますと、先生が、頭がさっぱりしていてきれいでいいね、こういうふうに褒めていただいたことがあります。  私は、家庭のしつけ、教育というもの、そしてまた年配の方々のお孫さんに対する教育としつけというものをきっちりすれば、やはり犯罪というものはもっと少なくなるんじゃないのかな。  もう一つは、犯罪をする人はいずれにおいても少数の人でありますから、これを放置していくと多数の人に病気が蔓延していく、それを防止するためにも、私は、たとえ幼少であっても厳しく罰するということは必要だろう。アメリカでも体罰はいたしませんが、どんなちいちゃい子でも、親の言うことを聞きませんと部屋の隅に立たせておくという懲罰をやります。イギリスでもおしりをたたくということは現実に行われておりますので、そういう意味で、健全な育成をするというのはもう当たり前の話でして、この法律にあろうがなかろうが、これは私たちは守っていく。  ただし、それと同時に、被害者の場合、特に物とかお金とか後で弁済のきくものは別といたしまして、人間の命という絶対に再び返ってこない、このものを失ったときには本来は自分の命で償うのがまさに当然だと思うんですけれども、そういう意味で、法案の中に書かれているように、長期三年以上の懲役とか禁錮とか、あるいは死刑無期というような犯罪については私は厳しく罰してほしいと思うし、今回の法案の中に年齢問題がないということは大変不満であります。できる限り議員間でこれを調整するとか新設するとか、特に人を罰する法律をつくるのが当委員会でありますので、野党とか与党ということじゃなくして、委員各位の合意が得られるような形ででき得ればこの法律改正をしていただけることが一番いいのではないのかな、こういうふうに私は考えております。  さて、西鉄バスジャック事件は、新聞を見ますと、少年法をよく知っておると本人は言うているそうですから、その結果は推して知るべしだと思うし、昔と違って十五、十六も既にインターネットを自由に駆使しておりますので、そういう意味では、私は昔よりも厳しくしてもいいんじゃないのかな。  私も現在既に九人の孫がおりますし、長男はもう中学一年生で、あるいは小学校二年生の女の子も、余り言うことを聞かないのでちょっとたたいたら、顔は女の命です、たたかないでください、こう言われて、私も、ああ大変なことをしたなということを実感しました。今のお子さんは相当高いレベルの知識を持っている、こういうふうに思いますので、ひとつ委員各位におかれまして、与野党なくして、人の親としての法律改正にぜひ御賛同いただきたいと思います。  これで終わります。
  5. 杉浦正健

    杉浦委員 杉浦正健でございます。  去る金曜日の法務委員会におきまして、十八分時間をちょうだいして、質疑というよりも意見表明をさせていただきましたので、繰り返しになることは避けたいと思いますけれども、その後、土曜日、日曜日と地元へ帰りまして、ミニ集会国政報告会等、時節柄たくさんの会合をやったわけです。そのときに質問を受けますと、この問題についての質問が圧倒的に多うございました。二日間で無慮三十ぐらい会合をやったでしょうか、小さいのを含めまして。  その際に、私が法務委員会で申し述べた考えを申し上げて、参考のために挙手賛成か反対か言ってもらったのですが、ほぼ一〇〇%と言っていいぐらい、私の意見賛成でございました。人数にすると何千人かでございますが、私は皆さんが非常に関心を持っておるということを改めて感じまして、私の意見が間違っていない、有権者皆さんから支持されているということを強く感じまして、意を強うした次第でございます。  ちょうど、その会合の途中でしたか、終わってからだったかな、地元の西尾市でストーカー行為で同級生を殺したという人の判決が裁判所岡崎支部でありました。十六歳の少年が少女を殺したわけですが、非常に凶悪な犯罪だということを認定しながら、刑が不定期刑の五年から十年という刑でございましたが、それについて皆さんは、何でこんな軽い刑なんだという意見を言う方が非常に多かったということを申し上げておきたいと思います。  少年法で、刑は、十八歳までは、死刑に処すべき場合は無期懲役刑無期懲役刑に処すべき場合は有期懲役と法定されていますし、仮出獄要件も緩和されております。ただし、これは凶悪犯罪についていいのかどうかというのは改めて、先週金曜日にも申し上げましたが、強調しておきたいと思います。  一つだけつけ加えますと、死刑無期懲役の間に終身刑を導入したらどうかということも申し上げたような記憶があるのですが、この刑の導入については全員賛成ではなくて一部賛成しない方があったということだけは申し添えておきたいと思いますが、おおむね、十六歳の年齢制限といいますか、あれを取り払うとか、あるいは凶悪な犯罪行為をやった少年についてはきちっとすべきだという点では、有権者皆さんは非常に私の意見賛成してくれたということは言えると思うのです。  これは小委員会ですから改めて要点だけ申しますと、一つ与謝野筆頭が申された、私は、今の案は手続面だけであって非常に不十分だ、理念の面も、きちっとルールを守るということを入れるべきだ、十六歳という年齢制限は取り払うべきだ、場合によっては刑法の十四歳というのも十三歳なりあるいは十二歳なりに下げたらいかがか、国によっては九歳なんというところもあるわけですから、こう思っておりますし、刑の量刑、仮出獄要件等について十分に検討すべきだというふうに思っております。それから逆送も、必要的逆送、凶悪犯についてはもう無条件に逆送するということも考えたらいかがか。  そうしますと、今の少年法改正しようという、検察官が立ち会うとか抗告権なんというのは要らなくなるわけで、凶悪犯については法廷へ戻してしまえばいいわけですから。普通の事件については戻さなくていいわけですので、そういうことを抜本的に検討すべきではないか。  修正の上、可決すべきだと思うし、万一廃案ということになれば、新しい少年法は全く根本的なところから出直して検討すべきじゃないか、こう思っております。
  6. 武部勤

