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1999-11-19 第146回国会 衆議院 外務委員会 第2号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成十一年十一月十九日(金曜日)     午後一時開議  出席委員    委員長 井奥 貞雄君    理事 伊藤 公介君 理事 河野 太郎君    理事 鈴木 宗男君 理事 森山 眞弓君    理事 玄葉光一郎君 理事 藤田 幸久君    理事 赤松 正雄君 理事 西田  猛君       飯島 忠義君    小川  元君       嘉数 知賢君    川崎 二郎君       木村  勉君    櫻内 義雄君       下地 幹郎君    竹本 直一君       戸井田 徹君    山口 泰明君       伊藤 英成君    上原 康助君       近藤 昭一君    坂口  力君       山中あき子君    東  祥三君       吉田 幸弘君    松本 善明君       伊藤  茂君     …………………………………    外務大臣         河野 洋平君    防衛政務次官       依田 智治君    外務政務次官       東  祥三君    政府参考人    (内閣審議官)      安達 俊雄君    政府参考人    (防衛施設庁長官)    大森 敬治君    外務委員会専門員     黒川 祐次君     ————————————— 委員の異動 十一月十九日  辞任         補欠選任   阪上 善秀君     竹本 直一君   川内 博史君     近藤 昭一君   井上 一成君     吉田 幸弘君 同日  辞任         補欠選任   竹本 直一君     阪上 善秀君   近藤 昭一君     川内 博史君   吉田 幸弘君     井上 一成君     ————————————— 本日の会議に付した案件  政府参考人出頭要求に関する件  国際情勢に関する件     午後一時開議      ————◇—————
  2. 井奥貞雄

    井奥委員長 これより会議を開きます。  国際情勢に関する件について調査を進めます。  この際、お諮りをいたします。  本件調査のため、本日、政府参考人として、委員下地幹郎君の質疑に際し、内閣審議官安達俊雄君及び防衛施設庁長官大森敬治君の出席を求め、それぞれ説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  3. 井奥貞雄

    井奥委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。     —————————————
  4. 井奥貞雄

    井奥委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。下地幹郎君。
  5. 下地幹郎

    下地委員 それでは、国際情勢につきまして御質問させていただきます。  安保委員会外務大臣にも質問させていただきまして、沖縄に対するお気持ちもいただきました。そしてまた、そのときの質問でも答えていただきましたとおり、地位協定運用面見直し基準づくりをしっかりとやっていきたい。それで、東総括政務次官は、日米の共同の環境のマニュアルをつくりたいというふうなお話でありましたので、早目にその成果を要望させていただきたいというふうに思っておりますから、どうぞよろしくお願いを申し上げます。  外務大臣は、昭和十二年の一月十五日生まれの六十二歳であります。二十五年後、河野洋平外務大臣は順調に年をとられて八十五歳をお迎えになるはずであります。そのころ外務大臣は、小渕総理の後の後か、その次かわかりませんけれども総理を経験なされて、八十五歳のそのころはどんな人生を送られていると自分で考えていらっしゃいますか。
  6. 河野洋平

    河野国務大臣 どういう状況になっているかわかりませんが、少なくとも静かに暮らすことができるように願っております。
  7. 下地幹郎

    下地委員 静かには暮らしていないと思うんですけれども。もう少し名答弁を答えるとしたならば、私も総理を経験して静かに暮らしていると答えて、質問している委員下地君もいろいろな大臣を経験されている、こういうふうに答弁があればもっとよかったかなというふうに思っておりますけれども、もう少しつけ加えないとまだ総理になれないかもしれませんね。  それで、私は、今二十五年後の想定をさせていただいておりますけれども、二十五年後、アジア情勢はどうなっているんだろうかというふうなものを考えることが大事だと思っているし、今私どもの周辺には三つの大きな不安要素というのがあります。  一つは、やはり中台関係不安要素としてあることは間違いありません。李登輝総統の国と国との関係という言葉中国側が反応している今の現状、そしてこの前石原慎太郎都知事が行かれたときの反応、そして、外務大臣もおわかりのように、平成八年の三月二十三日には総統選挙を控えて、日本の領土、与那国沖六十キロにミサイル発射をされた状況、まあ、安定をしている状況ではないことだけは確かであります。  そしてもう一つは、朝鮮半島情勢平成十一年八月三十一日、テポドン三陸沖日本列島を横断して発射をされた。これは日本危機管理状態も問われましたし、そして朝鮮半島の厳しさがあのテポドン発射でクローズアップされてきたことも確かであります。  そして、ロシア情勢も、日ロ平和条約が締結されていない。今、関係改善鈴木沖縄開発庁長官も一生懸命に頑張られているわけですけれどもエリツィン大統領と今、日ロ平和条約をどう結べるか、結べていない段階で安定しているとも言えない。  この三つ状況が今不安定な要素としてある、これから改善をしていかなければならないと私は思うんです。  二十五年後、このアジア状況がどうなっているんだろうかということと、日本は主体的にこれから外交を進めるという中において、その二十五年後はどんな方向アジアをつくりたいと外交政策でお持ちなのか、主体的に日本がやろうと思っていることなどを少しお話をしていただきたい。  そして、外務大臣には、日本が将来、二十五年後のアジア状況を、どういうふうな目標、そして想定をして今の外交に取り組んでいるのかということをお答えいただきたいし、総括防衛政務次官には、今の軍事状況がどういう状況で、二十五年後に向けてどうするのかという、これをお二方にお聞きしたいと思っております。  外務大臣からお願いします。
  8. 河野洋平

    河野国務大臣 下地議員が御指摘になったように、現在我が国を取り巻くアジア情勢は、幾つかの問題点を抱えていると思います。そうした問題点をこれから我々は克服していかなければなりません。日ロ関係しかり、まあ言ってみれば日中関係も、もっと本当の日中関係というものを模索する必要もあると思います。さらに、一番大きな問題には朝鮮半島の問題があると思います。こうしたことを考えますと、我々は、この二十一世紀を見通しまして、一体どういう状況が出てくるかを相当真剣に考えなきゃならないと思います。  二十五年後、こう議員おっしゃいますが、この二十五年の間に相当な技術革新もまた進むであろう。例えば、情報システムの大変な進歩ということがあれば、日本にいてロシアとも中国とも、あるいは朝鮮半島の人々とも、いながらにして会議ができるという状況になっているかもわかりません。あるいは、交通手段が格段に進歩するということになれば、今日のようにどこへ行くのにも数時間、三時間、五時間、七時間かかるという状況がもっとスピードアップされる。したがって、人の往来といいますか、交流といいますか、そういうものも格段に量的な拡大があるであろうというふうにも思います。  さらに、技術革新によって言葉の壁が取り除かれるということもあるかもしれません。今、我々はやはり、ロシア語が十分できない、あるいはハングルについてもまだまだ自由自在に扱うなどということはとてもできない、中国語もしかりでございますけれども、これらが技術革新によって、大変横着な話でございますけれども、我々が日本語でしゃべれば機械がそれを相手の国の言葉にしてくれる、あるいは相手が何語でしゃべってもそれが同時に日本語で我々に聞こえてくるというようなことになれば、これはさらに理解は深まるという可能性もあると思います。そうした技術革新ということも我々は想定をしなければならないと思います。  しかし、一番大事なことは、政治的に我々がどういう状況をつくり出していくかということを、政治的な決意といいますか、政治的な目標というものを定めなければならないと思います。それは、議員が御指摘になりましたように、ロシアとの関係あるいは中国との関係朝鮮半島関係中国との関係というのは中台関係平穏裏改善されていくということを含めてでございますけれども、さらにはASEANの中に我々がどういう位置を占めるかということもあるんだろうと思います。願わくばこの北東アジアに十分な話し合いのテーブルが置かれて、そのテーブルに着いて十分な理解ができる、あるいは透明性が確保されてお互いの信頼関係が格段に進むということも想定できるというふうに思います。  しかし、これは、一たん違った方向に行くとなるとまた全然別の状況になってくるということも考えなければなりますまい。我々は、よかれかしと思ってよい方向に進む努力をしなければなりませんが、一方でまた、別の状況に動くということも、全くそちらに目をつぶるというわけにはいかないということもあるのではないかというふうに思います。
  9. 依田智治

    依田政務次官 ただいま外務大臣からお話ございました。私も、二十五年後の状況を踏まえて防衛としてどう対応するかということで御質問があるという話でしたので、二十五年前どんな状態だったかということで、四次防の最後ごろ、それから改定しました大綱というのが五十一年につくられているんですが、そのときの状況は、東西の対立というものがだんだん緩和の方向に向かっていましたものの、まだまだ相当な対立状況にあった。それが二十年以上たった今日、ソ連というのが消滅しておる、一方いろいろな事象が多発してきておるというような状況になっておるわけです。  そういうことで、これから二十五年先どうなるかということになりますと、アジア地域冷戦構造は崩壊したものの、やはりまだ依然として不透明、不確実な要素が混在しておる。外務大臣からも指摘があったのですが、私どもが見ましても、なお核戦力等を含む大規模な軍事力が存在しますし、この地域でも経済発展等を背景とする軍事力の拡張や近代化、さらに朝鮮半島というような問題もございますし、大量破壊兵器弾道ミサイル拡散傾向とか、ASEAN地域にはまだヨーロッパのようないろいろな安全保障機構というものが未成熟である。その他、食糧、資源、人口問題、アジア安全保障環境に与える影響というようなものを考えましても非常に不確定要素がある。そういう状況が、我々としては今後、外交努力、あらゆる面で、軍事的にも対話を促進するようにやって、できるだけ軍縮・軍備管理促進とかそういうことをやりつつよりよい環境をつくっていくということが重要じゃないか。  しかし、そうは思いながらも、今日は新しい冷戦後の状況対応しまして、新しい防衛計画大綱というのをつくり、現在、中期防の四年目として防衛力整備を推進しておるわけでございまして、私どもはやはり、今日の状況を踏まえ、また中長期的視点を踏まえながら、着実に一国の防衛のための防衛力整備というものは推進してまいる必要があるというように考えておる次第でございます。
  10. 下地幹郎

    下地委員 三十分しか時間がないので、ぱしぱしと答えられるようお願いしたいと思います。  それで、僕、今二十五年後の話をさせていただいたのは、今沖縄基地問題で期限つきの十五年という話が出ているのです。このところの事実関係だけ施設庁長官にお伺いしたいのですけれども岩国基地ができ上がるときに滑走路千メートルの沖合の基地ができ上がりました。そのときに環境アセスに五年間、そして建設に十年かかっております。このことは間違いありませんね。  この基地問題、普天間基地を移す場合も環境アセスは間違いなくやらなければいけない。それには三年から五年の歳月がかかって、そしてその後に工事を着工してやる。岩国の場合には十五年を要しているということは事実であって、そういうふうな手順になるわけですね。
  11. 大森敬治

    大森政府参考人 お答え申し上げます。  下地先生がおっしゃるとおり、具体的な工事にかかるまでには環境調査を十分やらなければいけないというふうなところであります。具体的にはこれからの問題でございますけれども、確かに岩国の場合においてもそのような期日を要しております。
  12. 下地幹郎

    下地委員 今私が申し上げましたのは、沖縄が、軍民共用の話も出ておりますけれども沖縄の場合には千五百メートルとお願いをしているのです。そういうような中で、環境アセスに最低でも三年から五年かかって、まあ十年の歳月がかかるとして十五年、それから稲嶺知事が言っている十五年のものは三十年後の話なんですね。  今二十五年後の話をお聞きしたときも、技術革新を行ったり、前向きなお答えもいただきました。しかし、不確定な要素もあるというふうにお聞きをしましたけれども、それはよくわかります。しかし、日本外交アジアにおいて間違いなく平和の状況をつくるためにこれから努力をなされるわけでありますから、外務省としてはこの不確定な要素という一つ要素でこの三十年の問題をうやむやにしてはならないと私は思っているのです。裏を返せば、稲嶺知事は三十年間普天間基地をお預かりしましょうと言っていることになっているのです。  そしてもう一つ大事なことは、今即応能力というふうなものが海兵隊には問われているわけですけれども外務大臣がおっしゃったように、昔と違って、兵員の輸送の問題も時間の問題も二十五年後と今では全く違っているのです。三十年後になったらもっと輸送能力即応性というのも技術革新が行われて違った状況になるというふうに私は思っているのです。私は、そういう意味でもこの三十年という問題を政府は明確にしていかなければならない。  きょう稲嶺知事記者会見しております。政策協議会が終わって記者会見をして、十五年の提案条件は求めますかと言ったら求めますと、具体的な条件としてあくまでもこだわりたいと知事は申し上げているのです。私は、いろいろな新聞を見ても、こだわりたいという知事気持ちは間違いないだろうと思っています。  そこで、私は外務省お話をさせていただきたいのは、この前外務大臣地位協定の問題でもお話をしましたけれども、問題は相手があるのですね、アメリカ政府が。アメリカ政府がイエスと言うかノーと言うか。きょうの読売新聞では普天間期限つきにはアメリカが賛成できないというふうに言っているのです。  私は、賛成できるできないはアメリカがお考えになってやるのはいいと思うのですけれども外務省姿勢として、この期限つきの問題をテーブルに上げてアメリカ政府と交渉を私どもはやります、この姿勢が大事だと思うのですね。アメリカがこう言っているからこれはだめですという論議外務省がすると、これはまた同じ論議になってしまう。  私が申し上げたいのは、まず、稲嶺知事のお考えは重く受けとめます、十五年後に検討しましょうではなくて、これを私どもテーブルにのせて、アメリカとは日本政府としてはやりますというふうな姿勢を見せるところから始めることが大事だと思うのです。結果は相手がいるからそう簡単に出ないということはだれしもがわかっているわけでありますから、その外務省姿勢をまず見せていただきたいというふうに僕は思っておりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
  13. 河野洋平

    河野国務大臣 外務省日本外務省でございます。私は日本外務大臣でございます。その役割はきちっと果たしたいと思っております。
  14. 下地幹郎

    下地委員 私はその声を聞いて、外務大臣がしっかりと2プラス2及び日米首脳会談でこの話が出ることを期待しておりますし、この答弁は前向きな答えとして受けとめさせていただきたいというふうに思っております。  それと、時間が来ていますので、今度は話を基地跡地利用の問題に移させていただきたいと思っております。  今普天間、四百五十ヘクタールの跡地の問題が大きな論議を呼んでいますけれども軍転法見直しというのが今大きな山場を迎えております。  私は、この軍転法、今、三年間という期間の中でやると言っていますけれども、その法律をつくって前向きにやってきましたけれども、三年から七年に時間を変えるというのではなくて、環境問題、そしてもう一つ不発弾処理埋蔵文化財処理、そして原状復帰、これを終わってから三年間の中で私は軍転法改正をやっていくことが大事だろうと思っているのです。三年から七年に時間を延ばすというだけじゃなくて、全体の処理が終わってから三年間という期限の中で軍転法見直しをしていくことが地主皆さんにも安心ができる状況をつくれるというふうに思っているのですけれども施設庁としてはいかがかというお話を聞かせていただきたいと思っております。
  15. 大森敬治

    大森政府参考人 お答えを申し上げます。  軍転法の問題につきましては、軍転法改正につきまして、下地先生おっしゃいましたように、期間の問題ですとか、地主の方々が、新たな課題として出てきております環境問題ですとかそれから文化財の問題ですとか、そういうことに対する関連から期間延長の御要望があることは私も十分承知しております。  軍転特措法は御案内のように議員立法として成立したものでございますので、この辺を今後の議論といいますか、新たな環境問題、また文化財の問題、この問題をどういうふうに取り合っていくのかというふうなことでいろいろな議論があると思いますので、その辺を見きわめながらやっていきたいと思いますけれども、確かに下地先生がおっしゃいますような点が非常に大きな課題であるというふうに私どもも認識しているところでございます。  しかしながら、防衛施設庁といたしましては、現在の法律をいかに円滑かつ効果的に運用していくのかということが重要だと思っておりまして、現行法の中でも、環境調査文化財調査について適切な調査ができて、地主の方の不安を解消するような手だてがないものかということで努力してまいりたいというふうに考えているところでございます。
  16. 下地幹郎

    下地委員 だから、今三年から七年の法改正を、この議員立法法改正をしなさいという声ばかり大きいんですけれども、今施設庁長官お話をしたように、今の、この前議員立法でつくった現行法運用面見直しをして、その条件整備を、今長官が言った埋蔵文化財だとか不発弾処理だとか環境調査原状復帰をやって、終わってから三年間という期限に変えるということは今の法の体系の中で可能かどうかを再度お聞きをさせていただきたいと思います。
  17. 大森敬治

    大森政府参考人 お答え申し上げます。  現在の軍転特措法第八条第一項におきまして、返還日につきまして、国は、アメリカ合衆国から駐留軍用地返還を受けた場合において、当該返還を受けた日というふうに規定されておりまして、その返還を受けた日から三年を限度といたしまして給付金を交付することになっております。したがいまして、私どもの解釈といたしまして、今先生のおっしゃったような方法につきましては、現行法改正しないことには難しいというふうに思っているところでございます。  先ほど申しましたように、軍転法運用につきましては、いろいろな経験といいますか、新たな課題が生じておるところでございまして、地元でも、また本国会におきましても、いろいろ御議論があるところでございます。私どもといたしましては、そのような議論を踏まえまして適切に対応したいと考えているところでございます。
  18. 下地幹郎