    武部委員長 それでは、大会派順に進めたいと思いますので、自民党さんの後は民主党さん、その後は公明党さん、こういうふうに進めたいと思います。
  7. 北村哲男

    北村(哲)小委員 北村でございます。  最近、名古屋恐喝事件、あるいは豊川の殺人事件とかバスジャック事件など、少年による重大犯罪が次々に起きて社会に不安を与えている。背景とか原因について、固有の問題とかあるいは共通の問題などいろいろありまして、冷静に検討する必要があるし、犯罪防止更生のための方策が緊急課題となっていることは共通認識だと思っています。特に、少年法体制飛躍的充実あるいは強化というものも必要であろうと思います。  ところで、私は次の数点にわたってちょっと簡単に述べてみたいと思います。一つは基本的な視点、二つは背景とか原因理解、三番目に犯罪防止のための施策はどうするか、四番目には捜査裁判手続充実、五番目には非行少年更生のための施策、そして最後犯罪被害者人権尊重という点について述べてみたいと思います。  まず、基本的な視点については、次代の社会の担い手をどう育てるかという問題であって、よい子とは何かとか、あるいは、子供は不気味だとか言っていても解決にならないので、大人社会責任を放棄しない、責任を全うすべきである。そして、冷静な分析と理解努力をするということ。特に、今子供たちが悩んでいるんだというとらえ方が必要であろうと思っております。行動の結果の責任をとれる市民に育てるために、社会がどうするのか。あるいは、子供社会の中で健全に成長、発達する権利があるという視点が必要であろう。  したがって、厳罰をするということだけでは解決をしないと思いますし、また年齢問題についても、これは単に刑罰の問題ではなくて、子ども権利条約あるいは教育問題そして選挙権等々の関係で総合的に考えるべきであろう。軽々に、今下げれば事は済むんだという問題ではないと思っております。  また、背景あるいは原因についての理解の問題ですが、一人一人の人間を大切にしないという風潮が強いように思われます。子供へのストレスの過重とか余裕のなさ、あるいは行動の結果を考えさせない教育とか自主性の軽視という問題がやはり解決されるべき問題だと思っております。  次に、犯罪防止のための施策ということにつきましては、相当広い範囲の問題があろうと思いますが、子供に対して、非常に余裕のあるくつろげる時間と場所をつくってあげるとか、相談援助機関充実、すなわち児童相談所あるいは心のカウンセラーとか家庭裁判所相談室の問題等々の問題があると思っております。  あるいは、家庭学校における教育目標をもう一回問い直してみる必要があろうと思っています。成績で切り捨てない教育、一人一人の生きがいを大事にする教育、生まれてきてよかったというふうな実感を持たせるような教育。そして家庭生活、今までの企業戦士と言われて家庭を放棄した父親の家庭放棄の問題、育児参加の問題。そして、子供自主的体験の奨励、ボランティア参加など、そういうことも必要であろう。  あるいは、地域教育力を高める。中央集権的な教育ではなくて、地域子供を守ってあげるという教育、目配りが必要であろうと思っております。あるいは、病める人たちに対する青少年精神医療充実、これも地方地方で頑張っていく問題だと思っております。  さらに、捜査裁判手続充実ですが、これは特に冤罪を防ぎ、更生に役立つ手続をするためにはどうするかという視点が大事だと思っております。少年警察ということをもう少し警察の中で大事な問題にすること、あるいは家庭裁判所充実、特に調査官の育成については考慮を払っていくべきだと思っております。  また、少年審判手続適正化、今問題になっておりますけれども、これもやはり対象になる、再度洗ってみる必要もあると思っております。  さらに、非行少年更生のための施策、これは新たな非行防止のためにどうするかという問題ですが、少年院保護観察、そういうものについての充実、これをもう一回私ども、これは余り皆さん御存じないと思いますけれども、そこで活躍する人たちの問題を重視すべきであろう。あるいは相談援助機関充実の問題、あるいは更生目標明確化行動の結果、すなわち被害と向き合うことによる反省を含む更生の問題が必要になっております。  最後に、犯罪被害者尊重の問題でありますが、これも民主党としては既に法案を提出しております。被害者人権尊重が逆に加害者更生させる、その面に向き合わせるということが大事であろうと思っております。更生防止のために、ぜひ、人間尊重の思想ということを強めていく、被害者基本法成立を私どもはさらに求めていきたいし、そういうことによって少年犯罪防止し、更生に役立てる、こういう総合的な問題を検討すべきであろうと思っております。  以上であります。
  8. 日野市朗

    日野委員 最近の少年事件、しかも凶悪な少年事件というのは、まさに世間の耳目を聳動するというような非常に重大事犯が多いということで、世間も非常に強い関心をこの少年問題に対して持つということになっております。私も、このような少年事件、特に凶悪な少年事件頻発について深い憂慮を持っております。  そこで、ただし私、一つ考えなくてはいかぬのは、少年法目的としている、少年をきちんと保護して、社会に復帰させて、そして有為な人材として育てていこうという一つ理念、これは現行少年法が持っている理念でありますが、これが余りにも軽視されるというような風潮社会の中に出てくることを恐れます。これは刑罰を科するというよりは、やはり保護をきちんとした理念として高く掲げておくべきものというふうに私は考えております。  私も弁護士でありまして、少年事件についてのいろいろな相談も受けますし、実際に少年事件に携わってきたこともありました。そして親から、何とか鑑別所に入れないようにとか、何とか少年院に行かないで済むようにというような願いは随分私にも語られたのでありますが、私はそういうときに、鑑別所とか少年院というのは病院だと思いなさい、刑務所とは違うのですよということを何度か申し上げたことがございます。  現実に、鑑別所で何が行われているか、少年院で何が行われているかというようなことを世間は余り知らないようですね。私なんかは少年院を何度か見学をしておりますが、そこで行われている少年院の業務というものは、決してこれは刑罰ではなくて、その少年を立ち直らせるために懸命の努力が行われているということをもっと世間人たちはよく知るべきではないかなと思います。ここでは大変貴重な努力が積み重ねられているのであって、これは一般人たちもぜひ少年院内容について御理解をいただきたいものだ、そんなふうに思っている一人であります。  確かに、刑罰をもって少年事件に対処するということ、これは必要な場合があることを私は否定いたしません。そして、一罰百戒という効果があることも決して否定はいたしません。しかし、それによって、果たして少年凶悪事件が根絶されるかということになると、私はそれについては否定的であります。このような少年凶悪事件頻発というのは、決して少年法が甘いからこうなっているのではないのだと私は思いますね。もっと深いところにある原因というものを探らなければならないのだろうというふうに私は思っています。その深いところにある原因というのは、これはやはり教育の問題が一つありましょう。  確かに、親も学校教育についてやはり毅然とした態度をとるべきであろう。親の持っている価値観、それから教師の持っている価値観、それを人格を通して少年にしっかり教え込んでいくということが必要なのだろうというふうに思うのでありますが、一方、このような考え方にも問題があります。というのは、親も教師自信がない、どのように生きていくのか、どのように子供を育てるのかということについて自信がないという一つの側面があること、これも否定できないところだと思うのですね。  しかし、私は、そういう問題はありながらも、やはり基本的な社会の中で生きていくためのルールをきちんと教え込んでいくという教育過程というものは、親、教師社会、そういったところがきちんと毅然として少年に対していくという態度が必要なのだろうというふうに思っております。  そういうことで、私は、現在の少年法改正案、これは手続の面に問題をとらえているわけでありまして、これだけを通したって意味がないというふうに思いますから、もっと根本的な問題をきちんと議論した上で、さらにこの手続の面もまた考えるべき、このように考えております。
  9. 倉田栄喜

    倉田委員 公明党倉田でございます。  近時報道されます少年犯罪等については、根本的、総合的な対策が緊急に必要であるということをまず申し上げさせていただいて、少年法改正については、私自身問題意識を申し上げさせていただければ、少年法改正は必要である、このように考えております。ただ、現在提出されております少年法改正案では、ここまで来ますと不十分なのではないのかな、このように考えております。この際、もっと抜本的なところから考えてみる必要があるのではないのか。  その一つでありますけれども、私は、少年法理念目的少年可塑性着目をしてその健全育成保護育成を図るということは、これは変えてはならないし、変える必要はないと思っております。  ただ、その審判のあり方、先般本会議でも指摘をさせていただきましたけれども少年法二十二条、「懇切を旨として、なごやかに、」ということで果たして対応できているのかどうか。少年のいわゆる健全育成保護育成を図るというのであれば、その審判に関して、少年が犯した犯罪あるいは事犯内容意味関係と正しく向き合わなければ、本当の意味での反省もないし、更生もないと思うわけであります。  そうだとすれば、そこで、もう一つ一方で被害者方々がおられるわけでありまして、少年保護そして健全育成を図るということと、そして被害者方々権利回復を図るということ、これは果たして両立できないのだろうか、そういう問題意識を持っております。  少年審判非公開であるという大原則があるわけでありますけれども、私は、この問題も、非公開であるということと、事実関係を例えば一定の範囲の方、特に被害者方々に対して開示をする、公開と開示という考え方は、なるほどこれは分けて考えてもよいのではないのか。そうすると、少年審判のかかわり方の中に被害者の方が参加をされる、あるいは意見陳述等の問題も含めて、あるいは傍聴等の問題も含めて、その審判のあり方、非公開ということと開示ということを含めて、私は検討してみてよいのではないのか。自分が犯した罪の重さということ、それを、被害者、家族、遺族に向き合うことによって、私はその重みということを実感できて、そこから更生につながっていくのではないのかな、こういうふうな問題意識を今持っております。  今回の少年法改正の中で、合議制の導入あるいは検察官関与の問題があります。もう一度次の機会に申し上げさせていただきたいと思いますけれども、検察官の関与の問題に関して言えば、あくまでも少年審判理念目的の中で関与をするということであれば、あくまでも審判の協力者の立場であるということを明記しなければならないのではないのか。つまり、審判の協力者であるということは、その審判の中で、いわば裁判官、検察官あるいは付添人を含めて、事実関係をしっかり認識した上で、少年健全育成にどうあるべきかということを議論する。もちろん事実認定の問題と要保護性の処分の問題というのは、これは厳然と分けられれば分けるべきであると思いますけれども、そういう一つ審判の中の共同チームという形になるわけなんだろうと思います。  そうであるとすれば、そこで出される結論については全体が同じ責任を持たなければならないのではないのか。それが基本であって、もう一つ、どうしても事実認定の鑑定で向き合う対審的構造あるいは当事者的構造を取り上げるというのであれば、ここは現在の我が国の刑事司法の基本である当事者原則の立場から、証拠法則、伝聞法則、反対尋問権等々も含めた審判のあり方が考えられなければならないのではないかと考えております。  この点については、もう一回発言の機会があると思いますので、そのときに申し上げさせていただきたい、このように思います。  以上です。
  10. 木島日出夫