    下地委員 日米で決めた返還日がありますけれども返還日から三年後に引き渡しになっているんですね。しかし、返還日から三年後の引き渡しの間にこの調査ができないということが物理的にもうはっきりしているわけですから、引き渡し日というものを設定して、その間におやりになる、そういうふうな状況を、その返還日から、後から今の状況を整理して三つをやるというのには、法改正をしてやらなければならない。  どういうところを法改正すれば、これはできるんですか。
  19. 大森敬治

    大森政府参考人 お答えを申し上げます。  先ほど申し上げましたように、現行法は、返還日につきまして、アメリカ合衆国から返還を受けた日というふうになっているわけでございまして、この給付開始期限をどのようにするかというふうな点がまず一つのテーマとしてあると思います。  また、下地先生のおっしゃるように、三年間を限度としているわけでございますけれども環境調査ですとかそれから文化財調査ですとかその他のことについて、三年の間に終えることができるかというふうな点がありまして、この点から三年間の期限が適当なのかというふうな論点があろうかと思います。  したがいまして、起算点をどういうふうに設定するか、また期間をどのように設定するかというふうなことがあろうかと思いますけれども下地先生がおっしゃる御提案の点は、その一つの非常に有意義なといいますか、御意見だと思います。その御意見も踏まえながらといいますか、お聞かせいただき、また、地元でのいろいろな議論ども踏まえながら私どもも検討させていただきたいというふうに思っております。
  20. 下地幹郎

    下地委員 三年から七年への時間の延長のみじゃなくて、原状復帰が、先ほど言ったように、何回も言いますけれども環境調査や、これが終わってから三年間という条件整備をすることが私は地主皆さんのためにもなるというふうに思っておりますから、時間を延ばすだけでなくて、その整備をきちっと法整備の中でやっていただきたいなというふうに私は思っております。  そして、もう一つ大事なのは、返還をされるまでの間と、返還をされた後の跡地利用の問題が非常に大きな争点になってくるわけですけれども、この跡地争点のところで、きょう、稲嶺知事政策協議会で、跡地の再開発が早急に行われるように総合的な調整機能を持つ組織を設定してください、そして二番目には、その跡地開発が執行できるような体制を二つ持ってくださいというふうなことを国の方に要望しているわけなんですけれども、これに関して、国はどういうふうな対応考えておられるのかということをまずお聞かせいただきたい。
  21. 安達俊雄

    安達政府参考人 お答え申し上げます。  御指摘のように、きょう、沖縄政策協議会におきまして、稲嶺知事から、跡地利用円滑化につきまして二点御要望がございました。  一点目は、跡地の再開発が迅速に行われるよう、総合的調整機能と権能を有するような組織体組織を設置してほしい、二点目には、迅速な事業遂行のために、その事業遂行主体に関しての法制整備あるいはその人材、事業資金などの優先配分等、そういった対応を求めたいということでございました。本日の沖縄政策協議会におきまして、これを受けまして政府としての取り組み方針ということを諮りまして、協議会において御了承いただいたところでございます。  御指摘の点に関連しては、基地跡地利用促進については、本日、知事から示された円滑な推進のための法制整備実施体制あり方等について、御要望をあわせ踏まえた上で、有効かつ的確な方策の具体化に向けて取り組むという方針でございます。  私ども、きょういただきました沖縄政策協議会におきますこの取り組み方針のもとで、全力を挙げて本当に有効な対応というものを検討し、取り組んでまいりたいというふうに考えております。
  22. 下地幹郎

    下地委員 抽象論にしかならないと思うんですけれども、私が考えているのは、今、沖縄開発庁の下に沖縄総合事務局というものがありますけれども、あれと同じような、土地も買うことができるし、事業遂行ができる、そういうふうなきちっとした機構を、国が予算措置もできるようなものをぜひつくってもらいたい。これをつくることが私は大事だと思っているんです。  今、ふとしたうわさの中でも、整備公団の中に入れるだとか、第三セクターをつくるだとかというふうなことをおっしゃっている方々がいますけれども、そうではなくて、私は、この沖縄基地問題を、その他の全国の開発と同じ扱いじゃなくて、沖縄総合事務局みたいなものをきちっとつくって、その中で一つ一つを解決していく物事のやり方をやることが大事だろうと思っております。別法人、公社、公団、それに近い形の機構といいますか、それをつくって沖縄のためにやることが非常に大事だろうというふうに思っておりますので、ぜひそのことを後押ししていただきたいなというふうに思っております。  最後になりますけれども河野外務大臣、今の跡地利用の問題と軍転法改正の問題、管轄外だと言わずに、沖縄全体の問題として、政治家としての姿勢を少し最後にお聞きをさせていただいて、もう時間ですので、私の質問を終わらせていただきたいと思っております。
  23. 河野洋平

    河野国務大臣 沖縄県民の皆さんが半世紀を超えて大変厳しい状況の中でやってこられた、そのお気持ちを大事にしたい、こう考えております。一つ一つの事柄が具体的になってまいりますれば、私としてはでき得る限り真摯な態度で対応してまいりたい、こう思います。
  24. 下地幹郎

    下地委員 今大事なことは姿勢です。結果よりも前向きに取り組むという姿勢、僕はそのことが外務省にも防衛施設庁にも問われていることだと思いますから、ぜひその姿勢を見せていただきたいということをお願いして、私の質問を終わります。ありがとうございました。
  25. 井奥貞雄

    井奥委員長 次に、山中あき子君。
  26. 山中あき子

    ○山中(あ)委員 山中あき子でございます。私は十五分間しかございませんので、絞って質問をさせていただきたいと思います。  まず最初に、アロンドラ・レインボー号の件でございます。  インド海軍が十三日にインド洋の沖で発見して、その後十六日の捕獲時には、巡視艇が三隻と航空機二機、威嚇射撃を行って停止をさせて捕獲した、そういうふうに伝えられておりますが、搭載されていたアルミニウム七千トンがそのまま残っているのか残っていないのかとか、さまざまな問題がありますけれども、こういった海賊が最近大変多発しておりまして、インドネシアでは全世界の海賊発生の三一・三%、アフリカが二四・三%、日本でも昨年は全部で十九件でしたのに、ことしはもう既に二十三件になっている。  こういう状況を見てまいりますと、現在は、日本もARFで提案をしておりますし、また国連でもさまざまな話が出ておりますけれども、具体的に、マラッカ海峡において、これはシーレーンも含めて日本にとっては非常に大事なところでございますけれども、このように多国化している海賊に対して何も手だてを講じられないということであれば、これからますます日本というのはねらい目であると海賊の世界で今言われているという報道もございますけれども、このままの状況を続けるわけにはいかない。そういう意味で、ARFの日本提案の中にでも何か具体的なものがあったのでしょうか。まず、それをお伺いしたいと思います。
  27. 河野洋平

    河野国務大臣 まず、外務省として、我が国に関係する船舶が海上において犯罪行為に遭遇し被害を受ける、今回の事件のように邦人乗組員が被害に遭われる、こうした事態を当然のことながら大変重く受けとめております。こうした事態を未然に防ぐ、あるいは、発生した場合に迅速にそれに対応するという体制が必要だと存じます。  私は、とりあえずという言い方は適当でないかもしれませんが、先般日本を訪問されましたワヒド・インドネシア大統領に対しては、インドネシア海域においてこうした事件が起きている例が幾つかある、ぜひひとつこの問題については特段の御配意を願いたいということを直接申し上げました。大統領からは、ああ、パイレーツですかといって、ある意味では意外な問題を日本が大変重要視しているというような感じで受け取られたように思いましたが、同行の人たちからも話を聞かれて、よくわかりました、自分としても十分配意をしますというやりとりがございました。  このように、これらの問題は、それぞれの海域と申しますか、その周辺の国が積極的に関心を持って協力体制をつくるということがどうしても必要になってくると思います。  さらに一方、公海上において問題が発生をするという状況になりますと、またどういう体制が必要かということなどについては、これから周辺国との間に会議を持って、どういう対応をするかということについて議論をする必要がまだまだあると思います。その議論の結果によっては、いかなる体制をつくるかということを考えていかなければならぬと思います。
  28. 山中あき子

    ○山中(あ)委員 日本においても、ことしの二月の「環境ジャパン」の中で、秋元一峰、この方は防衛庁の研究所の方でございますけれども、国連海洋法条約に基づき、地域諸国が海上防衛力で取り締まるなど共同行動を行うべきであるというような趣旨で、オーシャンピースキーピング、いわゆるPKOの海洋版でございますけれども、そういうようなことを考えられないかということを書いていらっしゃいますし、また、「セキュリタリアン」の昨年の六月号で高井晋氏も、やはりこのOPK、オーシャンピースキーピングという概念について述べております。  この定義は、海洋を人類の共同財産と考え、資源管理や環境保全を含む海洋の総合的管理の一環として、海洋の安定的、継続的利用、海洋における紛争の平和的解決を図ること、そういったことを目的としているというふうになっております。  私は、このオーシャンピースキーピングというのも一つ考え方とは思いますけれども、今日本に欠けている視点と申し上げていいかどうか、少しきつい言葉になるかもしれませんが、海の安全保障ということに関して、これは運輸省の所轄の問題であり、しかし海上保安庁の能力あるいは権限にも限界があり、そして海自が出ていくにもさまざまな手続それから制約が加えられている。そういう中で、やはり外交が主導権を握ってといいますか、外務省が率先して国内四つの省庁をあわせたプロジェクトチームをつくって、今のようなオーシャンピースキーピングも一つであって、あと具体的に何ができるかというようなことを研究するプロジェクトチームを早速発足させる時期に来ているのではないかと私は思います。  それを踏まえて、ARF、ASEANあるいは国連においても日本が提言をしていくということで、もちろん大変難しいと思いますけれども、ここはそのような政治の決断が必要なときだと思いますが、そのことについて外務大臣の御見解を伺いたいと思います。
  29. 河野洋平

    河野国務大臣 大変御無礼をしました。先ほど御答弁を漏らしまして、申しわけありません。  ARFにつきましては、我が国からこの問題について具体的に問題提起をいたしまして、各国ともそれに賛同をしておられます。ただ、問題は、どういうふうにしていくかという具体的な方途を探さなければなりません。今後、具体化に向けて、この問題について各国がそれぞれフォローアップをしてこられるに違いない。我が国としても、問題提起をした当事者として、この問題の解決策をどう見出すか、知恵を出していかなければならないというふうに思っております。  いずれにいたしましても、今委員からお話しのOPKも検討すべき課題一つであると思います。しかし、とはいっても、なかなか問題は多いという点も申し上げておかなければならないと思います。いろいろな観点から海上の平和維持は非常に難しい問題で、これまでこうしたことが具体的に各国共通の議論として議論をされ、具体化されたということを私は今までほとんど聞いておりませんが、しかし、これだけ問題が次々と起こってくるということになれば、これに対応する努力が必要だというふうに思っております。
  30. 山中あき子

    ○山中(あ)委員 何もしないでいても何も生まれてこないと思います。やはりチャレンジしてみて、うまくいくかどうかは別としても、ぜひ外務省も率先して具体的な検討をしていただきたいと思います。  それでは、次の問題に移らせていただきます。  朝鮮労働党から村山元総理に招請状が届いたということで、超党派の方たちが訪朝をなさることが決定されましたけれども、どういう位置づけでこの訪問団が行くのかということについて、これは各党が各党の責任で派遣するのか、もしくは政府として、政府の特使のような形で派遣なさるのか、その辺のところを一応きちっと御説明いただければと思います。
  31. 河野洋平

    河野国務大臣 御承知のとおり、我が国と北朝鮮との間には国交がございません。したがいまして、こうした状況の中で、議員外交と申しますか、政党間の交流というものが行われるということはこれまでもあったわけでございますが、それらについて政府が主導的役割を果たしたということではございません。あくまでも議員間あるいは政党間の交流というものが先方との間にあって、そして有志議員の皆様方が集まって訪朝をなさるということでございます。  政府といたしまして、つまり外務省といたしましては、そうした訪朝団から何らかの御要請があれば、つまり外務省が持っているこれまでの知見を提供するということはあり得ると思っております。
  32. 山中あき子

    ○山中(あ)委員 報道などで心配されているとか懸念されているということは、何も条件なしに行くということですけれども、何か要請された場合に、北朝鮮側の今までの行動からいうと、国に対しての要請のような形であちら側が対処してきた場合に、それをもしメッセージとして持って帰った場合に、日本政府としてはどういうふうに対処するつもりでおられるか、もう一度お聞きしたいと思います。
  33. 河野洋平

    河野国務大臣 体制の違う国、しかも国交がないという国との間でこうした政党間の交流とか議員間の交流というのがございますときになかなか難しいのは、体制が違うわけですから、先方が政党、党とおっしゃるときには、それは日本の国における党とは大分違うわけでございますし、また、我が方が議員と言うときには、先方に議員という肩書といいますか立場があるかどうかということも、なかなかぴったり合ったレベルというのがあるかどうかという問題もあると思います。  いずれにいたしましても、その辺の難しさを超えて交流をなさるという場面でございますから、これはあくまでも政党レベル、議員レベルの交流ということになると思います。  そして、今議員お尋ねの、我が国に対して何らかの要求があるということになれば、我が国としては政府がかかわらざるを得なくなるということではないかという御質問の趣旨だと思いますが、私どもはそうしたことをこれまで聞いておりません。そういう要請があったというふうにも聞いておりませんし、今回のように各党、全政党が参加をなさるという中での訪朝でございますから、それは各党がそれぞれの立場から見たり聞いたりなさるわけで、政府に対する要請についても各党にそれぞれの御意見がきっとあるだろうと思います。したがいまして、私どもは、これまでもそうでございましたけれども、今回もこの訪朝に当たって何らかの政府に対する前提条件というものが、物品についての前提条件があるというふうには思っておりませんし、今日までそうしたことはございません。
  34. 山中あき子

    ○山中(あ)委員 ペリー報告の中で、米国の政策として、米国がそうあってほしいと考える北朝鮮政府の姿ではなく、現在の北朝鮮政府にどう対処するかというふうにきちっとかじを切った報告がなされておりますけれども、ことしの十月五日にペリー報告がスタンフォードでなされたときに、私もゲストとして行っておりましたけれども、その中で、北朝鮮のノーマライゼーションという表現をペリーさんが使われました。  私は大変その印象が鮮明でしたので、そのことについて議論をさせていただきましたが、その中で、例えば、もし農業の改革をするということについて日本がその専門家を派遣するとか、健康、保健衛生上、北朝鮮がもっと向上させたいという気持ちであればその専門家を日本が派遣するとか、そういった意味のノーマライゼーションというような発想で、今までの歴史や文化を背景にして考えますと、この北朝鮮の訪問団が、物を持っていくとかお金を持っていくとかということではなくて、そのような形の提案をして、そのかわりミサイル開発あるいは発射というものは停止しろというようなことをメッセージとして伝えていくということを私はぜひ期待したいと思っていますが、そういった現状を認識した上での北朝鮮のノーマライゼーションという発想で、この訪朝団に対して一つのメッセージを発信してもらうということは政府の方からも要請できることではないかと思います。  時間が参りましたので、こういう私の考え方を申し上げまして、それに対しての外務大臣のお考えを伺って、質問を終わらせていただきたいと思います。
  35. 河野洋平

    河野国務大臣 今回の訪朝団につきまして、私どもは、途絶えておりました両国間の話し合いの場というものに対する窓があくのではないか、もし、訪朝が実現して友好的な話し合いができるということであれば、話し合いのテーブルに着くための窓があくのではないかという期待を持っております。議員の訪朝でございますし、各党参加の訪朝でございますから、しかも代表者が元首相ということでもございますから、大変重い訪朝団というふうに私ども考えておりまして、この訪朝団が、今申し上げましたように、訪朝を実現させて友好的な話し合いをして帰ってこられて、それが話し合いの窓をあけるということになっていただければという強い期待を持っております。  それ以上の問題については、今、政府の立場であれこれ申し上げるということは控えたいと思います。
  36. 山中あき子

    ○山中(あ)委員 早くノーマルなお隣になってほしいと願いつつ、質問を終わらせていただきます。
  37. 井奥貞雄

    井奥委員長 次に、西田猛君。
  38. 西田猛

    ○西田(猛)委員 西田猛でございます。  前回に引き続きまして大臣に、そしてまた、できましたらば、東総括政務次官に御質問したいと思っております。  まず冒頭、大臣にお聞きしたいのでございますけれども、前回も私、お聞きいたしました。大臣は、いまだ我が国は周辺の諸国に対してある特別な配慮をしていかなければならない状況にあるというふうなお話をなさっておられました。大臣は、諸外国、特に日本の周辺のアジアの諸国が、今その意味で、我が国に対してどのような認識を持っているというふうに考えておられますか。
  39. 河野洋平