    ○木島小委員 日本共産党の木島日出夫です。  私は、今月十一日の衆議院本会議におきましても、また翌十二日の衆議院法務委員会少年法改正法案に関する質疑におきましても、基本的な考え方について触れましたが、改めて、第一回目の小委員会でありますから、基本的な考え方について述べさせていただきたいと思います。  最近起きております一連の少年による重大犯罪に対しては、大変深刻に受けとめております。一部、特別の少年の犯した犯罪だということで片づけることができない大きな問題ではないか、このような状況を放置して、二十一世紀の日本の国が一体どうなるのか、大変大きな、深刻な問題であろうと考えております。そういう立場から、このような深刻な少年犯罪を本当にどうすれば我が国の社会からなくしていくことができるのか、深い論議が必要だと考えます。そのためにどうすればいいのか、何が問題なのか、これは本当に幅広い視野からの分析、討議が必要だと考えております。その中で、少年法というのがどういう位置づけにあり、どうあるべきなのかということが真剣に討議されるべきものであろうと考えております。  我が党は、私もそうですが、今日の少年犯罪防止すること、そして子供たちの健全な成長を図るために、そういう立場から、その原因究明、そして防止する対策の研究など、本当に真剣に当たっていきたいと考えております。  私が衆議院本会議、そして翌日の法務委員会でも強調した一つの大きな問題に、今日の少年犯罪の質が変わってきているのではないかという、少年犯罪とこれの更生保護に携わっている刑事法学者や関係者の皆さんの指摘を非常に重大なものと受けとめているからであります。  改めてその指摘を指摘しますと、動機にかかわるものでありますが、一般的に、少年犯罪の動機は五つに分類されるわけです。生存型、要するに生きていくための犯罪、それから遊び型、それから反社会型、それから非社会型、そして確信型、こういう観点で、戦後五十数年の我が国社会における少年犯罪の動機を学者の皆さん方は鋭い分析を加えているのですが、変わってきている。終戦直後の生存型から、その後遊び型へと変化し、そして今日、遊び型もありますが、非社会型と言われる少年犯罪が急増している、ここが最大の問題だという指摘があるわけであります。  なぜこのことを私が強調したかといいますと、この今日の少年犯罪の質的特徴に徹底的なメスを入れて、その解明なしに、今日我が国社会から少年犯罪を根本のところからなくしていくことはできないのではないか、的確な処方せんが書けないのではないかという問題意識からであります。  結局、こういう重大、凶悪な非社会非行が急増している背景には、やはり我が国社会のさまざまな病理現象が少年を襲っているのではないか。この深刻な現象を直視して、それを取り除くということに、国も政治も経済も社会も、大人社会、これは少年も含めて、徹底して、共同して取り組むことなしに、このような重大犯罪防止できないのではないかという問題意識からであります。  そういう立場から、私どもは三つの改革を提唱したわけであります。  もうきょうは繰り返しませんが、一つは、教育の抜本的改革であります。学歴社会背景にして、受験競争中心の学校教育が重大な負担を青少年に与え、性格をゆがめ、これが少年を追い詰めている。この病理現象を取り除くことが急務だ。  二つ目は、社会道義の確立です。これは政治、経済、社会、あらゆる分野での社会道義を徹底的に確立することなしに、少年だけに市民道徳を説いても、それは無力だと考えるからであります。  そして三つ目には、我が国の文化状況です。最近起こされた一連の犯罪非行背景を探るときに……
  11. 武部勤

    武部委員長 時間が過ぎておりますので、やめてください。
  12. 木島日出夫

    ○木島小委員 出てくるのがやはり退廃文化でありますから、この退廃文化現象を打開していく、自己規律を求めていくということが急務だと考えているわけであります。  この三つを、皆さんと力を合わせて打開して、少年犯罪から守り抜いていくという立場に、基本に立って、その上で、もう時間ですからやめますが、少年法の今の考え方がどういうかかわりを持っているか、深い検証が必要だと考えます。  第一回目の発言はこれで終わります。
  13. 武部勤

    武部委員長 時間オーバーの分は、二回目にそれぞれ御配慮ください。
  14. 安倍基雄

    安倍(基)小委員 保守党の安倍基雄でございます。本会議でも質問いたしましたので、また、委員会でも質問いたしましたから、余り重複は避けますけれども。  私は委員会で、平成十年八月号の中央公論を皆さんにお配りいたしました。そこに書いてございますように、やはり日本のあれというのは非常に少年に対して甘いというか寛大である、ほかの国に比較して、非常にその辺が教育刑的な思想がある。やはり法というものは、その当時における社会情勢のもとにつくられる。社会情勢が変わってくれば当然変えていかなければいかぬ。戦争直後の、そのときの少年法の提案理由か何かの議論にございますが、戦争中はなかなか教育も不十分だった、戦後も大変だ、窃盗なんかも多い、だから、そういったことで一生を台なしにしてはいかぬというような思想が広く、強く貫いておる。  それを本来は、社会情勢の変化に応じて、当然変えていくべきものであった。ところが、一遍できますと、いわゆる人権論者というか、少年がかわいそうだということがすぐ話になる。それ以外にいろいろ、教育が悪い、社会が悪いと、すぐ責任をそちらに持っていっちゃう。これが、少年法改正というものを妨げてきたと私は思います。  今回の法改正は、手続上の問題である、実体にはほとんど触れていない。しかも、犯罪内容を知るためには、いわば被害者が民事訴訟でもしないとわからないというような状況、これはやはりどうしても変えなきゃいかぬ。その面で、手続上の改正というのがまず第一歩である。  しかし、年齢の引き下げとか処分の、要するに、罪を犯した者は罰せられるという原則をちゃんと保たなきゃいかぬ。さっきも出ましたけれども、犯人の中には、この前、裁判官が実名を出そうとしたのを、それは更迭すべきだというようなことをインターネットでやっていた、これはバスジャックの少年らしいですけれども。そういうようなことを、我々は守られているんだということを意識している連中がほとんどである。不良少年なんかも随分、情報化社会ですから、すべておれたちは絶対死刑にならぬ、やっても大したことにならないんだということがどうしても背景にある。ですから、やはりそういうほかのものを、家庭が悪い、環境が悪いというんじゃなくて、最後には自分自身が罪を負わなきゃいかぬのだという意識をきちんと自覚させなきゃいかぬ。これはどうしても必要です。  よく被害者の父兄の中には、出てきた犯人を引っ張り出して殺してやりたいという気持ちまである。結局、刑というのはもともと、ほっておけば復讐社会になる、復讐しちゃう。だから、その復讐をとめる、そのかわりに刑を科すというのが刑の本質じゃないかと私の論文で書いたんですけれども、そういった意味で、教育刑的なものじゃなく、やはり基本的には、刑というものはもともと、私的復讐を禁止して公的でもってそれをいわば救済するという意味のものが刑の本質である。  このことを考えますと、凶悪犯というのはやはり普通の窃盗とかとは意味が違うんだ、これをきちっと分けてやらなきゃいかぬ。ほかの国でも、重罪についてはイギリスはクラウン裁判所というような裁判所もあり、裁判所をそもそも分けてやっていますが、そういう意味で、凶悪犯と軽犯罪とは全く異質のものである。しかも、凶悪犯になってくると、全く分別がわからない年齢というのはもっともっと下でございまして、十六歳、十八歳という話じゃない。そういうことで、私は、少年法は基本的に考えていかなきゃいかぬだろうと思います。  それとともに、前回ちょっと質問したんですけれども、いじめの問題。あれはやはり、もっと教師責任を持たせるべきだ。要するに、いじめによって子供が殺されたり、あるいは自殺に追い込まれる、これは教師の業務上過失致死じゃないかというような言い方をしましたけれども、やはり教育の面でも、単になあなあじゃなくて、もしそういった事件が起こったら教師はきちっと責任をとるというくらいの、ぴしっとした姿勢が必要だ。  日本社会は、戦後、どうも責任をとらないことが原則みたいになっちゃっていますから、そういった面で、文部省のころに、もう少し責任をとらせる体制をつくろうじゃないかという話をしたんです。そのうち私が更迭されましたけれども、そういった意味で、私は、こういった教育の問題も、責任を中心とするという気持ちをきちっとさせなきゃいかぬと思います。  もう時間でございますから、これで終わります。
  15. 西村眞悟

    西村(眞)小委員 自由党の西村です。  期せずして、ほぼ各党の立場をお聞きした上での発言の機会になりますので、私の持論を申し上げるよりも、我々が具体的な、提出された少年法改正案を審議している以上、その各党の御議論の中から、少年法改正と関連づけてちょっとコメントさせていただきたい。  各党は、現改正案に対してまだ足らざるところを御指摘されたり、また、改正案とは直接関係はないけれども少年凶悪犯罪のよって来る教育的な欠陥等々、社会的な病理等を指摘されました。しかし、私から見るならば、現改正案は、その意味では一番のポイントを突いたものである。  今、各党が御意見を言われた中で一番欠けておるのは、現場の裁判官の切迫した声である。と申しますのは、現少年法二十二条、「懇切を旨として、」これはまあいいとしまして、和やかに審判をしなければならない。ここで、少年法保護主義のもとに、この和やかにというものが出てきておるのはわかりますが、これは、審判の中での事実の認定、そしてその次に処分の決定とを混同したものであります。  事実の認定に関しては全く問題はないんだ、一〇〇%、この少年がやったんだ、単独犯ではなくて複数犯であれば、この少年が主導してやって、他は追随したんだというふうな事実の認定がしっかりされた上で、可塑性に富む少年でありますから、和やかに彼をどうするのかというふうな審判に移る、これは少年法理念として確かでございます。しかし、現場の裁判官が直面しておるのは、複数の少年間の罪のなすり合い、事実のごまかし、また単独犯でも、私はやっていないという少年に直面して、裁判官たった一人で和やかに事実を認定しなければならないというこの現実でございます。この観点から本改正案を眺めますならば、やはりここに切り込んでおる改正案であります。  そして、先ほども各党の意見を承りましたら、年齢の問題が確かにございます。そして、その問題については、この改正案は触れずに、もっと低くすべきだというふうな御意見と現状のままでいいという御意見が、その賛同者の数はともかく、本小委員会でもあることは事実でございます。しかし、本改正案は、それに賢明にも触れずに、今一番必要な、現場の裁判官がたった一人で、事実を争う少年の事実認定を和やかにしなければならないというこの最大の現場の苦渋に、とりあえず改正のメスを入れてくれという法案だと私は受け取っておるんです。  しからば、この改正案は、我々はここで抽象的に少年犯罪のよって来るところ等々を議論しておるのではなくて、我々の任務として、この国会の中でこの改正案成立せしめ、しかる後、足らざるところ、また補強すべきところを、このように審議すべきだと思うんです。しかるに、我々は、何かこの改正案が廃案になるかのような前提で審議しておるというふうな雰囲気を私は感じます。  この改正案はとりあえず成立させて、現場の切迫を取り除き、最も避けねばならない少年犯罪に起こる冤罪の防止を図るという観点から、本国会で我々は責務を果たすべきではないか。それについては全委員がやぶさかではないと私は確信いたしますが、後々の発言で、私が提起させていただいたこの点について御意見を承りたい。それでもなおかつ、この少年法改正案に反対なのか、自分の思うとおりに改正しなければこの原案を廃案にするのかという具体的な御意見を各党から承りたいと存じます。  終わります。
  16. 保坂展人

    保坂委員 社会民主党保坂展人です。  私は多分、ここにいらっしゃる委員皆さんの中で、十代の子供たちと話したことが一番多い。つまり、二十年にわたって、十代の読んでいる雑誌で文章を書いてきた。二十五冊書いた本の中の約九割は少年少女だった。こういう体験から、ちょっと私の角度で意見を言いたいと思います。  現在、ここ連休中に起きた二つの事件をとってみても、この事件は、少年法の問題、あるいは少年事件としてその特質があるのかどうかということをちょっと考えてみたいと思うんですね。むしろ私は、社会的な規範意識の解体、あるいは常識ではもう説明のつかない、犯罪の類型にかつては入らなかった事態が今起きているのではないかと思います。  例えば金品を奪うことあるいは怨恨を晴らすこと、何らかの犯罪目的があれば対処は比較的可能だと思うのです。ところが、バスジャック事件の場合でも、何が目的かわからない、自爆型犯行というか、どこに行きたいのかも容易に予想できないような中で、大変な苦労があったと思います。  例えば、今回バスジャックでしたが、昨年ハイジャック事件があったと思います。レインボーブリッジのあの下をくぐりたい、フライトシミュレーションゲームで、操縦桿を握りたいということで、結局機長も殺してしまった。そして、墜落寸前のところで、何とかコックピットに突入して機体を立て直したという事件も記憶に新しいと思います。さらに、京都の小学生殺害事件警察官に追われている途上で転落死したわけで、真相はやみの中ですけれども、これも何の目的があったのかはっきりしない。そして、通り魔事件等々、今列挙した事件は、新しいタイプの犯罪の中である一つの類型を示していると思います。  つまり、極度に数値化されて、徹底した競争主義の中で、親からも地域からも学校からもよい子として、つまり問題のないいい子だというふうに評価をされて育ってきたが、育ってくる中でどこかで挫折をして、例えば、このタイプの子供たちは極度に緊張していて、周りからの冗談も通じないおかしなやつだということでいじめや排除の対象になる、現実にそういうことは彼らの身の回りで起こってきた。あるいは、勉強するところで、あるところで壁があって、目的とした学校に行けないなどのことが強烈なトラウマになって、いわば自爆型犯行というようなことが起きてきているのじゃないか。  つまり、今私が話をしたハイジャック事件バスジャック事件の本質的な差異はないということなんですね。つまり、少年事件としてこの連休中に起きた問題を議論するよりも、今、ではどうしてこういう犯罪の新しい形ができてきているのかということを考えた方がいいと思います。  少年法での問題点は、本会議でも委員会でも言っていますけれども、一言で言えば、少年に対して厳しく、年齢刑事罰も低くしようという議論があるのを私も承知しています。が、そうであればあるほど、私は、アメリカで、少年法体系がそれぞれの選挙を経て、政治家の側からのもっと厳しくという問題提起によって、それを有権者が支持して厳罰化が進んだ。その結果、少年犯罪が見事に抑えられて、凶悪事犯などがもう起こらない、少年犯罪は非常によく抑えられた社会にアメリカがなっているかどうかという検証をぜひ皆さんで、私もやりたいと思いますが、そこをちょっときちっとした調査と研究をするべきだ。  国家百年の計という言葉がありますが、私たちは、せめて犯罪百年の計、つまり今回のこの少年法論議によって、低年齢化の問題も含めて、五十年後と言わないまでも、二十年後に少年犯罪凶悪事件がやはり抑えられたというふうにならなければならないというふうに思っています。  私の意見としては、まず第一段階ではこういう視点を出してみたいと思います。
  17. 武部勤