    河野国務大臣 我が国と近隣諸国との間には、正常な形での友好関係というものが保たれるということが何より大事だというふうに思います。近隣諸国の皆さん日本に対して友好的な関係を持とうという努力をしておられるというふうに私は思います。問題が残っている国もございますけれども、一般的に申し上げて、そういう気持ちを持っておられると思います。  しかしながら、やはり歴史に学べ、あるいは歴史というものを忘れることはできないという気持ちは、また一方、持っておられるところもあると思うのです。しかし、それを克服する努力を双方がすることによって、本当の意味の友好的な、正常な形のものができてくるに違いない、そう私は思っております。
  40. 西田猛

    ○西田(猛)委員 おっしゃるとおりだと思います。  それでは、我が国がそういう周辺の諸国に対して特別な配慮をしなくてもよいというか、ごく普通に、ほかの普通の国とのようにおつき合いができる、今でもそうなんだとは思うのですけれども大臣の御認識の中で、全くそういう普通の関係を保つことができるようになるためには、我が国はどのようなことをしなければならないのか、そしてまた、それがどの程度にまで成果が上がればよいなというふうにお考えなのか、ちょっと難しいかもしれませんけれどもお話しいただけますでしょうか。
  41. 河野洋平

    河野国務大臣 今申し上げましたように、一般的に言って、一部の国を除いて、極めて友好な関係を我々は持っていると思います。しかし、それはそれなりの努力というものがあって友好的な関係があるのだ。全く努力なしにそれがあるというふうには、実は私は思わないのでございます。我々には、それだけの我々が通ってきた歴史の道のりというものがございます。それらについては、我々が考えなければならない部分というものはやはりまだ残っているだろうというふうに思っております。
  42. 西田猛

    ○西田(猛)委員 ですから、どういうところをどのようにしていけばいいのかなということを具体的にお聞きしたいんです。  では、今度観点を変えて、憲法にも書いてありますけれども、我が国は国際社会において名誉ある地位を占めたいと思っているんですけれども、しかし、国際社会において名誉ある地位を占めたいと思っている我が国が、例えば、これは本当に一つの例ですけれども、前回も宇宙条約という例を挙げて、その国際的に定説となっている解釈が我が国では実は通用しないと国内の法制当局は言っていると。外務省当局はまた違う見方をしていると僕は信じております。しかし、国内法制的に言えば、宇宙条約の解釈にしても国際的な解釈が実は受け入れられないんだというふうな国が、国際社会において名誉ある地位を占めることができるんですかという私は単純な疑問を持つのですけれども、そういうところをちょっと具体的にお話しいただけませんでしょうか。
  43. 河野洋平

    河野国務大臣 宇宙条約を例に出されたわけでございますが、前回も議員からそういう御指摘がございましたが、条約の解釈は、それはその条約に加わっている国、すべての国が同じ解釈をするということが一番いい、また、そうでなければならないというのが一般的だと思います。  しかし、そうではあっても、やはりその国の周辺状況あるいはその国自身の持つ状況によって、条約の解釈といいますか、狭めた解釈といいますか、非常にストイックな解釈をするという解釈の仕方もありますし、それは非常に精いっぱい、もちろん全体に枠があるわけですから、その解釈の枠を超えて野方図な解釈などできるはずはございませんけれども、とり得る解釈の幅いっぱいに解釈する国もあれば、問題によって非常にストイックに、非常に厳しく、解釈の幅を狭めた解釈をするということもあると思うんです。  日本の国が国際社会の中で、とりわけ近隣諸国との関係考えて、宇宙条約、宇宙における平和というものを考えるときに、他国よりもよりストイックに考えるということはあっても不思議ではないということをこの前は申し上げたつもりでございます。  憲法にしても何にしても、自分自身がその憲法をきちっと持つことによって誇りを持つことができる、この憲法は別に他国のために持っている憲法ではないのであって、自国のために持っている憲法ですから、その憲法を大事にすることによってみずからが誇りを持つことができる、そういうものなんだろうというふうに私は考えております。
  44. 西田猛

    ○西田(猛)委員 今、憲法のお話大臣もされました。ちょうど戦後五十五年もたちまして、私たちは戦争を知らない人間でありますけれども、自分たち一人一人の人間が幸せに、日本が繁栄するためにこそ、私たちは、日本の国が平和で安定しなければいけない、世界も平和で安定しなければいけない、そのことを第一に考えるからこそ、これから我が国はどういうことをしていくのかということを骨太に議論していく必要があるんだと思います。したがいまして、次の通常国会からですか、憲法調査会も両院に設置されますし、そういう意味で、戦後のどちらかといえばタブー視されていたことにあえて我々は挑戦していかなければならないというふうに思っております。  そのような中で、世界の平和と安定のためにより一層積極的に関与していかなければならないと私は考えますが、そのために次の四点に分けて、少しどのようにしたらいいのかを、簡単にお考えを聞かせていただきたいと思うんです。  まず、国内法制、我が国の国内法制的にどのようにしたらいいのか。それから、国内法制にも含まれるかもしれませんけれども、我が国の防衛、安全保障上の仕組みとしてどういうものを考えなければいけないか。それから第三点目に、貿易ですとか国際金融とかの国際経済上の取り組みとしてどのようなものがあるのか。口早に申し上げましたけれども、あるいは、まだ我が国が批准、締結し得ていない条約などの中で取り急ぎ批准、締結しなければいけないものがあれば、それも教えていただきたいと思います。簡単で結構でございますので。
  45. 河野洋平

    河野国務大臣 我が国が国際社会への応分の貢献を行うということは当然のことだと思います。国連を中心とする世界の平和と安定のために我が国が一層努力をしていかなければならないと思います。そういうことは議員のおっしゃるとおりだと思います。  そこで、こうした観点から、国内法制につきましても、今後の国会の審議などを踏まえて検討していかなければなりませんし、安全保障の仕組みについては、これまた、アメリカの存在と関与の確保というものを前提にして、より一層我が国の安全保障というものを考えなければならないと同時に、ARFその他を通じてアジアの安定というものにどう我が国が貢献するかということも必要になってくると思います。  経済は、やがて、我々が注目をしておりますWTOの問題があると思います。世界の貿易のルールを決めるそのWTOに今回中国も参加をする可能性が非常に高くなりましたけれども中国を初めとして世界の各国が参加をして共通のルールのもとに自由な貿易が行われるということが必要で、そのために日本の国がどういう努力をするかということが我々にとって重要だと思います。  条約につきましては、大変な数の条約があるわけでございますが、国際的な合意の上に成り立つ条約でございますから、私どもは、できるだけ早期に国会で御審議をいただいて、国会の場でそうした条約が一つ一つ批准をされていくということの努力が必要だというふうに考えているところでございます。
  46. 西田猛

    ○西田(猛)委員 それでは、東総括政務次官にお聞きしたいのでありますけれども、今大臣が言われたような国際の平和と安定のために寄与する中で、しかしまた、片や我が国の経済ないし我が国自身の繁栄も図っていかなければならないと思っています。  そういう中で、今般、経済構造改革支援のための特別円借款に見られるように、我が国のODAも、国際ルール上可能な範囲で日本の企業自身を利するというか、裨益させるような方向で実施されていっても私はいいのではないかなというふうに思うのであります。  中には、日本の国内の議論を聞いておりますと、ODAはそういうために使ってはならないのであって、とにもかくにも日本のお金を世界の人たちのために使う。それは結構でありますけれども、そういう議論をしていますと、欧米の人たちからは、日本人というのは本当にそう考えているのかということで、そういうことを言っていること自体がむしろ、日本というのは何を考えているのかわからないという、不審ないしえたいの知れない存在だという認識を植えつけているところもあると思います。  はっきりと、私は、これは日本の国民が稼ぎ出した所得であり富でございますから、それを世界の人たちに使っていただくのは大変結構でございまして、そのためにやるべきでございます。しかしながら、それがまた日本の経済や日本の企業を利することとなっても、私は何らこれは妨げられるものではないというふうに考えておりますところ、政務次官、お考えはいかがでしょうか。
  47. 東祥三

    ○東政務次官 西田委員の極めて重要な視点なんだろうと思うんですが、まず、一般論として言えば、あくまでも日本の経済援助あるいはまた開発援助の理念といいますか、それは、やはり国際社会において経済発展あるいはまた経済成長をしていく上で、なかなか自力だけでもってテークオフすることができない、あるいはまた自分たちの描いている成長軌道に乗ることができない、そのためにどうしても諸外国の支援を必要とする、そこに日本が何らかの形で支援の手を差し伸べることによってともに繁栄させていくというところにあるんだろうと思うのです。  さはさりながら、今日の日本状況を見たときに、国際社会において名実ともに最大ドナーカントリーになっている。他方、国内は極めて経済的に厳しい状況に迫られている。我々が日々歩いている中でも、どうして外国に対しての支援をたくさんして我々の地域が裨益されていかないのか、こういう問題も一方において存在する。そういう流れの中で、今御指摘になりました、いわゆる経済構造改革支援のための特別円借款に見られるように、何らかの形で日本企業が裨益するための取り組みが必要なのではないのかという角度から出てきているものなんだろうというふうに思うんです。  西田委員御存じのとおり、一般的に言えば、有償資金協力については、一切日本企業と結びついていない一般アンタイド方式でもってやっている。ところが、特別円借款については、調達条件を原則にして日本タイド、日本と結びつけていて、我が国企業の事業参加の機会の拡大を図るようにしている、そういうものがあっていいんではないのか。  現在、DACの国々においては、OECDを中心にする国々においてはアンタイド化が進んでいるわけですけれども、それらの国々の中では、どうしても競争条件日本よりよければ全部それを持っていってしまう。日本の資金でもってそれらの国々の企業が入札に成功して、日本の企業に裨益していない、そういう状況も見られるわけですから、そういう状況を踏まえた上で、今西田委員の御指摘になっているその視点というのは極めて重要なんだろう。  ちなみに、三年間にわたりまして約六千億円ぐらいの枠があるわけでございますが、現在までのところ、七百億円規模に当たるそういうプレッジがアジアを中心にして行われているということを報告させていただきたいと思います。
  48. 西田猛

    ○西田(猛)委員 内政と外政のバランスのとれた二十一世紀の日本をつくらねばならないと思います。  終わります。
  49. 井奥貞雄

    井奥委員長 次に、玄葉光一郎君。
  50. 玄葉光一郎

    ○玄葉委員 御指名をいただきました民主党の玄葉光一郎です。本日は、河野外務大臣東総括政務次官議論をさせていただくことを大変うれしく思います。  実は、六年前初めて私が当選をしたとき、無所属の議員でございました。新聞記者に尋ねても、玄葉は与野党のどちらに行くのかわからない。そういう中で、私にとりましては第一回の首相指名選挙があって、そのとき細川さんと河野外務大臣の選挙になって、河野外務大臣は御存じないかもしれませんけれども、そのとき私は河野洋平と名前を書かせていただいた。そういう意味で、非常に楽しみにしておりましたし、それだけ期待が大きいということでもございます。  あわせて、その後、私はさきがけという政党に入って、自社さ政権ができたときは同じ与党議員、私は一兵卒でありますけれども、一員として活動をさせていただいた。  一方、東総括政務次官は、私は二期目になって外務委員会にずっと所属をしておりますけれども、同じ野党議員として、時折のみならず、毎回非常に示唆に富む議論を展開されていた、そのことを見ておりました。そのお二人が今、日本政府外交の最高責任者になられたわけでありますから、私としては期待が大きいということでございます。  まず前段に、お二人に自分の任期中にこれだけはやっておきたいということがあってしかるべきなんだろう、私はそう思います。特にお二人は、鳴り物入りで外務大臣、外務総括政務次官におなりになられたわけでありますから、そういう思いも持っておられるであろう、そう思うわけでありますが、お二人にその点について思いを吐露していただきたいと思います。
  51. 河野洋平

    河野国務大臣 大変御丁重なごあいさつをいただきまして痛み入ります。  玄葉議員からお話がございましたように、このたび外務大臣を拝命いたしまして、このポストに座るに当たって一体自分は何をやるかということを考えないではございません。ただ、議員がおっしゃるように、おまえの任期中に何をやるかと言われても、実は私の任期がいつまであるかが余り定かでないものですから、そこは明確に申し上げることが難しいわけでございますが、前回この席で所信について申し上げましたように、とにかく日本外交は、日米関係が基軸であることは申すまでもございませんが、ロシア中国あるいは韓国、そしてASEANの国々、こういった我が国を取り巻く近隣諸国との関係を我々は大事にしていかなければいけない、この関係をよりよくしていく努力をするつもりだということを申し上げました。  あわせて、国連を中心とした国際社会への貢献ということも考えていかなければならぬというふうに思っているわけでございます。  申し上げれば申し上げるほど幅が広くなって焦点がぼけるということもございますが、私は、強いて申し上げればアジアというものを大事にした仕事をしなければいけないだろうということは実は考えているところでございます。  さらに、外務大臣拝命の折に、小渕首相から特別、来年の九州・沖縄サミットについて努力してもらいたいという特につけ加えたお話がございましたので、この点については、私自身も十分考えてこの九州・沖縄サミットの成功に向けて努力をしてまいりたいと思っております。
  52. 東祥三

    ○東政務次官 日ごろから大変に玄葉委員にはお世話になっているわけでございますが、十月五日に外務の総括政務次官を拝命した。御案内のとおり、今回の政務次官というのは今までの政務次官とは異なる、またもう一人山本一太さんというすばらしい政務次官がいるわけですが、明確に総括政務次官というのは、あくまでも外務大臣を補佐していく。また、今までは政務次官がこういう場で委員皆さん方と議論する、そういう機会も与えられていなかった。そういう意味で、第一義的には、私は政府の一員として、外交問題に関しては、外務大臣がまさに就任演説のときに所信表明を皆様方にされた、それらの問題解決のために取り組んでいくその補佐をし、また、同じ意思のもとに問題解決のために全力をかけていくというのが私の職責なんだろうというふうに思うわけでございます。  他方、御案内のとおり、日本というのは、本当に世界各国からいろいろな方々が来られます。当然、外務大臣がすべての国を管轄することはできません。国連加盟国でも日本を含めて百八十八カ国あるわけですから、日本を除けば百八十七カ国との友好関係を築いていきたい。そのうちの一カ国はまだ国交正常化されていないわけでございますが、そういった国々との交流も当然深めていかなければならない。当然、大臣の命に従って、大臣が管轄できないところに関しては我々も頻繁に出ていかなくちゃいけない。そういう意味において、結論として、政府の一員としてどこまでも外務大臣の命のもとに今日本が直面する外交の諸問題に取り組んでいくというところに行き着くのだろうと思います。
  53. 玄葉光一郎

    ○玄葉委員 外務大臣から、特にアジアというものを大切にするというお話がございました。  そのアジアの中の東ティモールへの人的貢献というのが現在取りざたされております。政府はUNHCRの要請に基づいて、PKO法三条だったと思いますけれども、人道的な国際救援活動として、東ティモールではなくて西ティモールに自衛隊を派遣するということを決める、あるいは決めたということを聞いております。  この独立東ティモールに対してどう我が国は向き合うべきなのか。今回の決定も含めて、外務大臣のお考えをお聞かせいただきたいと思います。
  54. 河野洋平

    河野国務大臣 東ティモールの問題は、もう随分長くインドネシアの国内において議論をされてきた、あるいはまた独立運動といいますか、運動が非常に厳しく続いてきたところでございます。それがインドネシアの決定によりまして、住民の直接投票によって独立という住民の意思表示が出されまして、そしてこのたび東ティモールという国が新しく生まれようとしているわけでございます。  こうしたことに対しまして、我が国としてもでき得る限りの支援をしていこうというのが私の考えでございます。東ティモールの人々の人権あるいは生活、そうしたものを考えれば、かなり手厚い支援が必要であろうというふうにも思われます。  他方、東ティモールの独立を認めたインドネシア、これは玄葉議員も御承知のとおり、二億数千万という、アジアでも極めて大きな人口を抱えた国でございますから、このインドネシアが政治的にも経済的にも安定をしているということはアジアにとって極めて重要だというふうにも思います。  したがいまして、東ティモールの問題を考えますときには、東ティモールの問題と同時に、インドネシアの問題ということも一方で考えていかなければならないということもまた私は考えているわけでございます。  今議員お話しのように、東ティモールの独立に我々が支援をするために、このたびUNHCR、国連の難民高等弁務官事務所から日本に対しまして、物資の輸送を手伝ってほしいという御要請がございました。この国連難民高等弁務官からの要請を受けまして、我が国として、インドネシアのスラバヤから、これまたインドネシア・西ティモールのクパンまで物資の輸送業務を我が国が担当する、担うということを、けさほど総理からの指示がございまして、決定をしたところでございます。
  55. 玄葉光一郎

    ○玄葉委員 東ティモールへは私は行ったことはありません。ただ、先般、ジャカルタに行きまして、これまでの歴史等々も聞いてまいりました。我が国のかつてかかわった経緯、あるいは戦場にもなったという経緯等々を考えていくと、おっしゃるとおり、手厚い支援、もっと言えば建設的な共同作業ともいうべきものが必要なんだろう、そう思っているわけであります。  我が党の羽田幹事長と江田参議院議員が東ティモールへ参りました。そのとき多くの方々から聞いてきた声として、ディリにこそ物を運んでほしい。ディリというのは、つまり東ティモールにこそ物を運んでほしいんだ。西ティモールに運んでもらっても、実際は西ティモールはある程度物資不足は解消していて、例えば、西ティモールに避難をしている方々に対して物資を供給しても、むしろ西ティモールに既に住んでおられる方々との差が、逆の差が出てくる。つまり、避難民の方が豊かになってしまう、そういう状況が生まれつつあるというのが実態だったということでございます。  つまり、西ティモールではなくて、東ティモールのディリにこそ物を運んでほしいんだ、そういう声を現地の方々からたくさん聞いてきたということでございますけれども、この声を外務大臣あるいは東総括政務次官はどのようにお聞きをするか、お伺いをしたいと思います。
  56. 河野洋平

    河野国務大臣 まず最初に申し上げなければならないのは、先ほども申し上げましたように、我が国に対します支援の要請がUNHCRから参りましたが、そのUNHCRからの我が国に対する支援要請は、西ティモールに物資を運ぶことを日本に担当してもらいたいという要請でございます。東ティモールへ持っていけ、あるいは東ティモールまで飛べという要請は現在のところございません。したがいまして、我が国としては、UNHCRからの要請を受けて現地調査その他をいたした次第でございます。  一方、御党の羽田、江田両議員が東ティモールへ行かれたというお話は私も直接伺いました。いろいろな状況を聞いてきてくださった、あるいは見てきてくださった。大変ありがたく報告を伺わせていただきました。恐らく東ティモールには日本からNGOで何人かの方が行っておられると思いますけれども、ハイレベルで東ティモールを訪問されていろいろ状況を見てこられた直近の方はお二人だろうというふうに思います。  お二人のお話は、やはり状況は相当、家は壊され、大変悲惨な状況だというふうにも御報告をしておられましたが、一方で、多国籍軍が展開をして非常に不穏な状況だという事態には遭遇しなかったというふうに伺っております。  今のところ、我が国としては、まだ東ティモールの状況について、十分な状況分析というものをするだけの状況になっておりません。私どもといたしましては、でき得る限り東ティモールの状況の報告といいますか情勢を聞いて東ティモールの状況分析をしなければならぬというふうに思っておりますが、現時点ではまだ東ティモールの状況調査に行ったという状況ではございません。  したがいまして、羽田議員、江田議員お話は、それなりに私どもにとっては大変参考になるお話であったことだけは申し上げておきたいと思います。
  57. 東祥三

    ○東政務次官 河野外務大臣の話にすべて尽くされております。  ただ一点だけ、委員がおっしゃった西ティモールに東ティモールから戦乱あるいは紛争を逃れて出ていかれた方々と、そして東ティモールに残っている方々とに差が出てくるという認識に関しては、僕は別の意見を持っております。  問題は、今、西ティモールに東ティモールから流れている約二十数万人、二十六万人とも言われておりますけれども、その中から約五万人前後が東ティモールに戻られている。推定では約十数万人の方々が東ティモールに帰還されるというふうに言われておりますが、約十万人前後の方々が西ティモールに残られる。そこでの国連の支援というものが余りにも行き届いてしまうと、西ティモールに東ティモールから逃れてきた避難民の方々と現地の人々との間に差が生じる、これはいろいろな国々においても散見できる問題ですけれども、そういう問題というのはあるだろう。  ただ、比較の対象として、もし私の理解に間違いがなければ、西ティモールに逃れていった東ティモールからの避難民、難民と東ティモールの差というのは、それは違うのではないのかというふうに思います。
  58. 玄葉光一郎

    ○玄葉委員 私が申し上げたのは、西ティモールに東ティモールの方々が避難している、その方々と以前から西ティモールに住んでいる方々との差ですから。そういう意味なので、今誤解されて答弁されたというふうに思います。  ところで、政務次官、東ティモールへの人的貢献はこの程度で本当によろしいのかどうか。つまり、自由党はと申し上げてよいのかどうか、あるいは東政務次官はと申し上げてよいのかどうか定かではありませんけれども、これまで、例えば多国籍軍へも後方支援をしていこうよ、そのための法整備まで用意しようよというような議論も展開をされていたわけでありますが、本当にこの程度の人的貢献にとどまってよいというふうに政務次官はお考えになられるのか。もう一度御答弁いただければと思います。
  59. 東祥三

    ○東政務次官 先ほど外務大臣がもう既にお述べになっているとおりでございまして、東ティモールに、漠然とした形で、日本として東ティモールの平和と安全また復興のためにできるだけ協力していきたい、こういう前提は常にあるのだろうと思うんです。  問題は、我々は政府ですから、いざ具体的にどういうものを行っていったらいいのか。では、そのときに現地におけるちゃんとしたニーズがあるのか。あるいはまた、そのニーズにちゃんとこたえられる日本の能力があるのか。はたまた、そういうものをやれるという状況であったとしても、どういう枠組みでもってできるのか。こういうものを一連すべて精査していかなくてはいけないわけでございますから、当然日本の場合ですと、いわゆる国連平和協力法案の枠組みの中で、今の状況下においてできるのか、一連の作業が当然必要になってくるわけですね。  したがって、一般論として、当然東ティモールに対してもっと支援をすべきである、ありとあらゆる角度から考えてやるべきである、そういう意見というのはある意味でどんどん出してくださればいいのだろう。しかし、それはあくまでも行政の立場ですから、国民の大多数の人々の理解を得て、そしてそれを具体的な政策として実行していかなければならないわけですから、当然国民の大半の方々の理解が得られるようなものでなければならないのだろうというふうに思うんです。  他方において、ここは立法の皆さん方と議論をしているわけでございますから、それこそ日ごろから国際社会に対しての平和と安全に積極的にいろいろな意見を発してくださっている玄葉委員を初め多くの方々が、いかにして、どのようにして、また何をやったらいいのか、そういう議論を徹底的にしていただいて、そこから得られるものをもとにして政府を突き動かしていただきたいと私は思うわけでございます。
  60. 玄葉光一郎

    ○玄葉委員 私は実はPKO法ができた当時、国会議員ではありませんでした。改めてPKO法を読ませていただいて、非常にわかりにくい法律だなというのが第一印象でありました。  特に、一番注目をしたのは、三条の二号に、覚えておられると思いますが、人道的な国際救援活動の部分がございますね。今回の西ティモールへの自衛隊派遣もこの条文そして条項によって派遣されるのだということでございますけれども、この人道的な国際救援活動にもPKOの五原則、正確に言えば四原則がかかっているということでございます。  五原則というのは、もう言うまでもないことでありますけれども、紛争当事者間での停戦の合意が一つ、二つ目に、紛争当事者の我が国参加への同意があり、また三つ目に、活動における中立性の原則があり、四番目に、条件が満たされないときの部隊の撤収というのがあり、五番目に、武器の使用原則がある。このうち、中立性の原則というのは人道的な国際救援活動なので取り除かれている、そういう理解でありますけれども、この人道的な国際救援活動にもPKOの五原則、正確には四原則というのがかかっているのだなと改めて実は思ったわけでございます。  議論ですから、申し上げれば、考え方として、これから議論していってもよいのかなと思うのは、この人道的な国際救援活動についてPKOの五原則というものを見直していくということは私は一つ考え方なのだろう。あるいは、この人道的な国際救援活動について柔軟な解釈をしていくということも一つ考え方なのだろうな。これは考え方として申し上げているわけでありますけれども、そういう考え方に対して外務大臣はどのようにお考えになられるか。そして同時に、今後、東ティモールへの自衛隊の部隊の派遣というのが、状況に応じてということではあろうかと思いますけれども、十二分にあり得るとお考えになっておられるのかどうか、その点についてお伺いをしたいと思います。
  61. 河野洋平

    河野国務大臣 議員の御質問に正面からお答えすることになるかどうかわかりませんけれども、国際貢献について、本院は、相当長時間にわたって真剣な議論が行われたわけでございまして、その結果、さまざまな角度からの議論というものを踏まえて法案ができ上がっております。今議員が御指摘になりましたPKOについては五原則、さらにPKFの場合には幾つかある項目のうち六項目をサスペンドするという、最終的にはそうした六項目の凍結という条件がついてPKF活動はできるという状況でもございます。さらには、いわゆる宮澤四条件と申しますか、こうしたこともあって、考えようによっては大変厳しい条件をつけて、そして国際貢献ができるという状況でございます。  それで、あれから大分時間もたちまして、我が国の世論も大分変わってきて、国際貢献もっとやるべしという世論が非常にふえてきた、あるいはPKO活動についての理解者がふえてきたという状況も一方にあると思います。しかし他方、考えてみますと、我々が、国際貢献やるべし、それはもう全く私も同意見でございますけれども、国際貢献のために外国に出ていく場合において、厳しい条件のもとに、きちっとした調査あるいはきちっとした条件をクリアして出ていくということが、やはり私はまだ必要なのではないかという気持ちも一方に強いのでございます。  PKO活動というものは、議員に申し上げるまでもないことでございますが、一つ一つさまざまなケースがございます。カンボジアのケースもそうです。あるいはルワンダのケースもそうでございますし、ゴラン高原に出ていったものもそうでございますが、さまざまな状況下でPKO活動に日本から自衛隊の諸君が出ていく、あるいは文民警察の皆さんが出ていく、そういうことを、国の指示によって、政府の指示によってそうした人たちが出ていく場合に、十分な事前調査、そして厳しいと思われるぐらいの条件をクリアして初めてそういう人たちを出すということが、人を派遣する立場に立つとやはり大事なのじゃないかとしみじみ思うこともあるのです。  行くことが大事だ、それはもうだれもそう思います。もう本当にお困りの状況が、テレビで我々の目に映る。何とか行って助けてやりたい、そう思うのは、だれしもそうだと思うのです。しかし、では行ってやってこい、こういう立場に立ってみると、その人たちを国際貢献の場に送り出すについては、やはり国民だれしもが納得する、合意のできる条件を踏まえて出すということが大事だとしみじみ思って、確かに国内の世論で国際貢献やるべしという世論の高まりは感じますけれども、また数字で実際にそういうことは見ますけれども、だからといって、直ちにPKO五原則をもうやめていい、やめていいというのは少し乱暴過ぎますけれども見直していいということになるかというと、そこはなかなか私は慎重にならざるを得ないのです。  それで、今国会の前に、与党三党の皆様方が集まって議論をなさって、与党三党合意というのができました。それによれば、PKFの凍結解除、これはもうきちっと合意ができております。私も、それは当然与党三党の合意に基づいてそこのところは進めたい。法改正の必要がございますから、そうした研究をし、準備を整え、準備が整えばそうしたことにしなければならぬ、するべきだというふうに思っておりますが、これも、与党三党の合意、それにプラスやはり院の御議論、国会での御議論、各党の御議論というものもまた重要だと思います。  そうした御議論も踏まえ、国民の世論というものも見ながらやるということは当然のことだと思いますし、一方PKO五原則については、私は与党の御議論も伺いながら、そして先ほど申し上げましたような気持ちを持って、これには慎重に取り組みたいというのが私の気持ちでございます。
  62. 玄葉光一郎

    ○玄葉委員 今、PKFの一部凍結解除というお話どもあったわけでありますが、今議論になりましたPKO五原則のうちの武器の使用原則というのがあります。PKFを凍結解除して出していくということになれば、恐らくまたこの武器の使用原則という問題も起きてくるのだろう、そう思うわけであります。  というのは、今の法律であれば、日本でPKO部隊あるいはPKFの部隊を、例えば東ティモールだったら東ティモール、これは例えばでありますけれども、出した。ともに、一緒にチームとして活動している他国のPKO部隊があった。例えばカナダと日本のPKO部隊が一緒に活動することになった。そのときに、今の武器の使用原則であれば、日本の要員が危険にさらされたときは、カナダの部隊の隊員は日本の要員を救ってくれることができる。それは武器の使用によって救ってくれることができる。しかし、日本の要員は、すぐそばで一緒のチームで活動しているカナダの要員が生命の危険にさらされたときに助けることができない。そういう実態が現象面としてはあり得るわけでありますけれども、その点について、これは総括政務次官、まず最初にこの問題は御答弁いただけますか。
  63. 東祥三

    ○東政務次官 いわゆる国連平和協力法の中に、委員御案内のとおり、警護任務あるいはまた他の要員を警護する、そういう条項が入っていないのですね。そもそも、今言われている状況というのをにわかに描くのはなかなか難しいわけですけれども、国連平和協力法のいわゆる任務内容を見たときに、今委員が言われているところの要員警護、隊員警護、これは存在しないから、基本的にそれはすることができないわけですね。  そこが果たして委員が言われているところの武器の使用、いわゆる第五原則に本当に当てはまってしまうのかどうなのか、これはまた別の議論なんだろうと思うのですけれども、いわゆる国連平和協力法第二十四条に規定する武器の使用による防衛の対象というのは、自己または自己とともに現場に所在する我が国要員とされているところであり、他国のPKO要員等をこの防衛の対象に加えることについては、その必要性等を含め種々の観点から慎重な検討が必要である。まさに委員がおっしゃられるとおり、平和協力法の中にそれをぜひ入れるべきだ、そういう議論を起こされるならば、ぜひともこの立法の場で議論していただければいいのじゃないのかというふうに思うわけでございます。
  64. 玄葉光一郎

    ○玄葉委員 総括政務次官がおっしゃるとおり、現在の武器の使用と武力の行使の関係についての政府の統一見解は、平成三年九月に出ているようでございます。  それによりますれば、憲法第九条第一項の武力の行使は、武器の使用を含む実力の行使に係る概念であるが、武器の使用が、すべて同項の禁止する武力の行使に当たるとは言えない、自己保存のための自然権的権利である自己または自己とともに現場に所在する我が国要員の生命または身体を防衛することについてはいいのだ、そうなっているわけでありますが、問題は、これで十分なのかという議論であります。  総括政務次官は、かつてガイドラインの審議のときに、私もしっかり聞いておりましたけれども、これでは十分ではない、改めるべきだということを種々主張されたというふうに記憶しているわけでありますけれども、これまでとは違う政務次官である、今外交のいわば最高責任者としての一人になられたわけでありますけれども、その思いというのは今も持っておられるのか、持っておられれば、今それはどうしたのか、その点についてもお伺いをしたいと思います。
  65. 東祥三

    ○東政務次官 僕は物すごい乗りやすい性格ですから、委員のそのお言葉は物すごく胸に熱く響いてきます。  もう何度も別のところでも申し上げておりますけれども、十月五日から私は政府の一員になったのです。したがって、そこでは政府の政策の決定があくまでも個人の見解に優先する、当たり前のことなのだろうというふうに思うのです。しかし、そこで今まで私が主張している意見をそのままもし言えば、それはそれこそ政府はばらばらになってしまいますし、そうであるとすれば、国民に対しての責任を果たすことはできない。  ただ、今委員がおっしゃられているとおり、私は十月の五日に政府の一員になったわけですから、それまではまさに一政治家として、一自由党の議員として、このことに関しての種々の考え方、おのれの信条、そういうものは厳然とあります。しかし、それを今この場で私が申し上げれば、先ほど言ったとおりばらばらになってしまうわけですから、あくまでも政府が今決められている線の上で展開していかなくてはいけない。  したがって、ぜひとも、もし十月五日以前の、僕は二百数十回議論しておりますから、委員会でも述べております、そこに委員が賛同してくれるならば、それに基づいて一生懸命立法府の中で動き回っていただいて、政府を叱咤激励してくれるならば、それに向かって大多数の国民が理解するならば、その方向に行くのだろう。  以上でございます。
  66. 玄葉光一郎

    ○玄葉委員 賛意を示すかどうかは別として、立法府の中で努力をすることもまことに大切なことでありますけれども、そういう考えを持った方が政府に入られた。政府の一員、行政の一員といっても、まさに国民の代表として、政治家である東祥三議員外交責任者になられたわけでありますから、その東総括政務次官政府の中でどういう議論を展開されるのかということも極めて大切なことであります。いや、むしろ、より大切なことなのかもしれない。そういう意味で、政府の中で東次官がどういう議論をされているのか、ぜひお聞かせをいただきたい、そういう思いであります。いかがですか。
  67. 河野洋平