    武部委員長 それでは、一通り各委員から御発言をいただきました。  この後は、順不同で、それぞれ挙手をもって発言をお願いしたいと思います。
  18. 杉浦正健

    杉浦委員 期せずして、民主党、共産党、社民党からは厳罰化には消極的な御意見が出たように聞いておったのですが、もちろん、おっしゃるとおり、少年法だけで少年問題が解決するわけではない、根が深いということは私もそのように思うのです。しかし、我々は少年法改正の議論をしておるのであって、少年法が甘いという点は間違いないわけで、この点は、それはそれ、教育問題そのほかの問題はそれとして、法的にも厳正に対応すべきだというふうに考えます。  二つの視点からつけ加えたいと思うのですが、一つ被害者立場であります。  あのバスジャック事件一つとってみても、一人殺されています。それから、車から飛びおりた人が何人かおります。高速の車から飛びおりて重傷の人がおりますが、まかり間違えば命がなくなったかもしれない。監禁状態になった人ももっとたくさんおるわけですけれども、そういう被害者の気持ちを考えた場合に、では今の少年法の処罰規定でいいかどうかという問題はあると思います。  もう一つ立場でございますが、西村先生は、今の法改正が現場のあれで必要だと言っておるわけですけれども、私は違った角度からいいますと、現在、十歳以上二十歳未満の少年は約千五百万人おるという統計でありますが、そのうち、最近凶悪犯罪がふえてきたとはいえ、凶悪犯罪というのは、殺人、強盗、放火及び強姦でありますが、平成十年度で二千三百七十九人であります。千五百万人のうち、この四種類の凶悪犯罪を犯した人は二千三百七十九。一時期減りました。終戦後はもっと多かったです。  ということは、ほんの一握りの少年。このうち死に至ったものを数えたら、強盗とか強姦とか放火も、人を殺している、死に至らしめているというのは少ないと思うのですが、もっと少ないと思うのですね。ほんの一握りの少年凶悪犯罪をやるだけであって、大部分の千五百万人近い青少年は健全にすくすくと育っておる。いろいろ問題はありますが、そういう事実に僕は着目しなきゃいけないと思っております。そういう少年たちの心情をもって見た場合に、同じ世代の少年がもう本当に信じられない犯行を起こすことに対する少年法の対応が甘過ぎると思っているのではないかとも思うわけであります。  西村先生のことに一つ反論したいのですが、今の少年法改正は、山形マット事件がきっかけになって始まったわけですけれども、あれは家裁と高裁の判断が食い違ったのですね。だから、あの事件は人が死んでいますから、私が主張しているように、人を死に至らしめるような凶悪事件は必要的に逆送しろと、一項目で済むのです。そうしたら普通の裁判になるわけですから、家裁が審判するわけじゃないから。必要的逆送の規定を入れれば、今の少年法、今の改正案に出ている問題点は全部、改正がなくたっていいということになると私は思うのですね。そういう意味で、根本的な検討を加えた方がいい、こう思うのです。  こういう一握りの極悪非道のことを、信じられない行為をする少年は、刑事法廷で裁くべきだ。だから、年齢を下げろと言っているのはそういうことです。触法少年は二十何万いるわけですが、万引きをやったとかそういう少年は温かく和やかに家庭裁判所でやったらいいのですよ。極悪非道の、人を死に至らしめるようなことをやった少年は刑事法廷で裁け、こう私は言いたいわけであります。
  19. 日野市朗

    日野委員 さっきから一握り一握りという話がありまして、そういう極悪非道な者は刑事法廷にという話が、今はっきりと杉浦委員の方からそう言われて、そういう意見がずっと伏線としてあるなと思って聞いておりました。しかし、私はそう思わないのです。極悪非道な頂点に、さっき私、世間の耳目を聳動するような、こう言いましたけれども、それは頂点なのであって、すそ野というのはずっと広く広がっていると社会現象としては見るべきではないのでしょうか。  私も随分、特にこのごろの少年少女というのは我々とは大分違った価値観で生きているなということについては注目をしておりました。そういうことから、その少年たちのいろいろな生き方、その生活のしぶり、そういったものを注意して見ているんですが、私としては、極悪事件のすそ野にあるような少年少女というのはかなりいるだろう、こういうふうに思っているんですね。そうすると、その頂点にある極悪非道な事件に対する刑事罰を考えるということは、将来の日本を担っていく青少年の問題を考えるときに、そこだけを取り上げて刑事罰をという形で発想するのではなくて、もっとすそ野のあたりからじっくりと考えていこうじゃありませんか。  教育の問題というのは非常に大事な問題でありますが、特に教育の現場でいじめ問題が出てくる、それから学級崩壊にまで至る、こういうような子供たちの生きざまというものに対して我々はきちんとした指針を与えるということが必要なんであって、私は本当の極悪非道な者に対して刑事処罰を加えることを否定するわけではありません、しかし、もっと大きな目で、大きな視野で我々はこの問題をとらえるべきだというふうに考えますね。  きょう、どの新聞かに出ておりましたね。非常に荒れた学校で、校長先生が身を挺して、そして校内を清掃し、子供たちに呼びかけ、ほかの人たちには批判を受けながらもそういう活動に自分自身を投げ込んで、そして子供たちの共感を得ていったというようなある中学校の記事が出ておりました。私は、そういった広い観点から物事を見、大人も一緒にその問題のために汗を流す、こういうような態度が大事なんだろうというふうに思っているわけですね。  質が変わったという一つの見方、少年犯罪の質が変わってきているということは、これは確かに私も言えます。では、彼らはどのような価値観に基づいて我々からは理解のできない犯行に及んでいくのか、ここについて我々自身ももっと考えてみなくちゃいかぬだろうと思う。私たちは、もっと大人自身の問題としてもきちんと子供たちに対処する、子供たちに向かい合う、そういう価値観をつくり上げていくことが必要なんであって、外から見ていて、我々とは別の世界でそういう少年犯罪が起こっているという見方はすべきではないし、我々は、教育、これは社会教育も含めてですが、そういう現場でいかに少年たちと向かい合っていくか、そのことを考えるべきなんで、私は、そういう理念をも含めて広い議論をした上でこの少年法の問題には取り組んでいくべきだというふうに思います。  今、刑罰のところだけ取り上げて、それを実現すべきだというような考え方に走るというのは、私は誤りだと思っています。
  20. 西村眞悟