    河野国務大臣 政府の一員になりますと、現在ある法律のもとで最善を尽くすというのが我々の役目でございます。現在ある法律が不十分である、もっといい仕事をせい、こういうことであれば、今東総括政務次官が言われたように、立法府で新たな法律をつくっていただくということが必要になってくるわけでございまして、我々政府の人間は、現行法のもとで最善を尽くすということが一番重要だということをまず申し上げたいと思います。  その上で、玄葉議員にちょっと私から申し上げたいと思いますことは、PKO五原則というものがあってはなかなか仕事ができないだろうということをおっしゃいました。確かに、いろいろと問題はあると思います。これまでPKOで出ていって仕事をしてこられた方が戻ってきて、御自身の体験談から、こういうことであればもう少しうまくいくなということを言われた、それらを今踏まえていろいろと次の仕事の糧にしなければならないわけでございますが、しかし考えてみますと、カンボジアのPKOの皆さんは、あの五原則のもとで出ていったわけです。あの五原則のもとで出ていって立派な仕事をして戻ってこられました。あのときは、カンボジアの皆さん方は、例えば建設工事、つまり道路の補修とかそういったものに非常に積極的に仕事をされて、現地から高い評価を得られたわけでございます。  今六項目が凍結されておりますけれども、凍結をされていない項目の中にも、例えば被災民の捜索とか救出とか帰還の援助とか、そういうところは既にもうそれはサスペンドされずに、現在でもやろうと思えばできる状況になっているわけでございます。そして、そのやれる状況の中でやったカンボジアの仕事は、PKO五原則に基づいてそうした仕事もしているわけでございまして、私どもは、できるだけ我々の仲間が国際貢献で出かけていくときに安全で効果的な仕事ができるように、そう考えるのはこれはもう当然のことだと思います。  そういう状況考えながら、最も効果的に仕事ができる、そうした部分を担うということを考えていきたい。そのためには、UNHCRとの御相談もあると思います。国連に対して、我々がやるとすればこういう部分が我々の一番得手な部分ですよということを申し上げることもあると思います。政治的にやるべき仕事もまだまだあるということを申し上げたかったわけでございます。
  68. 東祥三

    ○東政務次官 外務大臣の言われるとおりでございます。
  69. 玄葉光一郎

    ○玄葉委員 藤田先生の時間を少しいただいて質問しているのですけれども、きょうはずっとPKOの五原則の見直し問題と、あとノー・ファースト・ユースという、核の先制不使用の問題について実は議論したくていたのですが、そろそろ譲らなくてはいけませんから、ちょうどいいところではあるのですけれども、次回にさせていただきたいと思います。  ただ、一つだけ基本的な考え方を、ノー・ファースト・ユースについて、河野外務大臣に、初めてなのでお聞かせをいただきたいと思うのです。  私は、ディアラーティングもいい、ディターゲッティングもいい、日本のあの東京宣言もこれまたいいと思いますけれども、先般外務大臣が核軍縮の問題でおっしゃった、靴の裏からかゆいところをかいているようだ、そういう思いは否めないとおっしゃったわけでありますが、私は、そういう思いがおありならば、やはり何かブレークスルーしていく方途を考えなければいけないだろう。そのうちの一つとしてあり得るのはノー・ファースト・ユースではないか。核兵器の保有国が非核兵器保有国に対して核の使用を禁止することはもちろんでありますけれども、核兵器保有国同士で先制使用をしないというお互いの約束をしていくということはできないものだろうか。  もっと言えば、私は外務委員会でずっと議論を聞いていますけれども、いまだにわからないのは、日本がノー・ファースト・ユースを、先制不使用をアメリカに働きかける、あるいは核兵器保有国に働きかけることでどんな支障が出るのか、いまだに有益な説得力のある答弁あるいは説明をいただいたことがないわけであります。ですから、きょうはもうやめますけれども、基本的な考え方だけお聞かせをいただいて、次の質問のときにまた議論を展開したいと思います。よろしくお願いします。
  70. 河野洋平

    河野国務大臣 核の先制不使用宣言といいますか、そういうことができればいい、そういうことを慫慂すべきではないか、こういう御意見だと承りました。  私は、非常に率直に言うと、核の先制不使用というものができれば、それはいいと思います。しかし、問題は、できる状況かどうかというところが一番問題で、つまり現実的であるかどうかというところに一番問題があると思います。  現在の核保有国の中に、果たしてそういうことを言える立場あるいは言う気持ちになっている国があるだろうかといいますと、それはいろいろその国の御事情もあるだろうと思いますが、なかなかそう簡単にはいかないのが現実でございますし、また、例えばアメリカについて申し上げれば、アメリカがその国の安全を保障すると言っている多くの国に対して、自分は核の先制攻撃はしないと言うことによってその安全を保障できるかどうかという議論というものもきっとあるだろうと思います。  つまり、私が申し上げますのは、核という強大な力によって今国際社会の安全保障というのはバランスがとれているといいますか、力の均衡というものが一つあるというふうに考えますれば、これはなかなかそこをブレークスルーするということは難しいかもしれないというふうに思うからでございます。  議員、どういうふうに見ておられるかわかりませんが、究極的な核廃絶を目指すというのが私の気持ちでございますから、究極的な核廃絶を目指していくというこの考え方を、大変迂遠なようでもあり、それはまことに歩みのスピードの遅いものであったとしても、核保有国の理解を得、そして国際社会全体のバランスといいますか、核のない世界に向けての協調関係をつくり出しながら究極的な核廃絶に向かって進みたい、そのことが、結局考えてみれば一番実現可能な道ではないかと今考えているところでございます。
  71. 玄葉光一郎

    ○玄葉委員 まさに究極的な核廃絶を目指すからこそ、何でブレークスルーしていくのかということなんだろうと思います。  私は、何も抑止力をすべて現時点で否定しているわけではありません。核の先制不使用を働きかけるメリットの方がデメリットを上回るだろう。現実的かという話もありますけれども、御案内のとおり、かなり今世界でノー・ファースト・ユースの動きというのは出てきております。御存じのとおり、ペンタゴンをおやめになられた方々も、おやめになられたから言うのだろうとおっしゃるかもしれませんけれども、かなりそういうことを言い出している状況にあるわけであります。タイミングをはかって働きかけていくということを考えていくべきではないかというふうに私は思います。  きょうは、これで藤田先生に譲らせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。
  72. 井奥貞雄

    井奥委員長 次に、藤田幸久君。
  73. 藤田幸久

    ○藤田(幸)委員 藤田幸久でございます。  河野外務大臣質問をさせていただくというのを大変心待ちにしておりました。私が質問させていただく多分三人目の外務大臣になりますけれども、特に平和というもの、それから民主主義というもの、そして人権というものを標榜される河野外務大臣外務大臣でおられるということを大変喜ばしく思っております。それから、東政務次官、山本政務次官、それぞれ経験のある方が政務次官として、三人で外交を支えられることをぜひお祈りしたいと思っております。  東ティモールについて御質問したいと思いますけれども、東ティモールについて考えますに、日本外交は、問題が起きてからの対応になりますと非常に早いという印象をまた思うわけでございます。  先ほど、外務大臣の方から基本的な考え方といたしまして、日米基軸ということと国連重視ということとアジア重視ということ、私も賛成でございますが、その基本を変えずに、日本外交姿勢といいますか、やり方を大きく変えていく一つの視点が、日本はどうも相手国の政権側を非常に支持してきたという伝統が余りにも強過ぎて、政権と必ずしも一致をしないそれぞれの国の国民の側に立つ姿勢というものが今まで非常に欠けてきたんではないかという気がいたします。  例えば、これは過去のことを幾つか例を挙げますと、日本はポル・ポト政権を承認した非常に数少ない国であったということ、それからミャンマーの軍事政権を承認したのも日本は非常に早かった。あるいは、ティモールに関しましては、インドネシア・スハルト政権に非常に近いという形で来たのは、これは事実であるということ。それから、南アフリカの例えばネルソン・マンデラさんが大統領になる前に日本にいらっしゃったときに、私もいろいろな機会にお会いをいたしましたが、日本政府が大変冷たかった。インドネシアに関し、あるいは東ティモールに関しましても、ノーベル平和賞を受賞された方々が日本にいらしておられたときも、非常に日本政府は冷たかった。去年のことでございます。あるいは、金大中現大統領の拉致事件の政治決着。  思い出すだけでも、日本外交姿勢として、政権側には非常に近い、しかしそれぞれの国の国民側には非常に冷たい印象を与えて、そういう実績というものを列挙されて、事実としても覆せないような実績というものが非常にあるということ。  それで、その政権側に近いということを例えば国民の側に対する配慮ということに切りかえても、日米基軸と国連重視とアジア重視ということとまさに整合するわけであります。ある意味ではアメリカの方が、あるいは国連の方が、アジアの国々の方が、それぞれの国民を支持し、あるいは配慮をしながら政策をとってきたということがあるわけでございますから、私自身はそういう認識を持っておるわけですが、と同時に、恐らくそういう認識を河野外務大臣も共通する面があるのではないかという期待を込めて、まずこの私の認識についてお聞かせをいただきたいと思います。
  74. 河野洋平

    河野国務大臣 それぞれの国の政権の正統性というものは、やはり基本的に考えなければならないと思います。  例えば、どこかの国に、Aという国にBという政権がある、しかしこれはどうも怪しげだ、したがってBという政権を支持せずに、Bという政権に対抗するCという勢力に力を入れて応援をする。仮にそういうことを考えれば、これはもう明らかな内政干渉と申しますか、これはやってはならないことの一つだろうと私は思うんです。ですから、やはり、少なくとも民主主義国家であれば、国民の支持する人が政権を担当するわけですから、その政権の正統性といいますか、その政権を支援するというのは、これはもう原則だろうと思います。  ただ、必ずしも民主主義国家ばかりではない、一部の極端な力によって政権というものが握られているという状況下の場合はどうかということもまたあるわけでございますけれども、それらについても、我々は、その政権がその国を代表するものであるということであれば、基本的に、原則的にその政権を支援する、政権を支援するというよりは、その国を支援するという場合に、その政権を通してその国を支援するということ以外に方法はないんだろうと思っているんです。そうでなければ、その国にはさわらない、政権も支援しない、その国全体を支援しないということはあるだろうと思うんです。全然支援しないというと少し極端になりますけれども、支援の度合いが薄くなるということはあるかもしれません。  しかし、考えてみると、その政権の生い立ちに私はどうしても着目せざるを得ません。得ませんが、それと同時に、その政権が本当にその国の経済の活力を生み出し、そして民生の安定のために努力をしているようにだれが見ても見えるという状況であれば、それはまたその政権を支援することによってその国を支援するということはあるのだろうというふうに思っているわけでございます。
  75. 藤田幸久

    ○藤田(幸)委員 せっかく政治家同士の議論でございますので、言葉じりをとらえるわけじゃない形で今の議論に対して議論を深めさせていただきたいと思います。  今外務大臣は、民主主義の国であるかどうかということも一つの判断基準ということでございましたが、たまたま私が先ほど例を挙げたような国々は、実は、むしろ後に政権がかわった方がより民主的な国家になった国々、ポル・ポト派がしかりでございますし、それから、例えばフィリピンのマルコス政権もそうでございますし、それからインドネシアもスハルト政権よりも今の政権の方がより民主的になってきているのだろう。それから、南アフリカにおきましても、これは白人側の方が非常に、ソフトランディングといいますか、共存しておりますのでまた別でございますけれども、少なくとも、国民側といいますか、つまり政権側でない方々が後に政権をとってより民主的な国になったのは事実であろうという気がいたします。  したがいまして、果たして民主主義国家であったかどうかということになりますと、むしろ政権側以外の方がより民主的な、ということは、より国民の側に立った勢力が存在していたということではないかという気がするわけでございます。  もちろん、現在と当時とで、冷戦下の状況もございますし、今外務大臣がおっしゃいましたような国の成り立ち、経緯も違いますので一概に言えませんけれども、ただ、今例を挙げたような国々にとってみれば、事実が非常に明らかではないかという点が一点でございます。  ということは、先ほども国を代表する政権ということをおっしゃいましたけれども、本当に国民を代表していた政権であったのか。つまり、政権であるというある時期における事実よりも、本当に国民を代表していたのかどうかの方が非常に重要であり、外務省でございますから、日本の国としましても、果たして本当にその国の皆さんを代表している政権であるのかどうかということの検証、情報分析と同時に、政権以外でもその国を代表し得る方々が複数いるという場合には、そういった方々に対しても、少なくとも公平な配慮、内政干渉に触れない形での対応の仕方というのはあるのではないか。  ところが、そういういわば政権以外の国を代表するかなりの方々に対する配慮が欠けていたのではないか。それが結果として、後に政権がかわってより民主的な政権になっているということが、今、先ほど挙げましたような国においてはむしろ明らかではないのかなという気がするのですが、いかがでしょうか。
  76. 河野洋平

    河野国務大臣 どういうふうに御説明を申し上げていいか迷っているのですが、政権にある人と、それからそうではないが国民の支持が大変集まりそうな人といいますかそういう人と、同じように支援したらどうか、こういう御意見のように伺いましたが、もし間違っていましたら後ほどまた御訂正願いたいと思います。  私は、日本からの経済支援、経済援助というものは、特定の人に経済援助をするわけではございませんで、その国の例えば社会的なインフラに対して支援をするとか、その国の農業基盤の整備に対して支援をするとかということになるわけで、この人は次の世代をきっと担うかもしれないからこの人を応援しろという応援の仕方というのは、経済支援の上では、なかなか難しいというか、それは恐らくできないことなんだろうと思うのです。  先ほど私は、議会制民主主義などで国民の衆望を担って政権をとっていればそれが一番いいのだ、こういうことを言いましたけれども、それは中には例外もいて、非常に人気は高いけれども、その結果、財政的には破滅しちゃったということだってあるかもしれませんし、その辺のところはなかなかその判断、評価は難しいところもあるんだろうと思います。  いずれにせよ、我々が支援をするためには健全な社会をつくってもらわなきゃなりません。そして、健全な社会をつくるための正しい政策が行われ、その政策に対して支援をするということも一つ考え方なのではないかと思うのです。  議員のお気持ちの中に、支援をすることが民主化に向かっていく、そして正しい民主主義というものがそこにでき上がっていくことが大事で、そのための支援が非常に重要ではないかというお気持ちがもしあるとすれば、それは支援のための一つ考え方であると思いますが、では、その支援のためのどういう具体的方法があるかということになると、これは本当に慎重に考えないと、先ほど申し上げましたように、内政に干渉するというふうにとられかねないこともあるかと思いますし、実際問題として我々がやるべき限度というものはあるんだというふうに思います。
  77. 藤田幸久

    ○藤田(幸)委員 できるだけ私を理解していただこうという形で答弁をいただくのには感謝を申し上げたいと思います。  ただ、私が申し上げておりますのは、単に民主化支援あるいは経済支援というだけではございません。例えば、マンデラ現大統領が日本に、大統領になる前ですから一九九〇年ごろいらっしゃったときの日本政府の扱い。当時マンデラさんがおっしゃったことですけれども日本政府から仮に経済支援、つまりお金がもらえなくても私はあえて日本に来たのです、なぜならば、日本皆さんと直接自分の意見を交換し、気持ちを伝えることの方がはるかに重要だったからですというふうにおっしゃったことを覚えております。それから、例えば東ティモールのホルタさんなんかも、去年、おととしあたり日本に参りましたけれども政府の余り高官には会えていないわけです。  これはお金が一文も要らないことでございますし、例えばホルタさんなりあるいは当時のマンデラさんに政府の高官が会っても、それをもって内政干渉というふうにはならないのではないか。むしろ、先ほど来申し上げておりますように、日米基軸、国連重視、アジア重視なんという観点からしましても、ほかの国々も、政権をもちろん外交上十分尊重しながら、いろいろな選択肢を持ちながら、いろいろな幅を持っていろいろな人々と会っている。  私は、経済支援よりも、そういう場合には、むしろそういう方々の尊厳を尊重するということの方がはるかに重要な信頼を得る外交ではないか、ある意味では経済支援、民主化支援よりももっと基本的な姿勢の問題ではないかというふうに思っているわけですが、そういった意味での配慮といいますか、と同時にまた、そういったことを外交姿勢としてしていくことが、内政干渉ととられる以上に、そういう相手国の方々及び国際的にも日本の信頼度が、富国有徳という言葉がいいかどうか知りませんけれども、少なくとも有徳という面でもむしろ整合性があるのではないか。そういう意味で申し上げておりますが、いかがでしょうか。
  78. 河野洋平

    河野国務大臣 確かに、ネルソン・マンデラさんが日本に来られたときのことを私も記憶いたしておりますが、こうした方々が日本を訪問されたときに、日本の国内の有志の方々がこれを迎えられました。それ以外にも、現在の韓国の大統領、金大中氏も大変厳しい状況下で何度か日本にやってこられたときのことを私も覚えておりますが、こうした方々は、まさに議員がおっしゃるように、資金的な支援とか援助を求めておられるわけではなくて、むしろ自分の主張をわかってほしい、自分の考え方を理解してほしいという気持ちが非常に強いのだろうと思うのです。そうした方々と、例えば多くの議員の方々が会って話を聞く、そしてその考え方に共鳴なさるなら共鳴したといって激励をするということは、そうした方々にとっては本当に大きな勇気になるということはきっとあっただろうと思います。  ですから、議員のお気持ちはよくわかりますが、その辺に、つまり議員間の交流といいますか、そういうものはあるのではないかというふうに私は思います。  行政府の立場からいうと、外務省が話をする相手はどうしても先方の国の政権ということになりがちでございますし、また、そうでなければ外交というものはなかなか定まってまいりませんから、どうしてもそういうことになる。しかし、そうでない人たちの意見も時にきちっと聞くという幅は必要だろうというふうに私は思います。しかし、議員外交と申しますか、そうした皆さん努力というものは、さらにその幅を広げ、そうした方々を勇気づける、あるいはそうした方々の主張を理解するということができる、そしてそれは非常に意味のあることだというふうに私は思います。
  79. 藤田幸久