    西村(眞)小委員 先ほど、現場の切迫感、一人の裁判官の負担についての発言がなかったという旨、申し上げました。  それで、本改正案を見ますと、先ほど杉浦先生が言われたように、民主、共産、社民は低年齢化、罰則強化には反対なさるだろう、しかし全会一致でこれだけはやってくださいという改正案だと私は理解しておるわけですね。検察官に対する必要的送致の制度もまた全会一致とはなりがたい。しかし、全会一致となり得るのは、少年犯罪の事実の認定をあやふやにして、少年の将来を台なしにしてはならないんだという一点でございますから、この一点では本国会でやはり我々全員賛成できるのかなと、私は先ほど各党の御意見を承ってそのように認識しております。これが小委員会のフリートーキングの一つの成果だという思いを持って認識しておるわけですね。  次にまた、教育問題。確かに我々は教育で悩む動物であります。したがって、教育問題が一番争点、争点というか、この問題の深い部分をカバーするものだと思っておりますが、皆さんで触れなかった点を二点触れさせていただきたい。  パブリックサービスというものを教えるという教育視点に触れられた方々はなかったように思います。英語でパブリックサービスといいますが、日本語では公に対する奉仕、公に奉仕することが人間としての義務であるという視点。また、英語のパブリックサービスには徴兵も入っておるわけですね。もちろんボランティアという兵役も入っておる。最大の国の危機に対してはパブリックサービスなんだよ、君たちが国を守るのはパブリックサービスだ。日本語で言うならばいろいろなニュアンスのある言葉がひとり歩きしますから、私は今、英語でパブリックサービスと申し上げておるわけですが、これを我々の教育は教えていなかったんだ。そして、このパブリックサービスの中に人間の存在としての、生きがいとしての最大のものがあるんだということはやはり子供たちに教えねばならないだろう。したがって、子供たち凶悪犯罪を見たら、社会と自分との関係、この社会の中で自分がいかなる生きがいを発見し得るのかという視点が全くないように思えて仕方がありません。  また、本改正案から少し離れまして、我々は、少年期は可塑性に富むということで、シャープ、ショート、ショックというスリーSが、可塑性に富む少年の処遇としては一番適切だというふうに認識は共有できると思うんですが、それにふさわしい処遇が今なされておるのかという部分については、重大な改善点として我々は、少年法改正されようが、現行のままでいこうが、今認識しておかねばならないと思います。  最後に、マスコミの問題に触れます。  私は、マスコミは言語を操作して青少年に規範意識を麻痺させているのではないかと思えていたし方ない。例えば売春という言葉を、このごろのマスコミは援助交際という言葉で使う。援助交際という言葉は、何か流行のように使われるわけですね。しかし、その実体は売春である。したがって、売春であるからには、やはり社会は厳しくその行為を禁ずるんだ、これが社会のおきてだという方向で動かねばならないんですけれども、言語操作の援助交際という言葉によって、それが社会ができなくなる。これはマスコミの責任でもあります。  私個人の体験で言えば、私はそうであるからこそ浄化という言葉は使わなかったわけですね、防衛政務次官のときに。強姦という言葉を使った。これは、その実態がかくも悲惨であり、したがって、それを我々は断じて防がねばならないという規範意識を覚せいせんがために使うわけでございますし……
  21. 武部勤

    武部委員長 時間が過ぎておりますので、まとめてください。
  22. 西村眞悟

    西村(眞)小委員 終わります。
  23. 保坂展人

    保坂委員 今の少年による凶悪事件の中でも、被害者の側から見ると納得できないということは確かにあると思うんですね。一例が、茨城県で起きた岡崎君の事件だと思います。  彼は、サッカーの選手で健康そのものだった。学校の後呼び出されて、何人かに追い回されたという、そう近所の方が言っているんです。それで、殴られて、ほぼ即死の状態で亡くなったんですね。遺体の写真を見ると、メリケンサックのような、鉄のようなもので、そういう跡があるわけですね。ところが、その主に殴った少年は、お父さんが警察官、お兄さんも警察官です。最初からおかしかった。両親が呼ばれて、何かいきなり怒られるような捜査の仕方をして、自分の子供は死んでいる、しかしお悔やみの言葉もなくて何だというので、これは茨城県警も異例の謝罪をしたんですね。私は、その謝罪をする過程を見ていましたから、これはちゃんと捜査するんだろうなと思っていたら、とんでもない。検察の方もろくな捜査をしない。だって、被害者の声を聞かないわけですから。結果として、御両親も調書にサインしないものが行っちゃった。検察官はその被害者の両親に話を聞いていないんですから。そして、家庭裁判所で今度は、結局、どういう状況か、法医学の立場から分析をしたところ、とんでもない鑑定が出てきてしまったんですね。もともと心臓が弱い子で、何らかのショックで倒れて亡くなったと。こういうことで保護観察処分。こういう一連の経過を見ていると、これは大変な問題がそこに横たわっていると私も思います。  ですから、今回の政府案にあるような、検察官が関与したら何かうまくいくのかというと、じゃ、検察官はそれだけまともにやっているのか、警察は一体どうなんだ。これだけ警察批判がある中で、ましてや警察官の親と兄がいるような、そういういわば身内意識でかばうのかなという世間の批判も強いような事件を見事にこのようにひどい形で処理をするということを、私は許せないというふうに思いますよ。  被害者立場から見ると、刑事証拠もちゃんと開示をしてほしい、そして、いつだれがどのような形で自分の最愛の子供を殺したのか、あるいは傷つけたのか、そういうことについては開示をすべきだという声、これは当然やるべきだと私は思いますし、そのことと少年保護育成という理念、これは必ずしも矛盾はしないのじゃないかというふうに思います。  ただ、今私たちは、政府が提出している原案には反対です。ここの部分も足らないというところも一つの論拠として反対しているということも申し上げておきたいと思います。
  24. 与謝野馨

    与謝野委員 まず、私ども自民党は、少年問題を少年法だけの問題としてとらえているわけではありません。この中には、教育的な見地からのアプローチも必要ですし、社会学的なアプローチも必要ですし、また精神医学というような高度の専門的な知識からのアプローチも必要だということで、そういう中で総合的に少年問題に対応していくという立場をとっております。ただ、その一分野としてやはり少年法のあり方というものはあるのだろうと思っております。  今保坂委員発言されましたことは大変重要なことでございまして、実は、私個人の意見は、事実認定の部分にはやはり刑事訴訟法的なきちんとした手続がとられるべきであって、何か、年齢がこのぐらいでどうせ少年審判に係るということで、そこで通常の刑事事件のような精密な捜査あるいは証拠収集、動機の解明とかということがなされないというところがやはり事実認定を非常に欠陥の多いものにしているのではないかと私は思っております。  そういう意味では、年少者の事件といえども、やはり刑事訴訟法じゃなくて刑事訴訟法的なきちんとした手続のもとで事実認定が行われるということが必要になってまいりましたし、そういうきちんとした事実認定がなければ、被害者被害者の家族等は浮かばれない。自分の子供が死んだ、事実がはっきりしない、処置もあいまいであるというようなことが許されるはずもないと私は思っております。  年齢問題については、先ほどから何回も繰り返しておりますけれども、十四歳、十五歳というのはもう自我に目覚めた年齢であって、やはり年齢にふさわしい責任をとっていただくということは必要だと思っております。何もこれは万引きとかそういう少年が犯しやすい犯罪について言っているわけではなくて、やはり身体に対する犯罪とか、女性に対する犯罪とか、そういう問題については、十四歳、十五歳のところがぽっかり穴があいているということは、少なくとも私の正義感とか公正感には合致しないし、多くの国民の皆様方も、例えば冒頭に挙げました、夢の島で気の毒な高齢者を撲殺して金品を奪って、しかもその人の処分というのは多分少年院三年ぐらいで済んでしまう、こういうことが本当にいいのかという問題があります。  それからもう一つ保坂さんが提示された問題で、そういう刑罰を強化することが全体の犯罪を予防できるかどうかという問題ですが、アメリカの場合は銃器を保持するということが一般的になっているというところですから、アメリカと直接は比較できません。ですから、一般予防の話ではなくて特別予防の話として、やはり年齢にふさわしい責任というものがあるのだということを少年に自覚してもらわないといけないというのが我々の立場です。
  25. 倉田栄喜

    倉田委員 少年審判審判の対象が要保護性である、ただ、その要保護性の前提として事実の認定が重要である。この要保護性と事実の認定関係が、先ほどの御指摘のとおり、なかなかすっきりと整理できない。この二つの審判のあり方を別々にできればこれも一つの方法かなというふうな思いもいたしますが、私は、それぞれの少年事犯の重大性とか事案の性質にかんがみて、一くくりの少年審判のあり方では対応できないのではないのかという問題意識を持っています。  先般から、リストラティブジャスティス、回復的正義あるいは刑事和解モデルという考え方を提示させていただいておりますが、一つは、少年審判のあり方として、いわゆる被害者も、あるいは少年犯罪が起こった地域責任者も参加する形での少年審判のあり方というのが考えられないのか、これが一つ。  それから二つ目は、検察官関与を認めたとしても、あくまでも同一チームとして結果に責任を持つ少年審判のあり方というもの、これは現行法に検察官がどういう形で関与してくるかということにあると思いますが、あくまでも協力者として関与をするという形での審判のあり方。  もう一つは、いわゆる少年事犯の一番最頂点に位置する非常に重大で凶悪な事案。先ほどの、こういう場合は必要的逆送事件として刑事裁判と同じように扱っていいのではないのかということも一つ考え方だと私も思いますが、その前の段階として、いわゆる伝聞法則、証拠法則、反対尋問権等を保障して、いわば対審的、当事者的構造でやる審判のあり方。否認事件で、重大事件で、少年側もそれを望む、そういうケースの場合は、それがあってもいいのではないのか。  申し上げたように、代表的に三つ、被害者地域も参加する少年審判のあり方、今のあり方に検察官が関与するあり方、さらに、対審的構造でやるような審判のあり方をある程度考えてみてもいいのではないのかと思っています。  今出されている少年法改正の問題点で、いわゆる検察官の抗告権の問題があるわけでありますけれども、私は、今申し上げた第二類型での検察官の抗告権というのは、同一チームとして一つの結論を出すわけですから、それは認めない方がいいだろうと思っています。しかし、第三類型として、伝聞法則、証拠法則、反対尋問権、しかも、凶悪で少年側もそれを望む、しかし、必要的逆送で刑事裁判ではどうかというふうなケースにおいては、そういう審判の類型を認めるならば、そこのケースではあるいは検察官の抗告権があってもいいのかな、そういうふうな考え方も、今精査をしておりますけれども、これから後、ここは小委員会でありますけれども委員会で詰めていただければと思っております。  同時に、誤判とか、あるいは、大人に大多数で囲まれて、非常に迎合しやすい少年が虚偽の自白をやる、あるいは冤罪をやってしまう。これは、少年犯罪の未然防止に、我が国の警察あるいは児童相談所等々の体制を含めて十分なのかどうか。いわゆる警察段階での取り調べ等々のあり方、そこは検察官も裁判官も含めてでありますけれども家庭裁判所の機能の問題、そこに働かれる専門家としての調査官の役割、ここも十分深めて、これが十分対応できるような仕組みということを改めて考えなければいけないのではないのかな、そのような思いを持っております。
  26. 安倍基雄

    安倍(基)小委員 刑罰の問題ですけれども、これはやはり刑の抑止力という要素も考えるべきなんじゃないか。  私は昔、交通事故について四十年前に書いた、ちょっと自己宣伝ですけれども、「道徳価値の発生とその進化」という論文があるんです。その当時、私は、今に交通事故は非常に重罪になるだろうと。当時、四十年前は全然交通事故は大したことなかったんですけれども、これは重罪になるだろうという予言をしたんです。  というのは、交通事故がどんどんなってくると、やはり強く刑罰を科することが必要となる。刑罰を、重いから罪をやらないんだというのは表面的な話で、基本的に少年でも人を殺せばおれも死ぬかもしれないというくらいの意識がちゃんとあるということが抑止力になるんですね。  私はその面で、当時の少年法というのはもともと、少年は悪いことをしない、せいぜい万引きくらいだ、窃盗くらいだ。その辺がやはり、家庭裁判所で和やかにやれという話で、ところが実際上、少年がどんどんと重罪を犯してくるという社会的変化があった。そのときに少年が、情報として、私は大丈夫だと。そうなると、刑罰というのは大人の場合にはある程度抑止力になりますが、抑止力としての刑罰というものもやはり考えなきゃいかぬ。例の報道記者の話も、おれたちの名前は幾らやっても報道されないと。私はやはり、ここでさっき話が出ましたけれども、重罪と軽罪というのは完全に区別すべきだ。重罪を行うときには、やはり刑罰もあり、報道の、要するに匿名もあれだと。  そういうことで、やはり少年法の体系そのものがもともと軽犯罪的なものを重点として出てきた。それが、要するに実態的に変わってきた。私は、処罰の強化というのは当然の話ではありますし、それは長い目で見て抑止力があるんだ。その抑止力というのは結局ほかの被害者を守ることになるわけですから、やはり基本的に、罪を犯した者をかわいそうだ云々と言う前に、要するにその罪によって被害をこうむる者がもっとかわいそうなわけですから、やはり抑止力的な刑罰というのを決して軽視してはならないと私は思います。  その点ちょっと、刑罰を重くするとすぐけしからぬと言われますけれども、これは逆に被害をこうむる人間の方が困るのであって、抑止力としての刑罰というのは決して無視すべきではないと私は思います。
  27. 北村哲男

    北村(哲)小委員 事実認定手続が今の少年審判では不備ではないかというふうな問題がありますが、私は、山形マット事件にしても、あるいは例に出される草加事件、綾瀬の親子事件についても、今の少年法体制審判体制の不備のためにそういった結果が出たのではない、確信はできませんけれども、もう少し今の少年法体制の中でしっかりした捜査が行われておれば、あるいは警察の中でも、少年は大人に向かえば、やったんだろうと言えば、はいと言わざるを得ないような状況に置かれるとか、また逆の立場に立って、やっていないなと言えば、やはりやっていませんと言ったり、いろいろな、ころころ変わるのが少年なんだということを前提にした少年独特の捜査方法があると思うので、そういうのを抜きにして、大人の体制を持ってきて決めつけていって果たしていいだろうかという感じがします。  ですから、山形マット事件、例えばさっき極悪非道な事件と言われました。私は、山形のあそこに行きまして、弁護人にも、学校にも行って実際に見てきましたけれども、あれは別に、亡くなったことについては大変なことですけれども事件そのものは過失犯に近い。子供たちが、マット巻き遊びというのはよくやるんです。私どもも経験があります。その結果、窒息して亡くなられた事件なのであって、それをもって直ちに、極悪非道な事件があるから、要するにそれについてやれと……(杉浦委員「バスジャックのことを言ったんですよ。マットのことを言ったんじゃない」と呼ぶ)そうですか。それはそういうふうに言われた。失礼しました。では、それは間違いです。  だから、事案を一つ一つもう少し見て、今の体制で本当に不備なのか。実は警察の方でうその強要をしたからこういうふうになったんだという、マット事件でもそういうこともその後出ていますし、またその後についても、草加事件、綾瀬の親子事件についても、むしろその前提、捜査そのものに問題があるということが言われておるので、少年法改正の問題ではないんじゃないかという感じがあります。最初に私が申しました、少年法体制というものをもうちょっときっちりすれば、今あるから改正をすぐしなくちゃならぬという問題なのか、あるいは今の体制をもうちょっと強くするのか、あるいは子供に対する捜査問題、あるいは教育の問題、その他のものをしっかりすればそれで済むんじゃないかという気がするんです。  ですから、慎重に、ただ刑罰の問題、厳罰化とか年齢の問題とかということをやれば解決する問題ではないと私は思っています。
  28. 笹川堯