    ○藤田(幸)委員 単なる私個人の気持ちとか議員外交のレベルにかこってお考えをいただきたくないと思うわけです。  例えば、ノーベル平和賞を受賞された方々が、G7でもG8でも結構ですけれども、それぞれの国に行かれたときに、政府のどなたがお会いになっているかとか、あるいは、例えばまだ国が安定していない国の野党といいますか、少なくとも政権側にいない、それなりの国民の信頼を得ている方々がそういったG7なりG8の国々に行かれたときに、それぞれの国の政府のどの程度の方々が会っておられるか、それを調べられればその差というのが出てくると思います。  これは議員外交のレベルの話をしているわけではございませんで、外務大臣としての河野外務大臣にお聞きをしているわけでございます。また、世界の流れは非常にそういう流れになっているということの認識から申し上げているわけで、議員外交がどうあるべきかということであれば、外務大臣に御質問していないわけでございます。  その点をぜひ、私は、河野外務大臣としてそういったことについて姿勢を変えていただく、大変いい、河野外務大臣らしい、あるいは河野外務大臣であればこそわかっていただけるような内容ではないかと思いますので御質問しておりますので、そういうことでお受け取りをいただきたいと思います。  時間の関係で次の質問に移りたいと思います。  先ほど玄葉議員の方でも質問しておりましたが、東ティモールに関するPKO協力法との関係でいうところの人道的な国際救援活動ということがございました。この人道的なという意味が非常に重要であると私は思っております。  日本においては、人道的なという意味が、どうも個人のレベルの話とか、あるいは抽象的な話とか、あるいはごく当たり前であって、何もせずに通過してしまうようなというふうにもややもするととられがちなわけですが、人道的なという意味は、平時においてもあるいは戦時下においても、基本的な価値観といいますか、あるいは人権、あるいは人間としての扱いを受けるという、ある意味では平時よりも戦争状態における最低の国際的なルールを守るという意味で実質的な意味があるわけです。  日本語で人道的なという言葉を使いますと、実質的なという意味よりも、何かイメージ的なものが強い、あるいはそういうふうに受け取られることもございますけれども、人道的なという意味は国際的な法律上もございまして、非常に重要な意味であります。したがって、PKO協力法との関係で人道的な国際救援という場合には、極めて重い言葉が使われているというふうに私は思っております。  したがって、先ほど玄葉議員の方から質問がされましたPKO協力法の第三条四号ロ、人道的な国際救援活動を目的とするという意味は非常に大きいわけでございまして、したがって、今度の東ティモールに対する支援、派遣ということをぜひそういう観点からもお考えいただきたいというふうに思います。  そのことを申し上げましたのは、次の質問でございますが、赤十字条約についてお聞きをしたいという関連でも申し上げております。  赤十字条約は、私は今まで何回か質問してまいりましたけれども日本がサンフランシスコ講和条約に加入をする前提、義務として一九四九年の赤十字条約に加入をしているわけです。その改定議定書というのが一九七七年にできておるわけですけれども日本がまだそれに批准をしていないということでございます。  最近もいろいろ、日本が人道法上での後進国というような言われ方もしておりますが、一九七七年の改定議定書になぜ日本がまだ批准をしないのか、その理由をまず簡潔にお答えいただきたいと思います。
  80. 河野洋平

    河野国務大臣 極めて簡潔に申し上げれば、まだ検討が終わっていないというふうに申し上げるべきだと思いますが、それでは、一体どういう検討をしているのかということまで申し上げなければならないと思います。  この問題については、議員から累次にわたって御質問、御提議があったというふうに私も事務当局から聞いております。そして、私ども議論、判断は、少なくとも御指摘の議定書には一定の意義がある、そしてまた、それは我々にとってやらなければならない仕事ではないかというふうに私は見ているわけでございます。  しかしながら、外務省が国際人道法について高い関心を持ち、さらに、締約国数がふえてきているということを考えながらも、まだまだその作業が完結をしないと判断が出せないという状況にあります。これは議員からも御指摘があったようでございますが、いろいろな専門家の方々の御意見も聞くという作業を続けておりまして、この作業は、学識経験者から専門的な知見を伺って、最終的な判断に向けてその参考にさせていただいているという状況に今あるわけでございます。
  81. 藤田幸久

    ○藤田(幸)委員 そういう専門家の検討、そもそも始まったこと自体が二十二年たってからでございますけれども、それも踏まえて、今月の四日でしょうか、ジュネーブの赤十字の国際会議日本の遠藤実大使が出席をされて、追加議定書締結、つまり、コンクルージョンという言葉を使っていますが、締結、コンクルージョンに関し、引き続き必要な検討を行うということを遠藤大使がプレッジしています。ということは、締結へのより具体的な内容の詰めに入っているというふうに理解してよろしいでしょうか。
  82. 河野洋平

    河野国務大臣 御指摘のとおり、我が方政府代表はプレッジを行っております。そして、その裏づけと申しますか、そのことは、このジュネーブ諸条約の実施に係る法整備について、政府全体として取り組むべき性格の問題として検討が加えられてきていると承知をしております。
  83. 藤田幸久

    ○藤田(幸)委員 大臣、知っている範囲でお答えいただきたいと思いますが、もともとの赤十字条約が四九年にできて、日本が五三年に加入をしているわけですが、その国内法がそもそもまだ存在しないのは御存じでしょうか。  一方、国内整備というふうに今おっしゃいました。議定書の方は国内法の整備がということが理由にされておられるわけですが、これは先ほど大臣の方で、国の数もふえているからとおっしゃっていますが、百五十以上、追加議定書へ入っています。四九年の方は、国連の数とほぼ考えていい、百八十一ぐらい入っておる。  それで、国内整備という場合にはどの省庁が担当するかということになるわけですが、ほかの国の例を見れば、百五十も入っているわけですから、日本だけが例えばこれは警察庁がやって、ほかの国は外務省がやるとかいうことはそんなにないわけでございます。私が理解している範囲では、例えば、傷病者と捕虜、第一条約から第三条約に関していえば、普通の国であれば防衛庁がやっているようでございますし、第四条約、文民、シビリアンに関しては外務省、法務省、警察庁、これは国によって行政体系が違いますけれども、そういう形でやっておるようです。  大体こんなところかと思うのですが、その辺はいかがでしょうか。ごくごく単純な話だろうと思いますが。
  84. 河野洋平

    河野国務大臣 事務当局から私に報告が来ておりますことを申し上げたいと思いますが、国内法の整備、どんな国内法の整備が必要かということが大変な問題でございますが、それと同時に、担当省庁をどこにするかということについて決めなければならぬ、これが今議員指摘のとおり、大きな問題になっているという報告を受けております。  引き続き、関係する省庁は多数あるわけでございますが、この多数の省庁とともに、担当省庁を決めるための検討をまだ続けなければならぬという状況というふうに報告を受けております。
  85. 藤田幸久

    ○藤田(幸)委員 報告を聞いておられるというだけでなく、今のような状況をお聞きになって、恐らく大臣自身も、なぜこんなにおくれているのか、今ごろという感じをお持ちになったのではないかというふうに思います。  といいますのは、先ほどのティモールの問題では、コソボにも日本のNGOがたくさん行っております、東ティモールにも先ほど来のお話のように行っております。あるいは、ペルーの人質事件なんかもございました。そういう観点からいたしまして、国内法ができない、あるいは省庁の認定ができないという理由が日本が百五十カ国にまだ入っていない理由とすれば、余りにも整合性がないといいますか、余りにも悲しい寂しい話ではないか。と同時に、今入ること自身が非常に重要な時期に来ているような気がいたしますので、今まで時間がかかっておくれたならば、おくれた分を加速していただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
  86. 河野洋平

    河野国務大臣 正直申し上げて、これまでおくれてきたのには、おくれてきた理由がきっとあるのだろうというふうに思っております。今議員が御指摘のように、とにかく他国に比べて大変なおくれだという認識を私は持ちまして、事務当局にさらに努力をするように命じたいと思います。
  87. 藤田幸久

    ○藤田(幸)委員 と同時に、一九四九年のその条約、私はことし四十九歳ですけれども、ちょうど五十年前の話ですが、その国内法がまだないという。ぜひ外務大臣のリーダーシップで、もちろん、戦後いろいろな条約があったので、必ずしも全部が国内法がないのかもしれません。あるいは、細かい条約で国内法の必要がない条約もあるというふうにも聞いておりますけれども、大きなものあるいは必要なもので国内法のないものについての検討と、それから先ほどの西田議員質問でしょうか、それに対するお答えで、条約がたくさんあるからというお話がございましたが、たくさんあればあるほど、またこれは非常に重要な条約については速やかに対応していただく必要があるかと思いますので、その辺、より具体的に指示を出していただいて御報告をいただき、なかんずくこの二つの条約についてのプロセスを、これは、今国会から答弁外務大臣あるいは政務次官お二人が答弁するというだけじゃなくて、ということは、答弁だけじゃなくてリーダーシップも発揮していただくという意味もあるかと思いますので、その辺について、もう一度大臣の方から決意をいただければ幸いでございます。
  88. 河野洋平

    河野国務大臣 御期待に沿うように努力いたします。
  89. 藤田幸久

    ○藤田(幸)委員 ありがとうございました。
  90. 井奥貞雄

    井奥委員長 次に、松本善明君。
  91. 松本善明

    ○松本(善)委員 きょうは外務大臣に、核兵器の廃絶問題で御質問をしようと思います。  国連総会の第一委員会で、ニュージーランド、アイルランド、メキシコ、スウェーデンなど七カ国から成ります新アジェンダ連合が中心になりまして、「核兵器のない世界へ 新たな課題の必要」と題する決議案がことしも提出をされました。昨年は採択時で三十二カ国だった提案国が、ことしは提出時で五十二カ国にふえました。これは、核兵器の廃絶を目指す取り組みに対する国際社会の運動が高まってきているということの一つの証明だろうと思います。  決議は結局、賛成九十、反対十三で採択をされました。こうした核兵器廃絶を目指す国際社会の動きがある中で、日本は二年連続で棄権をいたしました。また、マレーシアが出しました決議案は、交渉開始を二〇〇〇年と期限を区切っております。日本とこれらの国の立場の決定的な違いは、核兵器廃絶の課題を緊急の課題として期限を区切ってやるかどうかということです。  外務大臣にお聞きいたしたいのは、政府期限を区切ってこの問題に取り組むということに反対なのですか。
  92. 河野洋平

    河野国務大臣 松本議員お話しになりました二つの決議、新アジェンダとそれからマレーシア提出のもの、それと我が国が提出をいたしました究極的核廃絶との違いは、期限を切ってやっているかどうかというふうにお尋ねでございますが、確かに決議にはそうしたことがございますが、私は、結果として、前の二つと我が国が提出した決議案との決定的な違いは、核保有国がこうした決議案に反対をしている、もちろん全部ではございませんけれども、例えば新アジェンダ決議につきましては、アメリカ、イギリス、フランス、ロシアが反対、中国棄権ということになっておりますし、マレーシア主導の決議案につきましても、核保有国の支持はないわけでございます。  私は、核軍縮、そして核の廃絶に向けての国際的世論をつくっていく、そういう作業に大事なことは、核保有国も非核保有国も一緒になって核を減ずる、そして究極的には核を廃絶するという方向に行かなければ、現実の問題として具体的にそうならないだろうというふうに考えている、そこの違いではないかというふうに思います。
  93. 松本善明

    ○松本(善)委員 新アジェンダ連合の提案をしましたニュージーランドのマッキノン外相でありますけれども、彼は、この問題の違いは、核兵器の廃絶を究極の目的ではなくて緊急の課題にする、これがこの決議案の中心なんだ。私は、やはり今核兵器の廃絶の中心問題は、これを究極の課題、いずれ達成をするという課題にするのか、緊急の課題として各国がそれぞれの立場で本格的に取り組むかというところに大きな違いがあるんではないか。  私は、日本が唯一の被爆国として、それから核保有国は反対もしくは棄権という態度をとっておりますけれども日本がこの問題に緊急に取り組むべき課題だという意思表明をするということは、世界の世論を大きく核兵器の廃絶の方向に持っていく上で非常に大きな意味があるんだと思います。その点を外務大臣はいかようにお考えでございますか。
  94. 河野洋平

    河野国務大臣 ニュージーランドのマッキノン外相とは私も旧知の仲でございまして、しばしばこの問題については議論をし、話し合っておりますが、基本的にニュージーランドと我が国との違いの一つは、そのスタートの時点にあると思います。  ニュージーランドは既に非核地帯というものの中にございます。我が国はそういう状況ではないわけでございまして、既に非核地帯をみずからつくってその中にあるニュージーランドは、期限を切って核廃絶という主張というものが、ニュージーランドの人たちとすれば、これは考え方の中にあっても不思議ではないと思いますが、我が国はまだ非核地帯というものをつくるという状況にもなっていないわけでございます。そういう状況下、つまり我が国は、中国ロシアアメリカ、大きな核保有国を周辺に持つという状況の中にあるわけでございますから、そういう中で期限を切って核廃絶という状況に今はないということが一つの違いではないかというふうに思います。
  95. 松本善明

    ○松本(善)委員 非核地帯をつくるという問題については、後から少し議論をしようと思いますけれども、マレーシアの場合には、近くにインド、パキスタンがあるでしょう。インド、パキスタンで核兵器を使った戦争でも始まったら、この地域は本当に重大な安全の問題になると思います。だから、マレーシアが期限を切った核兵器の廃絶の決議案を出すということは、私は本当によく理解ができます。そういう状況の中で、やはり全体として、少しずつ少しずつ、毎年核兵器の廃絶を緊急の課題として取り組むべきだという国がふえているわけです。  外務大臣、現実的でないとおっしゃいますけれども、核兵器を保有している国に期限つきでアプローチをとるように迫るということを日本がすることによって、やはり実効性のある廃絶の道筋を進むことになる。そして、日本がそういう態度をとることによって、核兵器保有国と核兵器を持たない非核保有国との間の対立も解消していく。日本がそういう立場をとるべきではないか、こう考えるんですが、外務大臣、いかがでしょう。
  96. 河野洋平

    河野国務大臣 先ほどちょっと答弁で落としましたけれども、ニュージーランドは、我が国が提出をいたしております究極的核廃絶の決議案の提案者でもあるということをぜひ御記憶にとどめていただきたいと思います。さらにまた、マレーシアも、今私が申し上げましたように、ニュージーランドと同じように、マレーシアはマレーシアとして非核地帯を構成している国であるということもぜひ御記憶にとどめていただきたいと思っております。  ただ、私が申し上げたいと思いますことは、我々は、宣言をしたりパフォーマンスをするということが大事なのではなくて、本当に究極的に核廃絶を行いたいという強い気持ちがあるということをぜひみんな考えなければならないと思うのです。そのためには、やはり何といっても、非核保有国と核保有国が感情的に対立をするというような状況をつくることは得策ではない、お互いに歩み寄ってこの地球上から核を最終的に廃絶をしていく、その努力を一緒にやっていく、そういうことが重要なのではないかというふうに私は今でも思っているのでございます。
  97. 松本善明

    ○松本(善)委員 ニュージーランドにいたしましてもマレーシアにしても、じゃ、これは緊急の課題として取り組むべきだという立場をとって、あるいは期限を切ってやるべきだという立場をとっていながら、しかし、究極的な廃絶というのは反対だということにはならぬということもあり得ると思うんですよ。それは当然あると思うんです。だけれども、焦点は、私はやはり、究極的な廃絶でいいのか、緊急の課題として取り組むべきかというところに来ているんだと思うんです。  それで、外務大臣、いろいろお話しになりますけれども、やはり、アメリカの核保有政策を容認するという立場からなんではないか。私は、アメリカと態度が違っても、何も感情的に対立をするというようなことはあり得ないと思うんです。この問題については、日本は核兵器の廃絶を緊急の課題として取り組むべきだ。もちろん、アメリカも一緒に同じテーブル議論をするわけですから、そのことを提案するということがどうして日本外交的な立場を傷つけるのか、とても理解ができない。日本がそういう立場をとったら、アメリカとの間でそんなに対立が広がりますか。伺いたい。
  98. 河野洋平

    河野国務大臣 私は、議員もよく御承知のとおり、日本は究極的核廃絶の決議案を提案者として提案をしているのです。そして、この提案についてアメリカとも十分話し合って、アメリカもこれに理解を示しているわけです。  今議員がおっしゃったように、アメリカとこういう話をするのは得策でないと思っているのかという意味のことをおっしゃいましたけれども、私は、決してそんなふうには思っておりません。アメリカにも率直に、核廃絶というものを日本が目指している、そして、あまねく核保有国が核廃絶の方向に向かってほしいということを言うことはちっともおかしいことではないというふうに思います。それは、議員も御承知のとおり、NPTを進めていく上でも同じことでございますし、CTBTについても同じ方向だというふうに私は思っているからでございます。
  99. 松本善明

    ○松本(善)委員 その点ではなかなか外務大臣意見が一致はしないんですけれども、やはり、いつの日か核兵器を廃絶したらよろしいということではもうなくなっていると思うんですよ。  私は、そういう点でいえば、もう一歩踏み込んで、国連総会もあります、それまでの間によく議論をされて、やはり、国連総会では究極的廃絶という立場から緊急の課題としてこれに取り組もう、いろいろな問題は、それは保有国と非核保有国との間でそれから議論をすればいいんですから、そういう立場に立って日本外交を進められるように強く主張して、この問題はこれ以上進めましても、外務大臣がさらに進んだ答弁をするようには今の状況では期待できませんので、それを進めていただきたい。もし進んだ答弁があるならば、お聞きいたしますけれども
  100. 河野洋平

    河野国務大臣 ひとつ議員にも、我が国がことし提出しました究極的核廃絶決議案の中身を注意深く見ていただきたいと思います。  何年も何年も、我が国はこの決議案を毎年毎年出しているわけですが、私とて、毎年同じような決議を出して毎年採択されたからといって、ちっともそれは核廃絶に向かって進んでいるというふうには評価をしないのでございまして、今回の決議案はそれなりに、いわゆる東京フォーラムのさまざまな議論を踏まえて、東京フォーラムの議論の中から、究極的核廃絶という決議の中にも文言を挿入して提出いたしておるわけでございます。そうした点にも注目をしていただきたい。  私は、なぜこういうことを申し上げるかというと、こうした決議は、いつもみんながいい、いいと言って採択をされればいいというふうには思わないんです。そうではなくて、やはりぎりぎりのところまで決議というものは毎年進んでいくべきだというふうに思います。そこで、核保有国がううんと考え込むようなところまで私は押し込んでいった方がいい、そういう決議をつくれということを事務当局に指示しているわけです。  さらばといって、この決議が否決をされて究極的核廃絶という考え方が否決をされるというわけにはまいりませんから、究極的核廃絶が支持されながらも、しかし前年よりも前進をするという努力は我々はしなければいかぬと思っているわけでございまして、ぜひ注意深くごらんをいただきたいと思います。
  101. 松本善明

    ○松本(善)委員 総会までの飛躍的な前進があることを期待して、注目をしていきたいと思います。  ところで、先ほどもちょっとお触れになりました非核地帯の問題でありますが、これをお聞きしたいと思います。  現在、世界では、ラテンアメリカ、南太平洋地域、アフリカ、東南アジアの四つの非核地帯条約がございます。これらは、地域的な安全保障の観点から現実に実効性のある核軍縮を進めるというもので、国際社会の平和と安定、核軍縮の推進という視点から、近年発展しつつある注目すべきアプローチだと思います。  ところで、北東アジアの非核地帯化につきましては、七月六日、参議院外交防衛委員会の答弁で高村前外相が、「域内の対立、緊張関係が継続していること、北朝鮮の核兵器開発疑惑がいまだ完全に解消されたとは言えないこと、複数の核兵器国が存在すること等により、非核地帯実現のための現実的環境はいまだ整っていない」として、この地域での取り組みに否定的な考えを示されました。  ところが、この問題は、村山訪朝団の問題も起こっております。北朝鮮問題につきましても、ペリー報告などで、ことしの初めと比べますと大きな変化が出ている。アメリカも韓国も、この問題については平和的解決という方向に踏み出しているというふうに判断すべきだろうと思います。高村答弁のときとも情勢は大きく変わっております。  まず最初に外務大臣にお聞きしたいのは、核兵器の完全な廃絶を目指すという問題については先ほど聞きましたが、その前の段階的な措置として、非核地帯化の役割の問題についてどのようにお考えになっているか、まずその点についてのお考えを伺いたいと思います。
  102. 河野洋平

    河野国務大臣 私は、非核地帯というのは悪い考えではないと思います。しかし、それは、高村大臣お話しになりましたように、北東アジアについて言えばやはり相当厳しい条件があって、その条件がいまだ整っていないという事実もまた、目をつぶってはいけないと思います。  北東アジア状況というものは議員もよく御承知のとおりでございますが、こうした現在の状況を見ておりますと、ここにすぐ議員がおっしゃるような非核地帯をつくり上げるということは、必ずしも容易なことではないと言わざるを得ません。
  103. 松本善明

    ○松本(善)委員 容易なことばかりなら外務省は要らないのであって、容易でないけれどもやらなければならないというのが外交ではないかと思うのです。  それで、ことしの五月五日のCNNとのインタビューで、金大中大統領が、朝鮮半島の恒久的平和と安定の実現に向けて必要なアプローチの一つとして、この問題について触れておられます。韓半島で核やミサイルなど大量殺りく兵器を管理、除去し、軍備管理を実現しなければならないと、朝鮮半島から核兵器をなくす必要を指摘している。アジアの非核地帯化の実現はこの課題にとって非常に現実的な、朝鮮半島の平和のみならず、日本の平和と安全というためにも非常に重要な金大中大統領の提起ではないかと私は思います。  金大中大統領のこの考えについて、外務大臣、いかがお考えでございましょう。
  104. 河野洋平

    河野国務大臣 韓国の大統領として、一つの御見識だと思います。
  105. 松本善明

    ○松本(善)委員 私は、韓国の大統領としての立派な見識というだけにとどまらず、ここからやはり日本外交も、高村大臣が言われたとき、あのころは日本は軍事的な対応ばかりが議論されていたように私は思います。それから私ども外交的な解決というものを非常に重視して言ってきて、今はそういう方向に動いていると思うのです。先ほど申しましたように、情勢も高村答弁のときとは大きく変化をしております。ペリー報告などを見ると、これはもう極めて明白だと思います。  それで、北朝鮮を問わず、この地域で非核地帯化を実現するために、韓国はそういう態度をとっている、中国ロシア、それからアメリカとも話をしなければならないと思います。この問題について、外務大臣は非常に困難な課題だと言われましたけれども日本はこれらの諸国と話をしたことがあるのだろうか、また、これから話をする意思があるのかどうか、これを外務大臣に伺いたいと思います。
  106. 河野洋平

    河野国務大臣 安全保障の議論をするときには、やはり、しっかりとみずからの国を守るという態度、準備、そういうものが必要なんだと思います。ただ単に理論に倒れてはならないというふうに私は思います。  アメリカがペリー報告によって話し合い路線といいますか、非常に平和的な、話し合いによって米朝関係を正常化していこうというふうに政策を転換されたということは大変大きな変化だと思いますけれども、その一方で、それではアメリカの安全保障と申しますか、防衛力、軍事力整備というものがまるで大きく変わったかというと、そうではないと思いますし、韓国が北朝鮮と包容政策といいますか太陽政策といいますかをおとりになっておられますけれども、それもまた、話し合いによって問題を解決しようと言いながら、一方ではやはり軍事的挑発にはきちっと対決するといいますか、対応するということも言っておられるわけでございます。我が国もまた、対話と抑止ということをその基本に置いておるわけでございますから、対話をもちろんしなければなりません、対話をするための努力を我々は大いにしたいと思いますが、一方で、抑止のための準備ということも欠かすわけにはいかないということもぜひ御理解をいただきたいと思います。  そういう状況下でございますから、その中のある部分をとって、何か十のうちこれで二つできた、三つできたというふうなわけにはいかないということを私は考えております。
  107. 松本善明

    ○松本(善)委員 外務大臣、我が国の安全を考える上で、私どもは、再々この委員会でも申し上げましたが、やはり二十世紀の二つの世界大戦の教訓から、人類は国際紛争を平和的に解決しよう、それを大原則にしていこう、我が国の憲法もそういう立場である。  そういう観点で見ますと、例えば北朝鮮で核がなくなる、北朝鮮だけだとなかなかうまくいかないかもしれません、今あるのかどうかもわかりませんけれども、最初から申しましたような全世界的に核兵器の廃絶ということがなされれば、それはもう一遍に問題解決します。そこまでいきませんでも、朝鮮半島に核はない、あるいは朝鮮半島日本の周辺では核は使用しないということが関係諸国の間でまとまれば、日本の安全は本当に飛躍的に拡大しますよ。日本の国民は本当に安心できると思うんですよ。  だから、私は、外務大臣はそういう立場で、それは一遍にすぐ全世界的な核兵器の廃絶までいかなくても、少なくとも日本朝鮮半島、この周辺地域において核はなくそうじゃないか、核兵器を置くことをやめようじゃないか、それから使用することもやめようじゃないかということで関係諸国の合意ができた場合、これは日本の安全にも非常に飛躍的な大きな意味がありますし、世界の平和のためにも大きな意味があると思うんです。  私は、困難であるということ、それはわかりますよ、外務大臣。だけれども、その決意を持って、自民党の総裁も務められたことのある有力な外務大臣ですから、それはもう閣議を動かすぐらいのことは何でもないわけですから、断固たる決意でそういうことをやろうというぐらいの決意はここで表明されてもしかるべきではないかと思いますが、外務大臣、いかがでございましょう。
  108. 河野洋平

    河野国務大臣 我が国の決意は、国連に提案をいたしました決議案に盛り込まれておるのでございまして、我々は、アジアのみならず世界的に、日本の国の核廃絶への決意は示されているというふうに考えております。
  109. 松本善明

    ○松本(善)委員 ちょっと辛口に言わせていただけば、外務大臣、余りに慎重になり過ぎてはやはり事は進まないですよ。無難な答弁というのはそういうことになりましょうけれども、世界を動かしていく、日本を動かしていくというような決意が答弁の中から、なるほど、やはり河野さん、外務大臣になっただけのことはあるなというような答弁が聞かれないものかなということを、私はちょっと残念に思います。後の答弁で補足があればお聞きしたい。  それで、問題は次へ移ります。  アメリカの空母の日本の港湾利用についてであります。十月十九日の新聞の報道でありますが、ガイドライン法で地方自治体の協力問題に関する政府の対処方針が明らかになった。その中で、周辺事態が起きた場合に、米軍の原子力艦船の寄港地については横須賀、佐世保、沖縄のホワイトビーチの三港とするという方針が報道されております。政府はそういう方針を持っているのかどうか、お答えをいただきたい。
  110. 河野洋平

    河野国務大臣 御指摘のような仮定の御質問について、あらかじめ申し上げることは極めて困難であります。  しかし、米軍の原子力艦船の我が国への寄港地としては、横須賀、佐世保及び沖縄が予定されていることは、従来より国会で説明をしてきているとおりでございます。
  111. 松本善明

    ○松本(善)委員 原子力艦船が日本の港を利用する問題では、一番懸念されますのは、やはり事故が起こった場合にどうなるかということであります。  現在、アメリカ海軍は、通常推進力を使用する現役の空母を、今後は原子力空母へ随時切りかえていく方針だというふうに言われております。現在、横須賀を母港としておりますアメリカ海軍の空母のキティーホークは、予定では二〇〇八年に退艦となるということであります。もしこうだとすると、アメリカ海軍の方針では、原子力艦船の空母が母港にするということになってくるのではないか。  そういうことが予想されますので、先日は、横須賀の市長が、東海村の原子力事故の問題を受けまして、横須賀で原子力艦船が引き起こす可能性のある事故の危険性について危惧の意を表明して、政府にガイドラインによる横須賀港の利用について懸念も表明をいたしました。  そこで、外務大臣に聞くのでありますが、政府は、アメリカ海軍が通常推進力の空母を原子力空母へ切りかえる方針を示した、こういう方針を確認しているのかどうか、また、その場合に、そういう方針に基づいて母港として利用させることを認めるのかどうか、その点についての政府方針を伺いたいと思います。
  112. 河野洋平

    河野国務大臣 通常の空母に切りかわるかどうかという御質問でございますが、そうしたことについて、我々はまだ聞いておりません。
  113. 松本善明

    ○松本(善)委員 聞いておられないということだけではなくて、もしそういうことがあったら反対するのかどうか。東海村の事故で、やはり原子力が安全でないということについては、日本の国民は本当に深刻な危惧を持っております。原子力利用の艦船は軍用ですから、これはますます一般以上に危険であるように私は思います。  その問題について、これはもう既にそういう方向が、通常の推進力を原子力にかえるというのは、アメリカ海軍がそういう方向をとっていることは極めて明白なので、聞いていないといいましても、既に予想されることであります。それについて、日本政府は聞いていないからということで知らぬ顔をしているわけにいかないだろうと思うんですよ。  そのことについて、日本政府はどう考えているのか。何も方針はないのか、それは認めるのか、いや、そんなことは認めないと言うのか、そこをはっきりしていただきたい、こういうことでございます。
  114. 河野洋平

    河野国務大臣 ちょっと慌てまして先ほどは答弁を逆にいたしまして、申しわけありません。  通常の推進力の空母が原子力を推進力にする空母にかわるという通告があったかどうか、そういう御質問だったと思います。訂正をさせていただきます。  原子力を推進力にする空母にかわるという通告はございません。そして、今議員がいろいろお話しになりましたけれども、私どもとしては、現在の時点で、いささか仮定の問題について申し上げることは差し控えたいと思います。今のところ、そうしたことは聞いていないということだけ申し上げておきます。
  115. 松本善明

    ○松本(善)委員 仮定の問題と言うけれども、あれば反対するということは言えないのかどうか、これが一つです。  それからもう一つは、この母港化問題については、昭和四十八年の十二月十九日参議院決算委員会の政府答弁で、空母ミッドウェーにつきまして、空母ミッドウェーが横須賀周辺に家族を居住させておる期間はおおむね三年というふうに承知しておりますという見通しを示しておりました。  政府は、予想される原子力空母の母港利用については、やはりこういう関係から、通常推進力の空母も、昭和四十八年段階で三年と言ってそれが延び延びになっておりますけれども、二十一世紀を迎えようとしておるわけですから、空母の利用はこれでもうやめる、二十一世紀は、非核三原則を持つ国らしく、その原則を徹底するという態度を表明するということはできませんか。
  116. 河野洋平

    河野国務大臣 かつての国会でのやりとりを引用してのお尋ねでございますが、昭和五十五年三月二十五日の衆議院の本会議におきます大平総理答弁というのがございます。  この答弁において、今議員が引用なさいました答弁を、その後、昭和五十五年の三月におきまして、大平総理大臣が本会議場で答弁を、何といいますか、改めておることも御承知おきをいただきたいと思います。
  117. 松本善明

    ○松本(善)委員 それはそういう経過もございますけれども、最初はそういう話だったんですよ。それを延び延びにして現在まで来ているわけです。それは、答弁を変えなければ今までやるわけにはいきませんから。  空母というのは、これはもう日本を守るものでないことは明白ですよ。空母というのは攻撃的なんですから。ずっと出かけていって、それでそこから航空機が出ていくわけですから。  やはり、二十一世紀を迎えるに当たって、日本は本当に平和の国だ、攻撃的な基地にはならない、それから核兵器もない、世界の平和の国として全世界から尊敬される、そういうふうになることが、私は、日本が二十一世紀を生きていく上で本当に大事な、いわば日本の存在意義というような、第二次世界大戦の根本的な反省の上に立って、なるほど日本という国は本当に世界で大事な国だ、全世界からそういうような尊敬を集めることが日本の安全保障の上でも最大の重要なことではないか。  そういう観点から、私は外務大臣に、やはりこの問題につきましては、アメリカに、空母の母港にするということはもうこれで終わりにしてほしいということで母港化の問題については決着をする、そういう決意で外交をやるという決意がおありになるかどうかということを最後に伺いたいというふうに思います。
  118. 河野洋平

    河野国務大臣 国際社会から敬愛される国になりたいという気持ちは持っております。しかし、それと同時に、我が国自身の安全保障ということもまた軽視するわけにはいかないと思います。議員の御意見は御意見として伺いますが、現在のところ、今議員指摘のようなことを考えておりません。
  119. 松本善明

    ○松本(善)委員 時間が終わりになりますので締めくくりますけれども、なかなか複雑な国際社会ではありますけれども、やはり軍事よりも外交、平和的な解決、これを世界の世論にするということの先頭に日本が立つ、これが私はこれからの日本の生きていく道ではないか、そういう方向で一層の努力をされることを強く要求して、終わりたいと思います。
  120. 井奥貞雄