    笹川委員 今の各委員の御意見も非常に参考になりましたが、率直に言わせていただけると、どうも弁護士さん的発想が多いんじゃないのかなというのが率直な感想であります。  西村先生が、本案に賛成なのか反対なのかという議論をというお話であります。私自身は、不満でありますけれども、現在の法案が出ましたので、それについては賛成だということを西村委員にお答えをさせていただきます。  さて、いろいろな事件がございますので、それはそれぞれの特徴があると思いますから、一件一件取り上げておったのではとても間に合いません。  特に私は、一般良識的な考え方から、実は私の社員の息子さんが、十七歳で大変体格のいい人です、大人並みでしたが、ことし、十七人の子供によりまして、けられて、殴られて、肝臓破裂で死にました。私、すぐ行きましたけれども、実は、十七人で殴ったんですが、場所が二つの警察署の管内に分かれておりまして、大変大きな事件になって、報道されました。  これも、両親に言わせると、民事事件で損害賠償請求したいというわけですね。そうすると、今度、十七人の人がそれぞれ訴えられるわけですが、きっちり刑事でしておかないと、うちの子供はどの程度の損害賠償なら応じなきゃならないのかという問題もおのずから差が出てくると私は思うんですね。例えば、従犯でちょっとやった、主犯でぼんとやった、それによっては損害賠償が違ってくるじゃないか。  特にきょうは非常にこれに関心のおありの傍聴人の方もおいででございますので、ぜひ聞いていただきたいんですが、一方では私の会社の社員の子供が殴り殺された。  もう一つは、私の支持者の子供が仲間に加わって、埼玉県で、やはりこれも死亡事件だそうですが、十二、三人でやったそうですが、民事事件でいきなり一億二千万の損害賠償が回ってきた。お父さんはびっくりしちゃって、先生、どうしたらいいでしょうかと言うから、それはおたくのお子さんも多少でも殴ったんでしょうと聞いたら、まあ多少やったんだ、盗人したと言われたので、おまえ、汚名挽回のために、盗んでないなら殴れと言われて、命令されて多少殴ったそうですが、話をよく聞いていると、むちゃくちゃやった人とちょっとしかやらない人がおったそうですが、損害賠償は同じように請求されているんですね。  幾らうちは払ったらいいんでしょうかと。訴えた方はどこからでもごそっと取ればいいのであって、そうすると、ある者は取られるけれども、ない者はいずれにしても払わなくて済むわけであります。これもやはりきちっと刑事裁判をやっておけば、証拠その他でもって準用して、今度民事裁判のときに防御もできる。私は死に至るような暴行には参加していないが、ほかの人は参加したんだろう。  実は、私は具体的な問題に二つ直面をしましたので、いや、これはやはり大変だなと。  だから、法というのは手続ということをよく弁護士さんも言われるんだけれども、法は確かに手続だ。今の少年法手続は、どうも一人の裁判官でこれだけの事件を扱うというのは確かに荷が重いだろう。荷が重いということは、やはり裁判官も能力の限界があるでしょうから、うんと能力のある裁判官のところに行ったときは一人でもできるかもわからぬ、けれども、失礼だけれども、その能力のない人のところに行ったときには難しいかもわからぬ。だから、そういう能力の差で影響を及ぼさないように、やはり平均的なものを考えていただいた方がいいのではないかな。  特に、保坂先生が言ったみたいに、刑罰を重くしたら犯罪が少なくなるんだ、これはもう簡単ですな。だけれども、実際はそうじゃない。では今度は逆に、何もしなくてもいいのかという議論になると、そうはいかない。ただ、冤罪を出さないためには、きちっと裁判をやって、手続をやって、その結果、罪を重くするとか軽くするかとか、それは裁判所が決めることだというふうに私は思いますので、裁判所の範疇まで踏み込む必要はないけれども、やはりきちっとやることが社会正義のためにはいい。  だから、教育で自己責任の確立をしておかないと、そういう大人がどんどん上へ行ってしまうと大変大きな犯罪を犯すし、それと、小さな事件だから勘弁してやれというのは、私は実は反対なんですよ。ニューヨークも、小さい事件を厳しく摘発したら大きい犯罪がなくなってきた。だから、子供のときに小さい犯罪だからいいということになると、大きくなっても許されるんだなんということで拡大解釈しがちだというふうに思いますので、私は、今回の法案はぜひ今期中に衆議院だけでも賛成していただければありがたいな、こう思います。
  29. 武部勤

    武部委員長 まだ木島委員だけ一こま残っております。どうぞ。
  30. 木島日出夫

    ○木島小委員 率直に言って、現在の少年法で欠けているものの一つには、被害者対策が全く欠落しているということがあるということを私は本会議でも指摘しましたし、それは是正しなきゃならぬ。  もう一つ指摘ありましたけれども犯罪を犯した少年の側がその犯罪事実を否認している事件、それについての審理が犯罪事実を認めている事件と全く区別ないのですが、それでいいのかというのは確かにあると私も思うんですね。ですから、少年側が犯罪事実を否認している事件についてどう取り扱うかというのは、検討する必要があるのではないかと考えております。  ただ、そういう切り分けの仕方ではなくて、重大犯罪か軽微な犯罪かで少年法を切り分けるというのは、少年法の根幹にかかわる大きな問題でありますから、それは慎重な検討が必要であろうということを感じております。  そして、抑止力の問題ですが、一般的抑止力と個別的抑止力、少年法の構造というのは保護教育主義とは言われますが、個別的な抑止力を高めるためには、要するに再犯防止には今の教育保護主義の方がいいのではないかという理念で形づくられていると思うんですね。そういう理念が、先ほど来私が主張していた少年犯罪の質が変わっているということとの関連でどういう状況になっているのか、その辺は保護、矯正に当たっている人たち意見をもっともっと聞いてみたいなと思っているところであります。  少年法そのものに一般的抑止力をどう入れるべきか、これは少年法の構造、根本にかかわる問題でありますから、その辺についてはさらに慎重な、幅広い検討が求められているのではないかなという、きょうは個人的な意見も含めまして、そんな問題意識を持っているということだけ指摘しておきたいと思います。
  31. 武部勤

    武部委員長 どうしても発言を求める方、おられますか。  では、保坂君は一分間持ち時間が残っています。
  32. 保坂展人

    保坂委員 例えば年齢、戦前は十八歳で今は二十歳だ、この議論があります。やはりこれは権利義務の関係で、選挙権、つまり正当に社会に参加する権利と同一にそろえるべきだということも議論していかなきゃいけないんだと思います。  以上です。
  33. 武部勤

    武部委員長 他に御発言ございますか。  それでは、次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後零時十五分散会