    井奥委員長 次に、伊藤茂君。
  121. 伊藤茂

    伊藤(茂)委員 まず、沖縄のことでお伺いをいたします。  けさ方、沖縄政策協議会が開かれたということでございまして、先ほど報道を見ておりましても、稲嶺知事の方が、苦渋の念を込めながら、受け入れざるを得ないという気持ちを述べたとか、新しい協議機関を設置するとか、今後の振興策についての希望や意見交換があったとかいうふうなことを伺っております。  日米共同宣言それから普天間問題、SACO、これらの経過、外務大臣御承知のように、一定の時期は私どもが連立政権の時代でもございまして、いろいろなかかわりを持ち、いろいろな議論もし、また米側ともいろいろな意見交換などをしたことをいろいろと振り返るわけでありまして、同時に、いろいろな意味で非常に重要な段階に入ったというふうに思います。年内、あるいは来年の沖縄・九州サミットまでどういうふうに持っていけるのか、大変な苦労をみんながしなければならぬ状況だなというふうに思うわけでございます。  沖縄問題につきましては、防衛庁、施設庁開発庁など、さまざまの役所がかかわってまいりますが、特に外務省の責任にかかわる分野について幾つかお伺いをさせていただきたいと思います。  一つは、今大きな課題である普天間の移転の問題でございます。  私は、この問題につきましては、前から、二つ注目している文書がございまして、一つは、九八年三月に、アメリカ連邦議会会計検査院、いわゆるGAOの報告、費用のことや何かいろいろと述べていることがございます。しかし、この問題は、特に施設庁関係する部面が多いので、きょうはそれは取り上げません。  もう一つの問題は、一昨年の秋、九七年の九月二十九日でしたが、国防総省がまとめました「普天間海兵隊航空基地の移設のための運用条件及び運用構想最終答申」という文書がございます。  それを読みますと、非常に懸念される中身が幾つかポイントがございまして、日米間の今後の交渉の中でも、腰を据えてどうするのかということではないだろうかというふうに思います。  ガイドラインの審議に参加しているうちに、山ほど資料があって、どこかにファイルにあったものをとじ込んじゃって見つからないものですから、調査室にお手数をかけまして全部英文の原文をまた手に入れまして、ざっと目を通してみました。一、二点だけお伺いをさせていただきたいというふうに思います。  この中にこういう部分がございます。中身は詳細な非常に長いレポートになっておりますが、その中に「構造設計上の要求条件」とございまして、その中のaというところに総括的な試案が書いてございまして、「SBF」、海上施設ですね、「および全ての関連構造物は、四十年の運用寿命、二百年の疲労寿命に耐えるよう設計されなければならない。構造設計基準は、応用可能な基準に従って日本政府開発し、米国の承認を得なければならない。」英文では「シャル・ビー」という表現になっております。また、その他SBFに関連をする施設ですね、メンテナンスとかいろいろなことがございまして、その部分を見ましても、その部分についての設計寿命につきましても、「最低でも四十年間の運用寿命とする。」それらを「明確に立証しなければならない。」という文書がございます。  先ほど、冒頭の部分でしたか、外務大臣の御答弁の中に、我々は日本外務省であり、私は日本外務大臣であるというお話がございました。何も孤立主義という意味じゃなくて、いい意味でのやはり誇りある日本の一員として我々も努力をしなくちゃならぬ、気持ちは私も共通でございます。稲嶺知事が十五年ということを出されておりまして、きょうの沖縄政策協議会の後でも、十五年ということは捨てられませんという意味のことをおっしゃっておられるということでございます。  私は、このペンタゴンの報告で言う四十年とか二百年が、五年、十五年か十三年したら返しますから、平和的ないい空港として末永く使ってくださいという意味での四十年ならまだわかるんですが、この内容はそんなトーンでは全くございませんで、すべて軍事的なレベルから、軍事的な視点からの必要性ということを述べているわけであります。これは、米側、言うならばペンタゴン側の要望ですね。あるいは、海兵隊の要求としてはこういうことになるということの表現でございましょう。これは国防総省としての態度になるというわけでございます。  そういたしますと、稲嶺知事が言っておられる、私は稲嶺さんと立場と考えはちょっと違いますけれども、それにしても、稲嶺知事が現在強く希望をしておられることとこの関係というものについて、腰を据えた議論、あるいは、表現は余りよくないんですが、私ども、昔沖縄復帰闘争の当時には、小指の痛みは全身の痛みということをよく申しました。  沖縄を小指に例えることは失礼な表現かもしれません。しかし、沖縄の仲間も含めて年じゅうそういうことを言われたのでございまして、やはり、同胞の一員としての、また大事な一部としてのそういう気持ちを含めた対応をしなければならないというふうに思いますが、まず、これが読み直してみて非常にひっかかる点なので、どうお考えでしょう。
  122. 河野洋平

    河野国務大臣 けさほど、沖政協といいますか、沖縄政策協議会がございまして、北海道開発長官総理大臣を除く全閣僚が出席をし、そこに稲嶺知事が出てこられまして一緒に会議をしたところでございますが、その際の稲嶺知事お話は、一言一言大変重いものがあるというふうに拝聴をいたしました。この半世紀を超える長い期間沖縄の方々が受けた大変な、精神的な、そして肉体的なさまざまな苦痛あるいは問題というものを考えれば、稲嶺知事の苦渋に満ちた選択ですと言って話をされた言葉は本当に重いものがあるというふうに思いました。  そこで、今議員が御指摘アメリカ側の資料というものも、私は新聞で拝見をしておりますが、それはそれなりに向こう側、向こう側という表現は適当でないかもわかりませんが、アメリカ側の担当者の一つの試算と申しますか、考え方であると思います。  私どもは、やはり沖縄皆さんのお考えというものをきちんと踏まえて対応したいと思っているものですから、けさのお話には、その沖政協の中では、稲嶺知事は今議員お話しのような具体的なお話がございませんでしたので、私は、今ここでコメントをするのは控えるべきだと思います。いずれ知事から正式なお話があれば、そのときに真剣に考えようというふうに思っております。
  123. 伊藤茂

    伊藤(茂)委員 稲嶺知事がおっしゃっている重点にもう一つございまして、軍民共用化ということをおっしゃっておられることを伺っております。  一体こういうことができるんだろうか。今までのアメリカ側あるいは国防総省側からのこういうものにはそういう発想はもちろん全然ございません。きのう、今週号の「世界週報」を読んでおりましたら、そのことについて何かちょっと記事が書いてございまして、それを思い出したんですが、アメリカの中で、軍民共用化についてはアメリカ側の専門家、例えばアーミテージ元国防次官補などは、滑走路を複数つくる、複数といっても何本もというわけではありません。例えば、一本ではなく二本つくるというふうなことであれば可能かもしれないということで、考慮の余地があることを明らかにしているというふうなことがございました。  私は、今の普天間状況からどう移転するのか。今計画されている縦横何メートルという計画を見ますと、軍民共用化、やがては民の空港として活用できるというようなことを考えますと、これも非常に難しい、厳しい問題ではないだろうかというふうに思います。  しかし、これらについても、私は意見がちょっと違いますけれども、少なくとも、今の知事なりなんなりそういうものをどう受けるのか。地元の意向をきちんと受けてやりますということを、総理政府の方も再三関係者は繰り返されているわけでありまして、では、こういう報道、例えばアーミテージさんは、滑走路を二本つくればいいかもしれないよと言っているわけでございますけれども、どういう姿勢で臨まれますか。要するに、これからが私は大変なところだというふうに思いますが。
  124. 河野洋平

    河野国務大臣 稲嶺知事が選挙戦に臨むときに公約の中に幾つかこの問題について述べておられます。それは、その中に共用ということも言っておられるわけでございまして、知事さんの頭の中にそういうことがあるなということは私どもは十分推測をすることができるわけでございますが、これまた知事さんも非常に慎重なのでしょうか、あるいは、そういうことを言う場がまた別にあるということでございましょうか、けさの沖政協にはその話も実はございませんで、知事から具体的に知事のお考えをまだ伺う場面に至っておりません。いずれそういう場面が来るのだろうと思っておりますが、そのときの知事さんのお考えというものをよく伺いたいというふうに思っております。  先ほど下地議員に申し上げましたように、私どもの立場というものをきちんと踏まえて、でき得る限りの努力をいたしたいというふうに思っております。
  125. 伊藤茂

    伊藤(茂)委員 これは大臣気持ちの問題ですね。現実にアジアのさまざまのパワーバランスの状況がある、これが現実であります。また、何か我々国民が沖縄にすべてを押しつけるような、これはいつまでもやっているわけにまいらぬ、沖縄状況を何とか打開したいということも、ある意味では党派を超えてみんなが共通に持っている気持ちであるというふうにも思うわけであります。  そうなりますと、今の大臣の御答弁だけではなくて、そういうものを、本当に県民の気持ちも受け、そしてまた多くの国民の皆さん理解も受ける。最近の沖縄の世論調査の数字なども見ておりますけれども、やはり多くの人は県内移設には反対の空気が強い。あえてぎりぎりいって半々とかいうような形が出ているわけでありまして、戦後五十数年の歴史も考えながら、姿勢の問題か、あるいは気持ち、決意の問題としてそれらのものをしっかりと受けて、米側と腹を割った本当の議論をするんだ。  大臣河野さんも大臣の時代でしたからよく御承知のように、あの少女暴行事件の当時でも、ペリーさんとかモンデールさんとか、私ども小さい政党でも本当に機会を見ては非常に気持ちの通じた議論をされたというふうに思います。そういう意味での姿勢気持ちを持った努力が必要なんではないだろうか。十五年とか軍民共同とかいうようなことが言われておりますが、何かあいまいもことしてそれすらも消えてしまうようなことでは展望が出ないんじゃないかと思いますが、重ねて、いかがでございましょうか。
  126. 河野洋平

    河野国務大臣 繰り返しの御答弁で恐縮でございますが、稲嶺知事の御判断というのは、まさに苦渋に満ちた、さまざまな方々の意見を踏まえて最後の判断をなさるという場面に今近づいているのだというふうに私は思います。  繰り返して恐縮ですが、沖縄県民の心情を考えますれば非常に難しい判断だろうと思います。そういう県民の気持ちを一番代表される知事としてここで判断をされるわけでございますから、その御判断をできる限り大事に、そして真摯な態度でこれを受けとめて、誠実にでき得る限りの努力をするという気持ちでございます。
  127. 伊藤茂

    伊藤(茂)委員 重ねて、もう一つだけ気持ちをお伺いしたいと思います。  いずれにしろ、今沖縄の苦悩が置かれている構造というものは、これはアジア情勢一つの象徴にかかわる問題であるし、あるいは日米関係の中での一つの現実の象徴とも言えるということではないだろうかと思います。私は、沖縄・那覇とそれから政府・東京、それからワシントンあるいはアジア、そういうものの関係、そういうものの構造に新しい時代をつくるというぐらいの展望を持たなければこの問題は打開できない、海兵隊の存否の問題ももちろん解決もできないという構造だと思います。  そういう意味から申しますと、非常に難しいものだと私は思いますが、九州・沖縄サミット、ミレニアムの節目あるいは二十一世紀への節目のときと、総理もいつもそうおっしゃっている。外務大臣も所信の中でそのことも強調されておりました。そうなりますと、そういうものを解決する、しかも、アジアで開かれるということですから、エリツィンさんが来ないとか中国をお呼びするかどうかとかいろいろな問題、それは別にしまして、そういう意味でいって、沖縄で開かれる首脳会議から、次のアジア・ビジョンか次の時代か、ひとつ方向づけでも展望でもいいからそういうものを出していくというものがあって、初めて政治家としてあるいは政府として責任を多くの方々に語れる、あるいは内外にメッセージを送るというものではないだろうか。  大田さんが知事のときに、基地返還アクションプログラム、二〇一五年までというプランを三段階、五年刻みでという案を出されました。第一段階に焦点が普天間ということですが、あのときに大田さんと会いましたら言いましたのは、長い厳しい基地反対、基地返還要求闘争という形はやめましょう、やはりもっと希望のある沖縄の将来像を現実的に具体的にかいて県民運動で一歩一歩そこに近づく、そういうことをしたい。ただ、心情的には非常に立派なことだというふうに思いました。それが非常に百点がつくようなレポートであるかどうかは別にして、そういう方向で出された。  しかも、当時自社さの与党の中では、私も何遍もサインしましたからあれなんですが、御承知だと思いますが、国際都市構想を含めて沖縄のビジョンを重く受けとめて努力をするという言葉は、何遍も繰り返し、実は合意の言葉として今でも記憶に残っていることでございます。全然違ってしまったというわけではないでしょうね。いかがでしょうか。
  128. 河野洋平

    河野国務大臣 沖縄に対する考え方は、一貫して変わらないものがございます。来年の九州・沖縄サミットというものは非常に重要だと小渕総理も述べておられるように、私もこれは極めて重要なものだと思っております。  時あたかも二〇〇〇年という節目の年でもございます。そして、総理の御勇断で沖縄という東京以外初めての地方都市、そしてそれは日本の最もアジアに深く踏み込んだ場所、沖縄をサミットの場所と決められました。私は今、総理の御指導で、そこで行われるサミットの議論は、二十一世紀が明るい世紀であるように、そして人間の安全保障といいますかそういったものを、安心して安全に住める社会というものを目指すということを基本として宣言に向かっていろいろ議論をしようという一つのアイデアを出されておるわけでございますが、私はそれはまことに立派な考え方だと思っております。  もう一方、これは私見でございますけれども、二〇〇一年、つまり来年の沖縄サミットの翌年二〇〇一年は、国連がアナン事務総長のイニシアチブで文明対話の年という年にするということを言っておられるわけでございます。私は、沖縄という場所は西洋文明と東洋文明がまさに対話をするのに最もふさわしい、G8の場所としては最もふさわしい場所にあるのではないかというふうにも考えまして、そうした文明論というものがバックグラウンドとしてあってもいいのではないかというふうにも思ったりするわけでございます。  いずれにしても、沖縄という地域から、なるほど沖縄から発せられたものだという、しかもそれが二十一世紀を見通す、そういうものができれば一番いいな、そんなふうに思っているわけですが、思いばかりが走ってそれじゃ中身はどうするかと言われると、なかなか知恵は回らないのでございますが、いずれにしても、せっかくのG8のサミットの中で、唯一アジアで行われるサミットでございますから、二〇〇〇年という節目の年でもあるということを自覚して、沖縄サミットは忘れることのできないサミットだった、そう言えるサミットにぜひしたいものだ、こう考えておるわけです。そのことが、沖縄皆さんにも明るい気持ちを持ってもらいたい、あるいは、自信をもう一度持って、胸を張って沖縄という声を大声を上げていただきたい、そういうことがぜひこのサミットをしてできればな、そんな気持ちも含めて、今沖縄サミットの準備にかかっているところでございます。
  129. 伊藤茂

    伊藤(茂)委員 もう時間もほとんどございませんので、沖縄問題だけにさせていただきたいというふうに思います。  今まで、与党、野党、党派を問わず、沖縄の県民の皆さんの心情にこたえる真剣な御努力というものをなさった先輩の議員の方々がいらっしゃいます。昔の山中貞則さんもそうですけれども、今も元気なんですが、いろいろな方々がいらっしゃいまして、今もその気持ちを語っておられる。  やはり何かこういうものにつきましては、鈴木宗男さんは沖北なんかで一緒に行ったりいろいろしましたが、そういう気持ちが通ずるようなことを行動で政府が、政治が示すということがまず前提になくちゃ、やはり解決がつかないんじゃないかという気がいたします。  先般の夏、私は、辺戸岬、沖縄県の最北端の岬へ行ってまいりました。長い沖縄復帰闘争の記念碑がつくられておりまして、最後の復帰協の会長をやった、亡くなられましたが、私の親友の方の何か胸を打つような言葉が刻まれております。  そこへ私が参りましたのは、長い長い祖国復帰の闘いのときに、ちょうど八年ぐらい、いろいろな活動家がたくさん沖縄に行って、米軍支配下でしたから共同集会はできない、そんな時代に、二十七度線の海上がいわゆる国境線、沖縄と本土からお互いに船をこぎ出して、合計百人、二百人などということでございましたが、海の上でみんなで集会を持ち、そして夕方になりますと、お互いにそれぞれ分かれて、沖縄の仲間の皆さんは最北端の辺戸岬に大きなかがり火をたく。本土から参りました者は本土最南端の与論島の岬へ立ちまして大きなかがり火をたく。海ですから、夜、すぐ目の前に見えますから、お互いにそのかがり火を臨みながら「沖縄を返せ」の歌を合唱するというようなことを繰り返しました。  だんだん時代が過ぎまして、あの長い長い復帰の闘争、祖国復帰の時代のことも、だんだん歴史的な存在になるような傾向もあるわけでございますけれども、私は、やはりそういう気持ちをあくまでも忘れないでということだと思います。  それで、外務大臣に最後にお願いしたいのは、アメリカの方々、いろいろな意味でフランクリースピーキングの国ですから、率直にみんな議論をして、モンデールさん当時もそうでしたから、やはりそういう姿勢を鮮明に持って米側とも話をし、そしてまた、将来の日米関係を論じ、アジアの将来を論ずるというところに沖縄県民の心情的な御理解が生まれてくるのではないだろうか。  反対はしないだろうと思いますが、最後に気持ちだけ伺って終わります。
  130. 河野洋平

    河野国務大臣 お話の趣旨を十分心に刻んでしっかりと対処したいと思います。ありがとうございました。
  131. 伊藤茂

    伊藤(茂)委員 終わります。
  132. 井奥貞雄

    井奥委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後四時三十四分散会